頑張れ西野ジャパン!:「あの素晴らしいサッカーをもう一度!」→「セクシーサッカーで革命を!」   

あの素晴らしい愛をもう一度 - 加藤和彦と北山修


<ブラジルのサッカーの諺>

【ボールは丸い(やってみるまでは分からない)】
【フットボールはロマンであり、ミステリーであり、詩にも似ている】
【最も幸福な人とは最も多くの人に幸福をもたらす人】

A Happy New Messi: メッシ4年連続バロンドール!【最も幸福な人とは最も多くの人に幸福をもたらす人】


みなさん、こんにちは。

さていよいよ2018年ロシアW杯が開幕する(予定)。

一説では、ロシアにはW杯の開催するための競技場を整えたりするお金がない。しかもロシアは参加国の中で世界ランクが最下位。だから、地元ロシアではほとんど関心がない。したがって、無事開催されないのではないか?という声が大きかった。

実際に、ロシア人やウクライナ人がそう言っているわけだから、もしロシアW杯が開催されるとしたら、おそらく誰かが金を出したということになるだろう。

それは日本の安倍晋三か?あるいは、オルガルヒか?

ロシア開催させてやるから、樺太まで返せとかだったら非常に面白んだがナ。


さて、そのロシアW杯。

日本代表は、Bチームの乾、柴崎のチームの方が、ビッグスルーの3人、本田、香川、長友のチームより「日本代表」らしかった。

この点ではだれもがそう感じたようである。

まあ、実際にはやる前からそんなことはわかっていたことである。

ハリルホジッチの時代から、乾を攻撃の核にしたほうがセクシーなのは当たり前なのである。

それを本田香川に固執したばかりに、日本代表のサッカーが体たらくになった。


元日本代表の岡田さんと現監督の西野朗さんは、先輩後輩の関係である。ともに、早稲田大サッカー部の黄金期の選手だった。西野のほうが1つ上かな。学年では2つ上。

ちょうど私が高卒で大学進学の時代と重なる。


そんな岡田監督が、乾選手に対してこんなふうに言っているのだとか。一応メモしておこう。

乾が大化け 南アの本田になる 岡田武史論(1)
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 2度のワールドカップ(W杯)指揮を誇るサッカー元日本代表監督、岡田武史氏(61)が、今日14日に開幕するW杯ロシア大会を、独自の視点で「岡田武史論」を展開する。【取材・構成=木下淳】

 岡田氏が、自身以来の日本人監督でW杯に挑む西野ジャパンを語った。今回のメンバーは、98年フランス大会に初出場した岡田監督以来の2段階方式で発表。「外れるのはカズ、三浦カズ」級のドラマはなく、本田、香川らが順当に選出。一方で20代前半のリオ・オリンピック(五輪)代表、久保や中島に浅野、井手口が外れた。平均28・17歳の最年長ジャパンだ。

 「30歳以上が8人。平均寿命は延びているからね
と岡田氏は笑った後、すぐ続けた。
若ければいいわけではない。選考もサプライズありきではない。西野さんが考えに考えて決断したこと
と理解を示した。

 経験がそう言わせる。
98年は18歳の(小野)伸二を入れた。『将来のため』と言われたが全く違う。先なんて考えてない。すべては勝つため。あの時、もしヒデ(中田英寿)が負傷したら攻め手ゼロだった。当時、世界相手にゲームはつくれない。伸二の天才に懸けるしかなかったんだ」。

 10年の南アフリカ大会では21歳の香川をシビアに外し、初戦4日前の実戦で24歳の本田を1トップに抜てき。3戦2発と化けて他国開催では初の16強に進出した。今回の救世主は-。メンバー表を眺め「一定のポテンシャルが必要で、今回は乾が力を発揮する気がする。ロシアで大化けするかもしれない」。今月30歳になったアタッカーに期待すると、初戦1週間前のパラグアイ戦で見事に2得点した。本大会へ予感は漂う。

 ◆岡田武史 おかだ・たけし。1956年(昭31)8月25日、香川県生まれ。大阪・天王寺高-早大-古河電工(現J2千葉)。90年に引退。97年10月に日本代表コーチから監督昇格。98年W杯フランス大会を指揮。札幌、横浜の監督を経て07年11月に日本代表監督に再登板。11年末に中国・杭州緑城の監督に就き、13年に退任。14年11月にFC今治オーナーに。16年3月に日本協会副会長に就任、18年3月に退任。

美学に酔うな勝負は勝たないかん 岡田武史論(2)

パラグアイ戦の後半、戦況を見つめる西野監督
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 2度のワールドカップ(W杯)指揮を誇るサッカー元日本代表監督、岡田武史氏(61)が、今日14日に開幕するW杯ロシア大会を、独自の視点で「岡田武史論」を展開する。【取材・構成=木下淳】

 W杯は今日開幕する。西野ジャパンはパラグアイこそ4-2で下したが、それまでガーナ、スイスに0-2で連敗した。
直前は苦しんだ方がいい」。
10年の岡田ジャパンは4連敗で本大会を迎えた。14年のザッケローニ監督は大会前に5連勝を飾ったが、逆に本番では1勝もできなかった。

 「外国人監督は、弱いチームとやって勝ち、いい気分で大会に入りたがる。日本人には向いていない。負けると不協和音が出て、まとめ直すのにエネルギーがかかるが、厳しい相手と戦い、危機感を持った方がいい」。
そして指摘した。
日本人は美学に酔いがち。『武士は食わねど高楊枝(ようじ)』ではないが、ポリシー、哲学を優先し『自分たちのサッカーはこうだ』と、勝負の言い訳にする。『自分たちのサッカー』と言うことが悪いわけではない。世界がイメージする日本は『ショートパスをつなぐ国』。スタイルは形成されてきたが『そのサッカーができれば』の後に『負けても仕方ない』が続く。『崩しは良かった。あとは決定力』は『腕がいいが、命は救えない医者』と同じ。ブラジル大会を現地で見て痛感した。まだ勝負に徹し切れていない」。

 かつてヨハン・クライフは言った。
醜く勝つなら美しく負けた方がいい」。
日本人は愛してやまない言葉だが
(現役時代に)クライフをマークしたし、対談もしたが、とにかく負けず嫌い。勝ったら絶対に言ってない。悔しいから言ったのだと思う」。
ラグビーのエディー・ジョーンズ監督と食事した時も同じ話をしたという。
すると
その通りだ。日本人は素晴らしい民族だが、なぜ勝負に徹しないんだ
と言われた。冷静な岡田氏も
同感よ。やっぱり勝負は勝たないかんのよ
と関西弁に戻るほど言葉に熱が帯びていた。

 4年前は、ザッケローニ監督に
調子いいと怖いぞ
と伝えた。その時は
W杯だぞ。死に物狂いで戦わない選手がいるはずない
と返されたが、後に再会し
言っていたことが分かったよ
と。岡田氏は
結果より過程を重んじる日本の機微がイタリア人には難しい。美学を追うのは悪くないし、うち(FC今治)も徹底的にこだわっている。ただ、そこに逃げてはダメ。ウイニング・マインドを持たないと」。
色紙には
我らが西野JAPAN 世界を驚かせろ!!
と書いた。西野監督には「腹をくくって勝負に徹する」責務がある。

期待薄も俺たちの代表 最後は愛 岡田武史論(3)

 2度のワールドカップ(W杯)指揮を誇るサッカー元日本代表監督、岡田武史氏(61)が、今日14日に開幕するW杯ロシア大会を、独自の視点で「岡田武史論」を展開する。【取材・構成=木下淳】

  日本協会は4月、日本代表のハリルホジッチ前監督を解任し、西野監督を据えた。岡田氏も、過去2度の就任とも途中登板でW杯に導いている。どう戦えばいいのか。新任の指揮官が、始動後に突然3バックを試したことについて聞いた。

 岡田氏は
まず3バックであれ4バックであれ、たいした問題ではない
と即答した。
大事なのは
チーム全体で、どこでスイッチを入れてボールを奪いに行くのか
決めること。
どう守備ラインを設定して、どのタイミングでボールを奪いに行くのか。(5月30日)ガーナ戦では、まだ定まっていなかった
と指摘した。

 西野監督に与えられた時間は短い。
今から攻撃のコンビネーションをつくろうと思ったら、絶対に間に合わない
と岡田氏も認める。一方で、こう続けた。
守備はできる。間に合う。1日あれば変えられる。まず約束事を、最初に誰がどこでボールに行くのかを決め、3バックでも4バックでも1つの生命体のように連動できれば、十分やれる」。

 98年も、直前に3バックに変えて初戦アルゼンチンと0-1の接戦を演じた。10年南アフリカ大会は、ボールを奪うポイントを前から中盤に下げた。その上で陣形も変更。
後ろ5枚(5バック)も考えたが、ベタ引きになる気がして
と回避し、中盤5枚を真横に並べる戦術を考案した。
よく阿部勇樹がアンカー(中盤の底)の4-1-4-1と言われるけど、違うんだ。4-5-1。アンカーだと、前の2枚が入れ替わるケースがあって、左右がクロスし出すと混乱する。だから横一直線に並べ、縦で割って前後の動きで守らせたら間を通されなくなった」。
南アフリカで4戦2失点の守備を構築した経験から
難しくない。何が大事で何が1番のポイントなのか練習で息を合わせるだけ」。
西野ジャパンにも不可能はないと言い切れる。


この話は、テレビでラモス、木村、水沼、松井たちといっしょに議論していた時の話とまったく同じだよナア。

あそこからパクったんだろうか? あるいは、同じ話を聞いたのか?


まあ、いずれにせよ、この岡田さん、毎朝座禅して瞑想するらしい。

そこでインスピレーションを受けるんだとか?

「今日は乾で行こう」とか、「今大会は乾がブレークする」とか、そういう直感を得るらしいですナ。

それで、今大会では「なぜか乾がキーマンだと感じるらしい」。


要するに、かつて乾選手が滋賀県の野洲高校の選手だったころ、山本監督が

「セクシーサッカーで革命を!」
「セクシーサッカーでW杯優勝を!」:ついに来るか、乾貴士時代?

と唱えて、初の全国優勝を成し遂げ、時の人になった。

この時の野洲高校は乾選手を筆頭に、自由奔放で面白い、創造性豊かなプレーをしてどんどん勝ち上がった。

当時の高校生はみんなそれに憧れた。ちょうど私が阿南高専のサッカー部の外部コーチをしていたころである。2006年あたりである。

その頃は、私はNTTのDoblogを使っていた。だいぶ前に廃業してしまったが、その頃の記事をメモしておこう。以下のものである。

山本監督語録
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野洲高校の初優勝
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2006年乾選手は18歳の高校生だった。

実はその後、乾選手は高卒後にU19でもU21でもブレークしたのである。

まずU19のカタール国際では初優勝したのだ。
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そしてU21でも活躍した。
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あれから12年。

いまやその乾選手も30歳になった。


そして、初のワールドカップのレギュラーの可能性が出てきたわけだ。


はたして、西野監督は岡田監督のように、乾選手に「何か」を感じるだろうか?


要するに、西野監督は、

ケイスケホンダの「ゴラッソサッカー」か、乾貴士の「セクシーサッカー」かの選択に迫られている。



もうケイスケ・ホンダの「ゴラッソサッカー」は南ア、ブラジルと2回やったわけだ。

だから、今回はもう最後かもしれない「セクシーサッカー」で花を咲かせてみたらどうか?


セクシーサッカーをもう一度

というわけだ。


せっかく乾が嫌いなハリルホジッチがいなくなったわけだ。

乾が好きな岡田の盟友西野監督には、ぜひ乾と柴崎と昌子と中村を縦のラインの軸にした新チームで戦ってほしい。


俺も岡田監督の意見に大賛成ですナ。


かつて日本代表が初のW杯出場を掛けた時、サポーターが自然に歌い始めた曲。それが、「翼をください」だった。
翼をください



そしていま日本代表は歴史上最弱の世界ランクに落ち、かろうじてW杯出場にこぎつけただけのチームとなった。

しかしまだ希望はある。

というわけで、俺は今回はこれが適切ではないかと思うナア。

松任谷由実 いちご白書 をもう一度(Self cover’03)


この切ない、やりきれなさが最高だ。

あるいは、これかな。

あの素晴らしい愛をもう一度 - 加藤和彦と北山修



いずれにせよ、日本代表は前だけ見て「新たなる歴史を作れ!」


頑張れ、日本!





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by kikidoblog2 | 2018-06-14 12:43 | 2018ロシアW杯

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