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武田鉄矢「米国では敗戦の将は首!」:大本営化した日本協会と山本五十六化したハリル監督!?   

みなさん、こんにちは。

さて、まずは武田鉄矢さんの今朝の三枚おろしの例のミッドウェー海戦の話のものからメモしておこう。すでに何度かメモしたものである。

【武田鉄矢今朝の三枚おろし】ミッドウェー海戦「失敗の本質」を知る

今回わざわざこれを再掲したのは、この部分だけピックアップしたかったからだ。
アメリカの場合、一度敗れた司令官は首!
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このアメリカ太平洋艦隊の鉄則である。

敗軍の将は即座に首なのだ!

ところが、真珠湾攻撃で第一次攻撃でなまぬるく帰還してその後米海軍の蘇生を促してしまったり、ミッドウェー海戦で惨敗し、何万人もの日本兵の犠牲者を出した南雲少佐は帰還を許された。

海軍空母の館長は館とともに命をともにしたのだが、海軍司令部の幹部は日本に逃げることがゆるされたんだと。

そうやってどんどん傷口を大きくしていった!


なぜこれを取り上げたか?

というと、サッカー日本代表の人選もこの轍を踏んでいるからである。

たぶん、我が国のサッカーに対して、日本代表は一回のみ。予選敗退したら、監督及び選手一同

総入れ替え

そうすべきだと主張してきたのはこの俺だけだ!

というわけで、私のこの観点と米海軍の観点がまったく一致したからである。


我が日本代表は、岡田監督の南ア大会、ザッケローニ監督のブラジル大会、そして今度のハリルホジッチ監督のロシア予選とまったく選手に大きな変化がなかった。

その結果、同じことを何度も繰り返してきたが、

本田、香川、長友、長谷部、川島の「僕達のサッカー」が幅を利かせてきた。

そして、昨日のイラク戦。世界ランク117位で自国ではISISと正規軍との戦争で危なくてサッカーどころではない状態の国の代表チームにも勝てなかった。

日本代表は世界ランクは45位。それが117位に勝てなかった。

しかも、ハリルホジッチ監督は、ロングフィードのカウンターサッカーをしろと言ったにもかかわらず、久しぶりに日本代表に戻り、事大した本田圭佑が選手一同をそそのかして、

僕達のパスサッカーをしたい

といってそれをしたのである。

その結果がこれだった。
日本 VS イラク 1-1 ハイライト 13/06/2017 日本代表 イラク HD サッカー

このアラブ人解説者はこの人だろうか?
バーレーンの実況が日本語にしか聞こえない件(復帰)


あともう少しで逃げ切れるときに、吉田麻也と川島との連携が取れず、ごっつあんゴール。

世界ランク117位にもヘトヘト状態。


だいたい涼しく寒い欧州リーグで活躍する選手を集めて、暑いアジアの予選の試合に戦えるはずがないのだ。

しかしながら、ここ日本でも、小中高大一般のサッカーの試合というものはいつも、普通の一般人ならNHKが熱中症に注意しろというドリンク会社のステマをするような炎天下で行われるものである。Jリーガーも似たようなものである。

だから暑いアジアの予選は国内の選手をメインにしたほうが良いのである。

若い選手ならまだ連戦でも回復できるし、暑さにも順応しやすい。かつてのトルシエのナイジェリアユースで準優勝した時の小野、遠藤、高原、小笠原、中田浩二、世代のように悪コンディションにも若ければ対応できるのである。

だから、選手を入れ替えるべきだった。むしろ、せっかく呼んだ加藤や浅野を使ってみるべきだった。本田は最後の切り札にすべきだった。


この試合の分析はまたいろんな人が言い出すだろうが、アラブ人にはアラブ人なりのよしみというものがある。あるいは、イランにはイランなりの思惑がある。

だから、暑いイスラム教の国のよしみとして、

(あ)悪いピッチ→長めの芝、柔らかいピッチ、凸凹のピッチ
(い)炎天下冷めやらぬ日昼夕方の試合→気温が非常に高い


こういう状況を送り込んできたわけである。


そんな悪いピッチで「僕達の細かくつなぐパスサッカー」をする?

これは本田の見当違いだった。想定外の状況で、FWの大迫がことごとくコントロールミスの連発で好機をはずす。

ならば遠目からのロングシュートを狙えば良いものをMFがまったく狙わない。あくまでゴール前すれすれまでパスにこだわった。

というわけで、暑さは高齢選手は弱い。U34である日本代表はもはや試合終盤にはまったく動けなかった。

寒い北欧リーグの久保裕也は脱水で痙攣して足に来ていたし、いい環境のJユースの大阪出身の井手口ももう終盤には脳が煮えくり返ってしまった。

要するに、ハリルホジッチには選手登用に対する臨機応変さがなく、選手リーダーの本田圭佑には試合会場の環境に対する臨機応変さがなかった。

その結果が、世界ランク117位で練習すらろくにできていないイラクの選手と1−1の引き分けだ。


相手が30〜50位のオーストラリアのようなチームとならそれも分かるだろうが、3ランク下のイラクに対してこれじゃどうしようもない。

本田圭佑には、あの南ア大会のイメージがまだ残っていて、それに固執するのである。

一方、ハリルホジッチはハリルで、アラブのチームを指揮してうまくいったことに固執し、アラブ人と日本人は全く違う人種だということを理解しない。


こうして、私にはいまの日本代表の監督ハリルホジッチに日本海軍総司令官の山本五十六を見、チームキャプテンの本田圭佑に南洋機動艦隊総司令官の南雲少佐を見るというわけだ。

南雲は何度敗戦しても自分は逃げて生き残った。

同様に本田圭佑はなんど「悔しいです」といって敗戦したにもかかわらずその度に逃げ延びて日本代表として居座っている。

ゆえに、両者に類似を見るわけですナ。

まあ、普通の一般人の言い方では、いわゆる「情実人事」ということになる。

ついでにいうと、旧日本軍の大本営の司令部が、日本サッカー協会の西野である。これだ。
ハリル監督の続投「もちろん」西野技術委員長が明言
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日本サッカー協会の西野朗技術委員長は13日、テヘランで行われたワールドカップ(W杯)アジア最終予選の日本-イラクの試合後、オーストラリアとの次戦もハリルホジッチ監督が指揮を続けることを明言した。日本は1-1で引き分けたが、報道陣から監督の続投について問われ「もちろんです」と答えた。

 日本協会の田嶋幸三会長
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は「まずどういうことが問題なのかを考えて、スタッフや技術委員会で検討することが大事」と慎重な口ぶりだった。


まあ、田嶋は筑波。西野と岡田は早稲田出身。

そういえば、田嶋と私は同い年である。たしかその昔いまのサッカーフェスティバルの一番最初のものとして、昭和47年頃に静岡でサッカーフェスティバルが開催されたんだが、新人戦で7年ぶりで無敵艦隊韮崎を倒したチームがあるということで、キャプテン井口率いる甲府南高校も初めてそのフェスタに招待されたのである。

その時、初戦が沼津工業、次が新潟の高校、最後が静岡の富士高校だったと思う。もう一試合したような気がするが思い出せない。(後日思い出した。もう一つは静岡三島高校だったと思う。)

この中のどこかの試合のアップの時に、前の試合に浦和南、赤白ユニフォームの試合があった。右センタリングから見事にヘッドを決め、たしか3−0で浦和南が圧勝したのだが、私はアップのさなかか、試合後だったかそれを見ていた記憶がある。

田嶋は浦和南の選手だったようだから、ひょっとしたら私がそこで見ていたチームのFWにいたのかもしれませんナ。

記憶では、静岡フェスタの結果は、沼津に4−1、新潟と2−2、富士と0−2だったと思う(三島とは2-1だったかな?)。その後、山梨にもどって、韮崎のフェスタに招待されて、浜名高校と練習試合した。0-3で負けたんだが、その試合の後で浜名の監督が私に越境留学してこいと勧誘されたんだ。

ちなみに、その年のインターハイ韮崎大会で韮崎は初の全国優勝。(ところで、この大会は韮崎主催だったので、ホスト会場の韮崎は無条件で出場、もう1チームが出ることができた。だが、我々は案の定韮崎と同一ブロックに入ってしまい、準決勝でこの韮崎と対戦、0−1で敗退したのだった。別のブロックにいれば全国へ行けたはずだった。)

この全国総体でその前年とその前の年のインターハイは、静岡の浜名高校が二連覇していたのである。この二連覇のことは30年後にインターネット時代になりここ阿南に来てから知ったのだった。

この韮崎のキャプテンだった塚田選手はJリーグ創立時にガンバ大阪の初代監督になり、後にヴァンフォーレ甲府の監督になった。また、ヴァンフォーレ甲府の前身の甲府クラブは私が中学時代に入った甲府南中学サッカー部の岩田利男監督が作り、初代監督となったものである。この監督が甲府北中学にうつってサッカー部を強化し強豪になった。20年後にそこの後進指導者の時代に、中田英寿が入学してきたのである。

今や昔の物語である。


大本営化した日本サッカー協会と山本五十六化した代表監督、そして南雲提督化した本田圭佑。

これでは、今回までが真珠湾攻撃だとすれば、次のオーストラリア戦がミッドウェー海戦にあたるだろう。

日本海軍はこのミッドウェー海戦で全空母と大半の戦艦を失う。

そして、広島の柱島に停泊中の柱島戦艦こと、戦艦大和の出撃となって、武蔵同様あっという間に沈没させられたという歴史を繰り返しそうな案配である。


負けたら首。負けたら交代。

勝負事にフェニックスはいない。不死鳥は漫画の世界の話か、取ったコマを使える将棋の世界の話である。普通はチェス同様に死んだら終わりなのである。


鹿島アントラーズの監督交代劇こそ勝負事の王道なのである。



いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
ところで、この南雲少佐。この人を前にメモしたことがある。これである。
佐藤浩市さんの祖父、三國連太郎さんの父はだれだったのか?

南雲忠一第一航空艦隊司令長官
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おまけ2:
武田鉄矢さんのミッドウェー海戦敗戦など、日本軍の敗戦の理由の大事な点に、1つの組織の中での意思統一の問題がある。勝利するには必ず一枚岩にならなければならない。それはどんな形もいいが、必ず一枚岩に一致団結しないと、ちょっとした割れ目やほころびから一気に砕け散るのである。

ところが、旧日本軍では、総司令官の山本五十六と機動艦隊総司令官の南雲とが反目しあっていた。ことごとく意見の一致を見なかった。五十六はハワイ奇襲を敵空母全滅の完全無欠にすべきだと考えたのだが、南雲はほどほどの戦果でも満足した。

これがのちのちもっと重要な戦争で大敗北に至る原因となった。それがミッドウェー海戦の敗北だった。南雲も敗北するが、南雲はまた逃げ伸びた。この結果最終的には玉砕戦法の神風特攻隊につながっていく。こうして日本史上最悪の結果を生んだ。

この問題にもう一つの側面があり、これが天皇の存在である。要するに我が国では戦前天皇が軍隊のトップに入っていたため、大本営は常に天皇のご機嫌取りをしなければならなくなり、負け戦でも勝ち戦のようにして天皇を悲しませまいとする人情が入り、それがいわゆる大本営報道となる原因となった。

今回の日本サッカーでも、大本営が日本サッカー協会であり、山本五十六がハリルホジッチ、南雲が本田圭佑である。本田は立場を忘れてハリルの戦術に無条件で従うのではなく、自説にこだわり、ピッチ上に2人の監督がいる形になった。イタリアのセリエAのACミランでは西洋人監督はそういうことは許さず、監督の指示に異を唱えるものはレギュラーから外され、本田はまったく使い物にならなかった。

が、天皇のいる我が国で天皇にいい格好を見せたいがために日本サッカー協会は、現実の厳しさを無視して大本営的な報道を行ってきたわけだ。またハリルはハリルに反目する本田でも追い出すことができず、ピッチ上の独裁者として本田の横暴を許す形になっている。

この結果がこの程度の戦績なのだから、これはひとえに本田の能力不足の結果と見るのが自然だろう。要するに本田のサッカーでは日本は勝てないのである。それを今回は本田は若手のせいにしたらしい。

さて、これとよく似たことが昔日本の映画界で起こった。黒澤明監督の「影武者」である。最初の主役の武田信玄は勝新太郎だった。しかし勝新太郎は自身が映画監督プロヂューサー兼役者だった。だから、事あるごとに黒澤監督に映画の制作自体に文句を言ったのである。これに黒澤監督が激怒して勝新太郎は放免となった。この代役に仲代達矢が選らばれ、黒澤明の影武者は大成功し、最高傑作の一つになった。

このように映画でもサッカーでも監督は2人は必要ないのである。作戦や戦術は監督が考えるものであり、選手はいかに監督の戦術通りに臨機応変にピッチ上でそれを成し遂げるかが勝負になる。ところが、いつもピッチ上では監督采配にいちゃもんを付けながら、疑念を持ちながらプレーする習慣がいまの本田には出来上がっている。

こういう場合は、本来なら監督は本田を外すべきなのだ。さもなくば、日本代表は瓦解する。




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by kikidoblog2 | 2017-06-14 15:13 | サッカー日本代表

米イルミナティーの重鎮ブレジンスキー氏死去、享年89才:サイバネを悪用したテクノトロニクス考案!?   

みなさん、こんにちは。

サッカーのU20W杯が始まって忙しかったので、忘れていたが、そういえば、かのデービッド・ロックフェラーが死んだ後、ズビグニュー・ブレジンスキー博士が死去したというニュースがあった。享年89才。以下のものである。

【日本ニュース】ブレジンスキー氏死去 米民主党系の外交政策ブレーン(2017/05/27)
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まあ、表のダマスゴミ、捏造ゴミの世界では、外交政策ブレーンということだが、このブレジンスキー博士こそ、ヘンリー・キッシンジャー博士と同列のシオニストNWOのトップスターの2人であった。

キッシンジャーのパワーオブバランス(力の均衡)理論による政治学に対して、ブレジンスキーの「テクノトロニクス」。
フェイスブックで日本を自慢したら警告が来た!:FBの真の目的は「思想警察」か!?


この双璧の考え方により、米政治が動かされてきたわけである。

ブレジンスキーは、アメリカがソ連の工作によるベトナム戦争でさんざんな目にあったから、その復讐としてソ連に対する「ベトナム戦争」を起こす目的で、アフガン紛争を起こしたのである。

そのために、ブレジンスキーが育成して用意したのが、ムジャヒディンであった。武器と金を用意し、米政府が給料を支払ったという。

そして、ソ連が崩壊しロシアになると、ムジャヒディンは用無し。口封じのために、子ブッシュ時代に911を起こし、ムジャヒディンの名前をアルカイーダと変えて、自分のやったことを煙に巻きかつての盟友アルカイーダのビンラディンを殲滅せんとした。

実際にはビンラディンはブッシュの仲間だから、その影武者を殺して生き延びている。

ちょうど我が国の源義経伝説と同じ展開である。影武者が殺されて、本人が死んだことにして、実際にはどこかで余生を送っている。

ビンラディンはフランスかアメリカで生きているわけですナ。

実際には、それがオバマだったという驚きの説まであった。事実、ビンラディンとオバマは手相が同一なのだ。

さて、どうやってこのブレジンスキーが戦後のアメリカ政治を乗っ取っていったか?

実は、我が国ではまったく知られていないが、それは1950年代のロックフェラー一族主催の秘密の会議に遡る。

こうした会議の子孫がいわゆるビルダーバーグ会議と呼ばれるが、こんなものはかなり下っ端の会議である。なぜなら、一般人が近づけるホテルで行われているからだ。

実際の秘密会議というのは、米軍内の施設であったり、ロックフェラー家の私有地内で行われるのが普通である。

トランプー安倍会談もトランプタワーだったり、トランプの所有地内の屋敷で行われた。

こういうふうに、本当の極秘会談というものは、私有地で行われるものである。


1950年代、この秘密研究会議はロックフェラー家の所有地の離れ小島で行われたのである。

ウィリアム・クーパー講演パート7:「ジェーソンスカラー」と「研究グループ」

【パート7】
「研究グループ」は、「ジェーソン学会(Jason Society)」あるいは「ジェーソン学者(Jason Scholars)」として知られた、「外国問題諮問委員会(Council on Foreign Relations, CRF)」の秘密の学者たちの35人のメンバーで構成されていました。エドワード・テラー(Edward Teller)博士が参加するように招聘されました。ズビグニュー・ブレジンスキー(Zbigniew Brzezinski)博士は最初の18ヶ月の研究指揮者でありました。ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)博士は、1955年11月に始まった第二期18ヶ月の研究指揮者でありました。ネルソン・ロックフェラーは、この研究期間中よく訪問していました。

今、私は「研究グループメンバー」の名前を読み上げます。皆さんの中でそういう人々をご存知の方はきっと面白いと思いになるでしょう。よくご存知でない方々は、先週書き上げたばかりでもう直き販売になる、拙著をお読みくださるようアドバイスしておきたいと思います。そして、私が話している研究のあらゆることが、皆さん独自の研究の中で私が皆さんに真実を告げていると告げると思いますが、私はそうするつもりはありません。私は一証人にすぎませんし、私はUFO研究者でもありませんし、職業的な研究者でもないからであります。私がこうしているのは、私がアメリカ憲法を取り戻したいからであります。

その「研究グループメンバー」は以下の人々でありました。

チェアマンのゴードン・ディーン(Gorden Dean)。彼は当時アメリカ合衆国でもっとも力のあった人々の1人でありました。
ズビグニュー・ブレジンスキー博士(Dr. Zbigniew Brzezinski)、第一期の研究長。
ヘンリー・キッシンジャー博士(Dr. Henry Kissinger)、第二期の研究長。
エドワード・テラー博士(Dr. Edward Teller)、科学者世界の代表者。
リチャード・C・リンドセイ少将(Major General Richard C. Lindsay)
ハンソン・W・ボルドウィン(Hanson W. Baldwin)
ロイド・V・バークナー(Lloyd V. Berkner)
フランク・C・ナッシュ(Frank C. Nash)
ポール・H・ニッティ(Paul H. Nitze)
チャールズ・ピノ・ノイス(Charles Pinouis Noyes)
フランク・ペース・ジュニア(Frank Pace, Jr.)
ジェームズ・A・パーキンス(James A. Perkins)
ドン・K・プライス(Don K. Price)
デービッド・ロックフェラー(David Rockefeller)
オスカー・M・ルーハウゼン(Oscar M. Ruebhausen)
ジェームス・M・ギャバン陸軍中将(Lt. General James M. Gavin)
キャリル・P・ハスキンス(Caryl P. Haskins)
ジェームズ・T・ヒル・ジュニア(James T. Hill, Jr.)
ジョセフ・E・ジョンソン(Joseph E. Johnson)
マービン・J・ケリー(Mervin J. Kelly)
フランク・アルチュール(Frank Altschul)
ハミルトン・フィッシュ・アームストロング(Hamilton Fish Armstrong)
ジェームズ・マコーミック・ジュニア少将(Major General James McCormic, Jr.)
ロバート・R・ボーイ(Robert R. Bowie)
マクジョージ・バンディ(McGeorge Bundy)
ウィリアム・A・M・バーデン(William A. M. Burden)
ジョン・C・キャンベル(John C. Campbell)
トーマス・K・フィンレター(Thomas K. Finletter)
ジョージ・S・フランクリン・ジュニア(George S. Franklin, Jr.)
I・I・ラヴァイ(I. I. Rabi)
ロズウェル・L・ギルパトリック(Roswell L. Gilpatrick)
N・E・ハラビー(N. E. Halaby)
ビードル(Bedell)と呼ばれた、ウォルター・ベダル・スミス将軍(General Waltere Bedell Smith)
ヘンリー・デウォルフ・スミス(Henry DeWolf Smyth)
シーズルズ・ウォーレン(Shields Warren)
キャロル・L・ウィルソン(Carroll L. Wilson)
アーノルド・ウォルファース(Arnold Wolfers)

こいつらは悪いやつらです。彼らが「研究グループ」でした。そして、最初のMJ-12は悪いやつらで構成されたわけではありません。彼らは、アメリカ人のことを考慮して構成されました。後で起こったことがだんだん悪くなりました。大統領から力を奪い取ること、陰の政府の形成、アメリカ人に麻薬を売ること、などなどなどであります。私が終える前に私はこういうことのすべてをカバーすることはしません。その頃のことです。

第二期の会合は、クウォンティコ・マリーン・ベースで開かれました。そして、そのグループは「クウォンティコII」と知られるようになりました。ネルソン・ロックフェラーは、MJ-12と研究委員会のために、彼らが大衆の詮索から離れて会合できるように、メリーランド(Maryland)のどこかの飛行機でしか行けないところに避暑地を建設しました。彼は土地と建物を寄付しました。


キッシンジャー、ブレジンスキーが政治の研究リーダー、テラーは科学の研究リーダーだったのである。

ところで、こういう名前のリストには序列がある。日本とアメリカはちょうど順序が逆である。

日本は重要なものが大トリで最後に配置するが、だから、後ろに出るものほど大物になるが、欧米は逆で先に出るものほど大物なのである。

面白いことに学会の講演もそうで、我が国の学会では、小物が最初に出て来るが、アメリカの学会では大物が一番最初に出てくる。

日本では、最初に小物が出てくると聴衆もちらほらと集まり始め、最後のメインが来るころにはいつしか聴衆が満杯になるというやり方だが、アメリカでは最初に満員状態で大物を出迎え、それが終われば聴衆がいっしょに去ってしまい、小物の時にはだれも聞いていない。そういう感じになる。

私が1998年のアメリカ物理学会100年祭で講演した時、私の出番はかなり後ろの方で100人席のうちたった数人が聞いてくれた程度だったヨ。タンパク質の折れ畳の話は満員だったが。

欧米の権威はたいていユダヤ人あるいはユダヤ系だから、せっかちで自分は売り込みたいが人のことや雑魚はどうでも良いという人が多く、いつしかこういう形になったようである。主要なものだけどんどん聞いてさっさと帰って自分の論文を書く。雑魚は雑魚同士で適当にやれ。こういう感じですナ。


というわけで、戦後の米政治はロックフェラー家がいかにアメリカをユダヤ化するかの計略(アジェンダ)を目論んだのだが、それが暗号名「カントリークラブ」という秘密の研究会だったのである。

ここで若いキッシンジャー(当時ハーバード大教授)とブレジンスキーと水爆の父エドワード・テラーが名を上げたのである。

かれらはそれぞれの学会のボスだから、プロ中のプロである。それに対して、大統領など政治家は一般人に選ばれた普通の庶民である。だから、アマチュアにすぎない。

テラーは科学部門において日本ではその存在が全く知られていない「ジェーソン・スカラー」という組織のボスになったのである。これは、いわゆる米軍内の科学組織のことである。

だから、ここで行われた研究内容はすべてclassified(極秘)扱いのため、何十年も経たないと一般公開されない文書となる。だから、当然我々日本人の目に触れることはない。

たまにここからスピンアウトして大学教授になったようなものが、その一端を一般の科学界にリークするだけで、本質的なことはほとんど知らされないことになっているわけだ。

ちなみにこの「ジェーソン・スカラー」の科学者になると、一般人が見れば、あの人何しているのか分からないのに、なぜかアルファロメオに乗っているとか、フェラーリに乗っている
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とか、そういう感じでとてつもなく良い給料がもらえるらしいですナ。

我が国でたった一人だけここに入った人物がいた。

それが、鈴木龍成博士(仮名)である。まだ現存である。
「エリア51」S4に入った日本人がいた!?:鈴木竜成氏の「宇宙人の柩(ひつぎ)」


東大医学部出身のこの博士は、日本人としてただ1人ジェーソンスカラーとしてエリア51内の地下基地で、グレイエイリアンといっしょに研究されたのである。


テラーはもちろんエイリアンの存在を知っていて、ETV(宇宙人の乗り物)の研究を指揮していた。その部下にスタン・デヨ博士やら、ボブ・ラザー博士やら、アデア博士などがいたわけである。

むろん、リモートビューイングのマクモニーグルなどもこうした世界の住人である。


まさに氷山の一角というように、米政府はアメリカの水面に出ている氷山の一角でしかない。実際にはその何十倍もの地下組織があるわけだ。

日本人が見ている、あるいは、見ることができるのは、その氷山の一角の一部だけのことにすぎない。

ところで、そういう大事な極秘施設に入るには口の固い人間でないと難しい。リークすれば、死である。


ごく最近、NASAがついに宇宙における生命体をISSの表面に付着しているのを見つけたというニュースが出てきたようだが、いよいよ宇宙では我々だけではないということが報道されるのも目前である。

(あ)エーテルの存在→相対性原理の破綻→反重力理論
(い)生命の存在→平衡理論の破綻→非平衡理論
(う)別人類の存在→単一起源説の破綻→平行進化論
(え)宇宙人の存在→人間原理の破綻→宇宙進化論
(お)死後の世界の存在→唯物論の破綻→唯心論

などなど。

そろそろ表の世界でまかり通ってきた「標準理論」からこの宇宙の真実である「非標準理論」への大転換の時代に入るのではなかろうか?

つまり、若者の時代到来である。

第二の革命の時代到来の予感がする今日このごろなんですナ。

まあ、我が国のダマスメディア、捏造メディアからはこういうことはまったくスルーされるに違いないがナ。


さて、忘れるところだったが、このブレジンスキー博士、反日に燃え盛る韓国に対しても厳しい通告をしてきたことで知られる。

つまり、韓国よ、お前たちは日本と中国と北朝鮮のどこをとるのか?

とさんざん韓国に警告してきたのである。
グッバイ・コリア、”さよなら”韓国、僕たちは忘れない!:南朝鮮人国終焉か!?

結論から言えば、3つの選択しかないと考えられているようである。
1。親中共路線:「中国による東アジアの覇権を受け入れ、中国とさらに接近する」
2。親日路線:(反日行為をやめて) 「歴史的な反感にも関わらず、日本との関係をさらに強化する」
3。消滅路線: 「北朝鮮の一部になる」

オバマ大統領のメンター、ブレジンスキー博士は最初の2つしか取りえないと言っているらしい。

ではなぜそうなるのか?


ところが、いまだ一向にブレジンスキーの質問に答えていない。

まさに朝鮮脳である。まあ、朝鮮人をまともな人間だと思っているところにユダヤ人の馬鹿さがあるのだが、あまりにアジア人について知らなさすぎる。

ブレジンスキー博士、今度はもう少し賢い人間として生まれ変わってチョ。



いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-06-12 11:07 | コンスピラシー

U20W杯韓国大会決勝:イングランドが優勝!ベネズエラ準優勝、イタリアが3位、ウルグアイ4位!   

みなさん、こんにちは。

さて、U20W杯韓国大会は、Kの法則のせいでさんざんだったが、なんとか3位決定戦と決勝戦まで行き着き、全日程終了したようである。以下のものである。

3位決定戦
Match 51: Uruguay v. Italy - FIFA U-20 World Cup 2017→0-0PK3-4
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これがあのイタリアか?というほど大きな成長を遂げた。

決勝戦
The Final: Venezuela v. England - FIFA U-20 World Cup Korea Rep. 2017→0-1
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このPK失敗が勝負を分けた。
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やはり若い世代の大会だから、一次リーグの初戦と比べると、最後の日の試合は格段の進歩がなされていて、これがあのベネズエラやイタリアかというほどに大きな成長を遂げたようである。

監督が悪いばかりに不甲斐なく1次リーグ敗退して、たいして得るところなく帰国した我が日本代表と比べたら、やはり激戦を勝ち上がり、最後の日まで残ったチームというのは、将来への自信という意味ではまったく違ったものになったはずである。

この意味では、いつも日本サッカー協会が3流監督をユースの監督に抜擢するという悪循環を繰り返すことの悪弊が出ているといえるだろう。

なにせ今回のベスト4は、イタリア、ベネズエラ、ウルグアイ、イングランドであり、うち2チームは日本と同じ1次リーグのチーム、ウルグアイは初戦で日本と戦い、ベネズエラはベスト16で辛くも日本に勝ったチームであり、日本はベスト4のうち3チームと拮抗した非常に良い試合をしたのである。

日本の監督がもう少しレベルが高かったら?

だから、だいぶ前から言ってきたように、なでしこジャパンで世界優勝を果たした
佐々木則夫監督
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に日本の男子のユース代表や日本代表の監督をお願いしたらどうかと。

サッカーに男女の差は別にない。

世界大会で常に決勝まで行く経験は男子サッカーにはない。

だから、そういう素晴らしい経験を得た佐々木監督から得るものは非常に大きいはずなのである。

ハリルホジッチ、ザッケローニ、ジーコ、オシム、トルシエ、。。。

こういった監督もいい監督には違いないが、選手としても監督コーチとしても世界優勝の経験がない。

岡田、手倉森、内山、。。。など

日本人監督は論外である。

次回大会を期待したい。2年後である。今度こそ久保健英選手の時代である。もっとも久保選手にはまだ二回チャンスがあるが。

関係者のみなさん、お疲れ様でした。


ところで、このウルグアイとベネズエラは犬猿の仲だったらしいが、なんと同じホテルに居住。

そのせいで、決勝戦の前日にホテルの通路ですれ違った際に大乱闘を起こしたのだとか。

結局、このにチームともに負けてしまった。

これぞ韓国の法則発動。


いやはや世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-06-12 08:55 | サッカー&スポーツ

だれがディラックのδ関数を発明したか?:実はノーバート・ウィーナーだった!?   

みなさん、こんにちは。

さて、これは実に個人的な話題だから、数学や理論物理に関心のない人はスルーして欲しい。時間のムダである。

2週間ほど前にひどい腰痛になった頃から、ノーバート・ウィーナーの自伝、そして腰痛が回復してからウィーナーの初期の論文を少しずつ読んできているのだが、いくつか実に面白い事に気づいたのである。

もちろん、この気付きは、一般の物理学の歴史や数学の歴史書には殆ど載っていない。

まず結論から言うと、
(あ)量子力学の不確定性理論の発見はウィーナーの方がハイゼンベルグより先だった!
(い)ディラックのデルタ関数の発見者はディラックではなく、ウィーナーだった!

この二点である。


まず(あ)について
情報時代の見えないヒーロー
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ノーバート・ウィーナー「情報時代の見えないヒーロー」:彼はAIの未来を見通していた!?
によれば、ノーバート・ウィーナーは、1922年、1924年、1925年。毎年のように欧州に遠征に行った。

ウィーナーは1921年にいわゆる後にウィーナー過程と呼ばれることになる「ブラウン運動」の数学理論を公表していた。

これが欧州の英独仏で非常に評判になり、イギリスではハーディーやリトルウッドのところ、ドイツではゲッチンゲンのデービッド・ヒルベルトのところ、フランスではベノワ・マンデルブローの叔父であるショレム・マンデルブローのところへ行き、講演及び研究を行った。

だから、ウィーナーの一般調和解析の思想に基づく、複雑な運動に対する動力学理論がその頃欧州に芽生えたのである。一方、アメリカではウィーナーの思想を理解できるものはなかった。

ショレム・マンデルブローは東欧のハンガリーとかそっちの人だから、そこにいた若手に恐らく情報を提供した。その1人がバナッハである。バナッハ空間の最初の理論はノーバート・ウィーナーが定義したものであった。

1924年にウィーナーは19世紀末期の奇人変人数学者、
オリバー・ヘビサイド
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の直感的数学を厳密に定義することを考えた。

こうしていくうちに、力学的運動を調和解析していくという、ニュートン力学からギブズの統計力学の思想にもとづいて力学解析する方法を開発した。それがウィーナーの一般調和解析である。このレビューは1930年にまとめられたが、実際にはずっと前のウィーナーのフーリエ解析の教科書にも出ているのである。

そして、問題の1925年になって、ウィーナーは再びドイツのゲッチンゲンに渡る。当時のゲッチンゲン大学は文化、科学の世界最先端の場所であり、数学では晩年の
フェリックス・クライン
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中堅には
ダーフィト(デービッド)・ヒルベルト
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がいた。

一方、物理では
マックス・ボルン
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がいて、その研究室に若き天才、
ウェルナー・ハイゼンベルグ
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ウォルフガング・パウリ
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の2人がいた。

そこでノーバート・ウィーナーは、一般調和解析を用いて、音楽の楽譜のような周波数変調が時間的に生じる運動は、ある種の相補性あるいは双対性が生じるということを講演したのである。

つまり、雑音がホワイトであれば、そういう音符は一瞬の音であり、逆に長時間一定の音符はその周波数はたったひとつの周波数で記述される。この意味で、時間と周波数の間には双対性が存在するという理論を講演したのである。

そこにマックス・ボルンとそのお弟子さんたちもいた。若きウェルナー・ハイゼンベルグがそこにいたことは確認されている。


さて、私が40年前に大学で量子力学を勉強し始めた時、一番最初に読んだのが、ディラックの量子力学の英語版だった。その後、それを基にした朝永振一郎の量子力学(I)(II)を読んだが、その朝永の教科書の(I)にニールス・ボーアの前期量子論の説明からウェルナー・ハイゼンベルグの量子力学の発見の話が出ている。

しかし、どうしてそれまではニュートン力学では粒子の座標がx(t)で書かれるのに、ハイゼンベルグがそれの座標を

x(t) = ∑ x(n)exp{iw(n)t}

のようにフーリエ展開するのか理解できなかった。いったいハイゼンベルグはどこでこの発想を見つけたのか?

これは朝永先生の本をいくら探しても分からないのである。

実はこれがノーバート・ウィーナーの思想圏に属した内容だったのである。

ブラウン運動のような複雑な運動は、ニュートン力学の古典軌道として、時刻tの解析関数として書けるものではない。だから、たくさんのモードの重なりとして複雑で非周期の運動を理解するのだ。そのためには、ある時刻における位置座標のx(t)をモードw(n)でフーリエ展開すればいい。

これがノーバート・ウィーナーの考えだした一般調和解析学である。

ハイゼンベルグはただちにこれに基づいて、当時の量子力学の問題に適用した。そこで使えるのは、ボーアの発見である、量子転移はかならず二つの準位の差だけで書ける。つまり、w(m)-w(n)で記述できる。

量子準位は定在波として一つのモードw(n)で記述される。

これを使ってx(t)^2を計算すると、ウィーナーの調和解析からずれることを発見した。

この発見が量子力学の発見に繋がったのである。

翌年1926年にウィーナーはハイゼンベルグの先生であるマックス・ボルンと量子力学の論文を書く。ここでウィーナーは初めて「演算子」という概念を持ち込む。物理量の時間微分は時間微分演算子とは交換しないのである。そして、この時間微分演算子は実質上ハミルトニアンであることを証明した。

ここにいわゆる量子力学の全体像が生み出された。

そして、1927年にハイゼンベルグの不確定性原理の論文、およびボルン、ハイゼンベルグ、ジョルダンの量子力学の完成論文が登場した。

というわけで、ウィーナーの存在は我々の量子力学の教科書にはどこにも出てこないが、実際の科学の歴史においては、ノーバート・ウィーナーこそニールス・ボーアに匹敵する量子力学の祖であったのである。

実際、ニールス・ボーアにはハンス・ボーアという兄弟がいて、ハンスは有名な数学者だった。そして、ウィーナーは英国留学して以来、ハンス・ボーアとは親密な交流があったのである。だから、ハンスがニールスにウィーナーの思想を伝えないはずがなかったのである。


次の(い)の問題については、実はこれには明確な理由および証拠がある。

上述のように、私がディラックの教科書を勉強して以来、ディラックはどうやってディラックのδ関数を見つけたのか?という点が気になってきた。

しかしながら、最近でもディラックのデルタ関数の発見を行ったとされる1926年の論文を見てもどこにもないのである。

量子力学のどの本にも、どの教科書にも、1930年のディラックの量子力学で導入されたことになっている。そしてさらにデルタ関数は1926年にディラックによって発見されたことになっている。それもヘビサイドやクロネッカーのδの連続関数への拡張だと書かれている。

結論は、ディラックは最初からデルタ関数を使ったのであって、発明したのではない。問題の関数にδ関数という名前をつけて自分の理論に適用しただけなのである。

さて、だれがそれを現代的な意味で使い始めたか?

というと、これまたノーバート・ウィーナーだったのだ。

一般調和解析の初期の論文で明確にディラックのδ関数の萌芽、というより、実質上等価の関数の存在を証明した。それもヘビサイドの関数を厳密化するという手法できちんと数学的に定義したのである。

ここに日本語で超関数とよばれる関数になぜ英語ではdistribution(分布)と書かれたかの謎が説かれるのである。

ウィーナーは最初からある種の確率分布としてこのヘビサイドの階段関数H(u)から連続関数への一般化を行ったからである。

その論文がこれだった。
N. Wiener, The Operational Calculus (1926)


この論文の565ページの上から2つ目の式
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がいわゆるディラックのδ関数の定義に対応するものである。

そしてこの論文の後半では、それを使って分数微分の問題に応用していくのだ。

ヘビサイドは微分演算子の逆べきというものを最初に定義した。いまでは佐藤超関数のソリトン理論ででてきたものだが、なんとヘビサイドは最初に微分の逆べきを定義して、それが積分にあたる。だから、その指数を分数にしてもなんでもいいという論文を書いていたのである。

それがこれだった。
On Operators in Physical Mathematics. Part I(1892)
On Operators in Physical Mathematics. Part II(1893)


ヘビサイドはこういう手法を使って、エーテル中の電子運動によるウェイクの研究をしたのである。

あるいは、電子が光速を超えて運動する場合に生じる衝撃波の研究を行った。

さらに驚くべきことには、演算子法を用いてヘルムホルツの波動方程式の解を発見し、それが20世紀後半でいう湯川ポテンシャルに等価なものを見つけていたのである。ヘビサイドはpan potential(フライパンポテンシャル)と名付けた。

これをポール・ディラックが読まなかったはずがない。イギリスのケンブリッジ大学の図書館の薄暗い場所でディラックはひとり静かに読んでいたのである。事実、ディラックがいつも図書館の片隅の薄暗い場所で最新の雑誌を読んでいるのを目撃した日本人留学生もいたのである。


とまあ、こんな案配で、ノーバート・ウィーナーは、ブラウン運動の理論、ウィーナー過程、ウィーナー積分や調和解析だけではなく、バナッハ空間、分数微分、ディラックのδ関数、量子力学、不確定性、時間と周波数の相補性、制御理論、ネガティブフィードバック、確率統計、そしてサイバネティックスとほぼ科学の全分野で膨大な貢献をしたのだった。


しかし、かつて私がユタ大を卒業した時、ハーベイ・コーン教授に私のドクター論文を見せた時、
お前の研究は学際研究だから、下手をすると、数学者からは物理の理論とみなされ、物理学者からは数学の理論とみなされ、どちらの職も取れなくなる恐れがあるから注意しろ
と言われたのだが、まったくその通りのことが起こって今に至ったのである。

学際研究にはそういう実際的な危険があるのだが、どうやらウィーナーも各分野の老舗や有名人からはそういうふうに見られたフシがある。

数学者からはあれは理論物理だとみなされ、理論物理からはあれは数学だとみなされたり、あれは工業数学だとみなされる。

こういうことが起こったに違いない。

あるいは、2つの戦争の時代だったから、どの国の研究者からも自分が最初にやったと言われてしまったのかもしれないですナ。

いずれにせよウィーナーは世界のウィーナーだから特にその程度の理論を当時の若者に盗まれてとしてもなんとも思わなかった、屁とも思わなかったのだろう。


いやはや、科学の世界も今も昔も盗人だらけ。

いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
やはり同じ1925年の論文:
N. Wiener, The Harmonic Analysis of Irregular Motion
の105ページの最後から2つ目の式も実質上ディラックのδ関数とまったく等価な表式が使われている。これである。
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by kikidoblog2 | 2017-06-09 18:59 | ウィーナー・サイバネティクス

U20W杯韓国大会準決勝:ヴェネズエラとイングランドが決勝進出!   

みなさん、こんにちは。

再びU20W杯韓国大会。相変わらず韓国人は自国チーム以外一切見に行かない。どうやらそういう民族のようである。準決勝だというのに観客席がガラガラなのだ。

だから、日本大使館前のデモ行進とか、そういうものがさかんなのは、どこかから金が得られるからだということだろう。実際、我が国の左翼デモは日当5000円。テレビに映れば5000円増し。逮捕されたらまた5000円。こういうふうな課金システムなんだとか。

要するに朝鮮人ほど現金な民族はいないのである。

さて、話が逸れたが、準決勝は以下の結果となった。

第1試合

ウルグアイーヴェネズエラ
Match 49: Uruguay v. Venezuela - FIFA U-20 World Cup 2017→1-1, PK戦でヴェネズエラ勝利
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両者譲らず、1−1でPK戦突入。ヴェネズエラが優勝候補のウルグアイを撃沈。


第2試合
イタリアーイングランド
Match 50: Italy v. England - FIFA U-20 World Cup 2017→1−3
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イングランド、ついに若手育成に成功で圧勝!しかしほとんど移民の子となった!



いやはや、日本とからくも1-0で勝ち上がったヴェネズエラがまさかの決勝進出。

一方のイングランド、決定力の差でイタリアを一蹴。このイタリアも日本と引き分けたチームだった。

この意味からも、やはり内山監督の采配ミスさえなければ、あるいはもう少し世界を知る監督が採用されていれば、U20日本代表は決勝戦に勝ち上がれたのではなかろうか?

我が国の問題は、すでに監督の問題なのである。

いくらいい選手がいても、代表の監督さんがトップレベルでなければ、チームはトップレベルにはいけない。

しかし、監督が良すぎるとまた選手は意図が理解できずに失速する。

この辺は実に難しいところである。

この監督にしてこのチームあり。

これが本当のところかもしれないナア。


いやはや、世も末ですナ。


というわけで、決勝戦は、ヴェネズエラーイングランド。

私としては日本に薄氷の勝利をしたヴェネズエラに優勝してもらいたい。




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by kikidoblog2 | 2017-06-09 15:24 | サッカー&スポーツ

武田鉄矢の「今朝の三枚おろし」:「日本はなぜ負けるのか?」→「戦争の敗戦から学ぶ勝者のメンタル」   

みなさん、こんにちは。

さて、昨日武田鉄矢さんの今朝の三枚おろしの話に非常に興味深いものがあるということを指摘しておいたが、忘れてしまわないうちにそれをメモしておこう。以下のものである。

(あ)第一次世界大戦の真実
【武田鉄矢今朝の三枚おろし】中国・韓国と上手くいかないのは、日本が第一次世界大戦を知らないからだった!
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片山杜秀
「未完のファシズム」
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(い)真珠湾攻撃の真実
【武田鉄矢今朝の三枚おろし】真珠湾攻撃の真実
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淵田美津雄
「真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝」
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(う)日本はなぜ負けたのか?
【武田鉄矢今朝の三枚おろし】負けることにも失敗した日本
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戸部他多数
「失敗の本質―日本軍の組織論的研究」
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(え)ミッドウェー海戦の真実
【武田鉄矢今朝の三枚おろし】ミッドウェー海戦「失敗の本質」を知る
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(お)韓中衰栄と武士道
【武田鉄矢 今朝の三枚おろし】韓中衰栄と武士道
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黒鉄ヒロシ
「韓中衰栄と武士道」
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さて、順番はともかく、このシリーズは戦前戦中戦後を貫く我が国の国民性、いわゆる「日本人特有のメンタリティー」を実に見事に触れる結果となっている。

だから、ぜひ読んでそれぞれ考察して欲しい。

が、国民性というのは文化伝統の他に遺伝的なものもあり、DNAに刻まれたものは、韓国の朝鮮人や中国の支那人がそうであるように、我々日本人にもどうしようもないという面もある。同様に西洋人にもユダヤ人にもアラブ人にもアフリカ人にもそれぞれにそういう特別な部分はある。

非常に分析したい部分が多く、それぞれはまた今度にして、まずはいくつか補足修正する部分。

(あ)で、たしかどこかに第一次世界大戦の時のドイツ人捕虜の話があり、そこから「ベートベンの第九」が始まったのだという話があったと思うが、そこで鉄矢さんは、松江市だかどこだかだから愛媛に捕虜収容所があったと言ったが、それは二つのことが合体して混乱したからのようだ。

この捕虜収容所は「坂東俘虜収容所」であり、四国徳島の鳴門にあった。その所長の名前が福島県会津藩出身の松江所長だった。以下のものである。
バルトの楽園(予告編)


国旗の重み ~板東俘虜収容所 第一話~


しかしながら、我が国では「死者の魂は永遠に生き残り、みな合一する」という宗教観を持つから、例え敵兵、異人であったとしても、死後は手厚く葬る。これが我が日本人の伝統である。だから、別にドイツ人が特別だったわけではない。ロシア人、米人、イギリス人、フランス人、ドイツ人、支那人、韓国人みな合祀したのである。あるいは、それぞれの墓地を用意した。
テキサス親父「武士の情け」に感涙!:国を背負って戦った勇者の尊厳は命を掛けて守る!


この点をまずは武田鉄矢さんは誤解しているようだ。


(い)の淵田美津雄さんの話の中で、
「日本人には宗教がないのにどうしてあれだけの戦争ができたのか?」
という、米兵や米人司令官の疑問があるが、単に「おかあさ〜〜ん」「万歳」と言って特攻していったわけではない。

鶴田浩二の「同期の桜」
軍歌 同期の桜 鶴田浩二
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にその時の特攻隊の思いがそのまま出ているように、なぜなら鶴田浩二こと小野栄一さん自身、特攻隊の生き残りだったからである。

この我が国の日本人の死生観のルーツは、超古代エジプトや古代イスラエルの10支族の多神教にまで遡り、その後も天皇家の神道、秦氏の古代景教(ネストリウス派)、そしてインドや支那仏教の体裁をとって伝来した真言宗や浄土真宗など、我が国の死生観にははじめからユダヤ・キリスト教的な部分が多いのである。そしてそれ以外に日本人独特の土着の先祖崇拝や万物崇拝と合わさって今の形になっている。

だから、「日本人に宗教がない」というのは、日本人を知らない西洋人の独特の間違った認識に過ぎず、すでに日本人は宗教と名乗るほどの鬱陶しいものではなく、空気や水のように身体に染み付いたものなのである。

いま我が国に訪れるごく一般レベルの諸外国人がこれを不思議に思い、学んでいるところなのである。

結論から言えば、我が国の宗教は超古代エジプト文明のラーの太陽神崇拝の霊魂不滅の思想に一番近いのである。

(う)の日本の失敗の分析では、ここに誤りやすい点があるので、それをメモしておこう。

つまり、過去の分析では、韓国朝鮮人のような
「遡及法」的な考え方は間違いだ
ということである。

つまり、今の現状から過去を推し量ってはならないのである。あくまで、過去のその時点の状況まで遡って問題を分析し直さなければならない。いまならこうだから、過去でもこうあるべきだったというのは間違いだという意味である。

そうしないと、人物評価を間違い。下手に悪評を生み、自虐史観に輪をかける結果になる。

(え)のミッドウェー海戦の時代を語る上では、やはりアメリカと欧州との関係を知らないと、かなり誤解を呼ぶ。別に武田鉄矢さんの落ち度というわけではないが、それぞれの本の著者が、まず共通に落ちいいっているのは、
(1)陰謀論に無知
(2)科学に無知
この2点である。

これらの本の著者は、単に歴史的偶然によって第1次世界大戦、第2次世界大戦が起こり、そして第3次世界大戦がいままさに起きようとしているが、実はこうしたものは、壮大なアジェンダ(計略)があって起こされたものであり、自然に勝手に起きるものではないのだ、という視点がないということにある。

欧米社会は、貴族社会であり、王国社会である。つまり、王族貴族という人種と、一般平民という別の人種の二種分離系の社会である。だから、戦争に行く人間と行かない人間に最初から別れているのである。

一方、我が国は天皇家があっても、人種的には一般人と同根であり、我が国日本の誰一人にも、天皇家の祖先と共通の遺伝子が存在する。だから、日本人の象徴として、日本人を代表する「大父」として天皇は存在する。だから、王ではない。

そこへ行くと、支那朝鮮では、王族は別の他所の国からやってきた他所の民族である場合がほとんどである。だから、お上と平民には欧州型の分離があるわけだ。

この事実を知らないと、他国民と日本人とを比較する場合に大きな誤解を呼ぶことになる。

だから、欧州の場合、王族貴族の中に、世界支配を企むものがいて、そのものの手下がいまでは銀行家になり、大企業の所有者や大株主になっている。彼らには、平民がどの人種でもかまわないわけだから、1大帝国を作り上げてその支配層に入ればそれで結構なわけだ。

これがいわゆるNWOやらシオニストである。

ナチスはこれを平民のユダヤ人だったヒトラーが真似ただけにすぎない。ソ連のユダヤ人のレーニンやグルジア人のスターリンも、自分がその支配層になりたかったにすぎない。


一方、一般に日本人の歴史学者は科学の歴史に浅はかである。だから、まさに旧日本軍人がやらかした間違いと全く同じ轍を踏むのである。

第1次世界大戦は科学の戦いだった。それを知らなかったから、第2次世界大戦で日本が負けたのだ。

これは真っ赤なウソだ!

この一文にこそ我が国のリーダーたちの弱点があるわけだ。


西洋において、15世紀の大航海時代に帆船技術が発明された。つまり、磁石の方位磁石の応用が始まった。これにより遠洋航海ができるようになった。磁気学の発達である。また大砲や鉄砲が発明された。

16世紀、ちょうど我が国の戦国時代の頃、時計(クロック)が発明された。これを理解するために、いわゆる古典力学が誕生したのである。これがガリレオの時代である。

17世紀になって、ケプラーやケプラーの時代になって、望遠鏡が発明された。これで天体の観測ができるようになり、力学理論が完成したのである。望遠鏡の発明により、敵艦隊を遠くから観察できるようになった。

18世紀になって、ワットにより蒸気機関が発明された。ここから、熱力学が誕生した。ここからいわゆる黒船が登場した。そして、イギリスオランダの連合艦隊がスペイン・ポルトガルの無敵艦隊を打ち破るスペイン継承戦争が勃発した。

19世紀になると、ボルタの電池の発明が起こり、フランクリンの電気の発見が起こり、ファラデーやマックスウェルの電磁気学が生まれ、ろうそくの時代から電気の時代に入った。そしてヘルツの電信電話の時代に入った。またアボガドロの原子論が生まれ、化学が誕生した。

20世紀始めになると、テスラの多相交流モーターの発明、エジソンの電球の発明、スタインメッツの電気回路理論のおかげで、水力発電が実現し、社会に電化文明が到来した。

そして前半のうちに、強電から弱電への転換が起こり、いわゆる電気回路の時代に入った。そして相対性理論、量子力学や原子核理論が生まれた。

そして、第1世界大戦の時代。すでに人工計算機、通信と暗号、暗号解読機の時代に入った。

第2次世界大戦の前には、電子計算機の開発が始まり、ウィーナーの登場によりサイバネティックスが生まれた。

第2次世界大戦中にイギリスでレーダーの発明があり、アメリカのウィーナーによる制御理論が生まれ、レーダー追尾して敵機を撃墜するシステムがアメリカで生まれた。

そして、その時がミッドウェー海戦の時期だったのである。


さて、問題は、第1次世界大戦と第2次世界大戦で何が違ったのか?

というと、実は第一次世界大戦の時、ウィーナーによれば、当時は政治家、科学者、軍人が三者三様に独立して動いていた。だから、意思統一が計れなかった。

一方、ドイツは中央集権国家で統一がなされていた。

特に、軍人が科学者を馬鹿にしきっていた。だから、一流の若手科学者、例えば、マイケルソンーモーリーの実験のモーリー(モーレー)も戦地へ行って戦士した。哲学者のヴィトゲンシュタイン、数学者になったカラテオドリーも戦争に行った。ヴィトゲンシュタインは戦地で歴史的な哲学書を書き、カラテオドリーは戦地で自分は生き残ったら数学者になると決心した。

同様に、ユダヤ系のアドルフ・ヒトラーはドイツ兵として第一次世界大戦に出兵し、そこで未知の存在と出会い、「俺の言うとおりにしろ。そうすれば、お前を世界最高の人物に仕立て上げる」という声を聞いた。そして捕虜になっている時に「我が闘争」を書きあげた。

アメリカは無傷だったが、戦争兵器の提供者として参戦した。そして、この反省から、第2次世界大戦の時には、
科学者は従軍しないで戦時研究することになった
のである。これがロスアラモス研究所である。

そして、人工計算機のエンジニアだったヴァンネヴァー・ブッシュが大統領顧問となり、いわゆる「軍産複合体」をアメリカに作り上げたのである。このブッシュの共同研究者がノーバート・ウィーナーだった。

したがって、日本が日露戦争や第1次世界大戦のままだったのに比べて、世界=欧米はだいぶ先に進んでいたのである。ウィーナーの思想圏の下でアメリカにはすでに電子計算機ができていた。主にベル研究所や一部の大学ではモデル機ができていたのである。

これが戦時中に軍事用として完成し、これが原子爆弾の開発計算に使われたのである。

同時に、ゼロ戦を追尾して撃墜するための砲台制御システム回路が完成した。

したがって、ミッドウェー海戦の時には、我が国は肉眼や双眼鏡で敵艦隊を発見しなければならない時に、すでにアメリカでは空母や戦艦のレーダーが敵艦隊や敵編隊を発見し、相手がいつどこに現れるかを予測して撃墜体勢を取ることができたのである。

これが本当の差なのであって、別に日本軍人が米軍人に劣っていたから負けたのではないのである。

ミッドウェーの海戦の前までは、日本が物量でも勝っていたが、この敗北により、海軍の両手を失い、南海諸島をマッカーサーの「蛙跳び作戦」で失い、日本軍が孤立し、シーレーンを失って、それから日本に物資が届かず、結局、物量に差がつく結果になったわけである。


そしてもう一つの問題は、特攻作戦の方法である。

ドクター中松は最後の日本帝国海軍の若手将校だったが、最後の最後の神風特攻隊の時、中松の上官は、「夜間の特攻」を進言した。それも夜間に敵戦艦の上空に行って、真上から垂直に降下して体当りする。この方が100発100中になると。

ところが、大本営はこれを拒否。あるいは無視して、昼間の水平突撃を命じた。これがいわゆる神風特攻隊である。

垂直落下であれば、水中用も陸地用も無関係である。また高射砲や大砲は真上を打てない。

いまでいうバンカーバスター方式である。

なぜこれをしなかったのか?

これはまだ誰も答えてはいない。

も一つの大問題は、これは欧米軍の最先端科学技術の参謀であったウィーナーのお弟子である池原止戈夫博士が我が国に帰国していたのに、どうして池原博士とウィーナーのコネを利用して、欧米の科学の発展状況を調査しなかったのか?

電子計算機の開発者のメンターだったウィーナーは1935年に日本に来たのである。東大と阪大で講演していた。この時にどうして監視するのではなく、ウィーナーから西洋の現状やトレンドを聞き出さなかったのか?

これも謎である。

が、こういうところに日本人の科学者への無理解や科学に対するある種の偏見が見えるのである。

武田鉄矢さんも分数で躓いたという。数学嫌いである。

現代の欧米の科学技術は数学者が数学を応用して電気回路や電子回路を作り、数学から電子計算機を生み出したのである。今流行のAIはすでに1930年代にノーバート・ウィーナーがメキシコのローゼンブロート博士といっしょに主張したものである。それが後にサイバネティックスの名で出たに過ぎない。その時より20年前からその思想は欧米には現れていたのだ。

ところで、メキシコは1930年代には非常に美しく発展した希望に湧いた国家だったらしい。そして1964年のメキシコ五輪で我が国のサッカーが初めて3位になったときまでは、非常に素晴らしい国だったらしい。

ところが、今はどうだ?

麻薬の国家であり、危ない国の代名詞になってしまった。

いったい何が起こったんでしょうナア。

それが、ヴァンネヴァー・ブッシュの親戚家系のジョージ・パパ・ブッシュがCIAの時代になって、ノリエガ将軍を使って麻薬ビジネスを始めたことが直接の原因なのである。

ジョージ・パパ・ブッシュのCIAがメキシコを愚民化したのである。


いまこの悪の手がここ日本に忍び寄っているわけだ。これが我が国に大量の麻薬密輸が絶えない理由である。

だから、俺は昔の侍階級の復活、銃刀法を改正し、銃所持免許制にして、現行犯では正当防衛で射殺できる国になれと主張しているわけですナ。

さもなくば、弱い人が自分の身を守ることができないからだ。女性は屈強な不遜犯罪者3人もいれば、すぐに集団レイプ殺害されてしまうのである。しかし6発入りの拳銃があれば、それを防げる。


ちょっと話がずれたが、武田鉄矢さんの話に、米軍機の機銃や米戦艦の機関銃がゼロ戦を当てやするために編み出した方法に、何発かに一発光る弾を入れた、という話があった。

それがこんなやつ。
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よく映画で見るように銃撃の軌跡が光っているのは、そういう「光る弾」が仕込んであったからだという。

さて、一方、アメリカのウィーナーは完璧主義者だった。だから、砲台制御システムも完璧な理論を作って完璧な装置を作ろうとしたという。

ところが、アメリカの上層部は現実的だった。

武田鉄矢さんの話にあるように、臨機応変。適当に爆撃せよといって帰還した。

この話にあるように、いわゆるアメリカのヤンキー(日本のヤンキーではなく、ニューヨークヤンキーズのヤンキー)は独特の発明の才があるというが、もう一つ

Rule of Thumb(親指の鉄則)

という言葉がある。

意味は「いちばん大事なことを見定める」というような意味である。要するに、あまりに細かいことはどうでもよく、一番本質、いちばん大事なことができればいいという思想である。

ミッドウェー海戦でもこれが出ていたわけだ。まずは敵空母を撃沈すること。

さて、そこでこの話の本質に来た。

つまり、「日本人のメンタリティー」というものだが、武田鉄矢さんのいうように、日本人は一度にいくつものことができる方がいいという特有の思想がある。

あれもこれもできる。一挙両得。

こういう思考形態がある。

サッカーでもそうで、それぞれが専門家であるよりは、一人ひとりがなんでもできる方が良いという思想がある。文武両道もその典型であろう。

会社でもそうで、なんでも売る方が良い。そういうふうに考えやすい。

しかしアングロサクソンはそうではない。独占禁止法。一社一業種。

こういう思想は、アングロサクソン特有の思想である。ユダヤ人にはこの考え方はない。

人はそれぞれ一番得意なことだけ伸ばせばいい。神様がある才能をくれたのであれば、それを一生使えばいい。こういうふうな思想がある。

身体の小さい人やサッカーが苦手の人がサッカーする必要はない。

したがって、空母の火事には火消し職人がやればいいのであって、あるいはそういう防火装置をつければいいのであって、大砲係は大砲だけ打て。

こういう考え方になる。

一方、我が国では、大砲係が火消しに走ったり人命救助までする。その結果、本業が疎かになって、敗北する。

サッカーでも1人がなんでも守備も攻撃もできるようにするから、すべてが時間が足りずに曖昧になる。全部がなんちゃってサッカーになる。

ヘッドならあいつは百発百中というふうにはならない。

また、日本人は、一撃必殺。百発百中を求める傾向が強い。やるからには絶対失敗が許されない。
だから、ボクシングでも手数が極端に減る。

これに対して米人は、当たればいい。効率的に倒せばいい。そう考える。だから、ショットガンを発明した。

ゆえにボクシングでも手数が勝負であり、手数を撃つうちに一発でもラッキーパンチが出ればいいという発想になる。

また米軍機の機関銃の弾もショットガンのように破裂してどれかが敵機に当たればいいというものである。

米軍ジェット爆撃機の劣化ウラン弾のような最近の爆弾も地雷もみなこの手のショットガンスタイルである。

科学でもこの思想がDNA解析のショットガン法を導き、ノーベル賞を取った。



ところで、この話と一見関係ないが、本質でつながっているのは、卓球の平野美宇選手がアジア選手権で初優勝した時の話である。

この平野選手のコーチは元中国代表の卓球選手らしいが、この人の言っていることが実に日本人とは違っていたので実に興味深い。

平野選手は何か失敗した時、どうしてあんなプレーをしてしまったのかと自分を責める。そんな時、その支那人コーチがいう。
「失敗したにしろ、失敗したことを責めてくよくよするより、何をすればその失敗をしなくてすんだか、それを見つけろ」
と言ったのである。

簡単にいうと、
なぜ卓球は中国人が上位を占め、日本人が優勝できないか?
というと、
中国人には勝者のメンタリティーがあるが、日本人にはそれがないから
である。むしろ、敗者のメンタリティーがあるからだ。


このことは「失敗学」「日本軍の失敗」「日本サッカーの敗北の歴史」でもそうだ。

失敗したことを悔いるのではなく、どうすればその失敗を避けられたかを発見するために過去を振り返るのである。

翻って、サッカー選手の傾向もそうだ。香川真司が決定機でシュートミスする。すると、ポールを蹴ったり、手を叩いたり、芝生を叩いたりする。そして、うつむき加減に下を向いて歩く。日本人選手にはこういうことをする選手が多い。

この瞬間、この後も試合はリアルタイムで進んでいる。感傷にひたっている場合ではない。

この習慣が引き続いていった結果、日本のサッカー選手の大半の選手が姿勢が悪いのである。野球や他のスポーツの選手たちと比べても、他国のサッカー選手たちと比べても、我が国のサッカー選手だけが、うつむき加減で歩き、いつも地面ばかり見て歩く習性がある。猫背になり、首が前に曲がり、本当に物理的にも曲がってしまうのである。

これは、失敗ばかり悔やむからである。

サッカーは失敗のスポーツである。四六時中、予想外の事が起こる。いつも自分のやろうとしたことができない。お互いにそうやって潰し合うスポーツである。

こういう場合に、失敗を悔やむ習慣を身につけると、心理的に落ち込み、その結果姿勢も悪くなるのである。胸を張れないのだ。

したがって、やはりどうしてこういうプレーができなかったかと悔やむよりは、こうすればよかったというふうに反省すべきなのだ。ゴルフの選手がパターを外したり、ミスショットをした後に、同じことをやり直す。ああいうことをすればいいのである。

戦争でも全く同じことだろう。

敗戦の理由を発見して自虐史観に陥るよりは、もっとこうした方が良かったなと別解を発見すればいいわけである。こういうことをしないから、いつも同じことをするという自分の癖や習性が出るのである。

これが「日本人特有のメンタリティー」と呼ばれるものである。


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-06-09 12:20 | 武田鉄矢・三枚おろし

昨日の日本対シリア戦:「セクシーサッカーの乾選手に足りないのはセクシーな頭脳だ!」   

みなさん、こんにちは。

いやはや、昨日の日本対イラク戦、これまたフラストレーションの溜まる試合だった。

後半乾選手が出てきてから攻撃が非常にスリリングになって、かつての野洲高校時代のセクシーサッカーの片鱗が見えてきたのだった。

が、あと少し、もう少し乾に頭脳があれば、乾に足りないのは技術ではなく、頭脳である。

そんなことを思わせてくれる試合だった。以下のものである。

日本代表 乾貴士 個人技で沸かせたシリア戦 全タッチ集20170607


この場面でどうしてここで左足で出さないのか?→右で蹴って敵にぶつけた。
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このパスの後どうしてフォローに行かないのか?→長友がリターンできず。
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つまり、乾が前に突っ込めば、相手は乾をマークするから長友がフリーになれたわけだ。
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この場面でどうしてキーパーのいたニアを狙ったのか?→ファーには2人仲間がいたから、確実にゴールになった。
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どういうわけか味方を狙った。
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そしてハリルに怒られた!乾がふてくされる。いつものパターン。
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この場面でもどうして左を狙いリバウンドを狙う2人がいる右サイドを狙わなかったのか?→結局大迫の金玉に命中!
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チーン
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ダウン
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この場面でどうしてワンツーをしないのか?→バックパスしてパスの出してを使わず
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相手の意図を理解せず
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この場面でどうしてワンツーでシュートまで行かなかったのか?→PKエリア内でパスして終わり
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パス出すつもりだった岡崎がターンしなければならず失敗
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一番悪いのは、乾はドリブル突破要員として投入されたわけだ。

だから、徹底的にドリブルで崩して味方にパスする役目に徹すべきであった。

特に、終了間際の後1分という時間のない時は、自分ひとりでドリブル突破してシュートまで行っても良かったはずだが、そういう場面では乾は後ろに下がって適当にパスして結局時間終了となった。

本来なら乾は最後に中央突破してシュートして終了になるべきだったのだ!


とまあ、今回は乾選手をピックアップしたが、別に乾選手に敵意があるわけではないし、他の選手より悪かったというわけでもない。同じようにすべての選手が自分の個性とその役割をまったく理解できていなかった。

まあ、これは今の日本代表のやり方には限界があるということの証明である。

つまり、欧州リーグにいる選手が予選の試合のたびに日本に集合して、そこで1〜2週間の合宿をして準備するという、即席ラーメンのようなやり方ではだめだということである。

Jリーグや欧州リーグの日程上、これまでもジーコの時代、ザッケローニの時代からずっと同じことを繰り返してきたわけだが、そろそろこのやり方を変えるべき時が来ていると俺は思う。

つまり、どうすればいいか?

というと、他の欧州の強豪国を見れば分かるが、彼らもまったく同じような問題を抱えているわけだ。だから、イタリア、ドイツ、スペイン、イングランド、フランスなどの強豪国は、自国リーグの最強チームのメンバーをコアにして、半分を集合組で集めるというような方法なのである。

つまり、我が国にあてはめれば、今年であれば、浦和か、川崎、昨年なら鹿島、こういうチームのレギュラーをコアメンバーにして1チーム集める。この中で弱そうなポジションに他チームからあるいは欧州から補完する。こういうやり方しかないわけだ。

中盤は浦和の選手に任せる、守備は鹿島に任せる。攻撃は川崎に任せるというようなやり方である。

こうすれば、チームの集合練習時間がない場合でも、コンビネーションや意思の疎通は取れるのである。

ラグビーの日本代表は、これに近い形でやってあの南アに勝利した。ラグビーの場合、チームキャプテンのほかにポジションごとにポジションキャプテンを置き、それぞれの意思疎通を任せた。

サッカーでもこれと同じように、フォワードキャプテン、中盤キャプテン、守備キャプテンとおいて、さらにチームキャプテンを置くようにすべきであろう。

さもなくば、ラインコントロールもできないし、組織的攻撃もできないことになるからである。

いまでは各個人が自分の経験に合わせて「適当に」プレーしているだけである。

はたして樋渡群さんはハリルの旦那にこういうことを進言できるのだろうか?

それにしても、世界ランク77位相手に世界ランク45位が苦戦する。それも危うく負けそうになるとは???


ところで、この日本のチームの雰囲気に関連して、武田鉄矢さんの今朝の三枚おろしの話で非常に興味深いものがあるのだが、それについてはまた今度にしておこう。

要するに、今のサッカー日本代表に見る形は、我が国の日本人組織一般にある、闘将ドゥンガのいう、いわゆる「日本人特有のメンタリティー」に関係していることなのである。


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-06-08 18:13 | サッカー日本代表

高校女子サッカーと昔のサッカー:高校女子の伝統vsシニア60サッカーのレベルとは?   

みなさん、こんにちは。

さて、米トランプ大統領誕生して以来、世界はだいぶ安定してきたようで、これと言ってめぼしい動きはない。実際には平和そのものなのだが、大手メディアがダマスゴミ化したために、悪化したように見せようと必死なんですナ。

ここも最近は陰謀論系ブログというよりは、サッカーブログのような雰囲気になってきたが、ここ最近も実に爽やかな風のあるいい季節であったように、我が国は安泰だった。

そんなわけで、そして今日日本代表vsシリアの親善マッチもあるから、再び、結構興味深いサッカーのYouTube番組を二つほどメモしておこう。


(あ)歌う、踊る、高校女子サッカー

【まじでウマい】 高校サッカー女子全国大会決勝2017
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あまり女子高校生のサッカー部の試合を見たことがないと、おそらく知らないだろうが、我が国の高校女子サッカーには実に面白い伝統がある。

それは、試合前、ハーフタイム、試合終了後などで円陣を組んだり、挨拶したりする場面で、みんなで歌を歌うのである。

校歌を歌ったり、自分たちのサッカー部の歌を歌ったり、いろいろあるだろうが、ここ徳島では、サッカー部の歌というか、試合前に自分たちの心を一つに結束して、試合で頑張ろうというような歌詞の歌を歌うのである。

またそれが各チームでそれぞれ違っていて面白いのである。

「なでしこジャパン、歴史的勝利で決勝へ!」:「円陣」女子はチームソングを歌う!?

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これはここ徳島の高校女子サッカーの試合を見て、私も初めて知ったのだが、日本の高校の女子サッカーの場合、試合前のベンチの前で円陣を組むと、普通の指導や普通のやり取りが終わり、いよいよこれから出陣となる時、実に面白いセレモニーが始まるのである。それは、何やら「チームの歌」というものがあり、高校生が作詞作曲の「チームソング」を手をつないで唱い始めるのである。


日本の女子サッカーがサッカーを笑顔で楽しく試合する伝統はここから生まれているのだ。

一方、この伝統は男子にはない。男子は悲壮感の漂う緊迫した感じになることが多い。

どうやらこの差が女子サッカーは世界で優勝準優勝するところまで行くが、男子は途中で自分たち自身が自爆し、自信を失って敗退するという歴史の違いを生んでいると考えられるのだ。

男子サッカーも、試合前に歌の一つも歌って見たらどうか?

俺のお勧めがこれだ。

軍歌 同期の桜 鶴田浩二


『同期の桜』 台詞入り 鶴田浩二  大空に散った英霊へ



(い)シニアサッカーのハイレベル

さてもう一つはこれだ。

ここ徳島県にも「600才サッカー」というものがある。これは60才×11=660才だから、ほぼ60才以上のサッカーチームのサッカーという意味である。

これが俗に「シニアサッカー」」というものになり、還暦を超えた選手たちによるサッカーになった。どうやら年齢により、シニア40、シニア50、シニア60とか呼んでいるらしい。

要するにU20、U23のように「〜〜才以下」=under ~~と年齢の上限をつけるのではなく、Over ~~というように、年齢の下限を付けるという意味である。

この意味で言えば、今現在の我が国の日本代表は、Over 26=O26日本代表、言い換えれば、シニア26というところであろう。

いまではこれがマスターズという大会になっている。
第10回マスターズ・シニア四国チャンピオンカップ大会


確か10年ほど前、ここ徳島大会があった。

さて、そんなわけで、一つだけメモしておこう。以下のものである。
【第17回全国シニア(60歳以上)サッカー大会】6/3 大会初日ハイライト


左足のきれいなシュート
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右アウトサイドの見事なパス
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これはノーオフサイド。オフサイドじゃないですナ。
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マスターズのサッカー、60才以上サッカー、O60サッカー、というと、昭和40年代のサッカーということになる。

一般に、どの国でも、
「知らないことは存在しないこと」
という傾向が強いが、むしろ韓国のように「嘘も100回言えば真実になる」と真面目に信じている国が大半だ。

だから、我が国の今では、今の日本代表の方が昔の日本代表よりずっとうまい、ずっと強いと思っているふしがある。

しかしながら、それは幻想である。

ある意味では真実であるが、別の意味では嘘である。

たしかにパス回しやトラップやいわゆるボールタッチ、ボール扱いの面では上達したと言えるが、スピードや精度で言えば、昔の方がはるかに上だったのである。

実際、今は少子高齢化。子供が少なく、トップの才能のある子も減ったのである。
2010-05-26 12:25 サッカーは進化した?たわ言を言うな!:歴史上世界最高のチームは74年オランダ!
2012-05-29 19:04 トゥーロン国際はひどかった!:「子供横綱問題」が見え隠れする!?
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ただし、昔は指導者もいなければ、指導組織もろくになかったから自分たちで試行錯誤しながら上達する他なかったが、いまでは様々なスポーツ施設もあれば、組織もあり、育成してもらえるという意味では、上達しやすい環境がある。

だから、昔と今では一長一短なのだが、明らかに40年前の子どもたち、つまり我々が子供の頃の方がはるかに身体能力が今の子供達より高かったのである。

50m走にして0・1秒の差があったのだ!

もし本田圭佑選手が昔のサッカー部にタイムスリップしたとしたら、フィジカルではまったく歯が立たなかったはずである。

また、実際に我々の時代のサッカーボールの方が10%重かったのである。
1930年から2014年までW杯公式ボールを振り返ってみた


というのは、昔のボールは天然の牛革製、1986年以降のボールは合成皮革となったからである。

昔のボールは雨の日には水を吸ってとてつもなく重くなったが、最近のものはそういうことはなくなった。

むろん合成皮革のボールは昔からあったが、それは子供用の偽ボールの扱いを受けていたのだが、そっちが本物となってしまったのである。

だから、昔のサッカー選手のほうが足が太いのは、筋力がないと、ボールが上がらないからである。ゴロしか蹴れないのである。

上のシニアサッカーの人たちはそんな昔の時代のサッカーが染み付いている。

だから、今の軽いボールなら、60才過ぎても、あれだけ高くボールを蹴れるのである。

ところで、ついでにメモしておくと、今のインステップキックと昔のインステップキックはまったく違っているということをご存知だろうか?

昔のインステップはまっすぐ走り込んでまっすぐに足をスウィングして足首もまっすぐに伸ばして、まっすぐに足の甲をボールに当てた。素直で自然なキックであった。

膝から下のスウィングをフルに使ったキックで、どちらかと言えば、昔のラグビーのペナルティーキックに似ている。例えば、以下のもの。
インステップキックの蹴り方~解説付き~.MOV
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しかし最近のインステップキックの仕方は、あのベッカムやら、クリスチャン・ロナウドが流行らせた蹴り方で、最近の欧州プロの蹴り方として我が国でも流行したものなのだが、昔のインフロントキックのようにちょっと斜め横から走り込んで、斜めに回し蹴りのようにして足の甲を斜めか、水平にして当てる。

ゴルフのドライバーの打ち方になんとなく似ている。つまり、足先が真っ直ぐではなく、ちょっと外側に曲げた状態でボールをスウィープするように蹴るのである。最近のGKの100%がこの蹴り方でゴールキックを行っている。たとえば、以下のもの。
「インステップキックの巻」蹴球リベラーチャレンジその5
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しかしながら、我々の時代にはこんな蹴り方は邪道だった。

実はまっすぐインステップのできる選手は今現在ではほぼ0%である。だれもできない。

だから、ボールが低い軌道となり、あまり上がらないし、バックスピンがかからないから、受けてのところにふわりと落ちるボールが蹴れない。バウンドしたら伸びていくボールしか蹴れないのである。また、ボールは蹴った方向へ飛ぶとは限らない。

さらに、足のスウィングが斜めだから、インパクトのチャンスが一点しかなく、その一点からずれるとすべてミスショットになりやすい。つまり、こうなる。
十文字高のななめインステップシュート
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見事に枠を外れる!
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その点、昔のインステップはチャンスがずっとあるから、早く当たれば足の甲が下を向くからゴロになるし、遅く当てれば足の甲は上になるからフライを蹴ることができる。ミスしてもボテボテのゴロになるだけで、空振りにはならず、足のどこかにボールがあたることになる。しかもボールは蹴った方向に飛ぶ。

言い換えれば、昔のインステップはシュートに向いているが、今のインステップはシュートには向かない。
欧州チャンピオンズリーグ決勝の決定力vs日本代表の決定力の差とは?:足首の違い!

このヘンテコな蹴り方が宇佐美。
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の宇佐美選手の蹴り方がこれを物語る。


それにしても小中学生の平均の50m走が0・1秒も違うって相当に違ったのではなかろうか?

まあ、マック、ミスド、ケンタッキーのせいでデブが増えた、というのが最大のネックだったに違いないがヨ。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
ところで、U20W杯の久保健英選手。今年から高校生となったが、青森山田の高1選手は、1500m走で4分55秒をきらないと、サッカーボールに触れない約束になっている。これだ。
A Happy New Year Aomori Yamada!:「青森山田サッカー部の秘密!」「地獄のトレーニングとは?」

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だから、FC東京がどうかは知らないが、もし久保健英選手が個人的に努力して1500m走4分台になるくらいに基礎持久力を鍛えなければ、この3年で急速に弱体化し、かつての神童もただの人になる可能性が非常に高い。

サッカーはフィジカルがすべてなのだ。ある程度の技術はみな持っている。フィジカルがなければ考えることもできない。

とにかく、頑張れ久保君。これからが勝負。もう1日も無駄にはできませんヨ。



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by kikidoblog2 | 2017-06-07 09:12 | サッカー&スポーツ

2014年ワールドカップ・ブラジル大会象牙海岸代表シェイク・ティオテ選手が死去!享年30才。   

松田博幸 悲しいときはいつも


みなさん、こんにちは。

また悲しいニュースが飛び込んできた。

コートボワール代表で、2014年ワールドカップ・ブラジル大会で我が国の日本代表とレシフェで対戦した時のレギュラーだった、MFティオテが、練習中の心不全で死去したという。享年30歳。

元コートジボワール代表MFティオテが死去、30歳
 サッカーの元コートジボワール代表のMFティオテが死去したと5日、かつて在籍したイングランド・プレミアリーグのニューカッスルが発表した。現在所属する中国2部のチームの練習中に倒れた。30歳だった。

 ティオテは2014年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会1次リーグの日本戦にフル出場した。


実際には練習中に倒れて病院へ搬送。病院でお亡くなりとなったようだ。
コートジボワール代表MFティオテが死去、クラブが公式発表
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中国2部の北京控股は5日、「コートジボワール代表MFシェイク・ティオテが死去した」と公式発表した。

今年2月にニューカッスル・ユナイテッドから中国2部の北京控股に加入していたシェイク・ティオテ。

彼は5日の練習を行っている際に突然体調を崩して倒れ、その後病院に運ばれていた。緊急治療が行われたものの容体は回復せず、最終的に死亡が確認されたとのこと。


2014年6月、私はたった一戦、日本vsコートジボワール戦だけを見るために、かのブラジル、レシフェまで出かけたのだった。

2014ブラジルW杯( 20 )

私の2014年ブラジルW杯観戦記2:「君が代」斉唱で、ついに「神が降りた!」
2014/6/14 日本 × コートジボワール (君が代)


サッカー日本代表ワールドカップ対コートジボワール戦 ゴールダイジェスト


その試合の時の背番号9がティオテ選手だった。この選手である。
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果たしてこれで何人目の突然死だろうか?
ベルギーの若手の星グレゴリー・メルテンス選手、ピッチで死す:安らかに眠れ!R.I.P.

ベルギーのDFグレゴリー・メルテンス選手
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イタリアのピエルマリオ・モロジーニ選手
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日本代表の松田直樹選手
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スペインのアントニオ・プエルタ選手
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カメルーン代表のマーク・ビビアン・ホエ選手
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ハンガリー代表のミキ・フェヘル選手
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やはりクラブの練習場、試合会場にはいつも除細動器と人工呼吸器程度は完備しておくべきだろう。
また、応急処置の方法や除細動器の使い方などは、サッカー選手には必須の条件にして、選手同士でお互いの命を守れるようにすべきだろう。

医療スタッフを待っていたら、数分で脳死となるから、間に合わない。

そして、霊魂が空中浮遊し、必死に蘇生させようとしている仲間を見下ろしているに違いない。

ところで、死後の世界に行っても、すぐにまた、その前世の記憶を保持したまま生まれ変わりたいという場合は、死後の世界で仲間から出されるお茶のような飲み物を飲んではいけないという説がある。何かを出されて飲むと、すぐに生前の記憶を失うのだとか。

まあ、その方がよろしいという場合もあるから、それで良いのでしょうナア。

今度はぜひ我が国の日本人として生まれてきて欲しい!

ついでにいうと、自分とゆかりの人が亡くなった時、49日の間程度の期間なら、その人に自分の願い事を叶えてもらえるという説もある。

そんなわけで、フィオテ選手、
どうか我が国の日本代表をトップレベルになれるようにしていただきたい!

はたして俺の願いは届いただろうか?


シェイク・ティオテ選手のご冥福をお祈りいたします。R.I.P.



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by kikidoblog2 | 2017-06-06 15:11 | サッカー&スポーツ

U20W杯韓国大会準々決勝:べネズエラ、ウルグアイ、イタリア、イングランドが準決勝進出!   

みなさん、こんにちは。

さて、いよいよU20W杯韓国大会は準々決勝が始まった。その結果もメモしておこう。以下のものである。

準々決勝第1試合

Match 45: Portugal v. Uruguay - FIFA U-20 World Cup 2017→2-2でPK戦4-5
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ウルグアイ、ポルトガルをPK戦で撃破!

準々決勝第2試合

Match 46: Venezuela v. USA - FIFA U-20 World Cup 2017→2−1
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(ヘッドは叩きつけないとナ。)



ベネズエラ、延長線でUSAを破る!やっぱりヘッドは基本通り叩きつけないとだめだ!


準々決勝第3試合

Match 47: Italy v. Zambia - FIFA U-20 World Cup 2017→3-2
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(こういうのが目の色が変わるという。)

成長を続けるアズーリ。個とスピードのザンビアをセットプレーのイタリアが制す!
日本とやった時はまだ本気じゃなかったんですナ。


準々決勝第4試合

Match 48: Mexico v. England - FIFA U-20 World Cup 2017→0-1
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サッカーの母国イングランド、激戦を逃げ切る!


こうしてみると、日本が戦ったチームが3つ準決勝に残ったという異常事態が発生!

ウルグアイは0−2で敗戦。
イタリアは2−2で引き分け。
ベネズエラは0−1で敗戦。

日本サッカー協会はこの辺の理由を徹底的に分析しなければいけないですナ。

失点が多いのは、右サイドバックの初瀬とセンターバックの冨安が原因。

要するに、DFを徹底的に入れ替えて、センターバックは頑健で足の早い、それでいて足元のうまい選手。スペインで言えば、ピケのような選手。右サイドバックは、とにかく足の早く、一対一に絶対負けない選手。昔のジョルジーニョやロベルト・カルロス。いまのマルセロのような選手を育成しないとだめだということだろう。

失点さえなければ、充分に世界戦を勝ち上がっていく可能性が高い。やはり、サッカーは守りができて初めてサッカーになるのである。

それにしても、あのザンビアに逆転勝ちするとは、イタリアも相当に良い経験を積んでいますナ。

イングランドはこの世代優勝候補筆頭だから、順調に勝ち上がってきたということだろうか?

決勝は、南米vs欧州のいつものパターンになるようですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-06-06 09:31 | サッカー&スポーツ