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「Kの法則」=コリアと組むと滅ぶ法則:かつて我が国にはサンヨーという大企業があった!?   

韓国のイメージ
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=これが正解だ!


みなさん、こんにちは。

ま、ここを長年読んできた人は周知の事実だろうが、人は年々生まれ新しくなる。新しい分無知蒙昧。若い魂は早死しかねない。そういう場合は、老いた魂が若い魂に魂を吹き込まねばならない。

というわけで、いわゆる「韓の法則」=「Kの法則」というものをメモしておこう。

(あ)「法則」とは?

ここでいう「法則」とは

「韓の法則」

というものである。

「法則発動」とは「韓の法則」のことだった!:「除鮮」あるのみか!?
南北朝鮮と同盟を組んだ国は、ことごとく敗れ去っています。

【白村江の戦い】
唐・新羅(勝者) VS 日本・百済(敗者)
【タラス河畔の戦い】※注1
アッバース朝(勝者) VS 唐・高句麗(敗者)
【文永の役、弘安の役】
日本(勝者) VS 元・高麗(敗者)
【応永の外寇】
対馬・九州探題 (勝者)VS 李朝(敗者)
【サルフの戦い】
後金(清) (勝者)VS 明・李朝(敗者)
【シャンギャンハダの戦い】
後金(清)(勝者) VS 明・李朝(敗者)
【アブダリ・フチャの戦い】
後金(清)(勝者) VS 明・李朝(敗者)
【丁卯胡乱】
後金(清) (勝者)VS 李氏朝鮮(敗者)
【丙子胡乱】
後金(清)(勝者) VS 李氏朝鮮(敗者)
【日清戦争】
大日本帝国(勝者) VS 清・東学(敗者)
【大東亜戦争】
米英など(勝者) VS 日+台+朝鮮(敗者)
【朝鮮戦争】※注2
北朝鮮・中国(勝者) VS 米・韓等(敗者)
【ベトナム戦争】
越・中・露(勝者) VS 米・韓など(敗者)


一言で言うと、いまの通名「韓国」こと、正式名称「コリア共和国」People Republic of Korea。

韓国と関わると滅ぶ

という法則のことである。むろん、科学的には、経験則というものだが、例外がない。だから、法則と呼んでいる。

これにはより詳しい法則事例がある。それがこれ。

■参考:韓の法則(2ちゃんねるより)

【絶対法則】
1 国家間から企業、個人に至るまで、韓国と組むと負ける。
2 1において韓国が抜け駆けをすると韓国のみが負ける。
3 1において、韓国から嫌われると法則を回避できる。
この時、嫌われる度合いと回避できる割合は正の相関関係にある。


4 1において韓国と縁を切った場合、法則を無効化出来る。
5 1おいて一方的に商売をする場合は、法則は発動しない。
6 3・4において、半島と手や縁を切った場合、運気や業績その他、全ての面に置いて急激に回復、若しくは上昇傾向が期待出来る。

【諸法則】
(1) 日本で発明され、人気を博した物は、数十年(又は数百年)後に、韓国製又は半島製にされる。
(2) 日本で人気や才能が有る人間は、必ず在日認定されるが、韓国から嫌われていると、必ず回避出来る。
(3) 日本のTV番組は、半島の露出度と番組の人気下降度が正比例の関係に有る。
(日本のTV番組は、半島の露出度と番組の人気度が反比例の関係に有る。)
(4) 海外や国内で、聞かれてもいないのに自らを日本人と名乗る人間は、本当の日本人で無い可能性が高い。
(5) 自国に都合の悪い出来事は、全て外国に責任転嫁する。
(6) 韓国の大統領(為政者)は、任期末期になると騒動が持ち上がり悲惨な末路を歩む。
(7) 朝鮮に手を出した日本の権力者は二代のうちに破滅する。
(8) 法則の威力は60年周期で非常に強まる傾向にある
(9) たとえ半島人であっても心が日本人なら法則は発動しない。
(10) たとえ日本人であっても心が半島人と化したなら法則は発動する。


どうだろうか?心当りがあるだろう。

ところで、過去の歴史において、コリアと関係が深く、連合軍を組んだ国家は戦争でことごとく敗北した。

第二次世界大戦後では、ベトナム戦争で韓国と連合軍を組んだアメリカが予想外の大敗北を喫した。

第二次世界大戦前では、大東亜戦争および太平洋戦争で大韓民国と手を結んだ我が国日本が不滅の大敗北を喫した。

古来では、7世紀では、唐と新羅連合軍に対して白村江の戦いで百済と手を結んだ万葉時代の日本が大敗北を喫した。

14世紀では、日本滅亡を図った元が先に支配した朝鮮と手を組んで元寇を行ったが、神風と日本の鎌倉武士の反撃を喰らい大敗北を喫した。

以来、この法則には全くの例外がない。

さまざまの事例は、拙ブログ1のブログ内検索で「法則発動」「韓の法則」で検索。

ジョーク:この地球に韓国があるかぎり「法則発動」!?地球消滅もありかも??
「韓の法則」発動の数々!?:韓国人に関わると良いことは何もない!?

他多数


さてそこで、消え去った日本の大企業。消えゆく日本。消えゆく天皇家。消えゆく秋篠宮家。

すべて韓の法則が発動した結果である。


そこで、最近の戦後の実際の歴史として、いかにして日本の有名で素晴らしい企業がこの「韓の法則」のために消滅していったかを示すデータを見つけたので、一応メモしておこう。これである。


(い)サムスンに技術を売り渡した日本人技術者ランキング

どうやら最近サムスンへ売国奴した企業のランキングなるものがあるらしい。これである。

サムスンに技術を売り渡した日本人技術者ランキングが公開!
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これは韓国企業のNAVERのまとめである。

NAVERは日本のだめなものを見つけて日本人に「韓国のほうが偉い。日本は韓国より劣る」というプロパガンダをする企業なんですナ。

ネイバー=隣人=隣とかの響きの英語を使って、日本をディスる。まさに朝鮮人である。

こんな企業と仲良くすれば「韓の法則」が発動すること間違いなし。


(う)韓国と日本企業の関わり

そこで、今度は実際にどういう順番で韓国と日本企業が関わったかを見てみよう。ウィキにある。

サムスン電子

歴史[編集]

創業から1980年頃まで[編集]

1938年の日本統治時代の朝鮮で設立されたサムスン電子の親会社である三星商会は、食品と衣服が主力事業であった。
1969年1月に三星電子工業株式会社が設立され、12月には三星三洋電機が設立、電子産業に進出した。これは、当時急速に拡大していた韓国国内の需要市場をターゲットにした決定であった。
1970年1月には三星NECが設立され、白物家電やAV機器の生産が行われた。
1977年には韓国半導体を買収して半導体事業に参入し、1980年3月に韓国電子通信を買収した。
1980年頃からは海外に次々と現地販売法人が設立され、ポルトガルやアメリカには工場が設立された。

1980年頃から2000年代まで[編集]

半導体事業[編集]
1983年2月に、創業者の 李秉喆 (イ・ビョンチョル)が「資源がほとんどない大韓民国の自然条件に適合して、付加価値が高く高度な技術を要する製品を開発することが第2の跳躍を図る唯一の​​道だ」と表明し、DRAM事業に進出。
半導体で先行する日本を目標とする「東京宣言」を発表し、三星電子の東京支店が同年に開設され、日本から大韓民国へ半導体製造装置の輸入を開始した[13]。
翌1984年にはマイクロンより設計技術移転の支援を受け、6か月の開発期間を経てマイクロンと東芝に続く世界で3番目の64kのDRAMを開発[14]。
同年、光州電子を合併して、三星電子工業から三星電子に会社名が変更された。
ほどなく256K DRAMの開発にも成功する。

一方日本の東芝(東芝のDRAM部門は後にマイクロンに買収)は、
1984年に舛岡富士雄が世界初のNOR型フラッシュメモリを開発
1985年に世界初の1M DRAMを開発、
1987年に世界初のNAND型フラッシュメモリを開発するなど盛んに次世代メモリの開発を行なっていた[15]が、東芝やマイクロンなどのトップ企業が次世代メモリに移行することで旧世代メモリの品薄現象が生じたため、あえて256K DRAMに注力した三星は1988年だけで3200億ウォンの莫大な純利益を出し、一気に会社の規模を拡大した[16]。
この経営判断を行ったのが李秉喆の三男である三星グループ副会長の李健熙で、李秉喆が
1987年に死去した後は李健煕が三星グループの第2代会長に就任する。
1992年には世界初の64M DRAMの開発に成功、
1993年にはDRAM市場で13.5%のシェアを確保し、12.8%に留まった日本の東芝を抜いてついにシェア世界1位となった。以来トップを維持している。
なおNAND型フラッシュメモリでも2002年に世界1位となっている。

1988年に携帯電話を開発、
1992年には10.4インチのTFT液晶モニタを開発するなど、
2000年代以降の主力商品となる基礎もこの頃に開発された。しかし当時のサムスン製品は粗悪品が多く、半導体以外の事業ではグローバル市場で成功していなかったため、新たに会長となった李健煕は
1988年、量より質を重視し、変化と改革を求める新しい経営理念「第2創業」を宣言。
1993年には「新経営」宣言を出している。


というわけで、韓国で長年食品スーパーやっていた、みつぼしさんこと三星は、一番最初に日本の三洋と手を組んで電気屋になった。

その次にNECと組んでコンピュータ事業や半導体に進出し、現代的なハイテク企業へのきっかけを掴んだ。

そして日本のNECから半導体製造技術の装置を輸入しながら、その一方で、提供先の主力製品であるDRAMメモリで一泡吹かせようと、日本のライバルの偽ユダヤ人創業の米国マイクロンの技術提供を受ける。

そして、DRAMでは時代遅れとフラッシュメモリにマイクロンとNECが方向転換するとき、一気に二番煎じ戦法でDRAMを世界制覇。そして、現代のサムスン帝国への足がかりを作った。

とまあ、こんな歴史ですナ。

問題は、一番最初に一番サムスンに影響を与えたはずのサンヨーがどうなったか?

今の日本の若者はサンヨーなんて全く知らないはずである。すでに潰れている。しかしながら、私が阪大の大学院生の時代1980年代はサンヨーの全盛期だった。だから、私の同窓生の多くが大阪にあったサンヨーへ入社したのである。

サンヨーの歴史もウィキにある。

三洋電機
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三洋電機株式会社(さんようでんき、英: SANYO Electric Co., Ltd.)は、パナソニックグループの日本の電機メーカーにしてパナソニックの機能子会社。本社は大阪府大阪市中央区、登記上の本店は大阪府大東市に所在。パナソニック傘下に入る以前には、大阪府守口市に創業から60年以上にわたって本社を置いていた。

概要[編集]
松下幸之助の義弟(妻の弟)で松下電器産業(現・パナソニック)の創業にもかかわり、同社の専務取締役だった井植歳男が、GHQによる公職追放指定に伴い、1946年(昭和21年)に松下電器を退社。翌年2月1日、松下幸之助より、自転車用発電ランプの製造権と加西市にある松下電工北条工場(現在の「イオンモール加西北条」敷地)を譲り受け、個人事業「三洋電機製作所」を創業し、自転車用ランプを製造。当初は松下電器が三洋電機の名前を併記して「ナショナル」ブランドで販売していた[2]。のちに直販化した。松下電器産業の後藤清一 も創業時に工場長として参加(後に副社長)。なお、2009年(平成21年)6月30日まで存在したサンヨーミュージアムに「ナショナル発電ランプ:三洋電機株式会社製造」などという旨が書かれた当時の広告、ブランドロゴが展示されていた。
1949年(昭和24年)、三洋電機株式会社設立。会社のマークに、源流企業の松下電器の「ナショナルマーク」類似の、円形に電気のスパークとサンヨーロゴをデザインしたものを採用。社名は太平洋・大西洋・インド洋を意味し、世界で活躍できる企業になるという意志が込められている。1953年(昭和28年)に開発した噴流式洗濯機が大ヒットし、一躍有名になった。
その後、総合家電メーカーとして日本屈指の企業に成長。本家である松下電器とも、国内、さらに海外で長年しのぎを削ることとなった。
しかし、度重なる製品の重大事故や不祥事で経営が苦しくなり、2011年(平成23年)に株式交換によりパナソニックの完全子会社となった。この前後数年間で役員のほとんどが社外に去り、グループ10万人超の巨大企業が倒産を経ずに(経営統合で)事実上消滅するという、日本の経済史でも初めてのケースとなった。
なお、社名に「三洋」と付くが、三洋証券(1997年に会社更生法申請)や三洋信販(2007年にプロミスに吸収合併)とは、資本・人材とともに一切無関係である(各社の項も参照)。

沿革[編集]
1947年(昭和22年)2月1日 - 三洋電機製作所として創業。
1949年(昭和24年)4月1日 - 三洋電機株式会社設立。
1953年(昭和28年)12月1日 - テレビ事業開始。白黒テレビ「17-C231」発売。
1959年(昭和34年)7月14日 - 東京三洋電機株式会社設立(1961年から1986年の本体への吸収合併まで、本体とは別に東証、大証に上場)。
1960年(昭和35年)カラーテレビ放送開始に合わせ、カラーテレビの第1号機「21-CT5」を発売。日本初の二槽式脱水乾燥洗濯機(SW-400型)発売。
1966年(昭和41年)7月1日 - 鳥取三洋電機株式会社(後の三洋電機コンシューマエレクトロニクス株式会社。現在は三洋電機本体に吸収合併)設立。モジュラータイプステレオOTTO(オットー)発売。
1969年(昭和44年) - サンヨー薔薇チェーン(SBC)制度発足。
1970年(昭和45年) - 日本万国博覧会にサンヨー館出展、未来の家庭生活を展示。なかでも人間洗濯機(ウルトラソニックバス)は注目を集める。
1971年(昭和46年) - 日本初のワイヤレスリモコン操作方式テレビ発売。サンヨーズバコンのテレビCMは、一世を風靡した。
1972年(昭和47年) - サンヨービデオテープレコーダーが札幌オリンピックで公式判定用として採用される。
1975年(昭和50年) - アメリカの電機メーカー「エマソン・エレクトリック」傘下の高級オーディオメーカー「フィッシャー」を買収。
1984年(昭和59年) - ロサンゼルスオリンピックのAV機器のスポンサーとして協賛。
1985年(昭和60年) - 1986年まで石油ファンヒーターによる一酸化炭素中毒事故が続発(詳細は石油ファンヒーター事故を参照)。
1986年(昭和61年) - グループ会社だった東京三洋電機を吸収合併。これを機にロゴマークを上記のもの(ブランド統合前のロゴ)に変更。
1988年(昭和63年) - この年からプロ野球オールスターゲームの冠スポンサーとなる。
1990年(平成2年) - 超軽量アモルファス太陽電池を動力源としたソーラープレーンによる北米大陸横断に成功。
1994年(平成6年) - 中国・安徽省の合肥栄事達集団と合弁で合肥三洋(当時は「合肥三洋洗衣機有限公司」、後に「合肥栄事達三洋電器股份有限公司」に改名)を設立。
1995年(平成7年) -世界初の3Dテレビ(2D/3Dワイドテレビ・立体ビジョン)発売。
1999年(平成11年)
2月4日 - イーストマンコダックと有機EL事業での業務提携を発表。
9月30日 - 世界初となる、アクティブマトリクス方式の、有機ELフルカラーディスプレイをコダックと共同発表。
2000年(平成12年)10月4日 - 東芝グループから東芝電池の有するニッケル水素電池事業を取得し、子会社三洋エナジー高崎(後の三洋エナジートワイセル→FDKトワイセル)設立[3]。
2001年(平成13年) - 白物家電を主に生産していた大日工場を閉鎖。東京製作所に機能移転。跡地にはイオンモール大日や高層マンション群サンマークスだいにち等が建設される。
2002年(平成14年) - 業界2位だった自動販売機事業を富士電機に売却。中国最大の家電メーカーである海爾集団公司(ハイアール)と提携、三洋ハイアールを設立。ソーラーアーク設立。
2003年(平成15年)
1月 - 子会社の三洋電機ソフトウエアがNTTデータと資本提携、NTTデータ三洋システムに社名変更。
2月26日 - 日本電池と三菱電機の合弁会社であったジーエス・メルコテックへ出資し三洋ジーエスソフトエナジーに社名変更[4][5]。
4月 - 子会社の三洋エナジー高崎と三洋エナジー貝塚(初代)が合併し、三洋エナジートワイセルへ社名変更。



まあ、サンヨーの場合は、2004年が分水嶺だったようだ。

2004年に新潟地震が起きて、サンヨー新潟が崩壊。これで一気に経営が傾く。

それから、事業を縮小縮小の切り売り売国奴政策に転換。最終的には、多くの企業に分割買収されて消滅。

そして、あえなく「韓の法則発動」の法則通りの結末となった。

サンヨーの持っていた多くの技術がサムスンに流れた。あるいは、LG電子に流れた。

有機ELは私が大学院生の頃日本の物性物理学者が必死で開発したものである。当時、液晶の物理学全盛であり、フランスのドゥジャンがノーベル賞をとった。液晶の理論物理学もさかんであった。

こうした流れから、いち早く日本の物理学会の中で、液晶を有機ELとして用いてテレビに使うという流れが起きたのだった。

私が初めて企業に就職した当時、テレビは特に大画面のテレビはパナソニックのプラズマTVという微小放電を使ったものだった。これが世界を制していたのである。つい最近までプラズマテレビだったはずである。だから、私が最初にした仕事は研究室のみんなと一緒にそのプラズマを作っている現場を見に行くことだった。

それが液晶をつかった有機ELになり、1994年に青色発光ダイオードが発明されて、いまのLEDの時代に入った。そして、両者を融合していまのスマホの時代になったわけだ。


というわけで、サンヨーの技術の大半がほとんどタダ同然でコリア共和国に渡ったものと見えるわけですナ。

それが、最初の技術盗用ランキング。


ところで、この流れからすると、新潟地震は韓国が起こした可能性、サムスンがコリア軍と組んで起こした人工地震だった可能性もあるナ。

陰謀論のいろはのい。

それは、

その結果一番得をしたものは誰か?

というものである。むろん、サムスンと韓国である。


このあたりは盲点だったヨ。

まあ、北朝鮮の核開発でできた小型核爆弾を新潟沖に潜水艦で埋めればいいわけだ。

核実験と人工地震と経済発展と一石三鳥だ。


新潟地震がなければ、明らかにサンヨーは今も有機ELのトップメーカーだったはずである。

サムスンに肩入れしたNECも危ないし、東芝も風前の灯火。ソニーもスマホで危うい。


これが

韓の法則発動

というものである。


わかったか?



いやはや、世も末ですナ。



おまけ:
まだわかっとらんやつ発見。

韓国の持つ日本への恐ろしすぎる報復制裁カードの存在が経済評論家に指摘されネット民が阿鼻叫喚wwwwwwwwwwww
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@daitojimari うわうわうわうわ!

カナダの(元)住人 @Ace_of_clovers 2019-07-08 22:01
@daitojimari (´・ω・lll)…何という悪夢

轆轤首 @rokurokubi543 2019-07-08 22:01
@daitojimari やめてほんとそれだけはやめて……

@daitojimari 意味深です!

鉄 @tekkenoyaji 2019-07-08 22:03
@daitojimari 不覚にも、笑ってしまった(苦笑)

諸星 団🇯🇵 @20061014g 2019-07-08 22:03
@daitojimari 冗談でも 言わんといてぇぇぇぇえええええ!!!

エリア R 🇯🇵 (゚Д゚;) @FRVS52 2019-07-08 22:04
@daitojimari ダイナマイト級の制裁




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by kikidoblog2 | 2019-07-10 11:49 | 韓国・ウリナラ・法則

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