カテゴリ:普通のサイエンス( 43 )   

桜散る:美少女ロボット「未夢」開発研究者の三浦郁奈子さん米で交通事故死。ご冥福をお祈りいたします。   



みなさん、こんにちは。

そういえば、この件を忘れてはいけなかった。これをメモしておこう。

だいぶ前拙ブログ1にメモしたものにこんなものがあった。

2013-08-25 13:35
日本の底力:産総研「未夢」vs佐川電子「MK3」:ロボットにも「情緒」を求める国!?

ヒューマノイドロボ「HRP-4C 未夢」


もう5年も経ったのか?


このロボット開発を行っていたのが、産総研こと、産業技術総合研究所。

私は1985年にその前進である通産省工業技術院、電子技術総合研究所(電総研)に勤務したことがあるから、そのつてで、その後ここが経産省に合併するのに合わせて、電総研の大改革計画、つまり、いまの産総研を立ち上げる際の、企画会議に参加した経験がある。

つまり、産総研のシステムの骨格を決める会議である。

私は外部研究者という立場で参加したが、とにかく「若手を優遇して欲しい」という提案を行った。

若手への奨励賞を儲ける。
ポスドクの充実。などなど。

もし産総研になって、若手がのびのびとやれるようになっていたとすれば、少なからず私の貢献もあったにちがいないはず。

阿南に足向けて寝るなよ!


さて、そんな産総研で、未夢開発が行われたわけだが、そのメンバーがこんな人達だった。
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この中でも有力者が女性研究者の三浦郁奈子さん。
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絵でも漫画でもそうだが、結局作品は自分に似る。

他人を書いているつもりでも、実際は自分を模している。

ロボットでも同様で、開発者に似るのである。

ところで、いわゆるピグマリオン症候群というのも、実は自分そっくりの女神に惚れるという、超絶ナルシストのことと言えるのかもしれない。自己愛の権化である。


この開発の栄誉を受けた三浦さん、MITへ出向したらしい。


だが、それが痛ましい悲劇を生んだ。

なれない土地で交通事故死という突然死となった。


産総研の研究者がボストンで交通事故死 美少女ロボ「未夢」開発メンバー
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米国ボストンでひき逃げ、マサチューセッツ工科大に留学中の日本人研究者が死亡

19日午後3時30分(日本時間20日午前4時30分)ごろ、米マサチューセッツ州ボストンで自転車に乗っていた日本人女性がトラックにはねられて死亡した。

マサチューセッツ工科大(MIT)などによると、亡くなったのは同大学客員研究員の三浦郁奈子さん(36)という。

トラックは現場からそのまま走り去ったが、ボストン市警によると運転手は特定され、捜査に協力しているという。

MITによると、三浦さんは日本の産業技術総合研究所からの派遣で、昨秋からMITで人型ロボットの研究などに携わっていた。



自転車通勤か?


アメリカは日本と左右逆。結構、最初のうち戸惑うんだよな。


私がユタ時代聞いた話では、留学中の大学教授が、パーキングから出る時、真逆を走って逆走してぶつかったが、幸い助手席が飛んで助かったというものがある。

この私自身、I15で反対車線を堂々と150kmでぶっ飛ばして危うく、大型トラックと正面衝突の危機もあったナア。さらには、グランドキャニオンに行く途中に、田舎道でちょっと眠くなって目を覚ましたら反対側を正道と思ってずっと走っていたということもある。

とにかく、左右の違いは身体に染み込んでいるから、非常に気をつけないと危ない。

まあ、ハワイでも米本土でもどこでも日本人がよくやることである。

逆に、日本に来た外人がこの逆をする。


美人で知的で魅力的。

こんな素晴らしい女性がまた1人海の向こうでお亡くなりになった。


もう日本女性は1人で海外勤務させるな!

海外は野獣の国である。


それとも、これは陰謀か?

日本のロボット開発を阻止するために、中国共産党のしくんだ、

事故に見える他殺

なんでしょうか?


いやはや、謎ですナ。


三浦郁奈子さんのご冥福をお祈りいたします。合掌。RIP.



いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2018-04-20 10:24 | 普通のサイエンス

駅伝の青学、研究でも5位入賞!:1位学習院、2位東大、3位京大、4位甲南大、5位青学、私学大健闘!   

青学パワー
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(昔は女たらしの大学だったはずなんだが?)



みなさん、こんにちは。

いや〜〜、この記事は意外に興味深かったので、一応ここにもメモしておこう。以下のものである。

2018年04月02日 14時39分
科学誌の論文掲載率、国内1位学習院…東大2位

 主要科学誌に掲載された日本の論文数は昨年も引き続き減少傾向にあったとする分析結果を、英科学誌ネイチャーが発表した。

 2017年にネイチャーや米科学誌サイエンスを含む主要68誌に載った論文数は前年比で3・7%減少。12~16年の5年間も19・6%減っており、減少に歯止めがかかっていない。

 3月22日の特集号によると、68誌に載った全論文のうち、日本の論文が占める割合は12年の9・2%から、17年は8・6%に低下。順位は米中英に続く4位だった。

 一方、各大学で発表された論文総数に占める主要誌掲載論文の割合をみると、国内では学習院大がトップになった。2位は東京大、4位は京都大だったが、3位には甲南大、5位には青山学院大が入り、ネイチャー誌は「(理系研究者が少ない)小規模な大学が輝いている」と指摘した。主要誌に載った論文数自体は東大、京大などが多かった。


まあ、イギリスのロンドンと日本の東京とは9時間ほどの時差がある。だから、この記事そのものが「エイプリルフール」ネタではないことを祈るとして、これを信じれば、なんと東大神話がまた一つ崩壊した。

これまで、何十年もの長きに渡り、東大が学術のトップだったはずだが、いまやその時代も終焉しつつある。そういう話の一つがまた増えた。

なんと、

1位学習院大学
2位東京大学
3位京都大学
4位甲南大学
5位青山学院大学


の順番だったという。


ここにも駅伝の青山学院初登場。

はて、私学の名門、

早稲田、慶応、上智、中央、明治、理科大

どうしちゃったの?


ネイチャー誌はいう。

(理系研究者が少ない)小規模な大学が輝いている」。

主要誌に載った論文数自体は東大、京大などが多かった。


要するに、ネイチャーの統計は、「少数精鋭システムが有利」ということを証明した。

というわけで、これまた私の元来の主張が正しかったことが証明された形になった。

俺の「春の夜の夢」か「白昼夢」か!?:4年に一度新しい日本国大学を作れば世界が変わる!?

というわけで、アメリカ留学経験のあった有馬文部大臣は、アメリカ型を目指す結果になった。むろん、私も拙著「三セクター分立の概念」(1995)にはそう書いた。

しかし、私はアカデミズムの基本は「少数精鋭」スタイルであり、「裾野拡大」スタイルは邪道だという考えだったが、有馬博士は逆に朝永振一郎と同じく、後者を選んだ。

「裾野拡大」スタイルは一見聞こえは良いが、現実的には「悪貨が良貨を駆逐する」の例えどおりのことが起こるのである。
最初に入れた一匹の蝿、それが増殖するのである。



今回のネイチャーのデータは、インパクトファクターの大きな海外の有名研究雑誌68誌に掲載された研究論文を検討したものである。

その結果、比較的マイナーな大学にいる科学者の健闘が光った、というものである。


この理由はいくつかあるだろうが、

(1)マイナーの大学にいる主要大学出身者が母校にいる研究者の鼻を明かしたい
(2)マイナーの大学の方が研究をのんびり集中できる
(3)マイナーの大学のスタッフの方が研究者に親切
(4)マイナーの大学の経営陣の方が大学存続の危機意識がある
(5)マイナーの大学の方が小回りがきき、研究者に有利
(6)科学技術基本法のおかげ


だいたいすぐに思いつく理由はこんなところかな。


(1)については、あまり大学の内部を知らない人は知らないだろうが、我が国の大学の歴史的環境のせいで、たとえば、学習院大の教授といっても、大半はその教授自体は東大出身という場合がほとんどである。

これがいわゆる「学閥」を作ってきたわけだが、関西の私立大なら京都大と阪大、中京地区なら名大、九州なら九大、北海道なら北大、東北なら東北大、関東なら東大と東工大というような感じで学閥ができている。

だから、学習院大や青山学院大の研究者はおそらく東大などの出身者が多いはずである。同様に、関西の甲南大も研究者そのものは京大や阪大や名古屋大出身とかではないだろうか。

つまり、マイナーな大学の研究者だからといって、その教授個人のレベルが低いということにはならないのである。むしろ、マイナーな大学でも孤軍奮闘しているからこそ、海外の有名雑誌に出そうと考えるわけだ。

むしろ、問題なのは、有名大学にいる人の方で、有名大学にいるから、わざわざ海外の雑誌に出すまでもなく、適当に日本語論文で国内雑誌で発表しても十分に元を取れてしまうという可能性がある。

それに対して、マイナーな大学の人なら、有名大学の人から、「やつは一廉の研究者だ」と見てもらうには、海外の有名雑誌に出すほかはない。

そして、運が良ければ、自分の出身校である東大なり京大に返り咲きたい。こういう願望を持っているに違いない。

これが(1)である。

(2)〜(5)は、やはりマイナーで小粒な大学の方が、研究者が少ない分、大学スタッフからすれば、研究者が身近なところにおり、顔が見える。だから、その研究者がよくやっているかだめになっているかがわかりやすい。

大人数の大きな大学の研究室ではその逆でわかりにくくなるから、埋没する研究者がいてもわかりずらい。

また、大学の経営陣や学部の運営陣が、私立の場合はなんとかしていい評判を作らない限り、少子高齢化のこの時代、良い学生が来てくれないという結果になるため、大学経営陣からのいい意味でのプレッシャーが働く可能性がある。


たとえば、岡山のノートルダム聖心女子大学の教授をしていた、保江邦夫博士などの業績をも見ても、そういう感じがするわけである。この大学は女子大で学部中心の大学であり、大学院生はいない。

しかしながら、保江邦夫博士の著作や業績には素晴らしいものがあり、治部真理博士との研究など逆に東大や京大からは決して出てきそうもないというような研究である。

小さい大学の方が大学スタッフがわずかにいる優秀な大学教授に対する尊敬の念や協力体制などができやすいのは間違いないだろう。


また、(6)は、科学技術基本法が1995年に誕生して、その年5兆円の一部が、私学やマイナーの大学の科学部門にも回ってきた可能性も否定できない。

こういう予算は昔にはあり得なかった。全体的な金額が少なかったからである。


さて、驚くべきは、甲南大が4位ということではないだろうか?

なんで甲南大なの?

おそらく普通の人はそう思うだろう。私も3年前ならそう考えた。

しかし、2年前に杉田元宜博士の研究を知り、その業績を紐解き、さらにその人生を振り返った時、関西地区においては、甲南高等学校、つまり、甲南大学の前進の旧制高校の存在やその重要性をはじめて知ったのである。

杉田元宜博士は、我が国の旧東京帝大出の理論物理学者だったが、戦後、我が国の最初の生命を研究し始めた理論物理学者だった。そして、我が国の「生物物理学会」を立ち上げた人物の数人の1人である。

戦前の小林理学研究所(俗に天才研究所)の一員だった。

この杉田博士は高知の小中と進み、旧制中学の途中から、神戸の甲南高校に編入学したのである。

その時、すでに甲南高校には自然科学専門のコースが存在した。そこで学んだ物理学のことを終生に渡り、自分の受けた最高の教育だったと著書や論文に再三述べている。

杉田博士の著書にもそんな甲南高校の恩師に捧げられている。

だから、甲南大学には自然科学に対する我々の知らない深い歴史があるようなのだ。

その結果が、今回のネーチャーにしっかり出てきたと思われる。

この意味では、関東の北里大学とか、星薬科大学とか、創立において、創立者自身が医学や科学に造詣の深かった人の生み出した大学という、固有の伝統文化を受け継ぐ大学の系譜に入る大学と考えられる。



とまあ、こんなわけで、我が国の東大閥の官僚さんの巣窟である、財務省の太田氏やご都合主義の佐川氏や文科省の前から後ろから氏などに代表されるように、国家公務員組織のいまの体たらくそのものが、学術研究にもきちんと反映してきているという証ではなかろうか?


ちなみに、私はなけなしの金5万円叩いてオープンジャーナルに公表した、杉田先生の研究解説の論文は、もうすぐ1000ダウンロードに到達する。
Kazumoto Iguchi,
"Motoyosi Sugita--A "Widely Unknown" Japanese Thermodynamicist
Who Explored the 4th Law of Thermodynamics for Creation of the Theory of Life",
Open J. Biophysics, 2016, 6, p.125-232 (2016).


このオープンジャーナルというのは、だれでもただでダウンロードできる研究雑誌のことである。普通の上の68誌のような有名研究誌は有料であり、たった10数ページの論文でも30ドルも払わないとダウンロードできないのである。

私はそれに怒って、もうフリージャーナルしか論文は出さないことにしたのだが、その分著者の方に負担がかかるというわけだ。

読者から金儲けする研究雑誌と、著者から金儲けする研究雑誌と2種類存在するのである。

こういったオープンジャーナルはネイチャーの計算には乗らない。


頑張れ、日本!





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by kikidoblog2 | 2018-04-02 15:48 | 普通のサイエンス

世界最小のCPU登場:1mm角にパソコン64台分?→目に見えないドローンの時代が来そうだナ!?   

みなさん、こんにちは。

次はこれ。

INTEL入ってる!

電子計算機=コンピュータは中央演算子=CPUというものがないと働かない。

そのCPUの開発は、結局我が国の半導体産業ではできなかった。

おそらく、これが我が国の半導体メーカーが潰れる結果になった一番の理由だろう。

半導体素子には、基盤となる半導体ウェーハーが必要である。

普通はシリコン半導体が基本になるから、シリコンウェーハーが使われる。


このシリコンウェーハーが電子計算機、PCの最も基本となる。

宇宙で言えば、
いわば、一種の真空状態に対応する。

これはダイヤモンド構造をしている。

シリコンウェーハーは炭素のダイヤモンドと同じ構造をしているのである。

その基盤である真空に対応するウェーハーに、
さまざまの添加物を仕込んで、不純物半導体を作り、トランジスターを作る。

不純物になる原子の価数が、シリコンの価数4より多いか少ないかで、
その半導体が負になるか正になるかが決まる。

正の半導体がP型半導体、負の半導体がN型半導体になる。

この二層構造の半導体がPN型半導体。
中間に中立した中性層を入れたものが、PIN半導体である。

この半導体には増幅作用があり、それがトランジスターの原理になる。


そこで、終戦直後から世界中で、このトランジスターをどこまで小さくし、
どこまで数多くをシリコンウェーハーの上に並べることができるか
を競ってきたのである。

いっそのこと、マクロのコンピュータの構造をこのウェーハーの上に
3Dプリントしてしまったらどうだ?


この発想からIC=集積回路が生まれ、LSIが生まれた。

このシリコンウェーハーの製造メーカーで一世風靡したのが、我が国の
東京エレクトロンだった。

ウェーハーの製造、および、その製作装置を売っていたわけだ。


ところが基盤半導体を作るだけなら、そのうちだれでもできるようになる。

台湾や韓国や中国にその座を奪われた。


一方、CPU製造は世界でほとんど独占。せいぜい一社か二社。

INTELかAMDだけ。

90年代までアップルも独自のCPUを作っていたが、

ジョブズがIntelにシフトし、軍配はインテルに上がった。

代わりにマックは基本的にハードメーカーではなくなり、
ソフトのメーカーに変わったのである。

ここが我が国ではあまり深く理解されていなかった。


CPUとディジタルソフトとユニバーサルデザインとサービス

これしかハイテクで生き延びる道はなかったわけだ。

ゲイツはOSソフト。

ジョブズはOSソフト+デザイン。

IntelはCPU。

アマゾンはサービス。

こうして、分業し、アメリカは生き残った。

しかし、我が国の半導体は見事に遅れて、単なる製造装置メーカーで終わり、
我が国の半導体は衰退の一途をたどる。

それがいま現在である。


さて前置きが大分長くなってしまったが、

かつて一世風靡した我が国の半導体メーカーで工夫された
ロボット化、クリーンルーム化、。。。

こういったものは、いまアメリカやイスラエルのメーカーに残る。

そんなものがYouTubeにあるので、一応ここにもメモしておこう。
以下のものである。

The History of Intel Processors


How a CPU is made?



そして、このCPUのチップとマザーボード、
つまり、昔のマックや自作パソコンでこんなものがあるが、
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これが、1mmx1mmのチップの上にたくさん乗る時代になったようである。以下のものである。

【IT】IBMが世界最小のコンピューター発表、塩粒より小さい ゾンビ攻撃ゲーム可能 ブロックチェーン活用で偽造品対策に期待
2018年03月22日


IBM「世界最小のコンピューター」1mm四方でゲームも実行可能な処理能力
画像は64個のマザーボードがセットになったもの
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記事ライター:iedge編集部
http://iedge.tech/news/3374/

3月19日から、カンファレンス「IBM Think 2018」を開催しているIBMが、現在世界最小のコンピューターを開発中だと明かしました。

詳細情報はまだ不明ですが、今週中にもう少し詳しい情報が出る可能性があります。現状判明している情報としては、コンピューターは1mm×1mmの大きさで、岩塩の粒よりも小さく、製造コストが10セント以下ということです。

上の画像は64個のマザーボードがセットになったもので、それぞれに今回の小型コンピューターが2台搭載されています。

これまでの世界最小のコンピューターは、2015年に発表された「Michigan Micro Mote」で、大きさは2mm四方でした。

今回のコンピューターには、数十万個のトランジスタ、SRAMメモリ、電源用の光起電力セル、LEDと光検出器を使用する通信ユニットが搭載されています。処理能力は1990年のx86チップと同等のレベルで、1993年の名作PCゲーム「Doom」を実行することも可能な処理能力とのことです。

順調にいけば、IBMは今後5年間のうちに、このチップのLEDを1ピクセルのディスプレイとして実用化する見込みです。

また、IBMは今回の発表に伴い、このコンピューターの内部がどのような構造になっているのかを表した動画をYouTubeに投稿しています。

World’s smallest computer


さて、これが何を意味しているか?

というと、この小さいチップの上にすでに巨大なコンピュータがたくさん入ったCPUが
さらに64個も入っているということになる。

つまり、1個のCPU=一台のパソコンだったわけだから、
それが少なくとも64台がこの中にある。

スマホで言えば、1個のCPU=一台のスマホだとすれば、スマホ64個分がこのチップに入っていることになる。

実際には、昔のCPUと違って、1個のCPUにいくつかの区割りがあり、たいていダブルとかクワドロとか2個4個入っているわけだ。

だから、もっと多い可能性だろう。


つまり、いわゆるマイクロチップに入るようなパソコンやスマホがすでにできている。

これですナ。

つまり、ドローンでもマイクロチップよりずっと小さいドローンもできている。

そういう時代に入ってしまったのである。


いずれにせよ、CPUの製作は非常に難しい。

なぜなら、ついに我が国では実現できなかったというように、
内部構造が三次元的から4次元的で、とてつもない頭脳を持っていないと
CPUの製作ができないからである。


こうなると、もう何も考えずに

AIに作らせる。

AI、お前に任せた!

っていうほうが早いかもなナ。

そしてミクロの3Dプリンターを作り、それで、チップそのものをプリントする。

Intelが作ったCPUを全部スキャンして、内部構造を見つけたら、
そっくりにそのままAIに3Dプリントさせてしまう。

このほうが早いかもしれない。


おそらく中国ハイテク部はそういうことをするんちゃうか?

リバース・エンジニアリングである。


まあ、アメリカの技術の基本は、あのロズウェルのエイリアンテクノロジーだから、
エイリアンの協力がある。

だから、アメリカ人でもできた。

我が国にはそういう事件もエイリアンもいなかった。

我が国の場合は日本人の努力の結果。

だから、なかなかこの勝負に勝つのは難しい。



果たして、その内目に見えないドローンで攻撃される日が来るのだろうか?


いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2018-03-22 09:51 | 普通のサイエンス

俺の「春の夜の夢」か「白昼夢」か!?:4年に一度新しい日本国大学を作れば世界が変わる!?   

みなさん、こんにちは。

いやはや、一昨日から昨日にかけて、我が方のブログが北朝鮮によるサイバー攻撃を受けてダウンしていた。というのは、真っ赤な冗談だが、理由不明ながら、使えない状態だった。

おかげで、良い休憩ができた。

さらには、Clifford Truesdellという米数学者が1969年に出版した、
Rational Thermodynamics (McGraw-Hill, NY, 1969)
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(第二版スプリンガー版)

をついに日本語完訳することができた。あとは索引をつければほぼ終了。昨日からその作業に入った。

いまのところ、この本を書籍として出版するかどうかのメドはないので、もし日本語版を希望する人があれば、我が家にはがきでメールアドレスを送っていただければ、pdfをお譲りしてもよい。


こういう海外の著名な本、どうしていままでにだれも翻訳してこなかったのか?

私はいつもそう思う。

なにもそれほど英語力のない私のようなアイデアだけで物理学の世界を生きてきたような人間が行なう仕事ではない。
だから、私からすれば、本来なら一番記憶力や基礎学力の高い東大の学者さんが行なうべきことであろうと思う。

しかしながら、いまは大学の教授や准教授は「自分の仕事」が忙しくて、科学の歴史や、科学の歴史的文献にかかずらわっている時間も暇もないらしい。

なにせ、かの東大の有馬朗人博士が文部大臣の時代の1995年ごろ以降、

政治的には、
文部省と科学技術庁の合併=文科省誕生、科学技術基本法制定

学術的には、
大学院重点化、ポスドク1万人計画、大学の法人化

という大きな歴史的転換期を経て、我が国の科学分野が激変した。
とくに、科学技基本法ができたことは大事件だった。

その頃はあまりその影響の大きさは誰にも分からなかったが、その後の20数年たった今、その結果が現れてきたわけである。

いわば、東大のノーベル賞級の有馬朗人博士の蒔いた種がいま実を結んだわけだ。

はたして、その実が甘柿だったか、渋柿だったか、それがいま判明中というわけだろう。たとえばこれである。
日本、研究費当たりの論文数で12年から連続最下位 主要9カ国調査 研究費の額は3位なのに…

 オランダの学術出版大手エルゼビアは14日、主要国の科学研究費や論文数を比較した結果、日本の研究費は米国、中国に次ぐ3位だが、一定額当たりの論文数では最下位だったとする報告書を公開した。研究への投資が論文などの成果に結びついていない現状が浮かび上がった。

 報告書では、主要9カ国の2012年から16年の官民合わせた研究費を調べ、100万ドル当たりの論文数を計算した。日本は12年から最下位で、論文数の減少傾向が続き、16年は0・7と低迷。1位カナダ(3・8)、2位英国(3・7)に水をあけられ、中国(1・1)や韓国(0・9)にも及ばなかった。

 世界で発行されている全論文に占める、その国の論文数のシェアを12カ国で比べると、日本は12~15年に5位だったが、16年にはインドに抜かれて6位に転落。他国はシェアを維持したり、伸ばしたりしており、日本の減少が目立った。


今回はこういう現象の原因についての私個人の見方をメモしておこう。
興味のない人はスルーを。



(あ)政治的変化

さて、まずその最初の政治的な激変。つまり、省庁再編の結果、文科省と科学技術庁が合併し、文部科学省ができたことがよかったか?

これは、森、小泉時代に誕生した。

ところで、双方いまでは、在日北朝鮮系ルーツの帰化人であることがバレている。

森に至っては、北朝鮮の北方ルート、つまり、石川県を窓口にして、我が国に北朝鮮工作員が入る手引きを行なうルートの代表者である。
北朝鮮最大の金づるはコカインであり、そのコカインルートを作ったのが、中曽根、森のラインだと考えられている。

小泉は先祖は鹿児島に流れ込んだ朝鮮人の鮫島家であり、それが戦前の入れ墨大臣として歴史にその名を残した日本の神奈川鎌倉ヤクザの親分の小泉家の嫁をもらって、政界入りした、れっきとしたリアル北朝鮮人である。

だから、小泉が首相のときに北朝鮮に行けたのである。

また、いま在日韓国人の小室圭が秋篠宮眞子さんに学生時代に手を出して婚姻を迫っているというのも、若き鮫島純一郎がやったことと同じである。

ついでにいえば、かの萩原健一の青春の蹉跌とか、松田優作の蘇る金狼とか、この手のストーリーは戦後我が国に不法入国した朝鮮系の若者が当時やっていたことをネタに小説にしただけのことである。よくある話に過ぎない。

世間知らずで無知の箱入り娘を落すことなど、彼らにはpieace of cake朝飯前なのである。


さて、そんな森ー小泉時代に、いわゆる空白の20年が始まった。

それまでは、土地不動産バブル全盛期であり、1960年代から1980年代まで絶好調の時代になった。このころを描いたのが、松田優作の遺作になったブラック・レインである。
松田優作はいまでいう半グレ、関東連合のような連中を演じた。むろん、本当はみな朝鮮系である。

そして、1990年代と主にバブル崩壊し、日本が奈落の底に落ち込み、徐々に経済状態が悪くなり、沈鬱した社会的空気に落ち込んだ。

こんな時期に省庁再編の機運が起こり、最終的に科学技術基本法が制定されたわけだ。

この何が問題だったか?

というと、マネーである。

それまで土建業に回っていた年5兆円の公共投資。つまり、(田中角栄のおかげでその時代から)地方交付税という形で地方の土建業に回っていた金が、すべて大学キャンパス内に移ったのである。

だから、1990年頃まで、我が国の大学は老朽化し、建物はガタガタ、駐車場も完備されず、ろくにエレベーターもないというのが、我が国の戦前からの大学スタイルであった。

それが、この20年で一新し、建物という建物が刷新し、エレベーターがつき、建築家がデザインし、いまでは大半の有名国公私立大学はホテルのようにきれいになったわけである。

そして、この4月からほぼ首都圏が終わったため、地方の私立大学に一部が回る予定である。
だから、今度は地方の私立大学を中心に公共事業が行われていくようになる。土地があるから、たぶんテニスコートとかサッカー場とかそういう球技施設が刷新されていくだろう。

また、この時期に大学が法人化したため、大学人自らが自分たちで自分の給料をつけることができるようになった。これで、一気に正規雇用と非正規雇用のスタッフとの間に給料格差という別の格差社会が到来した。

つまり、教授の給料が大分増えたが、任期付きの助手やポスドクの給料は据え置き(に近い)程度しか伸びなかった。それでも普通の人よりは大分良いが、任期すぎれば0だから、たいしたものではない。

この結果、私が大阪大学の大学院生の時代には、大学教授のほぼ99%が徒歩通いだったが、いまでは教授クラスはおろか職員レベルまで、ベンツやアウディなどの高級外車で通勤する時代になった。

すると、逆に地方が公共事業がストップし、これまで中高年や若者が旗振りしてバイトしていたものがなくなり、いっきに地方と首都圏(=大都市)との経済格差が生まれた。

これがいわゆる「格差社会の到来」である。
そして、地方の衰退が始まった。
これに応じて、いわゆる「A層」「B層」という呼び方がされるようになったわけだ。

むろん、A層は大学教授や医師や大企業経営者のような富裕層、
B層は年金生活者のような貧乏層をいう。


かつていっしょに貧乏大学院生活をしていた仲間が、あるものは神戸大の学部長になり、あるものは物理学会会長になり、かれらはベンツを乗り回し、我が家が松田の最低レベルのファミリーカーをいまでは1秒光速度の距離30万キロすぎるまで乗り回しているのを見ると、隔絶の感がある。
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(いまは+2000kmすぎているヨ。)




(い)学術的変化

さてもう一方の学術的な面ではどうか?

というと、私が大阪大学の基礎工学部の大学院に入ったころ、1980年頃。
この時代には、社会的にだれにも大学院というものがあるということは知られていなかった。そんな時代である。
たぶん、街の人に大学院を知っている?と聞けば、「えっなにそれ???」と聞き返されただろう。そんなものである。
当時は大学にはだいたい高校生の4人に1人から3人に1人程度の進学率であり、大学院は私が出た理科大では、当時90人中10数人というところだった。阪大でだいたい半分の進学率だった。

だから、1980年代には、大学院を知っているのは、旧帝大に入った学生ぐらいで私立大の人はほとんど知られていなかった。その時代、アメリカはすでにポスドク全盛期を迎えていた。ノーベル賞も総ざらいしていた。

というわけで、アメリカ留学経験のあった有馬文部大臣は、アメリカ型を目指す結果になった。むろん、私も拙著「三セクター分立の概念」(1995)にはそう書いた。

しかし、私はアカデミズムの基本は「少数精鋭」スタイルであり、「裾野拡大」スタイルは邪道だという考えだったが、有馬博士は逆に朝永振一郎と同じく、後者を選んだ。

「裾野拡大」スタイルは一見聞こえは良いが、現実的には「悪貨が良貨を駆逐する」の例えどおりのことが起こるのである。
最初に入れた一匹の蝿、それが増殖するのである。

やはりスポーツも学術も少数精鋭で行くしか本質的レベルアップは難しいのである。

戦前の教育がなぜ成功したかもこれが理由であり、今回の平昌五輪で日本勢が活躍した理由もこの少数精鋭方式のナショナルチームスタイルが成功したからである。

ダメなやつにいくら金注ぎ込んでもダメなのである。注ぎ込んだ分全部別の方に使って霧散させる。

才能のない学者に大金をつぎ込めば、酒、女、ギャンブル、車、旅行、に消費されておじゃんである。

しかし、名目は今流行りの「書き換え」をする。そうならざるを得ないのである。


逆に研究費を投入する側も激変した。

それまでは、文部省と科学技術庁が別だったために、文部省が「科学研究費」、通称「科研費」というものを出した。

一方、科学技術庁は、小保方晴子さんのSTAP細胞スキャンダルで有名になってしまった、理化学研究所のスポンサーであり、その維持がおもな仕事にすぎなかった。

そしてもう一つが、通産省であり、これがいまの経済産業省になったものだが、ここが、別の応用科学向けの研究予算を持っていた。

我が国のいまの光発電の基盤技術のルーツは、この通産省の管轄にあった、工業技術院、その電子技術総合研究所のアモルファス技術研究室から誕生したものである。この部門のリーダーが、田中一宜(かずのぶ)博士であり、この人が米留学中に当時のアメリカで開発中のアモルファス物理を我が国に持ち帰り、このアモルファス半導体の育成を通産省がここで行ったのである。

ちょうど私が1985年のつくば万博の頃、この研究所で3ヶ月ほどアモルファスの実験研究を研修したことがある。この時期には、サンヨー、セイコー、日本ガイシなど多くの企業から内地留学という形で、アモルファステクノロジーを研究習得しにきていたのである。

これが1990年代の空白の10年時代に入り、海外へ流出。韓国や台湾や中国のお家芸になってしまったわけだが、すべては我が国で始まったものである。

ちなみに私がやっていた実験は、アモルファスシリコン-ゲルマニウムの合金系であった。いまでもこの技術を使えば、壁面パネル照明ができると俺は信じている。壁全体を光らせるのである。

文部省時代は、研究費は一律。
つまり、年に教授は200万円、助教授は100万円、助手は50万円、大学院生は20万円。
というように固定研究費が各研究費全部についていた。

これ以外に研究費が欲しいところは、科研費を申請。自分のプロジェクトを「大ぼらふいて」獲得したのである。それでもせいぜい200万円〜500万円程度である。

だから、1980年代までの大学の研究室は火の車だった。特に実験の研究室ではそうだった。
理論研ではまあまあそこそこなんとか十分であった。

これは人文系も理系も医学系も無関係のため、要するに文学や心理学や考古学やそういう研究室もそれなりにこの予算でやっていけたのである。だから、教養部とか、文学部とか歴史学部とか、そういう部門もそれなりに学生を育て、大学に将来的に残すことができた。

また、文部省の予算以外にも、科学技術庁と通産省と厚生省などがあったから、ルートは3つ4つ平行してあったわけである。


ところが、省庁再編により、文部省と科学技術庁が合体し、文部科学省になり、科学基本法ができ、年5兆円の予算が科学分野に回るようになった。

すると、平行チャンネルが統合され、一般研究費がなくなり、科研費だけになった。つまり、すべてが競争的資金しか得難くなったわけである。

こうなると、良い研究者、良い大学の研究室は生き延びるが、地方の研究者は衰退せざるを得なくなった。

例えて言えば、世の中にはたくさんの美人がいるが、その美人は地方でそれぞれ美人としての良い境遇に恵まれたものが、美人の定義がミスコンやテレビキャンペーンで優勝しなければ美人といわれなくなれば、地方の美人さんはいくら美人でも何も得られないということになる。

要するに、物理で言う、増幅現象が起こるのである。まあ、事大ともいうが、物事の枠が狭くなり、結果が引きのばされるのである。麺のようなものだ。

アカデミズムでもこれが起こった。


だから、研究費の総額で言えば、昔よりはるかに研究費が増えたのだが、研究費を獲得できる研究室が激減したわけだ。
研究費総額増大+研究費獲得研究室激減

ところが、研究というものは、人がやるものである。

いくら研究費が増大しようが、研究をする人の質が上がるわけではない。
せいぜいできることは人を雇うことくらいになる。つまり、即戦力の外人を雇うようになる。

すると、結局研究費は分散する。

これまでは地域に分散していた研究費が、いまでは一極集中したその研究室内で分散する。

しかし、チームワークとしてやっているわけだから、研究論文が格段に増えることにならない。
同じ研究テーマで研究しているわけだ。

研究というものはだれかが解明すれば、そのテーマは終了である。
別の問題を探さなければならない。

ところが、研究費が一極集中している。別分野や別問題を研究するものは減っている。

というわけで、総体的に論文数は減る。


1980年代までの我が国なら、東大京大の有名教授も頑張ったが、地方の大学の教授もそこそこ頑張っていた。だから、研究費の割には総体的に論文が増えていたのである。

世界初の赤色黄色発光ダイオードを完成させた、東北大学の西澤潤一博士は低予算ながら、自作装置と巧妙なアイデアで実現したのである。残念ながらいまだノーベル賞をもらっていない。中村修二博士が青色でもらってしまったので、もうもらえないだろう。もらえるとすれば、光ファイバーの発明ということになるが、かなりの高齢になってしまった。

とにかく、こういう地方の発明工夫や孤軍奮闘がなかなかできにくくなったのである。

そして、それがちゃんと結果としてデータにも出てきた。それが最初のニュースのデータである。


もっともそういう問題は、1991年に公表し、その後1995年に本にした拙著の「三セクター分立の概念」にすべて書いてあることである。あるいはその後に出版した「何が科学をつぶすのか」に書いてある。


要するに、現存の大学に予算投資するのではなく、いまは存在しない新しい大学を作ることなのである。

日本に8個。旧帝大クラスの大学を作る。だいたい一つに2兆円クラスをかける。
2年〜4年に1か2個程度のスピードで、これまで帝国大学のない場所に総合大学を作る。
同時に地方の大学を統廃合していく。

これを20年〜30年かけて行なう。

こうすれば、我が国は大復活するんですナ。

こういうことを私がこのテーマの論文を出した1991年頃からやっておれば、
ポスドク問題もなければ、いまの森友学園や加計学園問題も起こらなかった。
なぜなら、新しい総合大学には獣医学部もできたはずだし、幼稚園や保育園も衛星学園としてできたはずだからだ。
お母さんたちも、大学の附属幼稚園の方が得体の知れない民間幼稚園よりは良いだろう。

アメリカには、私が留学した時代で、2000の大学があった。いまは5000あるといわれている。
なぜか?

人口が2億から3億に増えたからだ。もちろん、大半が「移民」である。

我が国は減った。だからこそ、弱小私立大学をめったやたらにつくるのではなく、
旧帝大に負けず劣らず、あるいはそれ以上の近代的な総合大学を
まったく新しく作っていくのである。

新しい大学には新しい考え方の博士が集まる。
よって、それに惹かれた新しいアイデアを持つ若者が集まる。

これを長期計画で、あたかもオリンピックの開催のように、4年に一度のペースで、作っていく。

俺が夢見るのはそんな国家ですナ。


まあ、1990年ユタで夢見た俺のアイデアは、いつも毎年春の夜の夢と終わる。
あるいは、狂人の白昼夢に終わる。




いやはや、世も末ですナ。






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by kikidoblog2 | 2018-03-19 09:38 | 普通のサイエンス

偉業:数学者望月新一博士のABC予想の証明ついに認知される!   

みなさん、こんにちは。

反日左翼通称パヨクの代表的新聞紙になったアカヒ新聞。しかし、もともと権威主義者なのか、あるいはもともと唯物主義者なのか、たぶん後者なんだろう。

が、この朝日新聞は、ノーベル賞やフィールズ賞のような国際的に名の知られた表彰については、我が国の新聞の中でも一番食いつきが早い。

というわけで、ノーベル賞受賞の公表とか、数学のフィールズ賞の受賞とか、結構リアルタイムで取り上げることが多い。

そんなわけで、今回も京都大学教授の望月新一博士の偉業「ABC予想の証明」の確証のニュースも朝日新聞が一番早そうだ。以下のものである。

数学の超難問・ABC予想を「証明」 望月京大教授
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 長年にわたって世界中の研究者を悩ませてきた数学の超難問「ABC予想」を証明したとする論文が、国際的な数学の専門誌に掲載される見通しになった。執筆者は、京都大数理解析研究所の望月新一教授(48)。今世紀の数学史上、最大級の業績とされ、論文が掲載されることで、その内容の正しさが正式に認められることになる。
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 望月さんは2012年8月、論文を自身のホームページ上で公開。数理研が発行する数学誌「PRIMS」が、外部の複数の数学者に依頼し、間違いがないか確かめる「査読」を続けてきた。同誌は研究者の間で一流の国際数学誌と評価されており、早ければ来年1月にも掲載が決まる。

 数学の難問の証明としては、「フェルマーの最終定理」(1995年解決)や「ポアンカレ予想」(2006年解決)などと並ぶ快挙。数学のノーベル賞といわれる「フィールズ賞」が与えられた過去の業績に匹敵するという。

 ABC予想は、整数の性質を研究する「整数論」の難問で、85年に提示された。整数aと整数bの和がcのときに成立する特別な関係を示す。

 望月さんは、19歳で名門・米…


まあ、簡単にこの望月新一教授のことを表現すれば、

神に選ばれし者

という感じでしょうか。

将棋の羽生さんとか、藤井四段とか、そういう人たちと似た感じの人ということになる。

昔で言えば、岡潔や南方熊楠。

本人の努力ももちろんだが、もともとの器のスケールが違う。

とにかく、偉業の追試、追証明が完了し、その正しさが認められたというのは素晴らしい。


ところで、私のここのブログ1にはいくつか望月先生のことをメモしてきたので、一応この際再掲しておこう。以下のものである。

2012-09-19 21:47京大望月新一博士「ABC予想」解決の快挙!:でももっと快挙はその出身高校の方だヨ!

2012-09-21 21:27「abc予想」とはこんなもの?:望月新一博士はグロタンディークの後継者のようだ!?

2013-02-08 15:43YouTube講義の時代!?:いい講義とはかくあるべし?

2014-05-26 10:22湯川秀樹の「素領域の理論」を完成した男、保江邦夫博士:2つの「大どんでん返し」!?

2014-05-28 18:55「宇宙は不連続」と考えた人たち:リーマン、湯川、岡潔、グロタンディーク、保江。


リアル天才。

若い頃ワイルドな欧米の世界最高峰に武者修行に行く。

そして何かを見出したら母国日本に戻りそこで頑張る。


これが人間という生き物の一つの出世パターン、成功パターンですナ。


いずれにせよ、もし望月新一教授が東京大学に戻ったとしたら、こういう偉業は忙しすぎて無理だっただろう。

いまは雪江明彦教授(私と同じ高校の同級生だった)も京大に移ったし、京大は再びまた数学のメッカに返り咲いている観がありますナ。

もっともそんな京都も害人旅行者だらけでうるさくなって困るのかもしれないが。


我々学者は人様と話すより、一人で閉じこもり、思索や勉強や読書に明け暮れるから、生活費と場所と時間さえれば、どこでもできるわけである。

問題は、研究者の生活費が、教育や指導に対する対価としてしか得られないというのが、世界中のアカデミズムを退化させてきた原因なのである。

翻って、その昔のガリレオ、ニュートン、オイラー、フェルマーの時代、学者はモーツアルトのように王族の金持ちのパトロンがいた。

金持ちが一級の学者に資金援助し、研究を続けさせた。だから、進歩したわけだ。

教育は第一線を退いたもの、あるいは、第一級の才能には恵まれないもの、そういうものが行うべきもので、最高の才能に生活費の代わりに教育の義務を置けば、才能は時間を浪費しているうちにあっという間に最高の円熟期を逸してしまう。

サッカーで言えば、メッシやロナウドに毎日後進や子供の指導に明け暮れさせたら、指導者で終わってしまうわけだ。

トップにはトップの仕事があるわけだから、それをできるように環境を整えなければならない。

むろん、プロサッカーではプロリーグがあって、そういうものができているわけだ。

が、科学分野ではこういう部分が非常に曖昧で、一流の学者にも学生指導させたり、研究と教育というように両方を一人に義務付ける。これが我が国の文部省時代からの名残で、文科省になってもまったくそのままである。

一流プレーヤーが良い指導者になれるとは限らないように、天才科学者が良い教育者になれるとは限らない。元来、研究と教育は別のカテゴリーに入るものなのである。

しかし、一流がいなければ、そもそもその分野を教育する理由もなくなるだろう。偽物が適当に教育の真似事をすればいいからだ。昔のサッカー界のようものである。


我が国では、終戦後、運良くノーベル賞でもとると、別格扱いになり、その人を称える特別の研究所をあてがわれ、受賞者本人はその研究所の所長となって、自由ができる反面、所員管理で忙しくなる。

仁科芳雄博士と理化学研究所(東大)
湯川秀樹博士と基礎物理学研究所(京大)
朝永振一郎博士と東京教育大(筑波大の前身)
福井謙一博士と基礎化学研究所(京大)
小出裕章博士とカミオカンデ(東大)
梶田隆章博士とスーパーカミオカンデ(東大)
山中伸弥博士とiPS細胞研究所(京大)


こういう流れからすると、望月新一さんの場合はどうなるのだろうか?

京大の数理解析研究所がそういう扱いになるのだろうか?

もっともすぐにハーバード大とか、プリンストン大とか、スタンフォード大とかからオファーが来て破格の扱いで望月博士を横取りされてしまうかもナ。


いずれにせよ、次の最大のテーマ、「リーマン予想の解決」に向かってほしいものである。

望月新一さんなら可能なのでは?

すでに我が国の宝ですナ。

頑張れ、日本。


おまけ:
ところで、この望月新一教授には別にブログなるものがあるようだ。以下のものである。
新一の「心の一票」

ちょっと話が変わりますが、一昨年(=2015年!)の10~11月、静岡の親戚を訪問した際に、静岡県の「望月」と長野県の「望月」の関係や違いがちょっとだけ話題になりました。私も、(ちょっと意外なことに)先方も、このようなテーマについては深い専門的な知識があるわけではありませんが、長野県は「望月町」という場所が(少なくとも昔は)ありましたし、長野県の方が古いという話をしました。一方、長野県での苗字別の人口分布をネットで調べると、「望月」は何と92位(!)であるのに対し、静岡県でも山梨県でも(静岡県の場合は、「鈴木」、「渡辺」、山梨県の場合は「渡辺」、「小林」に次いで)堂々の3位であるだけでなく、(私の親戚が代々暮らしている)静岡市では、(ダントツ!)1位なんですね。実際、現地へ行ってみると、初めての人は驚くと思いますが、すごい「望月王国」なんです。

。。。。。

後、もう一つ以前から強く感じていることを書きますと、自分の数学の研究(=遠アーベル幾何や宇宙際タイヒミューラー理論等)を巡る社会的な状況、つまり、国内外の多くの数学、あるいは数論幾何の研究者から見て、

   数名の協力者で固めて築き上げた
  「隔絶した異世界=一種のガラパゴス」

を私が数十年掛けて創り上げたことも、上記の静岡県の「望月」を巡る状況を生じさせたのと、同系統の遺伝的傾向・志向の現れではないでしょうか。
保江先生のブログもそうだが、個性的で面白い。




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by kikidoblog2 | 2017-12-16 11:09 | 普通のサイエンス

ノーベル中村さん 「日本は〜〜」:「ついに中村修二さん、日米の社会の違いに気がついた!?」   

みなさん、こんにちは。

さて今回は普通の科学の話だから、興味ない人はスルーを。時間の無駄になる。

昨日偶然以下のノーベル物理賞学者となった中村修二さんの記事を見つけたんだが、ちょっと面白い点があるので、一応メモしておこう。

その前に私と中村修二さんの関係について。

1996年。私はこの年の4月にここ四国徳島の阿南市にやってきた。当時理研の基礎特研を任期満了して生まれて初めて国内の海を超えた。(註:むろん、住むという意味。九州にも北海道にもすでに旅行は学会参加で行ったことはあった。)

その頃、私は日本物理学会誌、日経サイエンスなどに投稿していたから、日経サイエンス編集長だった人とメール上(だったか電話だったか)の知り合いになっていた。その人の推薦で、当時阿南で職探しを始めた私へのアドバイスとして、日亜化学という会社に中村修二という技術者がいるから、一度会ってみたらどうかという話になり、会えるようにセッティングしてくれた。

それで、1996年の真夏。私は日亜化学へ自転車で出かけた。ショートパンツにポロシャツである。

当時中村さんは日経サイエンスに本格的な青色発光ダイオードの研究成果を発表し、我が国の学者の間で徐々に知られる存在になっていた。

そんな中村さんが出迎えにきてくれ、会社内を案内してくれたのである。ついでに上司2人ともいっしょに私も含めて4人でいろいろと世間話をした。

その時に、私は当時たった一冊だけ自費出版した「三セクター分立の概念。。。」を2冊持っていき、会社の人と中村修二さんに1冊ずつ手渡したというわけだ。また、それまでに公表していた物理の論文も一応手渡した。

向こうは背広の2人に作業着の中村さん、私は(たしかピンクの)ポロシャツに半パンだったから、違和感はあったが、最初は中村さんとは正式の面会というより非公式な面会と思って日亜へ行ったから、成り行き上、まあしょうがなかったわけだ。(ちなみに、この時代まだ男がピンクを着るというのは例外だった。いまではサッカー選手のメッシもピンクのユニフォームを着るようになった。)

その構内を案内していただいた時に
「まだ青色LEDの信号機は世界でたった一箇所しかなく、それは徳島市の一箇所で試験的に運用されているもので、あとはこの構内のあの信号機だけだよ」
といって説明してくれたのである。

あれから21年。いまや全世界に拡がった。

そして、お別れの最後のときに、私は中村さんへ

「中村さんが思っているほどアメリカの科学界は悪くないですよ。ぜひアメリカに一度行ってくだい。きっとアメリカの良さがわかりますよ」

というようなことを言ったのだ。

むろん、私は同じことを私の本を渡すときにも言ったのだが、そのときには中村さんは

「アメリカなんて馬鹿ばかりで、あんな国どうしようもないですよ」

というような話をしていたわけだ。

まあ、1996年の話だが、この前後の時代、中村さんは日本礼賛、アンチ米国だった。

もちろん、ほぼ同じ年代に中村さん自身一度米国のオハイオ州立大学に会社からの派遣で1年留学している。その時の経験の悪さや居心地の悪さは自分の初期の著作でちゃんとお書きになっている。

しかし、この時に学んだMOCVD装置(有機金属気相成長法)が土台となり、そこから「二気相MOCVD」装置を作り、窒化ガリウム(GaN)の基盤づくりに成功したのである。そこからついに高輝度青色LEDの開発に成功したわけである。


というわけで、我々は一般的には無名時代(もっとも私はいまだ無名のままだが)に出会って知り合いになっていたわけである。


さて、その時私が手渡した拙著についてはすでにさまざまな場所でメモしてきた。最近ここにも再掲した。以下のものである。
日本人の米国留学8位に減った!?:政府マスゴミ「もっと行け!」俺「いい傾向じゃないだろうか!」

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三セクター分立の概念
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概念図
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これを書いたユタの下宿にて(1990年8月)
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(若かったな。一番上の原稿がそれ。下から三段目の赤いファイルが私のPhD学位論文。)


というわけで、だいぶ前置きが長くなってしまったが、このことが頭にないと、以下の中村修二博士の言っていることの意味がまったく理解できないことになる。(下のその記事の掲示板のコメント氏たちがその例で、まったくこの違いがいまだにわかっていない。

逆にあれから21年経って、その後中村修二さんが、日亜特許裁判を起こして米国へ移住してから、このようにやっと日米の社会構造の違いがわかってきたのだと思う。

【日本の科学】ノーベル物理学賞受賞の中村氏 「日本は研究者から選ばれない。上意下達が過ぎる」
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ー米国学術界の状況は。

 「米国は基礎的な研究は国の資金にサポートされているが、工学系の研究室はほとんど民間資金で運営している。国のサポートは小さく、民間から資金を集められなければ研究を続けられない。工学系の教授の50%は自分の会社を持っていてほぼ100%が企業向けにコンサルしている。教授はベンチャー経営者のようなものだ。企業へのコンサルで接点を作り、共同研究の資金を集める。これを原資に研究体制を整える。私はベンチャー2社を経営しているが、多い方ではない」

 「我々は教授4人のチームで研究センターを運営しており、教授一人約10人のドクターコースの学生を雇っている。私は年間で約1億円集めないと研究室が倒産する。このためチーム全体では年間4億円を集めている。窒化ガリウム系デバイスの研究では私たちが米国1、2位の規模になる」

 ー2000年に渡米した直後から営業回りができたのでしょうか。

 「始めからできたわけではなく、同僚の教授に助けてもらった。普段は2人か3人で企業を回り、共同研究を提案している。企業がどんな研究なら納得するか、産業界出身者でないと勘所がわからないだろう。実際、工学系の教授は企業経験者がほとんどだ。米国の教授はスポンサーを探して世界中を飛び回る。私はサウジアラビアやロシア、マレーシアなど可能性があればどこにでも飛んで行く。米国研究者にとって中国企業はいい顧客になった。研究成果が出れば、真っ先に企業に次の共同研究を提案しにいく。学会は招かれれば講演するが発表は学生に任せる」

 ー企業との共同研究で学生を教育できますか。

 「大学の仕事は学生を育てて、論文を書かせることだ。そのため秘密保持契約(NDA)は、できるだけ結ばない。NDAを結んだら成果を発表できず、学生の業績にならない。共同研究の成果物は特許だ。特許の実施権を提供して納得してもらっている。研究費は年間約1億円にのぼる」

 ー日本では工学系が産学連携で研究資金を稼ぎ、間接経費として大学に回すというシナリオが期待されています。

 「工学系の資金が理学系に流れることは、まずないだろう。米国でも国からの研究予算は、その40-50%を間接経費として大学本部に収める。だが民間企業は費用対効果に厳しく、企業は無駄金を払いたがらない。大学側も寄付金などの形式にして間接経費の規定に触れないように対応している。原則は認められないはずだが、大学の法務部門も柔軟なパスを用意しているのが普通だ。制度こそあるものの、すべて交渉可能だ。また大学への寄付は企業にとっては節税になる。億万長者が自分の名前を後世に残すためにビルを建てたがる。ミシガン大学などは、建設用の敷地が足りないと担当者が漏らすほど寄付が集まっている」
 
 「米国では政府は大学の経営に口を出さない。日本では大学が一つ一つ文部科学省にお伺いをたてて、官僚主義で検討もされずに認められない。米国の研究者は自由だ。実力があれば資金を集め、大学と交渉していく。そしてスポンサーとなればロシアや中国など、米国の仮想敵国にさえ通い詰める。日本の大学は日本の企業だけ相手にして、チャンスをつぶしている」

 ートランプ政権で研究環境は変わりましたか。

 「新大統領はグリーンエネルギーを信じていない。ファンディング機関のエネルギー高等研究計画局(ARPA-E)を解体すると明言し、2000-3000人の職員が職探し中だ。ただ慣れたもので起業する人、大学や産業界にポストを求める人、さまざまだ。私の研究プロジェクトは完了まで資金が続くことになっているが、業界としてはしばらく落ち着かないだろう」

ー大量リストラで日本にも人材が来るかもしれませんね。

 「日本は選ばれないだろう。最近、給料を増すからと東大に引き抜かれた同僚が1年で帰ってきた。『あんな共産主義国では研究できない』と漏らしていた。京大に准教授としてスカウトされて帰ってきた研究者は、『同じ研究室にもかかわらず教授との面会にアポが必要。直接連絡がつかない』と嘆いていた。日本の研究室は上意下達が過ぎる。米国は学生と教授が対等だ。もし研究で不正を強いれば、裁判になり、自分の首が飛ぶ」

 「日本は職位や性別、年齢、健康で差別がある。企業も採用試験で研究内容や専門性ではなく、部活動や趣味など、課外活動について尋ねる。研究者や技術者の人事選考で研究以外の経験で人物を選ぶ国だ。研究者や科学技術を尊重する社会ではない」

 「そして官僚主義がまん延している。私はノーベル賞の際に米国の市民権を取ったことを話した。すると二重国籍は問題だと日本のパスポートは更新できなくなり、取り上げられた。同僚の在米ドイツ人研究者はノーベル賞受賞を機に特例で二つ目のパスポートが贈られた。ドイツも二重国籍を認めていない。日本の社会はノーベル賞に狂喜するが、日本の政府は官僚主義だ。この対応の差に同僚たちも驚いていた」

 ー研究者を目指す若者へのメッセージを。

 「工学系を目指す若者は、まず日本から出ることだ。そして企業を経験することを薦める。ただ日本は半導体や家電、太陽電池など、どの産業も地盤沈下している。学術界も産業界も沈んでいく国に留まり、それでも支援を求めて国にすがりつく日本の大学研究者にどんな未来があると思うか。若者には自分の脚で立ち、生き抜く術を身につけてほしい」

 「本来、こんなにも悲惨な状況に置かれていて、米国なら市民が政府を訴える。このインタビューは日本で読まれる限り、私の言いっ放しになるだろう。官僚や政治家、市民、日本は誰も動かない。米国なら司法を通じて市民が社会を変えることができる。日本は何も変わらない。それが当たり前だ、仕方ない、と思っているから沈んでいるということに気が付くべきだ。一度すべて壊れなければ、若い世代が再興することもできないのだろう」(聞き手=小寺貴之)』


まあ、米国から日本の大学へ行ってその後また米国に戻ったという学者が言ったとされる言葉からすると、その連中もまだこの日米の社会構造の差は認識できていないのだろう。

米国では、学者社会と政府官僚軍隊社会と企業社会は別物である。三者三様の形態を持っている。

しかしながら、我が国では、学者社会にも国立と公立市立との二分化があり、国立大学はいくら大学法人となったとしても、まだその中には昔の国立大時代に教育を受けた学者が教授として君臨する。つまり、末は博士か大臣かの名残を持つ学者がいるわけだ。

つまり、まだ国立大=官僚組織のままなのである。

むしろ、大学法人化して以来、官僚が大学の理事や学長として天下るようになった結果、物事はより一層官僚化したにちがいない。

つまり、我が国の研究社会においては、大学法人化は理想の目指すべき形からは180度逆方向へ動いた。
すなわち、本来は大学社会は政府官僚社会から自由で独立な組織になるはずであるとして生まれたものだったのだが、それが天下りをとることにより、ますます以前以上に官僚組織化したのである。

あらら〜〜。


というわけで、大学内で研究者同士がアポとらないと秘書がとうしてくれなくなった。

ところで、組織が官僚化すると秘書が非常に若くて美人でセクシーになる。
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最近の大学秘書はエロチックな美人ばかりである。昔の国立大時代のようなその辺のおばはんがいない。

きっと前川元文科事務次官のように、少女出会い系バーに行って貧困女性の研究しているからなんでしょうナア?文科省事務次官からのお達しなんでしょうナア。

俺が行く(天下る)部署の秘書は若い美人にしておけってサ。


まあ、留学は自己責任。ハイリスク・ハイリターン。良いこともあれば悪いこともある。

成功するしないはあなたの心がけとオツムしだいというわけですナ。

まあ、中村さんの場合、最初は博士じゃないから邪魔者扱い。次はノーベル賞候補だから神様扱い。両極端を経験したわけである。

だから、あまり正確に留学を説明しているとは思えない。が、だれしも一生に何度かの経験だから、それは腹八分目に聞いておくのが良いだろう。

何事も時代とともに変わる。

我々が留学した1980年代といまは全く異なる。

かつては物性のメッカ、IBMワトソン研究所や、ATTのベル研があった。

しかし、いまやベル研は廃止されて廃墟となり、逆にネットワーク研究所のようなものができている。


まあ、俺の個人の意見では、そろそろ我が国は外交は一切しないことにして、つまりすべての国と国交断絶して、鎖国政策に移るのも面白いんじゃないかと思う。

ついでに、海外にいる日本人もすべて撤収。強制帰国。

外人や帰化人や在日は全部国外追放。

ついでに、戦後憲法も追放。

自己防衛する。


うまい日本食が食べたい外人や旅行者が泣きを入れるだろう。

外人「もう京都見せてくれないの?」

日本「もちろん。自分でリトル京都つくれや!」

外人「もう日本のアキバに行けないの?」

日本「もちろん、自分でリトルアキバつくれや!」

外人「もう和食食べれないの?焼き鳥も?」

日本「もちろん、自分でリトル和食、なりすまし朝鮮めしで我慢しろや!」

外人「。。。。」

日本「自業自得さ」


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
ちなみにこの中村さんにはアスペルガー説がある。あまり人間関係が得意ではなく、人の気持が理解不能だとか。まあ、ノーベル賞は過去の業績だけだから、キチガイやサイコパスも受賞しているし、変人奇人ばかりが受賞している。だから、別にアスペルガーがもらってもなんの不思議もない。







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by kikidoblog2 | 2017-11-24 09:54 | 普通のサイエンス

自己構築する機械の時代!?:AIは古い。すでに世界は次世代を狙っている!?   

みなさん、こんにちは。

偶然YouTubeでこんなものを見つけたので、一応メモしておこう。

自己構築する物をつくる事は可能か?
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お笑い - おもしろ - 自己集合する小さな立方体


ところで、ここで問題になっている「自己組織化」とはこんなもの。

Assembly of Human Papilloma Virus Virus-Like Particles


要するに自分自身で自分を構築していくシステムをマクロなシステムで作れるかという挑戦である。

が、ミクロなシステムにおける自己組織化の理論はまだ完成していないんだけどな。


本末転倒になっている観がある。



いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-10-11 19:35 | 普通のサイエンス

脳科学者【中野信子】さんの「脳の話」:なかなか面白いですナ。   

うそこメーカーで発見:「人類愛100%」の愛の男!

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うそこメーカー「脳内メーカー
ジョーク一発「脳内メーカー」で見る政治家の「脳内イメージ」1:まず政権与党から


みなさん、こんにちは。

脳科学者というと、たぶん真っ先に茂木健一郎を思い出すだろう。

私が理研にいたころ、彼は理論物理から脳神経系の理論の研究をしていた。だから、脳科学者といっても理論物理学者で脳を研究テーマにしている研究者ということができる。

また茂木が無名の頃、保江邦夫博士とつるんで脳の研究をしていた時代があったと聞く。この時代、もともと素粒子理論物理学者や高エネ理論物理学者であった保江邦夫博士もまた脳の記憶の研究を理論物理学の立場から研究をされていたと聞く。

このように、理論物理から脳研究に転向した人は数知れない。

逆のサイドとしては、医者から脳研究に入ってきた人もいる。脳卒中や認知症などの症例を解決しようと考えて、解剖学的に脳を研究する立場から、脳科学者になった人である。

脳はあくまでも研究の1つの対象にすぎないから、研究者の過去の経歴により、物理、化学、工学、生物学、分子生物学、情報科学、コンピュータ学などさまざまな背景や立場から研究されているわけだ。

ところで、高エネ物理、場の理論などの分野から脳研究に入った人の多くは、もはやこの地球上では素粒子理論のエネルギー領域で実験することが不可能だから、やることがなくなり、他の分野に転向せざるを得なくなって、その一つの対象に脳を見たという人も多い。

簡単にいえば、素粒子や相対論ではもうやることがないから、別の分野に進出したというわけだ。


保江邦夫博士とその弟子の治部真理さんの理論は、脳細胞どうしの通信を脳内の特殊な電磁場を通じて行うという理論である。これをある種の光と考えた。脳内エヴァッセント光というものである。

こうして、脳は脳内の光を通じて交信し、それを脳細胞にあるマイクロチューブルという物質に記憶する(のではないか)というのが彼らの論説である。

だから、一般に電磁場はその発生部位の外部にも広がることができるから、脳も例外ではなく、脳の外にも電磁場は広がり得ると考える。ゆえに、脳外に広がった電磁場を通じて無言の意思疎通も可能だと考える。

これに対して、意外にも脳細胞を研究する実験家の方が、還元論的、細胞学的なものの見方に流れ、脳の機能は脳細胞のシナプスとシナプス結合の際の神経伝達物質やセンサーの問題にすぎないと考える物が多い。

だから、脳の機能は脳内のごく一部に局所化していると考えやすい。

一般に脳科学者というと、後者の立場のものを想定しているといえるだろう。


これに対して、さらに脳はあくまで一つの受信機にすぎないという考え方もある。

これはデービッド・アイクや多くのスピリチュアリズムの人たちに見られる。脳はこの自然界のさまざまな波動を受ける一種の受信機であり、脳活動はあくまでその補助にすぎないと考える。つまり、原因ではなく結果、すなわち現象にすぎないと考える。


まあ、脳はそれほどまでに難しい魅力的な問題なのだが、たまたま見つけた美人脳科学者として有名な中野信子博士の話が意外に面白いので、一応それをメモしておこう。以下のものである。

【中野信子】〇〇〇〇の状態が続くと海馬が委縮し記憶力が悪くなる#中野信子 脳科学者#


【中野信子】脳は○○すると再生する!脳はいったい何で出来ているのか?


【中野信子】脳をボケさせない簡単な方法!気持ちの良い物を探せ!?


【中野信子】記憶力には2種類ある!大人になってからの記憶力の効果的なしつけ方★五感をフル活用せよ!

中野信子 すぐ怒る人は頭が悪い 争いが起こるコミュニティは知性レベルが低い?


他多数


むろん、信じる信じないはあなた次第ですゾ。


それにしても、YouTubeを見させるために、「〇〇すると〜〜〜」というタイトルはめんどくさいネ。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-10-11 08:36 | 普通のサイエンス

ノーベル物理学賞に最も近い日本人:ハイゼンベルグの不確定性原理を超えた「小沢の不等式」   

みなさん、こんにちは。

最近は気がついたときにメモしておかないとすぐに忘れてしまったり、他のことに気をとられてしまうから、忘れにないうちにここにメモしておこう。


今回のノーベル物理学賞はアメリカの重力波検出装置LIGOを作り出したリーダー3人に与えられた。

のべ1000人以上の関与がある大プロジェクトだから、予算も人件費も大きく、ノーベル賞を取らなければ引っ込みがつかない。反対派から銃殺されかねない。そういうものだった。

ところが、実はこのプロジェクトの実現にあたり、たった一人の日本人の極めて重大な関与があったという。

それは、ひょっとしたら岡潔博士以来の天才かも知れない数学者の小沢正直博士である。これに関してメモしておこう。

この小沢博士の業績やその歴史的変遷に関して短くかつ比較的正直な記事があった。以下のものである。

(あ)産経の記事
ノーベル賞「重力波」に陰の立役者 名大・小澤正直特任教授、物理学の定説覆す理論で貢献
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 今年のノーベル物理学賞の受賞研究となった重力波の検出。米国の観測施設「LIGO(ライゴ)」チームによる歴史的な偉業を理論面で支えたのは、数学者で名古屋大特任教授の小澤正直氏(67)だった。

 重力波の直接観測は、アインシュタインが残した「最後の宿題」といわれる。小澤氏は1980年代に当時の物理学界の「定説」を覆し、宿題の解き方を理論的に示した。

 アインシュタインの一般相対性理論では、質量がある物体が存在すると時空のゆがみが生じ、物体が運動すると時空のゆがみはさざ波のように、光速で宇宙空間を伝わっていく。

 ただし、遠い宇宙から地球に届くさざ波はとてつもなく小さく、地球と太陽の距離に対して水素原子1個分ほどのかすかな変化を捉えなければならない。

 LIGOチームは、ブラックホールの合体によって13億年前に発生した重力波の検出に成功したと、昨年2月に発表した。レーザーの干渉を利用してかすかな距離の変化を検出する巨大な観測装置が、ついに時空のさざ波を捉えたのだ。

 数学者である小澤氏による理論的な裏付けがなければ、重力波の直接観測は大きく遅れただろう。30年ほど時を遡(さかのぼ)る。

 80年代半ばまで、ドイツの物理学者ハイゼンベルクが提唱した量子力学の「不確定性原理」から導かれる観測精度の限界(標準量子限界)があると信じられていた。LIGOが採用した干渉計型の装置では重力波観測は不可能だとする考えが、当時の物理学界の圧倒的主流だった。

 「その問題は、すでに私が解決済みだ」

 86年、東京で開催された国際会議で小澤氏は手を挙げた。「干渉計型でも観測精度の限界を破る方法があるはずだ」と主張する米国の研究者の講演後のことだ。

(以下省略)



(い)日経サイエンスの記事

物理学の常識に挑む数学者 小澤正直
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 「ハイゼンベルクの不確定性原理は,破ることができる」。数学者,小澤正直は,80年間に亘って信じられてきた現代物理学の基本中の基本を静かに,だがきっぱりと否定する。

 1927年にウェルナー・ハイゼンベルクが提唱した不確定性原理は,新たな世界観を打ち立てた。観測という行為は,見られる側の状態を決定的に変えてしまう。だから物体の状態を完全に知るのは不可能で,見る前の状態は本質的に不確定だとの見方だ。ハイゼンベルクはこの新たな世界観を美しい式で表した。「物体の位置の測定誤差と測定で生じる運動量の乱れの積が,常に一定の値以上になる」という式である。物理の教科書の最初に載っているこの式の意味は「位置の測定誤差をゼロにしようとすると,運動量の乱れが最大になる。だから誤差ゼロの測定はできない」ということだと,学生たちは教わる。

 だが小澤は,ハイゼンベルクの式には重大な見落としがあるという。観測される側の物体がもともと備えている量子ゆらぎと,観測によって物体の状態に生じる乱れを混同しているのだ。両者をきちんと分けて考えれば,ハイゼンベルクが見落とした可能性が見えてくる。測定される物体の状態と,測定誤差や測定によって物体に生じる乱れとの間に相関があるような測定なら,「誤差ゼロ」の測定も可能になるのだ。ハイゼンベルクの式は,あらゆる観測について常に成り立つ式ではない。

 小澤はハイゼンベルクの式を修正し,どんな測定でも成り立つ一般式に書き直した。ハイゼンベルクの元の式に,測定する側とされる側との関係を表す2つの項を付け加えたものだ。測定誤差がゼロでも,ほかの2項の値をうまく選べば不等式を満たすことができ,誤差のゼロの観測が実現できる。

 小澤の提唱は当初ほとんど注目されなかったが,次第に風向きが変わり始めた。きっかけは量子情報科学の進展だ。量子力学の不確定性を活用した未来技術である量子コンピューターや量子暗号通信は,観測によって素子やデータの状態が変わることが,目的の計算や通信を行う上で重要な意味を持つ。その研究には,測定の限界を厳密な形で与える式が欠かせない。小澤のもとには,小澤の式を実験で検証したいという実験家が連絡してくるようになり,招待講演の依頼も舞いこむようになった。「我々は今まで,不確定性原理を本当の意味で理解していなかったようだ」と物理学者の細谷曉夫は瞠目する。

 将来,量子情報科学がどんな物理学教科書にも普通に載る日が来るかもしれない。その時最初のページには,ハイゼンベルクではなく小澤の不確定性原理の一般式が記されているはずだ。

 記事の無料ダウンロードはこちら→物理学の常識に挑む数学者

ハイゼンベルクの不確定性原理を破った! 小澤の不等式を実験実証

 「小澤の不等式」。数学者の小澤正直・名古屋大学教授が2003年に提唱した,ハイゼンベルクの不確定性原理を修正する式です。小澤教授は30年近くにわたって「ハイゼンベルクの不確定性原理を破る測定は可能」と主張し続けてきましたが,このたびついに,ウィーン工科大学の長谷川祐司准教授のグループによる実験で実証されました。15日(英国時間)付のNature Physics電子版に掲載されます。

 小澤の式とはどんなものでしょうか? まず,物理の教科書をおさらいすると,1927年にハイゼンベルクが提唱した不確定性原理の式は,こんな形をしています。

  ε(q)η(p) ≧ h/4π  (hはプランク定数,最後の文字は円周率のパイ)

ε(q)は測定する物体の位置の誤差,η(p)は位置を測定したことによって物体の運動量に生じる乱れです。もし位置が誤差ゼロで測定できたら運動量の乱れは無限大になり,測定してもめちゃくちゃな値がランダムに出てくるだけです。だから位置と運動量をともに厳密に決める測定はできないと,これまでずっと物理の学生は教わってきました。

 現代物理学の基本中の基本とも言えるこの式に,小澤教授は1980年代から異を唱えてきました。2003年にはハイゼンベルクの式を修正する「小澤の不等式」を提唱しました。こんな式です。

  ε(q)η(p) + σ(q)η(p) + σ(p)ε(q) ≧ h/4π

ハイゼンベルクの式から,項が2つ増えてます。新たに出てきたσ(q),σ(p)というのは,それぞれ物体の位置と運動量が,測定前にもともと持っていた量子ゆらぎです。ハイゼンベルクは不確定性原理を考える際,この量子ゆらぎと測定による誤差や乱れを混同した形跡がありますが,量子ゆらぎというのはもともと物体に備わっている性質で,測定とは関係なく決まります。小澤教授はこれを厳密に区別した上で観測の理論を構築し,新たな不確定性の式を導きました。

 小澤の式はハイゼンベルクの式と違って,ε(q)やη(p)がゼロになっても,σ(q)やσ(p)が無限大であれば成立します(量子ゆらぎが無限大になっても測定はできます)。つまり誤差ゼロの測定が実現できるのです。量子もつれになった2つの粒子ならそうした測定が可能であることも,理論的に示唆されました。

(以下省略)


(う)文科大臣賞受賞の紹介文
小澤正直氏の受賞に寄せて
東京工業大学大学院理工学研究科 細谷 暁夫


このたび, 小澤正直氏が平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞 (研究部門)を受賞されたことは, まことに喜ばしいことです.本賞は,「我が国の科学 技術の発展等に寄与する可能性の高い独創的な研究または発明を行った個人またはグ ループに対して授与される賞です. 私自身は物理学者ですが, 小澤氏のされたお仕事の成果の恩恵を受けている立場で, このたびの受賞をご紹介申し上げます.

今回の受賞の対象となった小澤氏の業績は, 「量子測定理論の先駆的研究」によるも のです. 今日活発に研究されている量子情報理論の基礎には小澤氏が世界に先駆けて 確立した量子的測定理論があり, 多くの標準的教科書が採用しています.

(以下省略)


(え)小沢博士による日本語解説
量子情報の数学的基礎


(お)柳瀬睦夫博士のこと

ところで、上の解説にある

[50] M. M. Yanase, Optimal measuring apparatus, Phys. Rev., 123 (1961), 666–668.

のYanase博士とは、ここでは何度も出てくる保江邦夫博士の知り合いだった柳瀬睦夫博士のことである。

科学と宗教を極めた物理学者柳瀬陸男博士が言った:「魂は時間と空間を越えられる」
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人間は生きているかぎり時間と空間に閉じこめられている。
ただ、魂は時間と空間を越えられる


「神は弱き者を助ける」から「第三次世界大戦はエイリアンの代理戦争である」まで


このように、神学者、宗教家、理論物理学者でもあった柳瀬睦夫博士は、人は死なない。人は死んだほうがむしろ自由になるというようなことをしばしば言っていたという。

情報理論の発展とともに、なんとなく、情報と制御の関連から、物質的世界ではない、情報の世界の実在性が彷彿される時代になってきた。

うまく情報制御できれば、ハイゼンベルグの不確定性定理も超えることができる。


すなわち、物質世界の制限を精神世界である情報の力、言い換えれば、魂の力で制御可能である。

どことなくそんなことを言っているように聞こえるから不思議である。


物質世界が作り上げた情報世界は、その物質が失われても残る。

これって、物質にとっての死後の世界だよナ。物質の情報=物質の魂は永遠である。

とまあ、そういうことを考えさせてくれる大発見なのである。


岡潔博士もそういうことを晩年には繰り返し言っていたし、柳瀬睦夫博士も言っていた。むろん、保江邦夫博士も言っている。ちなみに、情報理論家の苫米地英人博士も似たようなことを言っている。


まあ、いずれにせよ、量子物理学を生み出しノーベル物理学賞受賞したハイゼンベルグの「不確定性原理」の誤りを発見し、それを拡張した「小沢の不等式」を生み出し、それによって量子情報理論やLIGOの完成に導いたという意味では、この小沢正直博士はノーベル物理学賞に最も近い日本人物理学者であるということができるだろう。


名は体を表す

というが、名前が正直なんだから、まさに偉大な数学者にピッタリの名前である。証明は正直に行わなければならないからだ。


来年のノーベル物理学賞は、たぶんこの小沢正直さんではなかろうか?→俺の予想!


しかし、この数学理論はかなり難しいものですナ。

頑張れ日本。



いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-10-08 13:01 | 普通のサイエンス

今年のノーベル化学賞は「クライオ電子顕微鏡」の発明者の3人へ!   

みなさん、こんにちは。

今年のノーベル化学賞の発表が先ほど行われたが、残念ながら、日本人の受賞ではなかった。

https://www.nobelprize.org
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2017 Nobel Prize in Chemistry
The Nobel Prize in Chemistry 2017 was awarded to Jacques Dubochet, Joachim Frank and Richard Henderson "for developing cryo-electron microscopy for the high-resolution structure determination of biomolecules in solution".



このクライオ電子顕微鏡というのは、こんな感じのものらしいですナ。

最先端電子顕微鏡プロトコール CEMOVIS

1.CEMOVIS(Cryo-Electron Microscopy Vitreous Sections)

日本語に訳すときは、非晶質(ガラス状)凍結切片クライオ電子顕微鏡観察としています。また、海外でもCEMOVISとは言わずに、単にvitreous sectionsと言うことが多いです。凍結切片と日本語で言うと徳安法を思い浮かべる人が多いですが、本方法は違います。CEMOVISの開発には複数の人が携わっています。中でも最も有名なのは、Dubochetのreview 【Al-Amoudi, A. et al. Cryo-electron microscopy of vitreous sections. EMBO J 23, 3583-8 ,2004】です。CEMOVISという言葉は、彼らが使い始めました。CEMOVISは、厚い生物試料を表面からできるだけ深部にまで非晶質層に凍結し、そのままクライオミクロトームで薄切し、得られた氷の切片をクライオ電子顕微鏡で観察するという技術です。非晶質層、つまり液体に近い構造の水に囲まれているので、従来の化学固定切片よりも、より生きている状態に近い観察が可能になります。また、得られる像は、構成分子そのものに起因するシグナル(主に位相コントラスト)から成り立っていますので、染色剤で染めたものよりも正しい構造情報を反映しているといえます。
透過型電子顕微鏡では、電子と物質の相互作用が強すぎるため、試料を薄くしなければ観察できません。しかし、試料を薄くするためには、水分たっぷりの生物試料を固めなければなりません。こうして開発されたのが、化学固定した試料を薄切する樹脂包埋切片法でした。では、CEMOVISでは、どのようにするのでしょうか?以下簡単に御紹介しましょう。
(1)加圧凍結装置を用いて試料を表面からできるだけ深く非晶質層に
   固定する(物理固定という)
   試料に一挙に2100bar(≅2072気圧) かけると同時に液体窒素の
   ジェットを吹き付けることで可能になります。

【写真】加圧凍結装置 EM-PACT2
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(2)クライオミクロトームで、非晶質層を保ちながら、薄切をし、
    氷のリボンを作製する。

【写真】ダイヤモンドナイフ先端についた氷のリボンをブラシの毛でとっているところ。氷が透明なのは非晶質層の証拠。
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(3)クライオ電子顕微鏡で観察する。
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まあ、非常に単純に言えば、急冷して瞬間冷凍した状態で細胞を観察する電子顕微鏡。

生きている状態の瞬間冷蔵したスナップ写真を撮る装置。


やはり生きている状態そのものを見たいよナ。


これを発明すれば、次なるノーベル賞ですナ。


頑張れ日本!

来年以降を期待しましょう。


まあ、今年のノーベル賞は観測器の実験屋さんの年か。

理論家には暗黒の年だった。



いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-10-04 19:46 | 普通のサイエンス