カテゴリ:杉田元宜・生命理論( 3 )   

ウィーナーのマクロ・サイバネティックスと杉田元宜のミクロ・サイバネティックス!   

みなさん、こんにちは。

さて、いまから『物理学者』になった時の俺の「上から目線的」ご託宣のご開陳だから、普通の人は「えっ」と思うような代物だから、ぜひスルーを。物理学者というのは、本来こういう物事の認知をする変わった人間なのである。学問に関しては「優しくない」んですナ。


さて、この1年ほど、故杉田元宜博士の論文を研究してきている。

が、この謎の天才杉田元宜博士は、戦前は、帝国海軍アカデミー、小林理研の研究員、東京商科大学の講師、戦後は、小林理研と一橋大学経済学部の物理の教授等を歴任し、終戦直後に日本の生物物理学会を発足させた、そういう偉大なる歴史上の人物であった。

これまた不明の理由から、いわゆる物理学会に所属する理論物理学者とはあまり交流がなく、おそらく、私の推測では、かなり足を引っ張られたのではないかと想像している。

特に、最近流行りの言い方で言えば、おそらくこれもかなり確かだったような気がするが、いわゆる「アスペルガー的」だった故久保良五博士が率いる物理学会の東京大学の統計理論学派とは、反りが合わなかったに違いない。

この悪癖というか、この悪い歴史はいまもまだ悪影響を与え続けてきているように見える。

まあ、婉曲的にせずにはっきり言うと、東大の久保亮五博士は、自分自分が強すぎて、決して自分以外の人の研究や業績を正しく評価するという人間ではなかったんだな。

この悪影響がその孫弟子、ひ孫弟子にも、一つの東大物理の伝統として引き継がれてしまったに違いない。

その典型が、現在では、その孫弟子であり、現学習院大学物理で統計物理の専門として名高い、田崎晴明博士であろう。

私の個人的調査および受ける直感的印象では、田崎晴明は非常に久保亮五と似ているのである。気質がナ。

まあ、彼の研究は有名だが、あれだけが理論物理だと主張されては困るわけだ。が、それに永久に気づけない。そのあたりが久保亮五に似ているんですナ。


そのあたりの杉田元宜博士と当時の東大内の権威である久保亮五や伏見康治との関係はあまり良くわからないのだが、普通ならこれほどの業績のある人が物理学会の外、また一橋大にあれば、それなりの言及というものが、何か遺されているはずなのだが、まったく記述がない。発言もないのである。

久保亮五は日本物理学会の重鎮。後にボルツマン賞を授与する人になったわけだ。方や杉田元宜は生物物理学会を作った人だよ。それも元東京帝大の物理出身。

こんな人に対して、たったの一言もなかったのだ。いわゆる、シカトっていうやつかな?全然無視だったわけである。これこそ、何か変だぞ、と思うわけですナ。

まさにアスペルガーですナ。

とまあ、このあたりの歴史は、ニュートンやらアインシュタインやらボーアやら、欧米の老舗しか研究しようとしない我が国物理の歴史学者の研究よりはるかにリアルで面白い。

西洋人かぶれも適度にしないとナ。


さて、そんな我が国ではほとんどノーマーク、完全シカトでスルーされてきた杉田元宜博士であったが、最近徐々にその先進性が再認識されつつあるのだ。

なぜなら、ボルツマン賞の線形応答の理論の久保理論なんていうのは、所詮はオンサーガー、そして後のプリゴジンの仕事の通過点でしかなかったが、それでも一応戦後の我が国の理論物理学シーンでは無視できない業績ということでボルツマン賞を受賞したが、杉田元宜の理論的アイデアは、オンサーガーおよびプリゴジンをはるかに凌駕して先に行き、さらにはノーバート・ウィーナーの「サイバネティクス」すらも凌駕していたからである。

いまでは、ノーバート・ウィーナーのサイバネティクスを「マクロ・サイバネティックス」と呼び、杉田元宜博士が分子統計論的に開発した理論分野を「ミクロ・サイバネティックス」と呼ぶようになったらしい。

というのも、杉田元宜博士が、非平衡非線形統計理論どころか、不可逆変化の制御理論としてのミクロバージョンを生み出したのである。そういう認識がいま広がりつつあるわけだ。

今日、偶然、そういう論調のトロント大学の博士論文を発見したので、ここに一応メモしておこう。以下のものである。

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Dr. Tara Helen Abraham - Thesis (2000)
"MICROSCOPIC CYBERNETICS":
MATHEMATICAL LOGIC, AUTOMATA THEORY, AND THE FORMALIZATION OF BIOLOGICAL PHENOMENA, 1936-1970

http://www.collectionscanada.gc.ca/obj/s4/f2/dsk2/ftp02/NQ53763.pdf


この中には、
「70年目のサイバネティックス」:いまこそウィーナー研究を復活させるべき時だ!
「70年目のサイバネティックス」裏話:ウィーナーは生まれ変わりを信じていた!
「ピッツ君が引きこもったわけ」:もしマーガレットがアスペじゃなかったら?世界は変わっただろう!?
リアル・グッド・ウィル・ハンティングが存在した!:ピッツ君、静かに歴史を作り静かに死す!?
などでメモした、「マカロック=ピッツ理論」のマカロック博士も登場。

さらには、写真入りで、今現在欧米では「理論生物学」という名で知られる分野の創始者と目されたレシェフスキー博士も登場する。

そして、もちろん杉田元宜博士も登場する。

では、なぜそんな歴史回顧的な学位論文の中に、我が国の杉田元宜博士の名およびその研究が詳細に議論され、さらには博士が書いた図がいくつも論文の中から引用されるのか?

まあ、要するに、それだけ重要だっていうことですナ。


なぜ重要か?

というと、上にちょっと書いたように、ノーバート・ウィーナーのやろうとした「サイバネティックス」は、第二次世界大戦中我が国のゼロ戦をどうやってレーダー探査とコンピュータ計算で追尾して撃墜できるかのマクロの制御理論として使われた。

ところが、ほぼおなじ頃からその後まで、そして終戦後の高度成長期の時代まで、杉田元宜博士だけが、ウィーナーのサイバネティックスのアイデアをミクロな生命現象の問題に応用していたからである。

これを「ミクロ・サイバネティックス」と呼ばずしてなんと呼ぶのか?

ということなのだ。

つまり、ウィーナーがその著書「サイバネティックス」で、情報、通信、制御、などなどで、電気回路や電子回路を使ってマクロに電子計算機を作る、という目的で開発した数学的手法を、そして、後にウィーナーが社会科学や経済学、さらには統計学や精神分析学や心理学や医学などに応用していったわけだ。

が、杉田元宜博士は、そういうものをすべてミクロの原子分子の化学反応、あるいは、DNAやタンパク質および細胞、こういうレベルで、化学反応は分子原子の社会学であり、生命は分子原子のサイバネティックスを用いて、分子原子自らが、情報、通信、制御している、と考えて研究していたからなのだ。


杉田博士の論文によれば、当時、そういう問題を西洋でやっていたのは、
イギリスのグッドウィンの学派、
イタリアのロトカ、ボルテラの学派、
ドイツのベルタランフィの学派、
アメリカに渡ったラシェフスキーの学派、マカロック、ピッツ、ウィーナーの学派
こんなものであった。

統計力学では、ご存知、アメリカのオンサーガーの学派、ベルギーのドゥ・ドンデルおよびプリゴジンの学派である。

プリゴジンはまだ若く、ちょっと遅い。

一方、我が国では杉田元宜の他に、柴谷篤弘がいた。「理論生物学--動的平衡論」(日本科学社、1949)。柴谷こそ我が国で最初に理論生物学および「動的平衡」という言葉を創始した人物である。が、いまの科学者や生物学者はまったくこの本の存在すらご存じない。

そんな時代に、我が国の杉田元宜が、物理の専門の存在しない文系大学の一橋大学の中で一人孤軍奮闘していたのである。まだ汎用電子計算機もなかった時代に、経済学部の学生に数学を教え、コンピュータの数値計算を教え、電気回路理論を教え、最終的にアナログコンピュータを制作して、みずからオシロスコープを見て計算結果を写真で撮影して論文を作っていたのである。

それがこの上の論文で引用されている論文である。


ところで、そのマカロック博士がMITで全盛期の頃か、あるいはちょっとウィーナーとの関係が悪くなった頃、一人の若者がやってきた。(たぶん、ウィーナーは1964年に突然死したから、その数年後だろうな)

それが、いまや複雑系のメンターの一人となった、スチュアート・カウフマン博士である。

若いカウフマンは、複雑系の理論を創始するために、当時のネットワーク理論のいくつかからヒントを得た。

その一つが杉田元宜の理論だったのだ。

というわけで、カウフマンの「秩序の起源」には、一つだけM. Sugitaの名の論文があるはずである。

しかし、カウフマンを指導したのがマカロックだったから、カウフマン自身はそんなに熱心に他の人の論文を読んでいなかったにちがいない。実際、最初のカウフマンの論文(1969)にも引用は非常に少ない。

だから、ましてやカウフマンが、ほとんど日本語で出版され、おまけに物理学会の雑誌ではなく、岩波の科学とか、一橋大学叢書とか、そういう物理学者も見ることもなさそうな論文誌に公表した、杉田博士の「熱力学第4法則」のことはまったくご存知なかったようである。

だから、数十年後のカウフマンのエッセイ「カウフマン、生命と宇宙を語る」には、熱力学第4法則があるか?という問いかけがある。

カウフマンさん、杉田先生は70年前に「熱力学第4法則がある」と証明していたんですゾ!

というわけで、さすがにこれが西洋世界で知られていないこと、つまり、久保亮五のような連中が完全無視したせいで、70年も遅れてしまったわけだが、「怒りの鉄槌」じゃなかった「お叱りの鉄槌」を下すべく、私が昨年のハロウィンで一つ杉田先生の業績を紹介しつつ、私のアイデアも紹介するという、一種の合作のような論文を英語で公表したわけだ。

それがこれだった。
http://www.scirp.org/journal/ojbiphy/
Kazumoto Iguchi,
Motoyosi Sugita—A “Widely Unknown” Japanese Thermodynamicist Who Explored the 4th Law of Thermodynamics for Creation of the Theory of Life


さて、大分長くなってしまったが、俺はアメリカ物理学会員でもなければ、日本物理学会員でもなければ、生物物理学会員でもなく、まったくのフリーである。だからして、こういうことが書けるのであって、そうでもしなければ、こういうことは書けまい。

ウィーナーの伝記を読んで面白いのは、ウィーナーはこういうことに最初に気づいた人で、科学者たるものフリーの科学者が一番大事だって書いてあったんだヨ。

じゃ、だれを念頭においたか?

なんと、かのオリバー・ヘビサイドだったんですナ。

ウィーナーが最も愛した学者、「演算子計算」の創始者ヘビサイドだったのである。

だから、ひょっとしたら、もしいまノーバート・ウィーナーがいたとすれば、結構ウィーナーは俺なんかを評価してくれたりしてナ。→俺の妄想。


もし大学や研究所の学者さんたちで、ここに書いたことが初耳だっていうような人間が一人でもいたとすれば、我が国の科学は終焉。


それにしても外人さんて名前の付け方だけはうまいよナ。
ミクロ・サイバネティックスだってヨ。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
上の物理の歴史学者のタラさんは、あとで調べてみると、こんな素敵なお方だった。
Tara Abraham
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日本女性もこういう人のところで研究したらどうでしょうか?

最近私が個人的に我が国の科学教育でもっとも欠落しているのではないかと考えるようになった、科学の歴史の研究であるが、そういうものをちゃんとやる組織があるというのはすばらしいことですナ。

私個人的には、修士論文や博士論文の要請の一つに、欧米の古典論文や本を一つ翻訳することを条件に入れる、というようなことをすれば、確実に一人博士ができれば、一冊洋書が和書になるというかたちで、欧米の古典本が我が国の文化に付け加えられるのであると思う。

文科省は自分の天下り先を考えることばかりに熱中するのではなく、日本の学術の行き先を考えるべきだろう。そういうことができないところが、アスペルガーなんだがナ。




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by kikidoblog2 | 2017-06-27 15:48 | 杉田元宜・生命理論

70年の時を超えて「杉田の熱力学」が大復活せり!:新版「熱力学新講」ついに完成!   

みなさん、こんにちは。

いや〜やっとこの1年ずっと人知れず戦前の日本語から現代日本語へとLaTex2eで打ち込んできた杉田元宜先生の第二冊目の本が、やはり太陽書房からのオンデマンド出版という形で完成した。

というわけで、それを一応ここにもメモしておこう。

ところで、私のことをよく知らない人は、私のこのブログが私の仕事になっているのだ、と思うだろうが、それは間違いだ。

私の本業は理論物理学であり、日々「生命の物理学的基礎」を探求しているのである。

もちろん、この場合の物理学という意味は、普通のその辺の大学の物理学者が意味する「唯物論的物理学」の意味よりはるかに広い。だから、「唯心論的物理学」をも含んでいる。

私は物理学に何らの制約もつけない。

物事には制約が付けばつくほど取り扱いやすくなり、問題が解きやすくなるが、そういう制約は人が課したものであって、現実はそういうものはないからである。

たとえば、ハバードモデルと限定すれば、もうその段階でできることは決まってしまう。

要するに、囲碁や将棋のように、モデルを限定した瞬間にルールが決まり、やれることは極端に定まってしまうのである。

つまり、1つのゲームに堕する。

物理学者はそれを近似ないしはモデル化と呼んだりするが、数学あるいは数式自体が一つのモデルなのである。

概念という概念そのものが一つのモデルなのである。


特に熱力学というようなこの自然の中でもっともありふれた現象を扱う学問では、こういう明確な把握が必須だが、なかなか何が自然現象で何が理論現象なのかあいまいになることが多く、それが初学者を非常に惑わせるのである。

それって、記述すべき自然現象のことなの?それとも、理論の結果のことなの?どっちよ?

というわけだ。

先のハバードモデルというのは、強磁性現象を扱うためにハバード(自殺で死去)が若い頃問題を極端に簡単化して作った理論モデル=おもちゃなのだが、これでも数学的に解けないから人気が出たのだが、仮にそれが解けたところで、本当の現象を理解したわけではにない。

あくまでモデルを理解したにすぎない。

が、この差があやふやになるのが昨今の理論物理学の傾向である。

数学モデルができたところで、それが現実ではない。

この杉田元宜博士の時代、1942年、ちょうど戦争中までの我が国の物理学者は、明確にこうした記述されるべき自然現象と記述すべき数学との区別が行われていたのである。

だから、昔の物理学者は数式そのものに陶酔するようなピグマリオン症のような病気には感染していなかった。

現実をいかに数式で記述するかであって、いかに気に入った数学で自然に当てはめるかではない。

そんな時代の熱力学の幻の教科書なのである。以下のものである。

--杉田の熱力学--新版 熱力学新講
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杉田元宜(すぎた・もとよし、1905年8月熊本県八代町生まれ)は東京帝大出身の理論物理学者である。戦前・戦中において熱力学および分子統計力学の研究を行った。特に不可逆変化の熱力学の定式化に関しては、西洋のオンサーガーやプリゴジンなどとは別に独自の研究を行っていた。その成果は『杉田の熱力学』と呼ばれた。

戦争末期以降、杉田は自らの熱力学を生物へ応用する分野に注目し、生命科学の理論的研究に従事する。戦後、日本生物物理学会の発足にあたり、その重要な役を担い、我が国の生物物理研究の国際化に寄与した。晩年はウィーナーのサイバネティックスおよびバイオニクスに集中し、多くの研究論文や著書を公表した。そうした論文の一つはカウフマンの『秩序の起源』にも引用されたが、残念ながら多くの論文が小林理研や一橋大学の論文集に日本語で公表されたため、国内外での知名度が失われる結果となった。しかし、世の流れに70年先んじたその重要性は近年急速に見直されつつある。

本書は、『不可逆変化の熱力学』に関する国内初の教科書である。


目次

第1章 物体の状態
1.1 平衡状態
1.2 状態変数
1.3 物体系の熱平衡
1.4 準静的変化
1.5 完全気体の状態方程式
1.6 気体の分子運動
1.7 Joule の実験およびJoule-Thomson 効果
1.8 実在気体の状態方程式
1.9 完全気体への補正
1.10 状態方程式一般
1 1.11 状態量の変化, 全微分

第2章 熱力学第一法則
2.1 熱の本質
2.2 気体の比熱
2.3 熱と内部エネルギー
2.4 完全気体と熱力学の第一法則
2.5 熱物質観と歴史
2.6 完全気体の比熱
2.7 完全気体のエントロピー
2.8 一般の状態変化
2.9 Carnot のサイクル
2.10 熱機関の歴史と発達
2.11 ポリトロピック変化(Polytropic Change)※
2.12 任意の状態変化および永久運動
2.13 数学的関係および分子論的解釈※

第3章 熱力学第二法則
3.1 Carnot の原理と第二種永久運動
3.2 熱力学の第二法則
3.3 気体の熱力学
3.4 van der Waals の式に従う気体
3.5 熱力学的温度の決め方
3.6 エントロピーの別の導き方※
3.7 熱力学的関係式.
3.8 Clausius の積分※
3.9 一般の物体系の熱力学※
3.10 弾性体の熱力学※
3.11 弾性体の断熱伸張※

第4章 不可逆変化
4.1 不可逆変化とエントロピー
4.2 摩擦および不可逆変化の取り扱い
4.3 有効エネルギーの損失※
4.4 一般の不可逆サイクルと換算熱量
4.5 熱電気の現象
4.6 Joule–Thomson 効果
4.7 圧縮性流体の運動
4.8 Bernoulliの式の一般化(摩擦のない場合)※
4.9 摩擦のある場合※

第5章 状態の変化, 蒸発
5.1 二相平衡
5.2 蒸発
5.3 等圧加圧
5.4 飽和蒸気の性質
5.5 臨界点
5.6 表面張力
5.7 曲面の蒸気圧と過飽和の現象
5.8 沸騰
5.9 混合気体
5.10 拡散および浸透, 混合気体のエントロピー
5.11 希薄溶液の性質
5.12 二相平衡の条件, 沸点上昇および氷点降下
5.13 化学的に均質でない物体系, 第一法則
5.14 第二法則の応用, 質量作用の法則, 親和力
5.15 親和力, Nernst の原理
5.16 平衡条件と熱力学的関数
5.17 相律(Phase Rule)

付録A 数学的取り扱いに関する注意
A.1 関数関係と近似式
A.2 微小変化の取り扱い
A.3 微分係数
A.4 極大および極小
A.5 二つの変数の関数
A.6 全微分
A.7 完全微分および線積分
A.8 陰関数の微分
A.9 変化の経路を考えた時の微分
A.10 変数の変換
A.11 Taylor の級数および同次関数, 極大・極小
A.12 微分方程式
A.13 状態方程式に関する注意

付録B 単位に関する注意
B.1 熱力学における単位
B.2 完全気体の状態方程式と熱力学の法則
B.3 熱力学における重要関係式
B.4 完全気体に関するもの
B.5 van der Waals の式に従う気体
B.6 蒸発に関するもの

付録C 補註

索引



よく人は私に聞く。どうして自分の教科書を書かないの?ってサ。

世に良い本がなければそれもするに違いないが、この世界には良い本は少なからず存在する。が、そういうものは往々にして絶版になっていたり、廃版になっていたり、古語で書かれていたりするわけだ。

ならば、自分の本でお茶を濁すことより、歴史的役割を果たした名著を復活させるほうが先だろう。

というわけで、ここに故杉田元宜博士の第二次世界大戦のさなかに病床に伏せながらまとめ上げたこの杉田の熱力学を世に復活さしめんとするものである。

ちょっと古文がかってしまったが、こういう文体をすべて現代の普通の口語的な平易な文体に変えたものである。

せいぜい初等微積分程度しかないから、高校生でも読むことができる。

ぜひ熱力学に拒否反応を示さずに、本物の熱力学を勉強していただきたいと思い、こうして1年以上の月日をこの著書にかけたのだった。

ところで、この本を大学の図書館で探してもないから、あったとしても経年劣化で紙がボロボロ。コピーでもしようものなら、ページが破壊されてしまいかねない。そういうレベルの本である。だから、アマゾンにも原本がないのだヨ。



俺もかなりの暇人ですナ。


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-06-27 09:31 | 杉田元宜・生命理論

「1970年」の杉田元宜博士の予想:「物理学者の異常発生」   

みなさん、こんにちは。

今回は、普通の科学、物理の話である。普通の人には興味ないだろうからスルーを。

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「1970年

といえば、私の世代にとっては「大阪万博」の年である。私が12歳頃、京都の旅館に泊まって大阪万博に行った記憶がある。その時に一家で撮った写真も残る。

最近研究している杉田元宜博士は、ちょうどその頃、一橋大学教授を定年退職し、青山学院大学理工学部の教授か客員教授か非常勤講師になったようだ。この辺の詳細はまだ分からない。

その1970年に杉田元宜博士が日本物理学会誌に書いた記事が非常に興味深いので、ここにもメモしておこう。以下のものである。
物理学出身者の将来像
杉田 元宜 日本物理學會誌 25(6), 476-478, 1970-06-05


この短い、ほんの3ページ足らずの論説の中に、それとなく生前の杉田元宜博士を彷彿させることが書かれている。そういうものだけピックアップしておこう。

(あ)まず、一橋大の杉田ゼミの模様
一橋にいたとき私のゼミナールでは、3年と4年の学部学生たちがハンダごてを手に電気回路と取り組んだり、生物学やバイオニックスの本を読みあさったり、生体の回路モデルを工夫したり、教えなくてもやっていた。

一橋の経済学部で経済学や社会学や法律家やビジネスマンなど人文系とされる大学内の物理のゼミで、電気回路を作ったり、生物学やバイオニックスの本を読みあさって、生体理論を回路モデルにして実験したり、シミュレーションしたりしていた。それも先生の言いつけでやるのではなく、学生自らの発案で行われたというのである。

昔の一橋はすごかったナア。

この成果だったのか、杉田元宜博士は、福田信夫という人とたくさんの生体回路モデルシミュレーションの論文を書いている。

というのも、この時代ではまだ数値計算用のコンピュータは我が国では旧帝大にあるかないかの時代、大半が手回し計算機の時代である。カシオの計算機ですら、1980年代に入ってからのことである。

そんな時代、杉田博士はなんといわゆる「アナログ計算機」というものを実際に作って、理論モデルの計算結果をオシロスコープで見るという方法で、生命の熱力学モデルを計算していたのである。

まだ私はこのシリーズの論文を詳細に解読するところまでは行っていない。今後の課題である。

そんなことを1950年代後半(正確には1950年に端を発する)から1960年代初頭、そして1970年代までずっと研究されていたのである。

その頃の記憶が書かれていたわけだ。

(い)戦前の物理学出身者の数について
物理教室も、私たちの頃は、東北大、東大、京大の3教室で全部で60人くらいだしていたのが、今日では国、公、私をあわせると3000人に近い卒業生を出している。


つまり、戦前から戦後の学制に変わって、物理出身者の数が一気に50倍以上になったことがうかがわれる。

その結果、昔では一人ひとりが新しい学問の祖となることを目指すような教育がなされたが、いまでは、ある分野の特定のテーマの専門家の一人となるような教育ヘと変わってしまった。これでは困る。そういう意見である。

この時代に杉田博士はすでに物理学者の余剰問題を看過できないと言っていた。卓見である。

その後、我が国は1980年代になって、いわゆるオーバードクター問題、いまのポスドク問題へと突き進んだわけだ。

その解決策がまた的を射ていた。

要するに、クロスプレーをしろということである。

物理出身者が生物や経済学や人文系などに進み、逆に生物出身者が物理や工学に進め、というようなアイデアである。いまもってこれは実現できているようには見えない。

その例として、(生物で後にノーベル賞を取る)Hodgkinが物理出身だったとか、経済学の(ノーベル賞を後に取る)Samuelsonが物理出身だったとか、Industrial Dynamics(工業力学)のForrester(MIT)が物理出身者だったということが引き合いに出されている。

地震学者のEwingが若い時にたまたま日本で地震にあい、その経験から地震計を発明するに至ったという話もある。

経験は必要の母である。

(う)物理学者の異常発生
農薬を使うと天敵も減って今度は害虫の異常発生になるなど、生態系のバランスを考えることは必要だが、学者の世界でも物理学者の異常発生などの問題がありそうである。しかし人間は生物の種のように固定化して考える必要はない。物理修士を土台に他のあらゆる分野に進出して行けるなら、バランスを考えた人口はまた変わってくるであろう。

これは脚注に書かれた文章である。

杉田博士はいったん本文を書いた後で、それを何度か読み返すと、かならずその時の不備や足りない部分を脚注やコメントで付加するという習性があったようである。他の論文でもこれが非常に多い。

熟考型の典型だろう。

(え)1961年の話
1961年に杉田元宜博士は終戦後初めて奥様の栄夫人といっしょに3ヶ月間の北米旅行を行った。これは北米を中心に行われた当時世界最先端のME(メディカルエレクトロニクス)の国際学会への参加や大学や研究所の視察を行うためだった。

その時の話が9年後の1970年のこの記事にも出ていたわけである。

やはり戦後初めて海外へ渡った、それも戦争では敵国になったアメリカへの旅行で見たものは鮮烈な印象となったようである。ちょうどいま海外の人たちが我が国に来て、新幹線に驚くといようなものである。

実はいわゆる電車が走り始めたのはアメリカが最初である。テスラの発明した交流モーターを基にスタインメッツが発明したのである。ニューヨークで世界最初の電車が誕生。それがずっと後になって1970年代に最先端の電車がカリフォルニアの地下鉄に採用されたのである。我が国の国鉄はこのアメリカを模範にして進歩したのである。

それから何十年もして、いまでは立場が逆転したわけである。


(お)サイバネティックスの話
私はサイバネティックスの専門家は生物出がよいと考えている。物理や化学をやったものは、全体を部分にまでばらして見ないと気がすまない。それで全体とかシステムといったセンスがどうも弱い。だから生物出が物理学を学び、特に回路理論などを重点において、それからサイバネティックスに進んだら本格的なものがやれるのではあるまいか。


サイバネティックスという言葉はいまでは死語のようなものである。あまり聞かない。しかし、いわゆるスマホやパソコンやインターネットに代表される「サイバー空間」という時の「サイバー」の語源が、ノーバート・ウィーナー博士が創始したサイバネティックスという学問である。

生物と情報と工学と数学を結びつけて、総合的に理論体系化したものがサイバネティックスである。まさに人工知能やドローンやロボットの基礎理論を生み出したものがサイバネティックスである。

いまではそういうものの研究者も昔の最初の語源も研究者も知らないような時代に入っているわけだ。

杉田博士は、実に見事に物理や化学出身者は、物事をバラすだけで、総合するのが苦手だと明言していた。まさにその通り。

僕にモデルをください。そうしたらそれを解きます。
これは難しすぎるのでもっと簡単な問題をください。

こういうのが、数学者や物理学者や化学者の卵に多いということである。

これが『行き過ぎて』、いまでは物理学系数学系などのほぼ90%がアスペルガー症候群となった。人の心も粉々に分解して簡単化しないと分からない。漫然と総合的に把握することができない。

翻って私が総合的に見る、総体的に見るということをどこで学んだか?というと、やはりそれはサッカーだった。サッカー部のサッカーや部長やキャプテンをやったことにより、選手間の人間関係や個々の選手の人間性や性格や趣味趣向、こういったものを全体に把握する力が育成されたと信じる。

また、サッカーのフォワードから中盤の真ん中をやったことから、ピッチ全体を鳥瞰図のように上から俯瞰しながら動くという奇妙な観点を身につけることが出来たと思う。

また、個人的にはボールリフティングの経験が大きなものだと思う。リフティングで1000回をこすようなレベルになると、ボールだけではなく、周りもみないと、いつ何が邪魔するかわからないから続けることができなくなる。だから、自分の周囲を肌で感じながらボールだけではなく、ボールを包む環境全体を見ながら、けっして考えるのではなく、ボールと一体になりながらリフティングをするようにしないと長くリフティングができないのである。

この経験はいわゆる禅の無に近い感覚だと思う。いまでも私はサッカー選手たちが話しているのをだれがどうかという感じではなく、まるで映画で見るような感じで映像全体を一つのシーンとして把握するかのように聞き取っている。だから、そのシーンを思い出すと、だれそれがあの時こんなことを話していたよなとか、こんなプレーをしたよな、というような感じで言葉を把握しているのである。

これに対して、杉田博士が言いっているようなタイプは、文字起こしされたものや、書かれた数式を見ないと理解できないというようなタイプの科学者のことである。

というわけで、私の場合は、スポーツ出身者が物理を志したという部類に入る。

(か)杉田博士の予想
私はいま情報科学にかかわりあっているが、生物物理のおかげで、遺伝情報というのは例えばmRNAができるときなどの活性化のエントロピーに関係することを知った。次にこういう活性化のエントロピーを介しての間接作用のあるシステムを考えている中に、これは不可逆過程の理論に関係がありそうだ、と感ずるようになった。(中略) こういうシステムのパラメータを介しての間接的な相互作用と関係があり、この方向をたどると統計熱力学の新しい展開があっても良さそうな予感がするのである。

システムを組立ている部分の直接的な相互作用(クーロン力など)では、例えば周期律の示すようなシステム特性や原子番号によるその変化が出てくる。情報による間接的な相互作用では、もっと複雑な生体のようなシステム特性が出てもよいのであろう。


これこそ私がここ10年ほどずっと追い続けきたテーマそのものである。

大阪万博の頃、私は京都の寺の庭先でセミを捕まえるのに必死だった。死骸の中に透明な翅で、みーん、み〜〜〜んと鳴くみんみんぜみや、大型で黒っぽいクマゼミを見た時には、それまで甲府でじ〜〜と鳴く、茶色のアブラゼミしかみたことがなかった私には、大阪万博の月の石以上の感動があった。

こんな時代にすでに、杉田博士はいまの私がまだまだ理解するには難しすぎるほどの高いレベルへ到達していたのである。まさに正真正銘の天才である。

東北、東大、京大でたった60人しか物理に入れなかった時代の一人である。

私が理科大理工物理にいた時は90人もいた。いまはもっと多いかもしれない。

やはり学問は少数精鋭で行かなければならないというのは、昔からの事実のようですナ。

政治のように、何でも数で考え、何でも金に換算して考えるのでは、学問はうまく発展できない。

やはり昔は良かったんですナ。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2016-07-15 09:29 | 杉田元宜・生命理論