2017年 06月 12日 ( 2 )   

米イルミナティーの重鎮ブレジンスキー氏死去、享年89才:サイバネを悪用したテクノトロニクス考案!?   

みなさん、こんにちは。

サッカーのU20W杯が始まって忙しかったので、忘れていたが、そういえば、かのデービッド・ロックフェラーが死んだ後、ズビグニュー・ブレジンスキー博士が死去したというニュースがあった。享年89才。以下のものである。

【日本ニュース】ブレジンスキー氏死去 米民主党系の外交政策ブレーン(2017/05/27)
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まあ、表のダマスゴミ、捏造ゴミの世界では、外交政策ブレーンということだが、このブレジンスキー博士こそ、ヘンリー・キッシンジャー博士と同列のシオニストNWOのトップスターの2人であった。

キッシンジャーのパワーオブバランス(力の均衡)理論による政治学に対して、ブレジンスキーの「テクノトロニクス」。
フェイスブックで日本を自慢したら警告が来た!:FBの真の目的は「思想警察」か!?


この双璧の考え方により、米政治が動かされてきたわけである。

ブレジンスキーは、アメリカがソ連の工作によるベトナム戦争でさんざんな目にあったから、その復讐としてソ連に対する「ベトナム戦争」を起こす目的で、アフガン紛争を起こしたのである。

そのために、ブレジンスキーが育成して用意したのが、ムジャヒディンであった。武器と金を用意し、米政府が給料を支払ったという。

そして、ソ連が崩壊しロシアになると、ムジャヒディンは用無し。口封じのために、子ブッシュ時代に911を起こし、ムジャヒディンの名前をアルカイーダと変えて、自分のやったことを煙に巻きかつての盟友アルカイーダのビンラディンを殲滅せんとした。

実際にはビンラディンはブッシュの仲間だから、その影武者を殺して生き延びている。

ちょうど我が国の源義経伝説と同じ展開である。影武者が殺されて、本人が死んだことにして、実際にはどこかで余生を送っている。

ビンラディンはフランスかアメリカで生きているわけですナ。

実際には、それがオバマだったという驚きの説まであった。事実、ビンラディンとオバマは手相が同一なのだ。

さて、どうやってこのブレジンスキーが戦後のアメリカ政治を乗っ取っていったか?

実は、我が国ではまったく知られていないが、それは1950年代のロックフェラー一族主催の秘密の会議に遡る。

こうした会議の子孫がいわゆるビルダーバーグ会議と呼ばれるが、こんなものはかなり下っ端の会議である。なぜなら、一般人が近づけるホテルで行われているからだ。

実際の秘密会議というのは、米軍内の施設であったり、ロックフェラー家の私有地内で行われるのが普通である。

トランプー安倍会談もトランプタワーだったり、トランプの所有地内の屋敷で行われた。

こういうふうに、本当の極秘会談というものは、私有地で行われるものである。


1950年代、この秘密研究会議はロックフェラー家の所有地の離れ小島で行われたのである。

ウィリアム・クーパー講演パート7:「ジェーソンスカラー」と「研究グループ」

【パート7】
「研究グループ」は、「ジェーソン学会(Jason Society)」あるいは「ジェーソン学者(Jason Scholars)」として知られた、「外国問題諮問委員会(Council on Foreign Relations, CRF)」の秘密の学者たちの35人のメンバーで構成されていました。エドワード・テラー(Edward Teller)博士が参加するように招聘されました。ズビグニュー・ブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)博士は最初の18ヶ月の研究指揮者でありました。ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)博士は、1955年11月に始まった第二期18ヶ月の研究指揮者でありました。ネルソン・ロックフェラーは、この研究期間中よく訪問していました。

今、私は「研究グループメンバー」の名前を読み上げます。皆さんの中でそういう人々をご存知の方はきっと面白いと思いになるでしょう。よくご存知でない方々は、先週書き上げたばかりでもう直き販売になる、拙著をお読みくださるようアドバイスしておきたいと思います。そして、私が話している研究のあらゆることが、皆さん独自の研究の中で私が皆さんに真実を告げていると告げると思いますが、私はそうするつもりはありません。私は一証人にすぎませんし、私はUFO研究者でもありませんし、職業的な研究者でもないからであります。私がこうしているのは、私がアメリカ憲法を取り戻したいからであります。

その「研究グループメンバー」は以下の人々でありました。

チェアマンのゴードン・ディーン(Gorden Dean)。彼は当時アメリカ合衆国でもっとも力のあった人々の1人でありました。
ズビグニュー・ブレジンスキー博士(Dr. Zbigniew Brzezinski)、第一期の研究長。
ヘンリー・キッシンジャー博士(Dr. Henry Kissinger)、第二期の研究長。
エドワード・テラー博士(Dr. Edward Teller)、科学者世界の代表者。
リチャード・C・リンドセイ少将(Major General Richard C. Lindsay)
ハンソン・W・ボルドウィン(Hanson W. Baldwin)
ロイド・V・バークナー(Lloyd V. Berkner)
フランク・C・ナッシュ(Frank C. Nash)
ポール・H・ニッティ(Paul H. Nitze)
チャールズ・ピノ・ノイス(Charles Pinouis Noyes)
フランク・ペース・ジュニア(Frank Pace, Jr.)
ジェームズ・A・パーキンス(James A. Perkins)
ドン・K・プライス(Don K. Price)
デービッド・ロックフェラー(David Rockefeller)
オスカー・M・ルーハウゼン(Oscar M. Ruebhausen)
ジェームス・M・ギャバン陸軍中将(Lt. General James M. Gavin)
キャリル・P・ハスキンス(Caryl P. Haskins)
ジェームズ・T・ヒル・ジュニア(James T. Hill, Jr.)
ジョセフ・E・ジョンソン(Joseph E. Johnson)
マービン・J・ケリー(Mervin J. Kelly)
フランク・アルチュール(Frank Altschul)
ハミルトン・フィッシュ・アームストロング(Hamilton Fish Armstrong)
ジェームズ・マコーミック・ジュニア少将(Major General James McCormic, Jr.)
ロバート・R・ボーイ(Robert R. Bowie)
マクジョージ・バンディ(McGeorge Bundy)
ウィリアム・A・M・バーデン(William A. M. Burden)
ジョン・C・キャンベル(John C. Campbell)
トーマス・K・フィンレター(Thomas K. Finletter)
ジョージ・S・フランクリン・ジュニア(George S. Franklin, Jr.)
I・I・ラヴァイ(I. I. Rabi)
ロズウェル・L・ギルパトリック(Roswell L. Gilpatrick)
N・E・ハラビー(N. E. Halaby)
ビードル(Bedell)と呼ばれた、ウォルター・ベダル・スミス将軍(General Waltere Bedell Smith)
ヘンリー・デウォルフ・スミス(Henry DeWolf Smyth)
シーズルズ・ウォーレン(Shields Warren)
キャロル・L・ウィルソン(Carroll L. Wilson)
アーノルド・ウォルファース(Arnold Wolfers)

こいつらは悪いやつらです。彼らが「研究グループ」でした。そして、最初のMJ-12は悪いやつらで構成されたわけではありません。彼らは、アメリカ人のことを考慮して構成されました。後で起こったことがだんだん悪くなりました。大統領から力を奪い取ること、陰の政府の形成、アメリカ人に麻薬を売ること、などなどなどであります。私が終える前に私はこういうことのすべてをカバーすることはしません。その頃のことです。

第二期の会合は、クウォンティコ・マリーン・ベースで開かれました。そして、そのグループは「クウォンティコII」と知られるようになりました。ネルソン・ロックフェラーは、MJ-12と研究委員会のために、彼らが大衆の詮索から離れて会合できるように、メリーランド(Maryland)のどこかの飛行機でしか行けないところに避暑地を建設しました。彼は土地と建物を寄付しました。


キッシンジャー、ブレジンスキーが政治の研究リーダー、テラーは科学の研究リーダーだったのである。

ところで、こういう名前のリストには序列がある。日本とアメリカはちょうど順序が逆である。

日本は重要なものが大トリで最後に配置するが、だから、後ろに出るものほど大物になるが、欧米は逆で先に出るものほど大物なのである。

面白いことに学会の講演もそうで、我が国の学会では、小物が最初に出て来るが、アメリカの学会では大物が一番最初に出てくる。

日本では、最初に小物が出てくると聴衆もちらほらと集まり始め、最後のメインが来るころにはいつしか聴衆が満杯になるというやり方だが、アメリカでは最初に満員状態で大物を出迎え、それが終われば聴衆がいっしょに去ってしまい、小物の時にはだれも聞いていない。そういう感じになる。

私が1998年のアメリカ物理学会100年祭で講演した時、私の出番はかなり後ろの方で100人席のうちたった数人が聞いてくれた程度だったヨ。タンパク質の折れ畳の話は満員だったが。

欧米の権威はたいていユダヤ人あるいはユダヤ系だから、せっかちで自分は売り込みたいが人のことや雑魚はどうでも良いという人が多く、いつしかこういう形になったようである。主要なものだけどんどん聞いてさっさと帰って自分の論文を書く。雑魚は雑魚同士で適当にやれ。こういう感じですナ。


というわけで、戦後の米政治はロックフェラー家がいかにアメリカをユダヤ化するかの計略(アジェンダ)を目論んだのだが、それが暗号名「カントリークラブ」という秘密の研究会だったのである。

ここで若いキッシンジャー(当時ハーバード大教授)とブレジンスキーと水爆の父エドワード・テラーが名を上げたのである。

かれらはそれぞれの学会のボスだから、プロ中のプロである。それに対して、大統領など政治家は一般人に選ばれた普通の庶民である。だから、アマチュアにすぎない。

テラーは科学部門において日本ではその存在が全く知られていない「ジェーソン・スカラー」という組織のボスになったのである。これは、いわゆる米軍内の科学組織のことである。

だから、ここで行われた研究内容はすべてclassified(極秘)扱いのため、何十年も経たないと一般公開されない文書となる。だから、当然我々日本人の目に触れることはない。

たまにここからスピンアウトして大学教授になったようなものが、その一端を一般の科学界にリークするだけで、本質的なことはほとんど知らされないことになっているわけだ。

ちなみにこの「ジェーソン・スカラー」の科学者になると、一般人が見れば、あの人何しているのか分からないのに、なぜかアルファロメオに乗っているとか、フェラーリに乗っている
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とか、そういう感じでとてつもなく良い給料がもらえるらしいですナ。

我が国でたった一人だけここに入った人物がいた。

それが、鈴木龍成博士(仮名)である。まだ現存である。
「エリア51」S4に入った日本人がいた!?:鈴木竜成氏の「宇宙人の柩(ひつぎ)」


東大医学部出身のこの博士は、日本人としてただ1人ジェーソンスカラーとしてエリア51内の地下基地で、グレイエイリアンといっしょに研究されたのである。


テラーはもちろんエイリアンの存在を知っていて、ETV(宇宙人の乗り物)の研究を指揮していた。その部下にスタン・デヨ博士やら、ボブ・ラザー博士やら、アデア博士などがいたわけである。

むろん、リモートビューイングのマクモニーグルなどもこうした世界の住人である。


まさに氷山の一角というように、米政府はアメリカの水面に出ている氷山の一角でしかない。実際にはその何十倍もの地下組織があるわけだ。

日本人が見ている、あるいは、見ることができるのは、その氷山の一角の一部だけのことにすぎない。

ところで、そういう大事な極秘施設に入るには口の固い人間でないと難しい。リークすれば、死である。


ごく最近、NASAがついに宇宙における生命体をISSの表面に付着しているのを見つけたというニュースが出てきたようだが、いよいよ宇宙では我々だけではないということが報道されるのも目前である。

(あ)エーテルの存在→相対性原理の破綻→反重力理論
(い)生命の存在→平衡理論の破綻→非平衡理論
(う)別人類の存在→単一起源説の破綻→平行進化論
(え)宇宙人の存在→人間原理の破綻→宇宙進化論
(お)死後の世界の存在→唯物論の破綻→唯心論

などなど。

そろそろ表の世界でまかり通ってきた「標準理論」からこの宇宙の真実である「非標準理論」への大転換の時代に入るのではなかろうか?

つまり、若者の時代到来である。

第二の革命の時代到来の予感がする今日このごろなんですナ。

まあ、我が国のダマスメディア、捏造メディアからはこういうことはまったくスルーされるに違いないがナ。


さて、忘れるところだったが、このブレジンスキー博士、反日に燃え盛る韓国に対しても厳しい通告をしてきたことで知られる。

つまり、韓国よ、お前たちは日本と中国と北朝鮮のどこをとるのか?

とさんざん韓国に警告してきたのである。
グッバイ・コリア、”さよなら”韓国、僕たちは忘れない!:南朝鮮人国終焉か!?

結論から言えば、3つの選択しかないと考えられているようである。
1。親中共路線:「中国による東アジアの覇権を受け入れ、中国とさらに接近する」
2。親日路線:(反日行為をやめて) 「歴史的な反感にも関わらず、日本との関係をさらに強化する」
3。消滅路線: 「北朝鮮の一部になる」

オバマ大統領のメンター、ブレジンスキー博士は最初の2つしか取りえないと言っているらしい。

ではなぜそうなるのか?


ところが、いまだ一向にブレジンスキーの質問に答えていない。

まさに朝鮮脳である。まあ、朝鮮人をまともな人間だと思っているところにユダヤ人の馬鹿さがあるのだが、あまりにアジア人について知らなさすぎる。

ブレジンスキー博士、今度はもう少し賢い人間として生まれ変わってチョ。



いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-06-12 11:07 | コンスピラシー

U20W杯韓国大会決勝:イングランドが優勝!ベネズエラ準優勝、イタリアが3位、ウルグアイ4位!   

みなさん、こんにちは。

さて、U20W杯韓国大会は、Kの法則のせいでさんざんだったが、なんとか3位決定戦と決勝戦まで行き着き、全日程終了したようである。以下のものである。

3位決定戦
Match 51: Uruguay v. Italy - FIFA U-20 World Cup 2017→0-0PK3-4
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これがあのイタリアか?というほど大きな成長を遂げた。

決勝戦
The Final: Venezuela v. England - FIFA U-20 World Cup Korea Rep. 2017→0-1
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このPK失敗が勝負を分けた。
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やはり若い世代の大会だから、一次リーグの初戦と比べると、最後の日の試合は格段の進歩がなされていて、これがあのベネズエラやイタリアかというほどに大きな成長を遂げたようである。

監督が悪いばかりに不甲斐なく1次リーグ敗退して、たいして得るところなく帰国した我が日本代表と比べたら、やはり激戦を勝ち上がり、最後の日まで残ったチームというのは、将来への自信という意味ではまったく違ったものになったはずである。

この意味では、いつも日本サッカー協会が3流監督をユースの監督に抜擢するという悪循環を繰り返すことの悪弊が出ているといえるだろう。

なにせ今回のベスト4は、イタリア、ベネズエラ、ウルグアイ、イングランドであり、うち2チームは日本と同じ1次リーグのチーム、ウルグアイは初戦で日本と戦い、ベネズエラはベスト16で辛くも日本に勝ったチームであり、日本はベスト4のうち3チームと拮抗した非常に良い試合をしたのである。

日本の監督がもう少しレベルが高かったら?

だから、だいぶ前から言ってきたように、なでしこジャパンで世界優勝を果たした
佐々木則夫監督
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に日本の男子のユース代表や日本代表の監督をお願いしたらどうかと。

サッカーに男女の差は別にない。

世界大会で常に決勝まで行く経験は男子サッカーにはない。

だから、そういう素晴らしい経験を得た佐々木監督から得るものは非常に大きいはずなのである。

ハリルホジッチ、ザッケローニ、ジーコ、オシム、トルシエ、。。。

こういった監督もいい監督には違いないが、選手としても監督コーチとしても世界優勝の経験がない。

岡田、手倉森、内山、。。。など

日本人監督は論外である。

次回大会を期待したい。2年後である。今度こそ久保健英選手の時代である。もっとも久保選手にはまだ二回チャンスがあるが。

関係者のみなさん、お疲れ様でした。


ところで、このウルグアイとベネズエラは犬猿の仲だったらしいが、なんと同じホテルに居住。

そのせいで、決勝戦の前日にホテルの通路ですれ違った際に大乱闘を起こしたのだとか。

結局、このにチームともに負けてしまった。

これぞ韓国の法則発動。


いやはや世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-06-12 08:55 | サッカー&スポーツ