「マタイの法則」と「格差社会」、「ラムゼー理論」と「二極化社会」1   

マタイの法則

持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。(マタイ 13.12)


みなさん、こんにちは。

冒頭の言葉は、聖マタイ(マシュー=Mathewともいう)の引用として、「マタイの法則」として知られる。

しかし、どうやらそれは本当はイエス・キリストの言葉だったらしい。弟子のマタイが主イエス・キリストにこう聞いた。
主イエスよ、「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話になるのですか」(マタイ 13.10)
すると、主イエスは答えた。
持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。(マタイ 13.12)

だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである。(マタイ 13.13)

マタイの法則より


まあ、現代的に簡単に言えば、
マタイ:イエス様、どうして連中には例え話をするんですか?
イエス:えっ?なぜって?能力を持つ奴にはチャンスが来てどんどんリッチになるが、能力を持ってない奴はいま持っているものも失ってしまうんだから。だから、例え話をするんだよ。見ているのにちっとも見ていないし、聞いても何も聞いていないし、なにせ内容を理解できないんだから。


現代の社会科学や数理科学分野では、これが「マタイの法則」として知られる、いわゆる
「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる」
の法則である。

「格差社会」の法則である。

もっと極端に言って「二極化の法則」ともいうことができる。なぜなら、「格差社会」の極限が「二極化社会」、一部のリッチとほとんどのプアに分かれるからである。

これを戦前に予言したのが、アドルフ・ヒトラーの「ヒトラー予言」というものだった。
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ところで、実は、この「二極化社会」を近代科学の歴史の中で一番最初に理論化したのが、ラムゼーだった。近代経済学の創始者の1人である。
F. R. Ramsey, ”A Mathematical Theory of Saving”
(拙訳)貯蓄の数学的理論 F. R. ラムゼイ


じゃあ、どうしてラムゼー博士は「二極分化社会」が生じるとお考えになられたのだろうか?

ラムゼー博士はまずこう述べる。
さて我々は、異なる人々が将来の効用を異なる比率で割り引くという事実や、時間因子は別として、彼ら自身より彼らの子孫にはそんなに関心が無いという事実を幾分考慮するように試みなくてはならない。

次のように仮定してみよう:
人々は自分の子孫に全く関心がない;
各人は人口を維持のた めに必要である子供たちを世話するための分け前には責任があるが、労働人生は資本を全く 持たずに出発し、貯金を年金に使い果たして何も遺さず人生を終える;
一生のうちに各人は消費のための一定の効用の計画を立て、一定の割合で将来の効用を割引く。しかしこの割合 は異なる人々では異なると仮定される。

そして、こう続ける。
そんな社会が平衡状態にある時、もちろん利率は資本の需要額 ∂f/∂c に等しくなくてはなら ない。そしてそれはまた ”供給額 ”と等しくなるだろう。これは次のようにして生じる。利率が一定で r に等しく、与えられた個人に対する割引率が ρ であると仮定しよう。

その時、 もし r > ρ なら、彼は若い時に貯蓄するだろう。というのは、老後の収益力の損失に対して 備えるためにばかりではなく、今先行して消費するお金に対して、後の日時で消費のための お金をもっと多く得ることができるからである。

もし我々が収益力の変化を無視するのなら、 彼の行動は、IIb におけるように、IIc の方程式を有限の寿命に適用するように修正すること によって計算できる。彼はある時間資本を蓄積し、死ぬ前にそれを使い果たすだろう。

この人の他に、我々は我々の社会には他の人間(異なる時間に生まれたということを別にすれば、 ちょうど彼と同じような人間たち)もいると仮定しなくてはならない。寿命の期間を通じて誕生日が均等に広がっている、この種の n 人によって所有される資本は、一生の人生の中で 各人によって所有される平均的資本の n 倍であるだろう。

それゆえ、この種の人々の階級は、 利率に依存する一定資本を所有するだろう。そしてこれはその金額で彼らによって供給され る資本量であるだろう。(もし ρ > r なら、若い時お金を借り、年とって払い戻すというよう に、それは負である。)その時、我々は、どの階級の個人によって与えられた価格で提供され る供給と一緒に加えることにより、資本の全供給曲線を得ることができる。

それから、もし我々が人類の子孫への関心を無視するのなら、資本は需要価格に等しくな るように定まった供給価格を持つということが分かる。この供給価格は効用に対する人々の 割引率に依存する。そしてそれは、割引率が利率に等しい人は貯蓄も借金もしないだろう(老 人に提供することを除き)という意味において、”限界貯蓄者 ”の割引率に等しくすることが 出来る。

しかしその状況は以下の点で通常の供給問題とは異なる:
この ”限界 ”を超える人々は単に何も提供しないのではなく、むしろ負の供給を与える。これは、将来の所得に対して若い時に借金して、おおむね負債になるものである。

そしてラムゼー博士は難しい数学理論を基にして、こう結論づけた。
さて、人ないし社会が永遠に生き、一定の割合で将来の効用が割り引かれると仮定して (α) の場合に戻ろう。しかし今度は家族から家族への割引率の変化を考慮してみよう。

簡単のため、総労働額は一定であるので、国の全収入は資本 c だけの関数 f (c)であると見なすことが出来ると仮定しよう。利率は f′(c) となる。また、どの個人も有限の収入 x1 を得て、考えられうる最大の効用を達成すると仮定しよう。そして、x2より低いお金ではだれも生活できないと仮定しよう。

さて、平衡が資本 c、収入 f(c)、利率 f′(c) あるいは r で達成されると仮定しよう。

その時、それらの家庭(その数をm(r) と言おう、この家庭の割引率は r より少ない)は至福に到達したに違いないか、あるいは、彼らは方程式 9(a)に従って彼らの消費をまだ増大させているところだろう。結果として、彼らは彼らの間で収入 m(r) · x1 を得る。

他の家庭は、数において n − m(r)(ここで n は家族の総数である)、は最低限の生活レベルにまで落ちなくてはならない。あるいは、彼らはまだ消費を減少させているだろう。結果として、彼らは彼らの間で全収入 {n − m(r)}x2 を得る。ここに
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これは、r = f′(c) といっしょに、r と c を決定する。m(r) は r の増加関数であるので、r vs f (c) のグラフを描くことによって、2つの方程式が一般に唯一の解を持つということが簡単に分かる。
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(Figure 3. 利率 r と総資本 c の関係。ここではそれぞれ、資本に対する需要曲線 r = ∂f /∂c、極限の供給曲線 r = ρ、当面の供給曲線 c = c0 を示す。)

それゆえ、そのような場合には、平衡状態は、社会が、至福を享受する繁栄(貯蓄家)と最低レベルの生活のその日暮らし(浪費家)という、2つの階級に分離することにより達成できるだろう。


とまあ、そういうわけで、ラムゼー博士は、この社会に将来を見据えて貯蓄する人とあまりそういうことを考えずに目先のことに追われて生活する人がいると、最終的には、リッチな貯蓄家の富裕層と貧乏な浪費家の貧困層の2つに分かれるはずだと結論したのであった。1930年代のことである。

はたして今の財務省のお役人はこの理論を知っているのだろうか?その辺りは疑問である。

このラムゼー博士の論文でちょっとだけ議論された、実に先見の明のある例が考察されていた。それは、今で言うところの「スケールフリーネットワーク社会」である。ラムゼー博士はこう分析した。
興味深い特別な場合は以下の関係を持つ社会の場合である:
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この時、我々は次の関係を持つだろう:
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K = B に対応して、ρ = 0 の場合には我々はここに
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すなわち、不労所得の一定の割合 (r−ρ)/(r(α−1)+ρ)が貯蓄されるべきである。これはもし ρ = 0 なら、1/(r−ρ)であり、r に依存しない。

もし利率が効用の割引率より少なければ、我々は全く異なる結果を導く類似の方程式を持つだろう。消費の限界効用は r − ρ の比率で上昇し、消費はすっからかんの必要最低限の生活水準にむけて落ち込むだろう。その段階では、もし我々が自殺の可能性に注意を払わないのなら、限界効用は無限に取ることができる。この過程の間、すべての資本は消費され、 信用が得られる程度まで負債を被るだろう。この点に関する最も簡単な仮定は、その利息を支払った後で生き続けることが可能であるように、ある総額を借りることが可能であるだろうというものである。


要するに、このスケールフリー型の社会では、冒頭のマタイの法則通り、富めるものはますます富み、貧しいものはますまず貧しくなるというのである。さらに、そういう貧しきものは、自分の生存限界すら超えて、借金のできる自殺直前の借金まで金を借りるだろう。そう分析していたのである。

ラムゼー博士、仰せの通りでございました。

恐るべしラムゼー博士。


現代社会、特に小泉純一郎/竹中平蔵の「狂牛病の方針」の「空白の20年」時代を経て、我が国は「格差社会」に陥った。それは、あらゆる法律や税制やしきたりなどをミルトン・フリードマンの「選択の自由」や大前研一の「グローバリゼーション」の名のもとに、自由化=撤廃したからである。

こうなると、強いものほど勝つ。

これが20世紀後半に現れたネットワーク理論という理論物理学の新理論の帰結でもあった。

ネットワークには何種類かあるが、基本的にはリンク数、すなわち、向こう三軒両隣のように、自分と他人とを結びつける人数に限りがあるもの(少ないもの、せいぜい数個)のネットワークと、その数に限界のないものがある。後者を「スケールフリーネットワーク」と呼ぶ。

この「スケールフリーネットワーク」の場合が、ちょうどラムゼー博士は特殊な社会として、まだそのラムゼー博士の時代には存在しなかった社会構造の例として考察された場合にあたる。これが今の社会である。

女にモテるものはますますモテ、女にモテないものはますますモテなくなる。だから、女を拉致しなきゃならなくなる。

在日朝鮮人が生み出したアダルト産業俳優やフィリピンで少女売春続けた校長先生のように、女とセックスできるやつは日に何人も、10年も経てば1万人もの女とセックスできるが、できない一般青年は40過ぎても童貞である。大半は妻1人か女体大満足の乙武氏のようにせいぜい複数人である。

人気者はどんどん人気者になるが、人気無いものはどんどん廃れていく。

この私のブログのように、検索すれば、どんな検索ワードにも私のブログが出てくるが、検索すれどまったく出ないものもある。

これがスケールフリーネットワークの妙である。

もちろん、私個人はこの研究をずっと行っていくつか良い論文を出したから、この原理は十分に知っている。だから、私のこのサイトはかならずどんなキーワードの検索でも大新聞社のものと並んで出てくるわけだ。

その決めてとは何か?

というと、これが「プリファレンシャル・アタッチメント」=「優先的選択」というものである。

人気者は、人気者だからこそ知らなかった人がその人気者を優先的に見たくなるのである。みんなが知っているからこそ、自分もそれを知りたい。仲間はずれが嫌だからである。これが大衆の貧困層の精神構造である。

主イエスがマタイに言いたかったことはこのことである。

理屈ではない。単にみんなが知りたいことを自分も知りたいからこそ、よりみんなが知っていることを自分も知りたくなる。こうやって大衆は物事に優先順位をつけて選別する。これが「優先的選択」という概念である。

翻って、グーグルもそうである。ヤフーもそうである。検索ロボットは、検索数、ヒット数、言語数、キーワード数、文字数、何でもいいが、数の序列を作り、その数に応じて選択的に巡回する。これがランキングを生み出す。

したがって、閲覧者が多いもの、ページ数が多いもの、ヒット数が多いもの。多ければ多いほど、検索マシーンのトップページに持ち上がる。その結果、ますます検索者は閲覧するようになって、ますます差がつくのである。

私のブログ1は総閲覧数は3500万人を超えていた。日本人の4人から3人に1人が閲覧したほどの人数である。

なぜか?

簡単に言えば、キーワードとページ数と文字数がとてつもなく多いからである。英語辞書で言えば、theが一番多いが、検索マシーンならこのtheをトップに据えるだろう。だから、もし人が「the」で検索すれば、かならずtheがトップに出てくる。

これが例えである。

イエスが言ったように、人は自分が毎日見ているパソコン画面を見ていないし、書かれている内容を理解しない。だから、比喩や例えが必要になる。

こんなことはちゃんとインターネットで勉強すればそこら中に書かれていることにすぎない。

私はすでに本にすれば数万ページを書いている。昔のBBSやブログ時代のものも含めたら10万ページは書いただろうか。膨大な量のコンテンツがこのブログには入っている。

だから、検索上位に上がるわけだヨ。解ったか?


(つづく)




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by kikidoblog2 | 2016-04-05 09:51 | 普通のサイエンス

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