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ヴェンター博士「マイコプラズマのサイボーグを作りだす!」:俺「生命の水素原子はマイコプラズマか?」   

みなさん、こんにちは。

いやはや、やはり人になりきっていないヒトモドキこと朝鮮人のことを考えると

「魂が濁る」

というわけで、普通の科学のことをメモしておこう。

このところ、このブログにメモするのがおろそかになりがちだった理由は?というと、それは、いよいよ生命科学のもっとも肝の部分で大きな進展が起きそうな情況になっているということを知ったからである。

つまり、生命科学において、かつての量子力学の発見に匹敵するような時代に突入して来たからである。今回はこれをメモしておこう。

おそらく捏造放送局やら日本のダマスゴミからはあまり目をつけられていないから、そういう番組や記事はあまり出て来ないだろうと予想できるからでもある。


さて、サイボーグというと、何をイメージするか?

これは、人造人間という意味だが、人体の部分的あるいは全部を人工的に作り出した機械で置き換えても生きている人間のことである。
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フランケンシュタインの怪物は、フランケンシュタイン博士が死人の人体を用いて、死人を復活させたという設定であり、これもまたある意味でサイボーグである。
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人体には何十兆もの細胞がある。


が、いま最先端の生命科学はたった一個の細胞だけを考える。


では、世界最小の細胞とは何か?


というわけで、生命科学者はどんどんその候補を挙げて調べて行った。

大腸菌か? ノー!

藻類の細胞か? ノー!

じゃあ、インフルエンザウィルスか? ノー!これじゃ、小さすぎるし、自己複製できない。

じゃあ、マイコプラズマならどうだ!

というようなわけで、今最先端の生命科学では、1個の細胞でできたマイコプラズマが世界最小の生命体だと考えるようになった。


では、このマイコプラズマを全部人工的に作製したパーツで置き換えることは可能だろうか?

つまり、マイコプラズマのサイボーグを作るのだ。

最初は、原形質膜だけ入れ替える。

つまり、人間で言えば、人工皮膚に変える。

次は、DNAを全部解読して、それを全部人工的に生成したDNAで置き換える。

人間で言えば、脳みそを全部人工脳で入れ替える。

次は、リボソームを全部人工的に作り出したものと入れ替える。

人間で言えば、内蔵を全部人工的に作り出した臓器と入れ替える。

こうやって、ついにマイコプラズマの全部を人工的に機械で作り出したパーツで置き換えるのだ。


なんとサイボーグのマイコプラズマは生きている!


問題はここからだ。


これだけでは、現存のマイコプラズマを全部人工的に作り直しただけのことで、分子原子は自然が作ろうが、人工的に作ろうが、同じ分子原子は同じものである。だから、入れ替えても基本的には同じものでしかない。


というわけで、最先端の生命科学者たちは考えた。

どれだけマイコプラズマを小さくしたら生命ではなくなるのか?


そこで、重なっている同じような部分はどんどん減らすことにした。

DNAを調べて、同じパーツをつり出すDNAは削除する。そういうことをしてさらにミニマル=最小のマイコプラズマを生み出した。


これ以上DNAを削除するとどういうわけか、死んでしまう。生きていることができない。そういう大きさの最小のマイコプラズマを見つけたのである。

さて、そこで生命科学者が考えた。

自然のマイコプラズマのDNAは二本鎖DNAの一本のヒモである。が、それを環状のループにしてみる。

しかしまったく同じだった。


では、今度は、マイコプラズマのDNAの遺伝子コードを含む部分を切り刻んで順番をでたらめに入れ替える。

しかし、マイコプラズマは生きていた。

つまり、DNAの中の情報は順番に依存していなかった。


こうしてマイコプラズマのすべてを人工的に変化させて入れ替えていって、最小のマイコプラズマを作製したわけだ。


すると、新しい謎が生まれたのだ。


それは、何をしているか分からない謎のDNAの部分が若干残ったのである。


一般に「意味不明部分」と呼ばれる領域が必ず残った。

面白いことに、この意味不明部分と同じ遺伝子配列が、他の大腸菌や一般の高等生物のDNAの中にも普遍的に存在したというのだ。


いまは「意味不明」だが、何かの意味を持っているかもしれない部分が最小のDNAの中に確実に存在したのである。


若者よ、これを解明しろ!

そうすれば、100%ノーベル賞だろう。


さて後先になったが、この新手の腕力のいるブルートフォース兼実に知的な研究を引っ張っているのが、人類の人遺伝子の全解読を実現させた、あのクレイグ・J・ヴェンター博士である。この人である。
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問題の論文がこれ。
Design and synthesis of a minimal bacterial genome


ところで、私がなぜこの問題に注目したか?

というと、私は理論家だから、物理理論から考えて、やはり生命の物理学的基礎を構築するには、最小の生命体だろうということで、では最小の生命体は何かと考えると、やはりそれはマイコプラズマだろうと私自身が結論したからである。

理論の世界では、自己複製できるRNAやDNAが生命体の最初だという考えから、まだマイコプラズマが原初生命だという考え方はマイナーなものである。

しかし、一個の細胞というものができないと細胞からなる生命体は誕生しなかったわけだから、やはり海の中をうごめくイメージのRNAワールドよりもマイコプラズマワールドの方が生命誕生という感じがするわけだ。


マイコプラズマの生命活動を行うシステムはいかにして構築できるか?

これをずっと考えているわけである。


いよいよテーマはかなり絞られて来た感じがするわけだ。

かつて原子論という考え方がまず先にあり、マクロ現象の大筋が理解されて来た。そして、原子論の基本中の基本は何かということで、最小の原子、すなわちそれが水素原子だということが分かった。

そこで水素原子をいかに理解するかということで、ボーアの水素原子の大陽系モデルがうまれ、それを解明して行くうちに、量子力学が生まれた。


生命理論においての水素原子は何か?

もしこれが、マイコプラズマだとすれば、マイコプラズマを研究するうちに、マイコプラズマのモデルが生まれ、このモデルを研究するうちに、真の生命力学が生まれるはずだ。


というのが、俺個人の構想なのである。


いま驀進中。


時代はそんなことを追いかけている最中である。


そんな時代に捏造放送局とか、捏造放送協会とか、どうでも良い。


いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-08-28 09:35 | 普通のサイエンス

「ドイツのプランク研究所に科学史研究所があった!」:理研にはまだないナア!   

アナトール・ラパポート
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知識を得たければ、
まず正しい質問を発することを学ばなければならない;
そして答えが欲しければ、
答えが現れるのを待つのではなく行動を起こさなければならない


みなさん、こんにちは。

最近、とあることを調べているうちに、我が国では理化学研究所に相当する国立研究所である、ドイツのマックスプランク研究所に、科学の歴史を研究する部門があることを見つけたのである。以下のものである。

MAX PLANCK INSTITUTE FOR THE HISTORY OF SCIENCE
Max-Planck-Institut für Wissenschaftsgeschichte
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Founded in 1994, the Max Planck Institute for the History of Science (MPIWG) in Berlin is one of the more than 80 research institutes administered by the Max Planck Society in the sciences and humanities.


さすがにドイツである。

いまサッカーの楽天ヴィッセル神戸に楽天の資金力で年収6億円でW杯優勝メンバードイツ代表だった
ルーカス・ポドロフスキー選手
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スペインにはサッカーの博士までいる

が入団して来ているが、そんなドイツにはスキーの大学とか、さまざまなスポーツの大学のようなものも多い。

そういう大学では、そのスポーツの歴史から、現代の技術までを重厚長大に学ぶ。

これが私が知るドイツ・スタイルの学問というものである。

20世紀初頭まではゲッチンゲン大は、数学や物理のメッカだった。

だから、戦前にはたくさんの日本人もドイツへ留学したのである。

第一次世界大戦、第二次世界大戦をきっかけとして、ドイツにいた数多くのユダヤ系(むろん、アシュケナージ・ユダヤ人)の多くが、その先遣隊だったノーバート・ウィーナーの尽力によりアメリカで職を得ることができた。

ノーバート・ウィーナーの父親の時代のいまから100年ほど前にはハーバード大にはだれもユダヤ系の正教授はいなかった。

その第一号が、ノーバート・ウィーナーの父レオ・ウィーナーだった。

ちなみに、我が国の国立大学の外国人の正教授の第一号が、東大地震研究所で採用されたロバート・ゲラーだった。

我が国の地震予知学会はこのロバート・ゲラーの暗躍により木っ端みじんに潰された。

つまり、恩を仇で返す恰好になったわけだが、このレオ・ウィーナーもまたハーバード大で同じようなことをしたわけだ。

あれから100年。

いまでは米ハーバード大は正教授の7〜8割がユダヤ系教授となった。逆に普通の米白人や東洋人は教授になれない時代になった。


こんなふうに科学の歴史には、科学そのものの歴史もあるが、科学を行う科学者の歴史もまた歴史の一部なのである。

だから、どんな時代にどんな科学者がどんなことをしたか、言ったか、これもまた立派な科学史なのである。


さて、前置きがちょっと長くなってしまったが、そんな先人科学者たちの残した言葉を拾ってメモしておこう。

先人曰く

(あ)伏見康治「古典を読め」

(い)Ernst Mach 「科学の目的は思考の経済である」

(う)霜田光一「一丸さん憎いや。。。」

(え)松本重彰「一人の人物を徹底的に調べると、人生と世界が見えてくる」

(お)Max Delbruck 「大腸菌で正しいことはゾウでも正しい」

(か)和田昭充「自然は1つ。物理で生命現象の基本を計測しよう」
「周囲の全員が承認するような研究計画は陳腐なものである。大多数が無視するが数人が褒めるような計画こそ脈があり推進すべきである」

(き)Illya Prigogine「生物は存在するものではなく、生成し続けるものである」

(く)Leo Szilard「マックスウェルの魔物は目をまわす」

(け)Alexander Koyre「近代実験科学は、人工の自然を尋問することである」

(こ)Manfred Eigen「生命の起源は合成的に研究できる。生体高分子の進化能概念の明確化を通して」

(さ)Paul A M Dirac「物理学の基本法則はそれが正しい形において得られた場合には高度の数学的美を持つことが見いだされた。法則が何か醜い点をもっているところには確かに何かの間違いが存在しているということができる。創造主は数学者であって彼は宇宙の創造にあたり非常に卓越した数学を用いたのであった」

(し)S. Spiegelman「細胞とは、核酸の自己複製にとって必要な条件と素材を調達するのに最適の環境を作るべく、核酸が発明したものとみなせる。同様に、多細胞動植物への進化は、DNAが地球上をくまなく探索することができるように改良を加えられた機械と解釈できる。つい数年前まで、なぜDNAが人間を発明したのか不思議に思えたのももっともである。今や明らかになったように、地球以外で自己複製できるかどうかを試す機械をDNAに与えるために人間は発明されたのだ」(アポロ計画成功の際)

「遺伝可能なDNA情報量の有限性を乗り越えるために、つまり細胞外部の情報保持・伝達手段を獲得するために、人間はDNAによって発明されたのだ」

(す)Jon von Neumann「ウィーナーの方が私より上かもしれない」

(せ)伏見譲「自然科学の研究が極度に細分化している現在の情況が続けば、いずれ研究自体が行き詰まってしまうでしょう」

(そ)ルネ・デカルト「われ思う、ゆえにわれあり」

(た)神「われありてあるものなり」



というようなわけで、我が国の世界レベルの理化学研究所も我が国初の科学史研究所を作った方が良いのではなかろうか?

最近は、各省庁も分散経営しつつある。

ここ徳島の阿南あたりに作ってくれるとありがたいんだけどナア。


科学の歴史を知らずに研究するってか?

もしそうなら、ほぼアマチュア研究者ということになりますナ。


いやはや、世も末ですナ。







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by kikidoblog2 | 2017-08-09 14:58 | 普通のサイエンス

「ラマヌジャンの数学」:藤原正彦「ハーディーは一度もラマヌジャンに方法の秘密を聞かなかった!」   

みなさん、こんにちは。

先日S.ラマヌジャンの伝記映画「奇蹟がくれた数式」という、どちらかといえば、保江邦夫博士の伝記映画につけられるべき和名タイトルが選ばれたようだが、原題は「無限を知った男」(The Man who knew infinity)である、をメモした。以下のものである。

ラマヌジャン「奇蹟がくれた数式」:俺には「奇蹟」まだ一度も訪れていない!ヘッドのしすぎか?


まあ、保江邦夫博士の場合なら「路傍の奇蹟」、岡潔博士なら「春の奇蹟」とか「春雨の曲」あるいは「春宵10話」とかそんな感じだろう。

さて、そのラマヌジャンの映画の中で登場する、悪い役として描かれた、トリニティーカレッジの学長さんたち、中でもベイカー(Baker)教授とヒル(Hill)教授。実はこのお二人もまた数学の世界で極めて有名な人だった。

ベイカー教授
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はいわゆる「幾何学の原理(principle of geometry)」の大家であり、有名な教科書も書いている。

一方のヒル博士は、ヒル方程式という、いわゆる周期関数を係数に持つタイプの微分方程式論の創始者であるヒル博士かと思いきや、全く違った。あるいは、ヒルの式のヒルかと思いきや、これまた違った。

どうやらこっちのヒルさんだった。

M. J. M. Hill

この博士は「球状渦(Hill's spherical vortex)」を初めて証明した人物だったようだ。

いわゆる
球電(ball lightning)
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というものの数学解を導いたらしい。


さて、ついでに「ラマヌジャンの数学」がどんなものであったか?

これについては我が国でもガロアやラマヌジャンのような弱者に対する共感からか、非常にファンがいる。だから、すでにたくさんのサイトがあるようだ。

中でも作家新田次郎の息子の数学者藤原正彦博士が「ラマヌジャンの数学」をまとめていたので、それもメモしておこう。以下のものである。

Ramanujanの数学



数学には我々にはまだ良くわからない未知の部分がある。

そういう印象を醸し出す。

フェルマーもそうだった。彼は「証明があるが、余白には書ききれないから省略」といって打ち切った。

あるいは、最近では、極めて桁数の多い四則演算を数字を使わないで計算するというサヴァン症候群的な、共感覚に基づいて行うと一瞬で計算結果が出せるという人もチラホラ出てきている。

共感覚

数字に色が見える共感覚者であっても、漢数字やサイコロの目に「見える」色が変わらない場合、「数の大きさ」に色を感覚していると言える。 この派生で数に触感を覚える共感覚もある。ドイツの人間コンピューター、リュディガー・ガムは数の触感を使って桁の大きな階乗計算を行なっている。



こういうことから類推すると

感覚を研ぎ澄ませれば〜〜〜

というのもなんとなく分かる感じがするが、我々凡人には真似はできないのは確かである。


さて、最後に、この映画の中で、栄誉についてG. H.ハーディが言った部分がある。以下の言葉である。

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「人生には様々な栄誉がある。
フェローに選ばれることもそうだが、
私の考えを言うなら、
このレン図書館に自分の死後遺品が残ることこそ
最大の栄誉だ」


御意!

私も同感である。

まあ、俺にはそういうものはないが、これこそ図書館がなぜ古本を残し、保管しなければならないかの理由を実に明快に述べた言葉といえるだろう。

翻って、昨今の大学の「図書除籍運動」はあまりにお馬鹿な振る舞いと言えるだろう。それを黙認している文科省など存在意義がない。

生前、命を削って研究し、それを教科書や専門書の形にして、ハーディーのように、自分の業績が書籍として大学に残れば素晴らしいと思って生き抜いた科学者や数学者や文学者などの学者さんたちの本をいつのまにかアマゾンに売りさばく。

まさに売国奴ならぬ売学奴であろう。

今からでも遅くはない。大学の除籍は禁止にすべきですナ。


ところで、藤原博士によるとハーディーは、ラマヌジャンにどうやって公式を導いたのか、あるいはどうやって導くのかについては一度も聞いたことがなかったというのである。

ざんね〜〜ん!実に残念。



いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-04-05 09:35 | 普通のサイエンス

ラマヌジャン「奇蹟がくれた数式」:俺には「奇蹟」まだ一度も訪れていない!ヘッドのしすぎか?   

ラマヌジャン
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みなさん、こんにちは。

昨日は久しぶりに夫婦で映画でも見ようかと思い、昨年暮れに公開されたらしいインド人数学者のラマヌジャンの映画を見ようと徳島県内の映画館の映画情報を見たのだが、実に残念ながら徳島でこの映画を公開している映画館は存在しなかった。

そんなわけで、どこかでレンタルできないかということで奥さんが調べると、なんとツタヤにあった。というわけで、レンタルビデオでラマヌジャンの映画を見ることができたというわけだ。以下のものである。

10/22公開 『奇蹟がくれた数式』予告編


さて、この物語には何人かの著名な数学者が登場する。というより、何人の数学者の名前に気がつくかはその人の数学に対する知識の幅に比例していると言うべきかもしれない。

主人公がもちろんラマヌジャンだが、その相手になる
ハーディ教授
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リトルウッド教授
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この3人はこの物語のメインである。

それにバートランドが加わる。ハーディとの皮肉のジョークの相手になるのだが、むろんこれは
バートランド・ラッセル教授
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のことである。数学者で哲学者。後に湯川秀樹博士とパグウォッシュ会議を開いたあのラッセル卿である。またいまでは生粋のNWOのシオニストであったのではないかと言われている。

面白いのはこの映画のリトルウッドとハーディのテニスのシーンで、ハーディがシオン議定書の話を出してくるところである。むろん、気違い数学者が繰り出すご託宣の一つとして出ているわけだ。

シオニストの否定論者とまったく関係のないはずのラマヌジャンの映画で、それとなくシオンの議定書がとんでもない偽物の一つとして突っ込んでくるところががユダヤ的である。

さすがにラマヌジャンとシオンの議定書を同列で扱うのはジョークのようなものであろう。


さて、ラマヌジャンがいよいよ貧困、というより、イギリスのまずい食事と不衛生な環境のせいで栄養失調になって結核にかかってしまい始めた頃、同じインド人の留学生が登場する。その若者はさりげなく

僕はマハラノビスです

というシーンがある。

実はこの
マハラノビス
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はその後のインド数学会、インドの統計研究所の所長となり、我が国の統計学の父となる北川敏男博士の庇護者として有名な存在に成長するのである。

この北川敏男博士が我が国の九州大学の設立当時の大学構成の設計者になり、統計学や生物学や社会学などの数理研究の拠点として現代の九州大学が設立されたのである。

この北川敏男博士が若い頃に統計学を学ぶために出向いた場所、それがマハラノビスのいるインドであった。

このマハラノビスはノーバート・ウィーナー他の確率統計学の研究者とも交流があり、我が国の統計数学の世界にも大きな影響を与えたのである。

また、今の国連の草創期において、世界の人口統計、社会的な統計を世界最初に行い、世界の人口動態とか、社会環境とかそうした世界の統計の基盤を作った人物でもあるという。

北川敏男博士がインドに留学中に、推測過程理論を構築し、それが戦後の日本の品質管理の数学的基礎になっていき、戦後の我が国の輸出製品の品質向上や生産効率の上昇を導くきっかけになっていったのである。

というわけで、私個人はラマヌジャンもさることながら、ほんのちょっとの出番しかなかったが、このマハラノビスの登場にも非常に興味を感じたのである。


一方、アメリカ生まれのユダヤ人ノーバート・ウィーナーも10台でハーバード大に入学し、10台でそこを卒業した後、英国のラッセルのところに留学したのである。最初は哲学者になりたくて留学したらしいが、だんだん数学に傾倒していき、数学者に育つ。

「この世の全ては不完全なものである」

というノーバート・ウィーナーの子供の頃の自分の哲学を完成すべくそれを実現した結果が、

ウィーナー過程の理論

であった。つまり、確率過程論という数学を生み出し、それが統計学や確率論に応用され、それが我が国の伊藤清博士により「確率微分方程式」の理論に結びついていく。そして、それがアメリカのエドワード・ネルソンにより量子力学の確率量子化の手法に利用されていく。そしてそれがさらに我が国の保江邦夫博士やフランスのマリアヴァン博士により「確率変分学」へと結びつく。

その一方で、ウィーナー過程を拡張した「ベルンスタイン過程」が誕生する。さらにこれを保江邦夫の愛弟子であるザンブリニが確率変分学的に扱い、量子力学のベルンスタイン過程理論に基づく確率量子化論を生み出していく。

さらには、マンデルブローがウィーナー過程をさらにフラクタルな事象へ拡張したマンデルブロー過程に拡張していく。それが確率微分方程式となると分数確率微分方程式へと昇華されていく。

というようなわけで、この時期のイングランドの数学界は一種独特の雰囲気を持っていたようなのであるが、その一種独特な英国数学者のかなりアスペルガー的空気が見事に醸し出されているという意味で、この映画は実に面白い側面がある。

まあ、普通の日本人なら御免被りたいタイプの厚切りジェーソンとかパックンとかあの手の嫌味な白人に共通するシニカルなジョークの応酬がある。

そういうのは、我が国の一般人にはあまり理解できないのではないか。俺は結構笑ったが、奥さんはまったく理解できなかったようだ。

むしろ、我が国の一般の人からすれば、インドの下層階級の生活の方に目が行ったのかもしれない。

嫁と姑の関係。

こういう方に目が行くのだろう。ラマヌジャンの奥さんと彼の母親との確執はなかなか理解できないが、こういうところにインドのカースト制度の影響があるのかもしれない。

ラマヌジャンは貧困家庭ではあっても一応はバラモンの出身。

彼の奥さんの出自はちょっと分からないが、普通の家庭であれば、家柄が違うというようなことが原因だったかもしれないが、ラマヌジャンの母親の意地悪のせいで、ラマヌジャンの結婚がうまく行かなかったのは大変残念だった。

また、マハラノビスともっと早く出会い、マハラノビスの助力を得ていれば、ラマヌジャンはインドの統計研究所でその職員として過ごせたかもしれないと思うとこれまた実に残念である。



このラマヌジャンに匹敵する天才が我が国にも存在した。その1人が南方熊楠である。また、数学者の岡潔博士である。

我が国の映画界で、ぜひ岡潔博士の伝記映画でも作り、アカデミー賞を取ってもらいたいものである。

ラマヌジャンが
女神ナマギリ
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のご加護の下にさまざまなひらめきを得て、数限りない数式を得たように、岡潔もまた数学で行き詰った時に仏教に帰依して高野山で修行を積んで戻ると、それまでの難問が自然に解決できたという話である。

その経験から数学は問題を簡略化したら解けると考えがちだがむしろその逆で、より一般化しより抽象化したほうが問題が簡単になり解けるようになるのであると主張したのである。

広中平祐博士が特異点解消定理の難問が解けないために、特殊な問題に簡略化して解くという弘中のプランを紹介したところ、即座に岡潔が
「きみね〜〜、問題はむしろずっと難しくしたほうが簡単になるんちゃうか」
といったところ、その後弘中はさんざん失敗を重ねた挙句、岡のよう言うに問題をより一般化したらむしろ簡単になって解決への道が見えたというのは有名な実話である。

数学とは最初に「なんとなく」答えが見つかるもので、後からその証明を探すのである。

保江邦夫博士の場合は、ドイツに講演にいくさなか、アウトバーンで時速200km近いスピードになったとき、突然静寂が訪れ、その異様な状況のもと、額の裏に突如として1つの方程式が現れたのである。

それが「確率変分学」の誕生であった。

どうやら保江邦夫博士の場合は、
聖母マリア様
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のご加護らしい。


数学というのはこうやって生まれるものである。

コツコツと研究してできるというものではない。

参考までにコツコツとやってもだめだという例も最近見つけたので、本人を否定するつもりはないのだが、それをメモしておこう。数学は突如答えがひらめくものであって、コツコツやってできるものはない。が、なかなかこれが学校の数学の先生たちには理解されないことなのである。

黒川信重教授.最終講義「絶対数学の世界を旅して」


対談「ラマヌジャンを語る」


というようなわけで、長年コツコツと研究しても駄目なのだが、むしろどこかで頭を打ったらとたんに思いついたというような方が数学では現実にはありそうなことなのである。


いずれにせよ、ラマヌジャンがどのようにしてあの式を見つけたのか?

これは未だに世界の数学の謎なのである。

ラマヌジャンに言わせると、
15歳のときにジョージ・カー (George Shoobridge Carr) という数学教師が著した『純粋数学要覧』という受験用の数学公式集に出会ったことが彼の方向性を決めた。
というように、その数学公式集をバイブルのように眺めているうちに、独特の算数を発見し、それを用いると自然と謎の公式が導けるようになったという話である。


残念ながら、俺にはそういう能力はない。

たぶんサッカーであまりに多くヘディングしすぎたせいかもナ。

中学時代、ヘッドすると公式を忘れるぞっていうのが我々の冗談の一つだった。実際、ゴールキックされたボールを直接ヘッドすると、火花が散るからナア。


いやはや世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-04-03 09:34 | 普通のサイエンス

「古書に学ぶ」:長岡半太郎の「科学名著集」、明治大正時代の名著の翻訳があった!   

みなさん、こんにちは。

最近はずっと杉田元宜博士の行った研究にハマってきたが、その中の「物理学史」という杉田先生の本があり、これは1943年に書かれた。この中で時々、旧帝国大学時代の東北帝国大学の長岡半太郎博士の言葉が引用されている。これが実に興味深い。

長岡半太郎先生
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と言えば、我が国最初の理論物理学者である。

そこで、この言葉が書かれているという、長岡半太郎先生の編纂された「科学名著集」というものがあり、これが全9巻ほどあり、当時(明治大正初期)の欧州の科学者の世界的名論文が日本語に翻訳されていたのである。

もちろん、インターネットの時代になるまでこの存在は東北大のカビ臭い古書倉庫に眠っていたにちがいない。

ところが、いよいよディジタル化の時代に入り、この科学古書のディジタル化も国会図書館で行われてきたようで、実に幸運、我々大学の外にしか住めないごく一般人でもそういうものが見られる時代になったのである。

ヘルムホルツ、グリーン、ガウス、ヘルツ、

こういった偉大な歴史的科学者の古典が、原典のドイツ語や英語ではなく、我が国の言葉、日本語で読めるのである。が、しかし、もちろん明治大正時代の日本語、かなり古臭い、しかも昔の漢字を用いた日本語だが、明治大正時代の科学者たちの巨匠の論文が読めるのである。

ヘルムホルツと言えば、渦定理。自由エネルギーなど数多くの科学の分野に名を残す巨匠である。

その中でも流体力学を完成させ、その後、それがマックスウェルによって電磁気学に応用されて、電磁気学が完成し、そこにベクトルポテンシャルという新しい物理概念を生み出し、20世紀になって、これがゲージ理論の土台となっていった。

このそもそものベクトルポテンシャルを生み出した人物こそ、
ヘルマン・ヘルムホルツ
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その人だったのである。

最近では、そのヘルムホルツの理論を用いたウィリアム・トムソン(後のケルビン卿)の、このヘルムホルツの渦でできた原子、これを「トムソンの渦原子」というが、これが素粒子理論のひも理論の原型のようなものだ、あるいは、エドワード・ウィッテンやジョーンズの多項式の基本となった組紐理論の創始であるとか、さまざまな観点から再び脚光を浴びているものでもある。

そのヘルムホルツやトムソンの原典、古典のオリジナル論文が、大正3年には長岡半太郎博士とそのお弟子さんによって日本語翻訳されていたのである。参考までにメモしておこう。以下のものである。

科学名著集. 第3冊


これは印刷ボタンを押して、コマ数指定し、pdf化ボタンを押すと自動的にpdf化されるという優れものであった。コマ数は最大50コマだから、いくつかに分割してダウンロードできる。私もこの論文集を全部ダウンロードした。

さて、驚くことは、この3巻の序文の長岡半太郎先生の言葉である。

最初にヘルムホルツ博士の生い立ちおよび研究の経緯が書かれているのだが、それが超絶の驚きのものだった。

私はヘルムホルツ大先生は最初から物理学部で教鞭をとった理論物理学者だったと思っていたら、どうやらそうではなかったのである。

最初にエネルギー不滅の原理である、エネルギー保存の理論を構築、これが認められてケーニヒスベルグ大学の、なんと生理学の教授に任命されたのである。

翌年に、検眼鏡を発明。
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これは、眼科にいくと最初に眼の中を見てもらうアレですナ。

ケーニヒスベルグ大学の生理学教授として6年の間に、ドイツ医学界で革命を起こし、話題の人となった。

それが認められて今度はボン大学の、なんと解剖学と生理学の教授になったのだ。

ここで研究したのは、主に目と耳。この目と耳はヘルムホルツ大先生の最も好むところだと長岡半太郎は書いている。

これが、音響学と光学を生み出し、ヘルムホルツの音響学とヘルムホルツの光学という名著を生み出したのだという。

解剖学をして実験し、生理学の基礎として理論物理を作り上げる。これがヘルムホルツ流だったのである。

耳は脳に直結している。そこでヘルムホルツは神経伝達の解剖学的研究を行い、音は空気を伝達するから、流体力学を研究する。こうして、電気伝導に関しては電磁気学、音響に関しては流体力学が必要だということになって、自分でそういう理論を作り始めた。

それで、グリーンの定理とノイマンのポテンシャル論を用いて、ベクトルポテンシャルという概念に行き着く。これを使って流体力学の渦の問題を見事に完成し、近代的な流体力学の渦定理を導いた。

それが後にイギリス人のマックスウェルの目に止まり、マックスウェルがそれを同じイギリス人のファラデーの実験結果を見せてもらえるという幸運によりマックスウェルの電磁理論を作り上げる。

いや〜〜、実に面白い。

ちなみに、エネルギー保存則を最初に言い出したドイツ人はメイヤー(マイヤーともいう)であり、彼もまた医者だった。

昔のドイツの医者はとてつもなく数学ができたようだ。いまの東大のお医者さんのようなものかもナ。高校数学できないと東大理IIIには入れないらしいから。しかし、東大のお医者さんからは解剖学研究しながら新しい数学の定理を見つけるというような人は聞いたことがないが。

さて、この巻の後半はそのヘルムホルツの流体理論を渦に応用し、渦原子の研究を行ったトムソンの論文に変わる。当時は原子論が最先端であり、原子の存在は予想されていたが、原子の内部構造が未知だった。そこでトムソンは渦のパターンによってさまざまの原子の種類が分かれるのだというアイデアを提案したのである。

原子スペクトルの系列を渦の振動の系列として理解できるのではないかというのがどうやらケルビン卿の発想だった。これが今で言う超ひも理論の発想と似ているというわけだ。

面白いのはどうもこの時代にかのヒックス粒子のご先祖だったかもしれないヒックスという学者がこの渦原子のモデルに飛びついて研究していたらしいことが書かれているのである。

ひょっとして、これが長岡半太郎の原子の土星モデルにつながっていったのかもしれないですナ。そして、長岡の土星モデルに着想を得たニールス・ボーアの原子の太陽系モデルにつながる。


長岡半太郎は序文の最後にこう書いている。もちろん大正時代の語り口でだが。

。。。
将来ヘルムホルツ、トムソン両先生の議論を補充して、エーテルの構造に関する新知識を啓発するという関門に到達するのだが、いまだにそれができるかどうか想像もできない。したがって、読者がこれらの模範論文を理解できるようになれば、渦動の物理的研究が、自然の秘密を暴くためにいかに価値あるのかを悟ることは難しくないにちがいない。

大正2年11月28日。長岡半太郎識。



ところで、杉田先生の「物理学史」の中に、長岡半太郎の時代にアメリカに行ってニコラ・テスラに面会申し込み、ヘルツの電波の研究に関して直に質問しに行った日本人がいたという話がある。

なんとニコラ・テスラ、その我らが日本人の研究者に対して、テスラ・コイルで巨大な放電を見せて、
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「俺は無線電信のようなそんなつまらないちっぽけな問題には興味ない。俺は無線電力送電、無線電灯照明を完成してみせる」

と言ったという。(この時、その日本人グループがテスラを日本の大学に招き入れたら良かったのではなかろうか?そしたら、その後の戦争に全部勝てたのではないか?)

いや〜〜ニコラ・テスラ、やっぱりニコラ・テスラだった。

ちなみに、その日本人が驚いたのは、当時我が国ではそろそろ電球が灯り、街が電気で明るくなりかけた頃だったのだが、最先端と思っていったアメリカの街はまだガス灯だらけだったというのである。これにその日本人が衝撃を受けたという。

また、アメリカの有名な大学の学者に無線電信のことを聞いたら、
「君たちの質問はカエルに小石を打ち付けるようなもので、君らにはおもしろいかもしれないが、カエルの身になってみろ」
というようなことを云われたとか。


いずれにせよ、我々日本人もやはり明治大正の時代から日本人だったのだ。好奇心旺盛。

東に偉大な発明家あれば行って聞いて来る。
西に偉大な学者あれば行って言説を学んでくる。

この精神はずっと昔から我々日本人に備わった好奇心遺伝子から来るのだろうか?

我が国のミカン、橘、柑橘類は、100BCに天皇に命じられた遣印使が持ち帰ったものだ。命かけて印度まで行き、そこからミカンの苗をもらって持ち帰った。砂糖のサトウキビも和菓子もそれがルーツだったというわけだ。

昔の日本語を自動的に現代語に翻訳してくれるようなツールがあれば、非常にありがたいんだけどナア。
だれか開発してくれ。

いずれにせよ、科学はその本質においては進歩していないどころか退化しているのではなかろうか?
そう思う昨今である。最近の論文見ても何も学ぶものがない。単に計算があるだけ。


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-03-06 09:50 | 普通のサイエンス

[物理のメモ]:E. WiitenとGiovanni Jona-Lasinioの講演発見!   

みなさん、こんにちは。

以下は理論物理に関する個人的なメモである。普通の人には興味ないだろうからスルーを。


さて、今日偶然にE. Wittenの講演のpdfを発見した。一応これをメモしておこう。以下のものである。

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Phil Anderson And Gauge Symmetry Breaking - Rutgers Physics


これは素粒子がどうやって質量を持つかという問題を最初に気づいたPhillip Andersonの論文から始まって、Higgs理論、そして現在の標準理論とさらにその後の問題までをオリジナルの論文を紹介しながら論じたという、Wittenにしてはかなり珍しいタイプの講演のようである。

素粒子論の人は必見なのだろう。もっともすでに読まれているのだろうが、私は初めて見たというわけである。

ついでにこれも。
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Giovanni Jona-Lasinio
Spontaneous symmetry breaking in particle physics: a case of cross fertilization


これは南部先生の盟友Giovanni Jona-Lasinio博士が南部先生の業績を讃えて紹介したもの。一番最後にツーショットがある。いかにGiovanni Jona-Lasinio博士が南部陽一郎博士を慕っているかがよくわかる。実にいい写真。

いずれにせよ、ちょっとウィッテンも謙虚になって、素粒子論はまだ何も本質的なところが理解できないんだよ、というニュアンスの漂う、まれな講演に見えるが。


まあ、次なる革命前夜であることは間違いないから、いつかだれかが新しい夜明けを生み出すことを期待したい。




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by kikidoblog2 | 2017-03-03 12:39 | 普通のサイエンス

日の“陰り”:我が国の物性研究のノーベル賞敗退の数々!?日はまた昇るか?   

みなさん、こんにちは。

さて、今回はちょっと個人的な物理学に関する思いつきの回想メモだから、普通の人はスルーして欲しい。


日本の日が陰った。“陰り”。

これが最近の「日本の半導体」産業の印象であろう。いまや三洋やシャープは跡形もなく、東芝、松下、三菱、日立、富士通、NECなど軒並み陰りが見え始めた。

これを象徴しているかのように、
(あ)あまり実用上ではそれほどでもなかった江崎ダイオードのノーベル賞。
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(い)その次は、ここ阿南発祥の青色発光ダイオードのノーベル賞。
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この2つを除き、我が国の戦後の礎を築いたはずの半導体科学でまったくノーベル賞を取れなかった。というより、取り損なった。というより、“意図的に排除された”感がある。

(う)古くは、赤色発光ダイオード(および黄色、緑まで)。これは東北大の西澤潤一博士が実用化したものだ。
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(え)その次は、近藤効果の旧電総研の近藤淳博士である。
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が、一向にノーベル賞からお呼びがかからない。

(お)その次は、1980年代初頭の整数量子ホール効果。このノーベル賞に関しては、最初の本当の第一発見者は学習院大学の川路紳治博士だった。
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それをすぐに理論家したのが、東大物性研の安藤恒也博士だった。
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が、結局、ドイツのフォン・クリッティング博士に持って行かれた。これについては世界中で川路博士や安藤博士のノーベル賞を期待したのである。

(か)その次は、その分数版の分数量子ホール効果。この理論がラフリン博士がノーベル賞取ったが、ちょうど私が大学院生時代にこの最初の論文が出たばかりの頃だった。

(き)そもそのこうした二次元系の半導体に特有の物理現象がどうして現れるようになったか?といえば、これは当時IBMのワトソン研究所にいた江崎玲於奈博士が発明したMBE(Molecular beam epitaxy, 分子線エピタキシー)という手法が発明開発されたからである。
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残念ながら、この結果として誕生した二次元電子系の結果の方が先にノーベル賞をとり、こういう素子を生み出す根本手法の発明者の江崎玲於奈博士は二個目のノーベル賞から離れた場所にいる。

しかしながら、このMBEなくして量子ホール効果もその後のトポロジカル絶縁体などもあり得ない。

(く)その次が、昨年のトポロジカルな物性の発見のノーベル賞である。これに対して、コステリッツ、サウレス、ハルデーンが受賞した。しかしながら、この問題では、甲元眞人博士
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の貢献があったればこそであった。

トポロジカル物質の理論において、境界条件のひねりを加えても物理的性質が変わらないという特性の発見は、一番最初に当時米ワシントン大学で、サウレスのポスドクだった、甲元博士が発見したことである。そして、サウレス、甲元、ナイチンゲール、デンナイスの4人組の論文として公表された。

その後、甲元博士がAnn of Physにレビューを書いて、そういう量子化は、物性で言うところの「逆格子空間」内のトポロジカルな粒子、すなわち一種のモノポールとして現れるということから理解されるという証明を行って初めて、物性理論にトポロジー的視点が加えられたのである。以後、これは古典となった。

この甲元博士もノーベル賞から弾かれた。

(け)さらには、高温超伝導の発見によるノーベル賞では、まだIBM欧州のべノーツ、ミュラーが自分たちの発見が正真正銘の高温超電導か判定できなかった頃、七宝焼の趣味を利用して自分で現物を作成してさらに高温の超電導物質を作り出した、東大の理論物理学者の氷上忍博士がいる。
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この氷上忍博士の論文が契機となり、アメリカのチューのグループがさらに高温超伝導体を見つけ、世界がフィーバーに走ったのである。結局、ノーベル賞は受賞者のミュラーとその弟子のべノーツだけの受賞になった。

トポロジカル物質の場合のように考えれば、当然、ミュラーと氷上とチューの受賞になるべきものであろう。べノーツに至っては共著者というだけのことである。

まあ、物理に関してだけをまとめたが、生物学、化学、経済学などにおいても似たようなものだろう。経済学のブラック・ショールズ理論の経済学賞受賞は、伊藤清博士が入るべきだったし、あまりにも不備が多すぎる。

まあ、アカデミー賞と同じで、要するに、世界各国に散らばってそれぞれの国の国民になりすました偽ユダヤ人のための賞だったということが一番の根底になるのである。

アカデミー賞も外国人の受賞というが、実は顔色は違うがユダヤ教信者だったという場合もあるわけである。我が国の芸能界で、カルトの創価学会員でなければ、日本アカデミー賞が受賞できないというのと似たようなものといえるだろう。


こうしてみると、世界の半導体産業の根底において、理論と実験、および制作と実践の双方において我が国の先達たちがいかに貢献してきたかがわかる。が、そういう世界貢献が正しく世界の人達に理解されていないように見える。

が、これはかつての政府自民党および日本の東大官僚の「自虐史観」「自信の欠如」などによる、キャンペーン不足が原因だったと言えるだろう。

金を手渡す必要はないだろうが、東京五輪の「おもてなし」のように正当に適度に華麗でかっこよくキャンペーンしないかぎり、世界の外人さんたちは理解しないのである。「言わなければ理解しない」。これが外人の精神レベルである。

もし日本政府がもっと日本の学者の側に立ち、後ろから支援していたなら、遥かに多くのノーベル賞を授賞してきたに違いない。


後の祭り。

まあ、いずれにしても、上のような方々は、現世で無視されたには違いないが、あの世ではきっと良き天国に行けることは間違いないだろう。

最後に、参考までにこれを付けておこう。
Workshop on Low-Dimensional Quantum Field  Theory and its Applications



いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-02-28 10:52 | 普通のサイエンス

「韓国人の起源」vs「日本人の起源」:やはり日本人の方が遥かに古かった!?   



みなさん、こんにちは。

さてもう一つ。時を同じくして実に興味深い歴史の話があったので、それをメモしておこう。一つは我が国の日本人の起源、もう一つは韓国人朝鮮人の起源である。

(あ)韓国人の起源とは?

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2017年02月13日17:00
【韓国】わが民族は5000年前、韓半島で自生的に形成。ユーラシアに進出した

「北方移住起源」従来の学説に反論相次ぐ

私たちの民族のルーツはどこなのか。人間は長い時間、民族の起源を見つけるためのパズルを合わせてきた。一般的に、韓民族の起源については、北から韓半島に入ってきたという学説が支配的である。これらの地域に居住する人々と私たちの顔立ち、風習などが似ているという理由からだ。

◆「5000年前の韓半島で自生形成」

最近出版されたシン・ヨンハ、ソウル大名誉教授の「韓民族の起源と形成」は、従来の学説に反論する。シン教授は「韓民族はユーラシア大陸のある凍土地域で「空の空間」と前提されていた(古)韓半島に入ってきた民族ではない」、「古韓半島で自生的に形成されてユーラシアに進出した民族」と主張している。

シン教授は、約5万年前に訪れた氷河期に注目する。当時、地球が冷え込み、北緯40度以北は人類が住むことができない不毛の土地となり、人類は生き残るために南進した。この時、北緯40度以下の洞窟に入った少数だけが生き残った。特に東アジアで石灰岩の洞窟が最も多い韓半島には、多くの人口が密集することになった。

韓半島に人口が密集すると「食糧問題」が浮上した。当時、食糧難に苦しんでいた韓半島の人類は氷河期が終わった約1万2000年前に移住を開始しました。シン教授は、中国西遼河に定住した民族を「貊族」、東遼河から沿海州に定住した民族を「隷族」、韓半島に残った民族を「漢族」と主張している。

約5000年前に漢族と貊族、隷族が再び団結し古朝鮮を建国し、韓民族が誕生した。三種族は婚姻を通じて社会生活と経済生活を共有する共同体になった。シン教授は、これを指して「言語、地域、文化を媒介に結合したヒト共同体」と紹介して 「韓民族の自生的形成には古韓半島で生活した初期新石器人であるという根深い背景があった」と言う。

シン教授は韓民族の発展過程を「源民族」、「前近代民族」、「近代民族」という3段階に分析する。歴史を古代、中世、近代に分割するのと同じ論理だ。古朝鮮の誕生で源民族が形成されたと考え、彼は新羅の三国統一に前近代民族が一応完成され、高麗の建国で完結したと説明する。シン教授は、私たちの民族の起源を新たな視点からアプローチして斬新だという評価を受けているが、一部では民族主義史観という批判も提起されている。

◆「古代韓半島人と南方系の融合」

科学界でも新たな分析を出した。ユニスト(UNIST)ゲノム研究所は最近、国際共同調査団を構成して、豆満江北部ロシア東端の「悪魔の門洞窟」で発見された7700年前の東アジア人の遺伝子を分析した。 「悪魔の門洞窟」は、高句麗と東夫余、北沃沮が陣取った地域である。

調査団は、「悪魔の門洞窟」で発見された洞窟人とアジアの50以上の民族のゲノムの変異を比較して、現代韓国人の民族起源と構成を計算した。その結果、洞窟人は茶色の目とシャベル状の前歯など、現代韓国人の特性を持っていることが確認された。また、「悪魔の門洞窟」では古代人の骨と織物、銛などが発見されたが、これは韓国の先史時代の代表遺跡である「盤亀台壁画」にクジラが描かれた時期などを推定したときに類似性があると分析された。朴鍾和ユニストゲノム研究所長は「断定することができる段階ではありませんが、遺伝的特性や遺物などを見れば、韓半島古代人と悪魔の門洞窟古代人は、同じ遺伝子を持っていると見ても差し支えないだろう」と明らかにした。

洞窟人を現代ベトナムと台湾に孤立された先住民のゲノムと融合すれば、韓国人の特性がより身近に分かった。これは、北方系と南方系アジア人が入り乱れながら、韓半島の祖先が形成されたという主張に力を乗せる根拠だ。朴所長は「現代韓国人は北方系と南方系が混合された痕跡を明らかに持っていながらも、実際の遺伝的構成は、南方系アジア人に近い」と説明した。これは主に遊牧生活をしていた北方系ではなく、定住して農業をしていた南方系の人口がより急速にに増えたからだ。

ソース:世界日報 2017.02.12 21:58(機械翻訳)
http://v.media.daum.net/v/20170212215809838?d=y


非常に短く要約すると、

韓国人の起源とは、洞窟に逃げて生き延びた祖先の子孫だったということになる。しかも古代、中世、近世の3種類の民族の混血ということになる。

この意味でも、「檀君神話」はあながち否定できない真実を物語るのである。

檀君神話には男の神さまとメスの虎と熊の3人が登場する。他所から来た男が、その場の洞窟にいた虎(支那)と熊(倭)の女を襲ったが、熊女だけが子孫を生んだ。これが韓国の建国神話である。この王の統治はたったの1500年でしかない。

一方、最近の遺伝子研究では、韓国人の成人男女におよそ

120万〜950万箇所の突然変位があるということが発見された。

これは1つの突然変異に1年かかるとすると、120万〜950万年もかかることになる。これはすでに人類史を超える。

が実際にはミトコンドリアの変位が一番早いことが知られているがそれでも塩基Aが塩基Cに変位するだけで10万年かかると言われているのである。

だから、これが突然変異だとすれば、つまり元々のルーツから変異したと考えると、この10万倍かかることになる。こうなると、宇宙開闢年齢すら超える。

ということは、突然変異ではないということになる。

つまり、朝鮮人は人類平行進化の証拠となるわけだ。

別系統の自然発生的に誕生した別人類ということにならざるを得ないわけだ。

つまり、韓国人はヒトモドキなのである。

これが最新の遺伝子研究の結果である。

が、この教授の言説はこれを根拠付けている。現代までに知られたあらゆるデータが韓国人が平行進化したヒトモドキの子孫であることを証拠付けている。だから、発想がまるで現代人とは違うのである。

西洋の学者はこれをもっと吹聴すべきでしょうナア。ダーウィンの進化論を基にしたリチャード・リーキーのアフリカ起源説、単一人類説は間違いなのだ。

実際、我が国他や他国で、少女や女性たちをアダルト産業に従事させて性虐待しているのは朝鮮人だけだ。建国神話からして女性虐待なのだから、当たり前といえば当たり前の結果にすぎないのだがナ。

世界史上最悪の人種である。



参考:
朝鮮人が「黒い山葡萄原人」の住処を発見!?:8000年前朝鮮人はロシアの悪魔の門の洞窟にいた!?
衝撃の朗報発見!「朝鮮人はヒト科ではなかった!」:ヒトモドキ科に属した!?


(い)日本人の起源

リチャード・リーキーのアフリカ起源説、単一人類説の間違いを示すもう一つの証拠は日本人である。

これに関する、小名木善行さんの記事も面白い。一応これをメモしておこう。以下のものである。

とてつもなく古い国・日本

多くの方が、現生人類の始祖は、クロマニョン人と思っています。
フランスのラスコーに壁画を残している、あのクロマニョン人です(冒頭の絵)。
このクロマニョン人が登場したのが、いまから約4万年ほど前です。

同時期の現代型サピエンスの始祖とされているものには、もうひとつ、支那の北京郊外の周口店にある竜骨山の頂上付近の洞窟から発見された上洞人(じょうどうじん)があります。
この上洞人は、北京原人が発見されたのと同じエリアで発見されたものですが、いまのところ私は、支那は何でもどこかの国で古いものが発見されると、毎度のことですが、必ず「それよりも古いものが支那で発見された」と突然新発見される国ですから、こちらの上洞人が本物なのかどうか、やや眉にツバをつけてみる必要がありそうです。

さて、4万年前のクロマニョン人以降が現生人類であり、これが「新人類」、それ以前の人類は「旧人類」と分離されます。
「旧人類」の代表格がネアンデルタール人で、大体20万年くらい前に出現し、2万数千年前に絶滅したとされる種です。

「旧人類」であるネアンデルタール種は、現生人類よりも頭頂部が低くて、顔立ちはややサルに近いようです。
遺骨から得られたミトコンドリアDNAの解析結果によれば、ネアンデルタール人のDNAは現生人類のDNAとは異なり、一般にはネアンデルタール種と、現生人類は別種であり、混血はできなかったとされています。
最近の学説では、そうともいえないという説も出されていますが、諸説あって、これはこれで今後の研究が楽しみな分野です。

ちなみに、このネアンデルタール人、イラクのシャニダール洞窟で見つかったのですが、その見つかった場所からは、大量の花の花粉が見つかっています。
これはどうやらお葬式をした痕跡だったのではないかというのが有力説で、葬送の際に、遺体を花で埋め尽くしたものであるようです。
つまり、ネアンデルタール種には、きわめて高い知能があった、ということです。

ついでに申し上げると、人類の始祖は
1 猿人(約600万年前〜130万年前)
2 原人(約150万年前〜20万年前)
3 旧人類(約20万年前〜約2万年前)
4 新人類(約4万年前〜現代)

と大別されています。

(以下省略)


これは長いので、本文をそちらで読んでもらうとして、面白い部分はこれだろう。我が国で見つかった物的証拠と我々日本人の遺伝子に遺された物的証拠である。

日本最古の土偶
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日本列島では、
11万年前には、石器が使われ
3万年前には、加工した石器(磨製石器)が使われ、
1万6500年前には、世界最古の土器がつくられ、
1万3000年前には、人の形をした土偶がつくられ、
1万2500年前には、漆が栽培され、使われていました。

日本の歴史は、とても長くて古いのです。


そしてその日本において、およそ1万7000年前から約3000年前までが、縄文時代です。
縄文時代の遺跡からは、対人用の武器が見つかっていません。
もちろん、矢じりや石斧は出土していますが、いずれも小さく、対人用の武器としては使えない小型のものばかりです。
つまり、縄文時代、日本には、人が人を殺すという文化がなかったということです。

日本人は、はるか1万7千年の昔から(もしかするともっと以前から)、人が人を殺して奪うのではなく、人が人と協力しあって、食料や生きるために必要なものをつくるという文化を熟成させてきた、ということになります。

古事記では、もろもろの天の神様たちが、最初の男女神であるイザナキノミコト(伊耶那岐命)とイザナミノミコト(伊耶那美命)に、「下界に漂っている混沌を有るべき姿につくり(修理)、固め(固成)なせ」と命じ、天の沼矛(アメノヌボコ)をお授けになったとされています。
これを「修理固成」と書いて「つくりかためなせ」と読みます。

そこでお二柱の神様が天の浮き橋にお立ちになられて、その沼矛で下界をかき回し、沼矛を引き揚げたときに、沼矛の先から滴った潮でできたのがオノコロ島です。
滴った雫(しずく)というのは、球体です。
その球体が、潮でできていて、オノずとコロがる島といえば、それはどうみても地球です。
ちなみに、夜空にかかる大きな橋といえば、天の川です。

そしてお二柱の神様は、オノコロ島に降り立たれ、そこで結ばれて(結い)、日本列島を産みます。
これが「国生み神話」です。
そしてそのあとに、天照大神(あまてらすおおみかみ)様がお生まれになられます。

その天照大神(あまてらすおおみかみ)様の直系の御子孫が、統(す)メル国が、日本です。
ですから天皇のことを、私たちは「スメラミコト」と呼びます。

その天照大神(あまてらすおおみかみ)様の御神意は、国譲り神話に明らかな通り、私たちの国を「シラス国」とせよ、というものでした。
そしてその「シラス」という権威と権力を切り離した統治が、私たちの国では、はるか太古の昔から行われてきたわけです。

権力者による収奪のない日本では、古くから「モノ作り」がとても大切にされてきました。
そのための技術も進歩しました。
勾玉(まがたま)の多くは、ヒスイでできていますが、ヒスイの硬度は6.5で、鉄の5.0よりもはるかに硬いものです。
その硬いヒスイを、まだ鉄さえもなかった時代に、美しく研磨し、穴まで通してできたのが勾玉です。

そしてわたしたちの国では、そうしたモノづくりの技術を、ただ作ることだけに注ぐのではなく、それを修理しながら大切に使うという文化を熟成させてきました。

その「修理しながら」という概念は、人間関係の共同体でも同じスタイルが講じられました。
人間関係が壊れたときは、どちらか一方が殺された、諸外国と異なり、わたしたちの祖先は、一度こわれた関係でも、それをなんとか修理して復す努力が行われてきました。

日本人が、先に謝るという文化をもっているのも、このことによります。
私たちは、とてつもない国、そして誇るべき文化を熟成させてきた国の住人なのです。


ところで、この翡翠を加工して勾玉を作る。これは私の故郷山梨ではたくさんのそういう翡翠の勾玉の加工場の遺跡が発掘されている。これが翡翠から水晶へと変わり、甲府は水晶の街になった。
勾玉
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古代朝鮮半島地域の「建国神話」の数々:建国神話なんていうものは大方嘘だろうヨ。


我が家の先祖は代々水晶ベースの宝石加工業だった。(旧ブログ、ファミリービジネス参照)

実際、約1万年ほど前から山梨では翡翠の勾玉を加工していたようである。そして翡翠の勾玉を首からかけていた。

たかだた8000年前にロシアの東部の洞窟に韓国人の共通先祖が見つかっただけで、まるで世界最古のように騒ぐ。方や、我が国の民族の古さはネアンデルタール人まで遡る。

これが正しいとすると、やはりシッチン博士の惑星Xニビルの神々による人類創世はかなり説得力を増す。

ニビルの神々がエンキの遺伝子とアフリカ原人女性の遺伝子を混ぜる(ルル)て、ルルという新人類を作り出したがそれはあまり優れてはいなかった。これが20万年前のこと。

そこで第二の試みとして、エンキがルルの女性と交雑して新しい人類が生まれた。これが旧人類。つまりネアンデルタール人。

第三の試みとして、そのネアンデルタール人の女性の可愛さの惹かれて、再び交雑し、自分そっくりの新人類が生まれたこれが新人類のクロマニオン人。黒髪の白人。

第四の試みとして、エンキの息子マルドゥク(マードックの語源)とその部下のシャムカズたちが、空から降り立ち、北ヒマラヤの星の降る街、ヒマラヤスギの都市に住み、新人類の女を拉致して酒池肉林して産めよ育てよとなって誕生したのが、ニビルそっくりの金髪の白人。白人が住む場所に必ず売春婦がはびこるのはこれが理由だろうと俺は睨むが。

現代人の祖先、別人類「デニソワ人」と交雑?:シッチン説vs化石人類説

シッチン博士の古代シュメールの石碑文の解読によれば、シュメールの神エンキが行った遺伝子操作によって誕生した地球人類には、以下のものがある。

(1)エンキ+類人猿女性の子=アダムゥとティ・アマト。
   アダムゥとティ・アマトの子孫。

(2)エンキ+アダムゥとティ・アマトの子孫の1女性の子=アダパ
   エンキ+アダムゥとティ・アマトの子孫の1女性の子=ティティ。
   アダパ+ティティの子=カ・イン、アバエル(死す)、サティ。
   カ・インの子孫=アジアに広がる。
   サティの子孫=ヨーロッパに広がる。

(3)エンキ+サティ子孫ル・マクの妻バタナシュの子=ジウスドラ(金髪碧眼)。
   ジウスドラ+エムザラの子=セム、ハム、ヤフェト。その子孫。

(4)「エジプトの初代ラー」マルドゥクとサティ子孫エンキメの娘のサルニパトの子
   =アサル(死す)、サツ、ナブ。
   アサルとシャムガズの娘アスタの子=ホロン。その子孫。
   サツとシャムガズの娘ネバトの子=?

(5)イギギの反逆首謀者シャムガズと200人とアダパ族の女性たちの子孫。


というわけで、ニビルの神々の血が一番濃いのはルックスが遠い方の旧人類新人類の方であり、ルックスが一番ニビル似ている方が、エンキの息子マルドゥクの部下のシャムカズの子孫という亜流の方である。

人類の「Y染色体」ハプログループ分布と「シッチンの人類創世説」に矛盾があるか?



はたして我々日本人は最古の人種なのだろうか?

たぶんそうだろうと私は考えているが。

日本人女性がどの民族、どの人種と結婚しても生まれた子供は相手に似る。これは日本人の血が古いからである。上書きされるメカニズムがあるからだろうということになる。

この辺りは今後の研究を期待したい。


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-02-14 10:57 | 普通のサイエンス

俺「なぜ日本の方がハワイより疲れるのか?」→答「ハワイの方が重力が弱かった!」   

みなさん、こんにちは。

この9月は10日から一週間ハワイオアフ島に結婚25周年記念旅行に行ってきたことはすでにメモした。
シルバーハネムーンでブルーハワイに行って来ました!:結婚25周年旅行無事終了!


その時の実体験による印象として、我々はなんとなく
ハワイと日本で重力が違うのではないか?
という気がしていたのだ。

ハワイオアフ島にはすでに数回行っていたからそれまではあまり気にもならなかったのだが、今回50台後半になって行ってみると、オアフ島に行く前およびそこから帰ってきてからと、オアフ島にいる間でかなり疲れ方に違いを感じたわけである。

オアフにいるときには結構歩いた。市バスで2度ハレイワにも行ったし、結構公園を歩いたり、海で泳いだり、サンゴ礁を歩いたりとしたからである。

ところが、いつもはすぐに足がつりそうになる奥さんもまったく足がつらず、元気そのものだったのだ。

そんなに歩いて大丈夫か?と聞いても特に問題はなさそうだったのである。

ところが、帰国後元の生活に戻るやいなや、足もすぐに疲れるらしく、足のふくらはぎはつりそうになるのだった。

そこで、
ひょっとしてハワイの重力の方が日本の重力より弱いんじゃないか?
と私は想像するようになったわけだ。

今のところちゃんとしたデータもないし、あくまで自分の実体験による印象でしかないナア、と思っていたところ、最近矢継ぎ早に興味深いデータが出てきた。今回はそれをメモしておこう。以下のものである。

(あ)オーストラリアの研究
東日本は重力高めだった。地球上の重力を可視化した地図(オーストラリア研究)

 地球上の物体を地球に引きつけようとする力、それが重力である。当たり前のように存在するので、夜ベッドに入って寝られるのも、歩いている時に地面に足がつくのも、家やビルを建てられるのも、重力が存在するからだということをうっかり忘れてしまう。この世界を結びつける力は目に見えないから余計だ。

 しかも、地球の重力を正確に計測することは驚くほど難しい。

 一般的な強さはわかっているが、位置によって地球が物体を引き寄せる力は大きく変わる。地球の重力のもっとも詳細な地図のひとつは、カーティン大学の西オーストラリア測地学グループが作成したものだ。

 測地学とは、地球の形状や性質を数学的に研究する学問である。同グループは人工衛星と地上施設からのデータを組み合わせ、重力の高解像度マップを作成した。これは六大陸の地域的な重力を示したものだ。重力の強さが詳細にわかれば、地球の地下に何があるのか手がかりにすることができる。建築家や技士にとっては非常に重要な情報だろう。

重力世界地図
青いほど重力が小さく赤いほど重力が大きいことを示す
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北米
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南米
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ヨーロッパ
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アフリカ
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アジア
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オーストラリア
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日本
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ビンゴ!ぴんぽ〜〜ん!

この最初の世界地図を見れば一目瞭然。やっぱり日本とハワイを比べた場合、日本の方が重力が大きかったのである。

これが日本の方が運動するとすぐに足に来る理由だったのではなかろうか。


では、どうしてこういうような重力分布になるのだろうか?

地球内部の物質の偏りから重力の違いが起こっているのだろうか?あるいは、何か別の理由があるのだろうか?


こういった疑問に対する一つの答えがこれだ。


(い)米NASAの研究

NASAにより公開された地球の本当の形wwwwwwwwwwwwwwwwwwww

最新の観測技術で明らかになった地球の正確な形状

アジア・インド
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インド・アフリカ
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北南米・欧州
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欧州・アフリカ
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というわけで、これまたビンゴ!やはり日本の重力は大きい方だった。


はたしてこれをどう考えるか?これは実に興味深い問題である。

おそらくこんなことではないだろうか?

つまり、見てすぐに気づくことは、
赤い色の部分は地下にマントルの沈み込みがある場所である
ということである。一方、
青い色の部分はマントルの沈み込みのない部分である
ということである。

つまり、言い換えれば、赤い部分はマントルのぶつかり合いや沈み込みなどによる「圧縮」「伸縮」の場所である。青い部分は、マントルが引っ張られ亀裂が生じている「膨張」「拡張」の場所である。

我々の経験からも分かるように、固体は引っ張りに対して伸びて密度が減る。一方圧縮に対しては密度が増す。

その結果、圧縮の場所は地層が厚くなり地形が上がるが、膨張の場所は地層が薄くなり地形が下がる。

というようなわけで、この研究結果のような重力分布や高低差が生まれたものと考えられる。


さて、この研究結果からやはり我々の日本とハワイとの実体験が正しかったというわけである。やはりハワイの方が楽に生活できるのだ。

だから、やはりハワイは天国のような気分になるわけだ。実際に重力が弱く、体重が軽くなるからだ。

きっとホノルルマラソンの方が東京マラソンより軽く走れるはずである。ハワイでオリンピック開催すれば高記録続出になるだろう。一方、東京五輪ではむしろ重力が上がるから、あまり好記録は出ないのではなかろうか。

ところで、上の高低差のデータの地球をみて分かるのは、なんとなく
野球のボールの縫い目のパターン
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に似ているということである。

物理ではこういうのは四重極子(quadrapole)という。

このパターンが外部で作られるためには、逆に内部では伸張膨張の部分が早く動き、外部の伸縮圧縮の部分がゆっくり動いているということになるかもしれない。つまり、膨張部分が速度最大で、圧縮部分で速度最小、あるいは静止しているのである。

もしそうであれば、内部マントルのグローバルな運動はあまり複雑ではなく、かなり単純なのかもしれない。

仮にこれが周期運動しているとすれば、いつの日か、今赤いところが青くなり、青いところが赤くなる日がやってくることになる。そうなると、青い部分が山となり赤い分が海になる。

そういう日には、日本が水没し逆に太平洋にムー大陸が出現するのであろうか。

はたして実際には内部マントルがどういうふうに動いているかについては、またの研究を期待したい。




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by kikidoblog2 | 2016-11-01 13:12 | 普通のサイエンス

ディランのジレンマ「もらうべきか、もらわないべきか、それが問題だ」:ノーベル文学賞ディラン連絡とれず   

学生街の喫茶店 / 初音ミク



みなさん、こんにちは。

ノーベル賞の最後を飾り、私の誕生日に重なった文学賞受賞はアメリカの反体制派ユダヤ人歌手ボブ・ディランさんに与えられた。

なんとディランさんまったくノーベル賞財団と連絡が取れないんだとか。これである。

ディランさんと連絡取れず=授賞から丸1日―スウェーデン・アカデミー

【ストックホルムAFP=時事】ノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーの関係者は14日、米シンガー・ソングライターのボブ・ディランさんへの授賞発表から丸1日が経過した時点で、ディランさん本人と直接連絡が取れていないと語った。

 
 同関係者によると、代理人やコンサートツアー担当者らには連絡が付いたが、ディランさんとは話ができていない。ディランさんの友人の米歌手ボブ・ニューワース氏は米紙ワシントン・ポストに対し、「彼はノーベル賞受賞を認めたくないのでは」と語った。

 ストックホルムで12月10日開かれる授賞式では、受賞者はスピーチを行うのが慣例。スウェーデン・アカデミーは、ディランさんが式に出席するかどうか把握できないという。 


【悲報】「ボブ・ディランさん電話して」発表から丸1日ノーベル賞の連絡がとれず
返事してない模様

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ノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーの関係者は14日、
米シンガー・ソングライターのボブ・ディランさんへの授賞発表から丸1日が経過した時点で、
ディランさん本人と直接連絡が取れていないと語った。

同関係者によると、代理人やコンサートツアー担当者らには連絡が付いたが、
ディランさんとは話ができていない。
ディランさんの友人の米歌手ボブ・ニューワース氏は米紙ワシントン・ポストに対し、
「彼はノーベル賞受賞を認めたくないのでは」と語った。


これはヒグズ粒子でノーベル物理学賞を受賞したHiggsさんといっしょで、受賞したのはいいが、自分がもらうべきかどうか葛藤する間失踪していたというのと同じようなことだろうか。

ディランさん、体制反対派、権威否定派として、純粋左翼として

「風に吹かれて」生きることを目指してきた。
Blowing In The Wind (Live On TV, March 1963)


それが、何をとち狂ったかノーベル賞財団が反体制派のディランさんに世界最高の権威を与えると宣言してしまった。

人生の皮肉。まさにジョークのような受賞に対して、ディランさんはもっか葛藤の最中にあるにちがいない。

もらうべきか、もらわないべきか、それが問題だ


もし賞をもらえば、自分のこれまでの詩の主張が死ぬ、もらわなければ、自分の詩の主張が正しいことになるが、詩の価値は死ぬ。

はて?どうすべきか?


詩の主張を信じればもらうべきだが、それを否定すればもらえない。

詩の意義を認めれば賞をもらうが、詩の内容を認めれば賞をもらえない。

なんかややこしいことになったが、まさに囚人のジレンマ、二律背反。自己言及パラドックス。

権威を否定するものが権威になってしまう。

これを認めた途端、自分の未来の栄光が得られるが、自分の過去は否定される。

逆にこれを認めなければ、自分の過去の栄光は保たれるが、未来の栄光は得られない。

となれば、どうすればいいのか?


いや〜〜、実にややこしく、いやらしい状況になってきましたヨ。

はたしてディランさんはどうでるか?

多分、長考の結果、もらうと見た。

ロシア人数学者のペレルマンのような受賞辞退はユダヤ人はしないのではないか。

乞うご期待ですナ。




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by kikidoblog2 | 2016-10-15 11:16 | 普通のサイエンス