断捨離:我が青春時代が去来した!?   

断捨離
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断捨離(だんしゃり)とは、不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想であり、やましたひでこ(山下英子)の著書において発表された。「断捨離」「クラターコンサルタント」は山下英子の登録商標である。




みなさん、こんにちは。

この2日ほど我が部屋の押入れの清掃・整理・断捨離をやっていたので、メモする時間が取れなかった。さすがに引っ越してきてから23年もの山積みを整理するのは大変な作業だった。

昔のユタ大から持って帰った大学院生時代の研究ノート、論文、メモなど、さすがに捨てるに捨てられずにいたものだったが、この際、「断捨離」。いまはやりの痛恨の投棄である。

また、98年ごろのあの有名なiMacも動くかどうか試したりしてみたが、一応電源は入るが、やはりプラスティックのボディーは劣化し、まったくハードディスクを認識できず、ウェルカムにならなかった。というわけで、これも断捨離行き。

初日はこういうことですんだが、昔の手紙から最近のブログファンからのものまで整理するには昨日一日かかってしまったというわけだ。

Love letter from Japan

というわけで、私の奥さんと出会ってから1年ほどの日本からの手紙の類もでてきて、若かりし日の奥さんの爽やかな手紙が懐かしい。

さらには、バースデーカードとクリスマスカードの類。

子供が誕生する前、誕生してからのもの。そして、その子供の生まれてからの私の誕生日へのお祝いカード。

つたない字で、左右逆転しているものとか、こういう文字も徐々に形をなしていく。

しかしながら、その子の本質部分、優しい性格とか人思いやる質とか、そういう部分は文字が身につく前から、そして成人した今もほぼ不変だったということがわかった。

やはり、人は生まれながらにしてその人なのである。

こんなふうなことを感じながら、いろいろ整理整頓していたわけだ。

いくら断捨離したからといって、まだ押入れ内部に過ぎず、押し入れの外の私の周りにはまだ数百の本、何万の論文が山積みだ。

こういうものは、ここに来てからの研究テーマに関して集めたものだから、また徐々に断捨離していくことになる。

ユタ大にいたときにも、学生研究室の壁一面の論文ファイルを整理するのは大変だった。私の流儀で、一つのテーマにはその最初までできる限りすべての文献に目を通す。決して今のものだけではすませないということをいつの間にからやってきたために、論文の孫引きを続けていくと、幾何級数的に論文が増えてしまうわけである。

この習性は今に続くが、例えば、保江邦夫博士一人に限ってもほぼすべての論文、すべての著書を読む、あるいは、読みたいと思っているわけだ。実際、物理関係に関しては理解できるできないにかかわらず、だいたい全部に目を通した。

当然、その保江先生が引用した論文も同時に集めていくことになるから、保江個人が必要とした他の研究もあつめるとこになるから、論文数は膨大になる。

まあ、俺はいつもこんなことをしているから、文献が増えるわけである。

もっと効率的な方法はないかといつも探してきたが、こういうやり方をしないとどうも私個人の生まれつきの性分から気持ち悪いわけですナ。

適当な分野の教科書だけ読んで、それを適当な問題に応用して、適当に論文を書くというようなことで満足できればそれが一番効率的なのだろうがヨ。

まあ、もう一つのやり方は、特定の問題だけを解くことだけに集中するというものだが、これは比較的やりやすい。普通の研究とはこういうもので、私自身そういうものを教育されてきたからずっとそういうやり方をしてきたわけだ。

これは大学の先生向きの方法だと思う。すでにそういう業界に住んでいるからだ。しかし徐々に私はそういうやり方だけでは満足できなくなったのだった。

また、トランスペアレンシーなどの断捨離にも難儀した。外のファイルはまだ使えるから残すが、中のトランスペアレンシーを抜き取る作業が大変だ。これもすべて断捨離。不燃ごみ行きになった。


そういえば、今では、パソコンから直接モニターにつないで、自分のプレゼンテーション原稿を見せながら説明するというやり方が主流である。だから、ウィンドウーズのオフィスとか、オープンオフィスとかそういうもので作ったファイルを開いて研究発表する。

ところが、昔は、といっても、比較的最近まで、我々はトレーシングペーパーに書いた図やそれをトランスペアレンシー(透明用紙という意味)に油性や水性のペンで書いてそれをOHP(オーバーヘッドプロジェクター)でスクリーンに投影して話を見せていた。そういう時代が長らく続いたのである。

我々が学生の頃、アメリカの学者さんやアメリカ帰りの日本の学者さんが、ちょっと英語チックな訛りの入った日本語で講演するのをみては、「すげ〜〜」なんて言っていた時代があったのである。

当時は物性では、アメリカのIBMワトソン研究所(江崎玲於奈博士がいた)や、ATTのベル研究所(たしか長谷川晃博士がいた)。。。が世界最高の研究所だったのである。

いまやそのベル研もだいぶ前に廃止され、IBMも昔ほどではなくなったようだが、我が国では「東大物性研」は未だ健在のようだ。

断捨離しながらこんなことも去来していたわけだが、私の青春時代もすでに30年以上も昔の話になってしまった。


いやはや、世も末ですナ。







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by kikidoblog2 | 2018-10-19 08:07 | 個人メモ

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