大学サッカーに華を!:大学サッカーに「レッツゴー!若大将」時代は来るか?   

みなさん、こんにちは。

年末恒例のクラブW杯も終り、いよいよ残るは天皇杯終盤と高校サッカー選手権だけである。

今回のクラブW杯決勝の鹿島アントラーズの柴崎岳選手やその後ドイツに行った大迫勇也選手あるいは浅野選手を見ても分かるように、またフランスW杯で日本人として初めてゴールした昔のゴン中山選手やジーコジャパンの大久保選手を見ても分かるように、大観衆の中プレッシャーの極めてかかる中で堂々とマイペースでプレーできる選手、大試合に強いタイプの選手というのは、決して技量がうまいという選手ではない。むしろ、技術的には下手くそな選手も多い。

そういう大試合で活躍する選手は、不思議と高校サッカー選手権で生き残った選手である場合がほとんどである。大観衆の中、同級生の大応援団の叫びや悲鳴の中、必死で仲間のためにプレーするという経験を持った選手なのである。

そこが宇佐美選手や柿谷選手や香川真司選手のようなクラブユースの生え抜き上がりの選手たちとは異なるのである。どういうわけか、クラブユース出身者はメンタルに弱く、甘い。

この違いがどこから生まれてくるのかはサッカー協会は本気で研究すべきテーマだと私は考えている。

指導者の違いなのか?大声援の違いなのか?育成システム上の問題なのか?決定打を発見すべきである。

ちなみに、私はやはり高校サッカーは学校教育としてのサッカーという側面から来る同級生や下級生やクラスメートとか、先輩OBや講演会とか、さまざまなしがらみの中で代表としてプレーするという住環境や精神面での育成が効いているのだと思う。

まったくサッカーと関係ない学校生徒が時間を潰してまで自分たちを応援に来てくれている。そういった経験が子供心にも火をつけるのである。

ところが、Jユースはエリートプログラムだから、そういうことがない。プロ養成のエリート同士の秘密の戦いのような感じになるわけだ。だから、逆に大観衆の前の試合で緊張する。

今年体操で金メダルをとった内村航平選手が、「試合で緊張したり、試合前日に緊張で眠れなくなるというような選手は大概予選レベルで敗退する。自分は一度も緊張したことがないし、よく眠れる」と言っていたように、大試合に勝つ選手はやはりそういう感性を持った選手なのである。

いくら技術がうまくても大試合の前に興奮して眠れないという選手は本番でだめになって結局次は呼ばれなくなるのである。

高校サッカーならそういう選手やチームは予選で敗退する。だから、決勝まで上がっていくには、うまいとか技術的な面以外の部分に秀でた選手が残るわけである。ところが、Jユースではいつも同じような時間帯で同じように良いピッチコンディションで試合を行う。まさに盆栽化された環境の中でしか試合をしない。だから精神的にタフには育たない。

方や同じような育成をしている欧州ではどうかというと、やはり欧州は広い。欧州選手権をやるたびにホームアンドアウェーで相手の本拠地ではわざと悪いコンディションで戦わさせられるという経験や敵ファンの罵倒や誹謗中傷の中で戦うという経験をする。そうした中で精神的タフさを身につける。こういうものがわが国の高校サッカー選手権のようなものの代わりとなっている。

こう考えると、わが国の若手のホープである久保健英選手などもユースでやるのもいいが、ひょっとしたら高校サッカー選手権に出るという経験も必要なのかもしれないわけである。

一方、そうした高校サッカー選手権で大活躍した選手たちがいきなりJリーグのプロに行かずにその後の第三の人生の事も考えて大学へ進学するようになって久しいが、そうした選手たちが行っている大学サッカー選手権はまったくの閑古鳥、しらけどりが泣くというほど観客が入らないらしい。これでは育成にならない。

私がサッカーをしていた時代、いまから40年以上前のサッカー界と同じ空気が大学サッカーには漂っているらしい。私が大学千葉リーグ2部で理科大サッカー部でやっていた頃には、観客はサッカー部だけという感じだった。その時代の日本リーグ1部でも観客は400百人程度。セルジオ越後、ジョージ与那城、ラモスがいても同様。その会社の家族や応援団だけ。

それが今も大学サッカーでは続いている。

私の息子が入った高知大サッカー部でも、部員は100人以上いたが、サッカーはたったの11人で試合を行う。だから、残りの100人は応援団としてただ歌を歌うだけ。それで4年間が過ぎてしまう。まあ、高校サッカーでも同じだろうが、このあたりは日本サッカー協会がなんとかしないといけないところではないかと思う。大学ラグビーの方がまだ人気が高い。

今回の大学選手権の筑波大対日体大は、ちょうど私が高校生か大学生の頃の対戦カードとなった。古豪復活の対戦だった。結果は8−0で筑波という衝撃的なものだった。

にも関わらず、観客席は部員200人以上いるという筑波のサッカー部員だけだった。こんな感じ。
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いま一番どげんかせんといかんのは大学サッカーである。高校時代のいい選手もここでみんなクズにされてしまいかねない。

私が知る限り、ここ徳島出身の高校サッカーの有名選手も、大学に行くとまずサッカー部に入れない。サークルかフットサルに入る。あるいは、止めてしまうのである。実にもったいない。大学サッカーで活躍するために幼少期から練習に励んできたのに、大学にサッカー推薦で入学したのに、大学でサッカーができないという悪循環に落ち、その鬱憤からタバコ喫煙者に陥る若者が非常に多いのである。

継続は力なり!

たとえサッカー選手やプロサッカー選手としての道は行かないにしても、健康のためにサッカーをやり続ける。あるいは、将来の自分の子供のために自分自身を磨き維持しておく。そういう精神であり続けて欲しいものである。

また、リフティングだけでも面白いし、やって汗をかけば気分爽快になる。そういう習慣は続けてもらいたい、

だから、今の大学サッカーは高校サッカーの華々しさとは全くかけ離れたものである。だから、Jユースの日本代表だった平山選手が大学サッカーに行ったばかりにだめになったということも生じたのだろう。

まあ、どういう道もそれなりに試練だから最終的にはその本人の問題だといえばそれまでだが、やはり大学サッカーの地位向上は連続的な育成システムを構築するという日本サッカー協会の当初の目的からすれば、大きく逸脱していると言えるだろう。早急の改善を望みたい。

すくなくとも大学ラグビー程度にはならないとまずい。


それにしても大学サッカーの不人気ぶりは目に余る。俺らの時代、40年前の日本リーグとまったく変わらずだ。むしろ、加山雄三の「レッツゴー!若大将」
レッツゴー若大将/予告篇
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の時代や我々の時代の方が大学サッカーの人気があったのではなかろうか?実際、今日本サッカー協会の技術部門長の西野は、大学サッカーの早稲田のスーパースターでまるで甲子園の大谷選手のように、常時100人もの若い女性ファンが部室の周りを取り囲んだのである。


というようなわけで、大晦日と新春から始まる高校サッカー選手権や天皇杯決勝。それで今年のわが国の2016年度のサッカーもほぼ終了というわけである。

ご苦労様でした。お疲れ様というところですナ。




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by kikidoblog2 | 2016-12-21 10:08 | サッカー&スポーツ

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