2017年 03月 10日 ( 2 )

 

「2062年未来人の地震予言」:世界最強の暗号を解読せよ!

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VITAS - ОПЕРА №2 / Opera#2


みなさん、こんにちは。

リアルタイムトラベラー「2062年未来人」というのは我が国では結構有名である。この未来人は、2022年生まれの日本男児。その後に開発されたタイムマシンで、現代にやってきた。それも巨大地震のある直前に限って被害者を減らすべく、時間警察の当局にばれないように暗号の形で地震の日時をほのめかす。

まるでB級SFのような話だが、今回三度目に来日、というより、来過去した2062年未来人、この人の次なる巨大地震、南海トラフ大地震の日時の暗号文が実に難解だということでそれなりに話題になっているらしい。

今のところだれも暗号解読に成功していない。→俺の命がかかっているわけだヨ。

そんなわけで、一応これをメモしておこう。以下のものである。

衝撃】2062年未来人の地震予言まとめ。南海トラフは必ず起こる。彼が示す未来と暗号とは


そこで問題の暗号部分だけピックアップすると以下のもの。
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そしてヒントがこれだとか。
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そして最後に2062未来人が言う。
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まあ、2062年前生き延びたい人は山梨や長野や岐阜や岡山や広島あたりに引っ越したほうが良さそうですナ。

果たして2019年、二年後までにだれかこれを解読するチューリングのような人間が出てくるだろうか?

まあ、10億円ほど懸賞金でもかけないと出てこないかもしれないですナ。


いやはや、世も末ですナ。




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  by kikidoblog2 | 2017-03-10 12:40 | 地震・地震予知・噴火

アイラブジャパン:「澤柳政太郎の『科学名著集の刊行について』」百年前も同じだった!?

長岡半太郎先生
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みなさん、こんにちは。

先日、
日本学術会議の「軍事研究」の論議:「軍事研究」という言葉に意味はない。要はGHQが怖かっただけ!?
「古書に学ぶ」:長岡半太郎の「科学名著集」、明治大正時代の名著の翻訳があった!

にメモしたように、大正の初期、当時の東北大学から「科学名著集」という当代随一の西洋の学者の名論文=歴史的古典論文を日本語へ翻訳するという大事業が行われた。

もちろん、いまや誰も知らない。

ここ最近、私は現代的な新論文を読んだり書いたりするよりは、どちらかと言えば、古い論文、古い本を読んだり、それを日本語に翻訳するというようなことに時間を割いてきた。

これはあまり一般受けしないし、今現在の書籍流通システムの出版社や本屋からも疎んじらている。儲からないからだし、事実私が翻訳本を出版してくれませんかというと、いつもこんな言葉で拒絶されてきた。

「その英語の本を読むような人は、最初から英語を読んで勉強できる人ではないのか?」

オンサーガーの原論文の不可逆過程の話を全部日本語に翻訳した時、大半の科学出版社がそういったのであった。

まあ、労あって実り少し、というのが、翻訳事業だろう。

だから、
アメリカでは科学論文の翻訳は「軍事研究」として米軍が管轄してきた
のである。ここをお忘れになってはならない。つまり、それほど重要な事だということである。

もし日本人がかつて空海のように遣唐使で支那に行って勉強し、それを我が国の言葉で伝えなかったとしたら、四国遍路は残っていただろうか?否、すでに廃れたはずである。当時の日本語であり漢字になおして残したからこそ、文化伝統として我が国に根付いたに違いない。

したがって、私がしこしこと私が学んだ英語の古典論文もその都度面倒だが、読みながら日本語に直しているのは、もちろん、若い時代にはそんなことする時間がなかったからしなかったし、英語でそのまま理解したほうが早いから、そういう翻訳はしてこなかったが、いまその重要性を感じるという、その理由は、まさにそこなのである。

やはり
日本語にしておかないと我が国の伝統に残らない
からである。

さて、今回ちょうど私がここ10年ほど感じてきていることとまったく同じことをその「科学名著集」の編纂事業を推進した、当時の東北帝国大学の総長が言っていたので、これをメモしておこう。以下のものである。もちろん、現代語に変更している。

科学名著集の刊行について

維新以来学術の進歩は非常に目覚ましく、その結果においては見るべきものが少なくないのは現実が証明するところである。しかしながら、科学的知識は未だ十分に国民の間に普及するまでには至っていない。科学研究の真価はいまなお了解できないもののように、したがってその研究的精神もまた旺盛であるとは言えない。一般の科学が学校の教科に加えられてはいるものの、ともすれば学生の嫌悪するものになり、その興味を呼び起こすにまでにはいたっていない。社会は単に科学の応用を欲しがるだけで、源泉になっている純粋科学を省みることはしないようであり、我が国の今日の学術界はいまなお幼稚であり、かつ堅実を欠いているそしりをまぬがれない。これが発達充実を促すための方策には一つや二つでは足りないというべきだが、科学上の不朽の名著を国語に翻訳して容易にこれと親しむことをできるようにすることは一つの方法であると思う。我が東北帝国大学理科大学はここに見るべきところがあると考えて、東西随一の学者の著書を選んでこれを翻訳し、順番に世に公表しようと思う。これが科学名著集の刊行を行う理由であり、もって学術界ならびに教育界に欠けているところを助け補い、ひいては我が文明の進歩に貢献するのであれば幸運であると思う。原著はいずれも学界において一時代を築いたようなものであるので、翻訳文には十分の注意を加えて、忠実に原文の意味を伝えるように、同時に難解に陥らないように配慮した。なおこの試みに関して東京帝国大学教授理学博士長岡半太郎氏が終始多大の援助を与えられたことを記し、感謝の意を表したい。

大正二年三月 仙台において
東北帝国大学総長 澤柳政太郎
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(ここでいう理科大学というのは、今で言う理学部のこと。しかし帝国大学時代は、それぞれがイギリス型のカレッジスタイルで独立採算制で運営されていた。戦後これが新制大学の理学部に変更された。)

大正二年といえば、1913年、我が国にいわゆる「大正デモクラシー」が誕生する時代の初期にあたる。すでに明治維新から47年。約半世紀が経ったころである。

そんな時代にも関わらず、まだ一般人は科学の何たるかを理解せず、学生たちにとっては科学は難解で人気のない学問であり、国民はその結果ばかりを期待して科学的精神をまったく理解していないので困る。だから、西洋文明を現代科学の時代に導いた古典論文を日本語に訳すから、どうか学校関係者のみなさん、大学関係者のみなさん、これを読んで勉強し、将来の科学に貢献してください。

とまあ、これが当時の東北帝国大学の総長のお言葉であった。

なにか現在にもまったく同じことが言われているから面白い。いまでもこの言葉はそっくりそのまま、文科省のお役人さんや霞が関の官僚たち、また高校大学高専の先生たち、さらには大学の研究者たちに送りたい。

100年前から全く変わっていませんよ! 100年前にも同じこと言っている人がいたよ!


まあ、私がここ最近ずっと科学文献の翻訳ということにただ1人挑戦してきたのは、まさにこの東北帝大の総長さんと同じ気持ちからである。やはり日本語に訳すと、中身は分からないまでも読める。これが大事なのである。子どもたちが日本語で中を見ることができる状況、これがその子供の潜在意識に働きかける。これが実に重要なのである。

かつてアンドリュー・ワイルズが子供の頃図書館で見た数学の本に取り憑かれたという。それがおとなになって立派な数学者になってから、かのフェルマーの最終定理の証明に突き進む決め手となったというのは実に有名な話である。

さすがに英語やドイツ語の本は普通の本屋はおかない。図書館にもない。これが科学離れの原因になる。やはり普通の図書館にも並ぶような本でないと子供は見る機会がないのである。

ここにこうやって日本の昔の原稿を現代語に直すのもまた同じ意味である。読める形にしていかないと、だれも見ないのである。今はインターネットの時代だから、ネット上に検索できる形で提供されたら、だれもが読める。しかし有料にしたら金持ちしか読めない。

ちまたの団塊の世代のおばちゃんたちが、簡単にダマスゴミの餌食になるのもまたテレビメディアが普及しているからである。朝から晩まで森友学園、森友学園、森友学園とやってファルス番組、ファルスニュースをやっていれば、自然とおばちゃんたちは自分がそう考えているかのように、反日、親韓、反政府、反右翼、反森友と洗脳されてしまうわけである。

仮に毎日科学者の番組をやっていれば、老若男女のだれもが科学の見方にいい意味で洗脳されるだろう。それほどの威力や効果があるが、実際バックミンスター・フラーの時代にはテレビの教育効果のものすごさが話題になっていたのだが、今では逆に負の教育や洗脳のためのツールとして使われるようになった。販売的目的から始まって政治的意図を脳にねじ込むツールとしてテレビメディアが使われているのである。

日本の科学はこの100年でほとんど変わっていなかった。要は人口が明治の4000万人からその三倍に増えただけだった。だから、一見科学が進歩しただけだったとは。

いずれにせよ、地道なことは軍事研究にするのが一番のようだ。金を儲ける必要もないし、資本家や株主のだれかの指図を受ける必要もない。人命救助ひいて人類救済のためとなれば、自衛隊と同じで、軍事研究のあり方こそ、人類のための科学になるのである。まさに戦後の我が国の科学で一番欠けていたのは、この人類救済の科学という精神、つまり軍事のように国民の前に自分の命を差し出すというような気持ちで研究する人がいなくなったということだろうと思う。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
だれか、トランスペディア(=transpedia)、つまり英語の論文や本の翻訳だけを載せたウィキペディアのようなものを作ってみたらどうか?古今東西の英語ドイツ語ロシア語仏語スペイン語の本を全部自動的に日本語にしてしまうツール。そういうものがあれば、俺が苦労する必要がなくなる。頼む、だれか作ってくれ!




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  by kikidoblog2 | 2017-03-10 09:32 | アイラブとてつもない日本

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