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「1970年」の杉田元宜博士の予想:「物理学者の異常発生」

みなさん、こんにちは。

今回は、普通の科学、物理の話である。普通の人には興味ないだろうからスルーを。

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「1970年

といえば、私の世代にとっては「大阪万博」の年である。私が12歳頃、京都の旅館に泊まって大阪万博に行った記憶がある。その時に一家で撮った写真も残る。

最近研究している杉田元宜博士は、ちょうどその頃、一橋大学教授を定年退職し、青山学院大学理工学部の教授か客員教授か非常勤講師になったようだ。この辺の詳細はまだ分からない。

その1970年に杉田元宜博士が日本物理学会誌に書いた記事が非常に興味深いので、ここにもメモしておこう。以下のものである。
物理学出身者の将来像
杉田 元宜 日本物理學會誌 25(6), 476-478, 1970-06-05


この短い、ほんの3ページ足らずの論説の中に、それとなく生前の杉田元宜博士を彷彿させることが書かれている。そういうものだけピックアップしておこう。

(あ)まず、一橋大の杉田ゼミの模様
一橋にいたとき私のゼミナールでは、3年と4年の学部学生たちがハンダごてを手に電気回路と取り組んだり、生物学やバイオニックスの本を読みあさったり、生体の回路モデルを工夫したり、教えなくてもやっていた。

一橋の経済学部で経済学や社会学や法律家やビジネスマンなど人文系とされる大学内の物理のゼミで、電気回路を作ったり、生物学やバイオニックスの本を読みあさって、生体理論を回路モデルにして実験したり、シミュレーションしたりしていた。それも先生の言いつけでやるのではなく、学生自らの発案で行われたというのである。

昔の一橋はすごかったナア。

この成果だったのか、杉田元宜博士は、福田信夫という人とたくさんの生体回路モデルシミュレーションの論文を書いている。

というのも、この時代ではまだ数値計算用のコンピュータは我が国では旧帝大にあるかないかの時代、大半が手回し計算機の時代である。カシオの計算機ですら、1980年代に入ってからのことである。

そんな時代、杉田博士はなんといわゆる「アナログ計算機」というものを実際に作って、理論モデルの計算結果をオシロスコープで見るという方法で、生命の熱力学モデルを計算していたのである。

まだ私はこのシリーズの論文を詳細に解読するところまでは行っていない。今後の課題である。

そんなことを1950年代後半(正確には1950年に端を発する)から1960年代初頭、そして1970年代までずっと研究されていたのである。

その頃の記憶が書かれていたわけだ。

(い)戦前の物理学出身者の数について
物理教室も、私たちの頃は、東北大、東大、京大の3教室で全部で60人くらいだしていたのが、今日では国、公、私をあわせると3000人に近い卒業生を出している。


つまり、戦前から戦後の学制に変わって、物理出身者の数が一気に50倍以上になったことがうかがわれる。

その結果、昔では一人ひとりが新しい学問の祖となることを目指すような教育がなされたが、いまでは、ある分野の特定のテーマの専門家の一人となるような教育ヘと変わってしまった。これでは困る。そういう意見である。

この時代に杉田博士はすでに物理学者の余剰問題を看過できないと言っていた。卓見である。

その後、我が国は1980年代になって、いわゆるオーバードクター問題、いまのポスドク問題へと突き進んだわけだ。

その解決策がまた的を射ていた。

要するに、クロスプレーをしろということである。

物理出身者が生物や経済学や人文系などに進み、逆に生物出身者が物理や工学に進め、というようなアイデアである。いまもってこれは実現できているようには見えない。

その例として、(生物で後にノーベル賞を取る)Hodgkinが物理出身だったとか、経済学の(ノーベル賞を後に取る)Samuelsonが物理出身だったとか、Industrial Dynamics(工業力学)のForrester(MIT)が物理出身者だったということが引き合いに出されている。

地震学者のEwingが若い時にたまたま日本で地震にあい、その経験から地震計を発明するに至ったという話もある。

経験は必要の母である。

(う)物理学者の異常発生
農薬を使うと天敵も減って今度は害虫の異常発生になるなど、生態系のバランスを考えることは必要だが、学者の世界でも物理学者の異常発生などの問題がありそうである。しかし人間は生物の種のように固定化して考える必要はない。物理修士を土台に他のあらゆる分野に進出して行けるなら、バランスを考えた人口はまた変わってくるであろう。

これは脚注に書かれた文章である。

杉田博士はいったん本文を書いた後で、それを何度か読み返すと、かならずその時の不備や足りない部分を脚注やコメントで付加するという習性があったようである。他の論文でもこれが非常に多い。

熟考型の典型だろう。

(え)1961年の話
1961年に杉田元宜博士は終戦後初めて奥様の栄夫人といっしょに3ヶ月間の北米旅行を行った。これは北米を中心に行われた当時世界最先端のME(メディカルエレクトロニクス)の国際学会への参加や大学や研究所の視察を行うためだった。

その時の話が9年後の1970年のこの記事にも出ていたわけである。

やはり戦後初めて海外へ渡った、それも戦争では敵国になったアメリカへの旅行で見たものは鮮烈な印象となったようである。ちょうどいま海外の人たちが我が国に来て、新幹線に驚くといようなものである。

実はいわゆる電車が走り始めたのはアメリカが最初である。テスラの発明した交流モーターを基にスタインメッツが発明したのである。ニューヨークで世界最初の電車が誕生。それがずっと後になって1970年代に最先端の電車がカリフォルニアの地下鉄に採用されたのである。我が国の国鉄はこのアメリカを模範にして進歩したのである。

それから何十年もして、いまでは立場が逆転したわけである。


(お)サイバネティックスの話
私はサイバネティックスの専門家は生物出がよいと考えている。物理や化学をやったものは、全体を部分にまでばらして見ないと気がすまない。それで全体とかシステムといったセンスがどうも弱い。だから生物出が物理学を学び、特に回路理論などを重点において、それからサイバネティックスに進んだら本格的なものがやれるのではあるまいか。


サイバネティックスという言葉はいまでは死語のようなものである。あまり聞かない。しかし、いわゆるスマホやパソコンやインターネットに代表される「サイバー空間」という時の「サイバー」の語源が、ノーバート・ウィーナー博士が創始したサイバネティックスという学問である。

生物と情報と工学と数学を結びつけて、総合的に理論体系化したものがサイバネティックスである。まさに人工知能やドローンやロボットの基礎理論を生み出したものがサイバネティックスである。

いまではそういうものの研究者も昔の最初の語源も研究者も知らないような時代に入っているわけだ。

杉田博士は、実に見事に物理や化学出身者は、物事をバラすだけで、総合するのが苦手だと明言していた。まさにその通り。

僕にモデルをください。そうしたらそれを解きます。
これは難しすぎるのでもっと簡単な問題をください。

こういうのが、数学者や物理学者や化学者の卵に多いということである。

これが『行き過ぎて』、いまでは物理学系数学系などのほぼ90%がアスペルガー症候群となった。人の心も粉々に分解して簡単化しないと分からない。漫然と総合的に把握することができない。

翻って私が総合的に見る、総体的に見るということをどこで学んだか?というと、やはりそれはサッカーだった。サッカー部のサッカーや部長やキャプテンをやったことにより、選手間の人間関係や個々の選手の人間性や性格や趣味趣向、こういったものを全体に把握する力が育成されたと信じる。

また、サッカーのフォワードから中盤の真ん中をやったことから、ピッチ全体を鳥瞰図のように上から俯瞰しながら動くという奇妙な観点を身につけることが出来たと思う。

また、個人的にはボールリフティングの経験が大きなものだと思う。リフティングで1000回をこすようなレベルになると、ボールだけではなく、周りもみないと、いつ何が邪魔するかわからないから続けることができなくなる。だから、自分の周囲を肌で感じながらボールだけではなく、ボールを包む環境全体を見ながら、けっして考えるのではなく、ボールと一体になりながらリフティングをするようにしないと長くリフティングができないのである。

この経験はいわゆる禅の無に近い感覚だと思う。いまでも私はサッカー選手たちが話しているのをだれがどうかという感じではなく、まるで映画で見るような感じで映像全体を一つのシーンとして把握するかのように聞き取っている。だから、そのシーンを思い出すと、だれそれがあの時こんなことを話していたよなとか、こんなプレーをしたよな、というような感じで言葉を把握しているのである。

これに対して、杉田博士が言いっているようなタイプは、文字起こしされたものや、書かれた数式を見ないと理解できないというようなタイプの科学者のことである。

というわけで、私の場合は、スポーツ出身者が物理を志したという部類に入る。

(か)杉田博士の予想
私はいま情報科学にかかわりあっているが、生物物理のおかげで、遺伝情報というのは例えばmRNAができるときなどの活性化のエントロピーに関係することを知った。次にこういう活性化のエントロピーを介しての間接作用のあるシステムを考えている中に、これは不可逆過程の理論に関係がありそうだ、と感ずるようになった。(中略) こういうシステムのパラメータを介しての間接的な相互作用と関係があり、この方向をたどると統計熱力学の新しい展開があっても良さそうな予感がするのである。

システムを組立ている部分の直接的な相互作用(クーロン力など)では、例えば周期律の示すようなシステム特性や原子番号によるその変化が出てくる。情報による間接的な相互作用では、もっと複雑な生体のようなシステム特性が出てもよいのであろう。


これこそ私がここ10年ほどずっと追い続けきたテーマそのものである。

大阪万博の頃、私は京都の寺の庭先でセミを捕まえるのに必死だった。死骸の中に透明な翅で、みーん、み〜〜〜んと鳴くみんみんぜみや、大型で黒っぽいクマゼミを見た時には、それまで甲府でじ〜〜と鳴く、茶色のアブラゼミしかみたことがなかった私には、大阪万博の月の石以上の感動があった。

こんな時代にすでに、杉田博士はいまの私がまだまだ理解するには難しすぎるほどの高いレベルへ到達していたのである。まさに正真正銘の天才である。

東北、東大、京大でたった60人しか物理に入れなかった時代の一人である。

私が理科大理工物理にいた時は90人もいた。いまはもっと多いかもしれない。

やはり学問は少数精鋭で行かなければならないというのは、昔からの事実のようですナ。

政治のように、何でも数で考え、何でも金に換算して考えるのでは、学問はうまく発展できない。

やはり昔は良かったんですナ。


いやはや、世も末ですナ。




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  by kikidoblog2 | 2016-07-15 09:29 | 普通のサイエンス

杉田元宜著「物理学史」:「ファラデーが我が国に生まれたら番頭にビンタされたネ」

みなさん、こんにちは。

最近、私がここで「杉田元宜博士の写真がないか?」と試しにメモして以来、たくさん杉田博士の古書を送ってくれたお寺さんが現れた。どうもありがとうございました。

その中の一つに
「物理学史」(杉田元宜著、昭和18年1943年山雅房)
というものがあった。もちろん、アマゾンにもない。

これは杉田元宜博士が、単に熱学の研究者だったばかりではなく、物理学全体に通じた知識を持ち、世界の物理学の歴史も本に書いていたことを示している。しかも戦時中にである。

私もこの本の存在はインターネットでも見たことも聞いたこともなかったから、まったく知らなかった。

この本の中で、マイケル・ファラデーのことが書かれていた。

それが実に面白い表現だから、一応ここにもメモしておこう。以下のものである。
8. 科学と個性

ファラデーがもし日本に生まれていたとすると番頭さんからひっぱたかれる位が関の山だったかもしれない。さすがは大英帝国くさっても鯛という所だが、当時は鯛は鯛でもピンピンしていた。もっとも我が国でも橋本雲斎のように傘張り職人から一世の電気学者になった人もある。しかし今日不幸にして良家に生まれ高等教育が受けられたとしたらどうだったろう。唯の秀才に終わったか悪くすると学校から変な目で見られたかもしれない。中学校に入ると小学校時代芽生えかけた科学への興味は無味乾燥な学科で抑えられる。上級になって実験ばかり夢中になって高等学校の入学試験には落第するというようなことも考えられる。皮肉をいえば満足な教育がうけられなかった事は彼のために幸せだったといえる。


ここでいう橋本雲斎とは、橋本宗吉のことらしい。
橋本宗吉

略歴[編集]
阿波に生まれる(一説には大坂の生まれ)。大坂で傘職人をしていたが、京都の蘭方医小石元俊と天文学者間重富に才能を見出され、ふたりの紹介と経済的支援を得て27歳で江戸に遊学する。江戸滞在はわずかな期間であったが、大槻玄沢の芝蘭堂に学び、わずか4ヶ月で4万語のオランダ語を習得したといわれ、玄沢四天王(芝蘭堂四天王)に数えられたという。
大坂へ戻ると小石らのため蘭書を翻訳し、医院と学塾を兼ねた私塾である絲漢堂を開き診療と教育活動に務める。また、エレキテルの研究も行っている。文政10年(1827年)大塩平八郎による大坂切支丹一件が発生すると弟子の藤田顕藏が逮捕されたため、宗吉も過酷な取調べを受けることになり、絲漢堂も閉鎖に追い込まれた。その後、無実が証明され釈放されたが、シーボルト事件の影響で蘭学者への風当たりが強まると宗吉は一時広島県竹原に隠棲した。後に帰阪し私塾を再開する。天保3年(1832年)天保の大飢饉が発生すると事態打開を図り奔走するがその最中、病の床に就く。一時は回復をみせるも天保6年(1835年)3月26日、看病を続けてくれた1番弟子中天游が突如この世を去り、自身も天保7年(1836年)5月1日死去。享年74。
大阪市天王寺区上本町の念仏寺に墓が再建され置かれている。


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我が国の電気工学の祖の1人である。

一ヶ月で4万語のオランダ語を覚えたという。

南方熊楠が大英帝国の図書館のブリタニカ百科だったか全部記憶して帰ってきたというエピソードにもあるように、この時代の日本の学者の頭脳は並外れたものだった。

だから、明治維新ができたのである。

今のように適当に言葉だけ付けて「平成維新」とか、「〜〜維新の会」とか、そういうふうなことをして喜んでいるような知的レベルではおよそ明治維新など達成不可能だったはずである。だから、言葉遊びにすぎず、維新などできようはずがないのだ。言葉より頭を刷新せよ。

日に1000語覚えるような猛者たちがいたからこその歴史だったようですナ。まちがっても1年で1000語ではない。

いかに今の教育が「ゆとり」過ぎたか分かる。


さて、その杉田博士の分析はいまもまったくもって言えることではなかろうか?


いまマイケル・ファラデーが生まれたらどうなるか?

今で言えば、バイト君である。

そんなバイト君が、本の配送しながら中身を見て勉強したわけだ。

「お前〜〜、何しとる!首だ〜〜。お前のバイトの代わりなんてそこら中にいるんだぞ」

こういう感じだろう。

丁稚奉公の流行っていた時代では、NHKの朝ドラではないが、本屋の番頭さんから

「お前何している。勝手に商品開けるな。バチン」

とビンタ一発。

杉田博士はこんな感じだったろうと言う。

また同様に当時の我が国にアルバート・アインシュタインやトーマス・エジソンがいたとしたら、大学へも入れなかっただろう。

ところが、あの時代の大英帝国やドイツやアメリカはかなり良かったのである。

余裕があった。

杉田博士の頃にはもう違っていたのである。当然、今は全く違う。


ところで、なぜこういう杉田博士の「物理学史」をメモしたかというと、最近痛切に感じることなのだが、一般人は自分の街の歴史を知らないし、同様に科学者は自分の専門の歴史をよく知らない。

自分の街や村のことより、長崎広島の事のほうをよく知っている。自分の国の専門の歴史のことより、他国の歴史の方をよく知っている。こういう感じのことが多すぎると思うようになったからである。

物理学者もそうだが、これから出版される論文や本のほうが気になり、昔の本や論文のことはあまり読まず知らないのである。

下手をすれば、自分の専門分野はだれの手によって構築されたかすら知らないのだ。

せいぜい名前くらいしか知らない。

まさに「明治維新知らずの維新詠み」である。


最近これはまずいんちゃうか?

とよく考えるのである。

そこで、やはり大学の専門分野の学習内容に、「物理学史」のようなものを必修科目にすべきではないかと思うわけだ。

自分の専門が生物学科なら「生物学史」。こういうものをちゃんと学ぶ。

小中学校なら、自分の地方の歴史社会はやはり必須だろう。

広島長崎だけが被爆したわけではない。

原爆ではないが、空襲によって日本全国の主要都市は無差別爆撃で破壊されたのである。

こういう歴史的事実もまたちゃんと教えるべきだろう。

別にリベンジポルノや韓国の従軍慰安婦捏造のような意味の復讐のためではない。

歴史は歴史。事実は事実として、戦後の出発点やら、学問の出発点を教えるべきなのである。

さもなくば、同じ過ちを起こす。

ちなみに、ジョークのような話に、むかしスイスだったかポーランドだったかその市民がフランスのナポレオンの進軍に対してその損害賠償請求を行ったところ、当時のジスカールデスタン大統領だったか、だれだったか忘れたが、
ナポレオンのお墓を教えるから、当事者のナポレオンに請求しろ
と言ったという話があった。

これが西洋人の感性だが、まさにその通りなのである。今生きているものには何も責任はないし、今生きているものが請求する権利もない。当事者じゃないからだ。

最後に、

この杉田の「物理学史」のような戦前の名著がことごとく空襲で消失したのである。当時の英語の邦訳本の名著も大半が失われたのである。

だから、我が国には、戦前と戦後との間に学問上の断絶ができてしまったのである。

ゆえに、我が国もそれなりの科学者がいたのだが、せいぜい湯川秀樹、朝永振一郎ぐらいしか知られなかったのである。

まあ、そういうことも自分で古書を読んでみないと分からないことなんですナ。


いやはや、世も末ですナ。




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  by kikidoblog2 | 2016-05-16 16:41 | 普通のサイエンス

空飛ぶ時代到来か!?:日本は無人、世界は有人。イーロン・マスクはもう古い!

みなさん、こんにちは。

我が国が遅ればせながら「ドローン」(=無人エアクラフト)にうつつを抜かしている間、欧米の若者たちは「エアクラフト」発明競争の最中にある。

つまり、我が国では「無人」を目指している間、欧米では「有人」を目指しているのだ。

「有人」のホバーボード、ホバーバイク、ホバーマシーン、フライング・マシーン

そんなものをいくつかメモしておこう。以下のものである。

(あ)フライボード
ジェットエアボード=フライボード
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Canadian Develops Futuristic Hoverboard
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(い)ホバーバイク
Homemade Hoverbike
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New Invention - Hoverbike (2014)
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Flying electric bicycle invented in Czech Republic
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(う)マルチコプター
World's first manned flight with an electric multicopter
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Manned multicopter / multirotor build PART 7
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(え)フライングソーサー=支那ソーサー
The Invention of Chinese Home-Made Flying Saucer
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(お)ジェットパック
The Troy Hartman Jetpack
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(か)ジェットマン
Flying with Jetman
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(き)ワンマンヘリ=タケコプター
もちろん我が国日本にもいる。タケコプター。
Worlds smallest One-man Helicopter GEN H-4 by ADEYTO
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他にも多数あるが省略。


こういうやつをどんどん活用して熊本地震などの被災地で活躍して欲しいものである。

シャープやソニーや陰りの見えてきた電機企業や動力産業は今後こうした有人の空飛ぶマシーンに集中すべきである。

これがあれば、大津波も怖くない。

というわけで、いまは自動車ではイーロン・マスクのテスラモーターズが日本でも知られるようになったが、遅すぎる。ネット世界ではずっと前に知られたことである。古すぎる。

もはや時代はイーロン・マスクの時代ではない。自動車は時代遅れなんだ。

これからは道路を必要としない乗り物の時代。最先端はエアマシーンの時代である。かならず来る。

もちろん、自動車もなくなることはない。目的に応じて使い分ける時代が来るのである。

そしてその最終バージョンが「空飛ぶ家」=「空飛ぶ円盤」である。すなわち、UFOである。

竹とんぼ→紙飛行機→タコ→グライダー→飛行機→ヘリコプター→ロケット

ときて、再び

ホバーボード→ホバークラフト→フライング・マシーン

ときて、最後は

フライング・ソーサー
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となる。

まあ、時間の問題ですナ。




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  by kikidoblog2 | 2016-05-04 11:46 | 普通のサイエンス

除籍本の中に埋もれた「萩原雄祐博士のいい話」:ディラックはいつも薄暗いところで本を読んだ!

みなさん、こんにちは。

さて、こっちの話をメモするつもりが、地震電磁波の変動のために地震予知の方が先になってしまった。

先日メモした
わが師・わが友〈第1〉 (1967年)
わが師・わが友〈第2〉 (1967年)

大学図書館の「除籍処分の嵐」:みすず書房の「わが師・わが友」まで除籍だった!?
やはり実に重要な本だと思う。今回はこれをまたメモしておこう。

やはりこういう重要な歴史的な本は常に再販体勢にしておくべきだろう。



「心かよわす世界の星」 萩原雄祐
まず第二巻の最初に理論天文学者の
萩原雄祐博士
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の「心かよわす世界の星」という「わが師・わが友」がある。

この日本人博士のわが師とは
アーサー・エディントン卿
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のことだった。アインシュタインの一般相対性理論を実験的に検証した博士である。

しかし、萩原博士は実際にはエディントン卿のグループではなく、数物理論の
ヘンリー・ベーカー博士
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のグループに入ったのであるという。

1923年のことだったという。それから2年間の留学だったという。

なんとこのベーカー教授の理論部門には研究生として若き
P. A. M. Dirac
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がやってきたというのだ。当時まだまったく無名ブリストル大学卒業したばかりの研究生だったとある。

その頃からディラックは非常に無口で、いつも図書館の薄暗い場所で本を読んでいたという。特にドイツの論文を読もうとすると、いつもディラックが先客で読んでいたという。

ところがそのディラック。ある時、ベーカー教授に対して講義中にしきりに不連続関数の表示のことを聞いていたという。話さないディラックが講義で質問していたわけだ。

そして、それの成果が「ディラックのδ函数」になったとある。

今では学部生でも知っていることだが、不連続関数を微分すると超関数が得られる。それがディラックのδ函数であるが、それを研究生のうちに開拓したとある。

萩原博士の最後の一説が「バーコフ先生」である。この
バーコフ博士(George David Birkhoff)
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は微分方程式論にトポロジーやファイバーバンドルの概念を持ち込んだ天才である。このバーコフ博士の言葉がいまや数学界の伝説レジェンドとなった。

その言葉とはこれである。
夢に見、うつつに考えるようでないと立派な研究はできない

つまり、良い研究したければ、考えていて溝にハマったピタゴラスのようであれ、ということである。

もちろん、この萩原雄祐博士は東大数学出身。

この伝説はいまも生きているらしいナア。これだ。
東大の数学科が志望者の心を折りにきてる「もはや魔境」
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奇人変人は東大数学へ行け!そしてアメリカの数学部に行け!

アングロサクソンはあまり数学ができない。しかし、数学部は初歩的な数学を教える需要が高いために、授業も多く、その分学部の規模も大きい。だから、大学院生のTA給料も物理よりずっといいし、ポスドクはなく、最初から助手で始まる。そして周りはユダヤ系の奇人変人だらけだから日本人のちょっとやそっとの奇人変人では目立つことはない。

そこで名を挙げればいくらでも日本で職取れるらしいゾ。

この次の吉田洋一博士のも面白いが、これはまた今度にしよう。

いずれにせよ、どうしてこういう良い本を大学や高専は平気で除籍してしまうんでしょうナア?


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
Sir Arthur Eddington and the Foundations of Modern Physics
On Arthur Eddington’s Theory of Everything
ORAL HISTORIES
Llewellyn Hilleth Thomas




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  by kikidoblog2 | 2016-05-02 20:12 | 普通のサイエンス

衝撃の朗報発見!「朝鮮人はヒト科ではなかった!」:ヒトモドキ科に属した!?

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みなさん、こんにちは。

どんなに大学入学基準を下げてやって大学で学位やっても結局「キチガイ朝鮮人」化する。最終的には凶悪殺人者か、性犯罪者か、社会犯罪者か、裏社会のアダルト俳優か、売春婦になる。上に行っても犯罪者、下に落ちても犯罪者、金持ちになっても犯罪者。つまり、「罪なく死す」という6字の偈(げ)がない。

これが北朝鮮人であろうが、南朝鮮人であろうが、在日朝鮮人であろうが、在米朝鮮人であろうが、韓中国人であろうが、在欧朝鮮人であろうが、在豪朝鮮人であろうが、在ブラジル朝鮮人であろうが、同じことなのである。

どうやらその謎がついに解明されたらしい!

その結論とは、
朝鮮人は人間ではなかった!
というのである。

たしかにヒト科の見てくれはしているが、どうやら新種のヒト科、要するに昔からおそらくそうではないかと予想されてきて揶揄された「ヒトモドキ」だったというのだ。それがネイチャーに出たという。

2011年7月の記事とちょっと古いが我が国では報道されなかったので見落としていたものである。我が国が東日本大震災で大変な時期のことだった。これである。

Extensive genomic and transcriptional diversity identified through massively parallel DNA and RNA sequencing of eighteen Korean individuals

「韓国人固有のDNA220万個を発見」ソウル大学研究所[07/04]

韓国人18人のDNA、RNAを分析した結果、220万個以上の新しいゲノム変異が見つかったと、 ソウル大学医科大学遺伝体医学研究所とマクローゼン生命科学研究所が3日、世界的な学術誌ネイチャージェネティクス(電子版)で発表した。複数の韓国メディアが報じた。

研究グループは2008年から「アジア人の遺伝体多様性プロジェクト」を実施しており、今回の研究は3番目の研究として、遺伝疾患のない韓国人18人(男性11人、女性7人)のゲノム(全遺伝情報)を分析した

報道によると、既存の研究ではDNA配列の分析を通じ、特定の病気の発見や、人間の特性や疾患などを特定してきたが、今回の研究ではDNA配列とRNA配列を同時に分析。DNAに存在しない変異がRNAに存在していたり、その逆のケースがあることを明らかにした。

韓国人18人からは、950万個以上の変異(遺伝子を構成する塩基配列の違い)が確認され、うち220万個は今回始めて発見された。さらにこのうちの約120万個は、韓国人の10%以上が有していることが分かった。

ソウル大学医科大学遺伝体医学研究所のソ・ジョンソン(Jeong-Sun Seo)教授は、
「民族はそれぞれ生きてきた環境に適応するため、固有の遺伝子変異を持っている」
とし、
「今回の論文はヨーロッパ人とは違う韓民族の遺伝体変異を体系的に整理し、ヨーロッパ人が中心だったこれまでの遺伝子研究の限界を指摘した点で意味がある」
と話した。

韓国メディアは、韓国人のゲノム分析を通じ、人種間の多様性が予想よりも大きいことが分かったとし、韓国人をはじめとするアジア人のゲノム情報を集め、アジア人に的を絞った医学研究が必要との見方を示した。(編集担当:新川悠)


サーチナ 2011/07/04
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0704&f=national_0704_155.shtml

★1が立った時間2011/07/04(月) 17:38:19.55 ID:???
【韓国】「韓国人固有のDNA220万個を発見」ソウル大学研究所[07/04]
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1309768699/


つまり、我が国が東日本大震災で衝撃を受けていた頃、韓国では韓国最先端の遺伝子学研究所で国をあげて、ごく真っ当な韓国人成人18人を対象に全遺伝子ゲノム解読を行っていたのである。

すると、なんと韓国人の遺伝子が、普通の人間とは950万箇所も異なっていたというのである。

10箇所とかではない。950万箇所だ。

950万箇所のうち、220万箇所が今回の研究で新たに発見された場所。

そしてそのうちの120万箇所は韓国人の1割が共通に持っているというのである。


つまり、
朝鮮人類起源説「黒い山葡萄原人」説



MERSは人には伝染らない!?:ついに朝鮮人起源説登場か!?山葡萄人vsUMAミノス
は、ほぼ真実だったということになるのである。

アラビアのラクダ特有の病気であるはずのMERSウィルスにどうして韓国人だけが感染するのか?

失われたはずの類人猿ミノスの習性であった、脱糞攻撃がなぜいまもって韓国人や在日朝鮮人特有の習性として残っているのか?
しんぶん赤旗で包装された人糞が韓国領事館に届けられたが、在特会の犯行ではないと考える合理的理由


なぜ在日朝鮮人のエロビデオメーカーで公衆衛生上もっとも悪いはずの脱糞糞喰いが公然と伝統になっているのか?
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・朝鮮人は実に衛生だの病気だの無頓着千万、そこになると悪く言うようだが人間よりか獣に近いと言ってもよいようである。

・大きな棒でなぐられてもシイて痛そうにもせず、あちらに行け邪魔になると追いまくられてもブラリブラリ愚図ついている有様などは、牛に近いと言ってよい。

・朝鮮人の不潔と来たら随分ヒドイ。てんで清潔とか衛生とかいう考えは無いから、如何に不潔な家でも、如何に不潔な所でも一向に平気で、濁った水でも構わないどころか、小便や大便の汁が交じっていても、更に頓着せずにこれを飲む。実に味噌も糞も朝鮮人には一所である。

・家を造るに、壁土の中に馬糞などを混ぜて喜んでこれを塗る。その訳は馬糞をまぜると壁が堅くなって泥が落ちにくいと言うている。

・更に驚くべく信じがたい程であるのは、朝鮮人は小便で顔を洗い、気目がよくなると言うている。又小便は腎虚や肺結核や解熱等に有効だと言ってこれを用い、又強壮剤だと言って無病のものでも飲んでいる。いよいよ病気が重くて生きられまいという時は、大便を食べさすというとも聞いている。何と驚かしいことでは無いか。


なぜ韓国では麹菌がいない代わりに糞菌を入れて腐敗したものをトンスル酒やウンキムチにしても病気にならないのか?
避難所でノロウイルス流行の兆し 感染拡大に避難所の分散も 保健師ら懸命の衛生指導


普通の人類は細菌に弱い。西洋人白人種は特にそうだ。だから、細菌繁殖のない寒い地方に逃げて行ったのである。だから、衛生上の習慣から神経質な性質の人種に育った。色の白さと神経質は関係があるのである。これはよく知られた事実である。
昔のブログから:「アット・ホーム・ダッドは一番短命なの?」

『ゲノムが語る23の物語』(紀伊国屋書店、2000年)
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(ついでに付け加えておくと、「血液型で性格が決まる」というのは(遺伝学的に)本当だという根拠が書いているヨ。)

謎の遺跡「ウィングメーカー」とは何か?6:ネルダ博士インタビュー


同様に血液型が性格と相関があるのもまた事実である。水や環境変化に最も弱いのはO型である。その次がA型とB型である。水や環境変化をものともしないのがAB型である。

だから、サッカーでもホームに強いのがO型。アウェーで下痢してだめになるのがO型。AB型はどこでも普段通りの力を発揮できる。どこでも何を食っても体調万全なのがAB型である。ちょうどその中間がA型とB型だと分かっている。

私なんか、ブラジルワールカップに行く途中のエールフランスのチーズ食った途端に1週間以上下痢になった。もちろん俺はO型である。

人間のAB型は何を食っても当たらない。胃腸が強い。しかし、それでも糞食ったり、糞尿を飲んだり、陰部オーラル性交をすれば、途端に調子が悪くなる。喉を溶連菌でやられたりして腎不全になったり、女性であれば、尿道炎になったり、膣炎になったり、子宮炎になったり、終いには子宮筋腫や子宮頸がんになったりするわけだ。

だから、普通の人類は細菌やマイコプラズマやウィルス感染に非常に注意する。

ましてやゲイになれば即座にAIDS発症である。肛門性交のために鮮血による血液感染するからだ。

ところが、朝鮮人は何しようが病気にならない。それが不思議だったわけだ。

ラクダや鳥や猿の病気には簡単にかかるのに、人間の重篤な病気にかからない。これが長らくの謎だった。

が、その謎の理由がこうして朝鮮人科学者の研究で判明したわけだ。

ところが、やはり朝鮮人、遺伝子が狂っているわけだ。だから、下された結論がまた朝鮮人だった。

「民族はそれぞれ生きてきた環境に適応するため、固有の遺伝子変異を持っている」「今回の論文はヨーロッパ人とは違う韓民族の遺伝体変異を体系的に整理し、ヨーロッパ人が中心だったこれまでの遺伝子研究の限界を指摘した点で意味がある」
とソ・ジョンソン教授が言えば、韓国メディアはこう結論した。
韓国人のゲノム分析を通じ、人種間の多様性が予想よりも大きいことが分かったとし、韓国人をはじめとするアジア人のゲノム情報を集め、アジア人に的を絞った医学研究が必要


まあ、お止めになった方がいい。

支那人や日本人やベトナム人やタイ人やインドネシア人と遺伝子を比較したら、ますます衝撃的な事実が見つかるだけだろうからだ。

いずれにせよ、いっとき、
【人類皆兄弟…近親交配を繰り返した結果、国民全体が同じ顔に】

【韓国人の遺伝子の特徴について】

 米人類学者Cavalii-Sforzaの遺伝子勾配データによれば、 朝鮮人は世界でも類を見ないほど均一なDNA塩基配列の持ち主であり、これは過去において大きな Genetic Drift(少数の人間が近親相姦を重ねて今の人口動態を形成)か、あるいは近親相姦を日常的に繰り返す文化の持ち主だった事を表す。
(文献:The Great Human Diasporas: The History of Diversity and Evolution.
1995.. Luigi Luca Cavalii-Sforza and Francesco Cavalli-Sforza. Addison Wesley Publ. ISBN 0-201-44231-0)

韓国では、昔から若くて綺麗な娘達は中国に献上されていたので、女性が足りず近親相姦が繰り返されてきた。
遺伝子レベルで見ても「父と娘」「母と息子」が結ばれないと出来ない遺伝子が多数見つかっている。
という話が出てきて、この話は世界中に知れ渡ったのだが、すぐに我が国内では、アメブロ中心に在日火消し工作員が出てきて、この話を知恵袋などで自作自演し、これがデマだという悪質なデマを広めた。

ところが、今度は本元が在日韓国人の宗主国であるはずの韓国から出た世界最高の科学誌ネイチャーに載った研究のニュースである。したがって、この最初の「近親相姦繰り返しによる遺伝子異常の蓄積」説は100%正しかったのである。

だから、マスゴミ、ダマスゴミはだんまりで、話題にもしなかった。「報道しない自由」満喫である。



自公のリーダーに泣きついて都知事選を戦った
舛添要一東京都知事
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は、いま何をしてる?

地方知事にすぎないものが、世界中をまるで一国の首相や天皇のような気分で豪遊三昧である。2億4千万円の不正献金をもらったはずだったが、それがいつしか話題でなくなり、逆に今軽井沢に2億4千万円の豪邸の別荘を持ち、そこに創価学会を私物化した妻を住まわせ、毎週末には都税の公用車で送迎してもらっている有様だ。

そんな金があれば、いくらでも都内に保育所ができる。毎週末に軽井沢の豪邸に行き来する金で毎週1個の保育所が作れる。

これが東京大学法学部出身だというから驚く。

いったい東大法学部では何を教えているのか?

日本乗っ取り術か?あるいは、日本人冤罪術か?あるいは日本崩壊術か?

まあ、俺にはどうでも良いが、この舛添も朝鮮人だ。

遺伝子に最低でも120万箇所の異常を持っている。最高では950万箇所だ。

しかも大半は同じ遺伝子の繰り返しや重複が極めて多く均質である。つまり、血が異常に濃いのだ。

だから、朝鮮人はだれと結婚しても同じ顔形の子が生まれる。しかも大半が一生の間に精神病になる。韓国人の4割が精神疾患を持つ。些細な事で癇癪や火病を起こし、犯罪を起こしてスカッとしたがる。だから、虐殺、殺人、放火、レイプ、強奪。こういった犯罪の裏には100%朝鮮人がいる。

ぜったいに朝鮮人と結婚するな!

これが我が国古来の教えであった。

我が国の芸能人でもこれを疎かにしたばかりに悲惨になった芸能人は数知れない。高島兄弟がそうだ。

我が国のいわゆる公家出身者にも古来の百済の朝鮮人の血筋が残るために、この傾向が未だに残っている。公家さんの特徴とは何か?

故柘植俊一博士に言わせると、
日本の悲劇は世界の悲劇の雛形:韓国とイスラエルのイメージ→「みんな頭おかしい」

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の中で、この公家の気質(鮮人由来)をこう書いていた。

「卑怯、狡猾、虚弱、虚栄」、
「無責任、無感動、無表情」、
「嫉妬、残忍、贅沢」

まさに半島の人間の特徴を表している。


武内宿禰も公家である。この傾向が如実に現れていてキモい。ツバ飛ばしながら口伝する。

また、
「日本書紀」に秘められた真実とは?:著者は2人。大化の改新、白村江の戦いの真実が明らかとなる!

この百済の陰謀団の首領が誰だったか?

これはわからないらしいが、その手下の学者名は分かっている。
当時の高僧とされた、旻法師(みんほうし)高向玄理(たかむくのげんり)南淵請安(みなぶちのしょうあん)であった。

この陰謀団が、首領の指示の下、当時の天皇家を撹乱に撹乱して、日本列島乗っ取りを謀った。そして誕生したのが、「大化の改新」であった。

つまり、いまの朝鮮系が「改革、改革」、「革新」、「革新」というのと同じことである。そして、ミンス党がまったく同じことをした。

それが、「大化の改新」の内容だったのである。

こういうことが「裏面解読法」で初めて明かされたのである。

そして、全てが完了し、天皇が「傀儡政権下のお飾り天皇(ロボット天皇ともいう)」になった時、それに喜んだ百済の方から送られたものが、「白雉(はくち)」というものである。そして、年号が「白雉」となった。西暦650年のことである。

これを持ってきた奴が、長門国(山口)宍戸の国司、草壁醜経(くさかべのしこぶ)だったという。まあ、陰謀団の首領が山口にいた?さもありなん、ですナ。

この意味も裏面解読法によれば、こうなるという。
表→聖王が天下を治めているめでたいしるし
裏→天皇の正しい政治を空しくしてしまった

実際、歴史愛好家や日本書紀のファンや読者、そして竹田日恵の本を読めば分かるように、この時代にはたくさんの天皇が殺害されたのである。陰謀団によって。

この点も戦後の日本とまったく同じである。たくさんの善良な日本人や日本人の起業家や政治家が無碍に殺害されたのである。

というわけで、いま現在では、韓国人が、「日本人が最初に韓国朝鮮半島を侵略し、悪いことをしたのが白村江の戦い」などといっているが、それもまたまったくの嘘であったのである。すべては逆だった。
とあるように、山口県には古来、「草壁醜経(くさかべのしこぶ)」という朝鮮人陰謀団が移り住みついた場所である。その子孫が山口の支配層になった。その一派が岸家であり、安倍首相の先祖の一派にすぎない。

まあ、その頃の悲願をいま達成中というわけだ。だから、我が国が厳しい状況にある。野党は100%朝鮮人。自公与党は10〜20%の朝鮮人。これでは我が国はもたない。

というわけで、我が国の悲劇は半島と支那が近いこと。そこには、人間ではない動物がいること。そしていつのまにかその動物が我が国に住み着いて寄生してしまったこと。

こういう歴史的、科学的事実をこの韓国人の遺伝子の研究は証明したのである。

韓国人の、韓国人による、韓国人のための遺伝子研究
だった。


いやはや、世も末ですナ。



おまけ:
韓国人の韓国人遺伝子研究
A highly annotated whole-genome sequence of a Korean individual
Mutation analysis of the GNE gene in Korean patients with distal myopathy with rimmed vacuoles
A start codon mutation of the FRMD7 gene in two Korean families with idiopathic infantile nystagmus
どの研究も韓国人の遺伝子のあらゆる場所に異常が蓄積していることを示している。まあ、これが「放射脳」「朝鮮脳」を生んでいるわけだヨ。日本人なら絶望的だな。しかし韓国人はそう思わない。「斜め上思考」で防ぐ。真に受けたら火病で犯罪を起こすだけ。




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  by kikidoblog2 | 2016-04-29 11:54 | 普通のサイエンス

氷の天才フローリー「I feel pity for you!!」:いや〜〜会わなくてよかった!?

みなさん、こんにちは。

たまたま面白い話を見つけたので、ちょっと絵本化して、ここにもメモしておこう。以下のものである。こういう話はなかなか聞けない。こういうものを実体験者から聞いて本にすべきなのだ。
狂躁亭日乘・I feel pity for you!!201604270000

もうすぐ父の1周忌になります。
母も入れ違いで
10日後に死んだので一緒に
と思ってるんですけどね。

父は認知症多少入ってましたが
昔のことよく覚えていて
亡くなる前日まで私と
昔の話をしていました。

何度も聞いた話ですがね。

父親は高分子化学とレオロジーと
両方やってた人で

化学と物理のエッジにいた人です。
化学屋さんは数学が
それほどできない人が
多いんだけど

もともと父親は
兵学校に行かなければ
数学屋になってたかもしれない
ってくらいの人だった。

現在生物学がそうだけど
結局数学が出来ないと
ダメなんですね
どの分野も。

おかげでつぶしが利いた。

数学が得意だと途中からでも
行きたい所に行けるんですよ。

アメリカに留学ではなくて
研究者としていったんだけど

これもこっちで発表した論文が
あっちの雑誌にうまく
掲載されたおかげで

結局京大の先生が
気が利いてたところだけど

向こうから来ないかと言われた。

こういうことって大事だけど
先生の縁というか巡り合わせも
良かったですね。

結局人生って
出会いで決まると思います。

日本と違っていたのが
学会発表だったという。

ポール・フローリ-
(Paul Flory 1910~1985)
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という
鬼のような天才がいて

この人は化学も物理も数学も
全部できる人。高分子化学に
統計熱力学の考え方と確率論を
持ち込み

レオロジーといわれる学問
そのかなりな部分を
殆んど独りで作っちゃった
という天才です。

この分野では
ウォレス・カロザース
(Wallace Hume Carothers
1896~1937)
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という天才がいて

ナイロン
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という
20世紀の大発明をやっている
んですけれど

デュポン研究所の先輩だった彼を
自殺に追い込んだ一因が
後輩のフローリーだった

・・ともいわれる。

そこそこ長寿だったので
あれだけ人の怨みをかっても
ノーベル賞はちゃんともらってる。
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ともかく他人の欠点や失敗には
まったく情け容赦ない無慈悲な人。

学会の大きな発表会に行くと
必ず1番前にフローリーがいたと。

双肩に鷲止まらせている感じの人。
ともかく天才ですから
周りを睥睨してる感じなんで。

恐ろしいから周辺には
誰も座っていない。

ある学会に行ったら
ちょうど真向かいの最前列に
フローリー。父は2列目で
フローリーのちょうど正面に

父に言わせれば
アーノルド・シュワルツェネガー
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そっくりな、

しかもひと回りはでかい
筋骨隆々の大男の
ドイツから発表に来た研究者がいて

運悪くその席で
発表することになった。

フローリーは腕組みして
目を見開いてじっと聞いていた。

発表が終わると
途端に矢のような質問。

哀れなドイツ人は
それにうまく答えられなかった。

殆んど
もう一度で直せ !ばかやろう!
みたいな言い方で。

ケチョンケチョンに
やられてしまった。

ドイツ人の学者が用意してきた
レジュメに

フローリーは大きなクリップを
くっつけると

I feel pity for you ! !

と言うや否や

ドイツ人の額向かって投げつけた。

満座の前で恥をかかされる
どころじゃないですよ。

そのシュワルツェネッガーを
でかくしたような男

父親が見ていたところによれば
全身の毛を逆立て
汗腺から汗が噴き出し
小刻みに震えながら
フローリー博士
睨みつけていたという。

父親も含めてその場にいた人
皆ちょっとマズイことになった
と思ったらしい。

会場でボディーチェックはなかった。
アメリカですから
拳銃を持っていたって
不思議ではない。

まして相手は人並み外れて
大柄で屈強なドイツ人です。

年齢からいって
確実に軍隊経験がある。

生きた心地がしなかったらしい。

あくる日も学会はあったので
父親がいってみると満席で

フローリー博士の隣しかない。

恐ろしいけどしょうがないから
そこに座った。

すると博士は
すぐ話しかけてきたらしい。

おまえ日本人だろ?

はいそうですが というと

よろしい日本人は計算が得意でな。
お前は数学得意だろ?

よくわかりませんが
人からはそう言われますが。

それでイインダヨ
学問というものはすべからく数学だ。

それをろくに勉強しないまま
学問なんかやるから
昨日のあの馬鹿野郎みたいな
やつができるんだ。

ところでお前植物に詳しいか?


父親はもともと生物学もやろうかと
思ってたぐらい得意だったんで
その話になった。

聞いてみると博士は

まぁたくさん大変な特許を
お持ちの方なので
大金持ちだったわけです。

カリフォルニアに
水平線の向こうまで
土地を持っていたという。

土地の中に川が流れて
鮭が上ってくるように
自分が放流したから
食いに来いという。

後で本当に食べに行ったそうです。

セコイヤの林を作っているという。

成長すれば100メートル近くに
なる木ですよ。

それから生物学の話になり

こうすれば人間は
137年生きられる
という話を
したという。

博士が上機嫌で帰っていくと
研究者仲間が一斉によってきた。

お前フローリーと
何を話ししたの?

いや生物の話しかしなかった。

その場

へぇー!で終わったそうです。

結局博士は目標の137年
生きることなく
85年に亡くなりました。

今日4月27日は
フローリーがジサツさせた?
師匠にして先輩の
カロザースの誕生日です。

この人は直接の発明者ではないが
合成ゴムにも関わっている。

アドルフ・ヒトラーは
第二次世界大戦を始めるにあたり

合成ゴムの完全自国生産が
できる日時を

1つのめどにしていた。

第二次世界大戦中の
ドイツの
戦闘機
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ティーガー戦車
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パンター戦車
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高分子化学の成果である
液化石炭で動いていた
ということ

あまり知られていません。

ドイツ側には
ルーマニアの油田ぐらいしか
なかったからなんで。

バクー油田とイラクの油田を
押えるがために始めたのが
ソ連との戦争でした。

液化石炭で動くような
エンジンでしたから

戦後アメリカをはじめ
占領軍が石油系燃料で使ったら

連合軍側の兵器とは
桁外れによく動いたらしい。

20世紀の戦争は
化学工業がやっていた。
ちなみにロシアも中国も
ちょっとその辺は遅れています。


いやはや、この話は冷や汗もんですな。

なんと私が阪大基礎工の物性理論の中村伝教授の研究室配属になった時、この教授がもっとも理想にしていた学者がこのポール・フローリーだったからだ。

なるほどこの中村伝教授も皆から恐れられていた。特に大学院生たちからもっとも恐れられた。なぜなら週一でやってくる研究経過の議論の際には、まわりの人間がみなどこかに消えてしまったからだ。

やっつけられる様を可愛そうで見ていられなかったからなのだ。

私はそんな研究室に5年もいたのだから、ご想像にお任せしたい。

まさにナチス・ドイツ型の教授のスタイルとはこんなものだったのかもしれないナアと思い起こさせてくれる話である。


いや〜〜、実に興味深いエピソードだった。

私はかねてからそういった家族からの個人的な体験や経験や観察の話をもっともっと書き残しておくべきだと思っている。別に自分の家族が著名人でも成功者でもなんでもなくても良い。

広島長崎の原爆体験したから昔の記憶を残す。

そういうのも1つだが、記憶というものは、そういうだけのものではないだろう。

ここ阿南ですら我が家の周辺でも私が徳島阿南に来た20年前とはすっかり変わっている。しかし、その記憶を持った人はどんどん人生を終了しつつある。同時に昔の記憶は失われるのだ。

その前にどんどんそういった昔はこうだった話を残すべきなのである。

俺はそう思う。

家族に語って残す。録音して残す。子や孫が聞いて残す。これが口伝である。

別に口伝は武内宿禰だけがやるべきものでもないだろう。

普通の人が自分の短い人生、たわいない人生でもそれを子や孫に口伝として残す。これで結構だと思う。

どんどんそういう話をするべきなのである。


いや〜〜、久しぶりに面白い話を知ったものである。

そのドイツ人はだれだったのか?

ところで、このフローリー的な人格が昔の東欧のユダヤ人インテリにある特有のものである。フローリーのご先祖もやはりそういう場出身とか。フォン・ノイマン、ポランニ、バラバシ、ソロシュなど旧ハンガリー出身者に多い。イーディッシュ語を話す。今で言うところの偽ユダヤ人(アシュケナージユダヤ人)特有のメンタルである。同情心やエンパシー(感情移入)に欠けるのである。我々も小中学生くらいまでにはそういう時代もあるが、そこから成長するのだが、そういうことがない人種である。だから超絶な知性を持った嫌な中学生みたいな大人に育つらしいナア。くわばら、くわばら。






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  by kikidoblog2 | 2016-04-27 13:05 | 普通のサイエンス

「杉田」の発見!:謎の天才理論物理学者「杉田元宜」博士の写真はどこだ?

みなさん、こんにちは。

熊本の地震の方はある程度落ち着いているし、磁気モニター等にもここ数日の大きな異変はないようだ、だから北九州に大地震が起こるという予兆は観測していない。そこで、ここ最近私が発見した物理学の話を個人メモとしてメモしておきたい。だから、物理学や理論物理学に興味が無い人は時間の無駄。スルーでよろしく。


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よくB級SFにこんな話がある。

ある孤高の科学者がこの宇宙の神秘を解き明かそうと日夜1人で研究をしていた。
彼はまさに「生命の原理」を解き明かそうとしていた。
しかしながら、あと一歩のところで最後の難所を突き崩せないでいた。
フラストレーションが溜まる。

「なんとしてもこれを解きたい。ああ、あと一歩なんだが。。。」
「だめだ。何かが足りない」

「生命を理解するには不可逆過程の熱力学が解明されないと不可能なんだ」
「どうやればそれを完成できるのか?」

彼はもう一歩のところでその先に一歩も踏み出せない状態が続いた。

むろん、彼は彼なりに自分の構築した理論を持っていた。
しかしまだまだ100%の確信を持てずにいたのだ。

「もっと確信が欲しい!」

そんな時偶然とある資料に目が止まった。

「はあ、『過渡的現象の熱力学』?」

昔の日本人学者の研究を見つけたのだ。
そして彼は何とかその資料を手元に入れ中を見た。

「ああ〜〜、これだ」
「おお〜〜、これこそ私が夢にまで見たシロモノだ」
「見事だ。なんて見事にそれをやり遂げているんだ!」

そこにはまるで昔からよく知られていたかのように、ごく自然にカルノー、クラウジウスの理論の延長線上に位置するように自分の新理論が説明されていたのだった。

しかも完璧なドイツ語の論文を書き、完璧な英語の論文まで書いていた。そしてそれは当時の西側世界の物理学者に少なからずの衝撃を与えていた。

”謎の大天才”は、第二次世界大戦の戦時中にも関わらず、当時世界中の学者たちの研究を分析し、その中から最大の問題点を抽出し、世界のだれもできなかった偉業を成し遂げていた。たった一人で。

「僕が現代科学の最高峰の最適制御理論を学び、それを応用してやっとの思いで突き止めた生命の原理。それを70年も前にほぼ実現していたとは。何たる天才!?」

「いったいだれなんだ?この学者は?」

「なになに、モトヨシ・スギタ?」

「聞いたことがないな。初めて聞く名前だが?」
「日本語名は杉田元宜。杉田元宜博士か」

「なに?戦前の小林理研所属の理論物理学者?」
「はて?小林理研ってなんだ?どこにあった研究所?」

「戦後は一橋大学に移ったって」

そこで彼はインターネットで調べたのだ。
すると、彼は多磨霊園にある故杉田元宜博士のお墓を見つけた。
杉田元宜
1905.8(明治38)~ 1990.1.14(平成2)
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 熊本県八代町出身。父は山口県立岩国高等学校第2代校長(1906)など全国各地で校長を務めた教育者の杉田平四郎・早(共に同墓)の2男として父の赴任先で生まれる。長男の元雄が元宜誕生前に亡くなっているため、元宜が嫡男となる。
 高知県立第一中学校、甲南高等学校を経て、1929(S4)東京帝国大学理学部物理学科卒業。同年、逓信省電気試験所研究員となる。 '34.9~'41.8海軍機関学校教官を務め、小林理学研究所員となった。'44東京商科大学工業経営専門部講師となり、翌年、東京産業大学工業経営専門部教授に就任。また、津田塾専門学校講師も務める(~'51)。
 '49.6一橋大学の経済学部教授に就任し、同.9「過渡的現象の熱力学」にて京都大学から理学博士。'51学制改革による廃止まで一橋大学東京商科大学商学専門部教授を兼務した。 '53一橋大学社会学部教授にもなり、経済学部と兼務。同年より明治大学講師として工学研究科の物性論を担当した。'56~'62旧制廃止まで一橋大学東京商科大学教授を兼務。 '59より甲南大学講師として経営理学科の現代技術論を担当し集中講義を毎年務めた。また、大分大学の経済学部経済工学総論の集中講義を講師も担当した。
 '61.7米国・カナダへ3ヶ月間出張し、ニューヨークでの第4回医用電子国際会議、ノースカロライナでの数理生物学国際会議に出席した。 '65.8ソ連・オーストリア・イタリア・フランス・英国・西ドイツ・デンマークに3ヶ月間出張し、ナポリでの分子生物学国際会議、西ドイツ・ヘルゴランドでの第2回計量生物学国際シンポジウムに出席した。 '67ソ連・スウェーデン・西ドイツ・オランダ・ベルギー・フランス・スイス・オーストリアに出張し、ストックホルムでの第7回医用電子と生体工学国際会議、西ドイツ・ヘルゴランドでの第3回計量生物学国際シンポジウムに出席した。
 '69.3一橋大学を停年退官し、名誉教授。主な著書に『情報科学とは何か』『工学的発想のすすめ』『社会とサイバネティックス』『社会とシステム論』など多数。享年84歳。

<杉田元宜名誉教授年譜抄(一橋大学機関リポジトリ)など>

*墓石は和型「杉田平四郎 夫妻 之墓」。右面に杉田平四郎の没年月日、左面が墓誌となっており、杉田元宜らの刻みもある。戒名はない。


「今回熊本地震の起こった場所の近くの出身じゃないか!」

彼はさらにいろいろと検索しついに見つけたのだ。
謎の天才学者、杉田元宜博士の在りし日の姿を!
図4 小林理研本館裏庭、所員および学徒動員の東大生と一高生(1945(昭和20)年3月)
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後列左から 高木(久保)ミエ(東京工大)、杉田元宜(一橋大)、峰岸武春(横浜市立大)、大川章哉(学習院大)、岡 小天(東京都立大)、河合平司(横浜市立大)、三宅静雄(東京大)、小橋 豊、深田栄一(理研)、植田精三(東京大)、能本乙彦(東京農工大)、早川幸男(名古屋大)
前列左二人目から 井口洋夫(東京大)、高原誠一、小西正一、国司秀明、金田 茂、荒井昌昭、前田 勇、伊藤薫平、古沢太一

能本乙彦先生と小林理研より


とまあ、こんなB級SFのような日々をここ最近の私は送っていたのだが、この「謎の天才理論物理学者」杉田元宜博士についての情報を知りたいのである。特にお写真を知りたい。

そこで、もしそんな写真を持っている方がいれば、ぜひ私に知らせてほしい。
メールの場合にはヒカルランドの方に送っていただけるとありがたい。


戦前の東京帝国大学出の学者は本当にレベルが高かった。

知的に優れていたのはもちろんだが、なにより精神性の高さである。

若くしても達観の域に達しているのである。

これが現代の東大学者の受験エリートやそういう感じの学者さんたちとは一風違っていたのである。


いやはや、驚き、桃の木、山椒の木。

やはり昔は良かったのですナ。


おまけ:
どうやら文中に「元宣」と「元宜」の混合があった。正しくは後者の「元宜」の漢字だったので、修正した。


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  by kikidoblog2 | 2016-04-22 09:45 | 普通のサイエンス

「マタイの法則」と「格差社会」、「ラムゼー理論」と「二極化社会」4:一律税金が最もフェアだった!

(つづき)

そうだった。あまりに前置きが長くりすぎて、結論をメモするのをすっかり忘れていた。最近は、こういう忘れ物が多くなって困る。

はて、俺はいったい何を言いたかったんだ?は〜〜?

というやつである。アルツハイマーか?

というわけで、なぜスケールフリーネットワークやラムゼー理論のことをメモしたかというと、結論から言えば、
いまの税制は間違っている
ということである。

つまり、今は金持ち優遇税制である。

しかし、終戦直後はそうではなかった。GHQの進駐軍の「財閥解体政策」により、天皇家は例外として、戦前の名家、財閥家、公家、貴族などは二度と復活できないように「累進課税」というものを掛けられたのである。

それが、前にメモした
在日北朝鮮人の小泉純一郎
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竹中平蔵
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(マクドナルドの未公開株の大量保有者、人材派遣会社のオーナー。いわゆる政商ですナ。)
の「狂牛病の方針」こと「骨太の方針」の時代になって、金持ちはある程度の富裕層から先の税金が増えなくなったのである。

だから、それまで我が国は、「1億総中流社会」と言われ、欧米人から「共産主義」とか「日本社会主義」とか揶揄されたのだったが、実にいい意味の経済的平等社会を実現していたのである。

それが、小泉純一郎/竹中平蔵の極悪非道のコンビになって以来、一気に我が国が「格差社会」そしてついには「二極化社会」に陥ったのである。

いまでは、アメリカ同様に、我が国のトップ40人の富裕層が国民の6割の持つ資産と同じ資産を所有するといわれるのである。

ちなみに、我が国のトップ40人(フォーブス版)は、すべて在日韓国人朝鮮人と創価学会員である。
これが日本の大金持ちだ! 2015年版フォーブス日本長者番付・億万長者ランキング

フォーブス世界長者番付・億万長者ランキング 2014年(日本編)
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フォーブス世界長者番付・億万長者ランキング 2015年(日本編)
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だから朝鮮人を滅ぼそうと俺は言っている。なぜなら、金儲けは今では自分の母国でできるからである。

さっさと北朝鮮へ行け!

一家まとめて韓国へ行け!

別に我が国で起業する必要は100%ない。

飯山一郎も支那へ戻った。

オマエラも国へ戻れ!日本生まれだとかどうたらこうたら抜かすな!さっさと消えろ!

この野郎調子こきやがって。

とまあ、そういうことになる。


さて、そこで、実に興味深いのは、その2015年の長者番付の一番右側にある資産のグラフである。上のままではわかりづらいから、横にしてみよう。するとこうなる。
資産ランキング
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これが「べき法則」であることは一目瞭然だろう。y=x^{-β}の曲線に乗っている。このデータの対数vs対数グラフ、log-logプロットをエクセル使って求めれば、βが幾つかが分かるはずである。暇な人はやってみてチョ。俺の推測では、β=1.8〜2.1ではないかと思う。

まさにラムゼー博士の慧眼の通りの社会となったのである。

終戦直後から戦後の高度成長期まではこうは行かなかった。上にメモしたように、累進課税だったからである。上に行けば行くほど税率が上がったからである。だから、ある程度の所得以上はいくら稼いでも増え方はそれほど変わらずリニアーに増加し、最上層部はほとんど所得が増えなかったのである。

累進課税はなぜ廃れたか?

というと、金持ちたちが国に反旗を翻し、累進課税はよく働く奴の指揮や意欲を損ねるから社会発展、日本の経済発展を阻害すると嘘を吹聴したのだった。

つまり、金持ちは話の例としてはイチロー選手のような肉体労働して大金持ちになるイメージを駆使して、スポーツ選手がいくら頑張っても税金が多すぎて収入の半分に所得が減る。これじゃやってられないだろう。そういう理屈で、累進課税をやめたのだった。

しかし、それから30年経てみると、それが詐欺行為だったことは明らかだった。

確かにイチロー選手のようなスポーツのプロには累進課税はきつかったかもしれないが、事業者や起業家の場合は必ずしもそうではなかったからである。社会における様々な企業に対する優遇政策や優遇税制(たとえば、赤字企業なら法人税無税にするとか)のために、累進課税を補ってあまりある特権が完備されていたからである。

また、実際には、みなさんがよく知るように、ホールディングスを作れば、自分の金を元手に銀行業、金融業まで簡単に開けるようになってしまったのである。

こうなると、先に書いた「マタイの法則」により、持っている金が多いほどさらに余計に金が集まる結果を引き起こした。ラムゼー理論のように、自分の所持金には貯金で得られる利子よりずっと効率の利子をつけて貸すことができるからである。

貯金より、貸与するほうが金になる社会になったわけだ。

だから、ソニー、イオン、楽天、ヤフーさらには裏社会のアダルトDMMですら高利貸しを始める結果になった。

昔は高利貸しなど、レイクやプロミスなどの朝鮮人金貸しの「在日特権」だった。それが今ではそこら中の企業ができるように変わったわけである。

ということは、何が間違っていたかといえば、明らかに課税制度が間違っていたということになる。

つまり、累進課税の方が正しかったことになる。

しかしながら、実際には高度成長期までは、線形に税率が上がる(つまり、比例関係で上がる)システムでも良かったが、先に見たように今現在のインターネット社会は「スケールフリーネットワーク社会」になっている。

ということは、税率もまた「スケールフリー」にしなければならない。

我が国のトップ2のユニクロの柳井不やソフトバンクの孫不義(朝鮮人は「正」の字が大好き)の資産とそれ以後の富裕層の資産を見れば分かるように、この2人がトップ40人のうちのほぼ2/3を所有しているのである。

ということは、今の税金制度のように、所得に境をつけて、この金額より上か下かで税率を分ける方式がいかに馬鹿げているかということになる。

つまり、簡単に言えば、スケールフリーネットワーク理論に基づけば、あなたの資産や所得の金額が決まった瞬間に、あなたの支払うべき税金が各人ごとに決まるはずなのである。

スケールフリーの一番単純な例は反比例の法則である。大金持ちほど人口が少ない。つまり所得xとその人口yは反比例する場合、x・y=A=一定となる。このxyは、その所得xの人全体の総収入なのだから、国はこのxyに対して、税金をかければいいことになる。これは一律α%の税率とすれば、あらゆる所得階層から一律同じ税金を国に収めてもらうことができる。つまり、α・Aがその所得層から得られる税収入になる。これをその人数で割ればその所得層の税金になるわけだ。つまり、α・A/yがその所得層の1人が支払う税金になる。今は反比例y=A/xだから、結局、α・A/y=α・xがその所得層が支払う税金になる。

つまり、仮にスケールフリーが反比例の場合は、国民一律同じ税金でOKということになる。つまり、富裕層もサラリーマンと同じ税金を払えということになるわけだ。

さらに一般のスケールフリーの場合は、(x^β)・y=A=一定であるから、y=A/(x^β)。xy=Pがこの所得層の総所得Pになる。つまり、P=xA/(x^β)。これに税率αとすれば、この所得層から得られる税収はαPになる。これをこの所得層の人口yで割れば、αP/y=αxA/(x^β)/[A/(x^β)]=αx。これが1人が納める税金になる。結論は反比例の場合と同じ。

要するに、スケールフリーネットワーク社会で一番フェアーな税金とは、かつての累進課税でもなければ、今の企業優遇税制でもない。全員一律に同じ税金を収めるというものである。

なんと単純明快な結論か。

俺もお前も大富豪も貧乏人もみんな税金はいっしょ。所得税10%なら孫正義も10%、柳井も10%。サラリーマンも10%。全部一律に徴収する。

これだ。

そう考えて見れば、宗教団体が、信者に一律に所得の15%を収めるとか、チップは料理値段の15%とかいうのは、意外にフェアなやり方なのかもしれないですナ。

もし柳井がサラリーマンと同じ所得税の20%を支払ったとすれば、1人で5000億円を払っていただくことになる。孫正義は3200億円。ふたりで約1兆円の所得税を払ってもらうことになる。俺はたいした収入がないから、5千円。

なんと素晴らしいことか?

どんどん稼いでくださいよ。


俺が言いたかったのはこれだった。
スケールフリーネットワーク時代の税制は一律税金。



いやはや、世も末ですナ。





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  by kikidoblog2 | 2016-04-05 13:15 | 普通のサイエンス

「マタイの法則」と「格差社会」、「ラムゼー理論」と「二極化社会」2

(つづき)

さて、前置きが非常に長くなってしまったが、本当は昔のBBS時代の記事を再録することだった。これである。
私は昨年10月に以下のようなことを書いておいた。

『【27】 貯金ゼロ家庭3割の日が来る?:【18】への補足 2003/10/01(Wed) 』
http://bbsi1.otd.co.jp/essayKI/bbs_plain?base=27&range=1

この中で、私はこう書いた。

「つい最近の統計によれば、日本国民の一般家庭の下20%にはもはやまったく貯金がない。ところが一方でその上には平均貯金が1000万円あるという。だからもちろん最上層部にはもっとずっと高額の貯金があるのだろう。まったくゼロと1000万の差はどうやって出て来るのか、おれにはちょっと理解できないようなからくりがありそうな気がするね。」

最近、毎日新聞(http://www.mainichi-msn.co.jp/)にある次のページは実に面白い。この中で見事に私の上の状況を説明しているからである。
『「一億総中流」神話の崩壊、二極化する日本人の貯蓄』
http://tenshoku.inte.co.jp/msn/news/0004.html
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この記事の中でどこをどうみるべきか、を以下に簡単に説明しよう。

まず、この記事の中の図1、図2が面白い。特に、図2が重要である。

(あ)図1では、日本人の平均貯蓄が1997年を頂点に少しずつ下降して来ているということを示している。
(い)図2では、貯蓄分布が1800〜2000万円を境に『二極分化』して来ていることを示している。ここでは、これより上層部をリッチ(勝ち組と呼んでも良い)、下層部をプアー(負け組と呼んでも良い)と呼ぶことにしよう。
(う)特に、図2で、1999年までは、プアー層に200〜400万円のところにピークがあったものが、2003年にはそのピークが消滅している。
(え)一方、リッチ層はほとんど変化していない。

以上が、図2を見てすぐに分ることである。

これに対してこのデータを提供して分析した『インテリジェンス』社の結論とは以下のようなものである。

『長い間日本は「中流社会」だと言われてきた。しかし、この数字からは中流社会の中心であった「中間層」が分解し、その多くが下方へと移動しつつある様子がうかがえる。「勝ち組」「負け組」などという言葉もいつのまにか定着した。貯蓄の多少は必ずしも人生の勝ち負けを意味するわけではないが、少なくともかつてのような「みんな同じ」という感覚は通用しなくなりつつあることは確かなようだ。 』

この結論自体は間違ってはいないが、要するに、私が上の(あ)〜(え)で見たことを”言葉で表現した”だけのものである。したがって、これでは本当には何も分析していない、といえるだろう。

さて、では私はどう分析するか?これを以下に紹介しよう。

(1)まず、我々物理学者にとって『平均』というのは、それほど意味は感じない。なぜならこれは全貯蓄を一人当たりに換算したものにすぎないからである。したがって、図1のように、貯蓄が1997年頃から下降したわけは、図2のようにプアー層のピークがその頃に消滅して貯蓄ゼロ層ができたために、一人頭に換算すれば下降せざるを得ない、ということにすぎないからである。

このように、一般に、平均(値)というものは、どんな対象にもあてはめることは可能であるが、いつもそれが意味を為すとは限らない。

(2)ここで、ちょっと補足すると、図2の左側の1999年の分布で、プアー層のピークがあるような分布を『ポアソン分布』と数学者は呼んでいる。この『ポアソン分布』というのは、『めったに起らない可能性の分布』とも言われることがある。つまり、リッチとプアーになる確率に非常に差があるような2項分布のことである。

これに対して、分布の中央に大きなピークが来て、その上下にほぼ対象に分布するものが、『ガウス分布』と呼ばれているものである。これは、身長や体重の分布などある平均値になる場合が最も可能性が高く、それ以外は僅かなばらつきがある、というような分布である。

(3)この数学の初歩知識から考えると、『ガウス分布』は、おそらく1970年代、いわゆる、『一億総中流家庭』と呼ばれた時代、にはこの分布であったのであろう。(正確なデータがないのでちょっと分らないが。)つまり、この高度成長時代には、だれもがだいたい平均的な生活を送り、あまり大金持ちにも貧乏人にもなることは少なかった、ということである。言い換えれば、リッチになる確率も貧乏になる確率もほぼどう程度であった、ということである。

しかし、1990年代以降のバブル崩壊後から1999年前後までには、逆に貧乏になることはあっても金持ちになることは非常に難しくなって来た、ということを意味している。言い換えれば、リッチになる確率と貧乏になる確率に非常に大きな開きが出て来た、ということである。もちろん、『リッチになる確率<<貧乏になる確率』である。

(4)そして、2000年代に入って、貯蓄ゼロから200万円台の層が大幅に増えてきた、ということである。そして、リッチとプアーの境の貯蓄1800〜2000万円より下方の分布にはピークがなくなり、『下へ行けば行く程数が増える』という分布に変ったのである。

(5)私は、この分布は特別に関心がある。というのは、以前私は以下のエッセイ:

『 【104】 スケールフリーネットワークとエイズ禍 2003/12/04(Thu) 』
http://bbsi1.otd.co.jp/essayKI/bbs_plain?base=104&range=1

でスケールフリーネットワークのことを紹介したように、この貧乏層の貯蓄分布が『ベキ分布』になっているかどうか、に非常に関心があるからである。つまり、貧乏層の分布が以下のようになっているかどうか、ということである。

人数N
     |
10000|●
     | \
 1000|   ●
     |    \  
  100|      ●
     |       \          
   10|         ●
     |          \
     |            ●
    1 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      1  10 100 1000 10000 
          m 貯蓄金額


もし、このようになっているのであれば、我々は次の式を得る。

N(m)〜1/m^{γ}。(1)

この式の意味は、貯蓄ゼロが一番多く、額が増える程人口が減る、という分布である。私が見る限り、リッチとプアーの境の貯蓄1800〜2000万円より下方では、これがかなり当てはまって来ているように見えるのである。これは実に驚きである。

(6)では、これはなぜか?私の考えでは、おそらく社会が急速に情報化社会に入ったからではなかろうか?、と見る。

つまり、昔は社会は農業社会などの第一次産業中心であったために、ある意味で生産性が悪く、農業労働では皆似たような生活にならざるを得なかった。自分が米に打ち込めば他人はとうもろこしに打ち込めば良く、勝敗はそれほど大きくはつかなかった。また、同様に、自分の仕事のためには、それに必要とされる人間の数というものも、個人個人で大差はなかった。

そして、それが工業社会入っても、基本的には、農民がサラリーマンになっただけで、自分がテレビを作れば他人は家を作れば良く、これまたそれほどには勝敗が付かなかった。また、仕事上、自分の関わる人数というものも、それほど大差はなかった。だから、この時代には大半が中流家庭を築くことが出来たのである。

ところが、ディジタル革命の時代に入り、情報産業革命の社会に入ると、我々の社会も、俗に言うところの『ディジタル・デバイド』(情報産業の知識や能力の有無で勝敗が別れ、貧富の差ができること)の時代に入った。したがって、この時代になると、『一部のリッチと大多数のプアー』という状況が生まれることになった。これが、図2の意味である。

これはどうしてかというと、情報産業革命のために、”みかけの生産性”が非常に上がるようになったことのせいであろう。ここで、どうして”みかけの”と付けたのかというと、それは農業労働や工業労働のような実際の生産性ではないからである。私の考えでは、この”みかけの生産性”は、人(や組織)の関係している人数(数学ではこれを『リンク数』と呼ぶ)に依存している、と見る。つまり、リンク数の多いものほどより多くの収入が得られると言うような体系に今の情報化社会はなっている、ということである。これはアメリカでも日本でもどこでもそうで、国に依らない。

(7)例えは悪いが、上のことは、『援助交際』(売買春)を考えると実に分りやすい。情報化社会以前では、人が日常的に出会うことの可能な人間の数には限りがあり、それは物理的にもせいぜい数人程度であったであろう。だから、その中から取り引きを成立させていたので、せいぜい1、2人というところであろう。これがその時代の平均というものである。また、取り引きの成功率なども少なかったであろう。これはどの売春婦であれ同じ程度である。だからこそ、平均値が意味を持っていた。つまり、あまり売春婦ごとに差は付かなかった。みんなある程度しか儲からなかったということである。

ところが、情報化社会になると、パソコン、インターネット、携帯電話、iモードなどが登場した。これらの手段を使うと、これまで日中せいぜい数人しか出会う機会のなかった人間が、一気に上限がなく(バーチャルに)出会うことが可能になった。そのために、一気に知り合った中から取り引きを成功させることになる。この状況では、上限がないために、取り引きする人数にも上限がなくなる。したがって、上限なく『援助交際』(売買春)できることになる。そして、この場合には、その数はその人物の魅力の度合に比例して客が付くことになるだろう。つまり、魅力のあるものほど際限なく『援助交際』(売買春)して、際限なく儲かるということになる。この時の売り上げの分布は、ほぼスケールフリーのベキ分布になるであろう。

実際、エイズの場合の性関係ネットワークの研究では、これが正しいということがわかっている。(『スケールフリーネットワークとエイズ禍』参照。)

(8)このような関係は、援助交際に限らず、一般の会社組織にも当てはまるだろう。この場合にも、リンク数(関係業社の数)には、情報化社会では上限がなくなるのである。そのために、リンク数が多ければ多い程、儲かるわけである。つまり、強いところ程ますます強くなるのである。逆に弱いところほどますます弱くなるのである。

では、どうやってリンク数をあげることが可能なのか?それは、知名度や人気である。知名度や人気があればあるほど、リンク数が”優先的に接続される”のである。物理学ではこの状況をプリファレンシャル・アタッチメントと呼んでいる。

(9)したがって、こういった”優先的接続”、”上限のないリンク数”の時代では、何が起るのか?といえば、最初に私が推測したような『べき分布』が生じるのである。言い換えれば、マタイの法則(富むものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなる)の支配する社会になるということである。

この結果、1999年までに貧富層にあったピークは、2003年には一番下まで下降して、社会はますます貧しくなったのである。

(10)では、こういう時代をどう生きたらよいか?さあねー?もちろん、私はこの答えを知っているが、それをこの余白に書くには狭すぎる。自分で考えてくださいヨ。


スケールフリーネットワークとエイズ禍
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いずれにせよ、竹中平蔵の責任は重いナ。こいつが自民党にいることが自民党のガンであり弱点ですナ。






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  by kikidoblog2 | 2016-04-05 10:14 | 普通のサイエンス

「マタイの法則」と「格差社会」、「ラムゼー理論」と「二極化社会」1

マタイの法則

持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。(マタイ 13.12)


みなさん、こんにちは。

冒頭の言葉は、聖マタイ(マシュー=Mathewともいう)の引用として、「マタイの法則」として知られる。

しかし、どうやらそれは本当はイエス・キリストの言葉だったらしい。弟子のマタイが主イエス・キリストにこう聞いた。
主イエスよ、「なぜ、あの人たちにはたとえを用いてお話になるのですか」(マタイ 13.10)
すると、主イエスは答えた。
持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。(マタイ 13.12)

だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである。(マタイ 13.13)

マタイの法則より


まあ、現代的に簡単に言えば、
マタイ:イエス様、どうして連中には例え話をするんですか?
イエス:えっ?なぜって?能力を持つ奴にはチャンスが来てどんどんリッチになるが、能力を持ってない奴はいま持っているものも失ってしまうんだから。だから、例え話をするんだよ。見ているのにちっとも見ていないし、聞いても何も聞いていないし、なにせ内容を理解できないんだから。


現代の社会科学や数理科学分野では、これが「マタイの法則」として知られる、いわゆる
「富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる」
の法則である。

「格差社会」の法則である。

もっと極端に言って「二極化の法則」ともいうことができる。なぜなら、「格差社会」の極限が「二極化社会」、一部のリッチとほとんどのプアに分かれるからである。

これを戦前に予言したのが、アドルフ・ヒトラーの「ヒトラー予言」というものだった。
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日本は「東方の巨大な実験場」!?:ヒットラー予言の新人類誕生物語!
ヒトラーの「最終予言」:2039年に人類は新人類になる!
ヒトラーの「超人ラストバタリオン予言」:それはUFO軍団か、超人軍団か?
ヒトラーの超格差社会予言:「1989年4月以後超格差社会の到来」
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ところで、実は、この「二極化社会」を近代科学の歴史の中で一番最初に理論化したのが、ラムゼーだった。近代経済学の創始者の1人である。
F. R. Ramsey, ”A Mathematical Theory of Saving”
(拙訳)貯蓄の数学的理論 F. R. ラムゼイ


じゃあ、どうしてラムゼー博士は「二極分化社会」が生じるとお考えになられたのだろうか?

ラムゼー博士はまずこう述べる。
さて我々は、異なる人々が将来の効用を異なる比率で割り引くという事実や、時間因子は別として、彼ら自身より彼らの子孫にはそんなに関心が無いという事実を幾分考慮するように試みなくてはならない。

次のように仮定してみよう:
人々は自分の子孫に全く関心がない;
各人は人口を維持のた めに必要である子供たちを世話するための分け前には責任があるが、労働人生は資本を全く 持たずに出発し、貯金を年金に使い果たして何も遺さず人生を終える;
一生のうちに各人は消費のための一定の効用の計画を立て、一定の割合で将来の効用を割引く。しかしこの割合 は異なる人々では異なると仮定される。

そして、こう続ける。
そんな社会が平衡状態にある時、もちろん利率は資本の需要額 ∂f/∂c に等しくなくてはなら ない。そしてそれはまた ”供給額 ”と等しくなるだろう。これは次のようにして生じる。利率が一定で r に等しく、与えられた個人に対する割引率が ρ であると仮定しよう。

その時、 もし r > ρ なら、彼は若い時に貯蓄するだろう。というのは、老後の収益力の損失に対して 備えるためにばかりではなく、今先行して消費するお金に対して、後の日時で消費のための お金をもっと多く得ることができるからである。

もし我々が収益力の変化を無視するのなら、 彼の行動は、IIb におけるように、IIc の方程式を有限の寿命に適用するように修正すること によって計算できる。彼はある時間資本を蓄積し、死ぬ前にそれを使い果たすだろう。

この人の他に、我々は我々の社会には他の人間(異なる時間に生まれたということを別にすれば、 ちょうど彼と同じような人間たち)もいると仮定しなくてはならない。寿命の期間を通じて誕生日が均等に広がっている、この種の n 人によって所有される資本は、一生の人生の中で 各人によって所有される平均的資本の n 倍であるだろう。

それゆえ、この種の人々の階級は、 利率に依存する一定資本を所有するだろう。そしてこれはその金額で彼らによって供給され る資本量であるだろう。(もし ρ > r なら、若い時お金を借り、年とって払い戻すというよう に、それは負である。)その時、我々は、どの階級の個人によって与えられた価格で提供され る供給と一緒に加えることにより、資本の全供給曲線を得ることができる。

それから、もし我々が人類の子孫への関心を無視するのなら、資本は需要価格に等しくな るように定まった供給価格を持つということが分かる。この供給価格は効用に対する人々の 割引率に依存する。そしてそれは、割引率が利率に等しい人は貯蓄も借金もしないだろう(老 人に提供することを除き)という意味において、”限界貯蓄者 ”の割引率に等しくすることが 出来る。

しかしその状況は以下の点で通常の供給問題とは異なる:
この ”限界 ”を超える人々は単に何も提供しないのではなく、むしろ負の供給を与える。これは、将来の所得に対して若い時に借金して、おおむね負債になるものである。

そしてラムゼー博士は難しい数学理論を基にして、こう結論づけた。
さて、人ないし社会が永遠に生き、一定の割合で将来の効用が割り引かれると仮定して (α) の場合に戻ろう。しかし今度は家族から家族への割引率の変化を考慮してみよう。

簡単のため、総労働額は一定であるので、国の全収入は資本 c だけの関数 f (c)であると見なすことが出来ると仮定しよう。利率は f′(c) となる。また、どの個人も有限の収入 x1 を得て、考えられうる最大の効用を達成すると仮定しよう。そして、x2より低いお金ではだれも生活できないと仮定しよう。

さて、平衡が資本 c、収入 f(c)、利率 f′(c) あるいは r で達成されると仮定しよう。

その時、それらの家庭(その数をm(r) と言おう、この家庭の割引率は r より少ない)は至福に到達したに違いないか、あるいは、彼らは方程式 9(a)に従って彼らの消費をまだ増大させているところだろう。結果として、彼らは彼らの間で収入 m(r) · x1 を得る。

他の家庭は、数において n − m(r)(ここで n は家族の総数である)、は最低限の生活レベルにまで落ちなくてはならない。あるいは、彼らはまだ消費を減少させているだろう。結果として、彼らは彼らの間で全収入 {n − m(r)}x2 を得る。ここに
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これは、r = f′(c) といっしょに、r と c を決定する。m(r) は r の増加関数であるので、r vs f (c) のグラフを描くことによって、2つの方程式が一般に唯一の解を持つということが簡単に分かる。
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(Figure 3. 利率 r と総資本 c の関係。ここではそれぞれ、資本に対する需要曲線 r = ∂f /∂c、極限の供給曲線 r = ρ、当面の供給曲線 c = c0 を示す。)

それゆえ、そのような場合には、平衡状態は、社会が、至福を享受する繁栄(貯蓄家)と最低レベルの生活のその日暮らし(浪費家)という、2つの階級に分離することにより達成できるだろう。


とまあ、そういうわけで、ラムゼー博士は、この社会に将来を見据えて貯蓄する人とあまりそういうことを考えずに目先のことに追われて生活する人がいると、最終的には、リッチな貯蓄家の富裕層と貧乏な浪費家の貧困層の2つに分かれるはずだと結論したのであった。1930年代のことである。

はたして今の財務省のお役人はこの理論を知っているのだろうか?その辺りは疑問である。

このラムゼー博士の論文でちょっとだけ議論された、実に先見の明のある例が考察されていた。それは、今で言うところの「スケールフリーネットワーク社会」である。ラムゼー博士はこう分析した。
興味深い特別な場合は以下の関係を持つ社会の場合である:
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この時、我々は次の関係を持つだろう:
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K = B に対応して、ρ = 0 の場合には我々はここに
a0348309_10305656.png

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すなわち、不労所得の一定の割合 (r−ρ)/(r(α−1)+ρ)が貯蓄されるべきである。これはもし ρ = 0 なら、1/(r−ρ)であり、r に依存しない。

もし利率が効用の割引率より少なければ、我々は全く異なる結果を導く類似の方程式を持つだろう。消費の限界効用は r − ρ の比率で上昇し、消費はすっからかんの必要最低限の生活水準にむけて落ち込むだろう。その段階では、もし我々が自殺の可能性に注意を払わないのなら、限界効用は無限に取ることができる。この過程の間、すべての資本は消費され、 信用が得られる程度まで負債を被るだろう。この点に関する最も簡単な仮定は、その利息を支払った後で生き続けることが可能であるように、ある総額を借りることが可能であるだろうというものである。


要するに、このスケールフリー型の社会では、冒頭のマタイの法則通り、富めるものはますます富み、貧しいものはますまず貧しくなるというのである。さらに、そういう貧しきものは、自分の生存限界すら超えて、借金のできる自殺直前の借金まで金を借りるだろう。そう分析していたのである。

ラムゼー博士、仰せの通りでございました。

恐るべしラムゼー博士。


現代社会、特に小泉純一郎/竹中平蔵の「狂牛病の方針」の「空白の20年」時代を経て、我が国は「格差社会」に陥った。それは、あらゆる法律や税制やしきたりなどをミルトン・フリードマンの「選択の自由」や大前研一の「グローバリゼーション」の名のもとに、自由化=撤廃したからである。

こうなると、強いものほど勝つ。

これが20世紀後半に現れたネットワーク理論という理論物理学の新理論の帰結でもあった。

ネットワークには何種類かあるが、基本的にはリンク数、すなわち、向こう三軒両隣のように、自分と他人とを結びつける人数に限りがあるもの(少ないもの、せいぜい数個)のネットワークと、その数に限界のないものがある。後者を「スケールフリーネットワーク」と呼ぶ。

この「スケールフリーネットワーク」の場合が、ちょうどラムゼー博士は特殊な社会として、まだそのラムゼー博士の時代には存在しなかった社会構造の例として考察された場合にあたる。これが今の社会である。

女にモテるものはますますモテ、女にモテないものはますますモテなくなる。だから、女を拉致しなきゃならなくなる。

在日朝鮮人が生み出したアダルト産業俳優やフィリピンで少女売春続けた校長先生のように、女とセックスできるやつは日に何人も、10年も経てば1万人もの女とセックスできるが、できない一般青年は40過ぎても童貞である。大半は妻1人か女体大満足の乙武氏のようにせいぜい複数人である。

人気者はどんどん人気者になるが、人気無いものはどんどん廃れていく。

この私のブログのように、検索すれば、どんな検索ワードにも私のブログが出てくるが、検索すれどまったく出ないものもある。

これがスケールフリーネットワークの妙である。

もちろん、私個人はこの研究をずっと行っていくつか良い論文を出したから、この原理は十分に知っている。だから、私のこのサイトはかならずどんなキーワードの検索でも大新聞社のものと並んで出てくるわけだ。

その決めてとは何か?

というと、これが「プリファレンシャル・アタッチメント」=「優先的選択」というものである。

人気者は、人気者だからこそ知らなかった人がその人気者を優先的に見たくなるのである。みんなが知っているからこそ、自分もそれを知りたい。仲間はずれが嫌だからである。これが大衆の貧困層の精神構造である。

主イエスがマタイに言いたかったことはこのことである。

理屈ではない。単にみんなが知りたいことを自分も知りたいからこそ、よりみんなが知っていることを自分も知りたくなる。こうやって大衆は物事に優先順位をつけて選別する。これが「優先的選択」という概念である。

翻って、グーグルもそうである。ヤフーもそうである。検索ロボットは、検索数、ヒット数、言語数、キーワード数、文字数、何でもいいが、数の序列を作り、その数に応じて選択的に巡回する。これがランキングを生み出す。

したがって、閲覧者が多いもの、ページ数が多いもの、ヒット数が多いもの。多ければ多いほど、検索マシーンのトップページに持ち上がる。その結果、ますます検索者は閲覧するようになって、ますます差がつくのである。

私のブログ1は総閲覧数は3500万人を超えていた。日本人の4人から3人に1人が閲覧したほどの人数である。

なぜか?

簡単に言えば、キーワードとページ数と文字数がとてつもなく多いからである。英語辞書で言えば、theが一番多いが、検索マシーンならこのtheをトップに据えるだろう。だから、もし人が「the」で検索すれば、かならずtheがトップに出てくる。

これが例えである。

イエスが言ったように、人は自分が毎日見ているパソコン画面を見ていないし、書かれている内容を理解しない。だから、比喩や例えが必要になる。

こんなことはちゃんとインターネットで勉強すればそこら中に書かれていることにすぎない。

私はすでに本にすれば数万ページを書いている。昔のBBSやブログ時代のものも含めたら10万ページは書いただろうか。膨大な量のコンテンツがこのブログには入っている。

だから、検索上位に上がるわけだヨ。解ったか?


(つづく)




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  by kikidoblog2 | 2016-04-05 09:51 | 普通のサイエンス

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