「シュレーディンガー-人とその業績」より:シュレーディンガーは真のボルツマン学派だった!?
2019年 05月 10日
さて、このところ私は量子力学の古典的論文や著作を読み直しているところなんだが、その中で以下の本にであった。
シュレーディンガー―人とその業績―
シュレーディンガー―人とその業績
これは、1987年に英語で出版。それが1989年ごろ和訳されたらしい。
残念ながら、この本を私は持っていなかった。また、どこかで見たことはあったかも知れないが、あまり関心を惹かれずに読んだこともなかったのである。
というのも、ちょうどその頃私は米国に留学中で、この本に気づかなかったようだ。ユタ大の本屋で英語版は見たのかも知れないが、その頃は、あまりに自分のPhD論文の研究に没頭していたからだろう。
あれからちょうど30年後の今、やっとこの本を知ることになって、このところ少しずつ読んでいるわけだ。
上の本は、1987年がちょうど1887年生まれのエルヴィン・シュレーディンガーの生誕100年。その生誕記念祭の記念国際学会として開かれた。その講演録のようなものらしい。
だから、著者が結構選りすぐりだった。目次と著者名を併記しておこう。
1.序論
C. W. キルミスター=編者
2.ボルツマンのシュレーディンガーへの影響
D. フラム=ボルツマンの孫→1971年ボルツマン賞受賞
3.シュレーディンガー方程式のシュレーディンガーによる当初の解釈:一つの救出の試み
ヨン・ドルリンク
4.量子ジャンプはあるか
J. S. ベル=ベル不等式のベル
5.-1平方根および複素位相とエルヴィン・シュレーディンガー
C. N. ヤン→1952年ノーベル物理学賞
6.原子・分子物理学に対するシュレーディンガー方程式の帰結
W. E. ティリング→1969年シュレーディンガー賞、2000年ポアンカレ賞
7.分子力学:H+H2から生体分子へ
M. カープラス→2014年ノーベル化学賞
8.化学反応の<軌道>による提示
福井謙一→1981年ノーベル化学賞
9.量子化学
A. D. バッキンガム→1996年ヒューズメダル
10.E.デ・ヴァレラとE.シュレーディンガー,そしてダブリン研究所
ウィリアム・マックレア卿→1976年ゴールドメダル
11.ボース粒子は凝縮するか?
J. T. Lewis
12.シュレーディンガー非線形光学
J. マッコンネル
13.40年後から見たシュレーディンガーの統一場理論
O. ヒットマイヤー1974年シュレーディンガー賞
14.宇宙のシュレーディンガー方程式
S. W. ホーキング
15.素粒子物理学の展望
A. サラム→1979年ノーベル物理学賞
16.ゲージ場・位相的欠損・宇宙論
T. W. B. キッブル→2014年アインシュタインメダル、2016年ニュートンメダル
17.量子論と天文学
M. J. シートン→1984年ガスリーメダル、1992年ヒューズメダル
18.シュレーディンガーの化学と生物学への寄与
L. ポーリング→1954年ノーベル化学賞、1962年ノーベル平和賞
19.エルヴィン・シュレーディンガーの『生命とは何か』と分子生物学
M. F. ペルーツ→1962年ノーベル化学賞
むろん、上の目次につけた表彰は私が昨日調べたものである。
まあ、翻訳はかなり苦戦した感じがあって、わかりにくい箇所もそこら中にはあるが、それでも日本語訳を出したことについては敬意を評したい。
もっと日本の物理学者は翻訳書や翻訳論文を出すべきだと思う。やはり日頃の思考形態である日本語で読んで考えることが大事だろう。英語のネイティブなら、直接英語で読めば良い。
私が特に面白いと感じたのは、フラム、ドルリンク、ヤン、福井謙一のものである。また、生命科学のポーリングとペルーツのシュレーディンガーに対する批判も実に興味深いものであった。
やはり欧米には古典力学や古典統計力学の創始者のその子孫が存在する。
シュレーディンガーの子孫もいるし、ボルツマンの子孫もいた。その一人が、D. フラム博士である。だから、自分の祖父であるボルツマンとその祖父の弟子で後にシュレーディンガーの師匠となった、フーリードリッヒ・ハーネゼールがいた。
ちなみに、マックス・ボルンの孫には、オリビア・ニュートン・ジョンがいる。
このボルツマンの一番弟子だったハーネゼールは第一次世界大戦で死去。その空席にその弟子のシュレーディンガーが職を得たのだった。
したがって、シュレーディンガーは真正のボルツマンの孫弟子にあたったのである。
実は、保江邦夫博士の数多くの著書でもそうだったが、我が国の物理学の科学史や教科書では、シュレーディンガーは無名のどうでもいいような物理学者だったが、それが量子の時代に入って、偶然が重なって、アルプスに女性と避暑中にシュレーディンガー方程式を発見して、一躍世界のトップに現れた、ということになっている。
つまり、シュレーディンガーの無名時代にシュレーディンガーはいったい何を研究していたのかあまり知られていなかったのである。
シュレーディンガー方程式を発見後は、朝永振一郎博士の量子力学やさまざまの著作やシュレーディンガーの論文集で、著名となった研究は紹介されている。
しかし、フラムによれば、無名時代の研究こそもっとも重要で、その後のシュレーディンガー方程式を生み出すための準備になっていたということである。
特に、1922年のシュレーディンガーの論文にその萌芽があったというのである。
E Schrödinger - Zeit. F. Physik, 12, 13, (1922)
On a remarkable property of the quantum-orbits of a single electron
Dopplerprinzip und Bohrsche Frequenz-bedingung
これについては、ヤンも気づいていて、この論文で初めて、exp{ieA/c}が現れ、量子力学で言う波動と位相の問題が現れたのだと。フリッツ・ロンドンはこれに感銘を受けて、その後の超電導理論に転用していく。ここからゲージ場の概念につながったとヤンは考えた。
ヤンはその分析の中で、かつてディラックがかつて1970年の講演で語った、シュレーディンガー方程式や量子力学を語った言葉を引用している。
非可換性は量子力学の真に主要で新しい着想であるのかどうかという疑問が湧いてきます。以前にはわたしはそうだと考えていましたが、最近はどうもそれに疑問を抱きはじめ、物理的観点からはたぶん非可換性が唯一の重要な着想ではなく、そこにはおそらくもっと深淵な思想が潜んでおり、我々の常識的概念のなかに、量子力学によってもたらされた何かもっと深刻な変更が迫られているのではないかと考えるようになってきました。
ですから、もし誰かが量子力学の主たる特徴はなにかとたずねたら、わたしは今やそれは非可換代数ではないといいたい気持ちです。しかるに、確率振幅は単に部分的に実験と関係しているにすぎません。その絶対値の2乗は我々が観察できるものの何かです。それは、実験屋さんたちが得るところの確率です。しかし、その他に位相というのがあります。それは絶対値1の数で、[確率振幅の]絶対値に影響することなく[確率振幅を]違ったものにし得るものです。そして、この位相は、それがすべての干渉現象の源であるがゆえにまったく重要なのですが、しかしその物理的意味ははっきりしていません。そんなわけで、皆さんもたぶんそうおっしゃるでしょうが、ハイゼンベルクとシュレーディンガーという真の天才は、本性としてまったく隠れたものであるこの位相量の存在を発見したのでした。そして、人々が量子力学のことをもっと前に考え及ばなかったのは、まさに、それ[位相量]がまったく隠れたものだったからです。
さて、最後にシュレーディンガーが真正のボルツマンの弟子だった、つまりボルツマンの思想圏に生きていたことを示すもの。それがこれである。
Sは作用、Ψは波動関数
S=K log Ψ
これは、ボツルマンのエントロピーの式、
S= k log W
のアナロジーである。
ちなみに、シュレーディンガーはコールラウシュという親友がいて、この二人で、ボルツマンのH定理の論文をドイツ語で書いている。
この中に、実はその後、ネルソンと保江邦夫らによる、確率量子化の研究につながるような、実に興味深い式も現れていた。
ヤンも気づいていたが、また保江先生もその著書のどこかで指摘されていたが、一番最初にシュレーディンガーがシュレーディンガー方程式としたものは、時間に2階の波動方程式:
H^2 Ψ=∂^2Ψ/∂t^2
だった。これを簡略化したものが、クライン=ゴードン方程式なので、シュレーディンガー=クライン=ゴルドン方程式と呼ぶこともある。
この一つが、いまいうところの、シュレーディンガー方程式:
H Ψ= i∂Ψ/∂t
である。ディラックはさらに、時間に2階微分のクライン・ゴードン方程式を時間に1階微分のディラック方程式に直した。
しかしながら、もともとの時間に2階微分のシュレーディンガー方程式を時間に1階微分の方程式に直していなかった。
これに一番類似なのが、超伝導のボゴリューボフ=ヴァラティン方程式であろうか。
要するに、負のエネルギーと正のエネルギーの両方が共存するわけである。
アインシュタインとド・ブロイの思想から導いた素朴なシュレーディンガー方程式は、超伝導のボゴリューボフ=ヴァラティン方程式のようなものだったわけだ。
それが我々の世界は正のエネルギーだけの世界だとボーアが主張していたものだから、片方だけとってシュレーディンガー方程式を導いたわけだ。
複素共役のシュレーディンガー方程式は、反物質(反電子)の方程式を表し、普通のシュレーディンガー方程式は物質(電子)の方程式を表すのか?
ところで、超電導では、粒子は2eの電子2個が対になった、クーパーペアである。
シュレーディンガーがもし超電導のBCS理論を知っていたらどう考えただろうか?
素朴に電子が何かの2個の粒子の複合体で超伝導を起こしていると考えただろうか?
この場合には、スピンは1/4のクォーターニオンになる。リーマン面は4枚になる。
とまあ、ちょっと怪しくなってきたから、今日はこの辺で。
新たなる革命前夜だろうか?
いやはや、世の始まりですナ。

by kikidoblog2 | 2019-05-10 11:06 | 普通のサイエンス