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池原止戈夫の「アメリカ学生生活」:池原先生がアメリカの高校生活から学んだこと!   

みなさん、こんにちは。

人は進化している様に思うがまったく進化していない。同様に社会も進化しているようでまったく進化していない。どうもそんな感じがする今日この頃である。

例のノーバート・ウィーナーのところに留学にいった池原止戈夫先生の1947年の自伝を読んで行くと、所々に現代では忘れられたが、実に重要であったり、興味深い記述があった。

今回はそうしたものをいくつかメモしておこう。

(あ)池原止戈夫先生は1922年大正11年にアメリカ留学した。

この1922年に神戸一中を卒業後、横浜港からハワイホノルル経由で米サンフランシスコに行き、そこからアメリカ大陸横断鉄道でシカゴに行き、そこから当時世界最速鉄道でニューヨークへ行った。

いまでこそ我国の新幹線が世界では一番有名だったが、まだジェット飛行機のなかった大正末期には、アメリカの横断鉄道こそ世界最速の新幹線だったのである。第二次世界大戦後、我国はそれを真似た。

池原先生はそんな時代のアメリカの鉄道旅行をしたのである。


(い)ニューヨークは退屈な街だった。

いまでこそ、ニューヨークは世界最高峰の文化芸術の街だが、大正時代はまだところどころがそうなっていっただけで、池原先生がニューヨークに到着した頃は、まだかなり田舎の雰囲気が残っていたんだとか。

それでもニューヨークには映画館やコンサートホールがあり、そういう場所では良い映画をやっていたらしい。

しかしニューヨークのマンハッタンの金融の中心ウォールズ街には大正11年の段階ですでに51階のビルが建っていた。Woolworth buildingであり、エレベーターで登ったという。


(う)日本にとってラットガースは重要な学校だった。

池原先生はニューヨークで在米の日本人の知人に案内してもらった後は、汽車でニュージャージー州のニューブラウンズウックにあるラットガース大学に行った。

池原止戈夫先生が入学したのは、そのプレップスクール、いまでいえばコミュニティーカレッジのようなもので、大学に入学するための準備校のようなものである。

ラットガース大学の創立は、アメリカ独立宣言の年、1776年のことだという。

そして1922年大正11年の池原止戈夫先生の留学の時代以前に、すでに数十人の日本人が留学していたというのである。

付近にはラットガース大学卒業生の日本人の墓地まであったというのだ。たぶん今でもあるかもしれない。

この大学はいまもあまり知られていないが、大正時代でもあまり知られておらず、池原止戈夫先生も知らなかったらしいが、日米通商条約が締結されてから、ラットガース大を卒業したアメリカ人60数人が我国に来たというのだ。

その中で有名な人はこんな人がいたという。

聖書翻訳者のブラウン博士、
東京帝大南高教授のフルベッキ博士、
東山学院の創立者スタウト博士、
福井藩校の教授となったグリフィス博士、
日本の教育制度を作ったモルレイ博士(たぶんモーレー博士)、
だという。

このフルベッキ博士こそ、例の若き維新の志士たちといっしょに写真に写った「フルベッキ写真」
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で有名なあのフルベッキである。彼はラットガース大の卒業生だった。

このラットガース大から名誉博士号を受けた日本人には、植村正久という人がいたという。日本キリスト教会の長老である。

池原先生の本には、ここで当時ラットガース大学の創立150周年記念があり、その時に東京帝大から祝辞が送られたのだが、その全文があり、それがラットガース大学の図書館に日本美術本といっしょに陳列されていたというのである。

この本にはその全文が記録されている。

つまり、我国の明治時代の大学および教育(特に義務教育や子女教育)の基本は、ラットガース大出身のキリスト教徒の学者さんたちが作ったのだった。


(え)英語教育がすばらしい。

当時は我国はドイツ語が第一外国語だった。だから、日本の教育ではドイツ語は勉強したが、英語は第二外国語だった。戦後と逆である。

というわけで、池原先生はMITに入学するには英語が必要で、まずは英語をマスターしなければならなかった。これに相当苦戦したようだ。

さて当時大正11年1922年でアメリカ人がMITに入るためには何をパスしなければならなかったか?

なんと以下の教科で全部70点/100点以上取らなければならなかったらしい。

代数、平面幾何、立体幾何、三角関数、物理、英語、ドイツ語あるいはフランス語、
化学、歴史

それでも、池原止戈夫先生は英語だけに苦労したようで、他のは我国の中学の方がレベルが高いから、楽勝だったという。

全部受けて理数は楽勝、問題は英語だったと。フランス語は2年分を1年で記憶したというのだ。

そこで何より池原先生が感心したのは、母国語教育の充実だという。英語は米人にとって母国語である。その教育がすばらしい。しかし我国の母国語教育のダメさはなんとかならんのか?これが池原先生の印象だった。

これは戦後の日本も、私が留学した1980年代も、21世紀の今もまったく同じというわけだ。

つまり、日本はこの100年間まったく変わっていなかった、のである。アメリカもそうである。


(お)アメリカの高校教育は何を教えるか?→人生は楽しいと教える。

高校を卒業してみて池原先生がアメリカの高校の特徴、特に私立高校の特徴は何かというと、それは、「詰め込まれない」が、人生を楽しむことを教えられるということだという。

その一つが、高校生も「筆記をしない」。つまり、我国で言う、いわゆる「板書」=「黒板写し」をしないということだという。

なぜか?

というと、教科書が素晴らしいからだという。

実はこれは基本的にこの100年アメリカの学校教育の伝統であり、いまもまったく同じである。アメリカの中高生の教科書は分厚く、懇切丁寧で、板書を必要としない。

大学も同じようなスタイルである。

高校では予習が基本であり、次回の授業までにここまで読んでこいといって、授業ではその内容のディスカッションになる。

だから、英語がわからないとついて行けないのである。

どうやら当時はそれをレッシテイション(recitation)と呼んでいたらしい。復習という意味だという。

アメリカでは、授業が復習であって、宿題が予習なのである。

その復習の場である授業で、分からなかったことを先生から教えてもらうという方式だった。


ここで池原先生は面白いことを書いているのでそこをメモしておこう。

アメリカ人は「頭が悪いそうですね」という人が、よくあるので、その理由を聞くと、日本人の方が学校の成績が良いと聞いていると答える。もしもそれほどまでに、日本人が「頭が良い」のならば、日本は今日までに、もう楽しい、住み良い国になっているはずである。その上、成績の良かった「優等生」は、アメリカ人よりも、文化的に貢献していなければならない。成績のよい日本人が、社会人として、世の中で役だっていないのは日本人の勉強法や学校の成績が、社会人としての良さの尺度とならない証拠である。
もう一つの大きな問題は、アメリカの「良き教育」を受けても、それを社会的に活用したり発展させる能力に欠けているのではないかという疑いをいだかしめることである。日本人が学校で学ぶのは、「受験技術」であって、教育の目的をないがしろにしている。このような状態になったのは日本の学校教育において第一に教える教師の教養の低いことである。第二に良い教科書がないことである。第三には生徒の努力が足らぬことである。かくして考えてみると、先生の再教育をして、日本人の文化程度をあげることは、実は大事業であり、そのためには長い年月がかかることを認めなければならない。
アメリカの教育の特徴は、教える立場の先生が、真に教え得る能力をもっていることである。生徒の質問に答えるには、生徒のもっているよき教科書以上の理解が必要である。先生も努力している以上、生徒も努力することを求められるから、怠け者は、私立学校でも、どしどし退学させる。私がラットガースに入学したときに、シニアの生徒は24人もいたが、卒業したのは、わずかに14人であった。日本人は入学した学校は、卒業さしてもらうのが、当たり前に考えているが、私立学校においても、不適格な者は退学さすだけの権威を保っている。

とまあ、こんなふうに卓見を書いておられたのである。

いやはや、1922年の留学体験から、1947年にはこんなことを書いていたわけだ。

かつて私が留学を終えた1990年に「三セクター分立の概念」という本を書いたが、その中のアメリカの大学教育の説明もほぼ同じ観点論点で書いているから正直驚く。それより半世紀近く前に池原先生が同じことを書いていたのである。

おそらく21世紀の今現在もほとんど同じ情況が日米の間には存在するわけである。

かたやアメリカには文部省がなく、かたや我国には明治時代から文部省があり、1995年に文科省となっていまにいたるが、その構造は日米それぞれの文化伝統を作って来た。

高校までは日本の方が勉強できるが、大学大学院社会人となるにつれて、逆転現象が起き、アメリカは相変わらず世界のリーダーを育てるが、我国からは一向にリーダーが育たない。こうした傾向は100年前からまったく変わっていないのである。

さて、この後には当時のラットガース大学の4年間のカリキュラムのプログラムが記録されているが、それははしょり、池原先生のアメリカの高校生活の話はここで終わりにしておこう。

別の高校、さらにMITの話はまた今度にしておこう。


この100年間は一体なんだったのか?

結局、この池原先生の見いだした情況が、大東亜戦争を生んで行った。そして、当時すでにたくさんの日本人がアメリカに移り住んで頑張っていたが、戦争時に強制収容所に入れられて、全財産を失い、大変な情況になったのである。

もし我国のバカ政府が、韓国の従軍慰安婦に謝罪するなら、その前に、まずはアメリカに行った日本人に謝罪すべきでしょうナア。大半がキリスト教徒の日本人だったようである。

ところで、後先になったが、1922年に池原先生が渡米した年の1年前、大正末期の当時の世界最高のテニスの大会は何だったと思うか?

実はそれが今言うデ杯こと、デヴィスカップだった。当時イギリスのウィンブルドンはまだなかった。国際大会ではなかったらしい。

そして1921年のデ杯の決勝戦は、なんとアメリカ対日本だった。その時の日本代表が、熊谷選手と清水選手であった。
国際化への道、熊谷、清水が拓く
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この清水選手があの
柔らかなボール
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のテニス選手である。(1980年代のビヨルン・ボルグより60年以上前にトップスピンを使っていたのである。

この1921年にはじめて我国で硬式テニスが普及し始めたのであるという。それまでは我国には軟式テニスしかなかったのである。

いまの錦織圭選手の活躍がテニスブームをもたらしたように、1921年の熊谷、清水の大活躍で、日本に硬式テニスブームが起こったのである。

それを大東亜戦争がぶちこわし、世界最高レベルから一気に最低レベルに落ちてしまったのである。

おもしろいのは、池原止戈夫先生がラットガース時代に最初に住んだ時は、私人の井上玄一さんの家の下宿を借りたそうだが、そこに熊谷選手が前年の1921年に宿泊していたのだとか。

あれから96年。

今や誰もそんなことは知らないで、テニスをしておられる。


いやはや、世も末ですナ。








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by kikidoblog2 | 2017-07-24 18:12 | 真実の歴史

「世界の中のお人好し大国日本」:世の中にはやればやるほど逆効果というものがある!?   

ヤヌスの面
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みなさん、こんにちは。

さて、昨日は阿南の夏祭りの最終日の花火大会の日だった。ところが、私はまったく日時を誤解していて、どっかで花火大会しているぞと音だけ聞いていたが、それが阿南の夏祭りの恒例の花火大会のものだとは知らなかった。

ところが阿南放送をみると、なんとリアルタイムで花火打ち上げを放映中。これが最後の花火となりましたってやっていたわけだ。

そこで泡食って奥さんといっしょに花火大会が終わり皆が引き上げる最中を逆に見に行ったというていたらくであった。

まだ、イカ焼きとたこ焼き店は最後の最後の残りが売れるのを待つ最後の場面という情況だった。毎年買っているイカ焼きとたこ焼きを何とか買って牛岐城公園で、これまた最後から二人目と最終の地元シンガーの歌を聞きながら、食べたというわけである。

間一髪セーフ。
なんとか一塁にヘッドスライディングして間に合ったという印象の夏祭りだった。

それにしても、一年にたった一回の阿南の夏祭りはまったく市役所の放送がない。にもかかわらず、毎週のように人権相談の放送だけはけたたましい。

いかに地方の市役所が共産党サヨクの牙城となっているかを物語っているだろう。まあ、人権相談委員という地方公務員の天下り先の元職員への地方税のご褒美大盤振る舞いのためにやっているんでしょうナア。

こういう連中が逆に中央の政府に対しては自分を棚に上げて大騒ぎするわけだ。だから、仙台市長のようにパヨクすら当選してしまう。

だから、第四日曜日にかかる3日間が阿南の夏祭りだということに気付かなかったのである。


さて、大分話がローカルな話の脇道にそれてしまったが、上の地方都市の人権相談のように地方公務員が要らぬおせっかいをやればやるほど問題が記憶され、こじれる。こういうことが昨今では非常に多い。たとえば、以下のようなものである。

・小学校で早くから女子への性教育を押し付けたばかりに、逆に性への開花がはやまり逆に早くから不良な大人の淫行の相手になる非行に走る。

・16歳から憲法上は親の同意があればだれでも結婚できる(つまり性交渉できる)にもかかわらず、18歳未満は淫行犯罪としたばかりに、逆に淫行という行為が商品化して、裏社会への恰好のプレゼントとなる。

・むかしは女学生のはじめてみる成人男子が学校の先生だったために、女学生が気に入った先生に弁当を作って来るというのが、恰好の女子の花嫁修業となっていたが、先生と生徒の恋愛を禁じたばかりに、ちょっとしたことで大問題になり、先生が追放されてしまい、逆に思春期の女子にとって良いロルモデルの先生がいなくなって、オタク先生ばかりになってしまう。

・叱咤激励や愛のムチのような厳しい指導教育が大事な時期にも、そういうスパルタ教育が心理的心理学的なトラウマを作るからといって禁止されたために、精神的にひ弱な、精神的免疫のつかない若者ばかりとなって、ちょっとしたことで電車に飛び込んだり、屋上から飛び降りたりすることになる。

・日本政府が若者が異性への正しい目覚めが生じて結婚願望が高まるかと思ってアダルト産業を解禁したばかりに、疑似セックスで満足したり、逆に女性は美しい、女性は大陽だ、女性は女神だという神格化のできた時代から女性への幻滅感が高まり、結婚する気が失せてしまう。

・テレビドラマが実際の家族生活や育児が大変だというふうにリアルに描くために、逆に結婚する気が失せたり、育児が大変だと信じてしまう。

とまあ、こんなことは延々と続く。また、どうやら我国だけの問題ではなさそうだ。が、やはり特に我国では深刻の度を高めているといえるだろう。


さて、ミクロに見てもやはりそういうことは数多い。

例えば、我が家で私の息子たちがどうして私と同様に物理学者にならなかったかといえば、やはり物理学者、特に理論物理学者では豊かな生活ができないだろうという、私の姿からみたネガティブな印象があったにちがいない。

つまり、「親の背中を見て育つ」というのにも、二通りの面がある。つまり、良い面や正の面もあれば、悪い面や負の面もあるということだ。

良い親の背中を見て育てば、子は親の真似をして親の職を継ぐようになるが、悪い親の背中をみて育てば、子は親の真似はしたがらない。

まあ、別に私が親として悪いというわけではないが、私のしている仕事が分が悪いという印象を与えたという負のイメージを持つということである。

100年前の我国では、「末は博士か大臣か」の時代であり、いい科学者になることは、一国の政治家になることに匹敵する職業であり、実際にそういう待遇を得られた。

だから、世の中の若者は優秀なものほど科学者になろうとしたわけだ。

あれから100年。

時代は変わった。大臣にはどんなバカでも、チョンでもなれるが、いい科学者は食って行くだけでも難しい。そういう時代に変わってしまった。

これでは、若者が科学者になろうとはしない。が、馬鹿者ほど楽して稼げる政治家になろうとする。


私個人の観察と記憶では、ちょうど同じことはアメリカで1980年代に起こっていた。

アメリカは移民社会である。だから、別にアメリカの白人層がそういうふうに変わったとしても、優秀な若手科学者は海外の他国から移民させればすむ。

しかしながら、伝統文化や人種的伝統のある我国ではそういうことはできない。憲法上も法律上もアメリカのようにはできない。

というわけで、我国では独自路線で、地産地消の科学育成をしなければならないが、何分、人口の1割が朝鮮人になってしまった。戦後のアンタッチャブル。朝鮮進駐軍利権の末裔が陣取ってしまった。

これでは、ほぼ明治維新も平成維新も不可能である。何でもかんでも「維新」をつけて昂奮するという言葉遊びぐらいはできるだろうが、実質的な維新が不可能である。

なぜなら、我国に侵入し寄生する朝鮮系は科学などなんの関心も無い上、せいぜい金儲けしか興味ないからである。まず遺伝的に厳しいのである。

というわけで、原子炉内にくすぶるプロトニウムのように、我国の底辺にくすぶる人的プルトニウムである在日朝鮮人たち、これがいつあつまり、臨界現象を起こして大爆発し炎上しないとも限らないのである。

ほんと集まると発火するというのはまさに放射性物質と同じである。


いま我国は欧米の外圧の中でサンドウィッチ状態である。これまでは、欧米というと、米主体の一枚岩だったからかなりやりやすかった。しかし、今は欧州と米国は独自路線をとり、二枚岩である。双方が多極化している。

だから、我国はちょうどコンデンサーの間にサンドウィッチになった誘電物質のような状態にある。

こういう極めて危うい政治的状況下でなんとか食いつないでいるのがいまの我国の政府なのだが、そういうことが朝鮮系由来の帰化人政治家には理解できない。

だから、安倍晋三潰しにやっきになっている。

これが、ネット民のいうところの「韓の法則の発動」というものである。

これまで政府自民党はあまりに韓国系北朝鮮系に優しくしすぎたのである。大陸や半島の人間は、優しいということは弱いという意味だと理解するという。

だから、日本が支那朝鮮に特別に親切にすると、それは日本人の理解とは真逆になり、日本人は自分が弱いことを隠すためにわざわざ自分たちに親切にするのだというふうな理解をするというのである。

これは、ロシアも同じだという。

ロシア人の文化はスラブ系の文化。つまり、むかしのチンギスハンのモンゴル時代の文化圏なのである。つまり、いまの支那朝鮮と同じ文化圏である。

だから、ロシア人は人前でニコニコしてはいけないのだという。もしニコニコスマイルしたら、ロシア人はその人に近づかない。なぜなら、ロシア人の認識では、いたずらにニコニコするものはバカだと思うからだというのである。

だから、ロシア人の政治家は、人前では聴衆を睥睨する。完璧なる上から目線で話す。さもなくば、だれもそいつの話を聞かない。むしろバカにされるだけだと。

翻って、ロシア人の前で我国の安倍晋三首相は終始ニコニコしてスマイルを演じる。これは逆効果なのである。相手のロシアの政治家は、こいつはバカだと勘違いするのである。

だから、支那の習近平も安倍の前はでにこりともしない。バカに見られたくないからだ。一方、脳天気な我国の安倍晋三首相は終始ニコニコしている。逆効果とも知らず。


とまあ、こんなふうに物事には余計なおせっかいをしたばかりに逆効果になるということがほとんどなわけである。

だから、一般的には、相手が望まないかぎり、何もしない。これが常道である。特に外人に対してはそうだ。外国に対してもそうだ。


というわけで、我国の行いは、実質的にはやればやるほど海外の諸国に対しては逆効果になっているという面もなきにしもあらずなのである。


これまでいくらくれてやったか知らないが、
支那へのODAの何兆円、
アメリカへの米国債購入支援、
東南アジアへのODA、
アフリカへのODA、
韓国へのODAや多額の支援、
国連への分担金支援、
世界保険機構への多額の援助、
在日米軍への多額のお友達予算
在日朝鮮人への多額の特権および生活保護や法的保護
メディア民放への電波法などによる特別保護
などなど。

こういった支援にもかかわらず、やればやるほど逆効果が出ているというのがこの世界の常識なのである。

いい加減、お調子ものの演出はもうやめたらどうだろうか?

つまり、こっちから金をやるのではなく、こっちに金を払わない国には一切の協力をしないという路線に切り替えるのである。

昔の献上品(税金)ですナ。日本に献上品をもたらさない国や人にはいっさい協力しない。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-07-24 10:47 | コンスピラシー

三つ子、四つ子の台風の発生!?:ハワイ諸島起点のカルマン台風だったのか!?   

みなさん、こんにちは。

さて今回は今年の梅雨の時期の異変についてメモしておこう。

われわれが子供の頃の梅雨というと、つまり、今から50年くらい前の梅雨というと、梅雨前線は日本列島に縦断するような形でかかっていた。だいたいこんな感じか。
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だから、梅雨の時期になると、日本列島全体が雨の時期となり、しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん、と雨が降ったものである。

ところが、今年の梅雨前線は日本列島を横断する形でのたうっていた。日本列島を真横にかまぼこをを輪切りにするような横断していたのである。こんな感じ。
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そして今日もこんな感じ。
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はたしてこれは何の影響によるのだろうか?

米海軍のジェット機が撒き散らすケムトレイルの化学物質のせいか?
大陽活動の黒点からのCMEのせいか?
スマホ携帯電話のマイクロ波による水分子の過熱のせいか?
サッカーのバニッシングスプレーのブタンのせいか?
それとも、CO2のせいか?

このあたりはいまのところ謎である。

さて、梅雨前線の形も違うなら、台風のでき方も最近、特に今年の台風のでき方はかなり異端である。

先日の相模湾の台風のような暴風雨。都内で雹が降ったときのことだが、この時実はここ四国沖の海上で突如台風のような渦巻きが発生したのである。

我国の気象衛星データにも捉えられているが、やはり米NOAAのMIMICのデータが一番解り易い。これである。

SSMI/SSMIS/AMSR2-derived Total Precipitable Water - West Pacific
でき始め
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最終形=三つ子台風=カルマン台風
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おもしろいことに、ハワイの西側にひとつ、その西側に台風がひとつ、そして四国和歌山沖にひとつ、おまけに台湾西沖にもういっちょう、の計4つの渦巻きがほぼ同時多発的に発生したのである。

この四国沖の台風のような渦巻きが北上し、その風が相模湾を襲い、神奈川県で猛烈な横殴りの暴風雨が発生したわけである。

この3つ子の台風はなかなか見られるものではない。

が、最近はこういうふうに双子、あるいは、三つ子。さらには四つ子の台風の発生が起こるようになった。

はたしてこの原因は何か?

ところで、これを我国の気象衛星ではどうとらえたか?

というと、我国の気象衛星画像ではこんな感じである。
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じゃあ、グーグルアースはどうか?
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こうしてみると、やっぱりグーグルアースが一番リアルな感じがしますナ。


さて、こういうふうに渦が並列して並ぶ現象。これは物理学や流体力学では有名なもので、その名もカルマン渦と呼ばれている。

カルマン渦
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なんとなく、ハワイかその辺りの地形が渦の起点となって一気に巨大なカルマン渦が発生するかのような形で台風の三つ子や四つ子が誕生したように見えるのである。

我国の広域画像を提供する気象衛星ではこういうものを捉えることができるが降雨レーダーの画像では狭すぎてみることができない。

だから、いわゆる我国の気象予報士や気象学者では、こうした広域の地球規模の台風の発生についてはなんともいえないだろうし、いわない。まだそういう概念すら存在していないに違いない。

したがって、もし原爆でハワイを消滅させ、海に没しさせることができれば、我国を襲う突発的な台風は発生しないのかもしれない。

最近の台風の直接的原因がハワイだった。

こんなことがありえるかも知れないわけである。

常夏の島ハワイ。

こいつのせいで、いつも我国に台風が襲う。

ハワイは気象兵器の一種だった。

かの真珠湾攻撃でハワイを海に沈めた方が良かったかもなんてナ。


まあ、これはシニカルなジョーダンだが、最近の台風は、必ずしもフィリピンの東海沖で発生しているのではないのである。

昨年もそうだったが、沖縄沖とか台湾沖の近海で突如台風が発生して我国を襲うこともしばしばなのである。

こういう意味では、もっと広域の気象予報が必要な時代と言えるだろう。


いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-07-23 15:58 | HAARP・台風・ハリケーン

ジョーク一発:白鵬に大きな花束を手渡す和服美人はだれ?すでにその世界では有名人なのか!?   

1048勝の花束
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みなさん、こんにちは。

笑いは百薬の長。
笑う門には福来る。
あまりの恐怖で笑う他はない。
笑いは本物に限る。
偽笑いは吉本におまかせ。

以下は大人の辛ジョークである。決して信じないでくださいヨ。
本気にしないことが肝心。

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さて,この名古屋場所,観客席にはさまざまの有名人が陣取っていた。


将棋の新生、藤井聡太さん
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フィギュアスケートの浅田真央さんと小塚さん

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ビリー隊長さんに似た浴衣の黒人さん


他にも探せばたくさんいたのだろうが、そんな中でも名古屋場所は美人が多い。

それも若女将のような和服姿のきれいな女性が多い。

そんな中でも1047勝、1048勝などの記念すべき時に、通路で待ち構えて大きな花束を手渡した、極めつけの美人女将がいたのである。


NHKの放送が一番良く分かるのだが、だれもYouTubeで気付かなかったらしい。

というわけで、その女性の映像はあまりないのだが、わずかに写ったものをメモしておこう。以下のものである。

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運悪くちょうど浅田真央さんの真ん前にいたんですナ。



なんだみんな知り合いなのか?だれ?この人?

どうみても白鵬の嫁さんですナ。いくつ妾もってんだ、このやろ〜〜!

まあ、私の記憶では名古屋場所にはいつも座っている女将風の女性ですナ。

今日は、白鵬の奥さんと子供さんが出迎えていたのだが、その直前でしっかりと奥様のようにして大きな花束を贈呈していたのである。

はたしてこの女性はいったいだれよ???


このような相撲の常連の和服姿の若女将たちは、夜の職業のバーのホステスとか、料亭の若女将とか、そういった場所の夜の蝶、その昔のデヴィ夫人のような人たちらしい。

が、一説では、ヤクザの極道の妻たちという危うい説まである。

どっちが本当かは知らないが、和服を脱いで裸になると、背中に入れ墨とか勘弁して欲しいものですナ。


世の中には我々一般の日本人の知らない世界が共存するパラレルワールドなんですナ。

そういうブラックホールには落ち込まないようにしたいものだ。


いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-07-21 19:18 | マスゴミ・ダマスゴミ

吉本興行の芸人の集団レイプ事件発生!?:ダマスゴミの「報道しない自由」、吉本への“忖度”ですナ!   

みなさん、こんにちは。

どうやら欧米では、偽ユダヤ系(ハザール系)=ユダヤ、我国では、偽日本人(朝鮮系)=ニダヤ、この二つの民族が芸能界やメディアを支配し、いまや世界の二大捏造ニュースの供給源となっている。

ユダヤニダヤ同祖論ですナ。


アメリカでは反トランプ、日本では反安倍晋三。

こういう印象操作を行うために、報道する自由、報道しない自由を満喫し、まさに自由気ままに公共放送利権を私物化しているようである。

日本第一党は、泡沫政党扱い、日本第一党の党首の桜井誠は泡沫候補扱いで、メディアに出ることすらない。

が、そもそも桜井誠が昨年夏の都知事選の時に主張した、「日本ファースト」の言葉から、窮極の風見鶏で、パチンコメーカーのセガサミーの女である小池百合子が「都民ファースト」と拝借したにすぎない。

個人で政治活動するには金の切れ目は政治家の切れ目。

だれかが小池百合子に金銭支援しなければ、あれだけの活動はできない。

その支援先が在日韓国人のセガサミーの社長であるという話である。

が、メディアもまたいまは不況業種。広告主のパチンコメーカーに歯向うことができない。さもなくば、給料をさげなければならない。平均年収1000万円越えの甘い生活を知ったものは、パチンコの言いなりである。

アメリカも似たようなものだろう。


さて、そんなダマスメディアのつくる番組というと、

ジャニーズ

吉本興行

石原プロダクション

渡辺プリダクション

その他、大勢。

という感じで、出演者の所属はほぼ談合で決まっているわけだが、こういうことは“忖度”する。


さて、そんな芸能界の老舗の1つとなった、在日朝鮮芸の吉本興業、この芸人(=芸のないのに芸人と自称する人たち)が、なんと

集団レイプ

事件を起こしたというのが、それをマスコミがダマスコミとなり、報道しない自由を満喫中なんだとか。
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いやはや、困ったことである。以下のものである。



いや〜〜痛い。

その女性のインタビューがあった。これである。

【閲覧注意】某若手吉本芸人に集団レ◯プされた被害女性に取材!


最近はすぐに官僚組織が名前の付け替えを行う。この理由は分からないが、オレオレ詐欺を振り込め詐欺と呼んでみたり、レイプ=強姦を強制性交と言い換えさせたりと、あいかわらず暇なことをやる組織であるようだ。

言葉のすげ替えに頭を使うより、どうやればそういう犯罪を減らせるかに頭を使うべきである!

はたしてダマスゴミがこの吉本興業の集団レイプ事件を報道するだろうか?


吉本興業はしばらく芸能界出入り禁止でいいんじゃないだろうかネ?

どうせたいした芸ではないんだからヨ。

せいぜい素っ頓狂な朝鮮笑いと隣のやつの頭を殴るくらいの芸しかない。


戦後70年。

やはり人の一生程度の時間が流れると、世の中がかなりきしんで来るようですナ。



いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-07-21 08:27 | 在日害人犯罪

池原止戈夫の「アメリカ学生生活」:ウィナーの弟子池原止戈夫はブッシュの弟子でもあった!   

みなさん、こんにちは。

さて、話は変わり、例の20世紀最大のユダヤ人数学者ノーバート・ウィーナーの話で登場する日本人の池原止戈夫(しかお)博士。

このあまり知られていなかった数学者の本があったが、その多くはウィーナーの英語本を日本語訳したものである。だから、池原博士はそうした本の翻訳者としてしか名が知られていない。

ところが、たった一冊だけ池原博士の自伝が存在したのである。それが、

アメリカ学生生活(小峰書店、1947年、昭和22年刊)
という本だった。

タイトルは今現在からすればいたって平凡でありふれたものだから、目立たない。

が、なにせ池原さんがアメリカへ留学したのは大正時代末期のことだから、しかもあのウィーナーのいたMITへの留学だから、これは一応は目を通しておこうかと読んでみることにしたわけだ。

ところが、本があまりに古く、Amazonでは8000円もの値がつき、たった一冊しかない。

そこで、検索して調べるとなんと西日本でここ徳島に一番近い図書館では、岡山県立図書館で所蔵の一冊があった。

それで、阿南図書館経由で岡山から取り寄せたものが、昨日やっと届いたのである。

それですぐにマルナカの5円コピーでコピーして本を返却したわけだ。昨日やっと梅雨開けでいい天気になったから、本を借りに行けたのである。


さて、そんな池原止戈夫さんのアメリカ留学の本をひも解くと、実に興味深いものであることがわかった。

私はこの池原先生は、ウィーナーのいたMITにウィーナーに師事して留学したのかと思っていたのだが、実際はまったく違っていたのである。

また、ウィーナーの自伝2「サイバネティックスはいかにして生まれたか?」では、なんとなくアメリカで職がない悲劇の日本人のような書き方だったから、気の毒な人かと思っていたのだが、そんなこともまったくなかった。

なんとこの池原先生、

神戸一中

を卒業後、そのままアメリカに船で渡り、ホノルル経由でサンフランシスコに行き、最初は

ラトガース・カレッジ(いまのラトガース大学)

に入り、それから、東海岸のハーバード大のの対岸にあるMITに入るべく、

メイウッドの高校

に入り直して、英語会話の語学を履修し、それからハーバードの対岸にあるMITの入学のための条件となる、

物理、フランス語、英語、ドイツ語、

を履修し、それらに見事合格し、

MIT

に入学したのだった。

最近の我国で言えば、今京都大学にいる、望月新一博士に似ていると言えるかもしれない。望月博士は、名門エクスター高校からプリンストン大学に入学されたようである。

まだ池原先生の自伝は読み始めで、始めの方しか読んでいないが、アメリカの2つの中高を出たから、もっともその時代の我国の中学とは今の高校に対応し、その時代の高校がいまの大学教養課程に対応するわけだが、アメリカの高校、短大と出て、MITの学部に入り、それからMITの大学院に入ったというわけだ。

だから、結局池原先生は、大正末期の

大正11年(1922年)

にアメリカに渡り、昭和初期の大東亜戦争前夜の

昭和9年(1934年)

に帰国し、大阪帝国大学に職を得たのだった。


つまり、日米開戦前のアメリカで都合12年もの長きにわたる青春時代を過ごされた博士だった。また、その学位論文が、「リーマンの素数定理の証明」だったのだ。


いや〜〜、面白い。


さらに面白いのは、ウィーナーの自伝2によれば、池原先生は単なる素数定理の証明を行った純粋数学者だというイメージの記述しかなかったのだが、実際の池原先生は、最初に物理を履修したように、理論物理や工学に非常に関心が高い若者だった。

だから、博士号Ph. D.を取得後、物理や化学の学部で今でいえば,ポスドクとして生活していたらしい。

ちなみに,池原先生はなんとMITの大学院でたったの2年で博士になった。また学部と合わせてもMITの大学大学院をたったの4年で卒業したというのである。

いかにすぐれた知能の持ち主だったか明白だろう。しかもたったの2年で高校でドイツ語、フランス語、英語をパスしたのである。

そして、ハイスクール時代にアメリカの高校生活を満喫したようだ。ダンパ=ダンスパーティー、スポーツクラブ、などなど、エンジョイしたようだ。

このあたりの記述にはたくさんのエピソードか書かれていて実に興味深い話がある。

中でも、いまやアメリカのスポーツの定番というと、アメリカンフットボールだが、まだ池原先生が留学した時代のアメリカではアイビーリーグの大学のほんのわずかの場所しかなかった。

アメリカで一番最初のアメリカンフットボールの試合のことが書かれていた。

アメリカで最初のアメリカンフットボールの試合は、明治2年1868年、ラトガース大の広場で、ラトガース対プリンストン大の試合だったという。相手を殺す以外のことは何でもやったという恐怖のスポーツだったらしい。

1877年にルールが改正されて、ラトガースはニューヨークシティーカレッジ(今のCUNY)と対戦、120−0の大敗を喫したという。

当時スタンフォード大にはアメリカンフットボールのチームがなく、アメリカンフットボールをしたくて入った若者が隣のカリフォルニア大のフットボール選手からバカにされた。畜生とばかり、この若者は自分でチームを作り、練習を始め、自分がマネージャー兼コーチになり、ついにそのバカにしたカリフォルニア大のチームと対戦するところまで行った。そしてなんとスタンフォード大のはじめての試合で、勝利したのだとか。その若者が、後の第31代アメリカ大統領のハーバート・フーヴァーだったというのである。
第31代アメリカ大統領
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こういう感じで、高校生活、大学生生活、大学院生活などが記録やカリキュラムなどを合わせて良く調べて書かれているのである。

いずれにせよ、当時のアメリカ人が理想に燃え、実にすばらしい若人の国家だったことはまずまちがいない。


さてここら辺で、その本の目次をメモしておこう。

目次
第一篇 渡米
横浜出航
ホノルル
サンフランシスコ
横断旅行


第二篇 アメリカ生活第一年
ニューヨーク
ラットガース
シカゴの生活


第三篇 メイウッドの生活
ハイスクール
生徒の活動
中学校教育随想
シカゴよりボストンへ


第四篇 M. I. T.
まえがき
組織と運営
 評議員
 運営の役員
 教職員
学生生活(一)
暑中休暇
学生生活(二)
大学院
物理教室
化学教室


第五篇 ボストンの思い出
コウナント総長
ブッシュ博士
クーゼヴィッキイ

とまあ、こんな目次である。


面白いのは、ノーバート・ウィーナーの学生だったはずなのだが、ウィーナーのことがほとんど書かれていないということである。

むしろ、池原止戈夫先生にとっての一番の恩師は、なんとあのバネヴァー・ブッシュ博士だった。
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微分計算機の発明者。のちに電子計算機、コンピュータ文明の創始者のブッシュである。

だから、池原先生は物理も好きで、しばしば物理学部の物理講演会には出向いて聞いていたらしい。

また、池原先生、博士取得の後、日本に戻っても職がないから、化学学部で職を得て仕事をしていたのである。

ある時、MITの新総長に物理学者のコンプトン博士が選ばれ、新総長の就任式が行われたという。コンプトン散乱のコンプトンである。

その時の写真があるが、今でいえば、大統領就任式のように盛大なものだった。イギリスから、ウィリアム・ブラック卿が来賓、ハーヴァードの総長、各大学の総長が全部やってきて行進したという盛大なものだったようだ。

昨今の我国の国立大学の、君が代も国旗掲揚もない式典や入学式や卒業式とはえらい違いですナ。

大東亜戦争開戦の前年1934年、MITで10年、アメリカに渡って都合12年のアメリカ生活の後、池原止戈夫はブッシュ教授のもとへ最後のお別れに行った。
1934年の6月に、十年間お世話になったM.I.T.に別れを告げることになったので、まず第一に尊敬して居るブッシュ先生にお別れにいった。副総長室へ入ると、
「何しに来た」
というので、
「今度、大阪帝国大学に行きますので」
と、お別れに来たことを伝えると、
「そんなところは聞いたことがない」
「いずれ、お耳にお入れします」
と、約束して帰ったのである。帰朝後も、ブッシュのことはいつも心にあったが、先生の偉大な指導力はアメリカを世界一の文化圏にするために深い影響を及ぼしているが、詳しいことは時が経つにつれて明らかになることであろう。

こうして池原止戈夫博士は日本に帰国した。

その後、1935年に支那事変から大東亜戦争になり、真珠湾攻撃から太平洋戦争が始まり、アメリカと日本が敵国になる。

こうして、池原の尊敬するブッシュはアメリカの軍産複合体の科学部門の長となり、アメリカ軍の科学化、近代化を押し進め、ついには電子計算機を開発し、原爆を設計して完成させる。

まさに歴史は池原止戈夫の予想通りに展開し、ヴァネヴァー・ブッシュはアメリカの世紀、パックスアメリカーナの駆動力となったのである。

というわけで、なぜこの池原止戈夫先生を日本軍人はもっと大事にしなかったのか?

これが私の個人的な疑問なのである。

相手の国のボスと師と弟子の関係にあった若者が日本にいたのである。

もし日本軍や日本政府が、池原止戈夫を軍の科学部門の長にして、相手の情報を仕入れていれば、不必要な戦争はしなかっただろうし、うまいところで戦争を切り上げ、結果的には広島長崎の原爆投下はなかったかも知れないのである。

M.I.T.はアメリカがハーヴァード大ではできない軍事研究を行う大学として誕生したのである。

そこに池原止戈夫博士は10年もいたのである。


こういうところに、我国の政府官僚の伝統的な無能無策振り、というか、変な癖があるようですナ。

孫氏曰く、「敵を知り己を知れば100戦危うからず」

自国に敵をよく知る者があれば、行って良く話を聞き、

という宮沢賢治の詩のような熱意と努力をしなければ、大きな犠牲者を出すに違いないのである。

まあ、変な癖というのは、サッカーではブラジルのドゥンガのいう「日本人特有のメンタリティー」というものだが、それは、過信、慢心、油断、すぐに良い気になる、有頂天になるというような性質のことである。

池原止戈夫さんの見たブッシュと、ノーバート・ウィーナーの見たブッシュと、これらもかなり違うからここも実に興味深い。

やはり物事はいろんな角度から見てみないといけないわけですナ。


こんな良本もまたまったく知られていないとは???


いやはや、世も末ですナ。



おまけ:
唯一池原止戈夫博士の写真を掲載するサイトがあった。以下のものである。

1981年当時の池原先生
この市野学博士は池原止戈夫教授のお弟子さんだったようだ。




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by kikidoblog2 | 2017-07-20 09:56 | 真実の歴史

民進党主の謝蓮舫、二重国籍公文書偽造か?:さようなら〜〜謝蓮舫さん!刑務所で頭冷やして来てネ〜〜!   

みなさん、こんにちは。

さて昨日の謝蓮舫のインタビュー。さまざまな新たなる疑惑を生んだようだ。

まるで大きなクモを退治したら、それが分裂してその中からたくさんの小さいクモが出て来たようなものだ。
【閲覧注意】蜘蛛を退治しようと叩き潰したら大量の赤ちゃんが……

というように、昨日の蓮舫の二重三重国籍問題を潰してみたら、なんとさらなる疑惑のクモが無数に現れてしまったというわけだ。

最大のものは、

(あ)そもそもどうして謝蓮舫が日本に住んでいるのか?

であろう。

(い)謝蓮舫の存在そのものが怪しいのである。もはや国籍は問題ではないほどである。

(う)どうして謝蓮舫の祖母陳杏村およびその息子の親父謝哲信がバナナ利権を得られたのか?

(え)共産主義テロ革命家の謝雪紅こと謝阿女との関係は何か?

(お)台湾人の謝蓮舫の祖先がいつどうやって我国に住み着くことができたのか?

さまざまな疑惑や疑問が生まれるのである。


さて、歴史にも疑惑があるが、現時点での法律に即しての違法行為、犯罪行為の数々、これも見逃せない。

(1)国会の虚偽答弁議員剥奪→刑法3年〜10年の懲役
(2)公文書偽造刑法1年〜10年の懲役
(3)二重国籍国籍法違反=国籍剥奪


とまあ、そんなわけで、謝蓮舫さんの公文書偽造の疑いのある今回提出ご開陳の公文書(偽)と本物を陳列しておこう。以下のものである。


謝蓮舫の偽物
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本物
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まあ、この謝蓮舫さんの偽造書の一番のネックがこれだとか。

(a) 台湾国籍失効宣言日の発行年月日→2016年10月7日
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昨年の10月ということは、すでに謝蓮舫が民進党の党首になっていた頃のこと。すなわち、嘘を報道してたり、嘘を国会答弁していたことになる。


(b) 写真がポスターからの切り貼り

台湾でもどの国でもパスポートなどの公的文書や書類につける写真はいわゆる「パスポート写真」というものであり、正面を向いて肩首から上の写真ということになっている。

これができていないと突き返される。そういうものである。

ところが、謝蓮舫の写真は「民進党の選挙用ポスター」から借用されたものである。
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つまり、民進党がグルになって作成した捏造文書だという証明になる。


謝蓮舫、アウト!


さようなら、謝蓮舫議員。台湾か、支那か、朝鮮か、どこの国が母国か知らないが、自分の母国へ帰るか、我国の刑務所であたまひやしてチョ。

いやはや、これにて一件落着。

いずれにせよ、戦後最悪の政治スキャンダル。

こんな怪物が芸能界、しかも田原総一郎の番組から出て来たなんて。



それにしても我国のCIA、公安や著権特捜部はちっとも仕事しないナ。

そろそろ公安や特捜部や警視庁や警察庁も廃止して、特高警察でも作った方が良いんじゃないか?


いやはや、世も末ですナ。



おまけ:
謝蓮舫には「背乗り」疑惑も出て来たようだ。

本物の謝蓮舫さんとはこの方。身長150cmの小柄の女性。
(((゚Д゚))) ウワサの「蓮舫背乗り疑惑」、Microsoftが顔の類似度を判定した結果
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いまの偽の謝蓮舫は、身長160cm


おまけ2:
謝蓮舫の偽造早見版
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by kikidoblog2 | 2017-07-20 08:03 | 反日・在日の陰謀

台湾バナナと共産革命の謎:謝蓮舫と謝雪紅の接点はバナナにあり!?   

バナナの叩き売り
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みなさん、こんにちは。

さて、お次ぎは今話題の「二重、三重国籍者」の謝蓮舫さんの話。

これについて実に奇妙な話があるようなのだ。これである。



百田尚樹》蓮舫・・・そりゃ公表できんわ!百田尚樹が一族の真実に迫る?壮絶な正体が明らかに!

さてこの台湾人の謝蓮舫さん。実はこの人の家を調べると実に興味深い。


(あ)家系図

まずはちまたに出回っているさまざまな蓮舫さんの家系図が興味深い。たとえば、こんあものがあった。

家系図1
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家系図2
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家系図3
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要するに、謝蓮舫さんは、台湾人と日本人女性との日台ハーフなのだが、この台湾人の父君の謝哲信という人物が謎を生むらしい。

出生記録が合わないというのである。


(い)蓮舫の祖母と父と、バナナの叩き売り

その謝哲信の祖母の一人が、陳杏村という女性だとか。この方である。
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全然似ていないんだが、この女性がどういうわけか、大富豪。旧日本軍に戦闘機2機を個人的にプレゼントしたとか。

そして面白いのが、台湾バナナのブローカー。

そういえば、我国に戦後バナナなる果物が入り始めたのは比較的最近である。

そう、バナナの叩き売り。
間六口のバナナの叩き売り

これが台湾バナナだったんですナ。

これが台湾のバナナブロカーの収入源だった。つまり、バナナマフィア利権である。

まあ、フウテンの寅さんも一言で言えば、渡世人=やくざである。


日本全国でかたぎではないヤクザにバナナの叩き売りをさせて儲けたのが、蓮舫さんの祖父とその息子。

とまあ、そういう事情があったようだ。


さて、問題はこのバナナの叩き売り。

謝蓮舫さんの家族だけが最初ではなかったのだ!


ここに実は本当の謝蓮舫さんの家族の疑惑が生まれるのである。


(う)台湾のもう1つの謝と228事件

私が偶然見つけたところでは、台湾の近代史、終戦後の歴史の中でもっとも有名な謝という名字の家系は、謝蓮舫さんの家系ではなかった!

もう1つもっと有名な家系があったのである。

それが、謝雪紅こと謝阿女である。この女性である。

謝阿女=謝雪紅
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この女性は簡単にいうと、我国の重信房子のような、共産主義革命家の活動家の女性である。

台湾を共産主義革命で台湾共和国として独立させようとした活動家だったというらしい。この女性の起こした事件がこれだったとか。

228二二八事件“頭號要犯-謝阿女+謝雪紅

1947年2月28日に謝雪紅が台湾で革命事件を起こした。

まあ、私もこんな事件があったとはまったく知らなかったが、これは台湾の戦後直後の一大事件だったらしい。

結局、この女性は逮捕されて投獄された。
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(え)謝雪紅の家系

さて、問題はこの共産主義に洗脳された謝雪紅なる女性には、たくさんの兄弟姉妹がいたらしい。が、その消息はまったく不明なのである。

この謝雪紅さん、なんと最初に我国に戦前やってきた。そして神戸でなんと

バナナの販売

を行い、大きなお金を得て、それを元手にして中国に渡り、中国共産党の下ではじめて正規の学校教育を受けた。

そして、そのまま共産主義者となったのである。

そして、台湾に戻り、共産主義独立運動へと突き進んだというのである。


というわけで、我国で台湾バナナを最初に売ったのは、謝雪紅夫婦だったのだ。

問題は、その雪紅が共産主義者となってそっちにのめり込んだ後、いったいだれがその台湾バナナの利権を手にしたのか?

どうやらその弟に店を手渡したということらしい。

はたしてその弟とはだれか?


ここに謝蓮舫さんの祖父との接点が生まれるというわけだ。

ここからはまったく記録が途絶えて分からないから、私個人の憶測になるが、どうも謝蓮舫さんが共産主義かぶれであることからして、家族全般に中国共産党の思想の影響がある。

これを台湾に持ち込んだのは謝雪紅とその一味だったそうだから、この謝雪紅の兄弟姉妹の8人の中のだれかが、謝蓮舫さんの祖父か祖母であった可能性が高いというわけだ。

祖母の一人の陳杏村さんと蓮舫さん、あるいは、謝雪紅と謝蓮舫さんとを見比べると、かなり似ているといえるだろう。

若い頃の謝雪紅
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謝蓮舫
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蒋介石の国民党の台湾で共産党にかぶれた謝家といえば、たぶん謝雪紅か謝蓮舫の家系しかなさそうだ。


つながっているんでしょうナア。俺の憶測だけどナ。


ところで、この謝雪紅さん、なんと自伝のような著作を残していた。これである。
謝雪紅・野の花は枯れず―ある台湾人女性革命家の生涯
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この著者がやっぱり陳さん。謝蓮舫の祖母陳杏村と同一の名字。


というわけで、台湾でできなかった夢は宗主国の日本で実現。

そんな感じなんでしょうナア。


蓮舫家系の積年の夢。共産主義革命。

共産主義革命に成功したロシアは、そのせいで、私有と公有の区別があいまいになり、国のものはみんなのもの。だから人のものは自分のもの。国のものは自分のもの。

こうなって、泥棒大国になってしまったんだとか。

いまや支那がそうなりつつある。

だから、富士山に支那人が登山しても自分のゴミをみんなの使うトイレに捨てて自分だけ身軽になって下山しようとするんだとか。

「便器にゴミ…」富士山のマナー違反に困惑
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お前の出したゴミはお前の物。自分で始末しろ。このバカチンが!
そんなことも分からんで霊峰富士山に登るのは100年早い!
ほんと支那人は食うことだけは人一倍だから困るナ!

まあ、これは「世界遺産」という美辞麗句に惑わされたバカな日本人のせいでもあるが、共産主義になると、ダメ人間になるという証明というわけですナ。

共産主義はいわゆる愚民化政策なのである。


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-07-19 09:31 | 支那・共産・南京捏造

今回の異常気象は大陽黒点2665のCMEのせいですナ:太陽風のイオンで雲が発達するの巻!?   

みなさん、こんにちは。

さて、7月17日から18日までエキサイトブログの全面的メンテナンス工事のためにブログは使えない状態だったが、やっと昨日の夜から使用可能の状況になった。

そんなわけで、更新できなかったが、このところのここ2、3日の暴雨などは、おそらくそういっても信じられないだろうが、先に私が予測していたように、7月14日〜15日に生じた太陽黒点2665からのCME(コロナ質量放出)の直接的影響である。これであった。


したがって、X線、陽子(アルファ粒子)、中性子、ミューオン、電子線(β線)などがこの地球を爆撃中ということである。

こういう場合には、異常気象、曇天、暴雨、地震などの天変地異が起こる可能性が高い。

さらには、日焼けも酷くなる可能性が高い。むろん、電子機器の異常もあり得る。

というわけで、要注意。備えあれば憂い無し。

大陽から正イオンの陽子流がものすごい勢いで地球に降り注ぐと、地球大気中の水分子が急速に凝結核を得て、雲が異常に発達するのである。

まあ、おそらく普通の気象学者も信じられないだろうから、その末端のほとんど素人さんである気象予報士などはそういうふうには教育されていないはずだから、そういう人にも信じられる証拠はないかと探したところ、やはり衛星写真が一番だろう。

というわけで、当日の昨日の雲の発達の仕方を観測すれば、太陽風の影響だったことがわかるだろう。

太陽風の影響ということは、まず粒子線は眼に見えない。しかし、その影響は大陽規模の大きさだから、地球全体が一気に影響を受ける。

ゆえに、かなり広域の気象活動だろうということになる。

それを物語るのがこれだ。

まずいわゆる天気図。
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これでは梅雨前線がどういう位置どりをしているかしか分からない。

そこで衛星写真をみると、発達中の雨雲がどこにあるかがわかる。これである。

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白い部分が赤外線でみた雨雲の部分で、この位置で暴雨となった。

この位置が、ロシア大陸、中国大陸、朝鮮半島、そして日本列島とほぼ同時に同じように急速に発達した。つまり、広域の活動が生じた。

したがって、この異常な雨雲の広域的発達は、大陽からの太陽風の影響だったと結論できるというわけだ。

まあ、リアルタイムでみると急速に発達したことがわかる。

不安定な情況の天気図の情況で、そこに昼になり、太陽風の影響を受けた。だから、太陽風からやってきたイオン流が雲の水滴の核になり、雲が異常に増えたと考えて良いということになるわけだ。

ところで、これと同じ理屈による地球温暖化が、太陽活動による地球温暖化説である。

ただしこの場合は
大陽の磁気活動が弱くなると、外宇宙からの宇宙線の地球への飛来が増えて地球が曇天になり雲が多くなり、その結果として太陽光が遮蔽されて地球は寒冷化する
というものである。

現在は大陽活動が弱くなりつつあるのだが、CMEはどういう理由で起こるのかはまだ分かっていないから、これが起これば大陽からの宇宙線が飛来するわけで、結局、曇天になり、降雨が増える。

まあ、われわれ科学者もまだ無知だから、こうした太陽系規模の現象にはあまり詳しくはない。

というわけで、あまりこういう話をすぐに納得するという人は少ないのでしょうナア。

信じるものは救われる。

大陽活動、すなわち宇宙天気のニュースもみないと、最近の地球規模の気象変動は理解不能というわけである。

ところで、今回地震電磁波も最高600nTのものが出ていたが、1つはどうやら日本方向にあったカムチャッカの地震だったようだ。しかし環太平洋は連動しているから、ここ数日は我国も要注意だろう。



いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-07-19 08:16 | HAARP・台風・ハリケーン

HAARPモニター観察:CMEの影響で久しぶりに500nTの強い地震電磁波到来!要注意!   

みなさん、こんにちは。

ここ数日の大陽からのCMEが到来したということをメモしたが、地球は太陽風の被爆をした後、それに見事に応答し、天変地異を起こす。

この可能性を私はずっと探って来たわけだが、これを証明するように、今日久しぶりに500nTの地震電磁波が出たようである。以下ものものである。


カナダモニター群
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NOAAのデータ地磁気揺らぎ
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電子線
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X線
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陽子線
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さて、500nTというと、M6~M7相当の地震に対応する地震で自派であるから、どのあたりに来る地震かを知りたい。

そこで、方向を見るためにアラスカ大学のデータを見てみるとこんな感じである。
アラスカ大学モニター群
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このデータでは、z方向の揺らぎが地震電磁波に対応する。

これを見る限り、ほぼどの地点も同じ大きさであることから、これらのモニターの配置に垂直の方向から来た地震電磁波だと推測される。

というわけで、これから日本の方向も含まれていることが分かる。

この夏場の暑い時、祭りの時に、どこかに地震が来るという可能性もある。

要注意かもしれない。備えあれば憂いなし。



いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-07-16 21:41 | 地震・地震予知・噴火