カテゴリ:普通のサイエンス( 29 )

 

今年のノーベル化学賞は?:分子マシーンの開発者サウベージ、ストダート、フェリンハへ

みなさん、こんにちは。

いよいよ時間が迫ってきた。

今年のノーベル化学賞受賞者は?


マイクロ分子マシーンの開発者のサウベージ、ストダート、フェリンハへ。

http://www.nobelprize.org

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おめでとうございます!



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  by kikidoblog2 | 2016-10-05 18:50 | 普通のサイエンス

今回のノーベル物理学賞「トポロジカル物質」って何?:日本人の貢献も無視できないヨ!

みなさん、こんにちは。

昨日のノーベル物理学賞受賞のニュースに関してわが国で一番先に報道した、というか、メモしたのがこの私のブログだった。ほぼリアルタイムで報道したわけだ。
今年のノーベル物理学賞は?:物性理論家のサウレス、ハルデーン、コスタリッツの3人へ!
なぜなら、リアルタイムの発表式典を見ていたからである。

1時間後にネットの朝日新聞、次が毎日、2時間以上経って読売、産経、日経などと公表があった。私はどこが一番最初かずっと観察していたんですナ。

面白いことに、反日アカヒが最速だった。これは日本人の受賞がなかったから一番先に「ざんね〜〜ん!ざま〜〜みろ!」的な意味合いで報道したのだろう。毎日変態新聞もそうだろう。


さて、このようにネット社会の今では、「自分たちの番組」というように、テレビ番組枠やら、あるいは、朝刊、夕刊、日刊、週刊、月刊などと時間を区切ったメディアはもはや存在価値がないのだ。競争に負けるのだ。

事実、ノーベル生理医学賞の発表はツウィッターが最初、その次がフェイスブック、そして一番最後がYouTubeだった。新聞は何十分〜数時間までも遅れた。

昨日の物理学賞でもそうだった。今回はYouTubeとツウィッター、フェイスブックなどがほぼ同時にリアルタイムで報道された。

それでも、私が最初、その次が朝日、毎日、そして読売、産経、というような順番だったわけだ。

おかげで、産経に至っては遅れて焦ったのか、タイトルに「サイレス」となっていたし、固体が「個体」と表記されていた。その記者は競争に負けたのである。

つまり、ここ徳島阿南の一地方に住む人間であっても、問題意識とネットに自分のツールを持ちさえすれば、世界相手、日本相手にも最速競争で勝てるのである。要は、努力と頭と関心である。

良かれ悪しかれそういう時代に入った。


さて、メディアの報道速度の話で前置きが長くなったが、もう一つは日本のメディアは日本人の受賞でないと興味がわかないという判断=目先の判断を行う。

だから、今回のノーベル物理学賞、それもわが国でもっとも強く、そして最も世界に貢献してきた物理学の分野である「物性物理学」「量子物理学」「凝縮体物理学」の分野のノーベル賞受賞だったわけだから、その裏にはさまざまの日本人の貢献が含まれているのであるが、まったくそういうことに気づかなかったようだ。

このテーマでは日本人でノーベル賞を受賞してもおかしくはない人間がわんさかいるのである。

今夕の化学賞の方では、化学合成ということがかなり比重があがるから、作った人、開発した人に優先順位がつく。だから、飯島澄男博士のナノチューブなどが受賞の可能性が高い。あるいは、チタン酸バリウムの効用を見つけた教授とか、そういうものがノーベル賞の可能性が高い。


そこで、せっかく私が青春期に挑戦してきた物性物理学の分野で物性物理学を学んだものなら誰もが知っているスター3人が、昨夜のサウレス、ハルデーン(ホールデンともいう)、コスタリッツだったわけだから、ここで彼らの業績についても、そしてわが国の研究者の貢献についてもメモしておこう。

まずは、最速でそういう説明をしている人を見つけたので、それをメモしておこう。以下のものである。
エビ風サイエンスミネストローネ

2016年のノーベル物理学賞発表

2016年のノーベル物理学賞が発表され、物質の新しい状態である「トポロジカル相 (Topological phase)」の理論化と発見に関わったDavid J. Thouless、F. Duncan M. Haldane、J. Michael Kosterlitzの3氏に贈られる事が決定した。賞金はThoulessに半分、HaldaneとKosterlitzに残り半分に送られる。

【受賞に関連する論文】
J M Kosterlitz and D J Thouless. "Long range order and metastability in two dimensional solids and superfluids.(Application of dislocation theory)" (1972)
J M Kosterlitz and D J Thouless. "Ordering, metastability and phase transitions in two-dimensional systems" (1973)
J M Kosterlitz. "The critical properties of the two-dimensional xy model" (1974)
David R. Nelson and J. M. Kosterlitz. "Universal jump in the superfluid density of two-dimensional superfluids" (1977)
D. J. Thouless, Mahito Kohmoto, MP Nightingale and M Den Nijs. "Quantized hall conductance in a two-dimensional periodic potential" (1982)
F.D.M. Haldane. "Continuum dynamics of the 1-D Heisenberg antiferromagnet: Identification with the O(3) nonlinear sigma model" (1983)
F.D.M. Haldane. "Nonlinear Field Theory of Large-Spin Heisenberg Antiferromagnets: Semiclassically Quantized Solitons of the One-Dimensional Easy-Axis Néel State" (1983)
Qian Niu, D J Thouless and Yong-Shi Wu. "Quantized hall conductance as a topological invariant" (1985)
F.D.M. Haldane. "Model for a Quantum Hall Effect without Landau Levels: Condensed-Matter Realization of the "Parity Anomaly"" (1988)

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トポロジーで重要なのは、物体における穴の数である。トポロジカル相は物理学においてトポロジーの概念を導入したものである。
画像引用元 (Nobelprize.org)

物質は通常、固体・液体・気体の三態が見られる。これらは古典物理学でも扱える、原子の性質が隠れている状態である。しかしながら、絶対零度に近い低温物理学の世界では、原子の量子力学的な性質が表れるようになり、超伝導や超流動のような、常温付近では見られないような新しい性質が表れてくる。このように温度が変わると物質の性質が変わる事は「相転移」と総称される。

相転移を考える場合、統計力学においては「XY模型」と呼ばれるものが使用される。このXY模型は、3次元空間においての相転移を上手く記述できる。しかしながら、2次元空間においては、相転移が起こらない事を記述する。例えば固体・液体・気体という三態においては、原子が綺麗に揃っているか、それともバラバラになっているかという違いがある。即ち相転移とは、相ごとに原子の秩序が変化する事である。気体のように原子がランダムでバラバラに運動している状態は、どの方向においても原子が同じように分布している、即ち対称であると言い換えられるが、固体のように原子が揃っていると、異なる方向に見ると原子の並びは異なってしまう。これは対称性が低くなっている、即ち対称性が自発的に破れていると言われる。
2次元空間においては、長期的秩序は不安定である事が古くから知られており、従って自発的に対称性は破れず、相転移は起こらないと見られていた。原子が1個から数個しかない薄膜は、XY模型における2次元を満たしている。

しかしながら、David J. ThoulessとJ. Michael Kosterlitzは、実際には2次元空間においても相転移が起こるのではないかと考えた。これが起こるには、2次元空間においては起こらない長距離秩序とは異なる、新しい秩序を考える事が必要である。ThoulessとKosterlitzは1973年に、後に「コステリッツ=サウレス転移 (KT転移・Kosterlitz-Thouless transition)」と呼ばれるこの相転移を理論的に示した。この成果は、その2年前の1971年にVadim Berezinskiiによって示されていたため、「ベレジンスキー=コステリッツ=サウレス転移 (BKT転移・Berezinskii-Kosterlitz-Thouless transition)」とも呼ばれているが、残念ながらBerezinskiiは1980年に亡くなっている。

KT転移では、「量子渦」が相転移の鍵となっている。原子のような量子の世界では、自転に例えられるようなスピンと呼ばれる性質がある。低温においては隣り合う量子のスピンはほとんど同じような向きに揃う事が知られているが、しかしながら一部の領域においてはスピンの向きが渦を巻くように存在する事がある。隣り合う量子同士のスピンが上手く揃わず、縺れた結果渦を巻くように回転する方向に揃うよう安定化したためである。これが量子渦である。
ThoulessとKosterlitzは、低温においては量子渦の状態を理論的に記述した。量子渦は低温においては不安定な存在と見られていたが、実際には量子渦がペアを築くと安定して存在する事を示したのである。高温においては量子渦のペアは分離して単独でいる事で、秩序状態は低くなる。一方で低温では量子渦がペアになる事で秩序状態がある程度生まれる一方、三態における秩序とは異なり長距離秩序には関与しないため、2次元では長距離秩序が起きないというXY模型に反しない。これによって、2次元においても秩序が変わる相転移が起こる事を示したのである。このKT転移で示された、自発的対称性の破れが起こらない相転移が、後に「トポロジカル相転移」と呼ばれる事となる相転移の1種となる。
KT転移が重要なのは、これが多くの物質で見られる性質な事である。極低温の世界では量子が顕著に表れてくるが、KT転移が普遍的にみられる性質である事は、原子物理学や統計力学における低温物理学の理解に欠かせないツールとなるのである。また、これまで2次元物質では起きないと考えられていた超流動や超伝導が起きる事も判明した点も大きい。

1983年には、F. Duncan M. HaldaneがThoulessと共に発見した新しい物質の状態を発見した事で、またしても物理学に大きな影響を与えた。
この発見は1980年の発見に関連する。クラウス・フォン・クリッツィングにより、異なる半導体同士を結合したヘテロ結合の半導体を低温下で強磁場をかけた場合に「整数量子ホール効果」と呼ばれる現象が起こる事を発見し1985年のノーベル物理学賞を受賞した。磁場をかけた事による原子の特性は電子軌道で表されるが、低温下では電子軌道は量子化されるが、この時一見すると不思議な現象が起こる。通常物質に対して電流を流した際に流れる率を示す電気伝導率は、磁場の強さなど外的要因で変化する物の、値の変化は連続的である。仮想的にグラフを書けば、それは直線となる。しかしながら電子軌道の量子化が起こるような条件では、ある一定の値の整数倍の電気伝導率しか示さないという現象が起こる。もし電気伝導率のグラフを書けば、これは直線ではなく細かい階段状となるのである。このような整数量子ホール効果を発見した事でクリッツィングはノーベル物理学賞を受賞したが、この現象がなぜ起こるのかは従来の量子力学では説明のつかない不明な現象であった。

Thoulessは、整数量子ホール効果がなぜ起こるのかを、数学の1つの分野である「トポロジー (Topology・位相幾何学)」によって説明した。ここで言うトポロジーとは「位相同型」の事である。トポロジーはさながら、物体を粘土のように変形させるような行いをする。トポロジーにおける粘土細工においては、切り離す事やくっつける事を禁じている。従って、トポロジーにおいて重要な違いは、物体の穴の数である。切断や結合が禁じられているため、新たな穴を生じさせたり穴を塞ぐ事は出来ないためである。例えば湯呑は、変形させればボールと同じである。しかしながら、湯呑と似ていても、それに取っ手が付いたコーヒーカップは、穴を塞げないためボールになる事は出来ず、ドーナッツと同じである。従って湯呑とボール、コーヒーカップとドーナッツは、トポロジーにおいてそれぞれ同じカテゴリに属する事になる。
トポロジーにおける穴の数は当然ながら整数であるが、これがある事で、トポロジーを使えば整数量子ホール効果を上手く説明できる事をThoulessは発見した。量子ホール効果が起きているとき、ヘテロ結合の半導体間では「トポロジカル量子流体」と呼ばれる量子流体が出現するとThoulessは考えた。物体の一部分を拡大して見た時、それが穴が0個の湯呑か、それとも1個のコーヒーカップかは基本的に分からないのと同じように、電子の流れの一部を観測しても、それがどの種類のトポロジカル量子流体かどうかを知る事は出来ない。しかしながら、量子ホールという "穴" がある為、電子軌道の量子化が起こっている低温下では、量子ホールの数が異なる量子流体は、異なるトポロジーであると説明される。そして、トポロジーは必ず穴の数である整数で表される事が、量子流体における整数量子ホール効果をもたらすのである。またトポロジカル量子流体は、それではない部分との境界部でユニークな特性を示す。Thoulessが提唱したこのトポロジカル量子流体は、後に実験的に証明された。
Haldaneは、このトポロジカル量子流体における整数量子ホール効果が、磁場が存在しない場合でも、薄い半導体層において起こる事を1988年に提唱し、2014年に実験的に存在する事が証明された。

また、Haldaneは、1982年に原子1個が直線的に並んだ原子鎖の磁気特性にもトポロジーで説明される現象が起きているのを理論的に提唱した。原子1個1個は、周りを取り巻く電子のスピンに応じて生じた、非常に微細な磁石に例えられる。この磁石の性質は原子の種類が同じならば同じ強さな為、2つの原子が並ぶと磁石の性質を打ち消しあう。このため、原子鎖を考えた場合、原子の数が偶数な場合と奇数な場合は性質が異なる事を意味している。Haldaneは、原子鎖を構成する原子の数が偶数の場合にはトポロジカルな状態であり、奇数の場合はトポロジカルな状態ではないと考えた。トポロジカル量子流体と同じく、トポロジカル鎖もその一部分を見てもトポロジカルかどうかを決定する事は不可能であり、やはりトポロジカル量子流体と同じく境界部、即ち鎖の端におけるスピンを観測すれば決定される。
Haldaneの考えを支持する科学者は当時ほとんどいなかったが、実際に実験を重ねる事で、Haldaneの推論は正しい事が判明した。これが物質の新しい状態である「トポロジカル相」の最初の発見例となった。

トポロジカル相は現在、1次元物質のトポロジカル鎖や2次元の量子ホールによる量子液体、KT転移によるトポロジカル相転移だけでなく、3次元物質を含めた様々な物質において発見されている。「トポロジカル絶縁体」、「トポロジカル超伝導体」、「トポロジカル金属」などは、3氏の研究における物理学にトポロジーを導入した概念が無ければ発見されなかった物質の状態であり、最先端のエレクトロニクスや超伝導物理学の研究、あるいは将来の実現が期待される量子コンピュータにおいて利用される有望な物質状態である事が期待されている。3氏の受賞は、物質の新しい状態を発見して物質の性質に関する更なる深淵を覗かせ、新しい手法による研究開発に貢献した事が評価されたものである。


さて、上の記事の中で赤くした名前の方が2人、最初が
甲元眞人東大物性研准教授
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(いまだに准教授だ)、次が
ヨンシー・ウー(Yong-Shi Wu)ユタ大物理学部教授
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である。

いずれも私の以下の記事にメモした方である。
光陰矢のごとし:1986年、あれから30年!やっぱりみんな老けたナア!?


私の昔の恩師である。私が米ユタ大に留学できたのは甲元眞人先生のおかげだった。そしてその甲元博士の真横の研究室が右隣にYong-Shi Wu博士の部屋があり、左隣に
BIll Sutherland博士
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の部屋があった。私が最終的にサザーランド教授の下でPh.D.になったから、この3人とはいつも顔を合わせて話をしたものである。

この時代、つまり、1980年代に我々が心血注いで研究に励んでいたものが、まさに今回のコスタリッツーサウレス転移、ハルデーン予想、整数量子ホール効果、分数量子ホール効果、トポロジカル物質、高温超伝導、トポロジカル絶縁体などなどであった。

要するに、素粒子物理や高エネルギー物理の理論家たちが、超ひも理論やら万物理論などといっても、結局は実験できないわけだ。だから、その理論の有効性が分からない。

そういうときに、その10次元版を4次元版、さらに2次元版とトイモデル(=理論的おもちゃの模型)を作って研究すると、その度に新しい物性物理学が生まれたのである。

こういう研究分野の最初がコステリッツとサウレスであり、それに若くして便乗していった目利きの人がハルデーンだった。

ハルデーンの後ろには物性の万能の天才アンダーソン博士(現在95歳くらい現存)がいて、アンダーソン流の物性物理のやり方をさらに現代化したのが愛弟子のハルデーンだったというわけだ。

ハルデーンの後ろには、ショーチェン・ザン(Shou Cheng Zhang)。
SHOUCHENG ZHANG
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X. G. Wen
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などの中国本土からの渡米組が控えた。Wenは超ひも理論のスーパースター、フィールズ賞受賞のエドワード・ウィッテンの愛弟子である。ひも理論では食えないから物性に行けと言われて物性理論に超ひも理論や高エネ物理の理論を持ち込んだ人物である。

この分野でわが国で貢献した方々は多数いる。私がよく知っている人だけの名を挙げると、一番目が
甲元眞人(現東大物性研准教授)
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サウレスといっしょに論文を書き、一番親しい間柄だと思う。

その次が、甲元先生の助手だった
初貝安弘(現筑波大教授)
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その次が甲元先生の大学院生だった
押川正毅(現東大物性研教授、弟子が先生の上になった??)
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そして、私の留学の後を追ってMITに留学した、私のかつての親友、
永長直人(現東大教授)
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(私が先にユタ大留学する直前永長君の家に泊めていただき、これからの物理を長く語り合ったものだ。君もアメリカへ来いよ、留学しろよと言い残し。)


というように、今回、そしてちょっと前の分数量子ール効果のラフリン博士、整数量子ホール効果のフォンクリッチング博士などのノーベル物理学賞など、我々が青春期にチャレンジしたまさにその分野の受賞ということで、まさに

光陰矢のごとし。
少年老いやすし、学成り難し。

というわけである。

今回のKT転移周りでノーベル賞を逃したが、他にもたくさんのチャンスはあるわけで、いずれ近い将来こういった日本人やその仲間たちの中からノーベル賞を受賞するものが出るに違いない。

俺はそう期待したいし、心から願っているわけである。

まあ、我々の人生も無駄ではなかったのであろう。そう思いたい。

ではまた。後ほど。





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  by kikidoblog2 | 2016-10-05 10:28 | 普通のサイエンス

今年のノーベル物理学賞は?:物性理論家のサウレス、ハルデーン、コスタリッツの3人へ!

みなさん、こんにちは。

いよいよ時間が迫ってきた。

今年のノーベル物理学賞受賞者は?

http://www.nobelprize.org

Announcement of the Nobel Prize in Physics 2016


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Thouless, F. D. M. Haldane, Kosterlitz
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いや〜〜、我々物性理論物理学者の世界では知らない人がいないというトップスターですナ。

おめでとうございます!



おまけ:
光陰矢のごとし:1986年、あれから30年!やっぱりみんな老けたナア!?
In My Memory of Leo Kadanoff:私の記憶のレオ・カダノフ→ユダヤ人を垣間見た!?


おまけ2:
べレジンスキーーコスタリッツーサウレスの論文が読みたければ、以下のもの。
べレジンスキーの論文:Destruction of Long-range Order in One-dimensional and Two-dimensional Systems having a Continuous Symmetry Group I. Classical Systems
Destruction of Long-range Order in One-dimensional and Two-dimensional Systems Possessing a Continuous Symmetry Group. II.
コスタリッツーサウレスの論文:Ordering, metastability and phase transitions in two-dimensional systems

本来なら、ベレジンスキー、サウレス、コスタリッツの3人でノーベル賞のはずだろうが、ロシア人の天才ベレジンスキーは1980年に45歳で死去。代わりにハルデーンが受賞したっていうことだろう。ちなみにハルデーンは、あと二回三回とノーベル賞を取る可能性がある大人物である。ハルデーン予想、分数排他統計、分数量子ホール効果、厳密に解ける多体量子モデルなどなど。

ベレジンスキーさんとはこの方。
Vadim L. Berezinskii


ところで、このハルデーン博士は、朝永振一郎博士といっしょにノーベル物理学賞受賞したジュリアン・シュウィンガー博士の孫弟子にあたる。愛弟子がフィリップ・W・アンダーソン博士。その愛弟子がF. D. M. ハルデーン博士である。ノーベル賞の系譜というやつですナ。




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  by kikidoblog2 | 2016-10-04 22:23 | 普通のサイエンス

今年のノーベル生理医学賞は?:「大隅良典教授のオートファジーに決定!」おめでとうございます!

みなさん、こんにちは。

いよいよ時間が迫ってきた。

今年のノーベル生理学賞受賞者は?

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ノーベル賞ツウィッターとフェイスブックがあった。これである。
#NobelPrize
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Nobelprizefacebook


今回の発表はYouTubeのライブ配信が一番先かと思ってい待っていたが、なんとフェイスブックが一番先だった。そして、ツウィッターときて、最後にYouTube配信となったようである。


オートファジー=自食現象でノーベル賞が来たわけだ。

この現象は断食すると普通の細胞が飢饉に陥ってがん細胞を餌として食ってしまうという生理現象である。

断食の効果がノーベル賞を得たわけである。

イエス・キリストが断食をさせて病気を直したという伝説のその科学的根拠がオートファジーという現象である。

これを発見されたのが大隅良典博士だった。

まさに快挙である。

心からおめでとうございました、とお祝いしたい。



おまけ:
昔のオートファジーのメモをついでに再掲しておこう。
2011年 10月 03日ノーベル賞、前代未聞の珍事:受賞者がお亡くなりだった!
2013年 03月 13日ファインマンさんがガンになった時、ポーリングが言った:「ビタミンCを飲め!」




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  by kikidoblog2 | 2016-10-03 18:35 | 普通のサイエンス

ノーベル賞週間がやってきた!:ノーベル生理医学賞までもう少し!

みなさん、こんにちは。

今日からノーベル賞週間である。

今日はまず生理医学賞の発表がある。あと3時間ほどである。

一応、リアルタイムの発表サイトが用意されているので、ここにもメモしておこう。以下のものである。

Announcement of the Nobel Prize in Physiology or Medicine 2016

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はたして日本人受賞があるだろうか?

乞うご期待。




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  by kikidoblog2 | 2016-10-03 15:23 | 普通のサイエンス

本庶佑博士「PD-1」でノーベル賞来るか?:「余命短い小林麻央さんにPD-1を投与したら?」

みなさん、こんにちは。

さて、今日はこの話から。

私の奥さんそっくりの
小林麻央さん
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日本的な美人である。

それが海老蔵さんと結婚してから、あまりいいところなく、多くのストレスのせいか、白血病を発病され、いまや余命わずかの噂がある。いまはこんなお顔になっている。
白血病を患った小林麻央さん
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これが医療者の間で言う所の、通称「ねこ目」という顔つきである。

白血病患者には特有の症状が出て、目がギョロ目になって、それが猫の目のように見えるのである。

もちろん、発病していなくても最初からこういう猫目の人もいるが、そういう中には、白血病のキャリアがいて、本人は発病しないが、セックスした相手にだけ感染させるというものがいる。

海老蔵さんはそういう人の可能性が高い。


白血病に関してあまり知られていないのは、実はこれが縄文系特有の風土病だったということである。アイヌと沖縄の現地人が縄文系由来というのは昨今ではDNA研究でも常識だが、昨日の拙ブログにもそれをメモしたが、中でも沖縄人の4割が白血病のキャリアであるという深刻なデータがあるのである。

もちろん、本人は知らない場合が多い。

そういうことから、四国、九州、沖縄などの西日本には白血病のキャリアが非常に多いのである。

だから、我々関東の人間は西日本の女性と結婚する場合、かなり躊躇するのであった。

逆に、関東には関東の古代ティルムンこと、東日本王国由来の風土病がある。肝炎である。


さて、そこでこの私好みの美女、小林麻央さんの命をどうやれば救えるのだろうか?

そういう問題が出る。

ちょうど昨日のNHKのノーベル賞、特にノーベル医学賞受賞の可能性特集で、すでにノーベル医学賞を授与されたiPS細胞の
山中伸哉教授
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が出て来て、3人ほど日本人ですぐにもノーベル医学賞を受賞しそうな研究者を推挙された。これである。

来週発表ノーベル賞 (ニュース)

今年のノーベル賞の受賞者来週発表されると伝えた。そこでノーベル賞の発表のスケジュールが伝えられた。中でも注目なのが医学・生理学だと伝えた。そこで山中伸弥教授に日本人の受賞の可能性について話を聞いた。

山中伸弥教授が選んだのはガン治療の光なる「PD-1阻害薬」だと伝えた。研究を行ったのは京都大学の本庶佑名誉教授だと伝えた。山中伸弥教授は本庶佑名誉教授について、医学研究者の中のカリスマ的な存在だと語った。

次に山中伸弥教授が注目しているのがゲノム編集だと語った。ゲノムには人の特徴が書き込まれている。ゲノム編集は自由自在にそれを書き換えることができる技術だと伝えた。この技術は人の治療にも応用されたりしていると報じた。そんなゲノム編集で端緒となる発見をしたのが中田篤男名誉教授と石野良純教授だと伝えた。

最後に山中伸弥教授が注目しているのがスタチンだと語った。スタチンという薬はコレステロールを抑える効果がある薬だと伝えた。発見したのは遠藤章東京農工大特別栄誉教授だと伝えた。山中伸弥教授は沢山の命を救ってきた薬だと語った。

スタジオでは命に関わる研究を支える日本人について話題になった。スタジオでは是非ノーベル賞を期待したいという意見が伝えられた。


(あ)「PD-1発見」の本庶佑(ほんじょたすく)博士
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(い)「ゲノム編集」の中田篤男名誉教授と石野良純教授
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(う)抗コレステロール剤「スタチン」発明の遠藤章博士(東京農工大特別栄誉教授)
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問題は、最初の本庶博士の発見した「PD-1」という物質である。

これはがん細胞が免疫細胞を盲目にして自分が自由気ままに増殖できるようにする機能を阻止する物質である。がん細胞は免疫細胞のスイッチを制御して免疫細胞に自分が見えなくなるようにして逃げる。これを邪魔して、免疫細胞からがん細胞が逃げられなくするのが「PD-1」という物質らしい。これである。
免疫を抑制するがん細胞との闘い
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韓流、反日NHKでは、この「PD-1」の試験的使用で見事に末期がんから回復した老女(ばあさん)が出て来て、いまは元気に毎日ゴルフ三昧だというシーンがあった。

イタ〜〜い!!!

もう平均寿命に近いか、平均寿命を超えたジジババを助けてどうなる?え〜〜〜!厚生労働省さんヨ!

試験適用で助けるのであれば、ずっと若い子供や若者にせよ!

どうも物事の考え方が、本末転倒なのである。朝鮮脳ですナ。


この老婆を助けてもゴルフして年金を浪費するだけだ!ガンになったのはある意味自業自得。それまでの生活習慣が悪かったからだ。ゴルフ場へ行ってはビフテキ食って遊んでいたからだろう。

そんな人間ばかり助けてどうする?

それよりは、人間国宝級の奥さんを助けてやれ!

あるいは、未来の長い子供さんたちの命を救え。

さんざん十分に生きて来た人間はどうでもいいのだ。早く天国へ行ってケロ!あるいは地獄へ落ちろ!

とまあ、俺個人はそう考えるわけだ。


冗談はさておき。

このPD-1を小林麻央さんに投与したら、白血病は消えるだろうか?

普通のガンには有効であることがわかっているらしいが、白血病はどうか?

ぜひ小林麻央さんには実験材料になっていただきたい。

もしこれが有効だと分かれば、たくさんの白血病の子供たちの命が救えるからだ。

世の中には小児白血病や若者の白血病患者もものすごく多い。冒頭にメモしたように、特に西日本では多い。西日本や沖縄には縄文系の夏川りみさんのように目鼻くっきりの美女も多い。

ぜひ臨床実験を御願いしたい所である。

と同時に、本庶佑博士にノーベル医学賞が来るのを期待したい。

ところで、私が阪大大学院生だった頃、一度だけこの本庶佑博士の講演会を聞いたことがある。もう30年ほど前のことである。セミナーの後、大勢の院生たちが先生のところに集まっていろいろ個人的に質問をしたのだった。私も何か質問した記憶があるが、いまとなっては何を質問したかはまったく覚えていない。

ご先生のご幸運を願いたい。




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  by kikidoblog2 | 2016-09-29 08:32 | 普通のサイエンス

有言実行3:「杉田元宜ー世間で知られていない日本人熱力学者」が完成!?杉田元宜博士よ、永遠なれ!

Live as if you were to die tomorrow. 明日、死ぬかのように生きろ。
Learn as if you were to live forever.  永遠に生きるがごとく学べ。
ーーマハトマ・ガンジー
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マハトマ・ガンディーさんの名言・格言・英語 一覧リストより


みなさん、こんにちは。

今日はなんていう良い日なんだ。最高の気分である。

というのも、昨日ついにかのわが国が生んだ不世出の超天才、故杉田元宜博士の生前の普及名作的論文の数々における真髄を英語でまとめた論文がほぼ完成したからである。これである。
Kazumoto Iguchi,
Motoyosi Sugita — A "Widely Unknown" Japanese Thermodynamicist Who Explored the Fourth Law of Thermodynamics For Creation of the Theory of Life


ここでも何度かメモ
2016年 04月 22日 「杉田」の発見!:謎の天才理論物理学者「杉田元宜」博士の写真はどこだ?
2016年 05月 10日
「杉田元宜博士のご家族は何処に?」:「杉田の熱力学」は復刻可能か否か?

2016年 05月 16日杉田元宜著「物理学史」:「ファラデーが我が国に生まれたら番頭にビンタされたネ」
2016年 07月 15日「1970年」の杉田元宜博士の予想:「物理学者の異常発生」
2016年 08月 21日「新版 過渡的現象の熱力学」ついに登場!:60年余の歳月を経て甦った幻の物理学書!
したように、私が杉田元宜博士の存在について知ったのはこの春先のことである。

ちょうどその頃私は保江邦夫博士の理論で理論武装して、それまでに存在する非平衡系の動力学理論を全部書き換えることを目指す論文を書き始めた。そしてそれを知人研究者の山田弘明博士に送ってみたところ、わが国にも昔同じ分野で良い研究をした方々はいる、それが以下の本にあると教えてもらったのだった。
不可逆過程の物理―日本統計物理学史から
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この本に取り上げられた物理の研究は、かつてわが国に存在した「物性論研究」という日本語雑誌に載ったものである。

そこで、幸いにも今ではインターネットでこの物性論研究の全記事が無料ダウンロードできるので、それを使って、上の本で取り上げられた論文を全部目を通したのである。

その中に私の琴線をつまびくものがいた。それが杉田元宜博士だった。

そこで、今度はこの杉田元宜博士の研究だけにしぼり、そしてそれまでの自分の研究論文は一旦休止して、ことごとくこの杉田博士の論文集めに集中したのである。もちろん、アマゾンを通じて本も集めようとした。

ところが、この春までは、まったくアマゾンにも杉田元宜博士のすの字すらなかったのである。

あとは大学図書館から取り寄せるほかなかった。

そこで、私はこのブログに杉田博士のことをメモしたのである。それがこれだった。
2016年 04月 22日 「杉田」の発見!:謎の天才理論物理学者「杉田元宜」博士の写真はどこだ?


幸いにしてこれを偶然見ていた方が、埼玉の曹洞宗のお寺の方で、お寺に保存されていた本の中になんと杉田博士の本、それもすべて謹呈されたもの、つまり初版本があったのだが、それをたくさん送っていただけたのである。

そこで、杉田博士の貴重な本を一気に集めることが出来、また幸い小林理研時代の杉田博士のお書きになられた日本語文献も知人の一人から国会図書館経由で集めてもらったりして、徐々に完璧に近い形で杉田博士の1950年代までの文献が集まったのである。

後は、時間を掛けてただただ読みまくる。そして考え、まとめるだけ。

それを毎日毎日読んでは考えてまとめあげる。図は自分で作り直す。そうやって、少しずつ英語で書き溜めて来たものが、一番最初の英語論文である。

ところが、そうしている内に、どうしても杉田博士の一番の肝、つまり「過渡的現象の熱力学」これを復刻したいと思うようになった。

なぜならこれこそ杉田元宜博士の博士論文であり、その後の研究テーマを論じた不朽の名作だったからである。そこで、英語論文を書きながら、またこの1950年刊行の旧漢字体で書かれた実に読みにくいこの本を現代語に翻訳しながら文書を全部打ち込んだのである。

そうやってついにこの本の現代語版=新版が誕生した。

ところが、そうなるとこの本の著作権の所属が問題になる。一橋大学や出版先の岩波書店の担当者に電話して杉田博士のご家族がどこにいるのか聞いてもだれも知らない。

それも当然で、杉田元宜博士は1990年、ちょうど私がまだユタにいた頃85歳でご逝去されたのである。それから26年も経っているし、大学や出版社はもう杉田博士を知るものはだれもいない。本は66年前に出たものである。当時の担当者はみな死んでいるはずである。

というわけで、絶望的になっていたのだが、唯一多磨霊園に杉田博士のお墓があることだけがインターネットに載っていたのである。

そこで、これまた偶然だが、埼玉のお寺さんがお寺周りのネットワークでその多磨霊園からご親族探しを買って出てくれたのである。私はただ待つほかなかったのだが、1ヶ月ほどして見つかったという連絡が入った。

それが拙著序文にもあるHS様だった。杉田博士のカナダ出身の日系カナダ人の奥様、グレース栄さんのご親族だった。その方から、実は杉田夫妻には長男勇吉様が一人存在したが、その長男は山梨県北杜市居住だったが、残念ながら2012年8月にご逝去されたということを教えていただいたのである。

こうしてインターネットや杉田博士の本や教科書にある経歴や一橋大学の論文サイトにある経歴などが繋がり、一つの歴史ストリアが構築されたのである。

この杉田博士の歴史は最初の英語論文の一番最初のイントロに含めてある。

おそらく、わが国では、というより、全世界初公開であるに違いない。

このHS様から「過渡的現象の熱力学」他、杉田博士の著作の復刻やいただいた数枚の写真に対するご了承をいただき、その新版、およびこの英語論文を公開することができるようになったわけである。

ここに、HS様の心から感謝の意を表したい。また、親族探しをかって出ていただいたTN様にも心からの謝意を表したい。どうもありがとうございました。

というわけで、先日メモした以下の本が誕生したのである。
2016年 08月 21日「新版 過渡的現象の熱力学」ついに登場!:60年余の歳月を経て甦った幻の物理学書!
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そうこうする内に、驚くべきことが起こった。アマゾンにだれも知るはずのなかった杉田元宜博士の古本がどんどん販売されるようになったのである。中には信じがたい高額の本まで出る始末だ。

今のところ、杉田元宜博士の研究の価値はこの俺しか知らなかったはずなのだが、あっという間に20ほどの販売サイトが出現した。それでも部数は限られている。なぜなら初版2000部程度しか最初から刊行されなかったからである。大半が絶版なのである。復刻も難しい。なぜなら著作権の迷子となっていたからである。

さて、こうして杉田元宜博士の普及の名作が復刻できると、あとは杉田博士のご研究の存在を英語圏に知らせなければならない。さもなくば、この偉大な、理論物理学者、それもかのノーベル化学賞を取ったラルス・オンサーガーやイリヤ・プリゴジンすら凌いだ天才理論物理学者である杉田元宜博士の凄さが欧米人には伝達できない。

そんなことを何の義務があって俺がせねばならないのか?

とは何度も思ったが、これも因果応報。最適制御の熱力学
有言実行:「最適制御過程における非平衡熱力学の理論:数学的定式化」が完成!?
有言実行2:「最適制御過程における非平衡熱力学の理論:最大原理の物理学的理解」が完成!?
を構築した俺しかそれができる人間はいない。

とまあ、自分勝手に妄想を抱いて、日々杉田先生の論文をひも解き、少しずつ理解しては英語に直す。その度に杉田先生の日本語のニュアンスをどう伝えるかと苦闘する日々が続く。

こうして、一時に一事、されど完璧にというヒルベルトの鉄則に従って、毎日毎日焦ることなく、適当にリオ五輪や甲子園などを見ながら、とにかくわずかでも前へ前へとまるでDefTechのMy Way
のようにして前に進めることを続けていったのである。

そうやってあれほど杉田博士の膨大なる研究を1個の英語論文にまとめるなんてほぼ不可能ではないかと思っていたことが、なんと陽の目を見たわけだ。

しかし、この作業で一番得をしたのはやはりこの私自身である。実に得るところ大だった。杉田博士の成し得たこと、ついに成し得なかったこと、成し遂げようとしたこと、こういったことがすべて白日のもとに晒されたからである。

幸いに、というか、これも縁かも知れないが、私は最適制御の理論の熱力学への応用でどうしても欲しかった具体例、逆に杉田博士がやろうとしてついに出来なかった問題が、ちょうど杉田博士がやったことと私がやったことと裏腹の関係になり、お互いに補完できることが分かったからである。これで、ついに1つの大きな理論体系が完成したのである。

若者よ、これを読んでさらに先に進め!
そして、俺にその先を見せておくれ!

杉田元宜博士よ、永遠なれ!




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  by kikidoblog2 | 2016-08-26 09:11 | 普通のサイエンス

「新版 過渡的現象の熱力学」ついに登場!:60年余の歳月を経て甦った幻の物理学書!

地上の星 / 中島みゆき [公式]


みなさん、こんにちは。

いや〜〜、すばらしく気分爽快!

この春先に初めてその存在を知ってから、ここ数ヶ月にわたってずっと論文集め、論文読み、理論分析などを続けてきた天才理論物理学者、故杉田元宜博士の生前の第二番目の著作「過渡的現象の熱力学」の現代語訳がついに陽の目を見ることになった。

この本は、杉田博士により戦時中に書き始められ、終戦間近の病床の中で校正され、闇市時代のまっただ中の1950年に岩波書店から出版された。初版たったの2000部で出版された。当時の金額で1冊200円。

現代のシステムバイオロジー的観点華やかな時代に先立つこと70年。

わが国の超天才杉田元宜博士は、すでにシステムバイオロジーの土台を完成していたのである。

それも、カルノー、クラウジウス、ヘルムホルツ、トムソンの形作った古典熱力学を非平衡開放系である生命体、生物体の熱力学を完成するというビジョンの下にである。

杉田構想、杉田哲学の真髄こそ、この「過渡的現象の熱力学」にある。

というわけで、私ももうすぐ60歳になるわけだが、なんとしてもその前に本として陽の目を浴びさせようと心底努力した結果である。

残念ながら、初版2000部を出版した岩波書店ではこの本の再版や復刻の予定企画がないということで、いくつか有望そうな出版社を掛け合ったが、あまりこの本の重要性に気づいてはいただけなかった。

そこで、長年私の本を出版していただいている太陽書房からオンデマンド出版という形式でインターネット販売の形ではあるが、私が望む形の本という形式で刊行できることになった。

ところで、本を出版する際には著作権や翻訳権などが問題になる。杉田元宜博士は1990年にご逝去された。だから、著作権はアメリカで死後70年、日本では死後50年生きている。だから、この本は2040年まで著作権が切れない。だから、それまで待つか、親族に問い合わせて許可をもらうかのいずれかになる。

ところが、杉田博士の場合、お墓が多磨霊園にあるという情報だけがインターネットに記載されていた。ご家族やご親族がどこにいるかもわからない。著作権保持者がどこにいるかもわからない。

岩波書店や杉田博士が勤務された一橋大学の総務の人にもわからない。

どうしたら著作権や翻訳権を交渉できるのか?

はて?

というようなことをどういうかというと、岩波書店の担当者は
著作権の迷子というんですよ
と、うまい命名を教えてくれた。

そう、杉田元宜博士の場合、すべての著作が著作権の迷子となったのである。だから、博士の研究成果を再現、復刻できない。

というわけで、私は絶望的状況に陥ったのだが、そこに神の助け、仏様の加護か、埼玉のお寺さん奥様が私のその調査を助けてくれたのである。

こうして杉田元宜博士のたった一人の生きたご親族が青森県にいることがわかり、私が手紙を書いて、その返事として、すでに杉田元宜博士のご家族もすべてお亡くなりになったことがわかったのである。そして、その方から、この本の再版の許可をいただけたのである。

こうして、岩波書店にも許可をいただき、こうしてやっと陽の目を見ることが出来た。

商業音楽のCDを出すのと違って、科学書を出すというのは、ささやかな本であったとしてもこれほどまでに困難を極めるのである。以下の本である。
新版 過渡的現象の熱力学 ‐ 生物体の熱力学の構築に向けて ‐
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60年余の歳月を経て甦った幻の物理学書!

本書は我が国において戦前、戦中、戦後初期の理論物理学を代表した故・杉田元宜(すぎた・もとよし)博士の「過渡的現象の熱力学」の現代語訳である. この本は初版が昭和25(1950)年4月5日に岩波書店から刊行された. 当時のお金で200円.

杉田の時代は戦前戦中を経ているために, 昔の情報集めは非常に難しい.なぜなら, 我が国では太平洋戦争時における米軍の爆撃により, 東京,名古屋, 大阪などの数多くの主要都市が爆撃による火事で学校や図書館が消失し, その時に多くの文献もいっしょに消失したからである. したがって, 戦前の教科書の類は極めて限られ, 戦前の情報はほぼ手にはいらない. 実際, 本書を保有している大学図書館もわずかであった. 東では新潟大学図書館くらいしか保管していなかった.

私はドイツに住むユージン・スタリコフ(Jewgeni Starikow)博士と杉田元宜博士の過去の業績についてやり取りしていたのだが, その時, 杉田博士の著書「過渡的現象の熱力学」と「熱力学新講」の2冊ともに新潟大学図書館に存在することをお知らせしたところ, 彼が我々の共通の友人で同僚である新潟県に住む山田弘明博士に「過渡的現象の熱力学」を図書館から借りて中を見てもらえるように依頼していたようである. あとで山田博士から私も見せて頂いたのである.

この本は太平洋戦争中に書かれ終戦直後に出版された本であるので, 文章が旧漢字で書かれているために, 現代人の我々にはかなり読みづらい. そこで, 内容の重要性からみるとぜひとも読むべきものであるが, 本が希少であることや文体などから現代語に訳す必要があると考えられる. そんなわけで,私はこの本を現代語に直して出版することにしたのである. その際, 読みやすさのために現代的な表現に合わせて若干の言い回しや単語や物理用語等の改変および英単語の添付などことわりなく変えたところがあるがご了承していただきたい.

いざ本ができあがってみると, 私の個人的な再出版の話は霧散しかけてしまった. なぜなら杉田博士夫妻がご逝去されている今, 著作権の保持者であるご遺族がどこにおられるのか皆目見当がつかなかったからである. 私がインターネットで調べたところ, 杉田博士のお墓が多磨霊園にあることだけわかった. そこで私のブログに杉田博士の写真をご存知の方があったら知らせて欲しいと試しに出してみたところ, 埼玉県にある曹洞宗大谷山宝城寺の照井瑞子氏からたくさんの本(写真付き) や原著論文をお送りいただいたのである. その御礼の際に杉田博士のこの著作権保持者のことをお知らせしたところ, これまた大変親切にお寺まわりのネットワークや顧問弁護士の手を経てついに現存する最後のご親戚を見つけていただいたのである.

それが現在青森県三沢市にお住まいの本田セツ様であった. この本田様から実は杉田博士夫妻にはご子息の長男がお一人おありだったのだが, 残念にも2012年8月にご逝去され, 杉田夫妻の直接のご遺族は完全にいなくなったことをお教えいただいたのである. また杉田博士の数枚の貴重なご家族写真もいただいた. さらには杉田元宜博士の奥様がカナダ出身の日系カナダ人の小山Grace栄(Grace Sakae Oyama)様であったこと, そのご家族やご親戚が現在カナダに多数存在することをお教えいただいたのである. そこで本書を再出版してもよろしいかということをこの本田さんに確認したところ,まったく問題はないという了解をいただけたのである. こうして出版できる見込みが出来たのである.

(編者の序文より)


カバーの写真はそのご親族の方から貴重な写真コピーをいただいたものである。

ところで、科学書で著者の写真が表紙を飾ることはめずらしい。これは私個人の出版社への希望としてそうしていただいているものである。というのも、科学も書かれた数式や内容ばかりではなく、書いているその当人の存在をもっとアピールすべきであると思うからである。科学も生身の人間が死にものぐるいで思考して行っているものだからである。

生命の物理学的基礎論、生命の熱力学、非平衡開放系の熱力学に関心を持つ人は読んで欲しいものである。そして、この本を契機として、超天才杉田元宜博士のご研究を紐解いて欲しいものである。


杉田元宜博士に乾杯!



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  by kikidoblog2 | 2016-08-21 12:15 | 普通のサイエンス

「1970年」の杉田元宜博士の予想:「物理学者の異常発生」

みなさん、こんにちは。

今回は、普通の科学、物理の話である。普通の人には興味ないだろうからスルーを。

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「1970年

といえば、私の世代にとっては「大阪万博」の年である。私が12歳頃、京都の旅館に泊まって大阪万博に行った記憶がある。その時に一家で撮った写真も残る。

最近研究している杉田元宜博士は、ちょうどその頃、一橋大学教授を定年退職し、青山学院大学理工学部の教授か客員教授か非常勤講師になったようだ。この辺の詳細はまだ分からない。

その1970年に杉田元宜博士が日本物理学会誌に書いた記事が非常に興味深いので、ここにもメモしておこう。以下のものである。
物理学出身者の将来像
杉田 元宜 日本物理學會誌 25(6), 476-478, 1970-06-05


この短い、ほんの3ページ足らずの論説の中に、それとなく生前の杉田元宜博士を彷彿させることが書かれている。そういうものだけピックアップしておこう。

(あ)まず、一橋大の杉田ゼミの模様
一橋にいたとき私のゼミナールでは、3年と4年の学部学生たちがハンダごてを手に電気回路と取り組んだり、生物学やバイオニックスの本を読みあさったり、生体の回路モデルを工夫したり、教えなくてもやっていた。

一橋の経済学部で経済学や社会学や法律家やビジネスマンなど人文系とされる大学内の物理のゼミで、電気回路を作ったり、生物学やバイオニックスの本を読みあさって、生体理論を回路モデルにして実験したり、シミュレーションしたりしていた。それも先生の言いつけでやるのではなく、学生自らの発案で行われたというのである。

昔の一橋はすごかったナア。

この成果だったのか、杉田元宜博士は、福田信夫という人とたくさんの生体回路モデルシミュレーションの論文を書いている。

というのも、この時代ではまだ数値計算用のコンピュータは我が国では旧帝大にあるかないかの時代、大半が手回し計算機の時代である。カシオの計算機ですら、1980年代に入ってからのことである。

そんな時代、杉田博士はなんといわゆる「アナログ計算機」というものを実際に作って、理論モデルの計算結果をオシロスコープで見るという方法で、生命の熱力学モデルを計算していたのである。

まだ私はこのシリーズの論文を詳細に解読するところまでは行っていない。今後の課題である。

そんなことを1950年代後半(正確には1950年に端を発する)から1960年代初頭、そして1970年代までずっと研究されていたのである。

その頃の記憶が書かれていたわけだ。

(い)戦前の物理学出身者の数について
物理教室も、私たちの頃は、東北大、東大、京大の3教室で全部で60人くらいだしていたのが、今日では国、公、私をあわせると3000人に近い卒業生を出している。


つまり、戦前から戦後の学制に変わって、物理出身者の数が一気に50倍以上になったことがうかがわれる。

その結果、昔では一人ひとりが新しい学問の祖となることを目指すような教育がなされたが、いまでは、ある分野の特定のテーマの専門家の一人となるような教育ヘと変わってしまった。これでは困る。そういう意見である。

この時代に杉田博士はすでに物理学者の余剰問題を看過できないと言っていた。卓見である。

その後、我が国は1980年代になって、いわゆるオーバードクター問題、いまのポスドク問題へと突き進んだわけだ。

その解決策がまた的を射ていた。

要するに、クロスプレーをしろということである。

物理出身者が生物や経済学や人文系などに進み、逆に生物出身者が物理や工学に進め、というようなアイデアである。いまもってこれは実現できているようには見えない。

その例として、(生物で後にノーベル賞を取る)Hodgkinが物理出身だったとか、経済学の(ノーベル賞を後に取る)Samuelsonが物理出身だったとか、Industrial Dynamics(工業力学)のForrester(MIT)が物理出身者だったということが引き合いに出されている。

地震学者のEwingが若い時にたまたま日本で地震にあい、その経験から地震計を発明するに至ったという話もある。

経験は必要の母である。

(う)物理学者の異常発生
農薬を使うと天敵も減って今度は害虫の異常発生になるなど、生態系のバランスを考えることは必要だが、学者の世界でも物理学者の異常発生などの問題がありそうである。しかし人間は生物の種のように固定化して考える必要はない。物理修士を土台に他のあらゆる分野に進出して行けるなら、バランスを考えた人口はまた変わってくるであろう。

これは脚注に書かれた文章である。

杉田博士はいったん本文を書いた後で、それを何度か読み返すと、かならずその時の不備や足りない部分を脚注やコメントで付加するという習性があったようである。他の論文でもこれが非常に多い。

熟考型の典型だろう。

(え)1961年の話
1961年に杉田元宜博士は終戦後初めて奥様の栄夫人といっしょに3ヶ月間の北米旅行を行った。これは北米を中心に行われた当時世界最先端のME(メディカルエレクトロニクス)の国際学会への参加や大学や研究所の視察を行うためだった。

その時の話が9年後の1970年のこの記事にも出ていたわけである。

やはり戦後初めて海外へ渡った、それも戦争では敵国になったアメリカへの旅行で見たものは鮮烈な印象となったようである。ちょうどいま海外の人たちが我が国に来て、新幹線に驚くといようなものである。

実はいわゆる電車が走り始めたのはアメリカが最初である。テスラの発明した交流モーターを基にスタインメッツが発明したのである。ニューヨークで世界最初の電車が誕生。それがずっと後になって1970年代に最先端の電車がカリフォルニアの地下鉄に採用されたのである。我が国の国鉄はこのアメリカを模範にして進歩したのである。

それから何十年もして、いまでは立場が逆転したわけである。


(お)サイバネティックスの話
私はサイバネティックスの専門家は生物出がよいと考えている。物理や化学をやったものは、全体を部分にまでばらして見ないと気がすまない。それで全体とかシステムといったセンスがどうも弱い。だから生物出が物理学を学び、特に回路理論などを重点において、それからサイバネティックスに進んだら本格的なものがやれるのではあるまいか。


サイバネティックスという言葉はいまでは死語のようなものである。あまり聞かない。しかし、いわゆるスマホやパソコンやインターネットに代表される「サイバー空間」という時の「サイバー」の語源が、ノーバート・ウィーナー博士が創始したサイバネティックスという学問である。

生物と情報と工学と数学を結びつけて、総合的に理論体系化したものがサイバネティックスである。まさに人工知能やドローンやロボットの基礎理論を生み出したものがサイバネティックスである。

いまではそういうものの研究者も昔の最初の語源も研究者も知らないような時代に入っているわけだ。

杉田博士は、実に見事に物理や化学出身者は、物事をバラすだけで、総合するのが苦手だと明言していた。まさにその通り。

僕にモデルをください。そうしたらそれを解きます。
これは難しすぎるのでもっと簡単な問題をください。

こういうのが、数学者や物理学者や化学者の卵に多いということである。

これが『行き過ぎて』、いまでは物理学系数学系などのほぼ90%がアスペルガー症候群となった。人の心も粉々に分解して簡単化しないと分からない。漫然と総合的に把握することができない。

翻って私が総合的に見る、総体的に見るということをどこで学んだか?というと、やはりそれはサッカーだった。サッカー部のサッカーや部長やキャプテンをやったことにより、選手間の人間関係や個々の選手の人間性や性格や趣味趣向、こういったものを全体に把握する力が育成されたと信じる。

また、サッカーのフォワードから中盤の真ん中をやったことから、ピッチ全体を鳥瞰図のように上から俯瞰しながら動くという奇妙な観点を身につけることが出来たと思う。

また、個人的にはボールリフティングの経験が大きなものだと思う。リフティングで1000回をこすようなレベルになると、ボールだけではなく、周りもみないと、いつ何が邪魔するかわからないから続けることができなくなる。だから、自分の周囲を肌で感じながらボールだけではなく、ボールを包む環境全体を見ながら、けっして考えるのではなく、ボールと一体になりながらリフティングをするようにしないと長くリフティングができないのである。

この経験はいわゆる禅の無に近い感覚だと思う。いまでも私はサッカー選手たちが話しているのをだれがどうかという感じではなく、まるで映画で見るような感じで映像全体を一つのシーンとして把握するかのように聞き取っている。だから、そのシーンを思い出すと、だれそれがあの時こんなことを話していたよなとか、こんなプレーをしたよな、というような感じで言葉を把握しているのである。

これに対して、杉田博士が言いっているようなタイプは、文字起こしされたものや、書かれた数式を見ないと理解できないというようなタイプの科学者のことである。

というわけで、私の場合は、スポーツ出身者が物理を志したという部類に入る。

(か)杉田博士の予想
私はいま情報科学にかかわりあっているが、生物物理のおかげで、遺伝情報というのは例えばmRNAができるときなどの活性化のエントロピーに関係することを知った。次にこういう活性化のエントロピーを介しての間接作用のあるシステムを考えている中に、これは不可逆過程の理論に関係がありそうだ、と感ずるようになった。(中略) こういうシステムのパラメータを介しての間接的な相互作用と関係があり、この方向をたどると統計熱力学の新しい展開があっても良さそうな予感がするのである。

システムを組立ている部分の直接的な相互作用(クーロン力など)では、例えば周期律の示すようなシステム特性や原子番号によるその変化が出てくる。情報による間接的な相互作用では、もっと複雑な生体のようなシステム特性が出てもよいのであろう。


これこそ私がここ10年ほどずっと追い続けきたテーマそのものである。

大阪万博の頃、私は京都の寺の庭先でセミを捕まえるのに必死だった。死骸の中に透明な翅で、みーん、み〜〜〜んと鳴くみんみんぜみや、大型で黒っぽいクマゼミを見た時には、それまで甲府でじ〜〜と鳴く、茶色のアブラゼミしかみたことがなかった私には、大阪万博の月の石以上の感動があった。

こんな時代にすでに、杉田博士はいまの私がまだまだ理解するには難しすぎるほどの高いレベルへ到達していたのである。まさに正真正銘の天才である。

東北、東大、京大でたった60人しか物理に入れなかった時代の一人である。

私が理科大理工物理にいた時は90人もいた。いまはもっと多いかもしれない。

やはり学問は少数精鋭で行かなければならないというのは、昔からの事実のようですナ。

政治のように、何でも数で考え、何でも金に換算して考えるのでは、学問はうまく発展できない。

やはり昔は良かったんですナ。


いやはや、世も末ですナ。




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  by kikidoblog2 | 2016-07-15 09:29 | 普通のサイエンス

杉田元宜著「物理学史」:「ファラデーが我が国に生まれたら番頭にビンタされたネ」

みなさん、こんにちは。

最近、私がここで「杉田元宜博士の写真がないか?」と試しにメモして以来、たくさん杉田博士の古書を送ってくれたお寺さんが現れた。どうもありがとうございました。

その中の一つに
「物理学史」(杉田元宜著、昭和18年1943年山雅房)
というものがあった。もちろん、アマゾンにもない。

これは杉田元宜博士が、単に熱学の研究者だったばかりではなく、物理学全体に通じた知識を持ち、世界の物理学の歴史も本に書いていたことを示している。しかも戦時中にである。

私もこの本の存在はインターネットでも見たことも聞いたこともなかったから、まったく知らなかった。

この本の中で、マイケル・ファラデーのことが書かれていた。

それが実に面白い表現だから、一応ここにもメモしておこう。以下のものである。
8. 科学と個性

ファラデーがもし日本に生まれていたとすると番頭さんからひっぱたかれる位が関の山だったかもしれない。さすがは大英帝国くさっても鯛という所だが、当時は鯛は鯛でもピンピンしていた。もっとも我が国でも橋本雲斎のように傘張り職人から一世の電気学者になった人もある。しかし今日不幸にして良家に生まれ高等教育が受けられたとしたらどうだったろう。唯の秀才に終わったか悪くすると学校から変な目で見られたかもしれない。中学校に入ると小学校時代芽生えかけた科学への興味は無味乾燥な学科で抑えられる。上級になって実験ばかり夢中になって高等学校の入学試験には落第するというようなことも考えられる。皮肉をいえば満足な教育がうけられなかった事は彼のために幸せだったといえる。


ここでいう橋本雲斎とは、橋本宗吉のことらしい。
橋本宗吉

略歴[編集]
阿波に生まれる(一説には大坂の生まれ)。大坂で傘職人をしていたが、京都の蘭方医小石元俊と天文学者間重富に才能を見出され、ふたりの紹介と経済的支援を得て27歳で江戸に遊学する。江戸滞在はわずかな期間であったが、大槻玄沢の芝蘭堂に学び、わずか4ヶ月で4万語のオランダ語を習得したといわれ、玄沢四天王(芝蘭堂四天王)に数えられたという。
大坂へ戻ると小石らのため蘭書を翻訳し、医院と学塾を兼ねた私塾である絲漢堂を開き診療と教育活動に務める。また、エレキテルの研究も行っている。文政10年(1827年)大塩平八郎による大坂切支丹一件が発生すると弟子の藤田顕藏が逮捕されたため、宗吉も過酷な取調べを受けることになり、絲漢堂も閉鎖に追い込まれた。その後、無実が証明され釈放されたが、シーボルト事件の影響で蘭学者への風当たりが強まると宗吉は一時広島県竹原に隠棲した。後に帰阪し私塾を再開する。天保3年(1832年)天保の大飢饉が発生すると事態打開を図り奔走するがその最中、病の床に就く。一時は回復をみせるも天保6年(1835年)3月26日、看病を続けてくれた1番弟子中天游が突如この世を去り、自身も天保7年(1836年)5月1日死去。享年74。
大阪市天王寺区上本町の念仏寺に墓が再建され置かれている。


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我が国の電気工学の祖の1人である。

一ヶ月で4万語のオランダ語を覚えたという。

南方熊楠が大英帝国の図書館のブリタニカ百科だったか全部記憶して帰ってきたというエピソードにもあるように、この時代の日本の学者の頭脳は並外れたものだった。

だから、明治維新ができたのである。

今のように適当に言葉だけ付けて「平成維新」とか、「〜〜維新の会」とか、そういうふうなことをして喜んでいるような知的レベルではおよそ明治維新など達成不可能だったはずである。だから、言葉遊びにすぎず、維新などできようはずがないのだ。言葉より頭を刷新せよ。

日に1000語覚えるような猛者たちがいたからこその歴史だったようですナ。まちがっても1年で1000語ではない。

いかに今の教育が「ゆとり」過ぎたか分かる。


さて、その杉田博士の分析はいまもまったくもって言えることではなかろうか?


いまマイケル・ファラデーが生まれたらどうなるか?

今で言えば、バイト君である。

そんなバイト君が、本の配送しながら中身を見て勉強したわけだ。

「お前〜〜、何しとる!首だ〜〜。お前のバイトの代わりなんてそこら中にいるんだぞ」

こういう感じだろう。

丁稚奉公の流行っていた時代では、NHKの朝ドラではないが、本屋の番頭さんから

「お前何している。勝手に商品開けるな。バチン」

とビンタ一発。

杉田博士はこんな感じだったろうと言う。

また同様に当時の我が国にアルバート・アインシュタインやトーマス・エジソンがいたとしたら、大学へも入れなかっただろう。

ところが、あの時代の大英帝国やドイツやアメリカはかなり良かったのである。

余裕があった。

杉田博士の頃にはもう違っていたのである。当然、今は全く違う。


ところで、なぜこういう杉田博士の「物理学史」をメモしたかというと、最近痛切に感じることなのだが、一般人は自分の街の歴史を知らないし、同様に科学者は自分の専門の歴史をよく知らない。

自分の街や村のことより、長崎広島の事のほうをよく知っている。自分の国の専門の歴史のことより、他国の歴史の方をよく知っている。こういう感じのことが多すぎると思うようになったからである。

物理学者もそうだが、これから出版される論文や本のほうが気になり、昔の本や論文のことはあまり読まず知らないのである。

下手をすれば、自分の専門分野はだれの手によって構築されたかすら知らないのだ。

せいぜい名前くらいしか知らない。

まさに「明治維新知らずの維新詠み」である。


最近これはまずいんちゃうか?

とよく考えるのである。

そこで、やはり大学の専門分野の学習内容に、「物理学史」のようなものを必修科目にすべきではないかと思うわけだ。

自分の専門が生物学科なら「生物学史」。こういうものをちゃんと学ぶ。

小中学校なら、自分の地方の歴史社会はやはり必須だろう。

広島長崎だけが被爆したわけではない。

原爆ではないが、空襲によって日本全国の主要都市は無差別爆撃で破壊されたのである。

こういう歴史的事実もまたちゃんと教えるべきだろう。

別にリベンジポルノや韓国の従軍慰安婦捏造のような意味の復讐のためではない。

歴史は歴史。事実は事実として、戦後の出発点やら、学問の出発点を教えるべきなのである。

さもなくば、同じ過ちを起こす。

ちなみに、ジョークのような話に、むかしスイスだったかポーランドだったかその市民がフランスのナポレオンの進軍に対してその損害賠償請求を行ったところ、当時のジスカールデスタン大統領だったか、だれだったか忘れたが、
ナポレオンのお墓を教えるから、当事者のナポレオンに請求しろ
と言ったという話があった。

これが西洋人の感性だが、まさにその通りなのである。今生きているものには何も責任はないし、今生きているものが請求する権利もない。当事者じゃないからだ。

最後に、

この杉田の「物理学史」のような戦前の名著がことごとく空襲で消失したのである。当時の英語の邦訳本の名著も大半が失われたのである。

だから、我が国には、戦前と戦後との間に学問上の断絶ができてしまったのである。

ゆえに、我が国もそれなりの科学者がいたのだが、せいぜい湯川秀樹、朝永振一郎ぐらいしか知られなかったのである。

まあ、そういうことも自分で古書を読んでみないと分からないことなんですナ。


いやはや、世も末ですナ。




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  by kikidoblog2 | 2016-05-16 16:41 | 普通のサイエンス

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