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カテゴリ:阿南&徳島( 28 )   

巨大台風10号クローサ接近:まったく雨も風もない謎のフェイク巨大台風???   

みなさん、こんにちは。

我が家のお盆休みはほぼ終了。昨日は徳島の阿波おどりへ行ってきた。ところで、四国放送テレビも徳島の阿波踊りは鳴門で開幕すると大嘘放送局となったが、つまり、地元に対するフェイクニュース発動局となったが、実は

阿波踊りはここ阿南が一番最初

なのである。もう7月下旬の第三週に阿南の夏祭りで阿波踊りは開幕である。徳島全土から本番開幕前の事前練習の成果をこの阿南の夏祭りで最終チェックするのである。

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そして、昨年から徳島の小松海岸のブルーフェスでも阿波おどりが始まる。

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宝連
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そしてお盆の徳島の阿波おどりが開幕する。8月12日から15日まで。

というわけで、昨日は今日以降が台風10号の影響で中止になるかも知れないから、用事で徳島へ行ったついでに見てきたというわけだ。

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ところで、この台風10号の英語名は何か?

というと、

Krosa

はたしてどういう意味でこのクローザーとしたんでしょうナア?


野球の守護神クローザー=「終わらせる人」という意味なのか?

つまり、

日本を終焉させる巨大台風という意味か?あるいは、日本経済の終焉を目論むという意味か?

とにかく、命名者は何かをクローズさせたかったのかいな?

あるいは、黒澤明のクロサワのクロサなのか?

あるいは、黒さのクロサなのか?

おそらく、巨大な台風と偉大なるクロサワをかけたのか?

全くその辺の理由はわからないが、意外や意外、この台風は風もないし、雨もない。

それがわからない。こんな感じ。

(あ)グーグルアース

確かに雲の張る領域ではとてつもなく巨大。
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(い)降雨域

しかし降雨域は限定的である。
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昨日までほとんど降っていない。ちょっとだけ。

そして今も降っていない。
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(う)進路予想

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(え)MIMIC2

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というわけで、どうもこの巨大台風10号というのは、一種の

フェイク台風

ではなかろうか?


あまりに風も雨も弱すぎる。


台風が急速に巨大化し、雲が広がりすぎて分解してしまったのではなかろうか?


徳島の阿波おどり委員会は早々に昨日のうちに今日の阿波おどりの中止を発表したが、はたしてどうなのか?


いずれにしてもこっちはかなりきれいに晴れつつある。これは台風の目に入ったのだろうか?


もし気象庁のフェイク災害予想のために、巨大祭りが中止になって大損害が出た場合、気象庁へ損害賠償請求することになるのかもナ?


はたしてどうなることか?

一応要注意。


今後を注目しておこう。



いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2019-08-14 08:15 | 阿南&徳島

高校生の花「全国高校総体」で鳴門渦潮女子サッカー部初の3位入賞!:おめでとう!   

みなさん、こんにちは。

さて、ここ徳島の朗報1つ。

全国高校総体女子サッカーの部門で、ここ徳島の鳴門渦潮高校が全国初の3位入賞。惜しくもPK戦で決勝進出を逃した。

鳴門渦潮、PK戦で敗れ3位 全国高校総体サッカー女子
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 南九州3県と沖縄を中心に開かれている全国高校総合体育大会(インターハイ)第5日は31日、沖縄県北谷公園陸上競技場でサッカー女子の準決勝が行われ、四国代表として出場した鳴門渦潮は0-0からのPK戦の末、日ノ本学園(兵庫)に敗れ、決勝進出はならなかったが、初の3位入賞を果たした。

 鳴門渦潮は前半、大会5度の優勝を誇る日ノ本学園に押し込まれる場面が目立ったものの、堅い守りで無失点に抑えた。攻勢に転じた後半は積極的に攻め上がり、前後半合わせて相手の5本を上回る6本のシュートを放ち全国レベルの力を示した。

 沖縄県総合運動公園自転車競技場で行われた自転車の男子スプリントでは、太田彪馬(小松島西)が準決勝を勝ち上がり、2位以上が確定。1日の決勝で競輪選手の兄・竜馬が優勝した2014年以来となる県勢Vを目指す。


私はここ毎年この高校総体のサッカー男女の決勝戦を見に行っている。今年も6月3日に女子と男子の決勝戦を見に行った。

だいたいいつも女子が前座で午前中キックオフ。男子が午後キックオフ。

ちなみに今年からサブグラウンドでは女子ラグビーの決勝戦もやっていた。そのラグビー女子がきれいなのなんのって。サッカーはロングパンツだが、ラグビーは昔のサッカーのようなショートパンツ。はちきれんばかりのむちむちの太ももが魅力的だ。

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おっと失敬。話がずれたが、その結果は

女子決勝: 11(7-0, 4-0)0 徳島商
男子決勝:市立 3(2-2, 1-0)2 徳北

女子チアリーダーは、徳商が伝統的に良い。市立と徳島北は男子サッカー部の補欠の声援が面白い。

その前の準決勝で負けたチームが適当に応援に駆けつける。

いわゆる、プレッシャーソングですナ。

山梨学院高校 応援シーン ”プレッシャー”:第93回全国高校サッカー選手権大会


若者たちのザ・青春

これを味合うために俺も毎年見に行っているわけだ。特に、負けた方の涙涙を見に行くんだな。

ふり向くな君は美しい


一生に一度しかない今。その時をいかに生きるか?


ところで、高校総体を見るもう一つの理由は?

というと、実際上高校総体がその年の最高のレベルのサッカーが見れるからである。つまり、3年生までがフル出場する。冬の選手権は3年生は大学受験で参加しなくなるからである。つまり、選手権はベストではない。

特に進学校はそうだ。徳島市立も徳島北高もともに県下有数の進学校でもある。だから、数人の3年生を除き、選手権まで残らない。

その最後の最後の総決算が高校総体である。

1975年の山梨の韮崎大会で韮崎が初の高校総体優勝を果たしたときが、私が県予選準決勝で0-1で負けたときだった。その前の春の新人戦では我々甲府南が初めて常勝軍団韮崎に延長1-0で勝利した。

この時以来韮崎が高校総体で優勝したことはない。

ちなみにその前年は隣の静岡の浜名が優勝した。
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この浜名とは、その春にその韮崎のグラウンドで交流試合に呼ばれて、我々甲府南と対戦したが、雨でぬかるんだ赤土のグランドで行ったが、0-3で負けたんだが、試合後に俺は浜名の監督から浜名にすぐ転校してくれと招聘が来たが、俺はお断りした。理由は特になかった。

もしその時、ピンレディーのミーのような浜名美人や浜名のうなぎの旨さを知っていたら、違ったかもナ。

高校総体後、3年生は送迎会を行い、どのチームも新チームを作る。こうして、半年かけて選手権に備えるわけだ。

ところで、その女子の鳴門渦潮のキャプテンが可愛らしい子がいるんだが、俺はその子の才能に惚れ込んでいる。たぶん将来の日本代表になるだろう。たぶん、今有名になった長谷川唯よりはるかにうまい。

それも、ここ阿南から日本代表になった道上彩花のようなゴリゴリした男っぽいサッカー選手ではなく、男で言えば、むかしのドゥンガのブラジルにいて、後に鹿島アントラーズにやってきたジョルジーニョのような感じの選手なのだ。

センスと技術が素晴らしい選手である。たぶん、この子だな。

キャプテンマークを巻いたDF大崎梨香(3年)
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ポジションはDFだが、ほとんど相手のゴール前に攻める。得点も取る。

今だったらスペイン代表でレアルのセルジオラモスのような感じ。


試合ではPK戦負け以外、一度も負けずに敗退。もっともPK戦勝ちで上がってきたわけだが。


いずれにせよ、グッジョブ!


頑張れ、鳴門渦潮高校!


おまけ:
1964年の東京五輪でも最初に女子バレーが男子バレーより先に金メダルをとった。サッカーでもなでしこJAPANの方が先にワールドカップ制覇を果たした。これと同じように、ここ徳島でも女子の方が何でも先に好成績をあげている。サッカーでも最近ではこの鳴門渦潮の方が先にベスト4入りした。今回市立はベスト8止まりだった。ここ徳島は日本一女性の社長さんが多いという、女天国の阿波おどりの街である。男が弱い。関東や九州とはちょっと逆である。女子の方が元気がいい。最近では女子の出生率の方が男子のそれよりはるかに高く、120年ぶりで春の甲子園に出場した富岡西はすでに女子の方が男子の2倍になっているという噂もある。我が家がここ阿南に引っ越してきた頃、新生児を見れば女の子だらけだったその赤ん坊たちがいま成人になっている昨今である。





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by kikidoblog2 | 2019-08-01 09:35 | 阿南&徳島

特報:阿南沖で死闘1時間40分130キロのカジキ釣り上げ!グッジョブ!   

みなさん、こんにちは。

ついでに驚きのニュースもメモしておこう。これだ。

阿南沖で死闘1時間40分 130キロのカジキ釣り上げ
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徳島市大原町中須の会社員深谷大輔さん(31)が、阿南市の伊島(いしま)沖で体長3・1メートル、重さ132・8キロのクロカワカジキを釣った。

 午前5時、阿南市の中林漁港を武知哲生船長(38)の遊漁船で出港。伊島沖約25キロの紀伊水道で、釣り仲間ら2人と共にルアーを使ったトローリングでカジキを狙った。当たりがあったのは午前8時ごろ。一気に700メートルほど糸をもっていかれ、1時間40分後に仕留めた。

 釣り歴20年の深谷さんは「こんなかっこいいカジキを釣り上げられて最高」と満足そうだった。カジキは港で武知船長が解体し、仲間らと分けた。


この中林漁港というのは、私がいつもジョギングするコースである。

こんなやつがかかった時、下手にリールに指かけたり、糸を指にからませていたら、あっという間に指が飛びますナ。


はたしてこれは何かの前触れか?


海水浴している時にこんなやつにぶすっとやられたら、ジョーズどころではない。


松方弘樹が生きていたら、さぞかし悔しがったことだろうナア。

絶対挑戦しに来る。



いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2019-07-31 11:55 | 阿南&徳島

ノーサイン野球の富岡西vsオールサイン野球の鳴門:オールサイン野球の圧勝に終わる!   

みなさん、こんにちは。

いや〜〜、春の甲子園徳島県予選決勝の富岡西vs鳴門が今終了した。この春の甲子園に21世紀枠で120年初で出場した、ここ阿南の富岡西高校が昨年の覇者鳴門高校に見事に潰された。

鳴門が甲子園へ 8ー1で富岡西を下す【第101回全国高校野球徳島大会決勝】
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富岡西はノーサイン。鳴門はオールサイン。

つまり、高校野球の指導育成の両極端のチームが対戦したわけだ。

鳴門の打者は一球一球ごとに監督のサインを見る。

一方の富岡西は、まったく監督は見ない。むしろ無視。好き勝手に打ち、好き勝手に走る。

この自由野球と管理野球が対決した結果、

スクイズ2本成功

これで勝負がついた。

ところで、俺にはこのスクイズ。鳴門の監督が富西の監督に

ノーサイン野球では鳴門の野球には勝てないヨ!

というなにかのメッセージのように見えた。前に打点を上げている当たっている打者にわざわざスクイズさせたわけだからだ。

つまり、やはり高校野球も甲子園クラスになれば、

ノーサインで勝つのは不可能

だということになる。

これを見事に証明したようだ。

実際、初回は同じように相手のミスで1点ずつ得点。お互いに持ち味を出してスタート。

問題の4回。ともに満塁のチャンス。

表の鳴門は監督のオールサインから相手のミスを誘い、2点ゲット。

一方、ノーサインの富岡西は1アウト満塁のチャンスをスクイズもしないで、無得点。3人の残塁。

ここ数年富岡西が準々決勝止まりだった。その時も、いつも同じような残塁の山を築いて負けたのだ。そういうのを何度も何度も見させられてきたわけだ。

が、今回はエース浮橋の力投でそれでもなんとか決勝まで登ってきた。なにせ第一シードである。普通の練習試合のたった1試合であれば、まず負けなかっただろう。

しかし、甲子園は予選からずっと連投に次ぐ連投になる。

こうなると、卒なく勝つほかはない。

そのためには、やはり当事者ではない監督の経験から来る観察や作戦に基づく戦術が必須になる。

そうなると、どうしてもサインを送るしかない。

ノーアウトで1ヒットで出塁すれば、もう次はバントで送る。そして、次の2打席でワンヒットを期待する。

ワンアウトでヒット出塁すれば、その時も次は送りバントで3塁を狙う。そして次のワンチャンスにかける。

もしノーアウトで2塁打なら、次は送りバントで3塁を狙う。

これを繰り替えすしかない。


しかし、富岡西の場合は、そういうことせず、フリー打撃である。それでも1試合に何度か出塁し、運良く満塁のチャンスを作っている。

しかし、最後もフリー打撃で方向を決めない、打つボールを決めない、ノーサイン。

だから、残塁の山を築く。

高校生レベルで、しかも甲子園レベルで、小中のような相手の守備のミスや連打を期待することはまずできない。

相手にはプロの即戦力の投手がいるわけだ。


というような案配で、高校野球で

ノーサインが良いか、オールサインが良いかという問題に対する回答が出た試合だったといえるだろう。


ノーサインvsオールサイン→オールサインの圧勝!!!


もしこの鳴門の監督が今の富西の監督だったら、おそらく富西の圧勝だっただろう。


高校生は数ヶ月で子供が大人のように成長する。

春の選抜で優勝した愛知の東邦に善戦した富西も、この数ヶ月で大きく成長した鳴門の選手に追い越されたということである。

富岡西が守備だけに力を入れれば、鳴門は打撃に力を入れた。

野球は打たなきゃ勝てない。サッカーはゴールしなきゃ勝てない。

とにかく、点を取らないと勝てない。


富岡西はその強化したはずの守備が崩壊して負けた。守備はメンタルに左右される。だから、いくら鍛えてもメンタルコンディションでミスを起こす。失点につながる。

だから、守備よりも打撃。打って点を取る方を鍛えるべきだった。

かつての池田高校の蔦監督は細かいことは言うな、とにかく遠くへ飛ばせと打撃強化をはかって成功したわけだ。そのためには、筋トレ、筋トレ、筋トレの日々だったという。

富岡西と鳴門が並ぶと、鳴門の方が横に大きい。足腰の太さが違った。

野球は体でするスポーツである。

もう最初に礼をした段階から、富西に勝ち目がないと俺は思ったネ。


はたして富西はこれまでどおりノーサイン野球を続けるのか?あるいは、定番のオールサイン野球に変えるのか?

今後のお楽しみですナ。


おそらく、今後もノーサイン野球を続けて、また120年後に甲子園に出れるレベルになるくらいだろうナア。

平成最後に富岡西が120年ぶりに目覚めた。

これだけでも快挙だった。

いい夢を見させてもらいましたヨ。


まあ、いずれにせよ、野球のルールブックにあることはすべて使う。サインできるのなら、サインを有効に使う。三回の守備攻撃のタイムがあるのなら、それも全部使う。

富西は最後の最後に初めて監督がサイン出して守備タイム1回しか使わなかった。が、その結果2点取られた。サインの送り方、タイムの使い方、全部技術が必要。経験値が必要。野球で勝つのは難しいのである。


ありがとう、富西野球部!

今後を期待したい。


おまけ:
そういえば、この試合は鳴門のオロナミン球場で行われた。実は鳴門は大塚製薬の本拠地である。だから、決勝は鳴門にとりホーム、阿南の富岡西にとってはアウェーである。いまは阿南にもアグリスタジアムがある。

いつも決勝は鳴門。これが鳴門が有利なのは当たり前。球場に慣れているわけだ。

また阿南からは1時間以上2時間近くかかる。

思い出せば、我が家の息子達がサッカーの試合をするたびに、鳴門のヴォルティスのホームグラウンドのあるTSVまで行かなければならなかった。早朝の試合など大変だった。5時起床で準備して会場までドライブ。

こういうのも、大塚製薬のある金銭力、政治力のせいだろう。大塚製薬はオロナミンCで球場を作ったわけだから、野球が大好き。だから、ヴォルティスがいくら頑張ろうが、エースは途中で放出する。万年J2の鳴かず飛ばずでOKというスタイルだ。

この意味では、徳島のスポーツにとり、鳴門の大塚製薬は大きな障害になっているのである。我々は地産地消で大塚製薬の製品を飲んでいるのだが、その大塚の経営陣は徳島県民の障害、邪魔ばかりする。

鳴門の人たちはあまりこういうことをご存じないのではないかネ。もし阿南アグリスタジアムで決勝していれば、ホームの富岡西の方が圧勝していたのかも知れない。徳島の高校野球も高校サッカーと同じく実にアンフェアですナ。

いやはや、世も末ですナ。


おまけ2:
そういえば、いまの富西の野球部小川監督も、私の息子たちが頑張っていた時代のかつてのサッカー部監督も全くの素人監督だった。どうして県南の高校には、ド素人監督しか来ないのか?というと、徳島県の場合、徳島市以北が教育地であり、県南部は漁民や農民出身でないがしろにされてきたからである。だから、水野投手も阿南からわざわざ池田高校まで行ったのである。県教育委員会は、父兄PTAとの会合で、徳島市と鳴門などの父兄の言いなりになって県の予算を談合で決めている。だから、遠い県西部、県南部は校舎建て替えの予算もいつも後回しになり、良い教員も後回しになる。我が家の息子達が卒業した阿南中学は県最後に校舎が建て替えられたが、我が息子たちの頃はまだ校舎が崩壊一歩手前の状態のボロ校舎のままだった。県南部の教育を崩壊させているのもまた県教育委員会である。ほんと県サッカー協会といい、県高校野球協会といい、県教育委員会といい、すべて大塚のある鳴門基準で考えてきたという悪しき伝統が今に続いているのである。

いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2019-07-30 17:13 | 阿南&徳島

古事記を知ろう!:阿波古事記「天照大神は阿南で生まれた!?」   

みなさん、こんにちは。

さて、いよいよ新元号の令和が始まる。今上天皇が譲位し、新天皇が生まれる。

さすがに毎年2000万人も旅行者が訪れる時代には、我が国の神話を知らないと、外人や害人も我が国の神話を知りたいはずであり、そういう害人さんたちの素朴な疑問に答えられず、白人や黒人から馬鹿にされかねないというわけだ。

今年の秋にはさらにラグビーのワールドカップもある。だから、新天皇誕生は地球上のあらゆる国の人が知っているわけで、そういう国々から我が国に来れば、またまた我が国の成り立ちや神話を知りたがるだろう。

この意味では、ホテルや旅館に、古事記や日本書紀を置いておくのもいいアイデアなのだろう。

そういう俺自身あまり古事記や日本書紀のことを知らないから、一応ここにいくつかそういうものをメモしておこう。


(あ)むっちゃんこと第73世武内宿禰の竹内睦泰さんのYouTube番組。

古事記の暗号1 竹内睦泰 日本歴史文化研究機構


古事記の暗号2 竹内睦泰 日本歴史文化研究機構


古事記の暗号3 竹内睦泰 日本歴史文化研究機構


古事記の暗号7(邇邇芸命~木花佐久夜)



(い)ねずさんこと小名木善行さんのYouTube番組。

私達はなぜ神話を学ぶのか【CGS ねずさん 古事記のセカイ はじめに1】


古事記と日本書紀の違いとは【CGS ねずさん 古事記のセカイ はじめに2】


島の始まりは淡路島(国生みと神生み)【CGS ねずさん 古事記のセカイ 第三章 5話】



(う)四国徳島の阿波古事記

実はここ徳島は古くから阿波の国と呼ばれたが、

なぜ阿波の国なのか?

という疑問がある。

実は、古代イスラエルの失われた10氏族の一部が、日本列島で一番最初にたどり着いた場所が諫早湾で、そのあと瀬戸内海を通って淡路島(あわじしま)にたどり着き、それから、一番最初に定住した国が、阿波の国であった、という阿波の古事記の話がある。

日本で一番最初に誕生した国家、それが「阿(あ)」「ん」の「あ」から始まる

阿の国=阿南

それから、二番目に誕生した国=「伊」の国こと阿波徳島、そして、三番目に誕生した国「予」の国こと伊予の愛媛、。。。、という伝説がある。
古事記に書かれている阿波
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 日本最古の歴史書といわれる,太安万侶によって712年に書かれたという古事記を読んでいると不思議なことを感じる。
 古事記に書かれる国生みには,「イザナギとイザナミが,淡路島・四国・九州・壱岐・対馬へと国を創っていった。」と書かれ,国生みが,阿波の周辺から始まったと書かれているにもかかわらず,古事記の物語は,九州(宮崎県)や出雲(島根県)の話であるかのごとく教え込まれ,そう思い込んでいる。阿波に住む人でさえも,阿波に存在する事実を日々見て暮らしていても,古事記と阿波は何の関係ないと思い込んでいるか,または古事記に書かれることは架空の話か作り話であると思わされている。しかし,仮に古事記の話に事実が書かれてないとしても,古事記には,阿波の周辺から国生みが始まったと書かれている以上,そこに着目して古事記を読み,書き進めていこうと思う。


これがこの地方に古くから伝わる奇書、古書、幻の書と知られる

「阿波古事記」

というものである。

この書には、ここへ来た者たちが、古代イスラエルのエフライム族とガド族とマナセ族であったとはっきり記されているんだとか。

また、古代では、木造建築や木製品が腐敗しないように、ヒ素を含む朱色に塗ったが、そのヒ素を含有する岩石を

辰砂(しんしゃ)
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と呼ぶ。が、その辰砂の出る地方は、日本では非常に一部の特定の場所しかでない。そのためそういう土地は古代から高貴な場所であり、かなりの権力者しか、そういう朱色の建物を建てることができなかった。

実は、ここ阿南には最近そういう辰砂の古代の発掘した痕跡がでてきたのである。日本で辰砂の出る地層のある場所は、出雲と阿南しかないのだとか。

それで、この地方の古代歴史家は、阿波古事記こそ本当の古事記であり、古事記や日本書紀に出てくるゆかりの地名、それがすべて実際に存在し、古事記のすべての出来事と一致するルートなどが存在するのが、ここ阿南だという話である。

イザナミが沐浴した場所、それが打樋川であるという。
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ちなみに、この打樋川は徳島市と阿南市の2つある。

とまあ、そういう阿波古事記の地元の研究者の話もメモしておこう。

阿波古事記探検隊 辰砂採掘場所を探る「中国史書 其山有丹」


卑弥呼の朱 日本で最古発掘現場は 徳島県阿南市の若杉山で発見、、


『出雲が解ると?阿南は帝都だった』邪馬壹国研究会会長土佐野 治茂様


『天照大御神は阿南で生まれた』阿波古事記研究会 副会長三村 隆範様


他多数


私がここ最近毎春お花見をするのがこの打樋川。その近くには実際に天照大神の生誕を祝った神社もある。

さくらの花見四回目:桜の花見で「もくもぐタイム。そだね〜〜!」 3

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さらにその帰りに、昨日までの公園にも寄ろうかと思ったら、

その途中になんと桜のある神社を発見。お参りすることにした。

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5つの面のある正五角形柱の墓石。正面は天照大神とある。
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阿南市中心に古事記にまつわる地名がすべて存在し、一般の通説である国産みの淡路島に対応する「淡島」があり、私はいつもその淡島を眺めながらジョギングしている。

淡路島は琵琶湖から飛び出したと考えられるほど、お互いの形が似ている。実はサナート・クマラー(隕石)が琵琶湖に直撃し、その時にぶっ飛んだ土が淡路島になったという説もある。

が、淡路島より、淡島の方が、古事記のぶどう子になった不完全に生まれた子供にはぴったりなのである。
淡島海岸
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辰砂は出るわ、淡島はあるわ、イザナミの沐浴の川である打樋川があるわ、アマテラスの生誕の地もあるわ、まさに本来の神話の場所が、ここ阿南なのである。
墓穴:パチンコ「アマテラス」に安倍晋三首相と元警視庁局長が献花!

阿南は野球のまちだけではなかった、国産みのまち、神話の町でもあったというわけですナ。

もっともこれを知る日本人は0%だろうナア。
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地元民も知らないからナア。


いやはや、世も末ですナ。








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by kikidoblog2 | 2019-04-23 17:01 | 阿南&徳島

いや〜〜日本人で良かった!:徳島城公園の夜桜のお花見見参!   

夜桜お七




みなさん、こんにちは。

おとといは奥さんといっしょに徳島で初めての徳島城公園の桜の夜桜見物に行ってきた。まあスマホではないから相変わらず解像度は悪いが、それでもある程度の美しさは写っているのではなかろうか?

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そういえば、私が公園の夜桜の花見に行ったのは、おそらくまだ大学院生の最後の頃に九州大学で物理学会があり、それが終わった後に九州を一周したときだったと思う。

まず学会中は大学からかなり離れた太宰府ユースホステルに宿泊していた。そして、学会が終わると、卒業記念を兼ねて、九州一周を企てたのだった。

まず長崎見物をしてから、長崎ユースホステルで宿泊、熊本は駅で停車して乗り換えだけ。鹿児島に行き、長崎鼻だったかな、開聞岳に登った。それから桜島にも行き、桜島ユースホステルで泊まり、火山灰の雨も体験。その後、鹿児島の指宿のユースホステルに泊まる。それから宮崎の高千穂ユースホステルに宿泊し、さらに大分の別府ユースホステルに泊まり、そうして福岡の箱崎だったかな、九州大学に戻ったわけだ。

最初に学会中に知り合った九州大学の大学院生の研究室にお別れに挨拶に行ったら、その気の良い九州男児の院生から今晩大濠公園の花見に行くからいっしょに行こうということになって、一緒に参加したのだった。研究室の秘書連といっしょのどんちゃんさわぎで大変よい思い出でになった。そしてその晩は、その院生の下宿先に泊めていただいた。

今思えば、いい時代だったんだナア、と思う。この頃のみなさんは元気にしているのだろうか?

それ以来だから、30数年ぶりの夜桜見物ということになるかな。

私の記憶と一昨日の記憶を比べると、やはり九州の大濠公園の夜桜見物客の方が元気が良かったナア。

どこでもおおさわぎしてゲームをやっていた。我々もすぐにいろいろなゲームをやることになり、負けると酒かビールを一気飲み。今ではご法度かも知れないが、幸いみな酒に強かった。ほろ酔い気分で私は秘書さんをおんぶせよのラッキーカードを引いた。とても美人な博多美人だった。

それと比べたら徳島城の方は、粛々と仲間で飲食しながらおしゃべりという感じかナ。

それでも古い桜の大木の下で夜桜を見るというのは日本の風流である。

まだ外人が少ないのも良かったが、それでも少なからず留学生などを中心に増えつつあるようですナ。


この週末は暖かく天気が良かったので、今週で桜は終わりになるのだろう。昨年が1週間で一気に開花してあっという間に桜吹雪になったのと比べると、今年は2〜3週間、寒い中をだらだらと長いこと咲いてくれたから結構長い間桜を見ることができてよかったのではなかろうか。

さくらは栄養分を1年間蓄えて春になって一気に咲く。だから花が散った桜はすぐに葉っぱを出して1年後に備え始める。一方、一般的な他の木々はまず栄養分を葉っぱで蓄えたらすぐに花が開く。

この蓄えに蓄えて、使うときは一気に使うという感じもまた日本人に似ている。お金を貯めに貯めて溜まったところで一気に使う時には使う。例えば、娘の花嫁衣装のために一生をかけてお金をためて、娘の結婚式で和服や結婚式代に一気に使う。

米人は貯まればすぐに使う。だから、その月の稼ぎはその月に使い切る。こういう人がほとんどである。

ほんと不思議だ。日本の動植物も日本人に似ている。

我が家でよく言うことだが、なんでも日本で育つと丸くなる。スイカ、ピーマン、豆、人間の顔や頭に至るまで、日本で育つと丸くなる。人間の性格まで丸くなる。

これは何が原因なのだろうか?

オバマが欧米ではいつも邪悪な顔をしているのに日本に来たときだけは穏やかな平和な顔をしている。レディーガガ然り。イニエスタ然りだ。ハリウッドのセレブもそうだ。その子が日本で育てばもっと丸くなる。

人種によってはそうならない人種もいる。たとえば朝鮮族だ。

こうしてみると、やはり遺伝子に何か問題があるということだろう。


いやはや、世も末ですナ。






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by kikidoblog2 | 2019-04-08 10:16 | 阿南&徳島

おめでとう富岡西!:富岡西応援団、初の応援団最優秀賞受賞!   

富岡西応援団、初の応援団最優秀賞受賞!
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(ちなみに、この制服は森英恵さんデザイン。私の妻の時代から始まる。MVPの石川選手がじっと見ているナア。)


みなさん、こんにちは。

さて、今回はめったにないことが起こったので一応メモしておこう。


今年の春の選抜甲子園大会は愛知の東邦高校が5度目の優勝を遂げた。準優勝は千葉の習志野高校だった。

ここ阿南からは地元の公立進学校の富岡西高校が120年目の初の甲子園出場を果たした。それも21世紀枠。四国3位であった。

そして対戦くじ引きでいきなり優勝候補筆頭の東邦を当てた。

そして、開催4日目の第三試合で優勝することになる東邦と対戦。1−3で惜敗。何度かの大チャンスに一発がでなかった。あと一発。それがこれだった。

第91回センバツ 東邦ー富岡西 ダイジェスト


この試合、富岡西は攻守三回あるタイムを一度も取らなかった。というのも、監督の

ノーサイン

を売りにしたチームだったからである。選手同士でサインを出し合う。監督は試合では何もしないで見ているだけ。

準優勝の習志野は1球ごとに監督が指示を出すチーム。優勝の東邦もそうである。

ところが、まあ初戦で相手の東邦もあまりまだ実力通りではなかったのかも知れないが、富岡西の浮橋選手のボールをとらえきれず、3点しかとれなかった。一方、富岡西は、3塁ベースまでが2回。1死満塁のチャンスもあった。

ここで一打でれば、相手ピッチャーの石川選手が崩れるかも知れないという場面が何度もあった。

とまあ、こんな富岡西が善戦した緊迫した好ゲームだった。


富岡西の応援は初戦敗退だから、このたった1ゲームだったわけだが、なんと

昨日の表彰式で、富岡西の応援団が初の最優秀賞に輝いた。これである。

徳島・富岡西に最優秀応援団賞 
接戦、東邦戦に大きな力与える


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3日閉幕した第91回選抜高校野球大会の最優秀応援団賞に、21世紀枠で初出場した徳島県の富岡西高校(阿南市富岡町)が選ばれた。

 優勝した東邦(愛知)と接戦を演じた3月26日の1回戦で、一塁側アルプススタンドを埋め尽くした3000人の応援が富岡西ナインの大きな力になった。

 選抜大会で県内の高校が最優秀応援団賞を受賞したのは2010年の川島高校以来、2度目。

【祝】最優秀応援団賞!【2019センバツ】富岡西高校・アルプス席と同点シーン!(2019.3.26東邦高校戦)




富岡西高校のど迫力の大応援団



【祝】最優秀応援団賞!【2019センバツ】富岡西・応援歌メドレー3曲+阿波踊り♪(2019.3.26東邦高校戦)

(富岡西は私の妻の出身校で、長男の出身校でもある。だから、我が家も一応富西に寄付しておきましたよ。)


富岡西にはもともとチアリーダー部はなかったから、急遽女生徒たちが様々のクラブから集まりチアリーダーを作ったようだ。

だから、大会前に相当に練習したはずである。

7〜8年前に私の次男が徳島商業と富岡東が高校サッカー選手権の県予選決勝で戦ったときも、富岡西も富岡東もチアリーダーはまだなかったと思う。相手の徳商のチアリーダーが有名でしっかり応援していたのだった。

やはり歴史ある野球やサッカーの全国大会に出場するというのは、その高校にとり大きな勢いをつけるのである。

ところで、ここ徳島県の高校には、独特の応援団の文化が根付く。私が出た山梨県には存在しないものである。

それは、各高校の体育祭の時、その高校へ進学した生徒の地域で別れて、「団」というものを作り、「1団」「2団」「3団」「4団」と分けて、お互いに「団」同士で応援合戦をするのである。そして、応援の戦いを行い、順位を決める、という伝統がある。

だから、徳島県は総体的にだれもが応援団がどういうものかわかっているのである。したがって、応援という時に応援団員の中で一体感が生まれやすいのではなかろうか?

どの高校にもこれがあるので、かつて川島高校が初の甲子園の時も受賞したわけだ。

そこに当然「阿波おどり」も入る。

ちなみに、阿南アグリスタジアムで応援する60歳以上のシニアのチアリーダーも参加した。


いずれにせよ、120年目の初出場で、いきなりこの応援団はなかなかできるものではないというのは確かだろう。

富岡西は、美爆音の習志野、横浜の桐蔭学園、大阪の履正社、大阪桐蔭の友情応援の東邦、米子東などの超有名高を抑えての最優秀賞だったので、驚きの快挙と言えるだろう。

かなり高野連が富岡西に好感を持ってくれたに違いない。

めずらしく、サンクス高野連。GJ高野連ですナ。


夏目漱石の坊っちゃんの時代に始まり120年の歴史のある、徳島県下の特に県南の公立進学校の富岡西も、いまでは阿南ではナンバー2の進学校になってしまった。いまは富岡東の方が中学からの進学では難関になってしまった。

最初に中高一環校を目指す企画を出したのが富岡西だったが、それが富岡東に渡り、富岡西は理数科を置くことに変わったのである。

そのせいか、勉強だけの子供は富岡東に行くようになり、文武両道、あるいは、スポーツ好きの男子が富岡西に集まるようになった。

そうして何年かすると、富岡西は女生徒の方が男子生徒よりも増えてしまったというわけだ。昔の商業高校のような感じになった。野球部員もそれほど多いわけではない。

しかし、数年前に富岡西に進学する阿南中学が県の中学野球大会で優勝したのである。その選手たちがおそらくほとんどそのまま富岡西に進学した。そういうことができるようになったのだろう。その子達がいまの選手層を担っている。

今回の対戦相手が優勝したという経験はいまの富岡西の選手たちに大きな自信を与えたことだろう。こういう経験は大きい。将来的には人生の自信になる。

ちなみに、富岡西は女子新体操が強く、我が家の近くの市の体育館で毎日練習している。日本代表クラスにも選手を出している。だから、女子新体操の選手たちもチアに加わったのかもしれない。剣道も強いが、そういう他の部の女子もチアに加わったという。



おめでとうございます!富岡西応援団のみなさん。


頑張れ、富岡西校。


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by kikidoblog2 | 2019-04-04 09:13 | 阿南&徳島

アイラブジャパン:「勝浦の桜フェスとビッグひな祭りを見る!」→日本人で良かった!?   

みなさん、こんにちは。

さて、先週もここ徳島のビッグひな祭りで有名な勝浦の桜を見に行ったということをめずらしくメモしたが、今回は今度は昨日のお花見に行った話をメモしておこう。

本当は土曜日に行く予定だったが、土曜は大雨の暴風雨だったために止めにして、1日様子を見ていたら、昨日は幸い快晴になった。そこで急遽早めに花見を見に行くことにしたのである。

勝浦のしだれ桜
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桜船に乗る
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その桜フェスティバルの横にはビッグひな祭りの会場あったが、そこの最終日だったのでついでに見ることにした。

ビッグひな壇
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恐竜もいた
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そういえば、あめご釣り、塩焼きもあった。

ういろう、ぜんざい、あめご塩焼き、しっぽくうどん、肉うどん、結構食べまくったヨ。


というわけで、まだ外人のいない我が国のお花見ができた。

ほんと白人がいると、雰囲気が他国の観光地のようになってしまうから風流も台無しになる。大食いで、食い歩いて散らかしっぱなしになるし、風体がでかくじゃまになる。ほんと地球の百害である。


最近はここ阿南に来た頃のオジサンオバサンがどんどん老化し、おじいさんおばあさんになり、年々その数が減っている。空き家ばかりになりつつある。

ところで、世界人口は75億人を超えたとか国連やWHOは言うが、これは本当なのだろうか?

どうもだいぶ前から私はそれがフェイクだと思うようになったわけである。実際にはすでに35億以下に減っているんじゃないだろうか?

これは実際に旅行したものでないとわからないが、それぞれの国で大都市の人口はそこそこ増えているだろうが、地方はほとんど人がいない。ブラジルもそうだったし、飛行機から見たロシアも大半が人の住めない土地だった。

EUも大半は山か農地だし、人口は各国で減っている。日本も例外ではない。韓国も減っている。アフリカだって減っているわけだ。にもかかわらず、統計だけがどんどん増えている。

というわけで、どうもなんか変だ、というのが最近の私の直感なんですナ。まあ、これについてはまたいつか。



いやはや、世も末ですナ。







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by kikidoblog2 | 2019-04-01 09:48 | 阿南&徳島

祝「ぼっちゃん高校」120年目で甲子園出場!:ここ阿南の富岡西が120年目の甲子園!   

みなさん、こんにちは。

今回はここ徳島阿南の話をメモしておこう。というのも、地元の公立高校の富岡西高校の野球部がなんと

120年目の甲子園

120年めにして初の甲子園出場を決めた!からである。

富岡西(徳島)初の甲子園 
創部120年 センバツ21世紀枠

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この富岡西高校は徳島で二番目にできた旧制中学校で、最初が徳島尋常中学校第一分校(後の脇町中学、現高校)、その次が徳島尋常中学校第ニ分校(後の富岡西中学、現高校)であった。

その古さは、あの夏目漱石の坊っちゃんの時代、夏目漱石の「坊っちゃん」のモデルになった教師がこの富岡西高へ赴任したことからわかる。

その当時からその「坊っちゃん」先生のモデルが好んだうどんが、阿南の「ぼっちゃんうどん」である。
坊っちゃんが「坊っちゃんそば」を食べる!:坊っちゃんのモデル弘中又一が通った福助

では、そのモデルはいたのか?

というと、それが、弘中又一という、漱石の親友であった。この人である。

弘中又一
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【略歴を説明しよう】・・・

1873年(明治6年)  夜市(やじ)川の上流に広がるのどかな湯野温泉・山口県都濃郡湯野村第287番地で、
父・弘中伊亮、母・タメの長男として生まれる。
萩藩の重臣・堅田 就政 の旧家臣の家に生まれ、地元の湯野小学校に入学する。
高学年になると、桜田小学校(現在の 戸田小学校)の中等科を卒業。
1890年(明治23年) 京都の同志社普通学校(現在の同志社大学)に入学。
私塾時代の漢文の先生が京都に住居を構えたことから、 慕って京都の学校へ進学した、という説がある。
1894年(明治27年) 同志社普通学校を卒業。柳井小学校代用教員となる。
1895年(明治28年) 5月に、愛媛県松山尋常中学校の英語の教師に赴任する。
そこで、夏目金之助、後の夏目漱石と職場を共にする。
1896年(明治29年) 愛媛尋常中学校東予分校に転任し、その年に徳島県尋常中学校第二分校に転任する。
1900年(明治33年) 埼玉県尋常中学校第二分校(旧制熊谷中学時代)に着任する。
1912年(明治45年) 同志社中学校に転任する。
1932年(昭和7年)  同志社中学校を退職する。
1938年(昭和13年) 8月6日、京都に住んで数学などの研究をされていましたが、死去する。


というのも、この弘中の赴任は、その徳島県下で二個目にできたばかりの尋常中学校の新任として学校の立ち上げに貢献することだったのである。

時は、1896年。

以来幾多の戦争を超えて、県下の俊雄、秀才たちがこの尋常中学校に集まった。

その後、戦前の富岡西中学、そして戦後の富岡西高校へと変化した。

今現在徳島の中高年のリーダーの大半はこの富西出身である。

しかしながら、県下随一の進学校であったがゆえに、甲子園どころか、サッカーの選手権の出場もなかったのである。

ところが、高度成長期のあたりに阿南にもう一つの進学校が登場した。

富岡東高である。

ここは最初は男子校の富西、女子校の富東として誕生した学校だったが、どういうわけか、徳島県教育委員会と阿南市教育委員会がことごとく伝統の富西を弱体化させ、新興の富東に肩入れし、後発の富東が進学校の地位を奪い取った。

数年前、それに業を煮やした富西は中高一環教育への舵をとったが、その最初の発案者の富西が後から名乗りを上げた富東にその計画を乗っ取られてしまったのである。

以来、富東こと富岡東高が中高一環のナンバーワンの進学校になり、伝統の富岡西がナンバー2の辛酸をなめてきた。いまや逆に女子が多いのが富西になり、いまでは女子学生の方が男子学生より多くなる始末である。つまり、女子高化していると聞く。

ところが、女子高化するということは、ある意味では、商業高校化するというようなものだから、男子の場合も勉強よりスポーツが得意というものが増える傾向にあるわけだ。

どうやらそれが幸いし、野球の上手な選手が増えたようである。


また、10年ほど前に新市長が誕生し、その市長さん、サッカーより野球が大好きで、とにかく野球に力を入れ、それまでは、青色発光ダイオードの街「ひかりの阿南」だったものが、いつの間にかトップレベルの野球場までつくり、合宿所やトレーニンルームまで完備させ、いまや「野球の街阿南」に唯我独尊してしまったのである。

だから、いまや市内のいたるところでキャッチボールはしている子供はみるが、ボールを蹴る子どもたちは見なくなってしまったのである。

この市長ができる前、我が家は私が自分の息子たちを幼稚園時代からすこしずつサッカーボールを蹴らせて、いつの日かここ阿南で県優勝を目指して、

県南サッカーに革命を!

のスローガンでやってきて、コーチとして阿南高専、息子たちのサッカー部の父兄として、阿南中学、富岡西、富岡東のサッカー部と関わり、ついに

阿南高専初の全国高専大会ベスト8

富西戦後初のベスト8

富東戦後初の準優勝


までこぎつけ、なんとか県南サッカーの灯火を灯したのだった。

が、それもついにこの市長により消し飛んだのであった。

富西、富東ともに出ると負けの一回戦ボーイになった。


が、しかし逆に野球は盛り返したというわけだ。


まあ、日本全国で唯一いまだ公立高校しか、甲子園出場とサッカーの選手権に出場のない県というのがここ徳島県である。私立高校より、公立高校の方が強い県。

最後の砦である。


言い換えれば、いまだに地元の子どもたちが普通に学区で通い、そこで鍛え、学び、そこで強くなる。たいした環境でもないのに、創意工夫で頑張る。こういう高校が甲子園に出るのは意味がある。

大阪桐蔭とか、青森山田とか、東福岡とか、こういう高校とは正反対の純日本的スタイルのごく普通の高校である。


だから、言い換えれば、

地産地消

の高校である。

地産地消でも努力すれば全国に行ける。進学校でも、公立校でも甲子園に出られる。


こういう例はすばらしい。


頑張れ、富西。


俺も息子のサッカーの練習試合のときには何度も富西のグランドに行ったものだ。

ちなみに、我妻も富西出身。デフテックのシェンの義理の母も富西出身。私の息子の長男も富西、次男が富東。

まさに地産地消である。

まあ、トレンドとしては最高の学校へ行くというも一つの方法だろうが、地方が衰退しないためには、やはり地産地消で発展させるということが大事であろう。さもなくば、ゆくゆくは地方が外人師弟だらけになる。あるいは、廃校になる。

ちなみに「ブラック学校」なんていうのはまやかしである。「生徒が多すぎて〜〜〜」というのは都市部の話であって、地方はどんどん廃校か合併である。

この富西、富東も奥さんの時代の半分の生徒数しかない。だから、教室が空く。

なぜ先生が忙しくなったか?これについてはまたいつか?


おめでとう、富西野球部!

まずは甲子園1勝初戦突破を目指せ!

頑張れ、富西野球部!

ちなみに、富岡西の学校カラーは早稲田色=ベージュ=茶色である。







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by kikidoblog2 | 2019-01-28 10:35 | 阿南&徳島

ここ徳島の新しい世代のスター登場!?:サッカーの塩谷司とJPopの米津玄師   

みなさん、こんにちは。

毎年新年の駅伝が行われるが、私の出身の山梨と妻の出身のここ徳島は、いつも40位前後で張り合う。最下位の沖縄よりはマシだが、これってやる意味あんの???

要するに、何十年もやって上位に上がれないというのは、それにはそれなりの理由があるわけだ。

つまり、遺伝的に持久力がない→ミトコンドリア遺伝子の性能が持久力向きではないのである。

まあ、オリンピック同様、駅伝にも「参加することに意味がある」という考え方があるのかもしれないが、俺に言わせれば時間の無駄=金の無駄であろう。

山梨や徳島や沖縄。。。など駅伝の下の方の地方にはもっと別の道があるはずだ。

相撲とか、野球とか、重量挙げとか、柔道とか、砲丸投げとか、バレーとか、ゴルフとか、。。。

要するに、瞬発力を中心に据える競技に特化するべきだろう。

私の観察範囲でも、徳島の子供は走るのが苦手である。つまり、嫌いなんだな。

ところが、京都あたりの子供は、あの山を登ったり下ったりの地形の中で、走り回って遊んでいる。

だから、京都はいつも駅伝上位である。

また昔の飛脚が住んでいた東海道沿線の地方には健脚の子孫がいるから、

千葉、東京、神奈川、静岡、愛知、滋賀、京都、大阪、兵庫、岡山、広島、福岡

などでは、結構健脚が生まれる。実際、駅伝もサッカーも強い。よく走るスポーツはみな強い。

上に行けばいくほど、レベルが上がればがるほど、人は遺伝の影響を受ける。かならず、あるレベル以上になると、向き不向きが出てくる。それはやってみるまでわからないが、やっていくうちに自ずと自己の限界が現れる。

残念なことだが、それを痛感したら、潔く方向転換すべきである。

プロサッカー選手になったのに1点も取れないとか、ボールにさわれないとか、こういう選手はサッカー向きではない。

むしろ、マラソンや中距離選手に進むべきだ。

逆に駅伝で弱くてももっと長距離のフルマラソンとかトライアスロンとか100kmマラソンとか。。。こういうものに適性があるかもしれない。

事実、駅伝には弱い徳島と山梨から、海外の何日にも渡る自然界を徹夜走行する過酷なレースで世界チャンピオンが1人ずつ生まれている。

まあ、駅伝は中距離のせいぜい1万mの適性を見るだけだから、中途半端で有害だというのが俺のかねてからの見解である。

むしろ、サッカー選手に駅伝を走らせるべきである。

サッカー選手にとり、1試合で12km走るとすれば、練習ではその2倍の24km走る必要がある。俺の経験でも、試合で足をつらないでできるためには、実際の倍は練習で走れるようにしないとまずいのである。

だから、フルマラソンで優勝したければ、1日午前と午後に42kmを1本ずつ走る必要がある。事実、シドニー五輪で優勝した高橋尚子選手はその前に1日2本フルを走り、昼飯と夕食にはギャル曽根並に食っていた。

錦織圭が5時間のゲームを連戦して優勝するためには、1日その倍の10時間の練習が必要になり、それに耐えられるようなトレーニングが必須となる。さもなくば永久に優勝は不可能だ。

さて、大分前置きが長くなってしまったが、かつて山梨には野球の堀内恒夫いわゆる18番を作った男と、サッカーの中田英寿というスーパースターが生まれた。

一方、徳島には、ゴルフのジャンボ尾崎、野球の徳商の板東英二と池田の水野雄仁、男子体操の畠田好章(いま娘さんが女子体操にいる)、マラソンの弘山晴美、水泳の源純夏、 俳優の大杉漣、。。。などのスーパースターが生まれた。

そして、いまもその伝統が引き継がれ、いまはサッカーでは日本代表の

塩谷司
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と、紅白にでた

アンジェラアキ
『手紙~拝啓 十五の君へ~』


と米津玄師
米津玄師 MV「Lemon」


米津玄師まさかの経歴と学歴が凄すぎた…「Lemon」を紅白歌合戦で熱唱…
が現れた。


人にはそれぞれの才能がある。どんなにたわいないものでもその人にしか備わっていないものである。だから、それぞれに価値がある。

それをうまく活かす。

保江邦夫さんの恩人であったシスター渡邉和子さんは、それを

「置かれた場所で咲きなさい」
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と言ったらしい。

昔の人は、「一隅を照らす」とも言ったが、おそらく同じような意味だろう。

人には持ち場がある。

それが主役であろうが端役であろうがエキストラであろうが、その持ち場で咲く。

仲代達矢も三船敏郎も石原裕次郎もケビン・コスナーも。。。

みな最初はエキストラや死体役だったという。

しかし、「そこで」咲いたか、枯れたかの違いがその後を変えた。

仮に枯れていたとして、監督の目には止まらなかったとしても、そこに枯れて存在したということには意味がある。

一世風靡することは素晴らしいことだが、一世風靡できなかったとしてもその人の世界は続くのだ。人にとって、成功不成功は数多くの出来事の一コマにすぎない。

ワンシーン撮ったって映画にはならない。

ワンシーンを特別のものにするには大半の普通のシーンが必要だ。そして何よりも大事なことは、映像をフィルムに取り続けることであろう。さもなくば映画が完結しない。

どんな選手でもいずれ引退の時が来る。どんな偉人でもスーパースターでもいずれお別れの時が来る。

だから、一喜一憂せず、一休和尚が言ったように「罪なく死す」の六字の偈が大事なのである。

とまあ、とりとめなく、徒然草的なメモしなってしまったが、徳島の新しい才能たちの活躍を期待したい。


頑張れ、徳島!頑張れ、山梨!

頑張れ、日本!





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by kikidoblog2 | 2019-01-24 10:40 | 阿南&徳島