カテゴリ:普通のサイエンス( 44 )   

今年のノーベル化学賞は「クライオ電子顕微鏡」の発明者の3人へ!   

みなさん、こんにちは。

今年のノーベル化学賞の発表が先ほど行われたが、残念ながら、日本人の受賞ではなかった。

https://www.nobelprize.org
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2017 Nobel Prize in Chemistry
The Nobel Prize in Chemistry 2017 was awarded to Jacques Dubochet, Joachim Frank and Richard Henderson "for developing cryo-electron microscopy for the high-resolution structure determination of biomolecules in solution".



このクライオ電子顕微鏡というのは、こんな感じのものらしいですナ。

最先端電子顕微鏡プロトコール CEMOVIS

1.CEMOVIS(Cryo-Electron Microscopy Vitreous Sections)

日本語に訳すときは、非晶質(ガラス状)凍結切片クライオ電子顕微鏡観察としています。また、海外でもCEMOVISとは言わずに、単にvitreous sectionsと言うことが多いです。凍結切片と日本語で言うと徳安法を思い浮かべる人が多いですが、本方法は違います。CEMOVISの開発には複数の人が携わっています。中でも最も有名なのは、Dubochetのreview 【Al-Amoudi, A. et al. Cryo-electron microscopy of vitreous sections. EMBO J 23, 3583-8 ,2004】です。CEMOVISという言葉は、彼らが使い始めました。CEMOVISは、厚い生物試料を表面からできるだけ深部にまで非晶質層に凍結し、そのままクライオミクロトームで薄切し、得られた氷の切片をクライオ電子顕微鏡で観察するという技術です。非晶質層、つまり液体に近い構造の水に囲まれているので、従来の化学固定切片よりも、より生きている状態に近い観察が可能になります。また、得られる像は、構成分子そのものに起因するシグナル(主に位相コントラスト)から成り立っていますので、染色剤で染めたものよりも正しい構造情報を反映しているといえます。
透過型電子顕微鏡では、電子と物質の相互作用が強すぎるため、試料を薄くしなければ観察できません。しかし、試料を薄くするためには、水分たっぷりの生物試料を固めなければなりません。こうして開発されたのが、化学固定した試料を薄切する樹脂包埋切片法でした。では、CEMOVISでは、どのようにするのでしょうか?以下簡単に御紹介しましょう。
(1)加圧凍結装置を用いて試料を表面からできるだけ深く非晶質層に
   固定する(物理固定という)
   試料に一挙に2100bar(≅2072気圧) かけると同時に液体窒素の
   ジェットを吹き付けることで可能になります。

【写真】加圧凍結装置 EM-PACT2
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(2)クライオミクロトームで、非晶質層を保ちながら、薄切をし、
    氷のリボンを作製する。

【写真】ダイヤモンドナイフ先端についた氷のリボンをブラシの毛でとっているところ。氷が透明なのは非晶質層の証拠。
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(3)クライオ電子顕微鏡で観察する。
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まあ、非常に単純に言えば、急冷して瞬間冷凍した状態で細胞を観察する電子顕微鏡。

生きている状態の瞬間冷蔵したスナップ写真を撮る装置。


やはり生きている状態そのものを見たいよナ。


これを発明すれば、次なるノーベル賞ですナ。


頑張れ日本!

来年以降を期待しましょう。


まあ、今年のノーベル賞は観測器の実験屋さんの年か。

理論家には暗黒の年だった。



いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-10-04 19:46 | 普通のサイエンス

今年のノーベル物理学賞は「重力波の検出者3人」へ!   

みなさん、こんにちは。

先ほど今年のノーベル物理学賞受賞者の発表があった。

超巨大なマイケルソンモーレーの実験による「重力波の検出」の3人
Rainer Weiss, Barry C. Barish and Kip S. Thorne
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に送られたようだ。

https://www.nobelprize.org


Tuesday 3 October, 11:45 a.m. at the earliest
Chemistry:
Wednesday 4 October, 11:45 a.m. at the earliest
Peace:
Friday 6 October, 11:00 a.m.
The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel:
Monday 9 October, 11:45 a.m. at the earliest



この最後のキップ・ソーン博士は、私がユタ大にいた頃、講演に来て聞いたことがあったが、いわゆる一般相対性理論の大家である。

しかし、いまや相対論や素粒子論は、
仮説の上に仮説を作る

という感じで、30年前の当時でも、SFなのか、現実なのか、理論なのかよくわからず、
もはや宗教である

という印象を多くの研究者が持ったものである。

100年前なら、マイケルソンモーレーの実験で検出されたのなら、それは
エーテル流の検出

であり、
エーテルの存在が見つかった

と理解するだろう。

しかしいまでは、最近流行の「重力波」の検出ということになったようだ。

さもなくば、ここまでビッグサイエンスになってしまった素粒子論や高エネルギーサイエンスの立場がない。


すでに今現在の技術では、そんなに巨大にしなくても、マイケルソンーモーレーの実験を地平面に平衡ではなく、地上に垂直においてやれば、すぐにエーテル流の存在が見つかるのである。

これでアインシュタインの予言したすべてが見つかったということになってほっとしたのでしょうナア。

とまあ、そういうことにしたいわけですナ。


いやはや、世も末ですナ。



おまけ:
LIGO=巨大なマイケルソン・モーリー実験:相対論信者の最後の砦!?

かつてラカンという科学哲学者が、
科学の法則は多数決で決められている
と看過して科学者サイドから痛烈な攻撃を受けたことがあった。

実際は
科学の法則はユダヤ人科学者の多数決で決められている
が真実というところだろう。すべては旧約聖書の記述のみにあわせて考える。

言い換えれば、
嘘も100回つけば真実になる
という朝鮮の諺、あるいは、
人は大きい嘘ほど信じこむ
といったアドルフ・ヒトラーの言葉にも相通じるところがある。

ヒトラーは遺伝的には偽ユダヤ人だったことが分かっているから、やはりユダヤとニダヤは似ている。何から何まで似ていますナ。ゆえに、「朝猶同祖論」が成立するのである。世も末じゃ。






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by kikidoblog2 | 2017-10-03 19:13 | 普通のサイエンス

2017年ノーベル生理医学賞「概日周期の制御機構発見」の番外編:ロン・コノプカこそ真の発見者だった!   

みなさん、こんにちは。

今日はちょっと図書館に本をとりに行っていたのではここにメモする時間が無かった。

さて、昨日のノーベル生理医学賞の「時間生物学」の話だが、これはある意味では、ノーベル賞財団が『やかした』と言えるかもしれないですナ。

というのは、今回「概日周期の遺伝子制御の発見」で受賞したわけだが、実はこの3人はかなり後からこの分野に入って来た新参者だったのである。

最初にこの分野を創始したのは、いうまでもなく、

シーモア・ベンザー博士と彼の弟子のコノプカ博士である。
朝鮮サッカー選手、「独島もFIFAもJOCもわれわれの領土」とのメッセージ!?


この話はジョナサン・ワイナーの以下の本に出ているので、一応メモしておこう。
時間・愛・記憶の遺伝子を求めて―生物学者シーモア・ベンザーの軌跡 単行本 – 2001/12
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残念ながら,今我々があまり知らないのは、「行動の遺伝子」というものである。別に何かの障害を持っていない普通の人であったとしても、この遺伝子のあるなしによって行動に差がつくということを行う遺伝子の研究である。これは非常に難しい。古典的な研究は、ショウジョウバエで行われた。こういった話は以下のものが面白い。

いま「時間遺伝子」で飯食っている人は、ベンザー博士の天才のおかげである。


ベンザー
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の研究室のロナルド・クノプカ博士が、ショウジョウバエを研究して、
蠅にも時間、愛情、記憶を司る遺伝子がある
と証明したのである。

この話は以下の本にもあるようだ。
分子生物学の軌跡―パイオニアたちのひらめきの瞬間
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そうして、蠅にも愛情があり、記憶があり、時間の遺伝子があり、

「蠅で言えることは人間でもいえる」

という分子生物学の格言を唱えた。

ところで、当時1960年代から1970年代のアメリカは、いまの日本のように、パヨク全盛の時代だった。

「人間は遺伝子で決まるのではなく、生きた環境で決まるのだ」
という似非理論を熱烈に信じるものが多く、そういう新手の論説に飛びついたマスコミが、ベンザーとコノプカに攻撃したのである。

そのため、コノプカ博士は生物学者であることができなくなり、大学をやめて、まったくのフリーの生物学者になってしまったのである。

まだ現存していれば、と思ったが、2015年に心臓発作でお亡くなりになったようである。

ベンザー博士もちょっと前の2007年にご逝去された。

今回ノーベル賞をもらったRosbash博士のコノプカ博士への追悼文を見つけたので、それもメモしておこう。以下のものである。
Ronald J. Konopka (1947–2015)
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Ron Konopka was found dead of an apparent heart attack in his Pasadena, CA home on February 14, 2015. Konopka was my close contemporary and began graduate school at Caltech in 1967. He published his thesis work along with his mentor Seymour Benzer in what is perhaps the single most influential paper in circadian rhythms (Konopka and Benzer, PNAS 68, 2112–2116). The field has spent much of the subsequent 45 years deciphering the meaning and validating (over and over again) the importance of this Rosetta stone.


ところで、このベンザーとコノプカの最初の論文がこれ。
Clock Mutants of Drosophila melanogaster


上のラシュバシュの追悼文の中にもあるが、フリーになって高校生の家庭教師をして生計を立てているころもっともその影響を受けたのが、今回ノーベル賞をもらったジェフ・ホールであるという。

結局、本当の発見者はアカデミズムからたたき出され、その影響を受けたやりくり上手、立ち回りのうまいユダヤ系の学者さんたちが、最終的にこの研究を完成させてノーベル賞をもらったのである。

とまあ、そんな感じですナ。


ベンザーは生粋のドイツ人、コノプカはアメリカ人。


いずれにせよ、この二人が、時間を決める遺伝子があるということを発見しなければ、その制御機構を突き止めることも無かった。


まあ、ノーベル賞では良くあるやり方だが、ユダヤ人以外の発見者がいた場合は、当の発見者が死ぬまで待って、その後で、その分野を引き継いだユダヤ人にノーベル賞を与える。

今回のものは、そんな常套手段的な感じがしますナ。


ベンザーおよびコノプカにノーベル賞をやらなかったというのは、本当にあり得ない話なんですナ。

いや〜〜、痛い。

両博士のご冥福をお祈り致します。合掌。




いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-10-03 15:24 | 普通のサイエンス

ノーベル賞週間開幕!:まずは「生理医学賞」→「概日周期の発見者3人」へ!   

みなさん、こんにちは。

さてあと3時間ほどで今年最初のノーベル賞、生理医学賞の発表になる。
https://www.nobelprize.org


Announcements of the 2017 Nobel Prizes
Physiology or Medicine:
Monday 2 October, 11:30 a.m. at the earliest
Physics:
Tuesday 3 October, 11:45 a.m. at the earliest
Chemistry:
Wednesday 4 October, 11:45 a.m. at the earliest
Peace:
Friday 6 October, 11:00 a.m.
The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel:
Monday 9 October, 11:45 a.m. at the earliest


どうやら我が国マスコミも予測率をあげようと結構調べて来ているようだが、はたして当たるだろうか?

今年のノーベル賞の我が国の有力候補たち
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きょうからノーベル賞 日本人、初の4年連続なるか 医学・生理学…本庶氏 化学…神谷氏や山本氏が有望視


私が研究をやったことがある物理の分野では、まだノーベル賞に輝いていないのは、おそらく

ネットワーク理論

ではないだろうか?

他はすでに量子ホール効果で2つ。
STM(スキャンニングトンネル顕微鏡)で1つ。
準結晶で1つ。
KT転移(コスタリッツーサウレス転移)で昨年1つ受賞している。


ネットワーク理論の分野では、米人のスチュアート・カウフマン、ハンガリー人のアズロ・バラバシ、韓国人のジョンなどがいる。

たぶん韓国人がノーベル物理学賞をとるとすれば、このジョンしかないのではなかろうか?


ダークホースとしては、蔵本由紀博士だろう。同期現象の基礎理論を生み出し、この宇宙の1つの真実を発見したからだ。



生理学賞では、昨年も候補になったはずの、本庶佑(たすく)博士が有力なのだろうか?

本庶佑博士「PD-1」でノーベル賞来るか?:「余命短い小林麻央さんにPD-1を投与したら?」



しかしながら、生理医学の分野には、なんといっても、

ヒトゲノム全遺伝子解読成功

のクレッグ・ヴェンター一派がいるからナ。

どうだろうか?

化学賞では、飯島澄雄博士のナノチューブの作製があるネ。
ジョーク一発:最後にアベノミクスで平和賞、日本のノーベル賞グランドスラム来るか?

中村修二博士といつもいっしょに賞をもらっていたから、かなり有力である。


まあ、全世界には数十億人もいて、それぞれの国にはそれ相応の優れた人たちがいるから、あとは運でしょうか?

はたして宝くじに当たる確率とノーベル賞をとる確率はどっちが低いのだろうか?


かつて末は博士か大臣かといわれたが、昔は同程度の確率だった。しかしいまでは、圧倒的に博士より大臣になる方が楽そうだ。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
昨年の文学賞にはシンガーソングライターのボブ・ディランが選ばれた。

だから、我が国のマンガ作家が選ばれたとしても何も不思議ではない。

サッカー翼のマンガをみてサッカーのプロになった欧州の超一流選手も多いし、日本の青春アニメがハリウッド映画として世界配信になったものも数多い。

文学賞受賞者に、ドラエモンの作者とか、ワンピースの作者とか、エヴァンゲリオンの作者とか、進撃の巨人の作者が選ばれたとしても俺は驚かないがネ。

日本の漫画家たちが、アニメをワールドクラスのビッグビジネスに導いたのだからネ。




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by kikidoblog2 | 2017-10-02 15:37 | 普通のサイエンス

ヴェンター博士「マイコプラズマのサイボーグを作りだす!」:俺「生命の水素原子はマイコプラズマか?」   

みなさん、こんにちは。

いやはや、やはり人になりきっていないヒトモドキこと朝鮮人のことを考えると

「魂が濁る」

というわけで、普通の科学のことをメモしておこう。

このところ、このブログにメモするのがおろそかになりがちだった理由は?というと、それは、いよいよ生命科学のもっとも肝の部分で大きな進展が起きそうな情況になっているということを知ったからである。

つまり、生命科学において、かつての量子力学の発見に匹敵するような時代に突入して来たからである。今回はこれをメモしておこう。

おそらく捏造放送局やら日本のダマスゴミからはあまり目をつけられていないから、そういう番組や記事はあまり出て来ないだろうと予想できるからでもある。


さて、サイボーグというと、何をイメージするか?

これは、人造人間という意味だが、人体の部分的あるいは全部を人工的に作り出した機械で置き換えても生きている人間のことである。
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フランケンシュタインの怪物は、フランケンシュタイン博士が死人の人体を用いて、死人を復活させたという設定であり、これもまたある意味でサイボーグである。
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人体には何十兆もの細胞がある。


が、いま最先端の生命科学はたった一個の細胞だけを考える。


では、世界最小の細胞とは何か?


というわけで、生命科学者はどんどんその候補を挙げて調べて行った。

大腸菌か? ノー!

藻類の細胞か? ノー!

じゃあ、インフルエンザウィルスか? ノー!これじゃ、小さすぎるし、自己複製できない。

じゃあ、マイコプラズマならどうだ!

というようなわけで、今最先端の生命科学では、1個の細胞でできたマイコプラズマが世界最小の生命体だと考えるようになった。


では、このマイコプラズマを全部人工的に作製したパーツで置き換えることは可能だろうか?

つまり、マイコプラズマのサイボーグを作るのだ。

最初は、原形質膜だけ入れ替える。

つまり、人間で言えば、人工皮膚に変える。

次は、DNAを全部解読して、それを全部人工的に生成したDNAで置き換える。

人間で言えば、脳みそを全部人工脳で入れ替える。

次は、リボソームを全部人工的に作り出したものと入れ替える。

人間で言えば、内蔵を全部人工的に作り出した臓器と入れ替える。

こうやって、ついにマイコプラズマの全部を人工的に機械で作り出したパーツで置き換えるのだ。


なんとサイボーグのマイコプラズマは生きている!


問題はここからだ。


これだけでは、現存のマイコプラズマを全部人工的に作り直しただけのことで、分子原子は自然が作ろうが、人工的に作ろうが、同じ分子原子は同じものである。だから、入れ替えても基本的には同じものでしかない。


というわけで、最先端の生命科学者たちは考えた。

どれだけマイコプラズマを小さくしたら生命ではなくなるのか?


そこで、重なっている同じような部分はどんどん減らすことにした。

DNAを調べて、同じパーツをつり出すDNAは削除する。そういうことをしてさらにミニマル=最小のマイコプラズマを生み出した。


これ以上DNAを削除するとどういうわけか、死んでしまう。生きていることができない。そういう大きさの最小のマイコプラズマを見つけたのである。

さて、そこで生命科学者が考えた。

自然のマイコプラズマのDNAは二本鎖DNAの一本のヒモである。が、それを環状のループにしてみる。

しかしまったく同じだった。


では、今度は、マイコプラズマのDNAの遺伝子コードを含む部分を切り刻んで順番をでたらめに入れ替える。

しかし、マイコプラズマは生きていた。

つまり、DNAの中の情報は順番に依存していなかった。


こうしてマイコプラズマのすべてを人工的に変化させて入れ替えていって、最小のマイコプラズマを作製したわけだ。


すると、新しい謎が生まれたのだ。


それは、何をしているか分からない謎のDNAの部分が若干残ったのである。


一般に「意味不明部分」と呼ばれる領域が必ず残った。

面白いことに、この意味不明部分と同じ遺伝子配列が、他の大腸菌や一般の高等生物のDNAの中にも普遍的に存在したというのだ。


いまは「意味不明」だが、何かの意味を持っているかもしれない部分が最小のDNAの中に確実に存在したのである。


若者よ、これを解明しろ!

そうすれば、100%ノーベル賞だろう。


さて後先になったが、この新手の腕力のいるブルートフォース兼実に知的な研究を引っ張っているのが、人類の人遺伝子の全解読を実現させた、あのクレイグ・J・ヴェンター博士である。この人である。
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問題の論文がこれ。
Design and synthesis of a minimal bacterial genome


ところで、私がなぜこの問題に注目したか?

というと、私は理論家だから、物理理論から考えて、やはり生命の物理学的基礎を構築するには、最小の生命体だろうということで、では最小の生命体は何かと考えると、やはりそれはマイコプラズマだろうと私自身が結論したからである。

理論の世界では、自己複製できるRNAやDNAが生命体の最初だという考えから、まだマイコプラズマが原初生命だという考え方はマイナーなものである。

しかし、一個の細胞というものができないと細胞からなる生命体は誕生しなかったわけだから、やはり海の中をうごめくイメージのRNAワールドよりもマイコプラズマワールドの方が生命誕生という感じがするわけだ。


マイコプラズマの生命活動を行うシステムはいかにして構築できるか?

これをずっと考えているわけである。


いよいよテーマはかなり絞られて来た感じがするわけだ。

かつて原子論という考え方がまず先にあり、マクロ現象の大筋が理解されて来た。そして、原子論の基本中の基本は何かということで、最小の原子、すなわちそれが水素原子だということが分かった。

そこで水素原子をいかに理解するかということで、ボーアの水素原子の大陽系モデルがうまれ、それを解明して行くうちに、量子力学が生まれた。


生命理論においての水素原子は何か?

もしこれが、マイコプラズマだとすれば、マイコプラズマを研究するうちに、マイコプラズマのモデルが生まれ、このモデルを研究するうちに、真の生命力学が生まれるはずだ。


というのが、俺個人の構想なのである。


いま驀進中。


時代はそんなことを追いかけている最中である。


そんな時代に捏造放送局とか、捏造放送協会とか、どうでも良い。


いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-08-28 09:35 | 普通のサイエンス

「ドイツのプランク研究所に科学史研究所があった!」:理研にはまだないナア!   

アナトール・ラパポート
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知識を得たければ、
まず正しい質問を発することを学ばなければならない;
そして答えが欲しければ、
答えが現れるのを待つのではなく行動を起こさなければならない


みなさん、こんにちは。

最近、とあることを調べているうちに、我が国では理化学研究所に相当する国立研究所である、ドイツのマックスプランク研究所に、科学の歴史を研究する部門があることを見つけたのである。以下のものである。

MAX PLANCK INSTITUTE FOR THE HISTORY OF SCIENCE
Max-Planck-Institut für Wissenschaftsgeschichte
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Founded in 1994, the Max Planck Institute for the History of Science (MPIWG) in Berlin is one of the more than 80 research institutes administered by the Max Planck Society in the sciences and humanities.


さすがにドイツである。

いまサッカーの楽天ヴィッセル神戸に楽天の資金力で年収6億円でW杯優勝メンバードイツ代表だった
ルーカス・ポドロフスキー選手
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スペインにはサッカーの博士までいる

が入団して来ているが、そんなドイツにはスキーの大学とか、さまざまなスポーツの大学のようなものも多い。

そういう大学では、そのスポーツの歴史から、現代の技術までを重厚長大に学ぶ。

これが私が知るドイツ・スタイルの学問というものである。

20世紀初頭まではゲッチンゲン大は、数学や物理のメッカだった。

だから、戦前にはたくさんの日本人もドイツへ留学したのである。

第一次世界大戦、第二次世界大戦をきっかけとして、ドイツにいた数多くのユダヤ系(むろん、アシュケナージ・ユダヤ人)の多くが、その先遣隊だったノーバート・ウィーナーの尽力によりアメリカで職を得ることができた。

ノーバート・ウィーナーの父親の時代のいまから100年ほど前にはハーバード大にはだれもユダヤ系の正教授はいなかった。

その第一号が、ノーバート・ウィーナーの父レオ・ウィーナーだった。

ちなみに、我が国の国立大学の外国人の正教授の第一号が、東大地震研究所で採用されたロバート・ゲラーだった。

我が国の地震予知学会はこのロバート・ゲラーの暗躍により木っ端みじんに潰された。

つまり、恩を仇で返す恰好になったわけだが、このレオ・ウィーナーもまたハーバード大で同じようなことをしたわけだ。

あれから100年。

いまでは米ハーバード大は正教授の7〜8割がユダヤ系教授となった。逆に普通の米白人や東洋人は教授になれない時代になった。


こんなふうに科学の歴史には、科学そのものの歴史もあるが、科学を行う科学者の歴史もまた歴史の一部なのである。

だから、どんな時代にどんな科学者がどんなことをしたか、言ったか、これもまた立派な科学史なのである。


さて、前置きがちょっと長くなってしまったが、そんな先人科学者たちの残した言葉を拾ってメモしておこう。

先人曰く

(あ)伏見康治「古典を読め」

(い)Ernst Mach 「科学の目的は思考の経済である」

(う)霜田光一「一丸さん憎いや。。。」

(え)松本重彰「一人の人物を徹底的に調べると、人生と世界が見えてくる」

(お)Max Delbruck 「大腸菌で正しいことはゾウでも正しい」

(か)和田昭充「自然は1つ。物理で生命現象の基本を計測しよう」
「周囲の全員が承認するような研究計画は陳腐なものである。大多数が無視するが数人が褒めるような計画こそ脈があり推進すべきである」

(き)Illya Prigogine「生物は存在するものではなく、生成し続けるものである」

(く)Leo Szilard「マックスウェルの魔物は目をまわす」

(け)Alexander Koyre「近代実験科学は、人工の自然を尋問することである」

(こ)Manfred Eigen「生命の起源は合成的に研究できる。生体高分子の進化能概念の明確化を通して」

(さ)Paul A M Dirac「物理学の基本法則はそれが正しい形において得られた場合には高度の数学的美を持つことが見いだされた。法則が何か醜い点をもっているところには確かに何かの間違いが存在しているということができる。創造主は数学者であって彼は宇宙の創造にあたり非常に卓越した数学を用いたのであった」

(し)S. Spiegelman「細胞とは、核酸の自己複製にとって必要な条件と素材を調達するのに最適の環境を作るべく、核酸が発明したものとみなせる。同様に、多細胞動植物への進化は、DNAが地球上をくまなく探索することができるように改良を加えられた機械と解釈できる。つい数年前まで、なぜDNAが人間を発明したのか不思議に思えたのももっともである。今や明らかになったように、地球以外で自己複製できるかどうかを試す機械をDNAに与えるために人間は発明されたのだ」(アポロ計画成功の際)

「遺伝可能なDNA情報量の有限性を乗り越えるために、つまり細胞外部の情報保持・伝達手段を獲得するために、人間はDNAによって発明されたのだ」

(す)Jon von Neumann「ウィーナーの方が私より上かもしれない」

(せ)伏見譲「自然科学の研究が極度に細分化している現在の情況が続けば、いずれ研究自体が行き詰まってしまうでしょう」

(そ)ルネ・デカルト「われ思う、ゆえにわれあり」

(た)神「われありてあるものなり」



というようなわけで、我が国の世界レベルの理化学研究所も我が国初の科学史研究所を作った方が良いのではなかろうか?

最近は、各省庁も分散経営しつつある。

ここ徳島の阿南あたりに作ってくれるとありがたいんだけどナア。


科学の歴史を知らずに研究するってか?

もしそうなら、ほぼアマチュア研究者ということになりますナ。


いやはや、世も末ですナ。







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by kikidoblog2 | 2017-08-09 14:58 | 普通のサイエンス

「ラマヌジャンの数学」:藤原正彦「ハーディーは一度もラマヌジャンに方法の秘密を聞かなかった!」   

みなさん、こんにちは。

先日S.ラマヌジャンの伝記映画「奇蹟がくれた数式」という、どちらかといえば、保江邦夫博士の伝記映画につけられるべき和名タイトルが選ばれたようだが、原題は「無限を知った男」(The Man who knew infinity)である、をメモした。以下のものである。

ラマヌジャン「奇蹟がくれた数式」:俺には「奇蹟」まだ一度も訪れていない!ヘッドのしすぎか?


まあ、保江邦夫博士の場合なら「路傍の奇蹟」、岡潔博士なら「春の奇蹟」とか「春雨の曲」あるいは「春宵10話」とかそんな感じだろう。

さて、そのラマヌジャンの映画の中で登場する、悪い役として描かれた、トリニティーカレッジの学長さんたち、中でもベイカー(Baker)教授とヒル(Hill)教授。実はこのお二人もまた数学の世界で極めて有名な人だった。

ベイカー教授
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はいわゆる「幾何学の原理(principle of geometry)」の大家であり、有名な教科書も書いている。

一方のヒル博士は、ヒル方程式という、いわゆる周期関数を係数に持つタイプの微分方程式論の創始者であるヒル博士かと思いきや、全く違った。あるいは、ヒルの式のヒルかと思いきや、これまた違った。

どうやらこっちのヒルさんだった。

M. J. M. Hill

この博士は「球状渦(Hill's spherical vortex)」を初めて証明した人物だったようだ。

いわゆる
球電(ball lightning)
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というものの数学解を導いたらしい。


さて、ついでに「ラマヌジャンの数学」がどんなものであったか?

これについては我が国でもガロアやラマヌジャンのような弱者に対する共感からか、非常にファンがいる。だから、すでにたくさんのサイトがあるようだ。

中でも作家新田次郎の息子の数学者藤原正彦博士が「ラマヌジャンの数学」をまとめていたので、それもメモしておこう。以下のものである。

Ramanujanの数学



数学には我々にはまだ良くわからない未知の部分がある。

そういう印象を醸し出す。

フェルマーもそうだった。彼は「証明があるが、余白には書ききれないから省略」といって打ち切った。

あるいは、最近では、極めて桁数の多い四則演算を数字を使わないで計算するというサヴァン症候群的な、共感覚に基づいて行うと一瞬で計算結果が出せるという人もチラホラ出てきている。

共感覚

数字に色が見える共感覚者であっても、漢数字やサイコロの目に「見える」色が変わらない場合、「数の大きさ」に色を感覚していると言える。 この派生で数に触感を覚える共感覚もある。ドイツの人間コンピューター、リュディガー・ガムは数の触感を使って桁の大きな階乗計算を行なっている。



こういうことから類推すると

感覚を研ぎ澄ませれば〜〜〜

というのもなんとなく分かる感じがするが、我々凡人には真似はできないのは確かである。


さて、最後に、この映画の中で、栄誉についてG. H.ハーディが言った部分がある。以下の言葉である。

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「人生には様々な栄誉がある。
フェローに選ばれることもそうだが、
私の考えを言うなら、
このレン図書館に自分の死後遺品が残ることこそ
最大の栄誉だ」


御意!

私も同感である。

まあ、俺にはそういうものはないが、これこそ図書館がなぜ古本を残し、保管しなければならないかの理由を実に明快に述べた言葉といえるだろう。

翻って、昨今の大学の「図書除籍運動」はあまりにお馬鹿な振る舞いと言えるだろう。それを黙認している文科省など存在意義がない。

生前、命を削って研究し、それを教科書や専門書の形にして、ハーディーのように、自分の業績が書籍として大学に残れば素晴らしいと思って生き抜いた科学者や数学者や文学者などの学者さんたちの本をいつのまにかアマゾンに売りさばく。

まさに売国奴ならぬ売学奴であろう。

今からでも遅くはない。大学の除籍は禁止にすべきですナ。


ところで、藤原博士によるとハーディーは、ラマヌジャンにどうやって公式を導いたのか、あるいはどうやって導くのかについては一度も聞いたことがなかったというのである。

ざんね〜〜ん!実に残念。



いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-04-05 09:35 | 普通のサイエンス

ラマヌジャン「奇蹟がくれた数式」:俺には「奇蹟」まだ一度も訪れていない!ヘッドのしすぎか?   

ラマヌジャン
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みなさん、こんにちは。

昨日は久しぶりに夫婦で映画でも見ようかと思い、昨年暮れに公開されたらしいインド人数学者のラマヌジャンの映画を見ようと徳島県内の映画館の映画情報を見たのだが、実に残念ながら徳島でこの映画を公開している映画館は存在しなかった。

そんなわけで、どこかでレンタルできないかということで奥さんが調べると、なんとツタヤにあった。というわけで、レンタルビデオでラマヌジャンの映画を見ることができたというわけだ。以下のものである。

10/22公開 『奇蹟がくれた数式』予告編


さて、この物語には何人かの著名な数学者が登場する。というより、何人の数学者の名前に気がつくかはその人の数学に対する知識の幅に比例していると言うべきかもしれない。

主人公がもちろんラマヌジャンだが、その相手になる
ハーディ教授
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リトルウッド教授
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この3人はこの物語のメインである。

それにバートランドが加わる。ハーディとの皮肉のジョークの相手になるのだが、むろんこれは
バートランド・ラッセル教授
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のことである。数学者で哲学者。後に湯川秀樹博士とパグウォッシュ会議を開いたあのラッセル卿である。またいまでは生粋のNWOのシオニストであったのではないかと言われている。

面白いのはこの映画のリトルウッドとハーディのテニスのシーンで、ハーディがシオン議定書の話を出してくるところである。むろん、気違い数学者が繰り出すご託宣の一つとして出ているわけだ。

シオニストの否定論者とまったく関係のないはずのラマヌジャンの映画で、それとなくシオンの議定書がとんでもない偽物の一つとして突っ込んでくるところががユダヤ的である。

さすがにラマヌジャンとシオンの議定書を同列で扱うのはジョークのようなものであろう。


さて、ラマヌジャンがいよいよ貧困、というより、イギリスのまずい食事と不衛生な環境のせいで栄養失調になって結核にかかってしまい始めた頃、同じインド人の留学生が登場する。その若者はさりげなく

僕はマハラノビスです

というシーンがある。

実はこの
マハラノビス
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はその後のインド数学会、インドの統計研究所の所長となり、我が国の統計学の父となる北川敏男博士の庇護者として有名な存在に成長するのである。

この北川敏男博士が我が国の九州大学の設立当時の大学構成の設計者になり、統計学や生物学や社会学などの数理研究の拠点として現代の九州大学が設立されたのである。

この北川敏男博士が若い頃に統計学を学ぶために出向いた場所、それがマハラノビスのいるインドであった。

このマハラノビスはノーバート・ウィーナー他の確率統計学の研究者とも交流があり、我が国の統計数学の世界にも大きな影響を与えたのである。

また、今の国連の草創期において、世界の人口統計、社会的な統計を世界最初に行い、世界の人口動態とか、社会環境とかそうした世界の統計の基盤を作った人物でもあるという。

北川敏男博士がインドに留学中に、推測過程理論を構築し、それが戦後の日本の品質管理の数学的基礎になっていき、戦後の我が国の輸出製品の品質向上や生産効率の上昇を導くきっかけになっていったのである。

というわけで、私個人はラマヌジャンもさることながら、ほんのちょっとの出番しかなかったが、このマハラノビスの登場にも非常に興味を感じたのである。


一方、アメリカ生まれのユダヤ人ノーバート・ウィーナーも10台でハーバード大に入学し、10台でそこを卒業した後、英国のラッセルのところに留学したのである。最初は哲学者になりたくて留学したらしいが、だんだん数学に傾倒していき、数学者に育つ。

「この世の全ては不完全なものである」

というノーバート・ウィーナーの子供の頃の自分の哲学を完成すべくそれを実現した結果が、

ウィーナー過程の理論

であった。つまり、確率過程論という数学を生み出し、それが統計学や確率論に応用され、それが我が国の伊藤清博士により「確率微分方程式」の理論に結びついていく。そして、それがアメリカのエドワード・ネルソンにより量子力学の確率量子化の手法に利用されていく。そしてそれがさらに我が国の保江邦夫博士やフランスのマリアヴァン博士により「確率変分学」へと結びつく。

その一方で、ウィーナー過程を拡張した「ベルンスタイン過程」が誕生する。さらにこれを保江邦夫の愛弟子であるザンブリニが確率変分学的に扱い、量子力学のベルンスタイン過程理論に基づく確率量子化論を生み出していく。

さらには、マンデルブローがウィーナー過程をさらにフラクタルな事象へ拡張したマンデルブロー過程に拡張していく。それが確率微分方程式となると分数確率微分方程式へと昇華されていく。

というようなわけで、この時期のイングランドの数学界は一種独特の雰囲気を持っていたようなのであるが、その一種独特な英国数学者のかなりアスペルガー的空気が見事に醸し出されているという意味で、この映画は実に面白い側面がある。

まあ、普通の日本人なら御免被りたいタイプの厚切りジェーソンとかパックンとかあの手の嫌味な白人に共通するシニカルなジョークの応酬がある。

そういうのは、我が国の一般人にはあまり理解できないのではないか。俺は結構笑ったが、奥さんはまったく理解できなかったようだ。

むしろ、我が国の一般の人からすれば、インドの下層階級の生活の方に目が行ったのかもしれない。

嫁と姑の関係。

こういう方に目が行くのだろう。ラマヌジャンの奥さんと彼の母親との確執はなかなか理解できないが、こういうところにインドのカースト制度の影響があるのかもしれない。

ラマヌジャンは貧困家庭ではあっても一応はバラモンの出身。

彼の奥さんの出自はちょっと分からないが、普通の家庭であれば、家柄が違うというようなことが原因だったかもしれないが、ラマヌジャンの母親の意地悪のせいで、ラマヌジャンの結婚がうまく行かなかったのは大変残念だった。

また、マハラノビスともっと早く出会い、マハラノビスの助力を得ていれば、ラマヌジャンはインドの統計研究所でその職員として過ごせたかもしれないと思うとこれまた実に残念である。



このラマヌジャンに匹敵する天才が我が国にも存在した。その1人が南方熊楠である。また、数学者の岡潔博士である。

我が国の映画界で、ぜひ岡潔博士の伝記映画でも作り、アカデミー賞を取ってもらいたいものである。

ラマヌジャンが
女神ナマギリ
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のご加護の下にさまざまなひらめきを得て、数限りない数式を得たように、岡潔もまた数学で行き詰った時に仏教に帰依して高野山で修行を積んで戻ると、それまでの難問が自然に解決できたという話である。

その経験から数学は問題を簡略化したら解けると考えがちだがむしろその逆で、より一般化しより抽象化したほうが問題が簡単になり解けるようになるのであると主張したのである。

広中平祐博士が特異点解消定理の難問が解けないために、特殊な問題に簡略化して解くという弘中のプランを紹介したところ、即座に岡潔が
「きみね〜〜、問題はむしろずっと難しくしたほうが簡単になるんちゃうか」
といったところ、その後弘中はさんざん失敗を重ねた挙句、岡のよう言うに問題をより一般化したらむしろ簡単になって解決への道が見えたというのは有名な実話である。

数学とは最初に「なんとなく」答えが見つかるもので、後からその証明を探すのである。

保江邦夫博士の場合は、ドイツに講演にいくさなか、アウトバーンで時速200km近いスピードになったとき、突然静寂が訪れ、その異様な状況のもと、額の裏に突如として1つの方程式が現れたのである。

それが「確率変分学」の誕生であった。

どうやら保江邦夫博士の場合は、
聖母マリア様
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のご加護らしい。


数学というのはこうやって生まれるものである。

コツコツと研究してできるというものではない。

参考までにコツコツとやってもだめだという例も最近見つけたので、本人を否定するつもりはないのだが、それをメモしておこう。数学は突如答えがひらめくものであって、コツコツやってできるものはない。が、なかなかこれが学校の数学の先生たちには理解されないことなのである。

黒川信重教授.最終講義「絶対数学の世界を旅して」


対談「ラマヌジャンを語る」


というようなわけで、長年コツコツと研究しても駄目なのだが、むしろどこかで頭を打ったらとたんに思いついたというような方が数学では現実にはありそうなことなのである。


いずれにせよ、ラマヌジャンがどのようにしてあの式を見つけたのか?

これは未だに世界の数学の謎なのである。

ラマヌジャンに言わせると、
15歳のときにジョージ・カー (George Shoobridge Carr) という数学教師が著した『純粋数学要覧』という受験用の数学公式集に出会ったことが彼の方向性を決めた。
というように、その数学公式集をバイブルのように眺めているうちに、独特の算数を発見し、それを用いると自然と謎の公式が導けるようになったという話である。


残念ながら、俺にはそういう能力はない。

たぶんサッカーであまりに多くヘディングしすぎたせいかもナ。

中学時代、ヘッドすると公式を忘れるぞっていうのが我々の冗談の一つだった。実際、ゴールキックされたボールを直接ヘッドすると、火花が散るからナア。


いやはや世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-04-03 09:34 | 普通のサイエンス

「古書に学ぶ」:長岡半太郎の「科学名著集」、明治大正時代の名著の翻訳があった!   

みなさん、こんにちは。

最近はずっと杉田元宜博士の行った研究にハマってきたが、その中の「物理学史」という杉田先生の本があり、これは1943年に書かれた。この中で時々、旧帝国大学時代の東北帝国大学の長岡半太郎博士の言葉が引用されている。これが実に興味深い。

長岡半太郎先生
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と言えば、我が国最初の理論物理学者である。

そこで、この言葉が書かれているという、長岡半太郎先生の編纂された「科学名著集」というものがあり、これが全9巻ほどあり、当時(明治大正初期)の欧州の科学者の世界的名論文が日本語に翻訳されていたのである。

もちろん、インターネットの時代になるまでこの存在は東北大のカビ臭い古書倉庫に眠っていたにちがいない。

ところが、いよいよディジタル化の時代に入り、この科学古書のディジタル化も国会図書館で行われてきたようで、実に幸運、我々大学の外にしか住めないごく一般人でもそういうものが見られる時代になったのである。

ヘルムホルツ、グリーン、ガウス、ヘルツ、

こういった偉大な歴史的科学者の古典が、原典のドイツ語や英語ではなく、我が国の言葉、日本語で読めるのである。が、しかし、もちろん明治大正時代の日本語、かなり古臭い、しかも昔の漢字を用いた日本語だが、明治大正時代の科学者たちの巨匠の論文が読めるのである。

ヘルムホルツと言えば、渦定理。自由エネルギーなど数多くの科学の分野に名を残す巨匠である。

その中でも流体力学を完成させ、その後、それがマックスウェルによって電磁気学に応用されて、電磁気学が完成し、そこにベクトルポテンシャルという新しい物理概念を生み出し、20世紀になって、これがゲージ理論の土台となっていった。

このそもそものベクトルポテンシャルを生み出した人物こそ、
ヘルマン・ヘルムホルツ
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その人だったのである。

最近では、そのヘルムホルツの理論を用いたウィリアム・トムソン(後のケルビン卿)の、このヘルムホルツの渦でできた原子、これを「トムソンの渦原子」というが、これが素粒子理論のひも理論の原型のようなものだ、あるいは、エドワード・ウィッテンやジョーンズの多項式の基本となった組紐理論の創始であるとか、さまざまな観点から再び脚光を浴びているものでもある。

そのヘルムホルツやトムソンの原典、古典のオリジナル論文が、大正3年には長岡半太郎博士とそのお弟子さんによって日本語翻訳されていたのである。参考までにメモしておこう。以下のものである。

科学名著集. 第3冊


これは印刷ボタンを押して、コマ数指定し、pdf化ボタンを押すと自動的にpdf化されるという優れものであった。コマ数は最大50コマだから、いくつかに分割してダウンロードできる。私もこの論文集を全部ダウンロードした。

さて、驚くことは、この3巻の序文の長岡半太郎先生の言葉である。

最初にヘルムホルツ博士の生い立ちおよび研究の経緯が書かれているのだが、それが超絶の驚きのものだった。

私はヘルムホルツ大先生は最初から物理学部で教鞭をとった理論物理学者だったと思っていたら、どうやらそうではなかったのである。

最初にエネルギー不滅の原理である、エネルギー保存の理論を構築、これが認められてケーニヒスベルグ大学の、なんと生理学の教授に任命されたのである。

翌年に、検眼鏡を発明。
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これは、眼科にいくと最初に眼の中を見てもらうアレですナ。

ケーニヒスベルグ大学の生理学教授として6年の間に、ドイツ医学界で革命を起こし、話題の人となった。

それが認められて今度はボン大学の、なんと解剖学と生理学の教授になったのだ。

ここで研究したのは、主に目と耳。この目と耳はヘルムホルツ大先生の最も好むところだと長岡半太郎は書いている。

これが、音響学と光学を生み出し、ヘルムホルツの音響学とヘルムホルツの光学という名著を生み出したのだという。

解剖学をして実験し、生理学の基礎として理論物理を作り上げる。これがヘルムホルツ流だったのである。

耳は脳に直結している。そこでヘルムホルツは神経伝達の解剖学的研究を行い、音は空気を伝達するから、流体力学を研究する。こうして、電気伝導に関しては電磁気学、音響に関しては流体力学が必要だということになって、自分でそういう理論を作り始めた。

それで、グリーンの定理とノイマンのポテンシャル論を用いて、ベクトルポテンシャルという概念に行き着く。これを使って流体力学の渦の問題を見事に完成し、近代的な流体力学の渦定理を導いた。

それが後にイギリス人のマックスウェルの目に止まり、マックスウェルがそれを同じイギリス人のファラデーの実験結果を見せてもらえるという幸運によりマックスウェルの電磁理論を作り上げる。

いや〜〜、実に面白い。

ちなみに、エネルギー保存則を最初に言い出したドイツ人はメイヤー(マイヤーともいう)であり、彼もまた医者だった。

昔のドイツの医者はとてつもなく数学ができたようだ。いまの東大のお医者さんのようなものかもナ。高校数学できないと東大理IIIには入れないらしいから。しかし、東大のお医者さんからは解剖学研究しながら新しい数学の定理を見つけるというような人は聞いたことがないが。

さて、この巻の後半はそのヘルムホルツの流体理論を渦に応用し、渦原子の研究を行ったトムソンの論文に変わる。当時は原子論が最先端であり、原子の存在は予想されていたが、原子の内部構造が未知だった。そこでトムソンは渦のパターンによってさまざまの原子の種類が分かれるのだというアイデアを提案したのである。

原子スペクトルの系列を渦の振動の系列として理解できるのではないかというのがどうやらケルビン卿の発想だった。これが今で言う超ひも理論の発想と似ているというわけだ。

面白いのはどうもこの時代にかのヒックス粒子のご先祖だったかもしれないヒックスという学者がこの渦原子のモデルに飛びついて研究していたらしいことが書かれているのである。

ひょっとして、これが長岡半太郎の原子の土星モデルにつながっていったのかもしれないですナ。そして、長岡の土星モデルに着想を得たニールス・ボーアの原子の太陽系モデルにつながる。


長岡半太郎は序文の最後にこう書いている。もちろん大正時代の語り口でだが。

。。。
将来ヘルムホルツ、トムソン両先生の議論を補充して、エーテルの構造に関する新知識を啓発するという関門に到達するのだが、いまだにそれができるかどうか想像もできない。したがって、読者がこれらの模範論文を理解できるようになれば、渦動の物理的研究が、自然の秘密を暴くためにいかに価値あるのかを悟ることは難しくないにちがいない。

大正2年11月28日。長岡半太郎識。



ところで、杉田先生の「物理学史」の中に、長岡半太郎の時代にアメリカに行ってニコラ・テスラに面会申し込み、ヘルツの電波の研究に関して直に質問しに行った日本人がいたという話がある。

なんとニコラ・テスラ、その我らが日本人の研究者に対して、テスラ・コイルで巨大な放電を見せて、
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「俺は無線電信のようなそんなつまらないちっぽけな問題には興味ない。俺は無線電力送電、無線電灯照明を完成してみせる」

と言ったという。(この時、その日本人グループがテスラを日本の大学に招き入れたら良かったのではなかろうか?そしたら、その後の戦争に全部勝てたのではないか?)

いや〜〜ニコラ・テスラ、やっぱりニコラ・テスラだった。

ちなみに、その日本人が驚いたのは、当時我が国ではそろそろ電球が灯り、街が電気で明るくなりかけた頃だったのだが、最先端と思っていったアメリカの街はまだガス灯だらけだったというのである。これにその日本人が衝撃を受けたという。

また、アメリカの有名な大学の学者に無線電信のことを聞いたら、
「君たちの質問はカエルに小石を打ち付けるようなもので、君らにはおもしろいかもしれないが、カエルの身になってみろ」
というようなことを云われたとか。


いずれにせよ、我々日本人もやはり明治大正の時代から日本人だったのだ。好奇心旺盛。

東に偉大な発明家あれば行って聞いて来る。
西に偉大な学者あれば行って言説を学んでくる。

この精神はずっと昔から我々日本人に備わった好奇心遺伝子から来るのだろうか?

我が国のミカン、橘、柑橘類は、100BCに天皇に命じられた遣印使が持ち帰ったものだ。命かけて印度まで行き、そこからミカンの苗をもらって持ち帰った。砂糖のサトウキビも和菓子もそれがルーツだったというわけだ。

昔の日本語を自動的に現代語に翻訳してくれるようなツールがあれば、非常にありがたいんだけどナア。
だれか開発してくれ。

いずれにせよ、科学はその本質においては進歩していないどころか退化しているのではなかろうか?
そう思う昨今である。最近の論文見ても何も学ぶものがない。単に計算があるだけ。


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-03-06 09:50 | 普通のサイエンス

[物理のメモ]:E. WiitenとGiovanni Jona-Lasinioの講演発見!   

みなさん、こんにちは。

以下は理論物理に関する個人的なメモである。普通の人には興味ないだろうからスルーを。


さて、今日偶然にE. Wittenの講演のpdfを発見した。一応これをメモしておこう。以下のものである。

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Phil Anderson And Gauge Symmetry Breaking - Rutgers Physics


これは素粒子がどうやって質量を持つかという問題を最初に気づいたPhillip Andersonの論文から始まって、Higgs理論、そして現在の標準理論とさらにその後の問題までをオリジナルの論文を紹介しながら論じたという、Wittenにしてはかなり珍しいタイプの講演のようである。

素粒子論の人は必見なのだろう。もっともすでに読まれているのだろうが、私は初めて見たというわけである。

ついでにこれも。
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Giovanni Jona-Lasinio
Spontaneous symmetry breaking in particle physics: a case of cross fertilization


これは南部先生の盟友Giovanni Jona-Lasinio博士が南部先生の業績を讃えて紹介したもの。一番最後にツーショットがある。いかにGiovanni Jona-Lasinio博士が南部陽一郎博士を慕っているかがよくわかる。実にいい写真。

いずれにせよ、ちょっとウィッテンも謙虚になって、素粒子論はまだ何も本質的なところが理解できないんだよ、というニュアンスの漂う、まれな講演に見えるが。


まあ、次なる革命前夜であることは間違いないから、いつかだれかが新しい夜明けを生み出すことを期待したい。




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by kikidoblog2 | 2017-03-03 12:39 | 普通のサイエンス