マーデルング・ボーム・高林の量子力学の第五の定式化:量子力学を流体力学と見る方法!   

みなさん、こんにちは。

さて、仕事始め。どんどん行こうか。とはいうもののまずは物理の個人メモだから大半の人には興味ない話だからスルーして欲しい。


昨年の暮に保江先生に論文公表祝をしていただいたあたりから、再び「量子力学の発見物語」というものに興味がわき、今現在では3つ4つの量子力学の等価な定式化が知られているのだが、そういうものをもう一度読み直してみようかという気になったのである。

ところで、量子力学の3つ4つの等価な定式化とはおおよそ以下のものである。
(1)ハイゼンベルクの定式化→行列力学
(2)シュレーディンガーの定式化→シュレーディンガー方程式(ちなみにシュレディンガーではなくシュレーディンガーが正しい表記)
(3)ファインマンの定式化→経路積分
(4)ネルソン・保江の定式化→確率量子化


実はシュレーディンガーがシュレーディンガー方程式を見つけた直後、これをそれまでの古典力学の流体力学の定式化に焼き直した人物がいたのである。

つまり、当時の若者であるパウリやハイゼンベルクやシュレーディンガーやディラックおよびボーアなどの量子力学の発見の興奮に対して、「もしもしお兄さんたち、あまり興奮しないで、冷静に」というような意見の持ち主たちもたくさんいたのである。

これはごく自然なことで、それまではニュートン・オイラー・ラグランジュの力学とマックスウェル・ヘビサイドの電磁気学とナビエ・ストークスの流体力学とレイリーの音響学およびカルノー・ヘルムホルツ・クラウジウスの熱力学およびボルツマン・ギプスの統計力学程度しかなかった時代だから、当時のエキスパートたちは最先端理論物理学と言えばこういうものを指したわけである。

そこにプランクの量子の発見、アインシュタインのブラウン運動と光電効果、そこからボーアの前期量子論とドブロイの物質波の理論来て、ついにハイゼンベルクの量子力学の発見に至り、シュレーディンガー方程式が見つかったわけだ。

だから、当然、新しいものが見つかればそれを復古回帰して、それ以前の理論との整合性やら焼き直しが行われたのである/らしい。どうやらそれをやったのが、ドイツのマーデルング(E. Madelung)博士だった。

マーデルングは、シュレーディンガー方程式の波動関数Ψの振幅と位相を分けて考えて、それぞれの方程式を作ると、それ以前の流体力学の方程式に戻るということを発見したのである。今ではこれをマーデルング方程式と呼ぶ場合もある。

しかしながら、一つだけプランク定数に比例する新しいポテンシャル項がつく。これが量子力学的ポテンシャルと呼ばれ、その後、これを隠れた変数の理論と言う形に拡張したボーム(Bohm)の名を付けてボームポテンシャルと呼ぶこともある。

我が国にはすぐにこういうものを研究したものがいたのだが、それが後に保江邦夫博士の指導教官になることになる高林武彦博士だった。博士はマーデルングとボームのアイデアを電子のスピンに拡張できることを示したのである。

これが量子力学の5番目の定式化に相当する。
(5)マーデルング・ボーム・高林の定式化→流体力学的量子力学



実際、高林武彦博士の論文を最近集めて少しずつ読んだのだが、それらは私が生まれるずっと前の終戦直後の1952年代から始まり、私が生まれた1957年。ちょうど今から60年前にほぼ完成した理論である。まさに還暦の物理学である。

これを読むと、その後1970年代後半から1980年代に渡り保江邦夫博士が精力的に研究した、ネルソン・保江の確率量子化の方法の起源が見えるのである。

イメージ的にごく簡単に言えば、水という流体の中で花粉から出た微粒子が水分子の衝突を受けて右往左往してブラウン運動するように、量子力学の確率場という流体の中で電子が量子力学の確率場のゆらぎを受けて右往左往してブラウン運動するというふうに見直したものが、ネルソン・保江の理論である。

そこで問題になるのは、
量子力学的流体の場合の土台は何か?
ということである。

流体力学の大本の土台は水である。水が流体の最も基本的な構成粒子である。無色透明の水、あるいは、気体の場合なら空気が流体力学の基本粒子ということになる。同様に量子力学を流体力学と等価に扱うとしたら、その構成粒子は何か?ということになるだろう。

エドワード・ネルソンは一応それがエーテルだと考えた。

しかしながら、エーテルはアインシュタインの相対論により追放された。だから、そのかわりに確率場とか、場とか、真空とか別の概念で置き換わったのである。真空のゆらぎとか、場のゆらぎとか、確率ゆらぎとかというふうに言い換えた。

ネルソン・保江理論では、どういうわけか、電子一個がランダム運動するのはこの宇宙に備わる確率のゆらぎのためだということにした。プランク定数をゼロにするとこのゆらぎが消える。

まあ、言い方や言い換えはともかくとして結局は、昔の人がエーテルと呼んだ存在を仮定すれば、量子力学を流体力学的に扱うことも可能なわけである。真空をある種の流体のようなもので満ち満ちていると考え、素粒子はそういう流体の中をうごめく。

こういう見方も可能なわけである。数学的にはいつも等価なのである。

問題はこのエーテルの素性である。

エーテルは電荷を持つのか?
エーテルは何種類あるのか?
はたしてそれは湯川秀樹の素領域のことと見なせるのか?
あるいはペンローズやスモーリンのいうところの極小の泡なのか?
4次元的存在なのか?高次元的存在なのか?
あるいは、中込照明博士の量子モナドのことなのか?


とまあ、こんなふうに疑問が生まれるわけですナ。


さて、高林武彦先生はスピンを二種類の流体が生み出す回転渦であるという理論を作ったのである。ちょうど地球上に高気圧と低気圧があって、その関わりあいが渦(竜巻)を生み出すように、電子のスピンは何か二つの量子流体が出会って渦を作っているようなものだという理論を構築したのである。たとえば、
T. Takabayasi, The Vector Representation of Sipinning Particle in the Quantum Theory, I., Prog. Theor, Phys. 14(4), (1954) 283.


というようなわけで、私自身の個人的印象では、こういう理論に一番似ているのは、L. ランダウの超流動二流体理論のような気がする訳である。ヘリウム原子のようなボーズ凝縮する空間の素(素領域)のようなものがあるのではないか。そこから、ヴォロヴィック(G. E. Volovik)の言うように、ほとんどすべての物理の標準理論が導かれるのではないか。

この意味ではやはりアインシュタインは間違っているのである。もっと正確に言えば、アインシュタインの相対論は間違っているのである。むしろアインシュタインはエーテルを放棄するのではなく、エーテル中のブラウン運動を考えるべきだったのだろう。そうすれば、量子力学のシュレーディンガー方程式を導けたはずなのである。





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by kikidoblog2 | 2017-01-05 09:52 | 個人メモ

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