「だらしのない天才」宇佐美!?:子供横綱問題、無責任すぎるキリン、ついに世代交代の時期が来た!?
2019年 03月 27日
いや〜、創部120年目の甲子園。富岡西高は惜しかった。しかし、ノーサインで優勝候補筆頭に勝つというのはかなり無謀だったようだ。校内野球大会ではないから、かなり難しい選択だった。せっかく攻守各3回のタイムがあるのに一回も使わず、間のとり方を変化させないで戦ったために、無駄な犠牲フライで点を取られた。また、せっかくの満塁のチャンスにスクイズで最低1点を取れたのにまったく点が入らなかった。これもノーサインの結果。予選から結構チャンスに無得点が多いチームだったのだが、その理由がやっとわかったよ。監督は見ているだけ。何もしない。まあ、ここ阿南の人は基本農民と漁民出身が多く、彼らは人の指図を嫌う。だから、下手に監督がいろいろ厳しくするとへそを曲げてあっちへ行ってしまう。それなら自分たちですきかってにせいということになるわけだ。監督や上司に厳しくしてもらってもっと伸びるということがなかなかわからない。
翻って、サッカーでも同じこと。
監督の仕事とは選手が嫌がることを無理矢理にでもさせることにある。
選手は、苦しい練習は嫌がる。楽な練習、かっこいい練習ばかりする。
だからこそ、監督が必要になるわけだ。
選手は緊張したり、興奮したり、平常心でなくなる。そういう場合に監督が第三者の目で冷徹に判断を下す。
良い意味で、監督は悪者にならなければならないのである。
ところが、Jユースでは、そういうことができにくい。選手の親御さんからお金をもらって運営しているために、あるいは、Jユースの規定があるために、監督やコーチが選手の意志を無視してまで厳しい練習を課すことができない。
だから、いくら才能があり、いい選手であっても、その選手にも肉体的、体力的弱点もあるものだが、そういう部分を厳しく練習で補うことができない。
つまり、Jユースではいわゆる「肉体改造」「体力アップ」が計れないのである。
実はこの体力アップにも「年齢の壁」が存在するのである。
たとえば、心肺機能は心臓や肺が成長する第二次成長期の時に基盤を鍛えて置かなければ、その後心肺の成長が終わった後にいくら鍛えたところでそれほど強化されることはない。むしろ心肺への負担になる。
実際に、この時期に鍛えたかどうかは、心臓や肺活量の大きさを決めるのである。心臓が大きくなる。肺が大きくなるのだ。私は高1にときすでに170cmで胸囲92cmあり、いまは胸囲106cmはある。いまでも肺活量5000ccである。その辺の大型車よりあるわけだ。
筋肉も同様で、ある程度第二次成長期に筋肉の基礎を育成しておかないと、その後いくら鍛えてもそれほど筋肉はつかないのである。私はいまでも懸垂10数回はできる。
こういうものは経験的にしかわからない。やったことのあるものしか理解できないのである。
が、しかし我が国のスポーツ医学やスポーツ科学は若いために、そういう事実がなかなか徹底されていないのである。だから、往々にして逆効果の逆の現代説を唱える。
最近とある番組で、医者が得意げに、最近のスポーツ医学の知識では、準備運動とストレッチは必要ないとおっしゃった。
これこそ、真っ赤なウソ。
どんなスポーツでも準備運動しないでやれば、心臓や筋肉への負担、骨格や健への負担がきて、大怪我をするのである。
だから、経験的に、体操の選手は練習前に徹底的に1〜2時間も準備運動でストレッチを行う。たった1日でもそれを欠かすと身体が固くなり、良い演技ができないのであるという。ゆえに、ロシアでも日本でも体操選手は毎日毎日準備運動とストレッチで身体を柔らかくする。それから、技の練習に入る。
サッカーでも、最初の準備運動のウォームアップで、一旦心拍数を180まで上げる。そうしないとアドレナリンが出ないために、心不全のリスクが高まるのである。
いきなり試合に出れば心臓に負担が来て下手をすれば心不全で死にかねないのだ。
こんな案配で、昨今の医学者が非常に常識はずれの自説を吹聴し、売名行為をはかるお馬鹿さんは多い。特にNHKで出てくる人にそういうお馬鹿さんが多いようにみえるナ。
まあ、現場の選手や監督はまったくそういうものを当てにしないから良いが、しかし事情を知らないド素人が騙される。
こういうようなわけで、ちまたの言説を無批判に信じた親御さんの息子や娘がJユースに入ると、たいへんなことになるわけだ。一言で言えば、モンスタークレーマーみたいな感じになる。
そういう事情がJユースの場合は創立時代からあり、なかなかそれが改善しない。
これを私はdoblog時代から、「子供横綱問題」と呼んできている。
いまのスポーツ界は年齢の枠切りがあるために、U17とかU23とかで輪切りする。そうなると、代表に呼ばれる場合、どうしても遅咲きよりは早咲き、要するに、早熟の選手が得をする。
平均身長が140cmくらいの小学生の中に、一人だけ早熟で179cmの選手がいれば、絶対にその選手の方が有利である。だから代表になりやすい。足も普通に走れば他の選手より圧倒的に早いし、キック力も別に鍛えなくても他の選手より蹴れる。
こういう選手が成長期に入ると、他の選手もどんどん成長して大きくなり、追いついてくる。そういうときに、それまでの適当なプレーでもうまくいったことが、その早熟の選手の技術をスポイルしてしまうのである。
いくら179cmで日本国内では圧倒していたとしても、179cmは世界で見れば小粒である。世界は190cm以上ある。だから、国内で大きかったから大味の雑なプレーを身につけた選手は、国際試合では活躍できない。もっと緻密な高い技術を幼少期から身につけるべきだったということになるわけだ。
昨夜の日本対ボリビア戦の宇佐美貴史選手や鈴木武蔵選手がその典型である。
日本代表を救ったのは中島翔哉!森保ジャパン、ボリビアに大苦戦も背番号8の一発で勝利
彼らは子供の頃から早熟の天才で、適当にやれば、ドリブルでもスピードでもぶっちぎれた。だから、ユース世代の天才として代表に選ばれてきた。
しかし、海外相手になると、その上を行く早熟や大きな選手がいるわけだ。だから、世界戦になると目立たなくなる。
技術がアバウトだから、海外の選手を圧倒できないわけだ。
ところが、昨夜のボリビア戦で点をとった中島翔哉選手は、身長150cm台の最小の選手である。子供の頃から小粒で身体負け、スピード負けをしてきたから、そういう自分でも相手にまさるように創意工夫で独自の技術を伸ばさないと勝てないという苦い経験を経験してきた選手である。
だから、彼の持ち味は、勝負より、サッカーをまず楽しむ。結果は二の次だという哲学になった。
それが功を奏して、身体のディメリットを本当のディメリットにせずに、のびのびと自分のキャラを「活かす」プレーを身につけたわけだ。そしていまや、小粒なことが逆にいい結果を生むまでに至った。
この差が昨夜の試合には見事に出ていたのである。
この意味では、実に教訓的な試合だったのではないか?
若い頃から天才天才、逸材逸材と持ち上げられてきた宇佐美、香川、鈴木武蔵はあまり活躍できず、むしろ、若い頃は小さすぎるとか、足が遅いとか、体力がないと言われたような乾、柴崎岳、中島翔哉の方が世界レベルに到達したわけだ。
日本サッカー協会やJリーグはこれをもっと研究すべきである。
結局、ユース出身の選手は甘いのである。すべてが有利にできているから、選手が独自の努力をしなくても、全部ユースの係が援助してくれる。しかし、高校サッカー出身の選手のほうが、監督からいちいち厳しく練習させられて、それを乗り越えてきた分、すべてに余裕がうまれるわけである。
宇佐美はアップアップしている。体力がなく、相手を圧倒できない。堂安も南野もそうだ。
しかし、身体のハンデをもった中島は例外として、乾は野洲高校で選手権優勝、柴崎は準優勝を経験し、高校サッカーの厳しさを経験している。死にものぐるいで頑張らないと優勝できないという経験を何度も積んでいる。
これに反して、堂安も南野もユース出身者は「負け慣れしすぎている」のである。今日負けてもまた明日がある。こういう感じが見える。しかしながら、選手権や高校総体出身者にはそういう甘えがない。
翻って、スペインのユースにも甘えがない。というのは、ビッグクラブのユースは選手の入れ替えがすごく、1試合でも失敗すれば、もう次の試合にでれないからである。常に全力で良いプレーしない限り、トップチームへの階段から落ちるのである。
この厳しさがJユースには存在しない。
とまあ、大分前置きが長くなってしまったが、そんな昨日の試合で、宇佐美のことを批判した記事があったのでそれを一応ここにもメモしておこう。以下のものである。
【サッカー】宇佐美貴史(26)はやはり「だらしのない天才」か…。“日本史上最高の才能”は潰れるのか?
【サッカー】宇佐美貴史(26)はやはり「だらしのない天才」か…。“日本史上最高の才能”は潰れるのか?
【日本 1-0 ボリビア キリンチャレンジカップ2019】
日本代表は26日、キリンチャレンジカップ2019でボリビア代表と対戦。
試合は75分に生まれた中島翔哉のゴールを守り切った日本代表が1-0で勝利している。
森保一監督はこの日、22日に行われたコロンビア代表戦から先発メンバーを11人変更。
その中にはロシアワールドカップ以来となる代表招集を受けた宇佐美貴史の名もあった。
香川真司、乾貴士ら同じロシアW杯戦士とともにどのような攻撃を織りなすのか。
そういった部分には大きな注目が集まった。
しかし前半から日本代表はボールこそ保持できるものの、ボリビアの守備ブロックを攻略することはできない。
効果的なサイドチェンジからいくつかのチャンスを迎えた場面はあったが、それ以外にゴールの匂いを感じさせるプレーは少なかった。
宇佐美も持ち味であるドリブルを前面に押し出すことができず、精彩を欠いた。
後半に入っても背番号11のプレーに脅威を感じることはできず。
結局、宇佐美は何もできないまま61分に堂安律との交代を余儀なくされている。
かつてドイツ紙『ライニッシェ・ポスト』は宇佐美を「だらしのない天才」と評したことがある。
これは、同選手が非常に若いうちから日本国内で大きな期待を集める選手だったにもかかわらず、
バイエルン・ミュンヘンやホッフェンハイム、アウクスブルクで十分な結果を出すことができなかったことから付けられたものだという。
さらに同紙は「国際レベルのシュート技術と素晴らしいスピードやテクニックを有しているが、トップへ上り詰めるハートが欠けている」と指摘。
さらに現在もフォルトゥナ・デュッセルドルフを率いるフリートヘルム・フンケル監督はかつて
「彼がバイエルン・ミュンヘン、ホッフェンハイム、アウクスブルクでうまくいかなかったのは、その練習姿勢によるものだろう」と話していた。
現在も所属するデュッセルドルフでは試合に出たり出なかったりを繰り返している宇佐美。
過去には「日本サッカー歴代最高の才能」と評されながらも、ロシアW杯では控えに甘んじるなど、現在は代表での立場も決して安泰ではない。
久々の日本代表としてのプレーとなったボリビア戦では、そうした評価を覆すほどの活躍が期待されたが、不発。
コパ・アメリカに向けては、当落線上のような位置にいるとみて間違いないだろう。やはり宇佐美貴史は「だらしのない天才」だった。
しかし、いままで、こういった「子供横綱」だった宇佐美を礼賛し、スポイルさせたのは、オマエラ騙すメディアのせいだろうが!
いまさら、今度は手のひら返して「だらしない天才」とかいうのはやめたほうが良い。オマエラが「だらしないメディア」なんだヨ!
俺は、宇佐美がユースの段階から、このままでは成長が止まる。今の宇佐美には肉体改造が必要だとずっとメモしてきたわけだ。
しかし、そういう宇佐美選手も妻子あるパパだ。もう守備に入っている。冒険はできない。一日でも長く、プレーして妻子供の面倒を見なければならない。
そのためなら、ドリブルだけでは食っていけない。守備も頑張る。そういう時期にはいったわけだ。
それを「だらしない天才」というのはどうかナア???
やっと宇佐美選手も成長し大人になったと見るべきではないか?これから体力をつけて頑張るしかない。
しかし、若い頃厳しい練習を乗り越えた柴崎にはなれない。
これを「子供横綱問題」と言っているわけだ。
いまちょうどこの宇佐美と同じ路線を言っているのが、FC東京の久保健英選手である。
いま試合づけでスポイルされ続けているが、試合では絶対に身につかないものがあるわけだ。それが基礎体力であり、身体能力だ。
若い時期にやったボールを使わない練習の成果が大人になってからの成長を決めるのである。
宇佐美も乾もそれが甘かった。だから、いまや走れない選手になってしまったわけだ。乾の野洲高校はあまり厳しい練習はしない。
長友のいた東福岡、本田のいた星稜、柴崎の青森山田、こういった名門高校は厳しい練習で有名である。
こういうユース時代にどれだけ厳しい練習に耐えたか、どれだけ厳しい予選に耐え抜いたかが、大人になってからの成長を決めるのである。
もし宇佐美選手がそういう意味で子供横綱で終わるとすれば、それを反面教師にして、もっとJユースのコーチはそれぞれの年齢に応じた厳しい練習を課すべきだと俺は思う。
さて、最後に、やはり昨日の試合では、世代交代を印象づけた。
乾、香川、宇佐美のロシアW杯代表はまったく機能しなかった。逆に、ロシア漏れした中島、南野、堂安が躍動した。
私はロシア前の最初からこれをメモしてきたわけだが、西野は安易に流れた。だから、キリンジャパンになるわけだ。
ところで、キリンシーグラムはどうしてW杯敗退の責任をとらないんだろうか?
いつまでも未来永劫キリンは日本代表の公式スポンサーでサッカーを自社ビール売上のツールにし続けるつもりなのか?
腐っていますナ。
子供はビールは飲まないし、アスパルテーム漬けの清涼飲料水は日本人の健康を損ない、選手のレベル低下を招くだけだ。
矛盾したことをやり続けるキリン。
日本代表が、一度倒れたら立ち上がれないというキリンにたとえられるのも、キリンビールのせいだヨ。
いやはや、世も末ですナ。
おまけ:
選手選考にテーマ見えず…整合性なし/セルジオ越後セルジオ越後も整合性なし。相変わらずのアンチジャパン代表の日和見のたわごとにすぎない。キリンチャレンジカップが無名の日本人の若手選手の欧米クラブへのお披露目するだけのものにすぎず、将来のキリンCMのメンバーに入れる選手を発掘することが目的なのは大昔から証明済みのはず。コパのための準備であろうはずがない。日本代表はキリンの営業の出汁にすぎない。だから、日本サッカーを良くすることや強くすることが目的ではないから、日本代表がよくなるはずがないのである。国内には勝利してサポーターのビールの肴に憂さ晴らしできればいいのであって、サッカーの内容など二の次。森保も来てくれた人を勝利で喜ばせることが目的だと白状していたじゃないか。まさにそのとおりなのだヨ。まあ、いずれにせよ、キリンがいる限り、我が国のサッカーは韓国の下にいるように配分され続けるわけだナア。
国内組が多いのは、海外組の中には6月南米選手権時にクラブの理解が得られず、招集できない選手が出ることを想定したのかもしれないな。FW2人はともに初招集、DF陣は若返ったが、MF勢の復帰組は香川、宇佐美、山口らハリルホジッチ元監督時の選手ばかりだ。「平成最後の在庫セール」? テーマが見えてこない。
選手選考の基準も明確じゃない。香川はクラブでプレーできるようになって、招集された。一方で柴崎は相変わらずヘタフェで出番が少ないのに、呼ばれ続けている。アジア杯の反省は得点力不足だったから、守備ラインをいじる必要はないよね。整合性がないところに、まだ人材を探している段階であるという苦しさが表れている。
堂安、南野、中島が攻撃の核であることしか、伝わってこない。まるでつくる料理を決めずに、材料だけ集めたみたいだ。

by kikidoblog2 | 2019-03-27 10:53 | サッカー日本代表