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ここ徳島の新しい世代のスター登場!?:サッカーの塩谷司とJPopの米津玄師   

みなさん、こんにちは。

毎年新年の駅伝が行われるが、私の出身の山梨と妻の出身のここ徳島は、いつも40位前後で張り合う。最下位の沖縄よりはマシだが、これってやる意味あんの???

要するに、何十年もやって上位に上がれないというのは、それにはそれなりの理由があるわけだ。

つまり、遺伝的に持久力がない→ミトコンドリア遺伝子の性能が持久力向きではないのである。

まあ、オリンピック同様、駅伝にも「参加することに意味がある」という考え方があるのかもしれないが、俺に言わせれば時間の無駄=金の無駄であろう。

山梨や徳島や沖縄。。。など駅伝の下の方の地方にはもっと別の道があるはずだ。

相撲とか、野球とか、重量挙げとか、柔道とか、砲丸投げとか、バレーとか、ゴルフとか、。。。

要するに、瞬発力を中心に据える競技に特化するべきだろう。

私の観察範囲でも、徳島の子供は走るのが苦手である。つまり、嫌いなんだな。

ところが、京都あたりの子供は、あの山を登ったり下ったりの地形の中で、走り回って遊んでいる。

だから、京都はいつも駅伝上位である。

また昔の飛脚が住んでいた東海道沿線の地方には健脚の子孫がいるから、

千葉、東京、神奈川、静岡、愛知、滋賀、京都、大阪、兵庫、岡山、広島、福岡

などでは、結構健脚が生まれる。実際、駅伝もサッカーも強い。よく走るスポーツはみな強い。

上に行けばいくほど、レベルが上がればがるほど、人は遺伝の影響を受ける。かならず、あるレベル以上になると、向き不向きが出てくる。それはやってみるまでわからないが、やっていくうちに自ずと自己の限界が現れる。

残念なことだが、それを痛感したら、潔く方向転換すべきである。

プロサッカー選手になったのに1点も取れないとか、ボールにさわれないとか、こういう選手はサッカー向きではない。

むしろ、マラソンや中距離選手に進むべきだ。

逆に駅伝で弱くてももっと長距離のフルマラソンとかトライアスロンとか100kmマラソンとか。。。こういうものに適性があるかもしれない。

事実、駅伝には弱い徳島と山梨から、海外の何日にも渡る自然界を徹夜走行する過酷なレースで世界チャンピオンが1人ずつ生まれている。

まあ、駅伝は中距離のせいぜい1万mの適性を見るだけだから、中途半端で有害だというのが俺のかねてからの見解である。

むしろ、サッカー選手に駅伝を走らせるべきである。

サッカー選手にとり、1試合で12km走るとすれば、練習ではその2倍の24km走る必要がある。俺の経験でも、試合で足をつらないでできるためには、実際の倍は練習で走れるようにしないとまずいのである。

だから、フルマラソンで優勝したければ、1日午前と午後に42kmを1本ずつ走る必要がある。事実、シドニー五輪で優勝した高橋尚子選手はその前に1日2本フルを走り、昼飯と夕食にはギャル曽根並に食っていた。

錦織圭が5時間のゲームを連戦して優勝するためには、1日その倍の10時間の練習が必要になり、それに耐えられるようなトレーニングが必須となる。さもなくば永久に優勝は不可能だ。

さて、大分前置きが長くなってしまったが、かつて山梨には野球の堀内恒夫いわゆる18番を作った男と、サッカーの中田英寿というスーパースターが生まれた。

一方、徳島には、ゴルフのジャンボ尾崎、野球の徳商の板東英二と池田の水野雄仁、男子体操の畠田好章(いま娘さんが女子体操にいる)、マラソンの弘山晴美、水泳の源純夏、 俳優の大杉漣、。。。などのスーパースターが生まれた。

そして、いまもその伝統が引き継がれ、いまはサッカーでは日本代表の

塩谷司
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と、紅白にでた

アンジェラアキ
『手紙~拝啓 十五の君へ~』


と米津玄師
米津玄師 MV「Lemon」


米津玄師まさかの経歴と学歴が凄すぎた…「Lemon」を紅白歌合戦で熱唱…
が現れた。


人にはそれぞれの才能がある。どんなにたわいないものでもその人にしか備わっていないものである。だから、それぞれに価値がある。

それをうまく活かす。

保江邦夫さんの恩人であったシスター渡邉和子さんは、それを

「置かれた場所で咲きなさい」
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と言ったらしい。

昔の人は、「一隅を照らす」とも言ったが、おそらく同じような意味だろう。

人には持ち場がある。

それが主役であろうが端役であろうがエキストラであろうが、その持ち場で咲く。

仲代達矢も三船敏郎も石原裕次郎もケビン・コスナーも。。。

みな最初はエキストラや死体役だったという。

しかし、「そこで」咲いたか、枯れたかの違いがその後を変えた。

仮に枯れていたとして、監督の目には止まらなかったとしても、そこに枯れて存在したということには意味がある。

一世風靡することは素晴らしいことだが、一世風靡できなかったとしてもその人の世界は続くのだ。人にとって、成功不成功は数多くの出来事の一コマにすぎない。

ワンシーン撮ったって映画にはならない。

ワンシーンを特別のものにするには大半の普通のシーンが必要だ。そして何よりも大事なことは、映像をフィルムに取り続けることであろう。さもなくば映画が完結しない。

どんな選手でもいずれ引退の時が来る。どんな偉人でもスーパースターでもいずれお別れの時が来る。

だから、一喜一憂せず、一休和尚が言ったように「罪なく死す」の六字の偈が大事なのである。

とまあ、とりとめなく、徒然草的なメモしなってしまったが、徳島の新しい才能たちの活躍を期待したい。


頑張れ、徳島!頑張れ、山梨!

頑張れ、日本!





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by kikidoblog2 | 2019-01-24 10:40 | 阿南&徳島

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