保江師範&塩田剛三師範の”真髄”:「愛魂」=「汝の敵を愛せよ」イエスの活人術   

みなさん、こんにちは。

さて合気道から愛魂道そして冠光寺流眞法へと進まれた保江邦夫師範。すでにかつての塩田剛三師範の域に達している。

合気道は力学ではない。つまり、相手を力でねじ伏せたり力任せに技を掛ける現代柔道のようなものではない。現代の柔道が国際化することにより、西洋人や外人の精神レベルへと退化して単にスポーツになったのとは裏腹に合気道はむしろキリストの活人術の域に達した。

かの塩田剛三先生が、ことある度に「相手とこころを通じ合わせる」と言ったように、合気道の真髄は「こころの持ちようにある」というのが、保江邦夫博士であった。むろん、博士は理論物理学の博士であるから、普通の力学や科学のことは普通の人より詳しいわけである。

が、それでは汲みきれない部分がキリストの活人術にはある。それを追求して日本の合気道から合気道、そしてキリスト活人術と一体化したものが保江師範の愛魂道すなわち冠光寺流眞法である。

ちなみに「冠光寺」というのは、マリア様のことである。マリア様が発する後光のあるカソリック教会の意味が保江博士命名の「冠光寺」である。

そこで現在の保江博士の愛魂の域とかつての神とまでいわれた塩田剛三師範の域とを見比べると非常に興味深い類似が見て取れる。そこで、これを久しぶりにメモしておこう。

(あ)まずは数年前の保江師範の稽古風景
冠光寺眞法
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(い)次は塩田剛三師範の演舞および稽古風景
Aikido MasterGozo Shida vs JF Kennedy's SP 合気道塩田剛三vsJFケネディのSP

これは有名な映像であるが、このYouTubeの作者は「JFK」と勘違いしているが、その時に我が国を訪問したのは、ロバート・ケネディ上院議員。つまり、JFKの弟さんであった。
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(向こう側の椅子の男女の右側)

合気道 塩田剛三 技解説

塩田剛三の神技


(う)合気道の真髄は自身の心の作用にある!
私は保江博士の著作は物理学に関するものから合気道に関するものや世界一周旅行記までほとんどのものを読んだのだが、もちろん、保江博士の研究論文もほぼすべて目を通した。その中で合気道に関する保江博士のものは、やはり初期から中期の「合気開眼」のあたりに本質がすべて書かれているのではないかと思う。

しかし「百聞は一見にしかず」。本を読むより弟子になって体感した方が理解が早いだろう。

要するに、相手を愛するという気持ちを持って相手とつながると、相手に自分の脳から出た電磁場のような”何か”が出て、相手の脳に作用する、というより、それが生き物のようにして相手の脳に入るのである。その精神感応作用により相手が自分の意のままに動いてくれるようになる。そういう生理物理現象が存在するということなのである。

この状態を実現するには永年の訓練が必要だが、その域に達すれば、塩田剛三師範や保江邦夫師範のようにまるで見ているものに「きっとこれはやらせだろう」と信じこませるほどに相手が自由自在に動いてしまうのである。

合気上げにしても、自分の精神作用で相手の脳に無意識のうちに作用して相手が自らの力で無意識のうちに立つのである。

これが「愛魂」である。

とまあ、俺個人はこんなふうに考えた。

集団スポーツであるサッカーでも実は同じようなことがある。あまり知られていないが、そういうことはしばしばあるのである。

例えば、相手のチームに王様ペレや神様ジーコや伝説のヨハン・クライフ、さらには英雄ジダン、さらにはリオネル・メッシなどがいると、対戦チームは試合そのものよりそういったレジェンドといっしょのフィールドに立っているだけで嬉しくなってしまうのだ。勝負は二の次。むしろ負けたくなってしまうのである。

保江先生の弟子は、保江師範の前に立つと「早く投げられたい」とすら思ってしまうのである。きれいに投げられるとスキっとするわけだ。気分爽快になる。

塩田剛三師範の場合も同様だったに違いない。お弟子さんたちは塩田先生の前ではどういうわけか投げられたくなるのである。無理にわざと投げられようとして投げられるのではない。自ずといつのまにかそういう気持ちにさせられてしまうのである。

これが「精神感応」というものである。

西洋人のいかつい顔では相手が警戒するだけで防御の体勢になるから、こういうことはできない。常に前頭葉左脳だけで思考して動くのでは不可能なのである。保江邦夫博士の脳生理科学の実験では、右脳前頭葉基底核近くの発火が決めてというが、そこは普通の人間では自由には使えない領域なのだという。ほぼ不可能だという話である。

いかにしてそこを意識的に使えるようになるか?

それが「無の境地」なのである。

まさに禅問答。

意識して使おうとすれば、そこは使えない。が、逆に無意識になるとそこが作用する。意識的に無意識になる術を覚えると、無意識でしか使えない場所を意識的に使えるようになる。

これが愛魂の真髄である。

だから、保江先生の顔を見れば分かるように、バカ面になる。「無の境地」とは何も考えない境地。ゆえに、馬鹿になる。目つきはどこ見ているかわからないものになる。

相手を睨むような目では力学の力任せの物理の世界の武芸に退化する。まあ、これが西洋人のプロレスの世界である。ここでは物理学や力学だけが作用する。マッスルや体重の重いほうが有利になる世界である。

しかしそんな巨漢相手にもイエスはいとも簡単に相手を赤子を寝かすようにして倒した。それがイエスの活人術だった。
「キング・オブ・キングス」(1961)の「イエスの活人術」と「魂のかけら」:一寸の虫にも五分の魂
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(え)保江博士の守護神は神様ではなくマリア様だ!
上の2人の愛魂と合気の達人の技を見て分かるように、愛魂道や合気道は、力や体重で相手に技を掛けたり、相手に打ち勝つというタイプの武道ではない。むしろ、「精神感応で相手を打ち負かす」ものである。

これをこの地球上でもっとも最初に行ったのが、イエス・キリストであった。それが「イエスの活人術」と呼ばれるものである。これを追求したのがスペインのカソリック教会神父たちの「荒行」であった。その修行の果てにそれを会得した最後の西洋神父がモンセラート修道院のエスタニスラウ神父であった。晩年に我が国の広島の山奥に隠遁した。
モンセラートの「天国への階段」:故エスタニスラウ・マリア神父はなぜ日本へ来たか?
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この神父が保江博士に直伝したのが、冠光寺流真法となったわけだ。

保江博士がスイス留学中に保江博士に西洋文明の素を教えた学生が聖母マリアのカソリックのザンブリニ博士だった。

保江博士がそのザンブリニのつてで知己となったスイス人教授はまた聖母マリアのバチカンのお偉方だった。

保江博士は留学後職に困ったたがそれを救ったのがバチカンであり、就職先がフランスカソリック系のノートルダム清心女子大学だった。学長様が渡邉和子シスター。

保江邦夫博士が末期がんで死後の世界を見ている間にその中で光となって保江博士を助けた存在こそ「マリア様」だった。

保江博士にイエスの活人術を伝授したのは、故エスタニスラウ・マリア神父だった。

保江博士が世界初で創始した数理物理理論である「確率変分論」をさらに発展させた人が、フランス人のマリアヴァン博士だった。

保江博士が古神道のハフリノ神事を受けて古神道の神官となり、エジプトのギザのピラミッドの王の間でハトホルの儀式を行ったその道筋をつけたのもまたマリア様だった。

とまあ、こんな感じで保江邦夫博士と言えば聖母マリア様。聖母マリア様がつねに見守っている。マリア様とのご縁の深い方なのである。

だから、今回の参議院選出馬もきっと何らかの聖母マリア様のご加護のせいなのかもしれないですナ。


しかしながら、まだまだこの域に達することの出来ない俺は、我々の敵である特ア、特にヒトモドキの韓国朝鮮人だけは愛することができないんですナア。

まだまだ修行が足りないのかネ〜〜。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2016-05-09 10:41 | 保江邦夫

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