なんと久保裕也選手は京都サンガ「スカラーアスリートプロジェクト」出身だった!
2017年 04月 06日
先日今や日本代表の新しい潮流となる新顔になった久保裕也選手のことをメモしておいた。
「3人の久保」:日本サッカーの「24番目の椅子」と「オカッチの呪い」!?
ところで、この久保裕也選手は、かの京都サンガが京セラの稲盛和夫会長の肝いりで、学業とサッカーの文武両道でいく選手を育成する目的で誕生した
「スカラーアスリートプロジェクト」

の出身らしい。
久保裕也 (サッカー選手)
2009年、鴻南中を卒業後、原川と共に京都の育成プログラムである「スカラーアスリートプロジェクト」5期生として京都サンガF.C. U-18に入団。高校は京都の立命館宇治高校に入学。1年生の春から背番号9を背負うなど将来を期待された。
ということは、その前の年の真夏に開催された試験にこの久保裕也選手とご家族も参加していたことになるのかもしれない。
実は、私もこの年の2008年のサンガセレクションに息子次男を連れて参加したのである。
このスカラーアスリートプログラムはサッカーもうまくなければならないが、勉強も立命館宇治高校の一般入試で合格しなければならないという極めて難関である。
しかしながら、合格すればすべてただで昼は立命館で勉強し、夕方からは京都パープルサンガがサッカーを教えてくれるというものである。全寮制だから、住む場所も問題ない。
実はこの時のことは、2008年に作っていた私の昔のブログでメモしておいた。一応それも再掲しておこう。以下のものである。







さて、その時の合格者は「たったの2人」だったと思う。まさに少数精鋭である。
ひょっとして、この2人が
久保裕也選手
と
原川力選手だったのだろうか?
この試験は200人2日に分かれて午前午後のそれぞれの部があってそこでリーグ戦を行う。その間に選手の力量を見るというものである。
その後わかったことだが、こういうようなU18のセレクションは京都サンガだけではなく、セレッソ大阪、ガンバ大阪などでもあり、どうやら一番早くセレクションが行われるのがこの京都サンガで、本当は(自分の子は勉強はいまいちだから)セレッソ大阪に行きたいのだが、そのリハーサルとして京都サンガのセレクションに来たという参加者がほとんどだったことである。
京阪神ではやはり地域的に近いから、そういうふうにして関西圏のどこかのプロの下部組織に入れたら幸いだという考え方なのだろう。
それに対して、我が家のように四国からあるいは九州からあるいは北海道からという参加者もあった。
我が家の場合はむしろ立命館宇治に入るほうが簡単だったので、というよりその確率が高かったので、一応セレクションに参加してみたら、ということで参加したのである。
ここ阿南の阿南中学の素人監督の指導を受けただけ、それも幼稚園時代から小学校時代に股関節骨折の発覚とその手術の治療とリハビリのために小学校高学年でスポーツできず、サッカーを始めたのが中学になってからという息子だったから、将来の日本代表を探しているプログラムでパスする理由はありえなかった。が、社会勉強にはいいぞということ参加したのであった。
このサンガセレクションは、一般のサンガセレクションとも異なり、文武両道でなければならないから、極めてパスできる生徒は少ないはずだが、わずかながらでもその中から次代のリーダーを輩出したとすれば、その意味では少数精鋭方式で成功したと考えられる。
当日のセレクションの選手たちのコミュニケーションを見ていると、それまで徳島ヴォルティス出身のユース上がりの選手たちばかり見ていたから、
私がこれまで見た中で最も意識の高いサッカー少年たちだったことは確かである。
一番大きな声で指揮していたのがGKの選手だったが、試合の間中大声で仲間を鼓舞して指示を与えていた。
はたしてあのGKの選手はどこに行ったのか?
あるいは、相手DFの弱い方にくっついてそこからチャンスメークしたあのFWはどこに行ったのか?
それぞれの選手に独特の雰囲気があり、各地域のサッカーのスターやリーダーたちが参加している実にすばらしい試合だった。なかなかそういういい試合は見る機会がない。そういう印象であった。
まあ、我が次男はサッカーを始めて以来FWしかやってこなかったのだが、いきなりそこでサイドバックをやらされて、ただただどうしていいか分からず困惑しているだけで終わってしまったというセレクションだった。
まあそれでもサッカーは楽しい。
さて、家にお金はないが、頭とサッカーの足に覚えのある家庭はぜひチャレンジしてみたらどうか?
幸運を祈る!
by kikidoblog2 | 2017-04-06 09:28 | サッカー&スポーツ







































