カテゴリ:岡潔・数学・情緒( 5 )   

アイラブジャパン:「今日は岡潔の40回目の命日だった!」  岡潔がめざしたこと!?   

父の言葉(My father's words)

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日本人が櫻が好きなのは其の散り際が潔いからである。
(The reason why the Japanese people love Sakura is the way of the great grace moment when Sakura's flowers are scatteredly falling by the wind.)
−− 数学者 岡潔(Dr. Kiyoshi Oka, a Great Japanese mathematician)

数学者 岡潔思想研究会岡潔「創造の視座」:「西洋人は第二のこころがあるのを知らない」



みなさん、こんにちは。

いまからちょうど40年前の今日。3月1日。

この日に数学者
岡潔博士
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がご逝去された。

つまり、死後40年である。

実は、岡潔博士の没日を最近まで知らなかったのである。本当につい最近3月1日だったことに気づいたのである。


我が国の数学界がこの岡潔博士の記念式典のようなものを行なうかどうかは知らないが、その後の数学の歴史を見た限りでは、そういうふうな記念的催しをして、さまざまな分野の研究者を集めて講演会なんぞを行った方が良いと私は感じる。

まあ、権威の世界のことなど俺にはどうでもよいが、私個人は岡潔の死後40年を祝すというか、追悼というか、記憶を呼び起こすというか、さまざまの意味を兼ねて、拙ブログでこれまでに取り上げたものを紹介メモしておこう。


ブログ2
岡潔・数学・情緒( 4 )

ドラマ「天才を育てた女房」を見たが?:1951年までのお話だった。おもしろいのはその後だぞ!2
[ 2018-02 -27 10:48 ]
ドラマ「天才を育てた女房」を見たが?:1951年までのお話だった。おもしろいのはその後だぞ!1
[ 2018-02 -27 10:46 ]
「天才を育てた女房」:223ついに岡潔がドラマになる!?→奥さんから見た岡潔だって!?
[ 2018-02 -04 10:44 ]
岡潔「創造の視座」:「西洋人は第二のこころがあるのを知らない」
[ 2016-05 -13 17:27 ]


ブログ1
カテゴリ:岡潔・数学・情緒( 13 )

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[ 2015-08 -27 15:03 ]
2chから拾って来た岡潔博士の文章4:「風変わりな憲法 1969年5月」
[ 2015-08 -27 14:56 ]
2chから拾って来た岡潔博士の文章3:【新・関西笑談】独立研究者・森田真生さん
[ 2015-08 -27 14:53 ]
2chから拾って来た岡潔博士の文章2:東海林さだお「岡潔センセイと議論する」
[ 2015-08 -27 14:51 ]
2chから拾って来た岡潔博士の文章1:「第一の発見」「第二の発見」「第三の発見」
[ 2015-08 -27 14:48 ]
岡潔「嬰児に学ぶ」:人には第二の心がある。そのふるさとは頭頂葉である。
[ 2015-08 -27 12:12 ]
岡潔博士の「秋が来ると紅葉(もみじ)」2:今から50年前の「世界大戦」予言!?
[ 2015-06 -18 17:25 ]
岡潔博士の「秋が来ると紅葉(もみじ)」1:今から50年前の「世界大戦」予言!?
[ 2015-06 -18 17:24 ]
岡潔 「民族の危機」(1969):俺「民族の終焉」(2014)、もはや手遅れだナ!」
[ 2014-03 -15 17:26 ]
岡潔の「男と女のハ・ナ・シ」:生まれる子がその親を選ぶのだ!
[ 2013-12 -26 11:26 ]
岡潔「次の手は百年の後か夏木立」:叡智を持つのは自然か人間か?どっちだろうか?
[ 2013-12 -10 10:42 ]
岡潔「人間の建設」にみる憲法前文の解釈:憲法は人を甘く見ているヨ!
[ 2013-07 -10 15:53 ]
岡潔博士の「自然科学観」、「自然科学は間違っている」:いや〜〜、実に鋭い!
[ 2013-07 -08 11:50 ]



岡潔博士の「潔」という名前は、日本の桜からとられた。

富士山、桜、寺
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「名は体を表す」

といわれるように、

きよし = kiyoshi
「潔」

の名付け親の父親から、厳しく「日本人はいかにあるべきか」を躾られたのである。

この

しつけ = shitsuke
「躾」

という感じこそ、日本人の教育法の原点を表す。

身 = body = myself
美 = beauty = elegance = sophisticated

身+美 = 躾 = しつけ=to make myself beautifully sophisticated


いまや日本以外の国では、「しつけ」が存在しない。

「信じ込ませる」=洗脳

こういう意味での教育はあるが、躾の意味での教育がない。


岡潔は晩年、いまから50年前にそれを危惧していたのである。

情緒、特に人としての情緒の育成。

これには、幼い頃からの躾が不可欠だと説いて回ったのである。
それが晩年前期である。そのために春宵十話から始まりいくつも本を書いた。

そして、その後の晩年中期では、もしそういう日本人の情緒が失われた何が起こるかというような

日本の危機、日本人の危機、日本民族の危機を説いて回った。

このときにはすでに日本最高の頭脳の持ち主ということが周知されていたから、
多くの著名人が岡の話、岡の意見、岡のアイデアを聞きに尋ねた。

そして最晩年の晩年後期。
この時代になり、再び自分の人生をかなりスピリチュアルに回顧した。
幼少期の経験から始まり、自分がどのような教育を受け、
who, when, where, what, why, how =5W1H
だれがいつどこでなにをどうしてどうやって
身につけたかを説明した。
どのように自分の最初のアイデアが現れたかを説明した。


そんな中でも一番最初の部分に実に奇妙な話がある。

それはこの自然、この宇宙を説明したものだが、
それは生まれる前の世界を現代数学的に説明したものなのである。

岡の学歴があがるにつれ、語る内容のレベルもアップする。

高校時代の話はすでに後の多変数関数論に至る予兆の話だから、
数学が理解できない人にはまったく読めないだろう。
しかし逆に数学の徒なら実に示唆に富んでいると感じるかもしれない。

その後は研究者としていかにして自分が世の大問題に出会い、
それを徐々に解決したかという話。かなり具体的な着想の話が書かれている。

最後半は自分の考えだした人間論、人間の精神構造の深さの類型の話が説明される。

これについては横山賢二さんの
数学者 岡潔思想研究会
の中にある。特に岡潔講演録が参考になるだろう。


いずれにせよ、岡潔は真の日本人として日本人の未来を見つめていた。

特に、日本人が滅ぶことを非常に恐れていた。

戦前、岡は「日本は滅ぶ」と考えた。
大東亜戦争で多くが犠牲になり、太平洋戦争で死に、ついに原爆で犠牲になった。
しかし、日本は滅ばなかった。日本人も滅ばなかった。

これについて、岡は非常に不思議に思ったようでもある。

しかし戦後の教育改革、高度経済成長期に、
岡は今度は「日本人の魂が滅ぶ」と考えた。
しかし、また日本は滅ばなかった。日本人の魂も滅ばなかった。

というわけで、おそらくいま岡潔が生きていたら、
これまた大変不思議に思っただろう。

しかし、その日本人の生き返り方、生き延び方自体は大変化した。
岡潔がその父親から教えられたような日本人のタイプではなかったが、
確かに岡潔の父が潔に残そうとしたその魂は別の形で生き続けたのである。


それが、たとえば「いきものがかり」の曲、ジブリのアニメソング。

たしかに我々はアメリカナイズされ、
見た目も生き方も生活空間も大きく変わった。

しかしながら、その根底にあるものはまだ失われてはいなかった。


それはジブリの協奏曲の作曲者の
いまや世界最高の現代音楽家の一人にランクされた久石譲さんだろう。

こうして、第三期ジャポニズムの現在、

いまや世界中の人が東京五輪のテーマ音楽は
久石譲の音楽でやってくれ
と言っている。これだ。

久石譲 in パリ 宮崎駿監督作品演奏会 (2017年)


Joe Hisaishi Budokan Studio Ghibli 25 Years Concert 1080 Sub



最近私が理解したことは、この地球上で最初(でたぶん最後なのかもしれないが)
西洋文明と東洋文明を融合しようとした民族
それが日本人だけだったということである。

我々日本人は、それを明治維新の仕事だと思っている。

福沢諭吉や西郷隆盛や坂本龍馬や勝海舟や山岡鉄舟などの
偉人の時代のことだと思っている。

そういうふうな教育を受けている。

しかし、それは第二次世界大戦までも続き、
戦後から現代に至るまでその伝統が生き続けている。

確かに、一時的には幾多の戦争の犠牲もあったが、
基本的には我が国が

過去にやってきたこと、今やっていること、これからもやろうとしていること

これは、世界の文明や文化や伝統の融合なのである。

つまり、新たなる地球の文明を生み出そうと
してきたし、しているし、していこうとしているのである。
知らず知らずのうちに無意識に
そうしてきたしそうしているしこれからもしようとするのである。

私はそう思う。

この地球上にはさまざまな人種がおるが、それにより差別されてはならない。
この地球上にはさまざまな国々があるが、それにより差別されてはならない。
この地球上にはさまざまな言語があるが、それにより差別されてはならない。
この地球上にはさまざまな宗教があるが、それにより差別されてはならない。
この地球上にはさまざまな文化があるが、それにより差別されてはならない。

だから、日清、日ロ、第一次、第二次と幾多の世界戦争を戦った。

結果は悲惨だったかもしれないが、
結局世界は、日本人が希求した方向に動いてきた。

大半の国々は、
戦争が終われば戦争の前の状態に戻っただけだった。
が、日本だけが違った。

戦争のたびに国そのものを進化させてきたのである。

こうして、最後の戦争から72年ほど経った今、世界中をみれば、

日本以外全部沈没である。
すこしも進化しなかった。

アメリカはいまもアメリカ。
欧州もさすがに欧州の烏合の衆だっただけであった。

中南米は侵略の時代から歴史が止まったままだ。

結局、西洋人が進出した国々はその移民がそこにその時代の文化を持ち込んで
そのまま生き残っただけ。
進化しなかった。

欧州は、ベートーベン、ショパン、モーツアルト、。。。の時代から
先に進んだものは現れないままだ。
だから、いまもクラッシックが生き残っている。

ところが、その時代からの遺産を引き継ぎ、
日本人の感性を引き継ぎ、アメリカの文明を引き継ぎ、。。。
この地球上のこれまでの四大文明の遺産をそれなりに引き継いで、
それらを統合融合しようとしてきた。

聖徳太子の言葉
「和をもって尊しとなす」
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日本は、日本人は、どうやらこれを世界レベルで行ってきたと言えるのではなかろうか?


考えてみれば、
日本語にはまさにこの聖徳太子の言葉を実演しているような性質がある。

ひらがなやカタカナさえ理解できれば、あとは、
漢字(古代中国)
ABC(西洋)
を取り込んでも意味が失われない。そのまま書くことができる。

「ごんほに」の右書きから「にほんご」の左書きに変えたこともそうだし、
これも世界文明化への第一歩である。


こうして72年経った。

すると、我が国に来たがる、住みたがる、なりたがる、
国々や民族ばかりになった。

いまだ宗教の教義に縛られすぎている民族もいるが、
それは「人の情緒」がないからである。

人間としての情緒の代わりを教義がしているにすぎない。

宗教がなくても人としての情緒がしつけられてさえいれば、悪いことをしない。
規則があるから悪いことをしないのではないのである。

地球人としての情緒

おそらくいま岡潔が生きていれば、これを目指したのではなかろうか?


ところで、岡潔は桜の咲く春が好きだった。
さらにその春を向かえる寒い季節がもっと好きだった。

数学の着想が思い浮かぶのはいつもこれから春を向かえるという
その時だったからである。

梅の花が咲き始め、これから暖かい春が来る。

数学的発見に至る道筋は、
そういう感じで訪れると数学の門外漢に説明した。
だから、数多くの著作に「春〜〜」とあるわけだ。

そんな春の一日に岡は息を引き取ったのである。
まさに、たしかに自分の命日を知っていたかのように。



もう二度とこういう偉大な数学者が現れないとすれば、



いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2018-03-01 10:46 | 岡潔・数学・情緒

ドラマ「天才を育てた女房」を見たが?:1951年までのお話だった。おもしろいのはその後だぞ!2   

(つづき)


その最初が、
「春宵十話」(1963)
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(たぶんこのタイトルは漱石の夢十話からとったのだろうが、後に黒澤明監督の映画にも影響したのであろう。)
であった。これは毎日出版文化賞をとった。

この本から始まる十数年を「晩年前期」、「晩年中期」、「晩年後期」と数年づつに分けて岡潔思想研究会の横山賢治さんは区分し研究している。

前期では、主に「日本人の情緒」の問題がテーマになる。
中期では、主に「日本の未来」の問題がテーマになる。
そして、
後期では、主に「霊的世界」の問題がテーマになる。

特に面白いのが、晩年後期のいまでいうところの「スピリチュアリズム」の話なのである。

このテーマが語られているのが、

「春雨の曲」

という未公開の本である。というより、いまでいう「β版」である。
一応タイプされているが、まだ著者が出版を認めていないという本。Wikiでは「私家版」とある。

私は岡潔の数学論文10通(仏語)もすべてダウンロードしたりしてもらってもっている。また、多くの本もアマゾンで集めて持っている。

さらに最後の「春雨の曲」もコピーさせてもらっている。

理論物理学者の保江邦夫博士にも謹呈した。だから、この内容は一部保江師範の最近の本にも引用されている。


ところが、この本は家族が出版許可しない。だから、いまだに普通の書物にはなっていないというわけである。ご遺族が出版を許さないのである。まあ、あまりに「とんでもない」話が満載だからである。

それゆえ、もしこんな本が出版されてしまえば、岡潔の数学的業績の名誉を失いかねないのではないかと家族が恐れたわけだ。
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まあ、20年30年前にらいざしらず、いまではそんなことはなく、むしろ真逆かも知れないわけである。
時代は大分変わっている。


いずれにせよ、40年以上前に岡潔先生が鳴らした警鐘のほとんどすべてがいま現在そっくりそのまま成り立っているのである。

日本民族の危機
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今ごろになって、我々は欧米や北朝鮮や南朝鮮や中国からの精神的文化的経済的侵略に危機感を持ち始めた。

しかし、岡潔博士は少なくとも50年前から、我々日本人の危機を提言してきたのである。

そんな話のわずかなものを拙ブログ1に大分前にメモしていたから、再掲しておこう。以下のものである。

カテゴリ:岡潔・数学・情緒( 13 )

岡潔 「民族の危機」(1969):俺「民族の終焉」(2014)、もはや手遅れだナ!」


中でも「戦前の日本式教育」の良さをないがしろにし、「戦後のアメリカ式教育」の礼賛は、ことごとく間違っていると主張し続けたのである。

その代表作がこれだった。

紫の火花
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この本を横山さんが解説したのがこれ。
岡潔はこれについて、以下のような講演を行っている。

【7】義務教育のあり方 (だれが教えるかが大事)

私は終戦後、奈良の女子大(拙注:奈良女子大学)で数学を教えていた。そうすると、そのうちまったく教えようのない学生ばかりが私の教室へ来るようになった。私はおどろいて、いったいどのような教育をしているのだろうと、それまでの教育を調べはじめた。

まず驚かされたのは、児童、生徒、学生の顔がまったく変わってしまっていることである。私は悪い教育の恐ろしさをつくづく知った。新学制をよく調べて、著書「春宵十話」を書き、教育は根本から変えなければならないといった。

そうすると文部事務次官(当時)の内藤誉三郎さん
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が新聞に、新教育を根本から変える必要はないと書き、今の教育は
デューイ
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の教育学に基づいているといった。私はその反論を新聞に書くとともに、すぐデューイの教育学を調べた。そして何がデューイの教育学に欠けているか、したがって義務教育は如何にあるべきかを著書「紫の火花」に書いた。(拙注:日本の大学人にはいまだにデューイの教育学は良いと思っている馬鹿者が支配しているのである。)

その後文部省に行くと、内藤さんは私をはげまして「義務教育に要望するところをできるだけ手短かに書いて私あてに送れ。教育審議会に出すから」といった。私は次の3ヶ条を要望した。

1. 人の中心は情緒である。そのつもりで教育すること。
2. 大脳前頭葉を充分使わせること。
3. 小我を抑止すことを教えること。


この要望がその後どうなったか、杳(よう)として私は知らない。

その後、参議院議員になった内藤さんが私の宅に見えた。
そして
教育は根本から変えなければならないが、官庁の対面ということもあり、どうすればよいのだろう
といった。

私は
義務教育は、何を教えるかということよりも、誰が教えるかということの方がはるかに大事だ
といった。これが一番主なことであるが、その他色々話した。その献策がどうなっているか、いちど内藤さんに会って聞いて見ようと思っている。



義務教育は12歳以下の児童への教育。

脳の臨界期前の教育である。

ここで、日本人ではない人、狂信的な人、変態の人に教えられると、それが脳に住み着いてしまうのである。

英語圏の先生に教えられると→脳が英語脳になってしまう→鈴虫の音が雑音になる→日本人の情緒が育たない→人種的遺伝的には日本人だが、心は外人になる。

狂信的な左翼思想の先生に教えられると→反日運動家に育つ→勉強より騒ぐことが優先される。

性的変態に教えられると→脳が変態脳になる→性風俗に異常にこだわるようになる。


とまあ、そういうわけで、岡潔はとにかく12歳までは教育者の方が大事だと考えた。教育の中身ではない。

だから、やはり12歳までは英米人ではなく、英語のできる日本人が教えるべきなのである。


英米人ならだれでも英語くらいは話せる。しかしだれもがレベルの高い英米人ではない。大半が日本女性、寿司女の陰部が「目当て」である。

従順でかわいい寿司女をいたぶりたい。それだけのために英語の先生になる。そういうものが大半である。

これは、侵略者遺伝子というもので、西洋人の歴史上そうやって世界支配してきた子孫だから、それが自然なのである。実際、犯してできた子の顔が全部相手より自分に似てくるわけだ。面白いに違いない。それほど血が濃い。


まあ、しかしもはや手遅れ。

40年前の岡潔の警鐘はだれも聞かなかった。聴いたとしてもすぐ忘れ去られた。


数学的業績は、その上に建築するから、岡潔の業績はいまも土台として残っている。が、他の考え方や意見や提言の類はまったく影響を与えなかったのである。


この意味では、いまこそ、岡潔の警鐘や提言と向かい合うべき時なのかもしれませんナア。


まあ、俺は

て・お・く・れ

手遅れだろうと見ているがナ。


最後におまけとして、ドラマにも出てきた湯川秀樹と朝永振一郎。

あの〜〜、湯川秀樹博士ってそんなに背が高くないんだよ。朝永振一郎博士も小柄だった。日本人の物理学者は小柄の人が多い。甲元眞人博士が185cmくらいの大柄な博士なんですナ。

ドラマではやたらでかいやつだったが、それは嘘だ。


また、ドラマの最後に「多変数複素関数論はいまだに完成していない」というような言葉が出てきたが、それも嘘。真の意味で完成というものは数学にはありえない。もしも数学が完成したら、それで終焉である。やることがない。

この意味では、完成してはいないのだが、「多変数複素関数論」はその後大きく進歩した。

一番の牽引車、これまた日本人の小平邦彦博士だった。日本人初のフィールズ賞の受賞者。

小平邦彦
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今知ったんだが、晩年は山梨県甲府市に住んでいたんですナ。

さらに、
ジーゲル
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というドイツ人の数学者。このジーゲルは3冊ほど多変数複素関数論を書いている。私もこれをアメリカで読んで勉強したものである。

さらには、ソリトンを現代数学化した
佐藤幹夫博士
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も入るだろうか。

佐藤幹夫博士もどちらかと言えば、岡潔タイプだったのかもしれない。

更に忘れてはいけないのが、ロシア人の
I. M. Gelfand博士。
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現代数学界の巨人。およそ現代数学のほとんどすべてに顔を出す強者である。また、この人は他人の論文を引用しないので有名で、この人の論文に引用されるのが多くの数学者の夢、願いだったという。

そして、さらに私と幾つか共著の論文を作り、多変数複素関数論における超幾何関数、つまり多変数超幾何関数を大幅に拡張することに成功し、それを「多変数準超幾何関数」と命名した数学者、
青本和彦博士。
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私の友人である。

この私と共著の数学論文は、晩年のゲルファント先生の論文に唯一引用された日本人の論文である。青本先生も大喜びしていたんだヨ。俺は物理学者だからどうでもよかったが。


というようなわけで、最後の一文はちょっと間違っていたどころか、大きく間違っていたんですナ。

「その後、岡潔の築いた多変数複素関数論は世界の人たちの手により大きく花開いた」

の方が良かったんじゃないかネ。




いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2018-02-27 10:48 | 岡潔・数学・情緒

ドラマ「天才を育てた女房」を見たが?:1951年までのお話だった。おもしろいのはその後だぞ!1   

父の言葉(My father's words)

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日本人が櫻が好きなのは其の散り際が潔いからである。
(The reason why the Japanese people love Sakura is the way of the great grace moment when Sakura's flowers are scatteredly falling by the wind.)
−− 数学者 岡潔(Dr. Kiyoshi Oka, a Great Japanese mathematician)

数学者 岡潔思想研究会岡潔「創造の視座」:「西洋人は第二のこころがあるのを知らない」


みなさん、こんにちは。

さて、先週の金曜日、あの岡潔博士のドラマが放映された。

私はたしかカーリングを見ていたから、このドラマは録画して土曜日に見たのである。

「天才を育てた女房」:223ついに岡潔がドラマになる!?→奥さんから見た岡潔だって!?


天才を育てた女房
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キャスト


天海祐希、数学者・岡潔の生涯をドラマ化で主演 佐々木蔵之介と11年ぶりの夫婦役


見た印象からすると、意外に力が入っていたドラマだった。

細かいところではかなりの省略や間違いもあったが、総じて数学者という人種や岡潔の人となりを描くという意味では成功していたのではなかろうか?

一番ちょっと違うな

というのは、秋月博士の描き方だっただろうか。


岡潔が「大域イデアル」の論文を持って行ったのは、奥さんではなかった。岡潔本人である。

その時、秋月は病床にあり、もう完全に数学者を止める決心をしていた。

農業でもしながら余生を送ろうと考えていたわけだ。

およそ二年前にここにメモしたが、
大学図書館の「除籍処分の嵐」:みすず書房の「わが師・わが友」まで除籍だった!?

わが師・わが友〈第1〉 (1967年)
わが師・わが友〈第2〉 (1967年)
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この中に秋月博士の「わが師・わが友」が収録されている。

このことを上のメモの「おまけ」として以下のようにその部分を抜粋していたんですナ。

おまけ:
数学者の秋月康夫博士の一番最初の書き出しの節が「数学と岡君」であった。むろん、「岡君」とは岡潔博士のことである。

まず数学に行こうかどこに進もうか迷っていた頃、自分にも数学ができるかと秀才岡潔のところに聞きに行くと「まあ、やってみろよ」と励まされたという。それで数学者に順調に育った。その頃の学生に湯川秀樹とか朝永振一郎がいた。

戦時中の栄養不良から戦後病気になり、その療養生活でもはや数学はもう無理だと田畑を耕して百姓の真似事をしていると、奈良の山奥に引きこもったはずの岡潔が最近やっと仕上げたばかりの世紀の数学の大論文「不定域イデアルの概念(層の概念)」を持って突然やってきた。先祖の田畑を切り売りしながら数学に没頭していたが、もう金が尽きそうだからどこかに職をくれと相談に来たという。しかし、その頃は秋月博士の方も数学の自信を失っていたので、自分の姿を見て岡が言った
「数学をやれよ、もう一度やれよ。きっとやれるよ。一緒にやろうよ」
と励ましてくれたのである。

そして、食事療養で健康を回復し、自信がついてきた頃、ついに京大教授として雇われた。そしてその時に井草準一博士を招聘したという。この井草博士こそ「東大ノート」の先達であった。その見事なノートは比類を見ないという。そしてここから我が国の現代的な代数幾何学が誕生していった。

要するに、岡潔は自分もすごかったが、仲間にも優しく励まし、朝永湯川ばかりか、我が国の現代の代数幾何の生みの親でもあったわけだ。

岡潔がなければ、秋月もない。秋月がなければ、井草もない。井草もなければ、京都の松阪、永田、中野、西、小泉、松村、広中もない。また、東大の玉河、佐竹、志村、谷山、久我、名大の森川もなかったという。

この谷山や志村がいなければ、もちろんワイルズのフェルマー予想の解決もない。

つまり、岡潔がいなかったら、いまだにフェルマー予想は解けていなかったかもしれないのである。

この岡潔と秋月の話はだれかに小説にしてほしいナア。ドラマでもいいが。こういう良いドラマを映像にこそ残すべきなのだ。AKB48が何しようが世界にはまったく影響しない。

まあ、こういった話は当事者が書いたものだからこそ残る。それを若者が読んでこそなのである。そういうものを捨ててしまう。気が狂っているナ。


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(前列左から2人目が秋月康夫。後列左から2人目が広中平祐。)


岡潔は「日本人が櫻が好きなのは其の散り際が潔いからである。」という父親の言葉から名付けられたのである。

潔さ。

これである。

だから、一度

「俺は数学者として生きる」

と心に決めたからには潔くそれに徹する。

これを「すみれはすみれ」だという話で例えたのである。

桜は桜。すみれはすみれ。数学者は数学者。物理学者は物理学者。

分相応にその人生に徹すればよろしい。


さて、ドラマを見た人なら分かるだろうだが、あくまでこのドラマは学士院賞受賞までの半生である。

つまり、1951年までのお話にすぎない。

岡潔
1951年(昭和26年) - 日本学士院賞。
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ところで、この岡潔博士は1978年3月1日にご逝去された。ちょうどいまから40年前のことである。


この1951年から1978年までの27年間。ここが岡潔博士の本領発揮であった。

特に1960年代から1970年代の高度成長期の時代。この日本人が今の中国人のように国際化し始め、国際社会の中で自信を取り戻しつつ、急激に欧米化し傲慢になり始めていた時代、岡潔博士だけが、この日本社会の行く末を心配していたのである。

そして、何冊もの本を書いた。

著作[編集]
単著[編集]
『春宵十話』 毎日新聞社、1963年。
『春宵十話』 角川書店〈角川文庫〉、1969年。
『春宵十話』 毎日新聞社、1972年、改訂新版。
『春宵十話』 光文社〈光文社文庫〉、2006年10月。ISBN 4-334-74146-0。
『春宵十話』 角川学芸出版〈角川ソフィア文庫〉、2014年5月。ISBN 978-4-04-409464-5。
『風蘭』 講談社〈講談社現代新書〉、1964年。
『風蘭』 角川学芸出版〈角川ソフィア文庫〉、2016年2月。ISBN 978-4-04-400125-4。
『紫の火花』 朝日新聞社、1964年。
『春風夏雨』 毎日新聞社、1965年。
『春風夏雨』 角川書店〈角川文庫〉、1970年。
『春風夏雨』 毎日新聞社、1972年、改訂新版。
『春風夏雨』 角川学芸出版〈角川ソフィア文庫〉、2014年5月。ISBN 978-4-04-409465-2。
『月影』 講談社〈講談社現代新書〉、1966年。
『春の草 私の生い立ち』 日本経済新聞社、1966年。
『春の草 私の生い立ち』 日本経済新聞出版社〈日経ビジネス人文庫〉、2010年7月。ISBN 978-4-532-19549-6。 - 日本経済新聞社(1966年刊)の修正、加筆。
『春の雲』 講談社〈講談社現代新書〉、1967年。
『日本のこころ』 講談社〈思想との対話 2〉、1967年。
『日本のこころ』 講談社〈名著シリーズ〉、1968年。
『日本のこころ』 講談社〈講談社文庫〉、1971年。
『一葉舟』 読売新聞社、1968年。
『一葉舟』 角川書店〈角川文庫〉、1971年。
『一葉舟』 角川学芸出版〈角川ソフィア文庫〉、2016年3月。ISBN 978-4-04-400126-1。
『昭和への遺書 敗るるもまたよき国へ』 月刊ペン社、1968年。
『昭和への遺書 敗るるもまたよき国へ』 月刊ペン社、1975年、新装版。
『日本民族』 月刊ペン社、1968年。
『日本民族』 月刊ペン社、1975年、新装版。
『葦牙よ萠えあがれ』 心情圏、1969年。
『日本民族の危機 葦牙(あしかび)よ萌えあがれ!』 日新報道、2011年10月。ISBN 978-4-8174-0727-6。 上記の復刻。
『曙』 講談社〈講談社現代新書〉、1969年。
『神々の花園』 講談社〈講談社現代新書〉、1969年。
『岡潔集 第1巻』 学習研究社、1969年。 - 収録:春宵十話、宗教について、日本人と直観、日本的情緒、無差別智、私の受けた道義教育、絵画教育について、一番心配なこと、顔と動物性、三河島惨事と教育、義務教育私話、数学を志す人に、数学と芸術、音楽のこと、好きな芸術家、女性を描いた文学者、奈良の良さ、相撲・野球、新春放談、ある想像、中谷宇吉郎さんを思う、吉川英治さんのこと、わが師わが友、春の草(私の生い立ち)、対話・全か無か(岡潔、石原慎太郎) 解題(保田与重郎) 年譜。
『岡潔集 第1巻』 学術出版会(発行)日本図書センター(発売)〈学術著作集ライブラリー〉、2008年11月。ISBN 978-4-284-10162-2。 - 学習研究社(昭和44年刊)の復刻。
『岡潔集 第2巻』 学習研究社、1969年。 - 収録:春風夏雨、片雲、女性と数学、若いおかあさまへのお願い、春の日、冬の日、二つのお願い、伊勢神宮参拝の感想、ある日の授業の回想、ふるさとを行く、科学と人間、夜明けを待つ、対話・昭和維新(松下幸之助、岡潔) 解題(保田与重郎)。
『岡潔集 第2巻』 学術出版会(発行)日本図書センター(発売)〈学術著作集ライブラリー〉、2008年11月。ISBN 978-4-284-10163-9。 - 学習研究社(昭和44年刊)の復刻。
『岡潔集 第3巻』 学習研究社、1969年。 - 収録:紫の火花、情緒、すみれの言葉、春の日射し、こころ、童心の世界、独創とは何か、新義務教育の是正について、創造性の教育、教育と研究の間、かぼちゃの生いたち、数学と大脳と赤ん坊、ロケットと女性美と古都、秋に思う、春の水音、わが座右の書、おかあさんがたに語る、人間のいのち、幼児と脳のはなし、生命の芽、対話・萌え騰るもの(司馬遼太郎、岡潔) 解題(保田与重郎)。
『岡潔集 第3巻』 学術出版会(発行)日本図書センター(発売)〈学術著作集ライブラリー〉、2008年11月。ISBN 978-4-284-10164-6。 - 学習研究社(昭和44年刊)の復刻。
『岡潔集 第4巻』 学習研究社、1969年。 - 収録:科学と仏教、教育を語る、梅日和、弁栄上人伝、人という不思議な生物、一葉舟、ラテン文化とともに、対話・人にほれる(小林茂、岡潔) 解題(保田与重郎)。
『岡潔集 第4巻』 学術出版会(発行) 日本図書センター(発売)〈学術著作集ライブラリー〉、2008年11月。ISBN 978-4-284-10165-3。 - 学習研究社(昭和44年刊)の復刻。
『岡潔集 第5巻』 学習研究社、1969年。 - 収録:講演集 こころと国語、私のみた『正法眼蔵』、教育論序説、二十世紀の奇蹟――光明主義、義務教育について、小我を超える――救いへの唯一の道、「情」というものについて、日本の教育への提言、日本民族のこころ、日本人は自己を見失っている、自己とは何かを『正法眼蔵』にきく、愛国、産業界に訴える、こころの世界、中谷治宇二郎君の思い出、対話・美へのいざない(井上靖、岡潔) 解題(保田与重郎)。
『岡潔集 第5巻』 学術出版会(発行)日本図書センター(発売)〈学術著作集ライブラリー〉、2008年11月。ISBN 978-4-284-10166-0。 - 学習研究社(昭和44年刊)の復刻。
『わが人生観 心といのち』 大和出版販売、1972年。
『心といのち』 大和出版〈わが人生観〉、1984年6月。ISBN 4-8047-3000-1。 - 新装版。解説:松永伍一。
『春雨の曲』第8稿、私家版、1978年7月。- 書き直した作品だが絶筆により未完となり、没後出版となった。
春雨の曲』第7稿、私家版、1978年9月。- 完成形だが取り下げ、没後出版となった。金星の娘との出会い、生命と物質の関係、天衆の挨拶、第一の心である自然科学の顕在識(第一識から第六識)と西洋人に存在する潜在識(無明の入る第七識)、第二の心である東洋人に存在する悟り識(第八識から第十五識)、世間智を用いる自他の別、分別智を用いる時空の框、分別智と無差別智を用いる発見(インスピレーション型発見と梓弓型発見と情操・情緒型発見)、無差別智(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)を用いる純粋直観(知的純粋直観と情的純粋直観と意的純粋直観)、九識論を上回る日本人に存在する第十識「真情」への到達(情が知や意より先であることの当然性)、過度だと早死にを招く抜き身を自浄其意で起こすことによる第十一識「時」への到達(道元の別時)、男女の別を懐かしさと喜びから生じる好みで超えることによる第十二識「主宰性」への到達(天照大神と天月読尊の見神)、第十三識「造化」、第十四識「帰趣」、第十五識「内外」等の最晩年の境地も描かれている[12]。
『岡潔講演集』 市民大学講座出版局〈エク・ディエス選書 3〉、1978年10月。 - 解説:松下正寿。
『岡潔 日本の心』 日本図書センター〈人間の記録 54〉、1997年12月。ISBN 4-8205-4297-4。
『岡潔先生二十年祭記念 聴雨録 - 師弟座談集 -』 真情会、1998年3月。
『情緒の教育』 燈影舎、2001年11月。ISBN 4-924520-44-6。
『情緒と創造』 講談社、2002年2月。ISBN 4-06-211173-X。
『日本の国という水槽の水の入れ替え方 憂国の随想集』 成甲書房、2004年4月。ISBN 4-88086-163-4。
岡潔、胡蘭成 『岡潔 / 胡蘭成』 新学社〈近代浪漫派文庫 37〉、2004年11月。ISBN 4-7868-0095-3。 - 合本。
『情緒と日本人』 PHP研究所、2008年1月。ISBN 978-4-569-69552-5。
『情緒と日本人』 PHP研究所〈PHP文庫〉、2015年4月。ISBN 978-4-569-76362-0。
『夜雨の声』 山折哲雄 編、角川学芸出版〈角川ソフィア文庫〉、2014年9月。ISBN 978-4-04-409470-6。
『岡潔 数学を志す人に』 平凡社〈STANDARD BOOKS〉、2015年12月。ISBN 4-582-53153-9。

共著[編集]
小林秀雄 『対話 人間の建設』 新潮社、1965年。
小林秀雄 『対話 人間の建設 新装版』 新潮社、1978年3月。
小林秀雄 『人間の建設』 新潮社〈新潮文庫〉、2010年3月。ISBN 978-4-10-100708-3。
林房雄 『心の対話』 日本ソノサービスセンター、1968年3月。



(つづく)





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by kikidoblog2 | 2018-02-27 10:46 | 岡潔・数学・情緒

「天才を育てた女房」:223ついに岡潔がドラマになる!?→奥さんから見た岡潔だって!?   

みなさん、こんにちは。

西洋では科学者や数学者を題材にした伝記映画や伝記ドラマを放送するのは結構多い。

ジョン・ナッシュの「ビューティフル・マインド」。
ナッシュ均衡論の創始者である。
A Beautiful Mind full movie in hd 1080


リチャード・ファインマンの「インフィニティ」。
朝永振一郎、リチャード・ファインマン、ジュリアン・シュウィンガーでノーベル賞の量子電気力学のファインマンである。
Infinity Trailer 1996


インド人の天才数学者ラマヌジャンの「奇蹟がくれた数式」。
ラマヌジャン「奇蹟がくれた数式」:俺には「奇蹟」まだ一度も訪れていない!ヘッドのしすぎか?



我が国では科学者の映画は地味になりがちなので、あまりテレビや映画では敬遠されてきた感がある。

しかしながら、ついに今春、2月23日金曜日に

あの岡潔博士がドラマ化され放映予定だとか。必見!

といっても、世界初の全身麻酔発明の「華岡青洲の妻」のように、妻の方から見た岡潔である。

以下のものである。

天才を育てた女房
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キャスト


天海祐希、数学者・岡潔の生涯をドラマ化で主演 佐々木蔵之介と11年ぶりの夫婦役



まあ、本当のことをいうと、

天才は育てられるものではない。

天才は生まれ落ちるものである。


だから、もちろん岡潔の奥さんが天才岡潔を育てたはずではない。しかし、岡潔と人生を共にした。

そこがすばらしい。


いずれにせよ、大分前に私がここで以下のようにメモしたことが成就してよかった、よかった。
大学図書館の「除籍処分の嵐」:みすず書房の「わが師・わが友」まで除籍だった!?

おまけ:
数学者の秋月康夫博士の一番最初の書き出しの節が「数学と岡君」であった。むろん、「岡君」とは岡潔博士のことである。

まず数学に行こうかどこに進もうか迷っていた頃、自分にも数学ができるかと秀才岡潔のところに聞きに行くと「まあ、やってみろよ」と励まされたという。それで数学者に順調に育った。その頃の学生に湯川秀樹とか朝永振一郎がいた。

戦時中の栄養不良から戦後病気になり、その療養生活でもはや数学はもう無理だと田畑を耕して百姓の真似事をしていると、奈良の山奥に引きこもったはずの岡潔が最近やっと仕上げたばかりの世紀の数学の大論文「不定域イデアルの概念(層の概念)」を持って突然やってきた。先祖の田畑を切り売りしながら数学に没頭していたが、もう金が尽きそうだからどこかに職をくれと相談に来たという。しかし、その頃は秋月博士の方も数学の自信を失っていたので、自分の姿を見て岡が言った
「数学をやれよ、もう一度やれよ。きっとやれるよ。一緒にやろうよ」
と励ましてくれたのである。

そして、食事療養で健康を回復し、自信がついてきた頃、ついに京大教授として雇われた。そしてその時に井草準一博士を招聘したという。この井草博士こそ「東大ノート」の先達であった。その見事なノートは比類を見ないという。そしてここから我が国の現代的な代数幾何学が誕生していった。

要するに、岡潔は自分もすごかったが、仲間にも優しく励まし、朝永湯川ばかりか、我が国の現代の代数幾何の生みの親でもあったわけだ。

岡潔がなければ、秋月もない。秋月がなければ、井草もない。井草もなければ、京都の松阪、永田、中野、西、小泉、松村、広中もない。また、東大の玉河、佐竹、志村、谷山、久我、名大の森川もなかったという。

この谷山や志村がいなければ、もちろんワイルズのフェルマー予想の解決もない。

つまり、岡潔がいなかったら、いまだにフェルマー予想は解けていなかったかもしれないのである。

この岡潔と秋月の話はだれかに小説にしてほしいナア。ドラマでもいいが。こういう良いドラマを映像にこそ残すべきなのだ。AKB48が何しようが世界にはまったく影響しない。

まあ、こういった話は当事者が書いたものだからこそ残る。それを若者が読んでこそなのである。そういうものを捨ててしまう。気が狂っているナ。



まあ、晩年の道元や松尾芭蕉の境地に進んだスピリチュアルの先人としての岡潔については、第二弾、第三弾が必要なのかもしれませんナ。


いつも小さな赤い服の金星人の女の子と夜空を眺めて話し合ったとか、

道元が弟子を連れて迎えに来たとか、

岡潔博士は真に謎めいた大数学者だった。

参考までに高知の横山賢二さんのサイトもメモしておこう。以下のものである。

数学者 岡潔思想研究会
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はたしてどういう感じのドラマなのか?


乞うご期待。


それにしても我が国の日本人科学者や数学者にも非常にユニークな保江邦夫博士のような人たちもたくさんいる。

日本は合気道や柔道の創始者もいたし、スポーツでもたくさんそういうユニークなオリジナルがいた。

ちょっとだけしかドラマや映画にならないというのも、困ったものではある。



いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2018-02-04 10:44 | 岡潔・数学・情緒

岡潔「創造の視座」:「西洋人は第二のこころがあるのを知らない」   

父の言葉(My father's words)

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日本人が櫻が好きなのは其の散り際が潔いからである。
(The reason why the Japanese people love Sakura is the way of the great grace moment when Sakura's flowers are scatteredly falling by the wind.)
−− 数学者 岡潔(Dr. Kiyoshi Oka, a Great Japanese mathematician)

数学者 岡潔思想研究会


みなさん、こんにちは。

さて、いつものことだが朝鮮人と支那人のことをメモすると後味が悪くなる。運気も下がる。情緒が濁る。そこで、運気があがり、情緒もクリアになるようなことをメモしておこう。

もちろん、岡潔博士の話についてである。

大分前にブログ1で
岡潔「嬰児に学ぶ」:人には第二の心がある。そのふるさとは頭頂葉である。
をメモした。

それから約8ヶ月経ってやっと新しいものが出てきた。以下のものである。
岡潔 「創造の視座」の解説


これは実にいい話である。と同時に「深い」。真の「深いい話」というものである。

ところで、私自身もそうだが、人間60近くになったりそれを超えると(まあ、人それぞれで人によっては20代30代でもそうなるようだが)、だんだん考え方が固くなる。つまり、固定化する。

アインシュタインのことを持ち出すまでもなく、1つのことに熱中しすぎてそればかりになると、「その中で生きる」ことになるが、自分ではそれに気づかないことになる。そういう危険があるわけだ。

かつてアインシュタインは比較的若い壮年の頃、こういう意味のことを言っていた。
仮に10年間一つのアイデアに集中していくらそれが美しいものであったとしても、実験や論理で否定されたなら、一瞬にしてそれまでの10年間の努力は無に帰す。が、それでも次の瞬間にはまた別のアイデアに挑戦すべきである。
ところが、そのアインシュタインでさえも晩年になると、自分の相対性理論から一歩も踏み出す勇気がなくなったのだった。

有名な天才でもこういうことになる。同様にして我々凡人の場合もそうだ。

仮に私がここ数年ずっとHAARPモニターを観察し、釘付けになってきたからという理由で、
「俺がこの世界でHAARPに一番詳しい人間だ」とか
「俺しかHAARPを理解しているものはない」とか
そういうことを言い出したとすれば、俺はもう終わりである。

いくらHAARPモニターで地震電磁波を認識する術を持ったからといって、それはみなに共有されるべき知識にすぎない。また、別に自分が作ったわけでもなし、所詮HAARPは道具の1つにすぎない。

だから、そういうことを言っても大した意味は無いのである。あくまで巨大地震の犠牲者を出したくないから私はHAARPモニターを観察し来ていたわけですナ。

ところが、人間、普通の人にありがちなことは、それを往々にしてその罠にはまる。サイトを有料化してみたり、自分が一番の専門家の振りをし始めるのだ。

いまの舛添要一都知事がそうだった。田原総一朗のテレビに出ていた頃には、こいつは自分が一番政治に詳しいと言っていた。そろそろ田原総一朗は任命責任で切腹したほうがいいんじゃないか?こんな怪物モンスターヒトモドキを世にはなった重大なる責任があるはずだ。

なぜそうなるか?

というと、自分が一番詳しいという気持ちがそうさせてしまうのである。これが我々が一番陥る危険なのである。要するに、いわゆる「専門家」になってしまうのである。

私がこのブログを「個人メモ」と言っているのはこの危険性を排除することが目的である。いつも自分自身が初心者だとして自分にメモする感じでメモする。

まあ、皮肉やジョークで偽の自意識過剰を演じることもあるが、例えば、
俺が一番この世の悪に詳しい
とかナ、そういうのは余興にすぎない。

多くのブロガー、それもある程度有名ブロガーになるとこういう傾向が目立ってくる。だれとは言うまでもないが。そしてたいていは有料化する。

ここでも一回1円でも人は見るに違いないが、そうすれば1日1〜5万円の収入にはなるだろう。つまり、月30万〜150万円にはなるだろう。そうすれば、税金が来て国に貢献するだろうが、そうしようがしまいがやっていることは何も変わらない。つまり、グループ会社内で見せかけの売買して経常収支を増すというようなものにすぎない。むしろ、税務署の仕事も増えたり、お互いに面倒な時間と労働が増すだけになるわけだ。つまり、消費するだけ。

変な自意識が無駄金を要するわけだ。だから、金貸しは人の自意識をくすぐる。これが経済の原理。


さて、大分前置きが長くなり、しかも横道にそれてしまったが、今回の岡潔博士の話は非常に興味深い。これを公開してくれた横山さんに心から感謝したい。ありがとうございました。


そこで、全部は自分で読んでもらうことにして、ここでは私の特に面白いと感じたものだけいくつかピックアップしておこう。俺も自意識過剰気味だナ。
【4】 万葉の歌

日本は、明治以前と以後とでたいへん変わっているのです。明治以後の日本は、西洋の思想をとり入れ、その中に住んでいると申しました。日本語も、実質的には西洋の言葉になってしまっている。

終戦前、それもだいぶん前、物理の寺田先生がまだ理研をやっておられた頃の話ですが、その頃ドイツにオットー・ラボルテという理論物理学者がいた。まだ30前だけれども、スベクトル分析でたいへんよい仕事をした。それで理研はこれを招聘しょうへいした。ラボルテ氏は寺田先生の教室へ入った。

ところで、ここは俳句が盛んでした。みんな寄って俳句というものを教えた。そうして鎌倉へ旅行した。そうすると、ラボルテ氏は帰ってきて、みんなに俳句をよんだといって示した。その俳句が

鎌倉に鶴がたくさんおりました」。

これではどうにも仕方がない。まるで俳句にならない。そう思うでしょう。これは欧米語ですね。

ところが、箱根の大涌谷に
斎藤茂吉
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の歌碑が立っている。そこに刻んである歌は

おのずから さびしくもあるか 夕暮れて 雲は大きく 谷に沈みぬ

こういうのです。使ってある言葉は一見万葉の言葉です。ところが、その調子は非常に弱々しくて、万葉とは似てもつかない。

万葉は、こんな調子です。

たまきはる 宇智(うち)の大野(おおぬ)に 馬並(な)めて 朝ふますらむ その草深野

これは舒明(じょめい)天皇が宇智郡の野で狩をなさったとき、その皇后か皇女かが天皇の狩を思うておよみになった歌で「たまきはる」は宇智の枕ことばです。この草深い野の朝露のたまっているところを馬が並んでパッと走っている、いかにも馬が走っているという感じがする。

この強い調子に比べて斎藤茂吉の歌はなぜ弱々しいのだろうかと思ってみますと、斎藤茂吉の歌の骨格は「雲は谷に沈みぬ」と、それだけですね。自他対立している。自分はここに立っている。向こうで雲が谷に沈んだ。それに「大きく」という形容詞をつけ、「さびしくもあるか」と自画自讃しただけ。

骨格は「雲が谷に沈んだ」だけです。「鎌倉に鶴がたくさんおりました」と同じなんです。そう思ってもう一度中皇女命なかちすめらひめみこの歌を見ますと「たまきはる 宇智の大野に 馬並めて 朝ふますらむ その草深野」には主格というものがないんですね。これほど明治以前の日本語と明治以後の日本語とは違っている。


これは物理学者の
寺田寅彦博士
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1878年(明治11年)11月28日 - 1935年(昭和10年)12月31日)
の話である。

我が国では戦前の文筆家として有名になると、やたらと昔の人のような感じがするが、寺田先生は1935年まで生きていた。アインシュタインが1955年死去だから、そのちょっと前まで生きていたわけである。

そしてこの寺田先生こそ、朝永振一郎博士が「科学者のための自由な楽園」と例えた戦前の理化学研究所の研究者だった。つまり、私や小保方さんのいた理研である。午前中東大物理で講義をして、午後には理研で研究をする。こういう生活だったのである。

この東大で講義をする時の学生が、伏見康治博士であり、渡邉慧博士であり、高橋秀俊博士であり、戦後の我が国の基礎科学の土台を作った人々である。高橋秀俊博士が我が国で最初の電子計算機を設計して完成したスーパー天才だったのである。そのお弟子さんが富士通を生み出したのだ。知ってるか?(おっと失敬)

一方、最近私が釘付けになっている方の杉田元宜博士もまたその時代の人だった。だから寺田先生の講義を受けた1人である。旧東京帝大物理学科卒である。が、この杉田博士のいた場所は理研(理化学研究所)ではなく、小林理研(小林理学研究所)という戦前の謎の研究機関である。

ここは純粋数学と理論物理の天才だけがリクルートされた海外にはあまり知られていない民間財団の研究機関だった。戦後のアメリカでいえば、おそらくプリンストン大学の高等研究所のような場所だったと考えられる。残念ながら、戦後改変され単なる音響メーカーになった。

この寺田寅彦先生の研究室にドイツ人の
ラポルテ博士(Otto Laporte)
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がやってきた。ちなみに、岡潔はラボルテと書いてあるが、ラポルテが正しい。分光学(スペクトロスコピー)の「ラポルテの法則」を見出した人である。

ラポルテ先生が寺田研究室で俳句を教わったというのだ。

そしてこの偉大なるドイツ人、ヒットラーの第三帝国の教授が生み出した俳句がこれだった。
「鎌倉に 鶴がたくさん おりました」

はあ、見たまんまかよ!というわけだ。

これが西洋人だと岡潔は言う。

実はこれとまったく同じことが、今年の花見でもそこらじゅうで起こった。我が国の桜の花見が有名になってたくさんの諸外国人がやってきた時の印象がこれだった。
公園の ピンクの桜が うつくしい

【海外の反応】「日本の桜は見事!」井の頭公園のゴージャスな桜に 外国人 大感激~
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この西洋人の「第一の心」=「前頭葉の心」=「いわゆる意識」に対して、我が国の斎藤茂吉は、箱根の大涌谷で
おのずからさびしくもあるか 夕暮れて 雲は大きく谷に沈みぬ
こう詠んだという。

徳川家の子孫である、俳句や万葉に詳しい、ねずさんこと小名木善行さんではないが、岡潔がいう万葉の句とはこういうものだと。
「たまきはる 宇智(うち)の大野(おおぬ)に馬並(な)めて 朝ふますらむ その草深野」

舒明(じょめい)天皇
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驚くべきことは、岡潔博士の言っていることが、小名木善行さんが言っていることとまったく同じだったことである。

これが日本人の「情緒」というものである。

自意識に従って見たまんま、体験したまんまを文章にすることが芸術だと思っているのが西洋人。見たまんまに描くのが絵画だと思っていたのが西洋人。

だから、ジャポニズムでゴッホやゴーギャンやピカソが日本の浮世絵に衝撃を受けたわけだ。

さて、その次の節がこれ。
【5】 自然は映像

仏教は明治以前の言葉で述べてある。それで明治以後の人にはわからんのですね。ところが
山崎弁栄(べんねい)上人
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は大正9年になくなった。それで明治以後の日本語でいわれた。あなた方きっと意外にお思いになるだろうと思うのですが、仏教は昔からそういってたんです。

弁栄上人、どういっておられるかといいますと、

自然は映像である。映像といえばテレビのようなもの、この映像は第2の心の世界の深部—深いところから映写されているのである。自然には阻害性というものがある。つまり自然はテレビと違って、堅さとか、抵抗とかいう阻害性がある。

だから映像とは受け取れない。そういう人があるかもしれないが、人に知と意志との2つの属性があるように、第2の心の世界にも知と意志との2属性がある。その知があらわれて、色、形、音、匂い、味、そういうものになる。意志があらわれて阻害性となる。で、やはり阻害性はあっても、それは映像である。

そんなふうに注釈しておられます。

で、こういう西洋の言葉で述べてもらって、仏教はそんなことをいっていたのかと思って、それまでのものを聞き直してみますと禅では五蘊皆空唯有識心(ごうんかいくうゆいうしきしん)こういうことをいっております。

どういう意味であるかというと、
このからだも空である、第1の心も空である、
そういっているのです。「空」というのは仮象-仮の姿である、ないものである、あると思うだけである。映像といっても同じことですね。ただ第2の心だけがあるのだ。こういっているのです。

最近ちょっとだけ西洋人がこの世界のことがわかってきたと見えて、最近の理論物理学者が得意になってこう言い始めた。知っている人もいるだろう。
宇宙はホログラムである。
「ホログラフィック宇宙論」
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というやつだ。

しかしながら、山崎上人や我が国仏教徒の言っているのとは大分趣が異なる。意味も違う。あくまで西洋人の見たまんまの説である。この時空内のホログラムである。

これをまさに紐解いたのがこれだ。
【7】 西洋は時間、空間

それでは西洋は一体どんなふうだろう、西洋は自然をどう思っているか。かように西洋というものを基礎から見直そうと思う。これが自主的に事をするということですね。西洋というものをすっかり見直してみよう。こう思うだけでも、東洋を思い出したという利益はあるわけです。

ところで西洋を見てみますと、西洋の学問、思想の全体は時間、空間という枠の中にはまっている。西洋の学問、思想で時間、空間の枠の外に出たものは1つもありません。つまり時間、空間といういわば箱の中に閉じ込められているようなものです。

カント
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は時間、空間を先験観念といって、自分はこれらなしには考えられない
といっています。こんなにはっきりいったのはカントだけです。しかし、他の人はいわないで、そのとおりしています。

宗教、キリスト教なんかでも
その天地創造は、神が天地を創造するよりも前に時間、空間というものがあった
と思っています。これはそんなものあたりまえだ、必ずそれがあるはずだというのです。言葉に出してはいっていないんだけど、キリスト教の天地創造というものは、時間、空間の枠の中における天地創造です。こんなふうに西洋というものの全体を見ることができる。東洋というものを思い出す、こういうことができる。またしようと思えば、わけなしにできるのです。


岡潔博士は、多変数解析論で「層の理論」(不定域イデアルの概念)というものをゼロから創始した純粋数学者である。その岡潔が、実は
実数全体が現実に存在しているか証明したものはいない。
つまり、実数の存在定理が存在しない
とおっしゃる。

それがこれだ。
【8】 実数の全体

そうすると、時間、空間というものは存在するのかという問題が出てきます。この問題は実数の全体というものが存在するのかという問題に帰着します。ところで、その実数の全体というものが存在するということを証明できると思っている真の数学者は、もはや1人もいない。こういうことを聞くと、不思議にお思いになるでしょう。実数の全体というものが存在するということがいえなければ数学というものが存在するとはいえない。

そうすると、今日の数学者は、数学というものの存在が未来永劫証明できないと思いながら数学しているのだということになります。どうすれば、そういう不思議なことができるのだろう、こういう疑問が派生します。この疑問を解明するには、今日大学で実数をどんなふうに教えているかを見ればよろしい。

黒板に横に1線を引く、そしてこれは直線ですという。そのまん中に点を1つ打つ。そしてこれはゼロの表現ですという。その右側に第2の点を打つ。そうしてこれは1の表現ですという。次にその左右に等間隔に無制限に点を打つ。そうして右側のものが2,3等の表現である。左側のものがマイナス1,マイナス2等の表現ですという。

次にその各区間を10等分する。次にその各小区間をさらに10等分する。これを重ねる。分点の数はだんだんふえていく。そうしてこれが小数というものの表現ですという。最後にその極限を考える。そうしてこれが実数の全体というものの表現です。こういう。

それで学生は実数の全体というものは表現できるとしか思えない。それで実数の全体というものは存在しているとしか思えない。こんなふうなわけです。これが実数の全体というものが存在していると思われている理由です。


数学や物理では実数の集合をRなんてかっこつけて書いているが、実は空虚なもので、その実体はわかっていないのである。素数ですらまだ良くわからないのに、実数なんて夢のまた夢なのである。

ところで、自称ロシアスミルノフ学派の佐野千遥先生が、数論の大定理を証明したと言っているようだが、それは真っ赤なウソ。まだ双子の素数の定理を証明したものはいない。残念ながら、博士でもなかった。なかなかの変人だナ。俺よりはマシだが。

そして岡潔博士ついに時空の謎にせまる。
【9】 時空の枠

この実数の全体というものを内容として、時間というものがあると思っている。またこれによって組み上げて空間というものがあると思っている。だから、結局西洋の学問、思想における時間、空間とは、空間とは見えるからあるとしか思えないものである。時間とは、その空間によって表現できるから、あるとしか思えないもの、つまりひっきょう時間、空間は見えるからあると思っている。

西洋の学問、思想はすべて時間、空間の枠の中にある。だから、西洋の学問、思想の全体は見えるからあると思っているものである。つまりあるように見えるのである。あるということが言えているのではない。だから、見えているという範囲では、自然科学なんかかなりそのとおりになるのです。月へ着陸するなどということもできる。これは順々に見えますから。そういう浅いところは、そんなふうなんです。

この第2の心ですが、仏教は第2の心の中には時間も空間もないといっている。時間、空間を越えている。だから、あらゆる時、あらゆる所に遍満するのだ、そういっています。それで西洋は時間、空間の枠の中を得、東洋は時間、空間の枠の外を得る。東洋の本質は時間、空間を越えている。西洋の学問、思想はすべて時間、空間の枠の中にある。だから東洋の思想と西洋の思想と2つの別なものである。矛盾するおそれはない。こんなふうになるんです。

【10】 天と地

で、そんなふうに東洋の仏教の高僧、大先達は、特別な智力によって宇宙の真相をいろいろ述べている。それが大体いえば、さっきいったとおり自然は空で、第2の心だけがあるのです。第2の心は常に存在するといわれています。それがほんとうの人だというのだから、人は不死だといっているわけです。

時間、空間という枠の外はいくら述べられても十分にはわからない。しかし、時間、空間の枠の内というのは、調べれば調べるほど形に残る。時間、空間の枠の内を西洋がどれくらい調べてくれてあるか、自然科学はガリレオからかぞえて500年近く時間、空間の枠の内を調べている。どこまでわかっているだろうか、この時間、空間の枠の内というのは、地のようなものである。

形を刻もうと思えば地にしか刻めない。時間、空間のの枠の外は、天のようなものである。しかし、天がなければ息することもできない。かように東洋は天、西洋は地と、こう分かれているわけですが、自然科学という地の彫刻がどこまで進んでいるか、それを一度見てみましょう。


矢作先生や保江博士やエベン・アレキサンダー博士が体験した死後の世界の話。

それより50〜60年も前に岡潔博士はそういうことを主張していたのである。ましてや山崎弁栄上人はもっと前から言っていた。さらには、曹洞宗の開祖、道元はその時代にそういうことを言ってた。

かつてのインドの釈迦、仏教の高僧はみんなそういっていたという。

どの仏教の宗派でも般若心経の「五蘊皆空唯有識心(ごうんかいくうゆいうしきしん)」と唱えるのは、もちろん、四国お遍路さんでもこれを唱えるらしいが、その理由が、

心を無にせよ、さもなくばこの世界の真実が見えない
この世の真実を知りたければ、すべてを無にせよ、空にせよ

言い換えれば、
第一のこころを空にして初めて第二のこころがあることが分かる
ということだからである。

この無の境地、空の境地が逆に神の視点、この宇宙の開祖の視点からものを見ることに繋がるというわけだ。

どうやら岡潔博士はそういってたんですナ。

実に興味深い。

ちなみに、これを合気道でおやりになったのが、植芝盛平師範、塩田剛三師範、保江邦夫師範である。

まだまだ世も捨てたもんじゃないではないか?

しかしながら、普通の大半の人や西洋人や特ア人やアジア人など諸外国人にはこれはまったく意味不明だろう。

見たまんま、感じたまんまに本能で生きる。単に意識は本能の発露だからナ。

まあ、すべての認識が逆なのである。


いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2016-05-13 17:27 | 岡潔・数学・情緒