「昔は良かった」:天地真理の「水色の恋の謎」→ルーツは欧州スペインにあった!?

天地真理
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みなさん、こんにちは。

さて、昨日の暴風雨のさなかにメモした、天地真理さんの「水色の恋」の話。これが実は非常に興味深い歴史があったということを見つけたので、一応ここにもメモしておこう。

我が国内では、天地真理さんの芸能界デビュー曲が「水色の恋」ということになっている。そして、この曲に出会ったのは、ヤマハの音楽フェスタ、たぶん後につま恋音楽界とかポプコンとかいうものに発展する音楽祭の初期の大会でのことであるという。これである。

天地真理デビュー前 「水色の恋」原曲 幻の「ちいさな私」を歌う


つまり、田上(たのうえ)姉妹の作詞作曲の曲「ちいさな私」というタイトルの曲をその大会で見つけた天地真理さんがそれを歌いたいということで、新しいタイトル「水色の恋」に変えてデビューしたということらしい。これである。

「水色の恋」の作詞・作曲者

 天地真理のデビュー曲「水色の恋」の作詞・作曲者の田上えりさん、田上みどりさんについては知らない人が多いようです。プロの人ではないので当時も業界関係者にさえ謎だったようですが、『週間明星』1972年1月23日号に「天地真理のヒット曲の陰に謎の美人姉妹」というタイトルでお二人と真理さんとの対面の様子が載っています。

 周知のように「水色の恋」は1970年11月5日行なわれた第2回ヤマハ作曲コンクール(第4回から「ヤマハポピューラーソングコンテスト」と改名)の予選通過曲の中にあった「小さな私」という曲(このときは藤田とし子さんが歌った)を、このコンクールにほかの曲(OTHERWISE)を歌って参加していた真理さんがその曲集から見い出し、やがて自分のデビュー曲となったのですが、真理さん自身もこのお二人についてはまったく知らなかったようで、テレビ局で“田上えりさんの友達”という人に話しかけられて、「田上」が「タノウエ」と読むこともはじめて知ったようです。そしてそれをきっかけに(この記事によれば)週間明星の記者がお二人を探し当てて初めての対面ということになったのです。

 作詞の田上えりさんは横浜に実家がある3人姉妹の末っ子で、このとき聖心女子短大2年の20歳。高校時代から同人誌に散文詩を発表していたそうです。作曲の田上みどりさんは長女で芸大の楽理科を卒業し前年結婚したばかりの23歳。在学中からヤマハミュージックスクールの講師を務めていて、第2回ヤマハ作曲コンクールに応募する際、えりさんの詩のひとつを使って作曲したのが「小さな私」だったということです。

その創作過程について姉妹はこう語っています。(記事のまま)
「小さなわたし」は趣味的につくったものなので、その後2人でかなり手を入れました。2番はあとから書き足したものですし、“水色に残された影・・・”というところは、別れのイメージはクールな感じにしたかったから・・・。天地さんは‘白雪姫みたいな心’という言葉にひかれたとおっしゃいましたけど、あれは童話の‘白雪姫’と関係なく、ただフィーリングで可愛いムードを出したかったの。でも私たちのつくった歌がこんなにヒットするなんて、想像もしませんでした。やっぱり、真理さんの歌い方に魅力があったんじゃないでしょうか」

 「白雪姫」にあまり意味はなかったというのは、ちょっと意外かもしれませんが、実際の作者ならではの話ですね。お二人と真理さんの対面は1月9日、青山の喫茶店で行なわれたそうですが、たちまち意気投合して楽しいものになったようです。真理さんが中学、高校時代をすごしたのは横浜の隣といっていい座間ですし、音大付属高校から大学へ進学する道もあったわけですが、その場合は楽理科を考えていたとか、高校在学中から、そして卒業後ヤマハミュージックスクールで学んでいたなど、お二人と接点も多くとても身近に感じたのではないでしょうか。ちなみに3人姉妹の次女の方が偶然にも「まりさん」で、お二人と真理さんが並んで歩く姿は本当の姉妹のように見えますね。

田上姉妹と天地真理さん
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 なお、この記事の冒頭にはこの年、渡辺プロに届いた年賀状が一番多かったのは森進一でも小柳ルミ子でもなく天地真理で、全盛期のタイガースに匹敵すると書かれています。歌手デビュー後わずか3ヶ月という時期を考えると驚異的な人気沸騰だということがわかります。


ところが、世の中には結構執念深い人や曲には詳しいという人がいるようで、この田上姉妹の曲にはモデルとなった原曲があることを見つけた人がいた。以下のものである。

★ デビュー曲 『♪水色の恋 』 の原曲 『♪Gran Hotel Victoria 』 ★
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この 『♪水色の恋 』 っていう曲、
原曲は 『♪小さな私 』 っていうことは、
あまりにも有名ですよね。
作詞は田上えり さん、
作曲は田上みどり さんです。
 
YouTube にデビュー前の真理さんが、
ギター弾き語りで歌っている 『♪小さな私 』 が
ありましたので、お借りしました。
1970(昭和45)年、TBSテレビの
「 ヤング720 」 っていう番組に、
アマチュア歌手として出演して、
この 『♪小さな私 』 を歌った時のもの、
みたいです。
 
このビデオは 『♪小さな私 』 に続いて、
『♪水色の恋 』 もワン・コーラス入っていますから、
比較できますよ~
まずは聴いてネ
ビデオ制作は amhikokigumo さんです。


プレミアム・ボックスの解説から引用しますけど、
真理さんがデビューする前の、
1970(昭和45)年に、
三重県の合歓の郷(ねむのさと)で開催された、
「’70作曲コンクール」(後のポプコン)に、
真理さんは出場
しています。
そのとき、
他の出場者が歌った 『♪小さな私 』 が
すごく気に入ったみたいです。
その後、デビューすることになって、
デビュー曲を何にするか話し合ったとき、
真理さんは、この 『♪小さな私 』 を、
強く希望して実現したらしいですネ


問題はその後の話。実はこの田上姉妹の「小さな私」にさらに原曲があったのである。

さてさて~
この 『♪小さな私 』 にも原曲があるの。
知ってましたかぁ~
コアなファンでしたら、とっくにご存知ですよね。
じつは、私、不思議に思っていたことがあるんです。
それはね、作詞者と作曲者のことなの。
 
真理さんデビュー当時の、
たとえば上のシングルでは、
作詞:田上えり
作曲:田上みどり
補作曲:森岡賢一郎
ってなっていますケド、
 
2006(平成18)年10月1日発売の、
プレミアム・ボックス(CD)では、
作詞:田上えり、Carlos Pesce
作曲:田上みどり、Feliciano Latasa
ってなっているんです。
途中から作詞者さんと作曲者さん、
増えてますよね~
 
それと、日本音楽著作権協会(JASRAC)での
登録上は 「 外国作品 」 扱いなんだって。
もしかして、もともとは外国の曲を、
それなりにアレンジしちゃったのかも・・・
って思って、調べたら、やっぱりありましたぁ~
 
Feliciano Latasa(フェリシアーノ・ラタサ)
さんが作曲したタンゴの名曲、
『♪Gran Hotel Victoria 』
(グラン・ホテル・ヴィクトリア)です。
この曲に、
Carlos Pesce(カルロス・ペシェ)さんが、
歌詞をつけたんだと思います。
 
とりあえず演奏だけですけど、聴いてみてね~
Orquesta Juan D'Arienzo(ファン・ダリエンソ楽団)
の演奏で 『♪GRAN HOTEL VICTORIA 』 です。
『♪水色の恋 』 っぽいメロディが出てくるのは、
0:44 あたりからです。
その後もくりかえして出てきますよ~
ビデオ制作は DE TODO UN POCO さんです。

JUAN D ARIENZO EL GRAN HOTEL VICTORIA


これを聞くとたしかに44秒目から「水色の恋」の曲があらわれる。しかし、タンゴ化されたものであり、日本で言えば、演歌の中のワンフレーズ、ツーフレーズという感じである。

Gran Hotel Victoria -tango- (F. Latasa - C. Pesce) por Analía Rego


Gran Hotel Victoria


さてさらにこの「グランド・ホテル・ヴィクトリア」という曲は、ある旅行客がイタリアのホテル・ヴィクトリアをみてたいそうびっくりこいた結果できた曲だということがわかった。以下のものである。

Gran Hotel Victoria - “Gran Hotel Victoria”, an anonymous tango
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このヴィクトリアホテルというのはどうも欧州の老舗ホテルであり、超高級ホテルのようである。昔の作りはこんな感じだったらしい。

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今はこんな感じ。
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王族が宿泊できるような超高級ホテルのようである。

ここで演奏しに来たスペインのサンセバスチャン生まれのピアニストでバイオリニストのラタサという人が、このGran Hotel Victoriaを作ったが、この人は36歳の若さで死んだというのである。この部分である。

We shall present a short biography of the composer or, maybe rather, alleged composer of the piece. Pianist and violinist, Latasa was born in San Sebastián —Guipúzcoa, Spain— on September 25, 1870 and settled in the city of Rosario, province of Santa Fe, at the dawn of the twentieth century. At that city he led the orchestra of the Sociedad España and the Orfeón Gallego.

When in Córdoba he appeared at the Club Democrático España and at the Roma and Victoria hotels leading his orchestra lined up by José Ferreras and Cristóbal Boday (violins), José Aguilar (flute), José Guisado (clarinet), Ernesto Di Blasi (trombone) and J. Macia Granja (bass). He composed the tango “Gran Hotel Victoria” (Hotel Victoria), the chotis “Carmencita”, the zarzuelas “Risas y lágrimas” and “Celeste”, and, according to Vicente Gesualdo, numerous dancehall pieces, chotis, mazurcas, polkas, waltzes, pas de quatre, etc. He died in Córdoba on September 18, 1906 when he was nearing age 36.



そしていつしかヨーロッパにおいてはアノニマス(=作成者不明)のまま、非常に馴染みのある曲として流通していったようである。

特にスペインタンゴでは昔からある有名な民謡のように作者不明の曲として演奏されるようになった。

とまあ、そんな感じである。

さてそこで、ここからが私個人の妄想、あるいは、推測だが、この「Gran Hotel Victoria」はその後、チャーリー・チャップリンによって編曲されて、あの有名なライムライトの曲になったような気がする訳である。

Limelight / Terry's theme ライムライト / テリーのテーマ

ライムライト チャップリン「街の灯」<癒しの30弁オルゴール>


そのスペイン人の記事の後半に天地真理さんと田上姉妹のこともちゃんと出ていたからすばらしい。以下の部分である。

Much later —Bischoff told us—, the same sheet music «was copied by two Japanese composers, Midori Tagami and his niece Eri, for their song “Mizuiro No Koi” that the female singer Amachi made into a smash hit in the seventies».


ここには、3姉妹の末っ子のえりさんがみどりさんの姪となっているが、それはどうやら間違いである。作詞が末っ子の田上えりさんで、作曲が長女のみどりさんということである。

また、田上が「たがみ(Tagami)」となっているが、それも間違いで、正しくは「たのうえ(Tanoue)」である。

というわけで、欧州のスペインでも本当はだれが作曲者なのかあまり良くわからない作者不明の作品だったわけで、そういうよく知られた曲をアレンジして一曲の作品を新たに作ったわけで、田上姉妹は大手を振って「自分たちの曲だ」と言ってよろしいのである。だから、だれともわからない西洋人の名前をつける必要はない!


いずれにせよ、チャップリンもそうだが、昔の欧州のバイオリニストやピアニストや作曲家≒ユダヤ人だったわけで、チャップリンもイギリスのユダヤ人。きっとラタサという無名の作曲家もユダヤ人だったに違いない(むろん、当時は有名。だから、ヴィクトリアホテルで演奏したわけだ)。だから、欧州の演歌、欧州の民謡のようなものに、この曲の雰囲気はよく登場してきたはずなのである。

日本で言えば、演歌の曲想みたいな、ちゃちゃんちゃちゃっちゃ、ちゃ〜〜〜、ちゃちゃんちゃちゃっちゃ、ちゃ〜〜、た〜〜ららら〜ら〜〜、みたいなものと捉えたほうが良いと思う。


というわけで、これにて一件落着。めでて〜〜ナ!


おまけ:
こんな掲示板もあるようだ。
天地真理~さくら貝




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  by kikidoblog2 | 2017-04-18 09:41 | 真実の歴史

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