いや〜昨夜の試合もひどかった!:「久保建英選手(15)を日本代表に呼ぼう!」もはやこれしかない!   

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「こういう状況の時にはまず冷静になり、
自分たちのリズムを取り戻すためには確実なプレーをしなければならない。
与えられた自分の役割を軽く見てはいけない。」

−−− フランスワールカップ予選対イラン戦に日本が負けて、次に負ければもう終わり、という時のドゥンガの言葉


みなさん、こんにちは。

いやはや、昨夜の日本vsボスニアヘルツェゴビナの試合はひどかった!

結論から言えば、

清武と浅野のせいで負けた!
真ん中が清武
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(ことごとくチャンスを潰す→疫病神だった!)
右が浅野
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(まったく南妙法蓮華経の威力なし!)
のだった。

1998年フランスW杯のその年の始め、その前のアメリカ大会を優勝したブラジルの闘将ドゥンガは
日本人は勝てると思うと油断する

セレソン
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(いま1円だ)
と言った。

ドゥンガのセレソンは本当に良い本であって、サッカー遍歴を通じて各国の国民性を論じた明快な比較文化論であり、日本人論である。本当にサッカーというものを知りたい人には必読書である。

もう20年近く前のドゥンガの言葉はいまもまた蘇る。

サムライジャパンはまたも鼻くそほじってろジャパンと相成った!これである。

サッカー日本代表vsボスニア・ヘルツェゴビナ ゴール&ハイライト(キリンカップ)7.6.2016


いやはや、やはり吉田麻也は吉田麻也だった。

一端代表引退決意した選手をどうしてまた呼ぶんだろうか?

まさに「悪夢再び」「いつか見たシーン」の連続だった。

だいたい吉田麻也は足が遅い。だから、マンマーク(密着マーク)では振り切られる。こういう場合は、1970年代のリベロのようにフリーで敵のシュートチャンスの目を摘み、オフサイドトラップのための司令塔にならなければならない。

ところが、マンマークしてしまう。

これでは相手は自由自在にペナルティーエリア内を動くことができる。

先日なでしこジャパンがUSAのモーガンにやられたのとまったく同じパターンである。

例えば、このシーン。
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吉田麻也はこのサイドへの展開のパスをオフサイドにしなければならなかった。

ところが、やすやすとこれを通させたために、次のこのプレーが導かれた。
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しかしながら、このパスも吉田麻也が変な(つまり、サッカーの基本にない)マンマークの仕方をしたために、オフサイドにできず、相手にシュートされてしまった。

吉田麻也はこのシーン
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前に前へ上がって、このトップの選手をオフサイドにすべきだったし、そうできたのである。

ところで、通常の「サッカーの基本通り」のマンマークのプレーなら、吉田麻也はキーパー(ゴールの中心)と敵FWとを結んだライン上に立たなければならない。
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つまり、吉田麻也のプレーはアバウトなのだ。鉄則に対しての厳しさがない。手を抜くのだ。だからやられる。

裏への飛び出しを怖がるからこういう結末になる。a0348309_8525914.png
もともと足が遅くて追いつけないのだから、もう振り切られるのは覚悟して、いつも完全にFWだけを取り残すようにオフサイドトラップをかけながら手を上げてオフサイドアピールすればいいのである。

チキン吉田麻也

ひどすぎですナ。

他のディフェンダーはラインを高く取ってオフサイドトラップをかけようとしているのに、真ん中の一番後ろの吉田麻也だけがマンマークでひたすら下がっていた。これでは失点する。

まあ、よく高校サッカーの弱小チームで見かけるプレーである。

これは中学校時代のサッカーの先生が悪いから終生身につけてしまうプレーである。
一度これを身につけてしまうとずっと大人になってもこの癖が抜けなくなるのである。

ラインの裏取られたら、もう後はキーパーに任す。それくらいの覚悟で良いのである。

というわけで、2失点の原因は全部吉田麻也だった。


一方、得点が入らなかった理由は、すべて清武と浅野だった。

一番印象が悪いのは、浅野が最後の最後のロスタイムで同点弾の絶好のチャンスがあったのに、それをシュートではなく、だれかにパスしたという場面である。これである。
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浅野は創価学会、つまり、見かけは、手を合わせて修行だ修行だ「南妙法蓮華経」だ、である。

しかし、その御利益はゼロ。
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この最大の見せ場で自分のシュートを豪快に決めなかった!

論外ですナ。

前の試合ではPKを自分が蹴るって傲慢さを見せたから、ここでも傲慢ついでに豪快に一発決めるかって思わせといて、敵にパス。敵もやられたと思ったところでパスしたから敵も驚いた。そして大喜び。

ここに馬鹿がいたぞってナ。

そう、浅野は馬鹿だった!


サッカーはインテリジェンスのスポーツである。

浅野と清武に足りないのはインテリジェンスである。

キーパーがいてカモンと言っているところへはいくら強烈なシュートでもブロックされてしまう。だから、キーパーが取れない場所へパス。
シュートはGKの取れないところへのパス

これはサッカー翼の鉄則だったのではないか?俺は子供の漫画は読まなかったから知らないがネ。

シュートをシュートだと特別視するからミスするわけだ。

シュートもパスの一種。

逆に言えば、パスもシュートの一部。そういうことなんですナ。

日頃からパスをシュートだと思って正確に蹴ることを心がけていないから、いざシュートの段階になるとパスのようにうまく蹴れないわけである。力んでしまうのである。

清武がなんとか1点入れたシーンでも、危うく外すところだった。ちゃんとヒットしなかったことがたまたま幸いしたのである。

というわけで、またもや

前途多難

この4文字が暗雲のようにのしかかってきた。

というわけで、最近の俺の結論がこれ。

久保建英選手(15)を日本代表に呼べ!
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これだ。

飛び級の飛び級の飛び級で、中学生の久保選手をもう日本代表に入れて切磋琢磨させよということである。

まあ、驚くことではない。サッカーではたまにあることである。

ブラジルのペレは15歳でW杯にデビューし、世界に衝撃を与えた。
アルゼンチンのマラドーナもそうだ。
ブラジルのロナウジーニョやロナウドもそうだった。

だったら、どうして我が国ではNGなのか?

それは単に「天才がいなかった」からだ。

いま「ここに天才久保選手がいる」

それなら、久保選手を15歳で日本代表に出してもよろしいのではないか?
日本サッカー協会が特別指定して、白鵬のようにトレーナーと栄養士をつけて体を大きくし、我が国の至宝に育て上げるべきである。

清武や浅野と見比べたら、衝撃の驚きを感じるはずである。

まさに衝撃なのだ。久保選手は。絶対にはずさないから。

いとも簡単に狙った場所に蹴れる。

だからこそ、スペインのバルサがスカウトしたわけだが、おそらくライバル国の韓国人が裏で画策してバルサから帰国せざるを得なくなったのであろう。

日本サッカーに希望があるとすれば、それは久保選手世代があるということだ。

まあ、それくらいしか希望はないナア。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2016-06-08 09:20 | サッカー日本代表

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