カテゴリ:個人メモ( 29 )   

「歩む者のない道」:三浦知良選手と葛西紀明選手に捧げる詩→俺も同じ「落選組」だよ!?   

歩む者のない道
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黄色い森の中で道が二つに分かれていた
残念だが両方の道を進むわけにはいかない
一人で旅する私は、長い間そこにたたずみ
一方の道の先を見透かそうとした
その先は折れ、草むらの中に消えている

それから、もう一方の道を歩み始めた
一見同じようだがこちらの方がよさそうだ
なぜならこちらは草ぼうぼうで
誰かが通るのを待っていたから
本当は二つとも同じようなものだったけれど

あの朝、二つの道は同じように見えた
枯葉の上には足跡一つ見えなかった
あっちの道はまたの機会にしよう!
でも、道が先へ先へとつながることを知る私は
再び同じ道に戻ってくることはないだろうと思っていた

いま深いためいきとともに私はこれを告げる
ずっとずっと昔
森の中で道が二つに分かれていた。そして私は…
そして私は人があまり通っていない道を選んだ
そのためにどんなに大きな違いができたことか

ロバート・フロスト (1916年)
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「物理の森の中で道が二つに分かれていた」:「バック・ツー・ザ・フューチャー」



みなさん、こんにちは。

今回は私の個人メモのようなものである。普通の人には興味ない話だから、スルーでよろしく。


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三浦知良選手
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と葛西紀明選手
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とはどことなく似ている。というより、非常に似ているように思う。

たぶん、性格も似ているのだろうが、夏のサッカーと冬のスキージャンプと競技の違いはあるが、その人生の岐路も良く似ている。

つまり、

落選組

だったのである。

三浦知良選手は、フランスW杯初出場のための立役者の一人だった。だから、確実にフランスW杯出場するものと見られていた。

ところが、監督がそれまでの三浦知良推しの加茂監督が解任されて、同年輩に近いコーチに過ぎなかった岡田監督に変わり、その結果、あの悲劇の伝説が生まれた。
伝説!外れるのはカズ

まあ、3人外すのは仕方がないわけだが、その理由を

「チームに得策ではないと判断した」

というようなことを言っちゃいかんでしょ。死刑宣告だよ、これは。

実はこの理由もすでに解明されている。単に、若い城彰二選手が三浦選手と同室だったが、城彰二のいびきがひどく、逆に三浦知良は城のいびきや城の寝相の悪さからでる騒音で眠れず、先輩の和良が城に文句を言った。その結果、今度は城彰二が眠れなくなり、城が岡田監督になんとかしてくれと直談判に行った。その結果、いびき野郎の城の落選ではなく、1人部屋を要求した三浦和良が得策ではないとされて落選したというわけだ。要するに、予算の関係。しみったれた岡田監督の個性による結果だった。

まあ、いま日本サッカー協会を牛耳っているのは、この時代の早稲田大サッカー部出身者。ちょうど私が高3のとき、早稲田サッカー部からレセプションの誘いが来たときのほぼ同年輩の連中である。

西野はこの時期の早稲田のスーパースター選手だった。いまは強化部長をしているようだ。

現会長の田嶋幸三は埼玉の浦和南出身、筑波大サッカー部出身のゴン中山や井原の遠い先輩にあたる。

このチームに得策ではないという意味が物議を呼ぶ。いったい何が?ということになるからである。

この衝撃が三浦知良選手の闘争心、負けん気に火を付けた。

その結果、ほぼ実際上はもうW杯出場は100%あり得ないにもかかわらず、その一縷の望みを信じて高齢になっても頑張る結果になった。


一方の葛西紀明選手の場合も非常に状況が似ていた。

葛西選手も長野五輪前の日本の三羽烏の1人だった。

原田、船木、葛西。

ところが、船木、葛西、原田、岡部で団体で優勝するはずが、ほぼ100%これで行けるはずが、なんと

船木、岡部、原田、斎藤

の四人が選ばれた。
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ヒラマサ五輪:カーリングで「ちゃぶ台返し」「将棋盤ひっくり返し」の愚挙が出た!?


その結果、優勝。金メダル。

この衝撃は、葛西紀明選手の闘争心に火を付けた。

いったいだれが葛西を落として斎藤を上げたのか?

5人のうちで斎藤は最下位の選手。葛西は2位の選手だった。

ほんとこの理由はいまだに分からない。

これ以後、なんとしても金メダル。これを目指す結果になった。そして今日に至る。

長野五輪から20年後の今回の平昌五輪では葛西選手は惨敗した。

実際上は、もう永久に金メダルはない。にも関わらず、三浦知良選手と同様に、次の4年後の北京五輪を見ざすと宣言した。

ここもまだ現役サッカー選手を続けると宣言した三浦知良選手と瓜二つである。

どうしてそこまでするのか???


まあ、簡単に言えば、

男の意地

というやつでしょうナア。ふたりとも意地っ張りなんですナ。自分のプライドが許さないわけだ。

おそらく、三浦和良選手はピッチの上で死ぬのが本望だと思っているだろう。松田選手のように、ピッチの上で突然の心筋梗塞で倒れて死ぬだろう。

一方の葛西紀明選手はジャンプで失敗して競技場に激突して死にたいと思っているかもしれない。


死ぬまで永遠に現役選手を貫く姿勢というのは、私個人は実に好きである。私自身死ぬまで現役の理論物理学者として研究し続けるつもりであるからだ。またそうありたいと思っているからである。

私も三浦知良選手や葛西紀明選手と舞台は違うが、同じ落選組の1人である。

私の場合は、大学教授からの落選である。

再三再四の公募はこの20数年ですべて却下された。

20世紀の科学者にとり、大学院までの修行期間で学んだり身につけたりしたことを発揮する場所、つまり、スポーツ選手にとっての五輪のような場所は、最高級の研究施設を持った大学である。

だから、大学教授になってそこで研究するということは、オリンピックに参加するようなものなのである。

しかしながら、私も同様に落選し、ここ20数年間フリーの研究者としてなんとか研究を続けてきたわけだ。

この意味では、フリーで五輪に挑戦するアスリートに似た境遇だったといえるかもしれない。

世界記録ではないが、それなりに記録も残してきた。この意味でも良く似ている。


さて、問題は何かと言えば、フリーで生涯現役選手の場合、弟子をとらないということが問題になる。

私にも無論物理学者の弟子はいない。というより、弟子は取らない。息子すら弟子にしていない。

その理由はその後の就職に関して責任を持てないからだ。

はたして三浦知良選手や葛西紀明選手の場合はどうか?

彼らはそれなりのプロ組織に属しているから、まわりに同業者やチームメートはいる。

そういう意味では弟子になりそうな選手がたむろしている。心の弟子を標榜するものはいるだろう。


しかしながら、本来の意味の、指導者と選手という意味の弟子をもつには、やはり自分が指導者の道を進まないとできない。

三浦知良選手がサッカー部やクラブの監督になり、自分の考え方や技術や経験を伝授する。こういうことは監督にならないかぎり無理である。

葛西選手も同様である。自分のジャンパー経験を選手に伝えるには監督やコーチにならないとできない。

はたしてこの問題に関して彼らはどう対処するか?


自己の完結と自己経験の伝授

前者が子供としての部分であり、後者が大人としての部分である。

人はみないつまでも子供の頃の夢を追いかけたいという願いと年齢とともに自分の社会的役割を果たさなければならないという現実との間で生きる。

つまり、簡単に言えば、

夢と現実との間で生きる。


最初から夢がない人、すぐに老ける人、自分の夢より他人の方が大事な人。こういう人たちにはこういう問題はあまりないのかもしれない。

もしも岡田監督が三浦知良選手をW杯に出していたら?

もしも葛西紀明選手が長野五輪で金メダルを取っていたら?


その後の展開はどうなっただろうか?


この「もしも〜」が効かないのが人生なのである。

ここがもどかしいところで、この世界の実は本質をついているところなのである。

頭の中や理論上では、平行な宇宙、平行な現実というものを想定はできる。しかし、現実世界はどれかを選べばそれしかできない。別の道はありえてもそこは実現しようがない。だから、別の道を選択したらどうなったかは知りようがない。

別の道で上手く行ったかもしれないし、それでも失敗したかもしれないし、それ以外の第三の問題が出てきたかもしれない。

要するに、この世界は「過渡的世界」なのである。一過性の現実の世界なのである。つまり、後戻りできない不可逆性の世界というよりもっと強く、たった一回こっきりの世界なのである。

というわけで、一つの道を進んだ選手はもはや後戻りはできない。


東大官僚の代えは効く。しかし、三浦知良選手や葛西紀明選手の代わりは存在しないのである。



いやはや、世も末ですナ。







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by kikidoblog2 | 2018-02-21 10:03 | 個人メモ

皇帝のように指揮するカラヤンvs踊るように指揮する久石譲:俺は久石譲がおちゃ〜みんぐにみえる!?   

みなさん、こんにちは。

これは個人的メモにすぎないから、普通の人はスルーでよろしく。


さて、ここ最近は私は久石譲さんの曲に惹きつけられている。ジブリの曲もだが、それ以外のものも、実に素晴らしい。

中には、どこぞの高校の校歌もあった。

また、長野県出身の久石譲さんこと、藤澤守さん
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そのものにも大変興味が出た。

これについてはまたいつかにして、今回は、この久石譲さんのジブリ演奏会の時の指揮の仕方についてである。

久石譲さんの指揮は、実にチャーミングであり、魅力的であり、また演奏者に非常に親切である。

常に、自分より他人、指揮者より演奏者本位という感じの指揮法である。

とまあ、俺にはそう見えるわけですナ。


かつて、中学生の頃、甲府南中学の音楽の先生が非常に合唱の好きな人で、1年から3年までの全クラスで合唱大会に出るというようなイベントを行っていた。課題曲と選択曲の二曲方式だった。

2年の時に私がクラスの学級委員をした時期があったが、そのときにクラスの指揮者に選ばれて、私が合唱を指揮することになった。

それよりずいぶん昔の幼稚園時代に、たまたまその幼稚園の放課後にオルガン教室があり、お前もやれといわれていやいやオルガン教室に通ったことがあった。周りは全部女の子だけで、私は女の子は普段全く遊んだ経験がなかったために、本当に嫌で嫌でたまらなかった。しかも私は指の動きが生来硬く、なかなか思うように動かなかった。

それでもちょうど右手の動きが終わる頃まではなんとか頑張ったが、さすがに左手が入り、両手で演奏する頃、辞めてしまったのである。

その後、ずいぶん経ってから気がついたが、音感だけは発達したようで、音楽家の絶対音感とまではいかないが、比較的音感はよく、小学校の高学年の合唱代表に選ばれて、合唱大会に無理やり出されたりしたものだ。

だから、音楽の音符をちょっとだけ当時は理解できたりして、いきなりクラスの指揮者に担ぎ出されてしまったわけだった。

また音楽の先生は男だったから、男で声の良い奴に非常に関心があったらしく、私はすでに1年の入学時に野球部に入り、当時の野球部伝統の、変声期の時期でも大声を上げて、グランドの両側に立って、「声を出せ〜〜」と先輩が言ったら、今度は反対側から新入生たちが一人ずつ「1年2組のいぐちで〜〜す。よろしくおねがいいたしま〜〜す」とあっち側の先輩のところまで聞こえる声で叫ぶという練習を毎日毎日やらされていた。

当時すぐに変声期にかかり、そうやって大声をだすと、声が裏返って、まったく声が出なくなったりして、喉も痛くなるし、これは大変だと思ったが、いつしか大声で大人の声が出るようになっていた。

そんなわけで、合唱の先生から「お前はバリトンの美声だな。合唱部に入れ」とかいわれたわけだ。しかし私は「いや〜、俺はもう野球部に入部していますから、合唱はできません」というような感じだった。

そんな合唱の時代、将来「指揮者」というのも面白いかもな、という漫然とした印象は持っていた。

それで自分なりに音楽を勉強したりして、夏休みの音楽の課題で自分で曲を作るというのがあり、適当に二部合唱の曲を作ってもっていったのである。ところが、まだ「和声」というものを知らず、まったくハモっていなかった。

そういうそれぞれの生徒の曲をクラスで先生がオルガンで弾いていく。そして私の番が来た。その合唱の先生が、「面白い曲だが、ハモっていないぞ」といわれて、結構みっともない思いをしたのだが、それ以来音楽より、野球、そしてサッカーへと移っていったわけだった。

そんなこんなで、昔から指揮者というのにはそれなりのあこがれのようなものがあり、今思えば、我が家の家系ではだれも音楽家は出ていなかったから、まあ1人だけ甲府英和の音楽の先生をした伯母がいたが、その人以外はいなかったから、音楽へ行っても成功できたということはなかったはずだから、それはそれで良かったのだと思う。

というようなわけで、昔は結構カラヤンとか、クラッシック音楽を聞いていた時代があった。

指揮者と言えば、カラヤンというような感じだった。

ところが、最近の久石譲さんの指揮を見ると、カラヤンとはまったく趣が違うわけである。

まあ、私個人の受けた印象では、

カラヤンは皇帝のような指揮をする。

それに対して、久石譲さんは踊るように指揮をする。

たしかヨーロッパでも踊るような指揮者だったというのは誰かいたような気がするが、名前は思い出せない。

しかし、久石譲さんの指揮を見たら、これがそれだとはっきりわかったわけである。

そんなわけで、カラヤンと久石譲さんの指揮の違いというのもメモしておこう。


(あ)カラヤンの場合→「皇帝のような指揮法」

Dvořák: Symphony No. 9 "From the New World" / Karajan · Berliner Philharmoniker

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(い)久石譲サンの場合→「踊るような指揮法」

久石譲 in パリ 宮崎駿監督作品演奏会 (2017年)

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というわけで、私も昔はカラヤンの方がかっこいいと思っていたりしたが、今見ると、いや〜〜久石譲の方が魅力的でかっこいいと思えるのである。実に不思議である。

日本語でだれか「おちゃめな指揮者」だというようなことをコメントした女性がいたが、まさにそんな感じの指揮法である。

英語には「チャーミング」ということばもあるから、その二つを足して、おちゃーみんぐ、

おちゃーみんぐな指揮者

とでも呼んでおこう。


ところで、久石譲さんの曲のコメント欄に多くの日本の若者達が、

「ノーベル平和賞をとってください」
「ノーベル文学賞をとってください」
「人間国宝はよ」
「日本人に生まれてよかった」
「日本人として誇らしい」

とか、そんな言葉が飛び交っている。

すでに二年前にボブ・デュランもノーベル文学賞をとったし、昨年は日系英人のイシグロさんもノーベル文学賞をとったわけだから、今年に久石譲さんや宮﨑駿さんがノーベル文学賞や平和賞をとっても誰もおかしいとは思わない。

俺としては、宮﨑駿さんがノーベル文学賞、久石譲さんがノーベル平和賞なって良さそうに思うが。


さて、よく猶太のジョークにあるような指揮者のジョークができそうだ。

世界中の指揮者が各国の指揮者の違いについて議論していた。
まず真っ先に英国人指揮者が口火を切った。「英国の指揮者は紳士的に指揮をする」
次にドイツ人指揮者がいった。「ドイツの指揮者は皇帝のように指揮をする」
フランス人指揮者がいった。「フランスの指揮者はロマンスしながら指揮をする」
イタリア人指揮者がいった。「イタリアの指揮者は熱愛を感じて指揮をする」
アメリカ人指揮者がいった。「アメリカの指揮者は教育者のように指揮をする」
ロシア人指揮者がいった。「ロシアの指揮者はロマネスク神殿のような重厚な指揮をする」
そこで残ったのは日本人指揮者だけとなり、みんながこっちをみるので、
日本人指揮者はしぶしぶいった。
日本人指揮者はいった。「日本の指揮者は演奏家のみなさんを信じていますので、彼らが演奏しやすいように指揮をします」

とまあ、こんな感じか。


それにしてもますます味が出てきている久石譲さんですナ。今後の活躍を期待したい。


ところで、この久石譲さんは愛煙家なのだとか。

タバコの匂いと煙の中でこんなに素晴らしい作品の数々が生まれるとすれば、やはり極端な禁煙活動は行きすぎだろう。

むかしは、煙幕を張るというような言葉があったように、タバコの煙幕は大人と子供の間の間仕切りのような役割をしていた。

確かに長寿や健康には禁煙はよろしいはずだが、健康で長生きの無能ばかりの世界よりは、多少のリスクはあっても世界を感銘させてくれる才能のいる世界の方がどれだけ楽しいか。

ついでにいっちゃ何だが、小説の白い巨塔の財前教授のように、難しい手術をした後には、愛人をベッドに転がす。そんな形で、ストレス発散をして、また次の難しい緊張する手術をこなす、というようなお医者さんがいたとしても、それでもし多くの難病の人や死に直面した人が救われるなら、それはそれでよろしんじゃないかと思うわけだ。

また、それが大人の男の魅力でもあるわけだ。

昔の森繁久彌の社長さんシリーズのように、何十年も頑張ってやっと社長になったんだから、妾をつくったり、京都の舞妓さんと恋愛したりと、それもまたある意味でご褒美だというようなものだろう。

何事も一長一短。あまりに潔白すぎて、不倫もダメ、タバコもダメ、酒もダメ、ギャンブルもダメ、愛人もダメってなったら、人間止めるに等しくなるんちゃうか?

相手次第なんだから、相手や奥さんがそれで良きゃそれでイイんじゃないのか、というようなオープンマイド、ある意味のいい加減さ、粋、そんなものが必要でしょうナア。

そういう意味では、文春砲は自分を棚に上げすぎているように見えますナ。

文春砲はどうやって007のジェームズ・ボンドに炸裂するのかいな?

奥さんも子供もいる大人の男が、恋愛のれの字も知らない美少女を大人の女にしてやったからって、それが悪いだの、性犯罪だのって、まあ、昔の日本を知っている俺からすれば、ちょっとキ印、子供じみていますナ。パヨク的である。

むしろ、変な男性不信に陥らせずに済んだという点で、その親から感謝してもらうべきだろうヨ。

赤い豚=red pig=porco rosso

の世界も若干必要なんじゃね〜〜の?


とまあ、久石譲さんの曲の中には、そんな妄想もさせてくれるほど

おちゃ〜〜みんぐなものがありますナ。


文春砲のようなものが正義だと錯覚して跋扈しているとすれば、ちゃんちゃら可笑しい。

不倫であろうがなかろうが、その男に魅力があるから、女が惹きつけられるんだからヨ。俺なんて金ね〜し、そんな男には女も寄り付かんヨ。




いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2018-01-27 18:14 | 個人メモ

我が家にまた一台再生自転車が誕生!?:昨今の高校生は良い自転車乗っていますナ!?   

みなさん、こんにちは。

さて、この時期になると、中高生の卒業進学の時期になり、中高生の親御さんたちはそれまで使っていた自転車を買い換える。それで、2,3年ほど使った自転車を廃棄処分する。そういうことが多い。

それで、私は知り合いの自転車屋さんの廃棄処分場に捨てて置かれる新廃棄自転車を眺めながら通り過ぎるのだが、最近気になるやつがあり、そいつをもらってきた。

数年使用済みの廃棄自転車だから、若干錆びていたり、パンクしたり、サドルがなかったり、タイヤがなかったり、あらゆる小物が壊れているが、面白い特徴のある自転車の場合、それをもらいうけて、自分で適当に修理して乗り回す。ここ10数年そうやって乗り回してきたから、このところ自転車を買ったことがない。

今乗っているのは、3段変速のベルトドライブタイプである。
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(たぶんこれ。進学校の高校生は結構いいやつ使ってんだよな。)


一昨日もらったのは、3段変速のシャフトドライブタイプである。
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(たぶんこの型の荷台付き)
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チェーンの自転車は多段階変速のみ有効。

このシャフトドライブタイプは、結構値段が高かったが、まだ試作品のようなもので、結構筋力がいる。日本で最初に出回った10数年前には私も新品を買って乗り回していたが、シャフトがおかしくなると乗れないから、いつしか廃棄処分自転車を修理して乗る仕方に変わったのである。

前のギアと後ろのギア比が小さいために、力がいるのである。もしこのシャフトドライブタイプの自転車を多段階に変えることができれば、革命的な自転車になるだろう。

ところで、今回のちょっと前に、前輪が二輪の三輪車タイプの廃棄処分自転車があったのだが、それをもらう手はずでちょっと用事に出かけたら、その間にご老人がめざとくみつけて、それを修理してくれと泣きついたので、そのおじいさんに貰われてしまった。

今回のは、電気系統が車軸の発電機でLEDの電灯が灯るタイプのすぐれものだった。電気系統はまったく異常がなかった。シャフトのクランクの留め金が代用品で賄われていたため、左のクランクがカクカク動くという不便なものだった。だから、廃棄したらしい。しかしそれを専用のボルトできっちり締めれば何も問題なく動いた。

ところで、こういうクランクのボルトを止めるには、専用の出っ張ったスパナが必要になる。14mmの口径のボルト用のものだ。
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これを買いに行ったら、なんと数千円もする。0円でもらった廃棄自転車の修理に5000円もかけていたら馬鹿らしいので、これは自転車屋で借りることにして、その場で修理した。


というわけで、我が家に再び一台再生自転車が誕生した。


いやはや、世も末ですナ。



おまけ:
「究極のエコ自転車ライトの完成」2:2号機完成!
「究極のエコ自転車ライトの完成」:電動アシスト自転車ライトをソーラーライトに改善!




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by kikidoblog2 | 2018-01-25 08:08 | 個人メモ

4Dシネマ「ジャスティス・リーグ」が衝撃!?:世界は「チャーリーとチョコレート工場」化しつつある!?   

みなさん、こんにちは。

さて、昨日は久しぶりに奥さんといっしょに映画観で映画を見たのだが、これが意外に面白かったのでメモしておこう。

私が「面白かった」といったとしてもそれは映画の内容が面白かったという意味ではない。もちろん、映画の中身もそれなりに面白かったが、そうではなく映画というものの発展史の観点からみて興味深い事があったという意味で、面白かったといっている。

さて、我々が見た映画はこれ。
DC Comics 映画「ジャスティス・リーグ」日本版予告 第2弾


まあ簡単に言えば、我が国のエイトマン、パーマン、ウルトラマン、スーパージェッターのようなヒーローが集まって、地球征服を企む悪魔に打ち勝つというような子供じみたたわいないストーリーである。

アメリカ映画だから、そのヒーローが
スーパーマン
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バットマン、フラッシュマン
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サイバーマン(サイボーグ)
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ワンダーウーマン
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に代わり、その敵が、
ステッペンウルフ
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という変な名前の宇宙悪魔に変わっただけのことである。

この映画は、偏光レンズの入った3Dメガネを使用し、4D(4次元)シネマというものだった。

3Dの飛び出る映画は、「アバター」でも有名なものだから驚くことはなかったが、面白いのは、この4Dシネマの方で、映像や映画の展開に合わせて、

光点滅、椅子の振動、背中やお尻の衝撃、匂い、風、水、

こういったものが噴出するというものだった。
4Dシネマ
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ディズニーランドのスターツーアーズのような、それを若干緩めたような座席に、どこからともなく、風が吹いてきたり、衝撃が加わったり、匂いが出てきたりしたのである。

その昔から、映画で匂いが出てきたら面白いよなといわれてきたものだが、それがほぼ実現したようである。

死んで墓の中にいるスーパーマンこと、クラーク・ケントの死体をサイボーグとフラッシュが掘り出す時、その土の匂いか墓地の植物の匂いがしてきたわけだ。

これがさらに進むと、きれいなお姉さんが歩いて横を通りすぎるシーンでは、その匂いがシューと出るとかして、

「うわっ、なんていい匂いだ!」

そういう感じになるんでしょうナア。

焼肉シーンでは、焼肉の匂いがシューと出て来る。

匂いアレルギーの人には問題かもしれないが、そういう現場の匂いが映画に合わせてでてくる時代となった。

一方、映像自体はCG技術が進み、もはや近眼の私にはどこからCGでどこからリアルかは区別できない段階に来たようにみえる。

そうなると、CG映像作りに制作費の大半が取られてしまうから、出演俳優の数よりもCGメーカーのスタッフの人数の方が増える。

というわけで、メインキャストはせいぜい10人。あとはエキストラのような俳優やチョイ役程度しかないということになる。

要するに、最近のCGメインのSFの場合、我が国の「三丁目の夕日」と同じで、数名の出演者+その他大勢のスタイルになり、チャーリーとチョコレート工場のような感じになるということである。

これは、いわば、俳優業における「格差社会」「二極分化」と言えるだろう。

俳優業もメインをとれる有名トップスターとその他大勢の名も無き俳優に別れたように、ユダヤ人が首謀する大半の職業はそういうふうな二極分化が進んでいるということである。

そのうち映画のCGもCG製作AIができれば、CGはAIだけが働き、メインキャストだけ人間ということになる。

しかし、ハリウッド映画は全世界配給だから得られる収入は膨大になる。

これが高額出演料としてメインキャストにだけ行き、他の人には雀の涙程度。


さて、こういう問題の中の極めつけに面白いのが、そのジャスティス・リーグのメインキャストの数人の俳優がだれだっただろうかというものである。

ブルース・ウェイン / バットマン→ベン・アフレック192cm
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クラーク・ケント / スーパーマン→ヘンリー・カヴィル184cm
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ダイアナ・プリンス / ワンダーウーマン→ガル・ガドット177cm
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アーサー・カリー / アクアマン→ジェイソン・モモア193cm
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バリー・アレン / フラッシュ→エズラ・ミラー180cm
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ビクター・ストーン / サイボーグ→レイ・フィッシャー191cm
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ロイス・レイン→エイミー・アダムス161cm
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まあ、レイ・フィッシャー以外は全員ユダヤ人ですナ。

ガボットはイスラエル人、エズラは米ユダヤ人、ベン・アフレックも確実に米ユダヤ人、ヘンリー・カヴィルもイギリス人のユダヤ人、モモアはハワイ居住のユダヤ人だろう。


要するに、ハリウッド映画は主役級はすべてユダヤ人がとり、雑魚は他の人種がやる。

とまあ、こういう二極分化がアメリカハリウッド式である。

我が国は、このユダヤ人のパートに在日南北朝鮮系が入る。

実際、「嫌なら見るな」のウジテレビやソフトバンクCMを作る電通博報堂などでは、すでに「出世するには朝鮮人でないとだめだ」という話である。日本人は過労死対象あるいは過労自殺対象である。

チャーリーとチョコレート工場

というのは、たった一人チャーリーが経営するチョコ会社が全世界にチョコレートを配給するという世界の話である。

このチャーリーがユダヤのハリウッドである。

現実にチャーリーとチョコレート工場のような構造が、いまのハリウッドなのである。

つまり、

ハリウッドと映画工場

なのである。


まあ、プロサッカーもいつの間にかそうなってしまった。

レアルマドリードとバルセロナとその他大勢。

大学もそう。

スタンフォードとハーバードとMITとその他大勢。

日本では、東大京大とその他大勢。

この意味では世界は若干名のエリート支配者とその他大勢の被支配者という関係、二極分化の関係に別れつつあるわけだ。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-12-15 20:32 | 個人メモ

“釈然としない”ノーベル物理学賞41番目の席:甲元「TKNNの顛末には釈然としない思いがある」   

41番目の椅子=アカデミー・フランセーズ

定員40人制を堅持しているため、いわゆる「41番目の椅子」で待ったまま、会員になれず死去した著名人も数多い。このような人物として、デカルト、パスカル、モリエール、ルソー、プルーストなどが挙げられる。
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みなさん、こんにちは。

昨年のノーベル物理学賞は、コスタリッツとサウレス、およびハルデーン
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に送られた。

私はハルデーン
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がアンダーソンの弟子で阪大の吉森先生の招きで物性講演した時、M1かM2でそのノーベル賞をとることになった最初の講演を聞いた。

またサウレスにはあったことはないが、世界初で量子ーホール効果を発見した日本の川路 紳治博士
サイエンスインタビュー第1回 半導体の中の「2次元の宇宙」川路 紳治 名誉教授
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にもあったことがあるし、その理論づけを最初に行った東大の安藤恒也博士
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にもあったことがある。

また、安藤先生が主催した、2次元半導体国際会議のときには、後に最初に量子ホール効果でノーベル賞をとることになるフォン・クリッティング
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にも、その後の分数量子ホール効果でノーベル賞をとることになるラフリン
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にも、ハルペリン
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にもあった。

当時若気の至りで、その新進気鋭で強面のラフリンに

「あんたの理論のゴールは何だよ」

って聞いたんだよな。

すると、ラフリンは答えた。

「そんなの知らね〜よ。お前がそれに答えたら、また日本人のノーベル学者が増えるぞ」


ところで、京都で開催されたその国際学会では、たしか舞妓さんが2人祝賀会にやってきた。

当時俺も若かったから、近くにお酌に来た舞妓さんに話しかけたんだが、なんて話したかは忘れてしまった。

たぶん、「きみは何歳?」

って聞いたんじゃなかったか。

とにかく楽しい国際学会だったし、きっとすぐにノーベル賞をとるはずだという大方の予想があり、その時の意気軒昂な安藤先生と川路先生のお姿が眼に焼き付いている。

あれから、何十年か経ち、ご存知のように、本当なら、川路ーフォン・クリッティング・でノーベル賞をもらうべきだったが、実験の精度がなんたらといちゃもんつけられて、クリッティングだけでノーベル賞をとった。

そして川路先生は41番目の席の人になった。

同じく、ひょっとしたらクリッティングと安藤先生でノーベル賞とも言われたように、安藤先生は理論家だからといういちゃもんをつけられて、41番目の席の人になった。

次のチャンスは分数量子ホール効果のときだったが、この時は、整数量子ホール効果の最初の説明を加えた理論で、甲元眞人先生も話題に出た。
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(右は田崎晴明氏)

実はちょうどこの写真が取られた時代、私は甲元先生の助けでユタ大に留学していて、この同じ席で同じようにして話をしたことがあったのである。

しかし、私はまだ何者でもなく、田崎氏のように東大同胞でもなかったから、甲元先生はもっとしかめっ面をしていた気がするが、その前にその家からその家に戻るまでいっしょにジョギングしたのだった。若い俺の方が大分早かったが、爽快に走ることができた。

そして奥さんの手料理を満喫させていただいたのである。確かケイコさんだったかな。当時娘さんが2人いた。

後に甲元先生がユタ大から東大物性研に転職されたので、私は、最初はクレッグ・テイラー先生
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の下でアモルファスの実験をすることになり、テイラーの学生になった。

すると、すぐにイスラエルから光実験でポリアセチレンのソリトンの研究をしていたヴァーディーニー
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というユダヤ人が来てその人の学生になれといわれて、彼の弟子になったのだ。

ところが、ある日それまで甲元先生の下で1次元準周期系の研究をしていた俺は、とある理論を思いついて、彼から作れと言われていた電源回路を作らずに、その理論を見せた。

すると、

「な〜〜お前。俺を悲しませるなよ。俺には同じような悲しい経験がある。長年手塩にして育てた優秀な実験の弟子がいたんだ。そいつがよりにもよってその期に及んで理論に走ったんだぞ。俺はお前にそうしてほしくない。お前は実験をとるのか、理論をとるのかどっちなんだ。もし理論をしたいのなら、お前は首だ。You are fired!いいか、わかったか!」

とまあ、それで俺は

「じゃあ、ソリトン実験は興味あったが、これまでずっと理論やってきたし、理論を取ります」

といってクビになった。

すると、暫くしてビル・サザーランドの研究室の前を通過中、突然ドアが開き、ビルがこっちをみて、

「カズモト、もし良かったら俺と仕事しないか?俺で良ければ指導教官になってやるぞ」

と声をかけられた、それで俺は

「きた〜〜、お願いしま〜〜す」

という感じでビルに弟子入りしたわけだった。


このビル
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もすでに何度かノーベル賞候補になっている。たぶん、いつの日かとるのではないかナ。もしテーマが量子可積分系に来たときにはナ。


この時代、甲元先生がショー・チャン・ザンを招いて、ノーベル賞のシュリーファーといっしょにやっている高温超伝導の講演をした。その夕、いっしょに飯でもどうと甲元先生に誘われて、ソルトレーク郊外にある寿司店でいっしょに寿司を食いながら、いろいろ話すことができた。

この彼の師匠のシュリーファーは後に交通事故を起こして人を殺してしまい、刑務所入りしてしまうのだが、このショー・チャン・ザン博士
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は、いまではトポロジカル絶縁体でノーベル賞候補No.1になっている。

ところで、この頃のユタ大の物理の教授研究室の配置は、ビル・サザーランド、甲元、ヨン-シー・ウー(Yong-Shi Wu)
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と隣接していた。

俺はこのあたりをいつもうろついていたんだが、今思えば、ノーベル賞空間だったかもしれない。それほど最先端の研究をやっていたんだヨ。

おれは見えない幽霊のようなもので、まったくまだ仕事らしい仕事がなかったから、そういうものだ。

そうそう、たった一つだけ、ユタに行って最初のサンクスギビングの日に思いついた甲元ーカダノフータンの理論を光学系に使うという問題である。これはアメリカに行くずっと前に日本で失業している頃、気晴らしに行っていたプールの水面を見ていて気がついたものだった。

それを最初すぐに甲元先生に話に行くと、留守だったから、隣の部屋のビル・サザーランドにまだ英語もろくに話せない俺が、

「こんなアイデアを思いついたんですが、」

というと、

「じゃ、そのホワイトボード使って話してみろよ」

ってサザーランドが聞いてくれたのだった。そして、

「ふ〜〜ん、これは面白い」

ということになり、

「じゃあ、後でマヒートーに話しておくからネ、ば〜〜い」

という按配だった。

翌週、サンクスギビングデイが終わって物理の廊下を歩いていると、

「井口さん、あのアイデア面白いよ。僕やっていい??」

「じゃあ、どうぞ。ぜひやってください」

って追いう感じで、しばらく俺はすっかり忘れていると、甲元先生からプレプリを渡されたんだ。

これが俺の名前がついた最初のPhys Rev Lettの論文だった。それがこれだった。
Localization of optics: Quasiperiodic media
Mahito Kohmoto, Bill Sutherland, and K. Iguchi
Phys. Rev. Lett. 58, 2436 – Published 8 June 1987

今思えば、K. Iguchiではなく、Kazumoto Iguchiですと訂正しておけばよかったかなと思っている。これを見た人の大半は別のK. Iguchi(Kei Iguchi)さんと間違えるからだ。


これは光が局在化する話だから、甲元先生はまだノーベル賞のチャンスはあるのだ。

「光の局在化」という現象を最初に発見した論文の1つであるからだ。


さて、こうして甲元先生は東大に去るそのちょっと直前のたしか1988年の春のある時、数学インテリというアメリカの数学雑誌の記事をビルが俺にくれた。キャロライン・シリーズという女性数学者の論文だったが、これが実に俺にはお面白かった。

というのは、無理数をいかに分類するかという数学の問題をある種の数学的方法を使ってやるのだが、その数学が甲元先生のトレース・マップとそっくりだったからだ。

これを初夏頃まで俺は隣にある数学部の図書室の虫、ゴキブリとなって、連日そこで文献を調べ尽くした。すると、この手の数学はかのドイツの大帝と呼ばれた大数学者フェリックス・クラインまで遡ることを見つけたのだ。

そして、夏前にはいろいろ細かい手計算を続けて、毎日毎日、

AがABに変わって、BがAに変わる。A→AB, B→Aというようなシンボル計算と、分数や無理数との関係を構築しようとしたわけだ。

そしてついに初夏の頃、その一般化を確信してビル・サザーランドの所へ持っていった。

「インプレッシブ、これ論文にしていいよ」

ってPhDのゴーサインが出た。

それから、すぐに論文にしてPhys Rev Lettに投稿するわけだ。が、この後の顛末がこれだった。

In My Memory of Leo Kadanoff:私の記憶のレオ・カダノフ→ユダヤ人を垣間見た!?


これで俺は相当にがっくり来て、それならということで、1年かけてじっくり数値計算もしてもっとしっかりした論文にしようと頑張る結果になったわけだ。

この遅れで、PhD Thesisの方が引用論文より先に出来上がる結果になった。普通とは後先になったのだ。これがアメリカで職を得る際の不便になった。

結局、ポスドクを得ることなく帰国したのである。


ところで、この頃、ちょうど今の奥さんと初めてユタで出会ったのである。当時旅行者だった。

たまたま姉妹で旅行しているとき、なにせ当時はバブル全盛期、世界のどこにも日本の女の子たちが闊歩した時代である。ユタも例外ではない。

「これからジョギングに行くけど、いっしょにどうですか?」
「いいよ」

それでソルトレークのシュガーハウス公園で三人でジョギングして、それからデートするようになったわけだ。

その時私が物理の話をすると、「AがAB、BがA〜〜」って言っていたからそれが「エビがエビが。。。」と聞こえたらしい。

とまあ、1988年は私にとって実に実り多き年だった。
ユタの出会い-1988年
ユタの再々会-1990年

その頃の論文がこれ。
Kazumoto Iguchi, "Theory of Quasiperiodic Lattices I: The Scaling Transformation for a Quasiperiodic Lattice" Phys. Rev. B43, 5915-5918 ( 1991).

Kazumoto Iguchi, "Theory of Quasiperiodic Lattices II: The Generic Trace Map and Invariant Surface"
Phys. Rev. B43, 5919-5923 (1991).
Kazumoto Iguchi, "Exact Wave Functions of an Electron on a Quasiperiodic Lattice: Definition of an Infinite-Dimensional Riemann Theta Function", J. Math. Phys. 33, 3938-3947 (1992).
Kazumoto Iguchi, "Optical Property of a Quasiperiodic Multilayer", Mater. Sci. Eng. B15, L13-L17 (1992)
(公表は大分遅れることになった)


あれからほぼ30年。


ノーベル賞は確実だと俺が思っていた甲元先生もまた、41番目の席に座らされてしまった。

これはかなりアンフェアであると思うヨ。

大分前置きが長くなってしまったが、この辺のことをかつて1989年に甲元先生自らが語った言葉がある。以下のものである。

物性研に着任して 甲元眞人

その当時、よく外からKadanoffをたづねて来た人に会って話をしてましたが、 私自身Chicagoを離れた事なく、アメリカでの物理界の様子や自分に対する評価は余りわかりませんでした。 ですから、Washington大学にいたThoulessがPostdocの「職を作って読んでくれた時は、非常に嬉しかった事を憶えています。 ですから、Washington大学にいたThouless
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と一緒に仕事をする事は(少なくとも当時の私にとっては) 非常に難しい事でした。 最初は二次元周期系に磁場がかかった時の電子スペクトルが奇妙になり、cantor集合になるとい うような事に関連する問題を始めました。 しばらくやっているうちに、当時のもっとも話題になっていた量子ホール効果と関連づけする事ができると 思い、そのアイディアを彼に話しました。

ところが「そんなことはtrivialだ」と言われ、すっかりやる気をなくしました。 後になってこのアイディアはTKNNとかThouless et al.とかよばれる論文になるのですが、この間の 事情は今でも釈然としない思いがあります。 そんな訳で、一年足らずのうちに、Ilinois大学移りました。

ところが、それ以降の私の研究の多くはWashington大学時代に考えていた事に基づいています。 Thoulessとは短い期間にしか一緒にいませんでしたし、それほど密接に議論した訳ではないのに、非常に大きな影響を受けたのには自分でも、不思議に思います。Ilinois大学に移ってからは、 Chicagoが近かったので、またよくKadanoffの所へ行きました。私は準周期系の電子状態に興味を持っており、また彼も準周期軌道からのカオスの発生に関する仕事をしてましたので、議論の中から、繰り込み群的な考えを電子状態の問題へ導入するアイディアが出てきました。 その他Illinoisでは、周期系の量子ホール効果がトポロジカルな不変量として現わせる事をきちんと示しました。

実はこの話は、ユタ大のカフェや甲元先生の家に招かれたとき、私も聞いたことのある話だった。

要するに、一言で言えば、サウレスは最初甲元先生のトポロジーの話を理解できなかった。斬新過ぎたのだ。

ちなみに、コスタリッツーサウレスの相転移の話は、甲元先生のトポロジーの話とはかなり違い、同じ二次元系でも結晶の中の転位とか欠陥とか、そういう物質に見える幾何学的トポロジーの熱力学の問題であって、一方の甲元先生の方は、量子力学的な波動関数に関わる量子的トポロジーの問題なのである。

2次元の統計力学は1次元の量子力学と等価にできるから、もちろん数学上は両者は関係付けられる。しかし、本質的にはまったく違うのである。

それを、サウレスは「自明だ」といって、拒絶した。にもかかわらず、サウレスが少しずつ問題の中身がわかってきて、いっしょに論文に書いたが、その第一著者になった。

それがThouless et alとなって、結局サウレスだけがノーベル賞。

かなりおかしい話ですナ。It's funny business!っていうやつだナ。

ちまたの噂話では、何十年も前からこのサウレスはノーベル賞委員会に手紙を送って、
「あいつがノーベル賞なら俺のほうが先だろう。なんで俺にノーベル賞が来ないんだ」
ってな調子で頑張っていたというのだ。

押しの強いやつが生き延びる。声のでかい奴の意見が通る。


とまあ、科学の世界でも外人の声の大きさに日本人は負ける。


きっと釈然としないTKNN論文でサウレスがノーベル賞をとって、ますます甲元先生は釈然としないにちがいない。

それにしてもあとからノーベル賞を評価した解説を書く人、今回は押川君だが、こういう人はもういつも同じパターンにハマる。
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(左から大栗、ハルデン、押川)

2016年ノーベル物理学賞「トポロジカル相転移と、物質のトポロジカル相の発見」(自分の師匠がノーベル賞取り損なったのをクレームつけずに、敵を讃えてどうする?恩知らずか?)
つまり、ノーベル賞委員会の選考理由を正当化する方に働くのである。

しかし、評価はフェアで厳しくしないといけない。

量子ホール効果に関しては何であれ、一番最初にそういう実験をしたのは学習院大学の川路先生だ。そして、それに最初に久保公式を見事に使って理論化に成功したのは安藤先生だ。同様に最初に量子ホール効果をトポロジー効果だと考えたのは甲元先生だ。ちなみに、最初に量子ホール効果の理論に組紐群のブレイド群を持ち込んだのも甲元先生とWu先生だ。

この事実を無視してはならない。

ノーベル賞はある時は先駆者を拾い、ある時は完成者を拾い、またある時は、発展者を拾い、要するに一貫性がないのだ。第一発見者なら第一発見者。物事の完成者なら完成者。しっかり定義しないとフェアではない結果になる。

高温超電導のミュラーとベッドノーツは単に最初に作っただけで、それが高温超電導だと最初に示したのは、日本の氷上先生とアメリカのチュー博士だ。だが、この時は、作っただけの2人に行った。おまけに作っただけの2人に実験で高温超電導だと示したのは、そこで働いていた高成さんだったか、日本人だった。

整数量子ホール効果では、第一発見者で世界にこの現象を広めた川路先生が無視され、それを精密測定しただけのフォン・クリッティングだけが受賞した。

ようするに、ノーベル賞はダブル・スタンダード、トリプル・スタンダードなんですナ。いい加減なんだ。ご都合主義なんだ。

まあ、サウレスは俺が職くれてやったんだから、その成果は俺のものだっていう調子だったんだろうナア。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-10-18 12:55 | 個人メモ

今日は俺の生誕60年:還暦祝いの「た・わ・ご・と」一発!:いかに生命体を計算するか?   

うそこメーカーで発見:「人類愛100%」の愛の男!

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うそこメーカー「脳内メーカー
ジョーク一発「脳内メーカー」で見る政治家の「脳内イメージ」1:まず政権与党から


みなさん、こんにちは。


私は個人的には、
13日の金曜日
が好きである。特に悪い印象を持たない。

というのは、今日が私の生誕60回目の誕生日だからである。いわゆる還暦だが、この20年というものまったく心身にあまり変化を感じない。

いまだに朝に勃起もすれば、精子も枯渇していない。

冗談はよしこさん。


そんなわけで、今日は誕生日で気分のいいので、いつもとは違ったことをメモしておきたい。


この60歳になるちょうど10年ほど前、私は一切研究テーマとして物理をしないことに決め、生物の基本原理を見つけることに挑戦してきた。

もちろん、基本的な数学や物理科学の理論は使うわけだが、つまり、使えるものはなんでも使うのだが、そういう道具立てはともかくとして、どうして非生命体と同じ物質原子を使っているのに生命体が生命現象を起こせるのか?その謎に挑戦してきたわけだ。

最初の5年はまったく手がかりがつかめなかった。

この5年は、主に、九州大学の巌佐庸博士の教科書
生命の数理
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を真面目に全問解きながら、現代生命理論の大筋を理解することに努めた。

ここで、面白いことに、そこで巌佐先生は、ポントリャーギンの最適制御理論およびベルマンの最適制御理論を生物へ応用していたことである。

このあたりのことは、拙著の
ニコラ・テスラが本当に伝えたかった宇宙の超しくみ 上 忘れられたフリーエネルギーのシンプルな原理(超☆わくわく)
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の最後に書いた。

それから、ポントリャーギンの最大原理やベルマンの最適性原理の勉強を始め、たくさんの教科書を勉強し、この工学のこの分野の大体のところを理解した。工学だからマクロ理論である。

こうして、最初の数年+2〜3年=7〜8年経って、やるべき理論の方向が少しわかってきたのである。

そんなわけで、統計力学にポントリャーギンの最大原理やベルマンの最適性原理を導入していけば、おそらく非線形非可逆過程の熱力学が作れるだろうと予想して、これに集中していたわけである。

そして、それを一応英文の論文形式に直して、私のサイトに貼り付けた。
"Theory of Non-equilibrium Thermodynamics in the Optimal Control Processes
Part I: Mathematical Formulation
", ver.9 (Feb.26, 2014).

"Theory of Non-equilibrium Thermodynamics in the Optimal Control Processes
Part II: Physical Apprpoaches to the Pontryagin's Maximum Principle
", ver.4 (12 Mar 2014).

だから、だれがどれほど読んでいるかはわからない。


そうして、これを化学反応系に特化した論文を書いている頃、その理論に確率論を取り入れる保江邦夫先制の理論との接点を考えていた頃、一柳正和先生(故人)の
不可逆過程の物理
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を知り、それを読んでいくうちに、杉田元宜博士(故人)の存在に気がついたのだった。そこで、この謎の杉田元宜博士の仕事を探索することにした。

ところで、この一柳先生のこの本は、先生が末期がんで入院中のベッドの上でご執筆されたといういわくつきの遺作である。

だから、どの項目、どのセクションもかなり不完全な記述が目立ち、批評された人たちからの評判はあまり良くなかったようだ。しかし、死の最後まで理論物理、および我が国の統計力学理論の歴史変遷に対して執念の執筆をなされた心意気にはとても感謝したい。

したがって、当然杉田元宜博士への記述も誤解に満ち満ちた不完全なものだった。もちろん、あとでわかったことだが。

そこで、インターネットで杉田元宜博士の業績を昨年の春頃検索すると、ほんの2,3のものしかなく、難儀を努めたのである。アマゾンでもわずかの本しか検索できなかった。

最近では、私の著作やこのブログでの話題として杉田先生の名前を頻繁に出した頃から、インターネットにもアマゾンにもおよびグーグルスカラーにも多くの杉田先生のご研究や著作が最初に出てくるようになっている。

まあ、自分でいうのもなんだが、これはひとえに私の努力のかいあってのことである。


こうして、杉田先生の論文を調べると、これまた驚くことに杉田先生は、ほとんど日本語で論文を書き残していたのである。

先生は、戦前戦中に理論物理を日本で行っていたから、また特に戦争に重なっていたために海外留学や海外渡航の難しい時代に重なってしまっていたのである。

戦前はドイツ語で我が国の数物学会誌に出版し、戦後は英語で出したのだが、我が国は戦前はドイツ語が第一外国語、戦後は英語が第一外国語と大変化した。だから、先生のドイツ語の論文(これは杉田先生に限ったことではないが)は戦後の日本の学者からはまったく読まれた形跡がない。まったく引用がないからである。

杉田元宜博士は、戦時中の太平洋戦争末期に病気になり、病床にいた。その時代に熱力学の教科書を1冊したためた。それが、私が結局1人で再販することになった
熱力学新講 ‐杉田の熱力学
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である。

この本の出版にあたり、もちろん私は当時の出版者であった地人書館にも再販の勧めをしたのだが、すでに地人書館ですら、戦時中の本に関する興味がない。当時の関係者もすでに死んでいて、何十年も昔の本を処理できるものがいない。著作権の幽霊、あるいは、著作権の迷子になっている始末で、結局再販するならご自分でご自由にというご好意で、私が小さい出版社(太陽書房)から出版したのである。

また、この本の次作であるものが、戦後に出版された
過渡的現象の熱力学 ‐生物体の熱力学の構築に向けて
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である。

この本は岩波書店から出版されたが、これ同様に(実際にはこちらが最初だったが)岩波の著作権の迷子になっていた。

「著作権の迷子」とは、著作権保持者およびその子孫や親族の所在が行方不明になり、だれが現時点で著作権を受け継いでいるのかわからないものをいう。

我が国では、法律改正がないため、ちょっと昔や何十年も前の著作権もしっかり生きていて、再販するにも再販できないものが多いのだ。

よく我が国の物理学専攻の学者や学生が、「この本は良いからぜひ再販して欲しい」というような希望を出版社に送れば再販できると、まるで小学生のように信じているおバカな連中がいるが、出版業はそういうものではない。

再販するには著作権ホルダーに許可を取らなければならない。これに非常に時間がかかるのである。多くの場合は著作権の迷子状態で、ほぼ不可能となる。

この困難に日に油を注ぐ結果になるのが、「個人情報保護法案」である。

この法律のために、もし著作者が死去した場合、その著作権ホルダーである遺族や親族を見つけなければならないが、その遺族探しの時点でこの法律が障害になるのである。「個人情報保護」として、出版社も大学も親族の住所や指名や連絡場所を教えてくれないのである。

その昔、我々が学生だった頃のように、出版社に電話したらすぐに著作者の家に電話できたという時代とは雲泥の差があるのである。

結局、杉田博士の親族探しがほぼ不可能となり、諦めたとき、どこからともなく救いの手が差し伸べられた。埼玉県の宝城寺の住職の奥さんだった方が、お墓の関係から寺の専属顧問弁護士を通じて住所を探してくれたのだった。これなくして著作権や再販許可が得られなかった。

ところで、一方、アメリカにも同じような問題があったはずである。そのアメリカはどうしたか?

これはネルソンの本
ブラウン運動の動力学理論
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を再販するときにその著作権者に許可してもらうために連絡したときにわかったことである。

この本のアメリカの出版社によると、全米では、
1970年以前の著作の出版権はちゃら。つまり、自動的に無効。

つまり、1970年以前(〜1969)の本の場合は、著作権ホルダーが著作権を再申請しない限り著作権は無効=フリーになる。

こういうやり方だった。実に賢いやり方だ。

この法律のお陰で、アメリカではドーバーとか、幾多の古典本が復活可能となったのである。古典を複写印刷すれば、だれでも再販できるのである。

このせいで、私はネルソンの本の翻訳はご自由にどうぞという許可がおりた。

ところで、逆に著作者がつかまらず(見つからず)に翻訳許可を得られない場合もある。私がウィリアム・リン博士の「オカルト・エーテル物理」の本をすでに日本語訳しているが、その著者の居場所がどうしてもわからないために、この本がいまだにペンディング(宙ぶらりん)状態なのである。もう2年もペンディングである。

さて、話を生命論に戻すと、こうして杉田元宜博士の生前の研究を学ぶと、私の最大原理の非平衡系への応用の研究と本質的に同じであることわかり、私は大いに勇気づけられた。私より70年以上も前に杉田元宜博士が同じ問題に挑戦していたわけだ。しかし、その当時やそれ以後の我が国の理論物理学者たちからは冷笑されっぱなしだった。

そこで、その歴史を変えるべく、特に海外の人に杉田元宜博士の思想を知って欲しいために、英語論文を書くことにした。これが昨年の初夏である。大半は阿南の海、中林海岸の小屋で海を眺めながら、涼しい風の中で書き上げたものである。
Motoyosi Sugita—A “Widely Unknown” Japanese Thermodynamicist Who Explored the 4th Law of Thermodynamics for Creation of the Theory of Life

この論文は海外から意外な反響があった。これを本にしたい。同じような解説を書け。国際学会で話せ。などさまざまなものがいくつも来た。が、私はすべてお断りしている。めんどくさい。僅かに神戸大のセミナーで話したのみ。

こうして、生命現象へ熱力学を応用していく新しい方向性は明確にわかったのだ。

そこで、私は
今一度生命を洗濯致し候
というわけで、生命の勉強を始めた。この方向で一番よろしいものは、丸山圭蔵博士の教科書だった。
生命―永遠を志向するもの
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生命とは何か
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丸山圭蔵博士は京都大学の生物学者で、特に電子顕微鏡で徹底的に生命の内部を観察した研究者である。
生物学者にはたくさんの丸山さんがいて、丸山ワクチンの丸山さんではない。丸山工作さんでもない。

これらの本は一貫して、現実の「生命体」を内部構造から代謝、エネルギー構造などすべてをつぶさにまとめていることである。

私はこの本で何を学びたかったかというと、それは
世界最小の生命体はなんだ?
ということである。

おもしろいのは、この私の問題意識とまったく同じ問題意識でこの本が書かれていたということである。

つまり、丸山圭蔵博士は何が最小生命かと言っているかというと、
マイコプラズマ
だったのだ。

マイコプラズマこそ世界最小の原形質膜を持つ、つまり、一つの系としての区分を持つ生命体なのである。

ウィルスは自己複製できないから、最小生命体ではない。寄生体である。

したがって、マイコプラズマの全活動を理論化できれば、生命原理が分かったことになる。

というわけで、最近こういうテーマで研究しているものがいないか調べたら、それがクレッグ・ヴェンターだったというわけだ。
ヴェンター博士「マイコプラズマのサイボーグを作りだす!」:俺「生命の水素原子はマイコプラズマか?」

ヴェンター一派は実験家だから、マイコプラズマの人工合成に興味がある。しかし、世界最小の生命体という観点では一致していたわけである。

彼らは、現存のマイコプラズマの遺伝子をどこまで削れば生きていられないか、自己複製できなくなるかを調べたのである。そうして、最小のマイコプラズマのタンパク質の数を見つけたのである。

約300〜480個。

面白いのが、実は、上の丸山圭蔵博士は、もしマイコプラズマの構造を生み出し、生命活動するために必要な最小の遺伝子数やタンパク質の数がいくつかであるのか、を理論的に大まかな見積もりとしてすでに出していたことである。

約280個。

これが、ヴェンターの研究とほぼ一致していたのである。

だから、タンパク質300個程度をコードし、それ以外にt-RNA, m-RNA, r-RNA, i-RNAなどをコードするするDNAを持つシステムの理論ができれば、マイコプラズマの生命活動が計算可能となるはずなのである。

生命では1個のタンパク質が1個の化学反応の触媒になる。

というわけで、1個のマイコプラズマの生命活動は、せいぜい数百次元の連立微分方程式で表されるのである。500次元は多いが、有限である。たぶん経済学の方がもっと難しい連立微分方程式を使うのではなかろうか。

こうして、マイコプラズマの1個の生命現象を表す方向性が分かったわけだ。

ところが、こうしてみると、世の中には真の天才がいる。

かれこれ70年前の杉田元宜先生の時代のアメリカに、Heinmetsというスタインメッツに似た響きの名前を持つ理論生物学者が米海軍にいた。まだコンピュータこと電子計算機のない時代である。

このハインメッツは、当時最先端のアナログコンピュータ技術を駆使して、生命の原子である細胞の活動を19個の変数の連立微分方程式として記述し、その理論計算をしていたのである。
Analysis of Normal and Abnormal Cell Growth: Model-System Formulations and Analog Computer Studies
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この本のように、アメリカでは1970年以前の本の著作権は強制終了されたために、こうして現代的な再販が可能なのだ

この70年前のハインメッツの研究において、彼は、どういう場合に細胞が癌化するかとか、そういうさまざまの状況を計算していたのである。

あまりに時代が早すぎ、杉田先生以外にあまりこの研究を評価した人はいない。


というようなわけで、1個の細胞を微分方程式化し、そこにポントリャーギンの最大原理を用い、計算できるという可能性がいよいよ出てきたわけである。


これが私のこの10年の研究の成果である。


しかしながら、俺にはこれを実現するスーパーコンピュータもなければ、金も研究室もない。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
こうして10年を振り返ると、俺は物理をしない、生命の研究をするといって始めたのだったが、最近は最終的に再び生命現象のミクロの肝を探していくうちに、やはり最後の最後は物理ではないか、という気がしてきたのである。

というのは、生命現象でいくたの化学反応で物質を作り出したとしても、それが「自己複製」あるいは「自己集合」しなければ、生命体のパーツがつくれない。自己複製よりむしろ自己凝集、あるいは、自己集合の方が大事なのではないかと思う今日このごろである。

この自己集合というのは、タンパク質の折りたたみ、あるいは、ウィルスをいったんバラバラにしてもすぐに元の形に戻る、あるいは、リボソームをばらばらにしてもまた元の構造が再現できるというような現象があり、こういうものがないと、生命体が作れない。

つまり、人の手を借りずに自分で形を作り出す能力こそ生命の七不思議の最大の謎である。

これはおそらく物理現象である。

というわけで、生命は物理を超えているが、その究極はやはり物理なのである。

生命現象の「見えざる手」、これをいかに考えるかに生命を解く鍵がある。

これならスーパーコンピュータのない私でもなんとかできそうだ。



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by kikidoblog2 | 2017-10-13 14:15 | 個人メモ

世界に一つだけの花:「ロスチャイルドやロックフェラーやモンサントは間違っている!」   

世界に一つだけの花 - SMAP


みなさん、こんにちは。


今回はまったく個人的エッセイであり、普通の人には無関係だからスルーを。



昨日はヒカルランドの最新UFO本のことを書いたが、英仏独ロスチャイルド家にしても、米ロックフェラー家にしても、米デュポン家にしても、コッホ家にしても、どこでもそうだが、やはり
強いものにはまかれろ
なのだろうか?

いくらエイリアンが賢い、頭がいい、強いといえども、そいつにUFOの科学技術を教えてもらおうとか、リバースエンジニアリングだとか、

なんか陳腐なんだよナア。

どうして自分の頭でその答えを見つけないのか?
どうして自分で考え出さないのか?

どこぞの塾へ行って答えを教えてもらって、その力で東大合格。

こういうのとまったく変わらない。

有名塾や有名私学にたよらず、自力でやれよ。

とまあ、俺個人はいつもそう思うわけだ。

他力本願ではなく、自力本願でいくべきだ。

という、東西本願寺もあるように、我が国には本願というちゃんとした言葉まであるわけですナ。

時間はかかるかもしれないが、自力でやっていけばいずれ答えにたどり着くこともある。


さてそこで、この自力で答えにたどり着くというやり方に何がベストか?

王道はあるのか?


苦節60年の科学者人生の経験からしていうと、

イエス

である。


学問には王道はないが、本当の真理にたどり着くためには王道がある。


その王道とは何か?
どうやれば、新発見ができるか?
既存の標準スタンダードな理論を打破できるか?


というと、

すべて逆転する

ということだ。

ネガポジ逆転である。

あいつがイエスだといえばノー。あいつが右だといえば左。あいつが上だといえば下。あいつが前だといえば後ろを探す。

こういうふうな精神状態にならないと大発見ができない。


たいていは、みんなが右へ行ったと思うと、自分も右にあとからついていく。

これでは大発見、真理に近づくことができない。


むしろ、みんなとは逆へ行くのである。


東大生や最近のミニ東大化した京大生の何が問題かというと、東大型は常に主流の選ぶ方向へ突き進むという性質を持っていることである。

秀才や天才がみんな東大にいくから自分もいく。

この時点で、もう東大には真の天才も秀才もいないということがわかるわけだ。

真の天才はみんながやらないこと、いかないこと、しないこと、つまり、

東大型の人に対しては、見ざる言わざる聞かざるのようなタイプの人間だということだ。

しかし、この性格だからといって、朝鮮人のようにただのバカでは何もできない。

こういう性格でかつ頭が良くなくてはいけない。忍耐強くなくてはならない。決して火病を起こすようなものであってはならない。

とまあ、こういうことである。


この典型が、青色発光ダイオードを発明した中村修二博士であり、iPS細胞を発明した山中伸哉博士といえるだろう。

大向こうの意見とはことごとく逆方向を探索したのである。

東大京大など名門の人はこういうことはしないし、またできない。定義からして、そういうことができない人間しかいないからだ。


我が国では、この東大型がのさばり、上につくとどうなるか?

というと、自分が努力型だから、そうやって苦労して身につけて今の地位にあるのに、なぜか簡単にそれをやってしまうような人間をみると、すぐに嫌うようになる。そして邪魔をする。妨害工作をする。自分の地位を失わせるような研究はさせたくないとまで考えるようになる。

昨日のヒカルランドのUFO本で何が問題かというと、

ロスチャイルドもロックフェラーも偽ユダヤ人というものは、日本でいうこの東大型なのである。

だから、無名の人が大発明して、石油のいらないエンジンを発明したり、肥料のいらない農業を考え出したり、超能力で宇宙へ行って来たりするような変わった人がたまらなく嫌いらしい。

だから、そういう存在にはレーダー照準で脅すとか、狙撃して殺すらしい。


いや〜〜、痛い。


かつて200年前までは、欧州の王族がやっていたことを、いまは立場が変わってユダヤ人富豪たちがやっているのである。


ババリアユダヤ人であろうが、なかろうが、欧米人の白人系はせいぜい3000年の歴史しか無い。

それと比べると、日本人には何万年もの歴史的遺産が残っている。

紙に記録された歴史だけでも、ゆうに3000年はある。

遺伝子に記録された記録でいえば、何十万年にも遡るだろう。最低でも10万年はある。


歴史が浅いからこそ歴史にこだわる。だから、不利だとなれば、歴史を改ざんする。

支那人や朝鮮人を見れば分かることである。

実在の歴史の古い日本人はわざわざ歴史を改ざんする必要がない。もっとも最近はNHKがしきりに歴史改ざん番組制作して、本来の捏造放送協会ぶりを発揮しているが。


聖書にこだわる。これもまた歴史が浅いことの裏返しである。

本当に聖書どおりなら自分のDNAを調べれば、そこに聖書と一致した内容が書かれているはずなのである。しかし、西洋人の場合はそうはなっていない。矛盾だらけである。化石的史実とも合わない。

DNA、化石、地質学、考古学、こういったすべてと100%合致して、何万年もの歴史が残るのは日本人だけなのである。


この日本人の歴史は、ユダヤ人の表に出る歴史とは違う。むしろ、100%真逆、180度逆である。


ユダヤ人は自分が有名になり、ナンバー1となり、世界にユダヤの力を見せつけようとする。そうやって生き延びる道を選んで来た。

しかし、どうやら我々日本人はその正反対で、自分はオンリー1となって、世界から見えない場所に咲けばいいという道を選んで来たようだ。

ナンバー1よりオンリー1

というやつだ。


たとえば、いまや全世界の人が、我が国の春の桜見物、桃源郷見物、などなど、見物にきて、
日本すごいデスネ
ブームである。
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日本きれいだネ。日本すばらしい。

こういうふうに反応するのは結構だが、いまの日本の山や森の一本として、河川の1つとしてかつて人の手の加えられていないものはないのである。

上野の桜はだれかが昔そこにその桜を植えたからこそいまそこに咲くのである。

山の杉の樹は、昔だれかが植えたからいまは花粉症の原因になっている。

道路のアスファルトもまたそうだ。だれかがそこに舗装工事をしからそこにアスファルトの道路がある。


要するに、外人が驚いて、きれいな自然だと思うものは自然に育ったものではない。だれかがそこに植えたからそこに存在しているものなのである。

富士登山もそうだ。昔だれかがそこに階段や登山道を作ってくれたから、いま外人でも難無く登れるのだ。

じゃあ、ユダヤ人なら、その道はアンシュタインの道と呼ぼうとなるだろう。

この道路はユダヤ人のレーニン通りにしよう。スターリントンネルにしよう。

そういうことになるだろう。

そうやって自分の同胞の名誉をかさに、それを自分に被せる。

まさにそれと同じことを朝鮮人も支那人もやっている。


しかし、日本人は自分が作ったものでも、無名であることを望んで来た。まるで自然にそこにあるかのようにみせたがるのである。

富士の登山道はまるで自然にできたかのように見せたがる。作った自分の労苦などもはやどうでも良い。

たいしたことをしてもノーベル賞で自分が日本人ノーベル賞学者だなどと威張る必要はない。そういうことに美学を求めないのである。

根粒細菌の血液を発見した久保秀雄博士もそうだった。自分が日本で抗生物質の工業化に成功しようがそんなことはおかまい無しだ。

一方、歴史の浅いユダヤ人は、まあ、西洋人の中では歴史が古い方だとしても、何とかして何にでも自分の功績を残して生き残りを計る。イグノーベル賞まで作る。


はたして何でも自分の名を残そう、有名、にしたいという民族と、何でも自分の名などどうでもいい、無名、でいようとする日本人とどちらがいいか?

むろん、後者だろう。


あとから来る人にとって、何のへんてつもないどこにもありそうなアインシュタイン道路なんていうことより、美しい桜の方が大事なんだ。
The most beautiful wisteria in the world あしかがフラワーパークのフジ Ashikaga Flower Garden
(すべて“だれか”が植えたものだ)

(すべて“だれか”が植えたものだ)



私が言いたいこと、最近感じることはこういうことですナ。

あとで美しいと分かることになるなら、そのためには無名で良いからオンリー1になって、将来のために何かわずかに1本でも良いから木を植える。こういうふうなことをすることだ。


決してロスチャイルドやロックフェラーやモンサントやデゥポンのような人間になってはいけない。

世界のためになる人を見たら殺すとか。


いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-09-15 17:05 | 個人メモ

13歳になったヤスミンヤマシタさん発見!:ちょっと大人になった歌声!   

みなさん、こんにちは。

ブラジルの天才少女、日系4世のヤスミン山下ちゃん(当時)の登場は衝撃だった。

ヤスミン・ヤマシタ( 9 )

感動 泣ける 動画 天使の歌声 少女 ブラジルの番組で歌いました 愛は花 君はその種


最近はどうしているのかなと思いきや、元気でブラジルの日本音楽祭に登場。

そればかりか、新曲も歌っていた。

そんなわけで、いよいよ大人になりかかったヤスミンちゃんの歌声をメモしておこう。以下のものである。

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Yasmin Yamashita (山下ヤスミン)ちゃん 「愛のうた」 2016/9/17


Yasmin Yamashita (山下ヤスミン)ちゃん 「愛燦燦」 2016/9/17


Yasmin Yamashita - Te no Hira ni Saita Hana



いや〜〜、順調にブラジルの「美空ひばり」に向かっているようですナ。


頑張れ、ヤスミン山下さん!





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by kikidoblog2 | 2017-04-18 19:55 | 個人メモ

相田みつを「にんげんだもの」:こころの琴線に触れる言葉の数々!   


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A road
A road should be made by myself.
A road should be opened by myself.
The roads made by others are not mine.


私がここ阿南に住むようになってから20年経ったが、その最初の頃にできたミスタードナッツ阿南店がついに閉店となってしまった。もうかれこれ20年は週に何回か通って仕事しに行っていたから、歴代のアルバイターや店員さんの顔を覚えている。最近のニコラ・テスラの本の翻訳や校正は全部ミスドの広いカウンター席のテーブルに広げて行ったものである。

いやはや、今後どこで本や論文の執筆校正をすればいいものか?

というわけで、顔見知りの店員さんたちに最後の様子見の挨拶に朝から行っていたわけである。それでいつもなら午前中にここにメモするものが今になってしまったというわけだ。


さて、最近我が家の我々の部屋にある標語のようなものに目が止まった。たまたま奥さんがどこかから昔もらったものを見つけて飾っておいたようだ。

それが、こんな標語というか、言葉が書かれた短冊のようなものである。
こころの暦
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どうやら「こころの暦」とある。

著者は相田みつをさん。

中を覗くと、実に興味深い言葉の数々。

言葉には番号がついている。例えば、19番の言葉はこれだ。
19
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Being alive, being able to work, being before sunset


20番はこんなやつ。

20
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A water main pipe, a drainpipe under the tall building,
the important things never appear on the surface.


19は奥さんの好きなやつ、20は俺が好きなやつ。

26番はこんなもの。

26
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Ukemi
The basic skill of Judo is ukemi.
Ukemi is a practice of falling down; a practice for loosing a match;
a practice becoming shameful in front of people.


とまあ、こんな感じの言葉が次から次にある。

というわけで、いったいこの相田みつをという御方はどんな人かと調べてみれば、でるわ、でるわ、あるわ、あるわ、たくさんの、ものがあるようだ。

相田みつを
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おまけにこの短冊は
相田みつを美術館
というところで買ったものらしい。


最後に若者にもちょうど良さそうなものもあるから、いくつかメモしておこう。以下のものである。

Happiness is always determined by one's own mind.
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Dreams have to be huge.
The roots have to be in deep.
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NWOやシオニストや独占欲の強いお金持ちの皆さん向きの言葉もあった。これだ。


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If we are all stealing things then those are not sufficient.
If we are all sharing things then those are left over.


ところで、上の作品はこんなに大きなものなんですナア。

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こんな方がいたとは?

それをご存じなかった!


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-01-25 16:55 | 個人メモ

マーデルング・ボーム・高林の量子力学の第五の定式化:量子力学を流体力学と見る方法!   

みなさん、こんにちは。

さて、仕事始め。どんどん行こうか。とはいうもののまずは物理の個人メモだから大半の人には興味ない話だからスルーして欲しい。


昨年の暮に保江先生に論文公表祝をしていただいたあたりから、再び「量子力学の発見物語」というものに興味がわき、今現在では3つ4つの量子力学の等価な定式化が知られているのだが、そういうものをもう一度読み直してみようかという気になったのである。

ところで、量子力学の3つ4つの等価な定式化とはおおよそ以下のものである。
(1)ハイゼンベルクの定式化→行列力学
(2)シュレーディンガーの定式化→シュレーディンガー方程式(ちなみにシュレディンガーではなくシュレーディンガーが正しい表記)
(3)ファインマンの定式化→経路積分
(4)ネルソン・保江の定式化→確率量子化


実はシュレーディンガーがシュレーディンガー方程式を見つけた直後、これをそれまでの古典力学の流体力学の定式化に焼き直した人物がいたのである。

つまり、当時の若者であるパウリやハイゼンベルクやシュレーディンガーやディラックおよびボーアなどの量子力学の発見の興奮に対して、「もしもしお兄さんたち、あまり興奮しないで、冷静に」というような意見の持ち主たちもたくさんいたのである。

これはごく自然なことで、それまではニュートン・オイラー・ラグランジュの力学とマックスウェル・ヘビサイドの電磁気学とナビエ・ストークスの流体力学とレイリーの音響学およびカルノー・ヘルムホルツ・クラウジウスの熱力学およびボルツマン・ギプスの統計力学程度しかなかった時代だから、当時のエキスパートたちは最先端理論物理学と言えばこういうものを指したわけである。

そこにプランクの量子の発見、アインシュタインのブラウン運動と光電効果、そこからボーアの前期量子論とドブロイの物質波の理論来て、ついにハイゼンベルクの量子力学の発見に至り、シュレーディンガー方程式が見つかったわけだ。

だから、当然、新しいものが見つかればそれを復古回帰して、それ以前の理論との整合性やら焼き直しが行われたのである/らしい。どうやらそれをやったのが、ドイツのマーデルング(E. Madelung)博士だった。

マーデルングは、シュレーディンガー方程式の波動関数Ψの振幅と位相を分けて考えて、それぞれの方程式を作ると、それ以前の流体力学の方程式に戻るということを発見したのである。今ではこれをマーデルング方程式と呼ぶ場合もある。

しかしながら、一つだけプランク定数に比例する新しいポテンシャル項がつく。これが量子力学的ポテンシャルと呼ばれ、その後、これを隠れた変数の理論と言う形に拡張したボーム(Bohm)の名を付けてボームポテンシャルと呼ぶこともある。

我が国にはすぐにこういうものを研究したものがいたのだが、それが後に保江邦夫博士の指導教官になることになる高林武彦博士だった。博士はマーデルングとボームのアイデアを電子のスピンに拡張できることを示したのである。

これが量子力学の5番目の定式化に相当する。
(5)マーデルング・ボーム・高林の定式化→流体力学的量子力学



実際、高林武彦博士の論文を最近集めて少しずつ読んだのだが、それらは私が生まれるずっと前の終戦直後の1952年代から始まり、私が生まれた1957年。ちょうど今から60年前にほぼ完成した理論である。まさに還暦の物理学である。

これを読むと、その後1970年代後半から1980年代に渡り保江邦夫博士が精力的に研究した、ネルソン・保江の確率量子化の方法の起源が見えるのである。

イメージ的にごく簡単に言えば、水という流体の中で花粉から出た微粒子が水分子の衝突を受けて右往左往してブラウン運動するように、量子力学の確率場という流体の中で電子が量子力学の確率場のゆらぎを受けて右往左往してブラウン運動するというふうに見直したものが、ネルソン・保江の理論である。

そこで問題になるのは、
量子力学的流体の場合の土台は何か?
ということである。

流体力学の大本の土台は水である。水が流体の最も基本的な構成粒子である。無色透明の水、あるいは、気体の場合なら空気が流体力学の基本粒子ということになる。同様に量子力学を流体力学と等価に扱うとしたら、その構成粒子は何か?ということになるだろう。

エドワード・ネルソンは一応それがエーテルだと考えた。

しかしながら、エーテルはアインシュタインの相対論により追放された。だから、そのかわりに確率場とか、場とか、真空とか別の概念で置き換わったのである。真空のゆらぎとか、場のゆらぎとか、確率ゆらぎとかというふうに言い換えた。

ネルソン・保江理論では、どういうわけか、電子一個がランダム運動するのはこの宇宙に備わる確率のゆらぎのためだということにした。プランク定数をゼロにするとこのゆらぎが消える。

まあ、言い方や言い換えはともかくとして結局は、昔の人がエーテルと呼んだ存在を仮定すれば、量子力学を流体力学的に扱うことも可能なわけである。真空をある種の流体のようなもので満ち満ちていると考え、素粒子はそういう流体の中をうごめく。

こういう見方も可能なわけである。数学的にはいつも等価なのである。

問題はこのエーテルの素性である。

エーテルは電荷を持つのか?
エーテルは何種類あるのか?
はたしてそれは湯川秀樹の素領域のことと見なせるのか?
あるいはペンローズやスモーリンのいうところの極小の泡なのか?
4次元的存在なのか?高次元的存在なのか?
あるいは、中込照明博士の量子モナドのことなのか?


とまあ、こんなふうに疑問が生まれるわけですナ。


さて、高林武彦先生はスピンを二種類の流体が生み出す回転渦であるという理論を作ったのである。ちょうど地球上に高気圧と低気圧があって、その関わりあいが渦(竜巻)を生み出すように、電子のスピンは何か二つの量子流体が出会って渦を作っているようなものだという理論を構築したのである。たとえば、
T. Takabayasi, The Vector Representation of Sipinning Particle in the Quantum Theory, I., Prog. Theor, Phys. 14(4), (1954) 283.


というようなわけで、私自身の個人的印象では、こういう理論に一番似ているのは、L. ランダウの超流動二流体理論のような気がする訳である。ヘリウム原子のようなボーズ凝縮する空間の素(素領域)のようなものがあるのではないか。そこから、ヴォロヴィック(G. E. Volovik)の言うように、ほとんどすべての物理の標準理論が導かれるのではないか。

この意味ではやはりアインシュタインは間違っているのである。もっと正確に言えば、アインシュタインの相対論は間違っているのである。むしろアインシュタインはエーテルを放棄するのではなく、エーテル中のブラウン運動を考えるべきだったのだろう。そうすれば、量子力学のシュレーディンガー方程式を導けたはずなのである。





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by kikidoblog2 | 2017-01-05 09:52 | 個人メモ