ノーバート・ウィーナー「情報時代の見えないヒーロー」:彼はAIの未来を見通していた!?   

みなさん、こんにちは。

さていわゆる「情報化時代」から数十年が経ち、いや70年が経って、今や玉石混交の情報だらけの「情報時代」にあいなった。

その先は、我々に代わって機械が巧みに情報を扱ってくれるはずと考えられる「AI」の時代となるのだが、はたして人類の思うように行くか否か?

そんな時代の今日、そもそもの「情報化時代」を創始した天才数学者、ノーバート・ウィーナーを忘れることはできない。

というわけで、ここ最近は杉田元宜博士の時代に博士にも最も影響を与えたウィーナーの本「サイバネティックス」も読んでいる。

「温故知新」から文科省の「温新知古」の時代へ:「サイバネティックスの時代」は良かった!?

Norbert wiener


最近では11〜12才で芸能界入りとかいう話題には事欠かないが、さすがにその年令でハーバード大に入学というような話は聞かない。天下の灘、開成、駒場、ラ・サールでも無理である。

ノーバート・ウィーナーは11歳でハーバード大に入り、18歳で博士号取得、20台で革命を起こし、ほば科学の全分野に精通していた。

そして、1947年頃、例の有名な
Cybernetics
a0348309_1340395.jpg

サイバネティックス―動物と機械における制御と通信
a0348309_13422043.jpg

これは復刻した方がいいと思うぞ)」
という本を出版したわけですナ。

18歳と言えば、私はサッカーの真っ盛りの頃、まったくろくに数学も知らなければ、本という本も読んではいなかった。


その時代から70年。日本語に翻訳されてから、50〜60年。

いまではサイバーの言葉こそ聞かれるが、ウィーナーという言葉やサイバネティックスという言葉はその筋の専門家、中でも老専門家しか知らない。そんなご時世になってしまった。

ウィーナーは「ウィーナー過程」として確率統計の世界では基本中の基本となり、かの保江邦夫博士の「保江方程式」の土台を築いている。伊藤清博士の「確率微分方程式」もその土台はウィーナー過程にある。

つまり、ランダムなことを考える場合には必ずウィーナーのやったことを基にしないといけないという実に厄介なことをおやりになったのである。

ちなみに、このウィーナー先生が18歳で博士になった後、イギリスに留学したのだが、そこでの師匠はかのバートランド・ラッセル卿だったらしい。
若い頃はそれなりにハンサムだった。
a0348309_1349063.png


よく見る顔がこれ。
a0348309_1411318.jpg

(ちなみに、タバコはパイプだと無害らしいナア。)


そんなわけで、この所ずっとサイバネティックスやウィーナーのことを気にしていて見つけたのが、比較的最近の本、といってももう11年も前の本のこれである。

情報時代の見えないヒーロー
a0348309_13523424.jpg

(俺は書店で2800円で買ったのだが、なんとアマゾンでは980円とか。)


この本を今から読もうとしているのだが、この中でも言っているのは、ウィーナーがサイバネティックスが達成されてしまった暁のことを予見していたということだった。

つまり、いまの我々の時代のさらにその先のAIが完成してしまったその暁のことである。

機械知性に全てが支配されるのである。

そんな危険性をウィーナーは早くから(70年前)には察知していた。


とはいうものの、最近つくづく思うのは、これって新手の「ピグマリオン症候群」ていうやつではないのか?ということだ。

ピグマリオン症候群というのは、自分が作った仏像の如来様に自分が恋してしまうという物語である。

自分で生み出しておいて最後には自分で困ったと困惑するっていうやつだ。

原爆を必死で喜々として作っておいてできてから困った困ったと叫ぶ。

かつてのオッペンハイマーがそうだった。

このウィーナーもそうだった。自分でサイバネティクスを発明しておいてできてしまうと今度は大変だ〜〜これから大変な危険な未来が待つぞっていう調子だ。

あんたは馬鹿か?アスペルガーちゃうか?そんなことも予測しないでやったんかいな?

後悔先絶たず

ということになる。


いまのところ、こういうものをうまく表現する言葉はない。が、こういうのはしばしば見る風景である。

制御理論を作り出し、人がやれることは機械でもやれる、人が機械をコントロールすれば良いのだ、といって、作り出したのはいいが、結局機械のほうが人を勝り、制御不能になる。

なにかゲーデルの不完全性定理に似た匂いがするわけである。数学に完全なものは存在しない。

つまり、数学理論を使って生み出されたシステムにはすべて穴がある。

いいかれば、どんなに完璧なサーバー空間にもブラックホールのような次元の穴が開く。悪魔はそこから入ってくるのだ。

ネットワーク理論にもそんな無限地獄の穴が存在する。ひとたびそこに入れば二度と抜け出せない。

脱数学化。数式では記述できない、あるいは数学では記述されないものしか、サイバー空間から逃げ延びることができない。計量できる空間では計量できない世界は記述できないのである。

かつて杉田元宜博士が言った。数学はほどほどにしないと現実を見失うと。

現代科学のいわゆる西洋の科学はギリシャ時代に始まった。が、これはユークリッドの原論から始まったにすぎない。そこからわずかに2000年程度のぬくもりしかない。

我が国の建国の歴史より遥かに短い。人は数学のない時代にもずっと生き抜いてきている。

はたして数学から逃げ延びることはできるか?

数学好きの私がいうことだ。かなり難しいのではなかろうか?

もし数学で記述されたら最後AI警察の追手に付け回される。そんな時代がこれからやってくるに違いない。


いやはや、世も末ですナ。



e0171614_11282166.gif

[PR]

by kikidoblog2 | 2017-03-17 14:08 | 普通のサイエンス

<< 混ぜるな危険!カルビー「フルグ... これがU34日本代表「キリンジ... >>