努力の天才中田英寿と才能の天才財前宣之:やはり魂の違いが人生を決める!?   

Pavarotti - Nessun Dorma 1994 (High Quality With Lyrics)


みなさん、こんにちは。

さて、大分時間の余裕が出てきたので、もう一つ。まあ、さっきの記事は普通の人はまったく興味ないだろうし、内容が理解不能だろうから、普通の人でも分かることをメモしておこう。

ところで、普通の人や早死する人は岡潔博士によれば、あと数回生まれ変わる発展途上にある人だとか。つまり、先は長い。逆にこの世で一廉のことを成し遂げる人はすでに数回生まれ変わって来た人であり、この世で何かを成し遂げて後、今度は人間の上のレベルに行く人だとか。

天才に生まれた普通の人、つまり、生まれ変わりの若い人、
非天才に生まれた非普通の人、つまり、生まれ変わりの壮年の人、

こんな違いが実は人の見かけの人生を決めている。

こんなことが実に明快に分かるものを昨日偶然YouTubeで見つけたから、ここにもメモしておこう。以下のものである。
中田英寿が絶対に敵わなかったサッカーの天才、財前宣之


栄光なき天才たち 名も無きヒーローに学ぶ幸せの見つけ方 2016年8月13日


正真正銘の天才として生まれ落ちた財前宣之選手、それに対して、伸びしろがあるがまだ未完成として生まれ落ちた中田英寿選手。

この二人はともにU16~U17の日本代表として、世界大会で活躍しベスト8になった。

その大会で優勝したのはガーナ。
中田英寿のジュニアユース時代


この時の日本代表に、

宮本、市木、戸田、松田、船越、中田、財前、伊藤、
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(私はこの大会の試合全部見ていたからナア。)
などが入っていた。大半が後に日本代表となった。松田とは、ピッチで倒れた松田選手のことである。宮本はもちろんガンバ大阪の宮本恒靖選手である。

この試合で財前選手はたしかMan of the matchに選ばれた。

その天才財前がどうして日本代表になれなかったか?

かたや中田英寿選手がどうして押しも押されぬ大選手になっていったのか?

それがこのYouTube番組で話題となっているわけである。

その答えは、この番組では、財前選手の不運や悲運にあり、中田選手の幸運にあったということで締めくくっているが、要するに

準備→俺の言うところの「心がけ」の問題

である。

天才ではない中田英寿選手はつねに先を考えて前もって準備をしている。だから、本番に強い。怪我に強い。

しかし、天才である財前は常に準備せずにぶっつけ本番で試合や練習に出ていた。だから、怪我をしやすい。

そういう結論だった。

これを岡潔流のスピリチャリズムの考え方でいうとこうなる。

肉体は遺伝的なもの、物理的、生物的に持って生まれたものである。だから、財前は良い肉体を持って生まれ、必ずしも中田はそうではなかった。しかし、中田の魂の方が練れているが、財前の魂はまだ誕生したばかりの若い魂だった。

この解釈はどことなく恒星の一生に似ている。

大きな太陽でも若いものほど早く死ぬ。しかし小粒な太陽は結構長生きである。

いくら才能に恵まれた肉体を持って生まれても魂が若いものは早く死ぬ。しかし、たとえ肉体が惨めであっても魂が発達していれば長生きし結果を残す。

まあ、ホーキング博士を見れば分かるだろう。


さて、この魂の解釈は別として、サッカーに関してこの中田と財前の教訓は、私がずっと「子供横綱の問題」と呼んできたものである。

つまり、子供の頃の天才や横綱が大人の世界の天才や横綱にはなれないという問題である。

これは、子供横綱になると、その年代の王様や大将として君臨するために、その大事な年代で(12歳ころに)変な癖や間違った技を身につけても問題なく勝ってしまうという事が起こり、その結果大人になってそれが弊害として残り、大成できないのだという問題である。

むしろ、大人になって成功するものは、子供の頃弱かったり、小さかったり、下手だったりして、ずっと努力し続けることの大事さに気づいた人間だということなのである。

東大生からノーベル賞がなかなかでないのもこれであり、今回のリオ五輪の金メダリストの大半も子供の頃は虚弱体質だったり、弱かったり、むしろ悔しい思いを積み重ねてきたものばかりだった。

レスリングの48キロ級の女子もそうだったし、柔道のベイカー選手もそうだった。

つまり、子供の頃弱かった方や天才ではなかった方が、むしろ必死で基本に忠実にプレーし、なんとかして勝つ方法を考えだすという経験をするからである。

だから、マシュー・ベイカー選手は、けっして奥襟をとる柔道ではなく、襟と袖をとる正攻法であり、小よく大を制すの小内刈や小外刈などの小兵が大柄な選手を倒す鉄則に従ってゆうゆうと金メダルを取ったのである。

それに対して、負けた選手は自分が海外選手の前では小粒になっているのに、手も届かない相手の奥襟を掴んで強引に投げを打つというようなあまりにも知的ではないプレーに終止して良いところなく負けたのである。

かつて柔道の山下選手を指導した師範が、海外で勝つには奥襟をつかむな、自分の大きさにかまけた試合をするなと肝に銘じさせて、襟と袖をとる柔道の基本を徹底した結果、山下選手は国際大会ついに無敗の大記録のまま引退を迎えたのである。これについては、故柘植俊一博士の反秀才論にある。
反秀才論 (岩波現代文庫)
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スポーツ選手、特に柔道やレスリングの選手はこの本を絶対に読むべきである。

この中に今回リオ五輪のNHKの解説者として出てきたかつての女子柔道の
山口香選手
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がいるが、その若き日の筑波大生の頃の写真もある。

なぜなら、山口さんが筑波大柔道部時代に、この柘植俊一博士は筑波大柔道部の顧問であり、物理学的立場から柔道の力学を研究していたからである。その実験材料に山口選手がなったのである。投げや構えの場合にどこに重心があるかとか、そういうことを科学的に研究したのである。

保江邦夫博士に先立つこと20年である。


これに対して、やはり国際大会で負ける選手は、山下選手の逆をやっているわけである。自国内では大柄だから奥襟をつかむ強引な体重に頼る柔道をすると、国際大会では一向にそれが通用しなくなり焦る。そして良いところなく負ける。
奥襟を掴ませてくれなかった
とぼやく選手までいた。馬鹿か?あたり前田のクラッカー。

だれも眠らせはしない(ネッサンドルメ)

ならぬ、

だれも奥襟をつかませはしない

である。

サッカーでも全く同様である。

我が国内では子供の頃抜群の俊足だったとしても、世界では平凡の足になる。下手をすれば、相手チームのディフェンダーの方が早かったりする。

50m5秒台の浅野選手はナイジェリアのディフェンダーに簡単に追いぬかれた。藤春をや?

俊足を自慢して乗り込んだガンバ大阪の藤春など俊足どころから相手のフォワードに完全にぶっちぎられた。

まったく通用しなかったのである。

もし藤春が自分の才能を子供の時だけに通用する子供横綱だと思っていれば、もっと基本に忠実に堅実なディフェンス技術を身につけたはずである。足の速さで対応できなければ、タックルで凌ぐ。あたりでカバーする。あるいは、ポジショニングでカバーする。そういう選手になったはずである。

財前の悲劇はまさにそういうことを教えてくれるのである。

財前はこう言っている。
俺みたいな子がうようよいる。


もちろん、私もここ徳島でも阿南でもたくさんの「ミニ財前」を見てきた。
キミいいもの持っているからちゃんと筋トレしろよ、もっと長距離練習しろよ
と言ってもまったくせず、結局大学に入って通用しない。怪我して終わり。

中田英寿は怪我に強い選手として有名だった。それは怪我をしないように前もって見えないところで準備していたからである。

科学と同様、見えないところで次への準備を重ねなければ飛躍はない。

基本に忠実にかつ前もって準備を怠らない

これが中田英寿選手の持っていた魂であり、財前宣之選手の持っていなかった魂である。


科学的思考の鉄則にオッカムの剃刀というものがある。より単純明快に説明可能な理論の方がより本質に近いという思想である。

もし仮に人間の問題をいわゆる科学では説明不可能だったり、説明が長くなりすぎリ場合、魂を使った説明の方が矛盾なくそれを説明できるというのであれば、そっちの方がより真実に近いとも解釈可能ということになる。

というわけで、俺は中田の魂の方が財前の魂より年をとっていた(より多く生まれ変わっていた)という説明の方が優れていると思うわけですナ。

夏に海や川に行ってそこで簡単に溺れ死ぬなんていうのは魂が未熟すぎるんちゃうか?だから、死んでまた生まれ変わるのを待っている。

しかしながら、少子高齢化の時代のいまでは、生まれ変わりの電車は山手線並みに混んでいるらしいナア。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2016-08-26 11:05 | サッカー&スポーツ

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