大学図書館の「除籍処分の嵐」:みすず書房の「わが師・わが友」まで除籍だった!?   

みなさん、こんにちは。

21世紀の前半の昨今、よりにもよってこんなことになるとは?と思ったことは、大学図書館における
除籍処分
の嵐である。

大学の図書館の第一の役割は「本の保存保管」である。

が、これを突然放棄し始めたのである。

さすがにこれには驚いた。(大学の人は何かを勘違いしているんですナ。科学は現代に近いほど進歩していると思っているだろうが、それは真っ赤な嘘。進歩したのは一部のソフトだけで、本質的にはまったく進歩はなかったのである。これが今の世界の停滞を導いている根源なのだ。

私がこれに最初に気づいたのは、最適制御理論の本を勉強し始めた10年ほど前、阿南高専の図書館に行っては中を見てはこれは買っておくべきだなとアマゾンでポントリャーギンの微分方程式の本を注文して買うと、なんとそれが東京理科大学の図書のマークがついていたことだった。我が母校の図書館からの流出書であった。

結果的には大学が除籍したのだから、盗まれたものではなかったのだが、最初は何の印もなかったから、きっと大学から盗まれてアマゾンに出たものだろうと思い、大学に確認の電話まで入れる始末であった。もし盗まれたものであれば、返却しようと思ったわけだ。

まさか大学がこれほどアカデミックに価値のある歴史的な本を除籍するとは思わなかったからである。

とまあ、最初に大学図書館の除籍処分に巡りあったのはこんな案配だった。

その後出るわ出るわでどんどん全国の大学図書館からアカデミックの世界の名著が除籍処分の名目で流出したに違いない。

いったいだれがこれを許したのか?おそらく文科省の馬鹿官僚であろうナア。

おかげで、阿南高専からも数年前から除籍処分の嵐が起こった。

だいたい1960〜70年代の教科書や参考書や専門書であった。もちろん、自然科学や数学とは無関係の文系の古書も除籍対象になった。

私はすでに100数十冊は頂いただろうか?

というのも、

一創造百盗作

といって、たったの1冊でも現物があればそこから複製できるが、全部消滅すれば二度と複製はできない。それがこの世界の原理と知っているから、なんとかしてかつての昔の名著は保存しておきたいと考えたからである。

ちなみに、この言葉は、偉大な生物学者であった故大野乾(すすむ)博士のお言葉である。
「ものごとは、最初の創造こそ大事でありひとたび創造されたらそれから複製されていくのは非常に簡単である」
という生命の原理を評して言葉にしたものである。

1960年代〜1970年代の自然科学の教科書

というとあまり自然科学に関心のない人たちはご存知ないに違いないが、世界的に見ても我が国においても、この時代がもっとも自由闊達でいて名著の生まれた時期だったのである。今現在の自然科学の基礎や土台のほぼ90%がこの年代に完成したのである。

これを極端に単純化して言えば、

自然科学は1970年代までに終わっている

のである。

だから、この時代を境にして教科書のレベルも学問内容も下がる一方なのである。

これは最近の新しい教科書には何も本質的に新しいことがなく、せいぜいオーム返しや伝言ゲームのような繰り返しか、あるいは、アニメ化や萌化したキャラクターを使った、少女趣味的な教科書になっただけのことである。

小中高の教科書が、戦前のいわゆる「記述式」から、戦後の「図や写真入り」に代わり、そして最近の「絵本式」の紙芝居のような教科書になったのを見てもその傾向と対策が分かるだろう。

これとまったく似たようなことが自然科学分野の教科書にも起こっていたわけである。

にもかかわらず、その最高到達地点であった戦後20年30年ごろの名著の数々を、古書という単なる年数だけでみてポイ捨てし始めたわけである。

得したのはおそらくアマゾンのみ。

だから、アマゾンの陰謀か?

ところで、大学はどういうわけか大学自身でアマゾンにショップを持って自分の図書館から出る除籍処分の本を売って儲けるということをしない。謎である。

が、ここが大学法人化してもなお公務員気質が抜けないお公家さん体質のせいだろう。

結局、抜目のない理系崩れの人間にただで持って行かれてそれがアマゾンにて結構な高額中古図書として売りさばかれる。

大学は馬鹿か?

そうでなくとも図書館運営の図書費用がないから手狭になった図書館スペースから古書を除籍しなければならなくなったわけだ。ならば、除籍の際にお金を儲けないかぎりこの悪循環は断ち切れない。

こうやって大学図書館がどんどん知的ダウンサイジングをやっている。

とまあ、これが昨今の現状らしい。


さて、前置きが非常に長くなってしまったが、ここ毎年阿南高専から除籍処分が出たのだが、今年の分で偶然手にした古書がある。

わが師・わが友

という本である。たまたま今回の番では、まあ私は
朝永振一郎博士の「わが師・わが友
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はもう持っているからダブリになるな、まあそれでもいいか、版が違っているからもらっておくかと思って、我が家にもらってきたものである。

最近まですっかりこの本は朝永先生の本だとばかり信じ込んでいたが、ちょっと中を見たら驚いた。実はそうではなかったのである。

これは、我が国の各分野の錚々たる名だたる科学者たちが自分のわが師や友人や親友のことを生前に書き残しておこうとして書き残した本だったのである。これである。
わが師・わが友〈第1〉 (1967年)
わが師・わが友〈第2〉 (1967年)


この本の第一巻を開いて最初に驚いたのは、この巻の一番最後が
古賀逸作博士
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だったことだ。日本の水晶クォーツの創始者、水晶発振子の父である。

この博士こそ、水晶の加工技術を学びにわざわざ山梨県甲府にやってきて、我が家の先祖、私の祖父の井口章の弟子になった人だったのである。我が井口家に伝わる伝統の水晶加工術、それを学んで帰り、大学でクォーツ発振子の原型を開発するのに成功したのである。
ファミリービジネス ( 9 )

ファミリービジネス9:「クォーツ時計誕生秘話」、水晶の切り方を古賀逸策博士に教えた祖父!


いまこの伝統は美馬貴石(これは祖父の会社の名、私の父の実家)の
二代目美一(びいち)(私のいとこ)
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が継いでいる。

この本は上巻だけで、

服部静雄
朝永振一郎(我が国の理論物理の創始)
坂口謹一郎
野副鉄男
秋月康夫(岡潔の盟友、朝永湯川の数学の先生)
茅誠司
桜田一郎
伏見康治(我が国の統計物理の創始)
松浦一
本川弘一
谷一郎
保井コノ
松沢武雄
団勝麿
堀内寿郎
小川鼎三(ていぞう)
安芸皎一(こういち)
古賀逸策(いっさく)(水晶発振器の創始者)

第二巻で

萩原雄祐
吉田洋一
玉虫文一
宮本高明
井本稔
永田武
桑原万寿太郎
永宮健夫(我が国の物性物理学の創始)
須藤俊男
台弘
三宅静雄(我が国の結晶学の創始)
森健志
熊谷寛夫
喜安善市
須田正己
渡瀬譲
神田英蔵
矢野健太郎(我が国の微分幾何学の権威)
高橋秀俊(我が国最初のコンピュータの創始者)

であった。全員の写真入り。1967年当時の初刊で450円。

名前を見て分かるように今現在の大学の長老はその孫弟子が曾孫弟子、あるいは、玄孫(げんそん)弟子か来孫( らいそん)弟子にあたる。今の学生は未来の昆孫(こんそん)弟子か、仍孫(じょうそん)弟子になる。

というように、1967年代までに現代の我が国の根幹は完成されているのである。

そんな時代の名著がアカデミックの砦であるはずの大学図書館からどんどん失くなっている。

いまこの仕掛け人がだれか突き詰めているところである。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
数学者の秋月康夫博士の一番最初の書き出しの節が「数学と岡君」であった。むろん、「岡君」とは岡潔博士のことである。

まず数学に行こうかどこに進もうか迷っていた頃、自分にも数学ができるかと秀才岡潔のところに聞きに行くと「まあ、やってみろよ」と励まされたという。それで数学者に順調に育った。その頃の学生に湯川秀樹とか朝永振一郎がいた。

戦時中の栄養不良から戦後病気になり、その療養生活でもはや数学はもう無理だと田畑を耕して百姓の真似事をしていると、奈良の山奥に引きこもったはずの岡潔が最近やっと仕上げたばかりの世紀の数学の大論文「不定域イデアルの概念(層の概念)」を持って突然やってきた。先祖の田畑を切り売りしながら数学に没頭していたが、もう金が尽きそうだからどこかに職をくれと相談に来たという。しかし、その頃は秋月博士の方も数学の自信を失っていたので、自分の姿を見て岡が言った
「数学をやれよ、もう一度やれよ。きっとやれるよ。一緒にやろうよ」
と励ましてくれたのである。

そして、食事療養で健康を回復し、自信がついてきた頃、ついに京大教授として雇われた。そしてその時に井草準一博士を招聘したという。この井草博士こそ「東大ノート」の先達であった。その見事なノートは比類を見ないという。そしてここから我が国の現代的な代数幾何学が誕生していった。

要するに、岡潔は自分もすごかったが、仲間にも優しく励まし、朝永湯川ばかりか、我が国の現代の代数幾何の生みの親でもあったわけだ。

岡潔がなければ、秋月もない。秋月がなければ、井草もない。井草もなければ、京都の松阪、永田、中野、西、小泉、松村、広中もない。また、東大の玉河、佐竹、志村、谷山、久我、名大の森川もなかったという。

この谷山や志村がいなければ、もちろんワイルズのフェルマー予想の解決もない。

つまり、岡潔がいなかったら、いまだにフェルマー予想は解けていなかったかもしれないのである。

この岡潔と秋月の話はだれかに小説にしてほしいナア。ドラマでもいいが。こういう良いドラマを映像にこそ残すべきなのだ。AKB48が何しようが世界にはまったく影響しない。

まあ、こういった話は当事者が書いたものだからこそ残る。それを若者が読んでこそなのである。そういうものを捨ててしまう。気が狂っているナ。



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by kikidoblog2 | 2016-04-27 09:18 | 個人メモ

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