かつての錦織圭はこういう子供だった。
「テニス選手はラケットが命です」by 錦織圭両親が語る錦織圭の小学生時代「子供の1年は大人の10年の価値がある」
みなさん、こんにちは。
笑いは百薬の長。
笑う門には福来る。
あまりの恐怖で笑う他はない。
笑いは本物に限る。
偽笑いは吉本におまかせ。
以下は大人の辛ジョークである。決して信じないでくださいヨ。
本気にしないことが肝心。
さて、どうしてもこの話はメモしておきたかったので、しばらく様子を見ていたが、どうやら変わりそうにないので、メモすることにしよう。
天才テニスプレーヤー 錦織圭選手
のことだ。
最近の錦織圭選手は、あのとんねるずの下らん番組に出るようになってからかなり変である。雰囲気として、いつもへらへらしている感じの人間になった。
それまではどちらかといえば、ニヒルというか、ちょっと影のある感じのナイーブな少年。そんな感じだった。
そして、徐々に実力を付け、世界ランクベスト4入りしたあたりから、何かが変わって来た。
あとで知ったところでは、
彼女ができた
ということらしい。が、この彼女のせいなのか、錦織圭選手のプレーが雑になってきた。
また、
怪我になやまされる
ようになった。
その結果、本戦前のプレ大会で疲れ切って怪我しては本戦でふがいなく怪我で途中棄権を繰り返すようになった。
まあ、俺にしてみれば、
その彼女は日本人かいな?
もしそうなら、
さ・げ・ま・ん=さげまん
ということになろう。
もし朝鮮人や支那人なら、
Kの法則、韓国の法則の発動
ということだろう。
この兆候やこの悪影響がもろに試合に出ているのが、最近の錦織圭選手の定番となった
ラケットのぶち投げ!
錦織「自分で展開していくのは難しかった」一問一答-バウティスタとは芝コートで初対戦だった
錦織 フラットで低いボールを打ってくるので攻めにくかった。芝でもアグレッシブにプレーをしてきて、フォアを使われるとディフェンスに回る場面が多かった。攻めなきゃいけない場面でも難しかった。
-過去の対戦と違ったところは
錦織 うまくフォア側に振られたり、先に展開されたりすることが多くあった。なかなか自分で展開していくのは難しかった。
-2試合連続で3時間超の試合。疲労は
錦織 体調は全く問題なかった。
-第1サーブの出来について
錦織 場面、場面によって入れなきゃいけない場面で入らなかったり。ダブルフォールトももったいないところで何回かあった。確率自体はそんなに悪くはないが、フリーポイントもそこまでなかった。
最近、ちくしょう、と怒ってラケットをコートにぶち投げて破壊する行動が目立って来た。
ちょっと前には、こんなやつがあった。
‼️錦織選手が全仏オープン2017でラケット破壊‼️
どうも世界ランク上位の有名選手たちが、へました時の悪童ぶりが世界中に感染したようで、なんとこんなものまでできていた。
テニスラケット破壊シーン集
ところで、サッカーでこんなふうなことをすれば、即「非紳士的プレー」で
イエローカードの警告か、あるいは
レッドカードの一発退場だろう。
テニスにも、イエローカードの警告とレッドカードの一発退場を作ったら良いのではないか?
錦織圭、レッド食らって一発敗退。
こんなのも面白いかもナ。
ところで、
テニスっていうのは、もともとイギリス紳士のスポーツだったのでは?
Wimbledon 1974 - Ken Rosewall vs Stan Smith
だから、エレガントにプレーするのが本筋。本家本元のはずである。
かつて、あのラマヌジャンを指導したイギリスの天才数学者のハーディーとリトルウッド。
ノーバート・ウィーナーもその同じ時代に彼らの指導を受けたのだが、その自伝によれば、なんと
ハーディーはとてつもないハンサム
で、かつ運動神経抜群。あらゆるボールスポーツの達人だった。
つまり、サッカーやラグビーから、クリケットから、テニスまで、こういったスポーツがやたらとうまかったらしい。中でもテニスが超一流で、大会で優勝できるほど。
かたやリトルウッド。この人は、とてつもないタフな体力の持ち主で、元祖ロッククライミングのクリフハンガーやボルダリングで、絶壁登りの達人だったとか。
それで暇さえあれば、もちろん数学研究の暇つぶしに、そこら中の壁、もちろんケンブリッジ大学の壁を登ったらしい。
ある時、ウィーナーの目の前でケンブリッジ大学のビルの壁をあっという間によじ上り、上の階に行ってしまったとか。
この精神力や粘り強さが、リトルウッドの持ち味で、それがリトルウッドの数学研究のやりかた、粘り強く考え、計算し、解くということの源流になっているという。
一方、華麗なテニスが得意のハーディーもその数学の華麗さやエレガントさはここに源流があるというのである。
ちなみにもう一人の天才アラン・チューリングは、マラソンの選手として代表になれるほどの走者だったという。数学の学会があれば、そこまで何十キロか走って出かけたという。
チューリングは一説では今でいうゲイ、昔の言い方ではホモだったといい、それがバレて差別されて心理的に追いつめられて自殺した、という伝説がある。
一方、ハーディーもホモやゲイではないが、極度の「女嫌い」だったらしい。理由は不明とのこと。
ところで、ニコラ・テスラは女嫌いでもホモでもなかったのだが、女性と結婚することもつきあうこともなかったという。
その理由は、女性に恋をすると、科学的探究心が弱くなり、偉大な発見などできなくなるからだ、というのである。ましてや、結婚などしたら研究者としては終わりだ。
これがニコラ・テスラの女性に対する考え方だった。
ちょっと話が数学に移ってしまったが、スポーツでもこれに近いことがいえるという面もある。
ある程度良い選手になるまでは、女は御法度。
さもなくば、最高の技量は身に付かない。
しかし、自分がある程度成功したと思って、女性とつきあい始めたり、結婚などしてみると、
もう選手としては終わり
というような面もあるのである。
はたして錦織圭選手の彼女は献身的なのか、破壊的なのか、破滅的なのか、有害なのか?
結果からみると、どうやら
有害
の方だろう。それも「
Kの法則発動」という方向に近い。
まあ、
キムチの食べ過ぎで、脳が異様に昂奮状態にあるんでしょうナア。
キムチの主成分のカプサイシンは、中毒になると、すぐに切れるようになる。
私はこの10年以上キムチも食べていないし、また茄子科を食べないようになって数年経つが、ほとんど昂奮したり、切れることがなくなった。
錦織圭選手は、やはり和風の小林麻央さんのような人を彼女に持つべきだったのではなかろうか?
どうも女の食性のせいでこうなった可能性が高いですナ。
いやはや、世も末ですナ。