2017年 04月 03日 ( 1 )

 

ラマヌジャン「奇蹟がくれた数式」:俺には「奇蹟」まだ一度も訪れていない!ヘッドのしすぎか?

ラマヌジャン
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みなさん、こんにちは。

昨日は久しぶりに夫婦で映画でも見ようかと思い、昨年暮れに公開されたらしいインド人数学者のラマヌジャンの映画を見ようと徳島県内の映画館の映画情報を見たのだが、実に残念ながら徳島でこの映画を公開している映画館は存在しなかった。

そんなわけで、どこかでレンタルできないかということで奥さんが調べると、なんとツタヤにあった。というわけで、レンタルビデオでラマヌジャンの映画を見ることができたというわけだ。以下のものである。

10/22公開 『奇蹟がくれた数式』予告編


さて、この物語には何人かの著名な数学者が登場する。というより、何人の数学者の名前に気がつくかはその人の数学に対する知識の幅に比例していると言うべきかもしれない。

主人公がもちろんラマヌジャンだが、その相手になる
ハーディ教授
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リトルウッド教授
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この3人はこの物語のメインである。

それにバートランドが加わる。ハーディとの皮肉のジョークの相手になるのだが、むろんこれは
バートランド・ラッセル教授
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のことである。数学者で哲学者。後に湯川秀樹博士とパグウォッシュ会議を開いたあのラッセル卿である。またいまでは生粋のNWOのシオニストであったのではないかと言われている。

面白いのはこの映画のリトルウッドとハーディのテニスのシーンで、ハーディがシオン議定書の話を出してくるところである。むろん、気違い数学者が繰り出すご託宣の一つとして出ているわけだ。

シオニストの否定論者とまったく関係のないはずのラマヌジャンの映画で、それとなくシオンの議定書がとんでもない偽物の一つとして突っ込んでくるところががユダヤ的である。

さすがにラマヌジャンとシオンの議定書を同列で扱うのはジョークのようなものであろう。


さて、ラマヌジャンがいよいよ貧困、というより、イギリスのまずい食事と不衛生な環境のせいで栄養失調になって結核にかかってしまい始めた頃、同じインド人の留学生が登場する。その若者はさりげなく

僕はマハラノビスです

というシーンがある。

実はこの
マハラノビス
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はその後のインド数学会、インドの統計研究所の所長となり、我が国の統計学の父となる北川敏男博士の庇護者として有名な存在に成長するのである。

この北川敏男博士が我が国の九州大学の設立当時の大学構成の設計者になり、統計学や生物学や社会学などの数理研究の拠点として現代の九州大学が設立されたのである。

この北川敏男博士が若い頃に統計学を学ぶために出向いた場所、それがマハラノビスのいるインドであった。

このマハラノビスはノーバート・ウィーナー他の確率統計学の研究者とも交流があり、我が国の統計数学の世界にも大きな影響を与えたのである。

また、今の国連の草創期において、世界の人口統計、社会的な統計を世界最初に行い、世界の人口動態とか、社会環境とかそうした世界の統計の基盤を作った人物でもあるという。

北川敏男博士がインドに留学中に、推測過程理論を構築し、それが戦後の日本の品質管理の数学的基礎になっていき、戦後の我が国の輸出製品の品質向上や生産効率の上昇を導くきっかけになっていったのである。

というわけで、私個人はラマヌジャンもさることながら、ほんのちょっとの出番しかなかったが、このマハラノビスの登場にも非常に興味を感じたのである。


一方、アメリカ生まれのユダヤ人ノーバート・ウィーナーも10台でハーバード大に入学し、10台でそこを卒業した後、英国のラッセルのところに留学したのである。最初は哲学者になりたくて留学したらしいが、だんだん数学に傾倒していき、数学者に育つ。

「この世の全ては不完全なものである」

というノーバート・ウィーナーの子供の頃の自分の哲学を完成すべくそれを実現した結果が、

ウィーナー過程の理論

であった。つまり、確率過程論という数学を生み出し、それが統計学や確率論に応用され、それが我が国の伊藤清博士により「確率微分方程式」の理論に結びついていく。そして、それがアメリカのエドワード・ネルソンにより量子力学の確率量子化の手法に利用されていく。そしてそれがさらに我が国の保江邦夫博士やフランスのマリアヴァン博士により「確率変分学」へと結びつく。

その一方で、ウィーナー過程を拡張した「ベルンスタイン過程」が誕生する。さらにこれを保江邦夫の愛弟子であるザンブリニが確率変分学的に扱い、量子力学のベルンスタイン過程理論に基づく確率量子化論を生み出していく。

さらには、マンデルブローがウィーナー過程をさらにフラクタルな事象へ拡張したマンデルブロー過程に拡張していく。それが確率微分方程式となると分数確率微分方程式へと昇華されていく。

というようなわけで、この時期のイングランドの数学界は一種独特の雰囲気を持っていたようなのであるが、その一種独特な英国数学者のかなりアスペルガー的空気が見事に醸し出されているという意味で、この映画は実に面白い側面がある。

まあ、普通の日本人なら御免被りたいタイプの厚切りジェーソンとかパックンとかあの手の嫌味な白人に共通するシニカルなジョークの応酬がある。

そういうのは、我が国の一般人にはあまり理解できないのではないか。俺は結構笑ったが、奥さんはまったく理解できなかったようだ。

むしろ、我が国の一般の人からすれば、インドの下層階級の生活の方に目が行ったのかもしれない。

嫁と姑の関係。

こういう方に目が行くのだろう。ラマヌジャンの奥さんと彼の母親との確執はなかなか理解できないが、こういうところにインドのカースト制度の影響があるのかもしれない。

ラマヌジャンは貧困家庭ではあっても一応はバラモンの出身。

彼の奥さんの出自はちょっと分からないが、普通の家庭であれば、家柄が違うというようなことが原因だったかもしれないが、ラマヌジャンの母親の意地悪のせいで、ラマヌジャンの結婚がうまく行かなかったのは大変残念だった。

また、マハラノビスともっと早く出会い、マハラノビスの助力を得ていれば、ラマヌジャンはインドの統計研究所でその職員として過ごせたかもしれないと思うとこれまた実に残念である。



このラマヌジャンに匹敵する天才が我が国にも存在した。その1人が南方熊楠である。また、数学者の岡潔博士である。

我が国の映画界で、ぜひ岡潔博士の伝記映画でも作り、アカデミー賞を取ってもらいたいものである。

ラマヌジャンが
女神ナマギリ
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のご加護の下にさまざまなひらめきを得て、数限りない数式を得たように、岡潔もまた数学で行き詰った時に仏教に帰依して高野山で修行を積んで戻ると、それまでの難問が自然に解決できたという話である。

その経験から数学は問題を簡略化したら解けると考えがちだがむしろその逆で、より一般化しより抽象化したほうが問題が簡単になり解けるようになるのであると主張したのである。

広中平祐博士が特異点解消定理の難問が解けないために、特殊な問題に簡略化して解くという弘中のプランを紹介したところ、即座に岡潔が
「きみね〜〜、問題はむしろずっと難しくしたほうが簡単になるんちゃうか」
といったところ、その後弘中はさんざん失敗を重ねた挙句、岡のよう言うに問題をより一般化したらむしろ簡単になって解決への道が見えたというのは有名な実話である。

数学とは最初に「なんとなく」答えが見つかるもので、後からその証明を探すのである。

保江邦夫博士の場合は、ドイツに講演にいくさなか、アウトバーンで時速200km近いスピードになったとき、突然静寂が訪れ、その異様な状況のもと、額の裏に突如として1つの方程式が現れたのである。

それが「確率変分学」の誕生であった。

どうやら保江邦夫博士の場合は、
聖母マリア様
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のご加護らしい。


数学というのはこうやって生まれるものである。

コツコツと研究してできるというものではない。

参考までにコツコツとやってもだめだという例も最近見つけたので、本人を否定するつもりはないのだが、それをメモしておこう。数学は突如答えがひらめくものであって、コツコツやってできるものはない。が、なかなかこれが学校の数学の先生たちには理解されないことなのである。

黒川信重教授.最終講義「絶対数学の世界を旅して」


対談「ラマヌジャンを語る」


というようなわけで、長年コツコツと研究しても駄目なのだが、むしろどこかで頭を打ったらとたんに思いついたというような方が数学では現実にはありそうなことなのである。


いずれにせよ、ラマヌジャンがどのようにしてあの式を見つけたのか?

これは未だに世界の数学の謎なのである。

ラマヌジャンに言わせると、
15歳のときにジョージ・カー (George Shoobridge Carr) という数学教師が著した『純粋数学要覧』という受験用の数学公式集に出会ったことが彼の方向性を決めた。
というように、その数学公式集をバイブルのように眺めているうちに、独特の算数を発見し、それを用いると自然と謎の公式が導けるようになったという話である。


残念ながら、俺にはそういう能力はない。

たぶんサッカーであまりに多くヘディングしすぎたせいかもナ。

中学時代、ヘッドすると公式を忘れるぞっていうのが我々の冗談の一つだった。実際、ゴールキックされたボールを直接ヘッドすると、火花が散るからナア。


いやはや世も末ですナ。




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  by kikidoblog2 | 2017-04-03 09:34 | 普通のサイエンス

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