尾崎紀世彦の「また会う日まで」:「一発屋」から見た人間の盛衰と「無形資産」   

みなさん、こんにちは。

人の寿命はほぼ「見た目」だということが分かってきている。つまり、「見た目通り」に生物学的年齢が作用しているということがだんだん分かってきているように見える。80歳が実年齢なのに、見た目が40歳にしか見えないというような人は、実際に普通の人の倍は生きる。もちろん、そんな人はめったにいない。

逆に、実年齢が30歳でも見た目が60歳というような人は、例えば、清原和博選手のような場合、こういう人の寿命もまた短い。

化学的には、ナイアシンの摂取に依存する。このナイアシンが細胞分裂数を決める時計であるテロメア遺伝子の修復に効いているかどうかはまだ分からないが、仮にテロメア遺伝子をいつも最新バージョンに更新できる人がいたとすれば、そういう人は決して見た目の年を取らない。原理的にはそういうことになる。なぜなら、その人の細胞は永遠に分裂を繰り返すからである。

以前メモしたように、石膏がこれに効くという可能性もある。いまのところ否定できる材料がない。

さて、そんな人の寿命だが、ある人が同じ事をずっと続けていくと、まるでカイコが蛹になり、その蛹が成虫になり、その成虫が老化して最後に死ぬのとまるで同じようにして、その人がそのおなじ事を繰り返すことから、その人の成長、最盛期、老齢、晩年、死去という人生の過渡的現象をつぶさに見ることができる。

ちょうどそういうすばらしい例を見つけたから、一応メモしておこう。

尾崎紀世彦さんの「また会う日まで」である。
「一発屋」
の典型なのだが、唯の一発屋ではなかった。マキタスポーツ氏によれば、尾崎紀世彦さんのこの歌こそ、
Jポップの元祖。Jポップの原形
だというのである。

(あ)1971年の「また会う日まで』
また逢う日まで 尾崎紀世彦
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(い)1977年の「また会う日まで」
尾崎紀世彦 全開「また逢う日まで」1977
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(うしろに森口博子がいるんちゃうか?)



(う)1980年代の「また会う日まで」
また会う日まで 尾崎紀世彦
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(え)2008年の「また会う日まで」
また逢う日まで【2008】
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(お)2011年の「また会う日まで」
【感動します】 また逢う日まで/尾崎紀世彦
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ちょうどいまの俺が(う)のあたりかな?口ひげやあごひげにちょっと白髪交じりになり始めた段階。

ということは、あと20年後くらいが寿命というところでしょうナア。


やはり若い人のお肌の乗り、張りがちがう。これは生物細胞の代謝の違いである。若い人ほど代謝が速い。一番早いのは赤ん坊である。大人の数日の速さで代謝しながら成長しているわけだ。少年になれば、もう大人と同程度になるが、それでもずっと速い。青年ではもう大人だが、それでも代謝が速い。

この代謝には実に興味深い法則が知られている。それは、体重をMとすると、M^{1/4}の法則がある。
「ゾウの時間-ネズミの時間―サイズの生物学」:これは必読の名著ですナ!
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我々哺乳類ではどんな動物も一生の内に心臓は20億回打つ

「コープの規則」(サイズと進化の法則):「同じ系統の中では、大きなサイズの動物は、進化の過程でより遅れて出現する。」

「島の規則」(適応の法則):「島に隔離されると、大きなサイズの動物は小さくなり、小さなサイズの動物は大きくなる。」


人でもだれもが一生のうちに「心臓は20億回打つ」というのである。ということは、長生きする人は心臓の脈拍が平均すれば遅い人ということになる。

私の場合では、眠っている時には40程度以下にまで下がっているらしい。普通で50〜60である。だから、ちょっと貯金があるナ。

動物の場合は、身体の大きなものほど寿命が長い。人間の場合は、脳の重さ、脳の大きいものほど長寿命である。こういった傾向がある。

しかしながら、いまだにだれもこの「M^{1/4}の法則」は証明できていないのである。


ところで、最近つくづく感じるようになったことだが、科学者とは何か?という問に対する簡潔な答え方である。私は最近そう聞かれたとすれば、こう答えるのがいいだろうと思うようになった。
「科学者とは金では買えない知識を生み出す人である。」


言い方を変えれば、
科学者とは無形資本を生み出すもの
のことである。この言い方は、杉田元宜博士の言葉である。

「無形資本」とは何か?

というと、いわゆる「継続は力なり」というような意味で出てくるような「何か」である。これが「無形資本」である。

サッカーでも、日本サッカーが弱小だった我々の時代、そういう時代でも一生懸命我々が土のグランドの上で汗水血を流して走り回ったからこそ、今があるわけだ。韓国人が言うように、今があるから過去があるのではない。

同様に、いま金にならなくとも、続けていくことそのものに価値があるというようなもの、「見えない資産」のことを「無形資産」と呼ぶ。

これは金で測れない。

しかしながら、この無形資産が我が国には綿々の流れているから、遣唐使、遣隋使の時代から、異国の文化も取り込むことができたのであり、明治維新も起こせたし、戦後復興もできたのである。

これこそ、一発屋であったとしても、ずっと正々堂々とその一曲を死ぬまで歌い続けることと同じである。これが「尾崎紀世彦の無形資産」なのである。


遅ればせながら、ご冥福をお祈りいたします。合掌。RIP.




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by kikidoblog2 | 2016-07-14 10:05

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