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カテゴリ:福岡正信・自然農法( 7 )   

カリフォルニアの砂漠化の原因:福岡正信「スペイン人がフォックステールを持ち込んだから」   

みなさん、こんにちは。

いまさっき保江先生の新著がアマゾンのオカルト部門で相変わらずトップ1を維持しているだろうと見てみたら、なんといつのまにか2位になっていた。そこで新たなる1位は何の本かと思ったら、なんとそれも保江先生の本だった。これだ。

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UFOエネルギーとNEOチルドレンと高次元存在が教える地球では誰も知らないこと
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いや〜〜、2019年はついに保江先生の時代到来。大ブレークのなんでしょうか?頑張れ、保江先生。草葉の陰から俺も応援していますヨ。


さて、ここでは保江先生の話ではなく、福島正信さんの話。

正直、福島正信さんの本にはところどころに至極の思想にあふれているところがある。

いくつかキーワードをメモしておくと、こんな感じ。

(あ)立体時計
(い)時子と空子
(う)無の哲学


立体時計

立体時計というのは、地球上のすべての場所でその場所ごとの過去から未来までの情景を移すことができるルッキンググラスのようなものである。つまり、4時次元の時計のことである。

福岡正信さんは、AIを使って、そういう立体時計をあらゆる場所で設置すれば、この世界の因果応報をすべて知ることになり、人類の思考形態が変わるのではないかと考えたわけである。


時子と空子

これはこの世界には時間も空間も何もないという無の哲学からはじまった時空の素の考え方である。時間の粒、あるいは時間というものを生み出す素、そんなものがある。それを仮に時子と呼ぶ。

同様に、空間を生み出す素のようなものがあり、それを空子と呼ぶ。

この時子と空子が出会って初めて時空ができると考える。

いや〜〜、絶対に普通の理論物理学者はできない発想である。湯川秀樹をも超えた。湯川秀樹とその弟子の保江師匠は素領域だから、これはすでに時子と空子が出会ったあとの時空子のことにすぎない。

いいね〜〜、実に良い。

時子と空子が化学反応して結合して時空の素=素領域が生まれる。時空間を生き物のように考える。実に興味深いアイデアである。

最近のフリエネ:第二章「イーサ(エーテル)のいろいろ」が面白い→「宇宙は開放系だ!」の中のラビオレッテ博士の化学反応するエーテルの理論に非常に近いとも言える。


無の哲学

無の哲学は、無の思想という福岡正信さんの本の主題である。この世は色即是空。本来何もない。我々が一つのマトリックスとして言語、数学、建築、衣食住などすべてにわたって自らが「生み出した」と称して定義した概念の世界という一種の塀の中で生きているにすぎず、本来この宇宙にはそうしたものはなかったのだ。

こういう考え方である。

進化も存在しない。

最初にあらゆる組み合わせ、あらゆる可能性がこの世界には撒かれている。それが時が来ると結合して、それが発芽するに過ぎないのだ。そういう考え方である。


こうして自然農法の生みの親の福岡正信さんの思想ややってきたことを眺めると、アメリカの20世紀最大の建築家といわれたバックミンスター・フラーに非常に似ている感じがしますナ。

ともに仕事で大失敗し自殺しようとした。福岡さんは教会の崖から飛び降り自殺、フラーは湖に入水自殺。それが叶わず、その時にこの世界のすべてを理解したという神秘体験まで似ている。

フラーは自らをモルモットBと呼び、自分を殺して他人だけのために生きると決意して生きた結果、ダイマクション建築、ダイマクションカー、フラードーム、オクテットトラス構造などなど20世紀の建築思想の根幹を変えたのであった。

1970年の大阪万博のいわゆる「パビリオン」という建築はすべてフラーの建築思想でできたものである。

なかでも、その著書クリティカルパスの中にある、ジオスコープという思想は福岡正信さんの立体時計の先駆のようなものである。

これのフラーのジオスコープとフクオカのキュービッククロック(立体時計)は本当に作ってみたらどうか?

今のテクノロジーなら実現可能だろう。スマホのアプリにしても良いかも知れない。iPadのようなものでもよい。

あらゆる場所で、スペースタイムウォッチを開けば、GPSで今自分がいるその場所の宇宙開闢時代から宇宙の終焉までの栄華盛衰が見ることができる。江戸時代のその場所を見ることができる。

最近では、公園などでその場所を写せば、その場所の過去の情景が見られるというようなものがある。
あらゆる場所で、その場所の過去から現在そして未来のどの時点でもその場の状況がAIによって描き出される。

スマホもAIもここまで行けば大したものになるだろう。

ところで、立体時計の話はどの本にあるか?

というと、福岡正信「わら一本の革命
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という本である。


さて、福岡正信さんの本の中で一箇所非常に気になった部分がある。それは上の「わら一本の革命」にある。

これは、カリフォルニアはどうして砂漠化したのか?という質問に対してアメリカ人の答えからでた。

思い出せば、私が留学したユタ大学の裏手に山があるが、まったく森林がない。小さな木か草が生えているだけです。いわゆるブッシュというものが延々と山を覆っているだけだ。
ユタ大学の眺望
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30年前の私と妻
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実は明治時代以前の朝鮮半島もまったく同じで、山々に木はまったく生えていなかった。これは多くの当時の欧米旅行者が旅行記に書き残した事実である。朝鮮に王桜などあるわけがない。
2019年04月14日12:00韓国人「日帝が変えた朝鮮の景色…もしかすると我々は、日本について悪いことだけを学ばされているのではないだろうか」
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いまの朝鮮半島の風景は南北いずれも日本が朝鮮併合し、同盟国として日本が日本経済の倍以上もの資金をつぎ込んで、近代化と森林化を行った結果だったのである。
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これが今では、王桜自生しただの、日本の桜の元祖だとか、2〜3才児でも分かるような嘘のオンパレードとなった。歴史は一つ。変えることはできない。

さて話を戻すと、カリフォルニアも昔はセコイアとかシダとか生い茂っていたらしいが、すくなくともアメリカのネイティブインディアンの時代にはかなり森林があったという。

ところが、その後スペイン人がやってきて以来、彼らがフォックステール
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という変な草を持ち込み、それが根付いてしまった結果、ちょうど我が国のセイタカアワダチソウのような役目で、どんどん山が砂漠化していったというのである。

こいつが刺さると大変で、その実がどんどん肉の中に侵入して大問題になるらしい。

そんなわけで、カリフォルニアを砂漠化したのもまたスペイン人の白人たちだったというわけだ。白人が住む場所が砂漠化する。まあ、文化的にも、自分が外敵に狙われにくくするためにわざと周辺を見通しよくするために木々を伐採したんだとか。

イングランドでもそうで、あのウィリアム・テルの時代には森林があったが、イギリスの王が怖がって全部森林を伐採したからイギリスには日本のような森林がないんだとか。芝生の公園のような土地しかない。昔の日本の殿様は周囲を伐採する代わりに城を建てたわけだ。

さて、問題の箇所はそういう砂漠化の話の中の一節として現れた。私にはこれが実に興味深かった。

その砂漠化の話の中で、ネイティブインディアンのアメリカ人が出てくるのだが、その人は鉱物学者でもあり、地形に詳しかった。

カリフォルニアの砂漠化を見て回った福岡正信さんが、どうして日本にあるような木々がカリフォルニアにも生えているのかと聞いたところ、その米人が答えた。そこだけ引用しておこう。

「実は私はもともと鉱物の専門学者だった」
と分厚い本を持ってきて示すんです。その話が、日本列島とサンフランシスコあたりの母岩が一緒だと言うんです。また、北海道の島々とカナダの南の母岩が一緒。シベリアとアラスカ、東南アジアとメキシコ付近の石もまた一緒だと言うんです。全く相似的に分布している。

そして、昔太平洋は大陸だったという説もあり、山が爆発した時に、溶岩が東西に流れて、そのようになったんではないか、と言うんです。

日本には富士山がある。カリフォルニアにも同じくらいの高さの火山が、ちょうど同じような所にある(シャスタ山、4317m)。富士山があって、雑草が一緒で、石(母岩)が一緒だったら、太古は一緒だったかも知れない。


実に興味深い。

これについては、いくつかの説が考えられる。

(あ)元々日本とカリフォルニアはくっついていたが、プレートが動いた。(大陸移動説)
(い)元々日本とカリフォルニアはくっついていたが、地球が膨張した。(地球膨張説)
(う)元々日本とカリフォルニアは大陸の両端だったが、その間が凹んで海になった。(大陸隆起沈没説)
(え)元々日本とカリフォルニアは大陸の両端だったが、ニビルの衛生が衝突して割れた。(隕石衝突説説)


私としては(え)のニビルの衛生衝突説をとりたい。

いずれにせよ、超古代の地球創生期では、日本とカリフォルニアも陸続きで同じような生態系だった。それが何らかの大イベントが起きて、地球が割れた。そこが太平洋になった。実際、太平洋は地球のほぼ半分の面積を占める。偏西風のおかげで我が国は緑の島になり、カリフォルニアは砂漠の半島になった。

いわゆるゴンドアナ大陸説は日本は東の海側でカリフォルニアは西の海側で離れていることになっているが、どうもそれは事実ではないということになる。

実際の地質データに一番あっているのは、実は(い)の地球膨張説なんですナ。地球が徐々に膨張するのであれば、大陸間は割れて広がる。だから、プレートは動いているといってもすべてが離れているわけだ。

これはちょうどこの宇宙が膨張しているという説の類似物ということになる。日本は世界の雛形。地球は宇宙の雛形説である。

木内鶴彦さんの幽体離脱で見てきたところでは、月から大量の水が降り注ぎ、いまのような地球になった。だから、それまでは太平洋もなかったかもしれないわけだ。ムー大陸というのは、アメリカと日本がくっついていて、チャーチワードはそれをムー大陸と勘違いし、昔のギリシャのプラトンはそれをアトランティスと勘違いしたのかもしれないわけだ。

はて真実はいかに?


それにしてもスペイン人が持っていった雑草の種でカリフォルニアが砂漠化したが、アメリカの白人は植林という労働をまったくする気がなかったようだ。まさにニビルの神々の血筋なんですナ。怠け者。

そんなわけで、カリフォルニアで山林火災といってもそもそもあまり大きな木がないんじゃ、たいしたことにはならなさそうですナ。山火事になってもすぐ鎮火するんちゃうか?


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2019-04-16 14:15 | 福岡正信・自然農法

福岡正信「50年前にユダヤ人から聞いた話」:日本のものは何でも潰すアジェンダのことだった1?   

自然に還るー福岡正信
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みなさん、こんにちは。

さて、一週間ほど前に「自然農法」の福岡正信さんの晩年の講演会の話をメモしていたと思う。これである。
昭和→平成→令和:日本株式会社→在日本株式会社→多国籍日本株式会社だった!?

福岡正信「50年前にユダヤ人から聞いた話」:いかにして日本人を殺すかの戦略!

50年前にユダヤ人から聞いた話 福岡正信


そこでは、大前研一は米メーソンの手先で、偽ユダヤ人の世界戦略の片棒を担いだ日本人である。あるいは、日本人そっくりの日本人ではない人だったという話をメモした。そして我が国はまんまとそれにはめられたと。

さて、この動画を最初に見つけてからもう何年経っただろうか?2年ほどかな。
福岡正信・自然農法( 5 )

それ以来、このときに福岡正信さんに「日本経済つぶしの戦略」を教えたというユダヤ人がいったいだれかを調べてきたのだが、まだ分からない。

同様に、この話は福岡正信さんの著書のどれに記録され、講演時にどの本を読んでいたのか?これをずっと探していたんですナ。

昨日ついにその本を見つけたのである。それで幸いにも阿南図書館に存在したので、それを借りてきた。次の本だった。
自然に還る 単行本 – 2004/9/1
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(初版は1984年)

この本の447ページに問題の箇所があった。「日本経済は崩壊するか」という節である。

もしこの初版の1984年のときに今から十数年前というと、1969年ごろにユダヤ人と会ったということになる。

その頃には、米ユダヤ人は我が国の経済つぶしの長期戦略を立て、すでに着手していたということになる。

ところで、その部分は意外に短かったので(むろん、すべての計略を書いていたわけではなかったので)、ここに引用しておこう。
(4)私は十数年前アメリカで、ユダヤ系の哲学者であり企業家でもある人から、日本経済を崩壊させるためのの戦略を聞かされました。もちろん話は私の思想に共鳴する友人としての善意からです。

戦略の第一歩は、国有鉄道の解体、通信機関の民営化で、これを民主主義の名ですすめる。第二歩は、情報網の掌握のためテレビ、新聞への接近介入、政治圧力で株式の公開ができたら布石は終わる。後は知的所有権の主張、株の暴落をまち株式会社の乗っとりが始まるだけで、そのための弁護士が多数日本におしかけるようになれば、日本の経済も終わりと思えば良いと笑いました。

また、一つの産業を滅ぼす戦術の例として、日本の酒亡ぼしを話してくれました。その席で出されたコップには白い酒が入っていました。

「これは貴方が創った日本酒(ハッピーヒル)の米から創った自然酒ですよ」。酒の飲めない私にも、それは明らかに日本のどぶろくで、コップを手にするとニチャニチャしていて、甘く口当たりのよい酒でした。

彼は、大物を助けて、小物をまず倒す戦術だという。すなわち日本の地酒を滅ぼすために、一、ニの大酒造会社と手を結び、彼らに、アメリカのコーンからとった酒精(アルコール)を日本酒に混ぜることを教える。50%くらいまぜるまで、日本人は味の低下に気づかないはずだ。その数年の間に多量生産の安い酒で、日本の酒造会社は大儲けする。その儲けた金を米国に持ち帰るようなことはしない。その金は全部テレビの宣伝費に使って、地酒亡ぼしに協力する。地酒が滅び、日本米の酒がアルコール酒に変わり、味が下がれば、日本人の日本酒離れが始まるだろう。その時リキュール酒や洋酒を売りつける(確かに一時洋酒がはやり、日本酒より焼酎がもてた時がありました)。しかし最後には、一番うまいのはやはり日本酒だと気づくだろう。その時のため、今このカリフォルニアでの自然の日本酒を造っているのがこれだという。大柄で笑顔をたやさない彼の話の中で、アメリカ人の深慮遠慮としたたかさをみた思いがしました。

帰国後、一、二年した時、そのときはまだ日本政府の主税局の許可が出ないといっていたカリフォルニア産の自然酒が日本に進出し、銀座の高級料理店の自然酒はみな米国産だと聞かされました。

しかし実際は、日本の地酒もしたたかで、グルメブームにのり、なんとか危機を脱したようにみえます。だが問題は、彼らの最終目的である大酒造会社との合併、乗っ取りです。本当に大丈夫でしょうか。安心できないうわさもちらほら聞きます。

どうだろうか?

日ユ同祖論?ありえね〜〜ヨ!連中にとって日本人は東朝鮮人に過ぎないんですナ。

日本は米国の仮想敵国でしかなかった。

ところで、上述のように大柄で笑顔を絶やさない偽ユダヤ人企業家とはだれか?

これについては調査中だが、いまのところ分からない。もし分かればまたいつかメモすることもあるだろう。


さて、上の戦略をまとめるとこんな感じである。

第一歩:国鉄の解体民営化。通信機関の民営化。
大義名分として「民主主義」の名で進める。
第ニ歩:テレビ・新聞への接近介入。政治圧力で株式公開。
第三歩:知的所有権(特許権、ロイヤリティー)の主張。
株暴落をまって会社乗っ取り完了。
第四歩:弁護士制度開放。


どうでしょうか?この偽ユダヤ人の「日本経済崩壊プラン」はヨ?まさに大前研一が「良いね」といって無数の著書で得意げに主張したことだったのでは?マッキンゼーもその推進会社の1つにすぎないわけですナ。

いままさに日本の最後の砦の自動車産業つぶしがこれでやられている真っ最中なのだヨ。自動車も潰されたら我が国は最貧国に転落するだろう。

一応、我が国の「民営化」がどうなったかを参考のためにメモしておこうか。おそらく、上の偽ユダヤ人の計略どおりに進んだことが一目瞭然だろう。これである。

日本の民営化の一覧
GHQと集中排除(1945-1952)
「連合国軍最高司令官総司令部」および「過度経済力集中排除法」も参照

営団など
学習院→廃止、私立学校へ(1947年)
国際電気通信株式会社 → 電気興業株式会社 (1948年)
日本発送電株式会社 → 電力9社(1951年)
帝国燃料興業株式会社 → 清算 (1949年)
帝国石油株式会社 → 根拠法廃止(1950年) → 国際石油開発帝石株式会社
日本通運株式会社 → 根拠法廃止(1950年)
帝国鉱業開発株式会社 → 新鉱業開発株式会社
第一軍需工廠[4] → 富士産業株式会社(1945年8月16日)→ 12社に解体(現SUBARU他)
第二軍需工廠[5] → 明和興業 → 明和自動車工業と新明和興業(現新明和工業)に分割

接収された国策会社

南満州鉄道 → 中国・ソ連に接収
満州拓殖公社
満洲電信電話株式会社
東洋拓殖株式會社
台湾拓殖株式会社 → 中国国民党に接収
朝鮮鉄道株式会社

GHQ命令にて閉鎖

樺太開発株式会社
北支那開発株式会社
南洋拓殖株式会社
南洋興発株式会社
中支那振興株式会社

戦後

財団法人日本交通公社 → 株式会社日本交通公社(現・株式会社JTB)に分離(1963年)
日本合成ゴム株式会社 → 根拠法廃止(1969年) → JSR株式会社

中曽根内閣(1982-1987)

日本電信電話公社 → NTTグループ (1985年)
日本専売公社 → 日本たばこ産業株式会社 愛称「JT」(1985年) → 塩事業を塩事業センターに分離
日本硫安輸出株式会社 → 根拠法廃止(1984年)
日本自動車ターミナル株式会社 → 根拠法廃止(1985年)
東北開発株式会社 → 根拠法廃止(1986年) → 三菱マテリアル株式会社に合併
日本国有鉄道(国鉄)→ JRグループと日本国有鉄道清算事業団 (1987年)
日本航空 → 根拠法廃止(1987年)、完全政府放出 → 日本航空インターナショナル → 日本航空
日本航空機製造株式会社 → 解散(1983年)、根拠法廃止(1988年)
沖縄電力株式会社 → 根拠法廃止(1988年)

橋本内閣 (1996-1998)
「橋本内閣」も参照

国際電信電話株式会社(KDD)→ 根拠法廃止(1998年) → KDDI株式会社

聖域なき構造改革(2001-2006)
「聖域なき構造改革」も参照

商法会社化

日本郵政公社 → 日本郵政グループ (郵政民営化関連法、2005年)
道路関係四公団[6] → 高速道路株式会社(高速道路株式会社法、2004年)
電源開発株式会社[7] - 電源開発促進法の廃止(電発法、2003年)
帝都高速度交通営団 → 東京地下鉄株式会社愛称「東京メトロ」(2004年)
新東京国際空港公団 → 成田国際空港株式会社(2004年)
日本アルコール産業 → 新エネルギー総合開発機構(NEDO)アルコール事業本部(1982年) → 日本アルコール産業(2006年[8])

完全民営化

電源開発株式会社 - 2004年10月に完全民営化。
東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本) - 2002年に完全民営化。
西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本) - 2004年に完全民営化。
東海旅客鉄道株式会社(JR東海) - 2006年に完全民営化。
株式会社日本興業銀行 - 2002年にみずほフィナンシャルグループに合併。

第3次安倍内閣(2016)

「第3次安倍内閣_(第2次改造)」も参照

完全民営化

九州旅客鉄道株式会社(JR九州) - 2016年に完全民営化。2016年10月25日の東京証券取引所への上場により、鉄道建設・運輸施設整備支援機構の保有株式がすべて売却された。



さて、お次は同様に米人偽ユダヤ人企業家の「日本酒亡ぼしの術」をまとめるとこんな感じだろう。

別名「大物を助けて小物を潰すの術作戦」=大酒造を助けて地酒を滅ぼす作戦

(1)米トウモロコシ(モンサント)からとった合成アルコールを日本酒に混ぜさせる。
(2)徐々に混合率を上げ、50%まで混ぜる。
(3)大企業儲かり、小企業の地酒が潰れる。
(4)大企業のその利益を宣伝費(電通)に使う。地酒を亡ぼしにかかる。
(5)日本酒がアルコール酒になると味がおち、日本酒離れを起こす。
(6)同時に海外のリキュールと洋酒ブームを起こす。
(7)最終的に日本人は洋酒に飽き、日本酒が一番となる。
(8)このチャンスに加州産の日本酒を盛大に売り込む。
(9)その時のために加州で最高品質の日本米から最高品質の日本酒を造っている。
(10)本当の目的は日本の酒造会社を乗っ取ること。


さあ。どうでしょうか?

偽ユダヤ人企業家の「日本酒潰し戦略」は?

まさにこのまんまだったのでは?

その証拠にこれまた日本酒の歴史をメモしておこう。以下のものである。
日本酒の歴史
高度経済成長期
三増酒の流通とその背景

この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2012年1月)

1956年(昭和31年)「もはや戦後ではない」と言われるようになり、メチルやカストリといった危険な密造酒は大幅に減じ、甲類焼酎さえも1956年(昭和31年)を境に消費減少へ転じた。しかし、日本酒に、戦前と同じような消費環境が戻ってきたわけではなかった。日本酒の消費は伸び続けていたが、戦後の一時的救済策として開発された三増酒が、その消費の主流として定着していた。

昭和一桁世代は、旧来の日本酒との接点を持たずに大人になり、増産酒以前の日本酒に味覚的郷愁を持っていなかったため闇酒、粗悪な焼酎、ビール、ウィスキーから飲み始め、日本酒といえば三増酒のことで「頭が痛くなる」「気持ち悪くなる」ものであった。

焼け跡世代は、下級ウィスキー(その時々の級別制度によって「三級ウィスキー」から「二級ウィスキー」になっていった)から飲み始めた。大量のアルコール添加をしている点では、三増酒と同じであったが、調味料が入っていないこと、日本産でも西洋のイメージがあること、アルコール度が高いものを炭酸水で水割りにして飲むことなどから、三増酒に向けられるような泥臭い印象は持たれなかった。下級ウィスキーは1968年(昭和43年)ごろまで庶民によって旺盛に消費されていく。

食糧管理制度の形骸化

三増酒であっても経済成長期で「造れば造るだけ売れた」時代であったので疑念や危機感を持つ酒蔵がまだ少なかった。良質な酒を生産しようと志しても、いまだ1942年(昭和17年)に制定された食糧管理法の下に、日本国民には米穀配給通帳が発行され、酒造米も配給制となっていたために、満足のゆく原料の調達が困難であった。しかも、配給量は日中戦争開始以前、まだ小作農が農業人口の大半を占めていた昭和11酒造年度(1936年(昭和11年) - 1937年(昭和12年))の米の生産高に基づいて算出されていたため、戦後の農地改革を経て農業も機械化され富裕になった1960年代の日本の実態に即していなかった。

原料である酒造米の配給高が蔵ごとに決められ、製成酒の生産高も戦前のそれに準じて規定されていた。それで「造れば造るほど売れる」「造りに手を抜いてもアルコール添加で最終調整すれば出荷できる」「よい酒を造っても消費者に見向きもされず、しょせん販売価格は同じになる」のであれば、生産者も企業努力をしなくなった結果、三増酒による量産主義となり、そうでない酒は市場から姿を消した。

算定基準である昭和11酒造年度には、まだ大メーカーと地方の零細蔵の生産量の格差は小さかったため、割り当てられる酒米の量の差も小さかった。ところが生産の主流が三増酒という「工業製品」になるとこの格差は広がり、投資のしやすい大メーカーが急速に成長し、製成高も急増した。一方、旧来然とした素朴な設備しか持たない零細蔵は、自分たちの販売能力を上回る酒造米を割り当てられていたため、零細蔵が製成した酒をタンクごと大メーカーが買い取るようになった。

これを売り手(零細蔵)から見て桶売り、買い手(大メーカー)から見て桶買いという。桶売り・桶買いの実像は「大手酒造企業の下請け」であり、経済学的には日本酒のOEMととらえられている。酒は、瓶に詰めて出荷された時点で「酒税の課税対象」になるので、その前段階、すなわち桶売り・桶買いの時点では、取引に関わる納税の義務が生じない。そのため未納税取引ともいう。これは両者にとって経営上、重要な節税のテクニックでもあった。大メーカーは、桶買いによって集めたあちこちの蔵からの酒をまぜあわせたり、自社醸造の酒の割り増しに使ったり、あるいはそのまま自社ブランドの瓶に詰めたりして販路に乗せた。

このような流通システムでは、それぞれの酒蔵に特有の味が消費者に届かなくなる。酒蔵としても酒造家という、一種の工芸品の作者としての造り甲斐がなく、企業努力をしなくなる。加えて、買い手である大メーカーの言うままに酒を造っていればよかったので、蔵の本来の持ち味はどんどん失われていった。酒米の配給制は昭和43年度米まで続いた。

国民の食生活の変化

余裕ができファッションに関心が向き始めた日本人に対して、「お米は太る。パンでスタイルを良くしましょう」といった、科学的根拠に乏しい宣伝も盛んになされた。経済企画庁の発表する生活革新指数も、国民生活の「革新」の度合いを測るのに「穀物消費中のパン支出割合」が一つとして採用され、日本人はしだいに主食を米からパンへと乗り換え、食生活が和風から洋風になっていった。肉、食用油、乳製品の消費が急増し、料理と合わせる酒も、日本酒から洋酒へと変化していった。

1950年代後半は洋酒、とりわけ気軽に飲めるビールの伸長がめざましく、1957年(昭和32年)宝酒造がビール業界へ参入し、1959年(昭和34年)日本麦酒からサッポロ缶ビールが発売された。当時はまだスチール缶であったが手軽さが受け、ビールは瓶から缶で流通する時代に入っていき、やがて自動販売機で手軽に入手できるようになる。このことはのちに1980年代、日本酒のシェアが急速にビールに奪われていく素地となった。

1960年(昭和35年)10月1日、政府によって1939年(昭和14年)4月に定められた酒類の公定価格が撤廃され、酒の値段は市場原理に沿って決められるようになった。当時、酒類市場は飽和に達しつつあり、瓶や缶など手軽な容器の浸透と、潤沢な供給の実現によって「飲みたいときに飲みたいだけ飲める」世の中になっていた[34]。

1961年(昭和36年)、日本人の米の総消費量がついに減少へと転じた。実態に合わない食糧管理制度は、かつての米不足とは正反対の、深刻な米あまり現象を招き、その結果減反政策が実施された。これによって雄町、穀良都、亀の尾など優秀な酒米もしだいに栽培されなくなり、多くの品種が絶滅した。のちに消費低迷期を迎える日本酒業界は、すでに内実が空疎な状態になっていた。

1962年(昭和37年)、酒税法が大幅に改正され、それまで「雑酒」と呼ばれてきた中からウィスキー・スピリッツ・リキュールの名が初めて分類上の名称として清酒・焼酎・ビールと並べられることになった。いわば日本の酒文化のなかにこれら洋酒を認知する手続きであった。またこの改正によって、酒税は申告によって納税するよう改められた。明治時代に30%前後だった、酒税の歳入に占める割合はすでに12%前後にまで下がっており、もはや国家にとって酒税は主たる歳入源ではなくなっていたからである。さらに下って昭和54年以降は5%前後で推移していくことになる。

1964年(昭和39年)「ワンカップ大関」が登場し酒の消費形態が変化した。これは平成時代の「ワンカップ地酒ブーム」の起源でもある。

1965年(昭和40年)、佐藤和夫らにより宮城県『浦霞』から協会第12号酵母が分離された。

1968年(昭和43年)、酒造米の配給制度がようやく終わりを告げた。

1970年(昭和45年)、古米や古々米などの在庫が増加の一途をたどったため、政府は、新規の開田禁止、政府米買入限度の設定と自主流通米制度の導入、一定の転作面積の配分を柱とした米の生産調整を開始した。これによって未納税取引は割高につくようになったため、やがて減少していく端緒となった。また、そのため多くの酒蔵が近代化促進計画の元で転廃業や集約製造への参加を余儀なくされた。

酒蔵の近代化とは、工業的にコスト削減をめざすということであった。その一環としてこのころ昭和40年代、「短期蒸し理論」という製法理論が編み出された。これは、酒米処理の蒸しの時間を、従来の約1時間よりも、米のデンプンがアルファ化する(糊状になる)までの20分程度に短縮するというものであった。燃料コストの削減から多くの酒蔵がこの理論を採用したが、これではデンプン以外の成分で、蒸すことによって変成するタンパク質などが処理されないため、製成酒は鈍重に仕上がってしまう。けれども、大量のアルコール添加をして三増酒にすることを前提としているので、鈍重さは問題とされなかった。蒸しの節減・省略はさらに進み、やがて別の工場で蒸し最初から糊状になっているアルファ化米や、白米にデンプン糖化酵素剤を加えて溶解させる液化仕込みが開発された。これら新技術の登場は、たしかにコスト削減には役立ったが、外硬内軟といった蒸し米の基本を踏んでいないために酒質はさらに低下せざるをえなかった。

貿易自由化

1971年(昭和46年)は日本人の洋食化を物語る象徴的な年となった。日本マクドナルド1号店が銀座にオープンし、稲の減反政策が本格化した。ビール業界では朝日麦酒から「飲んで、つぶして、ポイ」のアルミ缶が登場し、四社寡占(この年でキリン60.1%、サッポロ21.3%、アサヒ14.1%、サントリー4.5%)の体制が定着した。

同年1月に、いわゆる外圧に押し切られた形でウィスキーの貿易自由化が行なわれ、飲用に供するすべての酒は数量や取引金額の制限なく輸入できるようになった。これは日本の酒類業界に不快なダメージを与えた。なぜなら、明治の欧化政策以来、政府は数々の優遇措置をもって国民に洋酒を紹介し、国産洋酒の生産や消費を促してきたわけだが、その延長線上にやってきたのは結局「そろそろ舌になじんだころだろうから本場、外国産の洋酒をどんどん買ってくれ」というべき状況だったからである。

この貿易自由化を皮切りとして、やがて洋酒の輸出国は、日本の従価税のかけ方では、輸入酒に運賃や保険料の分まで税金がかかってしまうとして、アルコール度数に応じて課税するという、西洋諸国の税制に日本も変更するよう、さらなる要求をしてくることとなる。

1972年(昭和47年)ワインが急伸しはじめ、1975年(昭和50年)に甘味果実酒の出荷数量を越え、ワインブームと呼ばれる時期へと入っていく。ワインもまた、このころからバブル経済の時期にかけて、着実に日本酒のシェアを奪っていった。


とまあ、これにて一件落着。まったくめでたくないナア。

もはや我が国は偽ユダヤ人たちのあまたなる日本経済潰しの戦略のせいで、風前の灯火。

これがリアリティーであるというわけだ。

日ユ同祖論などありえない。妄想だよ。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
杉浦千畝、余計なことすんなヨ!
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あきらかにこれは間違いだったナ!おかげで生き残った子孫が日本潰しのアジェンダを作り、2011の311まで起こしたんだからナ。

おまけ2:
これはやっちゃアカンことでしょ。
日本酒、米国で作る 需要拡大で進む地産地消
NYの軟水×アーカンソー産 山田錦
2018/5/1 11:30

【ニューヨーク=中山修志】米国で地元のコメや水を使った日本酒づくりが広がっている。ニューヨークの新興企業が昨年ブルックリン地区に醸造所を開いた。年間8万本の販売を目指す。「獺祭」ブランドの旭酒造(山口県岩国市)も来夏にニューヨーク北部に酒蔵をつくる。米国では日本食の普及に伴い日本酒の需要が伸びており、「SAKE」の地産地消が進みつつある。

酒米は主にアーカンソー州で収穫した「山田錦」を使う(ニューヨーク)
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ボレン社長
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(典型的な偽ユダヤ人ですナ。)
まあ、ユダヤ人は他国に牛肉でもコーシャ肉という特別資格をもったところしか製作販売させないことで有名だが、他国のものは容赦なく盗み取る。このダブルスタンダードがユダヤとニダヤはそっくりだ。コリアーユダヤ同祖論ですナ。


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by kikidoblog2 | 2019-04-13 11:04 | 福岡正信・自然農法

福岡正信に起こった奇跡「無の思想」2:「この世のすべては無であった」我思う故に世界あり!?   

ジブリの宮崎駿の一言

火星を人が住めるようにしたい?
だったら、その前に
サハラ砂漠を人が住めるようにしてみろ!




福岡正信さん
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みなさん、こんにちは。

さて、図書館に本を借りに行って戻ってきたから、忘れないうちに、福岡正信さんの無の話。


ところで、世界の陰謀論や陰謀暴露論にどっぷりハマった人は、いま第三世界が貧困で大変だ〜〜。というような話でもちきりだろう。

しかしながら、第3世界ほど未開墾、使われていない土地がある。

食うものを買う金が無い?→だったら、暴動???

って、ちょっと気が早すぎなんじゃね?

耕す器具がない?

だったら、耕運機を盗んで来る?だれかが耕運機をくれるまで待つ?

耕す気力がない?

だったら、耕す必要もない。ただ種子粘土団子を撒くだけ。

種の団子=種子団子を作って、それを空き地に蒔けば良い。

それも、

できる限り多くの種類の野菜や果物や米や麦の種を
1個ずついれた粘土団子を蒔く。

どうしてベネズエラ、ブラジル、。。。。の人たちは、サッカーボール蹴る暇あったら、
種子粘土団子を作って、蒔かないのか?

一度蒔けば、後はサッカーしていようが自然がやってくれる。

これが、福岡正信さんが発見した自然農法である。


ちょっと脇道に逸れたが、結論からいうと、

この福岡正信さん、まさにソクラテスやプラトン並みか、それ以上の
まさに自然哲学者ですナ。

なぜなら、ソクラテスやプラトンは西洋世界しか知らなかった。
だから、せいぜいルーツは大西洋にあったと信じたアトランティス文明まで。

ところが、福岡正信さんは戦前大正2年生まれの日本人だ。
だから、我が国は、和魂洋才で世界文明化の真っ只中にあった。

東洋と西洋と日本を融合させるそういう国で生まれた。

そして、戦後になって平和になった頃、世界中を旅して回った。

だから、福岡正信さんの思想は、
地球規模、
本当の意味でグローバルな視点に立っているからである。

そういう20世紀の農業の実態、現実、今我々がNWOの計画と呼ぶもの
その現実をみてきたのである。


そして、若干20歳そこそこで体験した神さまのくれた奇跡。
その御蔭で、現代農業から自然農業への大転換が起こった。

そして、ついに神様の国「エデンの園」の農法を発見した。

エデンの園には何でも生えていた。
食べ物、果物、植物なんでも生えていた。
だから、神々は食べたいときにリンゴを手にとって食べることができた。

なぜ???

自然にはやしたからだ。すべて自然に任せた。


だから、西洋人が来る前のインドネシアやフィリピンでは、
人々は食べたいときに森に行ってバナナをとって食べ、
欲しい時に水を飲めた。

いわば、天然のエデンの園であった。


それがどうしてできなくなった?


つまり、奴隷化したからだ。

外人である白人さんが、お前の国はバナナだけ作れ、とか、
お前の国は綿だけ作れ、とか、
命令したからである。

これで東南アジアの農業形態が自然農業から人工的な工業的農業に変わった。

つまり、白人のいうところの、農場=ファームになった。


昔、米は自然に地に生えていた。

それを開墾して田んぼを作るようになった結果。

米が通貨になった。


米作というのは、昔に起こった工業農業の意味である。


そこで、何が問題か?


というと、こういう考えには、「物の価値」というものが、仕込まれている。


米が主食

こういう価値基準が米に価値を与える。

その結果、他のアワ、ヒエ、クリ、麦、大麦、。。。。は主食ではなくなった。


昔は米もそういう作物の一つにすぎなかったから、
米を食べなくても問題はなかった。皆元気だった。

ところが、米を食べないと力が出ないと信じるようになった結果、
米を食べないと調子が悪くなる人間になった。

それが我々日本人である。

いまは、戦後、その米を小麦に変えられ、
パンを食べないと不調になる日本人だらけになった。

こういう小麦ベースの人間にとっては、
米はアワ、ヒエ、大麦と変わらない。


じゃあ、これの何が問題なの?って、いうことになった。

そこで、福岡正信さんがいう。

というより、福岡正信さんがいうところの
「いつも話にやってくる白髪の老人さま」がいう。


「それはお前が勝手に主食を米だと決めたからじゃよ」

外人は「主食が小麦」だと決めただけ。

インド人は「ナン」、西洋人は「パン」「パスタ」、支那人は「麺」、

アフリカ人は芋。


だから、結局、小麦アレルギーになれば、グルテンフリーの米に変わって、
アメリカ人が文字通りの米人になった。

そして、寿司、醤油、味噌汁の味を覚えた。

米が主食になれば、醤油味噌ベースが良いのは当たり前。

肉が主食なら、ソースやウースターソースがぴったりなのは当たり前。


つまり、ここには何も本質的理由はない!

そうじゃなきゃいけない理由はまったくなかった!


これが、福岡正信さんの大発見である。


つまり、この世界がこの世界に見えているのは、一種の幻想。
つまり、人間がそうあるように信じた結果にすぎないのだということなのである。

自分で自分の生活を定義して、必死でそれにしがみつこうとしているだけだ。

つまり、その根源においてそうすべき理由がないとすれば、

すべては無であった、ということになる。

これが、福岡正信さんのいうところの「無の思想」である。


この地球には、別に人間様がかってにやっておる、科学農業だけが農業の形態ではない。

たとえば、普通の農地栽培ならせいぜい10個程度しかならないトマトも
水耕栽培なら、1万個もとれる。

これは、我々が勝手にトマトのなり方を偏見の目でみていたからにすぎない。

同様に、自然農法でやれば、大根も普通の畑のものよりずっと巨大になる。


つまり、解は一つではないということである。別解が存在するのである。

ただ我々が知らないだけ。


つまり、我々が知っているということは全部嘘だということになる。

これ、すなわち、ソクラテスの無知の知以外の何物でもない。

しかしソクラテスは2500年前の西洋ギリシャの文明圏での話だから、
農業には詳しくはなかった。
主に国家間の政治や思想的な意味での無知の知にすぎない。


一度、物事の根底においてブレイクスルーをしてしまえば、
すべてが新鮮、すべてがこれまでとは変わって見える。
その結果、同じ脳の容量でも、脳が何倍も活性化し
実際に頭も良くなる。

これは経験したことがないと分からない。


ところで、これと似たことが、あの保江邦夫博士にも起こった。

ドイツで講演に行く最中に、ドライブ中の車でアウトバーンで時速160km
以上に差し掛かったとき、
まるで、マーティとブラウン博士のデロリアンのように、
突如振動が止まり、ゾーン体験に入った。

その瞬間、額の裏にたった一つの方程式が浮かび上がった。

これが現代、確率変分学で「保江方程式」と冠された有名な方程式の起こりだったという。

これがブレイクスルーである。

すると、それ以前とそれ以後とでは
同じものをみても、つまり、同じ方程式を見ても
それまでとはまったく違って見えるようになるのだ。

これまでのやり方、これまでの式、こういうものが実に陳腐で偽物か
見えるようになるのである。
実は私も1,2回そういう経験がある。

答えが先に分かり、その証明を後から追求するのである。
こういう場合、不思議なことにまったく間違わない。


また、この保江先生は、かの聖人エスタニスラウ神父の下に行ったとき、
神父からアドバイスをもらったのだが、
それがその直後では、まったく思い出せない状態になった。
つまり、一種の記憶喪失のようになったという。

ところが、日が経つに連れて、徐々に断片的に思い出す。
そうして、かなりの年月が経ったころには、聞いた教えの大半
がもうすでに自分の頭の中深くに染み込んでいる。

福岡正信さんに起こった奇跡もこれに近い。

教会の断崖で眠って起きたときに気づいた思想の大逆転。
それがその後の10数年で完成していったのである。

1930年代に起こった奇跡が、1947年以降の本になったわけだ。

そして、ひとたびこういう経験をしてしまうと、もう後戻りはできない。
あとはそれにしたがうほか人生はない。

たとえそれがどのような人生になろうが、宿命である。

退却は許されない。


こうして、福岡正信さんは「自然農法の祖」となった。
リチャード・バックミンスター・フラーは「シナジェティクスの祖」となった。
保江邦夫博士は「確率変分学の祖」となった。

俺?

おれは「多変数準超幾何関数の祖」(の1人)となった。


最初の序:『無』自序(昭和22年=1947年)は、こう始まる。

無い。
何もない。
何でもなかった。
人間は価値ある何ものも所有してはいなかった。

すべての常識を大真面目に否定する私は、馬鹿なのか、私は狂っているのであろうか。
。。。



再版の序(昭和33年=1958年)は、こう始まる。

若いとき私は、ある一事を知った。
それから。。。漠然とした10年がすぎ、さらに何をすることもなく、怠惰な20年〜30年と時がたった。
過去は一瞬の夢であったようでもあり、長い長い無限の時でもあったようにも思われる。
。。。
この書は平凡な一百姓の人生報告ではない。
私を支配して、私の一生を狂わしてしまった一事が何であったかを書こうとしたにすぎない。
不可能と知りながら。。。。



『無』三部作のしおり(昭和60年)には、こうある。

私は終戦後まもない頃に『無』と題した謄写本を出した。
それを昭和33年に『百姓夜話』と改題して出版した。
私はこの一書にすべてを書きつくしたつもりで、二度とペンをとるつもりはなかった。
だが10年たった後に、読者の不満から『百姓夜話』を哲学的に解説した『無』を、さらに自然農法を主体にした実践編として『緑の哲学』を出版するはめになった。
もちろんいずれも特異な内容のため、自費出版の限定版で、世間の片すみでほそぼそと読まれたにすぎなかった。
ところが時代は変わったのか、忘れかけたこの頃になって、この『夜話』『無』の再版を要望する声が多くなった。
この機会に、もともとこの三部作は一冊の本として出されるべきものであったので、総括して、標題も『無』に統一し、内容も大巾に補足して、面目を一新して出すことにした。

。。。

この書がどんなに粗雑で、愚劣であったとしても、これが彼岸と此岸を結ぶ一本の丸木橋であるという私の確信はゆるがない。
なぜならば、愚人の私と神の共著であるからである。
貴方が信じてこの橋を渡ってゆけば、やがて彼岸の神と対話できるはずである。
ただ残念ながらこの丸木橋は現在極めて粗末である。
でも人々がこの丸木橋のどこが悪いか、不完全なところを指摘してくれさえすれば、どのようにも補足することができる。
この丸太の橋は、あなたと神の協力によってのみ完成される。



長くなったので、今回はここまで。

ではお元気で。



いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2018-03-15 13:34 | 福岡正信・自然農法

福岡正信に起こった奇跡「無の思想」:あの晩、横浜根岸のフェリスの教会の崖でいったい何が!?   

ジブリの宮崎駿の一言

火星を人が住めるようにしたい?
だったら、その前に
サハラ砂漠を人が住めるようにしてみろ!




福岡正信さん
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みなさん、こんにちは。

一昨日うぐいす
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が鳴く最中をジョグをしていたら、なんともう桜が満開の木があった。
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たぶん早咲きの桜なのだろうが、立派なソメイヨシノだった。

昔の若い頃は桜の満開をみてもなんとも思わなかったが、
最近では一年一年桜の花を見ると、なんとか生き延びたなあという気になっている。
実に不思議である。

さて、最近図書館で例の福岡正信さんの本を借りて、
ちょこちょこと部分的に辞書のようにして眺めている。

わら一本の革命、<自然>を生きる、自然に還る、無 I, II, III
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どの本も実にすばらしい。

なかなかこういう本を書ける人、生み出せる人、書こうという人、
こういう人はいないのではなかろうか?


私は自分でも本や論文を書いた経験があるからわかっているが、
やはり著作者というのは、「一番最初が一番」なのである。

それがどんなに不備だったり、不十分だったり、拙いものだったとしても
一番産みの苦しみ(男にはわからない表現だが)を味合うもので、
それゆえ、もっとも人生にとって重要な著作、作品になるのである。


これは、故大野乾(すすむ)博士は、

一創造百盗作

と言った。

青色発光ダイオードの発明も、1993年頃、ここ阿南の日亜化学の、
社員200人程度の会社の、
そのまた、母屋から離れた一角にある、
小さな半導体部門の実験施設の中で誕生した。

たった一個。

それが青く明るく光った

あとは同じことの繰り返し。あるいは、その改善改良にすぎなかった。


研究論文も本もまったく同じである。

最初の一歩。

私の一歩は小さいが、これは人類の偉大な一歩である。
私の足跡は小さいが、これは人類の偉大な足跡である。


これですナ。


さて、そういう「福岡正信」さんの本の中で、「無」という本、
自称「無の思想」という本、
これがまた深いい本であった。


私は大学(理大理工)の哲学の授業で、ソクラテスの無知の知
というのをテーマに試験レポートを作った。
だから、ソクラテスの無知思想には詳しくはないが、非常に頭に残っている。
エッセンスはよく理解していたと思う。

だから、この「無」という漢字のある本はすぐに目を引かれた。

そして、三冊のシリーズを集めて見れば、

無I「神の思想」、無II「無の哲学」、無III「自然農法」

であった。

上にメモしたように、人間万事最初が大事、というわけで、
この福岡正信さんの一番最初の本はどれか?
と調べるわけだ。

福岡正信

略歴[編集]
1913年 - 愛媛県に生まれる。
1931年 - 松山中学卒業。
1933年 - 岐阜高農農学科卒業。
1934年 - 横浜税関植物検査課に勤務。
1937年 - 一時帰農。自然農法を始める。
1939年 - 高知県農業試験場(現・高知県農業技術センター)に勤務。
1947年 - 再び帰農。自然農法一筋に研究を開始。
1975年 - 「自然農法・わら一本の革命」を出版。
1988年 - マグサイサイ賞「市民による公共奉仕」部門賞、インド・デーシコッタム賞など受賞。
1997年 - 第1回アース・カウンシル賞受賞(日本人同時受賞者に竹下登、平岩外四、原田正純)。
2008年 - 8月16日午前死去。

著書[編集]
本[編集]

『無』、伊予: (自費出初版)、1947年2月2日。[13][14]
『百姓夜話・「付」自然農法』、伊予: (自費出初版)、1958年10月。
『無2 緑の哲学』、伊予: (自費出初版)、1969年5月。
『無3 自然農法(と理論と実際 緑の哲学 実践編)』、伊予: (自費出初版)、1972年4月25日。
『無1 神の革命』、伊予: (自費出初版)、1973年7月。
『無 別冊 緑の哲学 農業革命論』、伊予: (自費出初版)、1974年8月。
社会観 『わら一本の革命』 (分類について[15])
『自然農法・わら一本の革命』 (新版) 春秋社、2004年8月 [1975年]。ISBN 978-4-393-74141-2。(スタート、序章[15])
  (初版) 柏樹社、1975年9月。(新版) 春秋社、1983年5月 ISBN 978-4-393-74103-0。
『自然に還る』 (新版) 春秋社、2004年9月 [1984年]。ISBN 978-4-393-74146-7。(コース、過程編)
  (初版) 春秋社、1984年8月 ISBN 978-4-393-74104-7。(新版) 春秋社、1993年4月 ISBN 978-4-393-74114-6。
『神と自然と人の革命』 (自費出新版)、伊予: 自然樹園、1992年12月 [1987年]。ISBN 4938743019。(ゴール、総括編)
  (自費出初版) 『神と自然と人』1987年 NCID BA83902799。(自費出新版) 1991年11月 NCID BN08239853。(自費出新版) 1995年。
人生観 『無』
『無Ⅰ 神の革命』 (新版) 春秋社、2004年8月 [1973年]。ISBN 978-4-393-74143-6。(宗教編[15][16])
  (自費出初版) 1973年7月。(新版) 春秋社、1985年7月 ISBN 978-4-393-74111-5。
『無Ⅱ 無の哲学』 (新版) 春秋社、2004年9月 [1969年]。ISBN 978-4-393-74144-3。(哲学編)
  (自費出初版) 1969年5月。(新版) 春秋社、1985年7月 ISBN 978-4-393-74112-2。
『無Ⅲ 自然農法』 (新版) 春秋社、2004年9月 [1972年]。ISBN 978-4-393-74145-0。(実践編)
  (自費出初版) 1972年4月25日。(新版) 春秋社、1985年10月 ISBN 978-4-393-74113-9。
『自然農法 緑の哲学の理論と実践』 (初版) 時事通信社、1975年12月。ISBN 978-4-7887-7626-5。
『粘土団子の旅 わら一本の革命 総括編』 (自費出初版)、伊予: 自然樹園、2001年5月。ISBN 978-4-938743-02-4。
  (重版) 春秋社、2010年4月 ISBN 978-4-393-74151-1。
と 金光寿郎 『「自然」を生きる』 (新装版) 春秋社、2004年8月 [1997年]。ISBN 978-4-393-74147-4。
  (初版) 春秋社、1997年2月 ISBN 978-4-393-74115-3。
『自然農法 福岡正信の世界 (DVDブック)』 (初版) 春秋社、2005年1月。ISBN 978-4-393-97019-5。
と 、井谷カヨコ、野村美詠子 (翻訳)、矢島三枝子 (翻訳)、益田明美、阿部悦子、将積睦 (解説冊子)、Michael T. Seigel (翻訳):編、 (二言語 英語訳) 『いろは革命歌 Iroha Revolutionary Verses』 (自費出初版)、伊予: 自然樹園 (小心舎)、2009年2月2日。ISBN 978-4-938743-03-1。



すると、この情報が正しいとすれば、

『無』、伊予: (自費出初版)、1947年2月2日。→24歳のとき

が一番最初の本だった。


その後の講演録である「自然を生きる」の第一章には、

20歳過ぎた頃結核にかかり人生を悲嘆して自殺しようとしたが
それができずに寝た翌日、この世界のすべてがわかっていた。


という話が出ている。

それが再度テレビのインタビューで話したのが、以下のものである。(5分38秒すぎあたりから)

福岡正信 2006 自然農法60年の歩み「粘土団子世界の旅」


ウィキにはこうある。
若い頃は横浜税関の植物検査課に所属し研究に没頭していたが、急性肺炎にかかり死に直面すると、「この世には何もない」と悟り、仕事をやめ地元に戻り農業を始めた。「やらなくてもいい」ことを探しながら、つまり科学農法を否定するために多くの失敗を重ね、自然農法を確立していった[1]。


しかし、御本人の話では、急性肺炎ではなく、結核である。
ペニシリンのなかった当時は不治の病。

それを苦にして自殺しようと、
根岸にあるフェリス教会の裏手の崖から
飛び降り自殺しようとした。
しかし怖くてそれができずにへたって
そのままその場で寝てしまった。
早朝、空が白らんだ頃、うとうとしていたら
五位鷲がぎゃーと鳴いて
その声で目が冷めた。
ただそれだけ。
しかし思想がそれまでと正反対になっていた。


これが20歳か21歳のころらしい。当時は、横浜勤務。
だから、横浜の根岸の教会の裏の崖に行った。


そこで、本当にそんな教会があるのかとみると、いや〜〜今もあるようだ。

いまは根岸森林公園となっている場所である。

2.根岸森林公園、白滝不動尊、根岸八幡神社、旧柳下邸へ。

横浜国際バプテスト教会(YIBC)
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しかし、この教会は1960年に米軍が建てたものらしい。だから、違う。

フェリスの教会というものであるから、おそらく、山の手教会というやつかもしれない。

しかしこのあたりは崖だらけの地形のようで、崖があり、教会があったというのは
その通りだろう。

そこから福岡正信さんは飛び降りしようとした。

それにしてもこの辺はキリスト教会だらけですナ。

根岸(神奈川)駅周辺のキリスト教会(52)

末日聖徒イエス・キリスト教会=モルモン教はあるし、バブテストもあるし、
カソリック、プロテスタント、ウリスト教、。。。。


1947年以前にあったというから、どれなのか?


とにかく、20ちょっとすぎの福岡正信さんは、その崖の上のポニョになった。

そうしたら、鷲に起こされて、一気に開眼したのだ。


ところが、人間万事塞翁が馬。

まだ自分に起こった出来事の重要さに気づいていなかった。

それで、その後の何年かは自分の思想の変化はわかっていたが、
それまで通りの人生に戻ってしまった。

どうやら、それが一度は出身地の愛媛に戻り、自然農法を手がけたが
すぐにまた高知に行き、普通の勤務に戻ってしまった時期があるということらしい。

しかしまた自然農法に戻る。

それが1947年の前。

そして、再び自然農法に戻る。まさに「自然に還る」である。

そこで書いたのが、最初の本「無」であった。
『無』、伊予: (自費出初版)、1947年2月2日。

これが後に、
まず「百姓夜話」になり、それが「無の思想」となり、「無 I, II, III」になった。


おそらく、この「無」という思想が、あのフェリスの教会で

神様が授けた知恵だったのではないか?


農協勤務のような仕事は、いわば現代化学の下僕、
農薬を使って肥料をやり、虫や草を駆除し、
農機を使って耕し、ただ高額の作物をつくって売る。

こういう農業である。工業化した農業。

岐阜の農業学校でそれを学び、現代の農業の発展を目指して
人生を始めたのである。


ところが、あえなく結核で死という人生のタイムラインに乗った。

ところが、フェリスの教会で奇跡が起こり、
考え方が逆転した。

つまり、
工業農業→自然農法
への大転換

が起こったわけだ。

しかし、それはあくまで結果であり、現象である。
原因ではない。

では、原因、すなわち源泉、根源は何か?

というと、
無の思想に目覚めた
ということである。

この無の思想、これが実に面白い。

が、これはまた今度にしておこう。


ではまた。お元気で。



いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2018-03-15 10:19 | 福岡正信・自然農法

福岡正信の言葉「松枯れの原因はカミキリ虫じゃない、土壌の酸性化だよ」   

ジブリの宮崎駿の一言

火星を人が住めるようにしたい?
だったら、その前に
サハラ砂漠を人が住めるようにしてみろ!





みなさん、こんにちは。

さて、最近はちょっと前から福岡正信さんの話をここにメモし始めた。以下のものである。

砂漠を緑化した福岡正信さんの話:福岡正信さんもフラーやりんごの木村さんと同じだった!?

福岡正信「50年前にユダヤ人から聞いた話」:いかにして日本人を殺すかの戦略!

福岡正信さん
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この福岡正信さんは90歳台まで長生きし、その間にたくさんの本を出しておられるので、そういうものを全部まともに読んでここにメモするのは、まだ60そこそこの私にはできない相談である。

またそうする気もないが、辞書のようにしてところどころ抜粋的に読んでいっても実に示唆に富む内容が多い。

全体をつらつら斜め読みし、ざっとページをめくり、タイトルを見ただけでも、それなりの印象を得る。

ところで、ユダヤ人の10ヶ条がどの本に出ていたのかについてはいまだにわからない。今6冊手元にあるが、そのどれにも載っていなかった。

そんな6冊の中、対談をそっくり文字起こししてできた本があった。以下のものである。

「自然」を生きる
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第一章 自然に仕える 1982
第二章 地球に種を蒔く 1985
第三章 自然は神である 1989
第四章 自然と人と神と 1992
第五章 今という時と場所で--人間と自然 1994


この1985年の第二章の内容が前にメモしたこれであるようだ。

地球に種をまく 福岡正信  金光寿郎 1985.5.19



この本の中の第一章に「松枯れ」の原因について語った部分がある。

今回はこれをメモしておこう。


ここ阿南でも毎夏松枯れの原因が寄生虫や昆虫だと考えて、だいたい6月の早朝に消毒をする。

毎年やっていることから、これが原因だと思って習慣的にやっているのだろうが、どうやらそれは完全な間違いだった。


興味ある人は図書館に行き、この本を借りて、その部分を読んで欲しい。


寄生虫やカミキリムシは、結果であって原因ではない。

つまり、カミキリムシが卵を生みに来るのは、そもそもその松の木が腐り始め、産卵にちょうど良いからである。

寄生虫はその産卵の時に、カミキリムシの体内に寄生している寄生虫が中に入るからである。


私が社会の比喩に焼き直せば、こんなことになるだろう。

ちょうど我が国にくる支那人が、バッグやトランクに有害生物を持ち込むのと同じなのだ。

支那人が来るほど我が国は弱り、腐ったから、支那人や韓国人や諸外国の有害犯罪者が住みに来るのであって、その時、彼らが持っている有害物や有害生物が日本に侵入するのである。

日本が弱ったから、警察も弱り、不遜犯罪者が住みに来る。すると、彼らが使う麻薬も入る。

麻薬が原因ではない。

日本そのものが弱ったことが真の原因なのである。

松枯れもこれと同じだ。


では、なぜ松の木が腐り始めたのか?


福岡正信によれば、土壌の酸性化だという。

原因はともかく、おそらく大気汚染のせいだろうと考えられるが、一度松の下の土壌が酸性になると、松枯れがスタートする。

シナリオは次のようなものらしい。

松枯れのシナリオ

土壌が酸性化
→松の根が腐る→松に米国産のアルタナリア菌が入る
→松が弱る
→カミキリムシが産卵→線虫が寄生→松が瀕死の重症になる
→。。。
→松が枯れる



つまり、ここ阿南の市役所の職員がやっているのは、途中を防御しているだけ。

むしろ、殺虫剤を撒くことにより、ますます土壌が酸性化する。


結局、ポチの焼かれた灰を瀕死のサクラに撒いてサクラを咲かせることに成功した。

花咲か爺の話が解決策だったのである。


木々が弱った場合は、その土が酸性化している。

だから、灰を撒いて、土を弱アルカリ性に保つ。

そうすると、土壌にある松の根が元気になり、善玉細菌が根に繁殖する。

すると、悪玉細菌が木の体内に混入できなくなる。

結果的に、木の免疫力が高まり、木が元気になる。

元気なれば、栄養もたまり、実をつけられるようになる。

だから、花が咲く!


こうしてみると、腸内フローラの話と同一である。

我々人間にとっての根っこは、腸である。

腸内細菌を上手く健康に保てば、健康になり元気になる。

すると、思考も健康になり、健康な思考の人間になる。強くなる。


腸内が不健康になれば、その逆になって、最終的には早死にする。


松の場合、樹木の場合も、もちろん、果樹の場合も全く同じで、
いかに根っこに住む根粒細菌を豊かにするかである。

つまり、根上フローラとでもいうべき細菌類をいかに健康にするか、であるというわけだ。


植物の免疫は根っこで行われている。

ならば、おそらくアナロジーから考えて、我々人間の免疫も腸内で行われている計算になる。

腸から悪い細菌が体内に入る公算が高い。


だから、納豆菌や麹菌や乳酸菌やビジブス菌やヨーグルト菌などが必須になる。


しかし、自然に住まわせるには、腸内を弱アルカリ性に保てば温存できるわけだ。


弱アルカリ性。
つまり、物理化学の言い方をすれば、電子豊富。
体内をちょっとマイナスにすればいい。
だから、マイナスイオンが大事なんですナ。

人体は自然を模している。

自然の代名詞が木々だとすれば、人体は木を模している。

動物は植物を模しているとも言えるかもしれない。


とまあ、そういうことのようですナ。


というわけで、あの宮崎駿さんは、植物に関心がある。

もののけ姫、ナウシカ、

すべて自然といかに調和するかがテーマである。

そんな宮崎駿さんのことば。それが最初のものだった。
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おそらく宮崎駿さんはこの福岡正信さんのことは知らなかったと思うが、

この福岡正信さんこそ、サハラ砂漠を緑化した人物なのである。

全部ではないが、一部でも緑化に成功した。

種子団子のアイデアで、


まあ、自然農法を一つの商用ブランドにするものばかりのようだが、そういうものではなく、そもそも自然農法という意味が何なのかを真面目に考えて追求して欲しいものである。

自然農法=地球の再生=地球の緑化

という意味なのである。


いま砂漠になっているところ、グーグル・アースで見れば一目瞭然だが、結局、あのアッシリア人やバビロニア人が侵入した場所だけである。

いわゆるアーリア人の子孫なんだが、彼らが侵入し侵略したところがゆく先々で自然破壊され、砂漠化したのである。

緑は軍隊の邪魔。軍隊には平らな砂漠の方が活動しやすいのである。

だから、木々をどんどん伐採し、兵器に変えて、侵略した。

エジプトがなぜ砂漠化したか?

これもバビロニア人がメソポタミヤとエジプトを支配してからである。

言い換えれば、帝国主義が砂漠化の直接の原因であるということもできる。


そしてその遠い末裔がアメリカに渡った。

だから、アメリカが砂漠化したのである。

中国も古代においてアーリア人が漢民族という名で渡っていった。
それが秦の始皇帝の秦である。
アーリア人という言葉は、あやひと=漢人となったという。

孔子も漢人だった。だから、2m近くの巨人だった。

一説では、そのアーリア人はどこから来たか?

火星からだという話がある。

それが後のハンガリー人である。

知性は高く、知能も高いが、地球を知らない。

火星を砂漠にした張本人。


まあ、これは妄想の一種かもしれないが、かなり信憑性も高い都市伝説の一つである。


長くなったので、今回はこれにて終了。

またの機会にしよう。



どういうわけか、白人の行く先々が砂漠化するんですナ。


日本に来ないでくれ!

もう一杯来ちゃったヨ。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2018-03-08 11:30 | 福岡正信・自然農法

砂漠を緑化した福岡正信さんの話:福岡正信さんもフラーやりんごの木村さんと同じだった!?   

ジブリの宮崎駿の一言

火星を人が住めるようにしたい?
だったら、その前にサハラ砂漠を緑化してみろ!



みなさん、こんにちは。

さて、最近どういうわけか、ちょっと昔にここにメモしておいた
以下のものを見る人が増えている。
福岡正信「50年前にユダヤ人から聞いた話」:いかにして日本人を殺すかの戦略!

福岡正信さん
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そんなわけで、最近
50年前にユダヤ人から聞いた話 福岡正信
の中で語られた、

ユダヤ人から聞いた10ヶ条

これが何だったか、また、これが書かれた本(映像の中で持っている本)が
どの本だったかを探しているわけである。

が、いまのところ、どの本に記載されていたのかまだ特定できていない。

まあ、一部は

1.国鉄民営化
。。。
。。。
8.郵政民営化
。。。
10.外国人弁護士解禁

のようなものらしい。

そして、すでに最後の10だけになったと。


それにしてもいつも思うことだが、
ユダヤ人というのは、自分の国や自分のことは棚に上げて
よく日本のことに口出ししたがるよナ。

この点をみても「日ユ同祖論」はない!ありえない!

我々日本人は他民族の発展を望んで協力することはあっても、
こうしろ、ああしろ、といって、その国を奴隷化するというようなことはしない。


この砂漠を緑化し、自然農法を全世界に広げた福岡正信さんもそうだし、
ネパールを穀倉地帯に変えた近藤亨さんもそうだ。

アイラブジャパン:近藤亨「武士道精神でネパールの山岳貧困地を大穀倉地帯に変えた日本人」

齢94歳。ネパールで最高栄誉を受けた日本人「コンドウ」さんの偉業
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最近これまたつくづく思うのは、どうも西洋人が信じてきた、聖書、新旧約聖書。

その神話の部分の、アーベルとカインの話、
あの辺に間違いが入っているのではないかと思う。

人間にとっていちばん重要なのは農業であって、牧畜ではない。

農業の祖のカインが、牧畜の祖のアーベルを妬んで殺した。

カインとアベル

創世記の記述[編集]
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カインとアベルは、アダムとイヴがエデンの園を追われた(失楽園)後に生まれた兄弟である。また、この二人の弟にセト(セツ)がいる[3]。カインは農耕を行い、アベルは羊を放牧するようになった。

ある日2人は各々の収穫物をヤハウェに捧げる。カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェはアベルの供物に目を留めカインの供物は無視した。これを恨んだカインはその後、野原にアベルを誘い殺害する。

その後、ヤハウェにアベルの行方を問われたカインは「知りません。私は弟の監視者なのですか?」と答えた。これが人間のついた最初の嘘としている。しかし、大地に流されたアベルの血はヤハウェに向かって彼の死を訴えた。カインはこの罪により、エデンの東にあるノド(נוֹד、「流離い」の意)の地に追放されたという。

この時ヤハウェは、もはやカインが耕作を行っても作物は収穫出来なくなる事を伝えた。また、追放された土地の者たちに殺されることを恐れたカインに対し、ヤハウェは彼を殺す者には七倍の復讐があることを伝え、カインには誰にも殺されないためのカインの刻印(英語版)をしたという。

カインは息子エノクをもうけ、ノドの地で作った街にもエノクの名をつけた。


この話だが、私にはどうみても逆だったのではないか?そう見える。

実際には、牧畜のアーベルが農業のカインを殺した。

そして、話のシナリオを真逆に書き換えた。

なぜなら、西洋社会にとって、牧畜が最初であり、
野菜はほとんど最近になって食べるようになったからである。

肉食の西洋と菜食の東洋である。

もし菜食のカインが西洋の祖なら、
西洋人は最初から菜食でなければならなかったはずである。

しかしバックミンスター・フラーも調べたように、
西洋の最初の通貨は牛だった。
主食は牛肉、そして乳製品のミルクやチーズやバターで生きていたのである。

また、菜食の人間はおとなしく、相手を殺害するというのも変である。
殺害するのは、肉食動物のおはこである。
動物を殺さなければ、肉が手に入らないからだ。
つまり、アーベルは動物を殺すことに手慣れていたはずだ。

仮にカインに襲われたとしても、ナイフの使い方はアーベルの方が上だろう。
肉食の方が菜食の方より普通身体が大きく凶暴で強い。

どうみても話が逆転して矛盾だらけなのである。


まあ、要するに、西洋人には農業というものはあまり身近ではない。
あるいは、身近ではなかった。

そう見えるわけである。


だから、実際に、ユダヤ人の有名な農業家や農業人という人、
ユダヤ人で土をいじるというような人を見たことがないのである。

たいてい、ユダヤ人は学者であったり、芸術家であったり、
農業や牧畜の成果をもらう方であって、作る方ではない。
理論の人であって、実践の人ではない。

だから、福岡正信さんや近藤亨さんや木村秋則さんやそういうタイプの人が
日本人には結構でてくるのに、
ユダヤ人から出てきたという話を聞いたことが無いのである。

理論物理学者はユダヤ人だらけだが、農業の人は日本人だらけなんですナ。


おいしいワインを飲み美味しい和牛を食べながら、最先端物理を語りあう。
こういうタイプはだんぜんユダヤ人に多い。

しかし、そうやって人たちが興じるための食材や牛肉を
一生懸命に身を焦がして頑張って作り出す人。
こういうタイプはだんぜん日本人に多いのである。

俺はやはり地球人類として、ユダヤ人や朝鮮人タイプより、日本人タイプの方が好きですナ。


さて、大分前置きが長くなってしまったが、

この福岡正信さんの昔の映像に、非常に興味深い話があったから、それをメモしておこう。
以下のものである。

地球に種をまく 福岡正信  金光寿郎 1985.5.19


福岡正信 2006 自然農法60年の歩み「粘土団子世界の旅」


福岡正信 自然農法実践家 VHS(TV録画)


このどこかに語られたことだが、
この福岡正信さんが25歳のころ、どうしてこの方向に入ってきたのか?
という理由がある。

これが実に興味深い。

たしか、25歳になった頃、肺結核かなんかにかかった。
当時は不治の病の一つだったから、
もう自分の人生はこれで終わりだと絶望した。
それで、ある教会の裏にある断崖絶壁に行って、
そこから飛び込もうとした。
ところが、断崖絶壁に立つと、
急に怖くなって飛び込むことができなくなった。
それでしょうがなく家に帰ってふて寝した。
ところが、朝起きたら、すべてが分かり、自分のもやもや
や悩みがすべて解決していた。


とまあ、こんなふうな話だった。


どこかで聞いたような話だと思ったら、あのバックミンスター・フラーの人生である。

フラーレンや3Dダイマクションハウスやフラードームのフラーである。

このフラーも若い時期に事業失敗で破綻し、湖で入水自殺を計った。

しかし、死にきれず、死ぬ前に見た夜空の月をみて思った。
自分はエゴのために死のうのしている。
だったら、そのエゴを殺して、自分のためではなく他人のためだけに生きよう。
こうしてそれまでの逆転の方向に生きていったら、どんどん成果が出て、
いつしか20世紀最高の知の巨人になっていた。

そう、この話と非常に似ているのである。


保江邦夫博士の著書によく出てくる、岡山の婆様だったか、
この女性は京都の鞍馬山の森で子といっしょに自殺しようとした。
すると、木だったか石だったそれが光り、お告げがきた。
そして、そのお告げのいう通りのことをして生きる決心をした。
そうしたら、どんどん真逆の方向で成功して、
いまや日本全国から教えを乞う人だらけになった。

あの木村秋則さんとも似ている。

たしこりんごの木村さんも人生が破綻して木で首をくくろうとしたのではなかったか?

そうやっていったん自殺しようとまで追い込まれたが、そこで真実が見えた。


まあ、ひょっとしたら、昔の人がよく

死ぬ気で頑張れ

と言ったが、これがその意味かもしれないですナ。

首くくったり、入水自殺したり、絶壁から飛び込んだり、

そういう死の手前まで追い詰められるほど真剣に生きているものの中に

たまに真理を見つける、あるいは、教えられる、あるいは、悟る人物が現れる。

たぶん、99.99%はそのまま死ぬ。万が一、1万人に1人くらいはたまに生き延びる。
その中には、悟るものが出る。

そういうことなんじゃないだろうか?

STAP細胞みたいなものですナ。

雷に打たれて生き延びた人。寿命が伸びる。若返る。

大半は雷で死ぬのだが、運良く生き延びた人間には生命がリセットされて若返る。


さて、この福岡正信さんの話、特に、本の中に

ダーウィンの進化論とアインシュタインの相対性理論

の二つを自分の農業経験からみて間違っていると主張している部分がある。

ちょっと読んだ中ではここが私には一番興味深い話だった。

これについてはまた今度。


もうそろそろユダヤ人のエリートもこういうことに気づくべき時なんだがナア。

いまだにビットコインとか、金融とか、
無意味なことばかりで時間つぶしているんですナ。



いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2018-03-05 09:24 | 福岡正信・自然農法

福岡正信「50年前にユダヤ人から聞いた話」:いかにして日本人を殺すかの戦略!   

みなさん、こんにちは。

ミイラの話を見ていた時に偶然見つけたのだが、故福岡正信さん
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という方の生前の講演会のYouTubeが実に興味深いものだった。これである。

50年前にユダヤ人から聞いた話 福岡正信


自然農法家の福岡正信さんが、ユダヤ人から40~50年前に直接聞いた世界戦略(TPP?)を語る

転載開始(動画の内容を文字起し)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 アメリカの農業は狂っていると書いてありますね。
 それよりもっと面白いことがあって、一昨日の晩にこんな言葉で書いていたんだと。
 今の世界戦略が書いてあります。自分のじゃあ無いんですよ。ここに書いてある。
 これ話したらいいかな?ここにね。アメリカ人が居ったらちょっと都合が悪いんだけど。シアトルのルーマニア系?ユダヤ人では無いですよね?ユダヤ人でもあっても良いんだけど、ユダヤ人から聞いたことが書いてあるんです。大丈夫かな?
 ユダヤ人の人がこういう事を言っているんです。

 『福岡さん、貴方だから話すんだけど、私たちの考え方、やろうとしていることはこういう事ですよ。』
 ところがその戦略が、現在、全く其のとおりである。
 其の戦略が、現在も続いてやられているだけじゃあ無くて、テレビ観ていたら今の首相がね、話していたんですけど、全くそれです。皆さんそんな事に気がついている人は居ますか?
 この前のね、1月前だか2月前だか、今の国会で演説して、それから野党の土井たか子さんがそれに対して意見を言う、首相はそれに対して違う演説をしている。

 一つは郵便制度の改革、道路公団、そしてね農業革命、新しい米作りとの3点をね、今の小泉さんが国会で言っていて。たか子さんが言う事には答えないで、其のことばかり話していた。
 其の戦略がね、僕がアメリカへ行って、40~50年前にね、ユダヤの人から聞いた話がそっくりそのまま国会で今の首相が演説しているんです。

 これだけ話したら皆さん気がつくでしょう。
 今の世界がどちらを向いて行っているのかという事をね。
 東京へ出てきて、こりゃ大変な事になっているんじゃないかという気がするんですよ。
 遺伝子組み換えの事も後で話したいと思っているんだけど。
 戦略というのは、如何に世界の地球の人類をコントロールするためには、どういう手段が有るかって事で。
 一つは、一番最初は農民滅ぼし。農民滅ぼしをするには、其の国の農業を滅ぼせばいいでしょ。日本を滅ぼすんだったら、小麦をね。アメリカの小麦にするんですよ。パン食にする
 それまでは、日本の農民の主食は麦飯だった。それと反対にね、小麦のパン食にしてバターやミルクばかりにしたら、どうなるか。

 ユダヤの人が考えている事がわかる人はいますか?
 日本の作物をね、変えることが戦略。
 日本の裸麦を追い出して、小麦にする。そいで小麦にしたら、アメリカの安い小麦を日本に輸入したら、日本の麦作りが病んで来るだろう。
 日本から麦作りを農民の手から、諦めさせるような戦略である。
 それで横から、日本はさつまいもが多い。芋と言ったらね。
 それをポテトの方に変えていく戦略の方を取っていくと、結局小麦がアメリカの小麦になってしまう。
 そして、日本の食糧をアメリカの方が考えている戦略に巻き込んでいったら、日本の農民は潰れていく。
 目に見えんような今の戦略から入っていって、日本を殺す。
 農民が折れてしまったなら、後は簡単だ。
 
 日本の米というのは、米を神様だと思って祀っているでしょう。

 自然農法は人間が作る米作りをしているんじゃ無いんです。
 自然が作る米。

 メコン川の上流辺りの原始人の米は、自然が作っている米。

自然農法家 福岡正信さん 世界戦略語る
月刊「マクロビオティック」98年5月号より


In Deep氏とか、日本や世界や宇宙の動向さんとか、今この期に及んで、世界のネガティブな面を取り上げて警告するのはよろしいのだが、彼らは気づくのがあまりに遅すぎたのである。

私はもう十数年前の前の前のブログ時代からそういうものを取り上げてきたわけだ。ここでもブログ1にはさんざんメモしてきた。だから、そういうものをネタにYouTubeにアップしてまとめたものもたくさんある。

今起こっているのは、確かに偽ユダヤ人が関わっているには違いないが、トップレベルの富裕層にとり人種は問題ではないのである。

今起こっていることは、もうずっと前から言われてきた「アングロサクソン・ミッション」の計画(アジェンダ)の流れに乗っているにすぎない。

古くは、1980年代の「300人委員会」や「ビルダーバーグ会議」などの話の中で出てきたアジェンダ「世界人類牧場化計画」の一貫である。
故太田龍の「ユダヤの日本侵略450年の秘密」:失われた10支族の視点も欲しかったナ!?
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(デービッド・アイクと故太田龍氏)


今頃になって慌てて「アメリカ第一主義」「日本第一主義」を掲げても遅すぎるのである。

これからは相手の頭脳を想念でコントロールできるような能力を持つ人間だけが生き延びるのである。ヒトラーが言った「新人類」とはそういうタイプの人間である。

今は人類が大きくわけて二種類に進化分化を行っている最中と見ることが出来る。

我々が牛や馬や豚や鶏をいつでも殺処分できるように、武器を持ち、法の上を歩き、人間をいつでも殺処分できる権利や能力を持つ人類と、逆に言われたままに反応するだけの日本人のような従順な人類との2種類に分化するのである。

ユダヤ人や朝鮮人は、いわば噛みつき犬や放牧犬にすぎない。いつでも殺処分出来る存在でしかない。

実はこれが現実なのである。

最先端の科学技術を持つ連中は、反重力の乗り物に乗って自由にただで行き来している。火星、金星、月、および海底にも地下にも行っている。

かつてヨーロッパの支配層のユダヤ人が一般人に対して、海の向こうには悪魔が住み、地球は平たい板のようなもので、その果てには滝があるといって、海を航海するのを恐れさせたように、NASAはあくまで一般人をある枠組みの中に囲い込む役目にすぎないのである。

例えば、昨日のように、39光年先の太陽系外に7つの地球のような惑星が見つかったという発表を行う。その意図は2つある。

1つは地球人類に太陽系内で人が住んでいるのはこの地球だけだ、むろんエイリアンはいないという認識を染み込ませることにある。
2つ目は、太陽系外に7つの地球型惑星があるということで、然るべき筋には、この太陽系もそうだということを教えているのである。つまり、水金地火木土天海冥と月のうちの7つには人が住んでいることを暗示しているのである。

もしあなたが上の方だとしたら、もう終りである。ゆくゆくはその子孫は家畜になる運命であろう。

実際に月、火星、金星、土星の衛星などには米軍人の宇宙軍兵はすでに基地を作っているのである。

これが「第三の選択」と呼ばれたものである。これは1950年代には計画されたものある。

物事を理解し信じる能力のない人間には、いくら真実を語ろうがそれは素通りする。繰り返せば、嘘つきにしか聞こえない。さらに繰り返せば、気違いにしか見えなくなるわけだ。

例えば、いまIn Deep氏や日本や世界や宇宙の動向さんが警鐘を鳴らしているようなことは、私はずっと前にメモしてきたが、その頃はキ印扱いされて誰もまともには信じなかった話だが、それがいまになって現実だと見えてきたから驚いているにすぎない。

ピザゲートやディズニーゲートは、ディズニーランドがアメリカに出来た時代から始まったものである。
Illuminati mind control - "Bimbo's Initiation" - MK-ULTRA - Monarch mind control


子供用遊園地はディズニー映画のピノキオにも描かれているように、ストロンボリのような子供さらいがいて、子供が無人島に連れて行かれてドンキーにされてしまうというような話で、ピザゲートの問題が語られてきたのである。

ディズニー『ピノキオ』(1940) より 「遊んでばかりの子供はロバになる」


たとえば、こういったものが、ピザゲートの根底にある。
最近のネットジョークの数々:サブミリナル絶大編!?
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我が国では、欧米の偽ユダヤ人の代わりを在日朝鮮人がやり、欧米の支配層の役を日本の悪い経営者がやっているわけである。

ちなみに、この「偽ユダヤ人」という日本語造語を採用したのも私が最初である。亡きアメリカの歴史学者のジャック・オットー博士がはじめて「フォールト・ジュー(Fault Jew)」「ファルス・ジューウィッシュ(False Jewish)」と呼んでいたのを採用したまでのことである。
アジア人は馬鹿か?:もっといろいろ読み学べ!



まあ、そういうようなわけで、いまごろ騒いでも遅すぎるし、いくら(あ)ワクチンが悪いぞ、(い)フッ素は猛毒、(う)サプリは内臓を痛める、(え)トマトは老化を早める、(お)コーヒーは体に良い、(か)ココアは脳細胞を増やす、(き)マクドは家畜の餌だ、(く)アスピリンで若返る、(け)石膏で寿命が伸びる、と説明しても、理解能力のない人には眉唾の嘘にしか聞こえない。

さらには(こ)中央銀行は民間企業だ、(さ)銀行は借金で成長する、(し)ユダヤの財産はペーパーマネーや株式だから、金融に関わるな、(す)オークションはゴミを高値売りするユダヤのタルムート商法にすぎない、(せ)朝鮮人は別系統のヒトモドキだ、(そ)支那人は人食い人種だ、(た)白人の最終ターゲットが日本だ、(つ)人工地震は核で起こす、(て)日ユ同祖論はありえない、などと言ったところで、だれにもその真偽が判別できないわけである。

だから、ほとんど警鐘や警告は無意味なのである。


それよりはむしろ、悪環境を嘆く代わりに新環境を生み出すべきなのである。

かつてフラーが言ったように、人は環境を変えることが出来る。環境の変化から人は徐々に変わる。


そんなわけで、今は過渡期、まさに過渡的現象の起こっている時代ということになる。

新人類か、旧人類か、あなたはどっちへ進むのか?

どうもそういうことのようですナ。


かならずしも大金持ちが新人類になれるわけではない。

まさに神のみぞ知る世界なのである。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
自然農法の創始者、福岡正信さんがユダヤ人から聞いた世界戦略を語る!「最初は農民滅ぼし。日本の作物を変えることが戦略」


おまけ2:
自然農法・福岡正信さんが死去

四国・愛媛で自然農法を提唱し日本の有機農業の発展に大きな影響力を及ぼした福岡正信氏が亡くなられた。95歳だった。
福岡さんは「自然には一切の人間に必要なものがすでに存在し、人間があれやこれや考えずとも自然の理を知り、それに従って生きることが本来の幸せである。」と考えられた。(以下省略)




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by kikidoblog2 | 2017-02-23 15:47 | 福岡正信・自然農法