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今年もありがとうございました:みなさん、良いお年を!   

ガルがもの大行進
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みなさん、こんにちは。

今日は大晦日の12月31日。

今年もいろいろのことが起き過ぎました。

が、なんとか年末を迎えることができました。


みなさんの健康とご多幸を祝して

みなさん、良いお年を!



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by kikidoblog2 | 2017-12-31 17:44 | ブログ主より

動物界は人間界より先行する!?:秋田犬の末路が日本人の末路を彷彿させる!?   

プーチンと秋田犬
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みなさん、こんにちは。

さて、今回は私個人の妄想のようなものである。普通の人はスルーを。



日本の常識は世界の非常識。日本の非常識は世界の常識。

まさにいまや我が国の国内と国外とでは、そういう逆転現象があらゆることにおいてできている。

(あ)例えば、歴史の通説。

我が国では、南京大虐殺を行ったのが、旧日本軍となっているが、米ブッシュ政権による向こう8年の詳細な文献調査によれば、その証拠は0だった。

むしろ、当時の支那人の共産党パルチザンと国民党蒋介石軍が、当時の欧米列強および日本が居住する地域の親欧米親日の支那人を殺したり、満州で事業する一般日本人家族を虐殺したという事件だった。

物事は同じ軸上にある2つの善悪は、その向きを変えれば、どっちがどっちかわからなくなる。

そういうものである。


(い)例えば、牛肉。

一時までは、国産牛が純和牛=オスメス両方和牛であり、海外の牛が純外国産牛だった。

だから、国産、アメリカ産、カナダ産、豪州産、などと区別して書かれていた。

その時代は、北米産の牛には成長ホルモンが投与されているから、健康に悪いという副作用が知られるようになり、徐々に国産牛人気が復活した。

ところが、それから20年。

今では、国産牛のほぼ100%がF1牛=外国産オス✕国産メスのハーフ牛となり、豪州産の方に純血黒毛和牛が渡ってしまった。

つまり、和牛の逆輸入というやつである。

同時に、神戸ビーフの名で知られる神戸牛のような最高級の肉は、欧米やアジアの富裕層が買いあさり、日本の一般人は、外国産の肉を無理やり買わされてきた。

こういうふうに、牛肉においても、もはや我が国内には純血の和牛の方が数少なくなり、子が繁殖できないF1ハーフ牛が主流となるにいたった。

このF1は、子作りにはノーという、ターミネーター牛の一種であり、モンサントの遺伝子改変作物のとうもろこしやら、ポテトやらといっしょで、それを食べ続ければ、生殖器をやられ、脳をやられ、内蔵をやられ、いずれはガンや難病にかかって死ぬという運命が待ち受ける。

こうして、世界最古の国家日本の将来的な終焉が目に見えてきたわけである。

同時に、世界最古、人類最古の現存する遺伝子をもつ唯一の大和民族の終焉も見えてきた。

世はハーフ全盛、外人白人全盛の時代になっているからである。


(う)ところが、面白いことに、そういう外人天国、外人全盛の旅行者時代にあって、我が国のちょい旅する外人たちが目にする、めずらしい日本人の幼児、幼稚園児を目撃する度に、

かわいい、かわいい、ほしい、ほしい、

の声が飛ぶ。例えばこんなかんじ。

海外「この行儀の良さを見てくれ!」 日本の園児と白人の赤ちゃんの交流風景に感動の声

今回ご紹介する映像は、沖縄在住のアメリカ人の方が投稿されたもので、
投稿者さんのお子さんと、日本の園児たちが触れ合う様子が紹介されています。

場所は北中城村にある「中城公園」という近年大人気の県営公園で、
アメリカ人が多く暮らす宜野湾に近いことから、
インターナショナルな雰囲気のある場所であるそうです。

「可愛い」という声が相次いでいたのはもちろんのことですが、
日本の園児たちの気遣いや行儀の素晴らしさであったり、
人種の違いを気にすることなく赤ちゃんを愛でる姿にも、
多くの外国人が大きな感動を覚えていました。

なでなで
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外人の声

■ 日本の子供達は幼い頃から礼儀と素直さと、
  敬意を持つことの大切さを両親から教えられて育つんだよね。
  どの園児も素晴らしく可愛い。 +2011 フィリピン

■ オーマイガーッ! 可愛すぎるw
  この映像の中には「可愛さ」しか存在しない! +22 イギリス

■ あの子供達は相手が白人だからとかは一切気にしないで、
  ただただ赤ちゃんを愛でて、一緒に遊んでる。
  白人だからどうこうなんて意識はないんだ。 +133 国籍不明

■ 「バイバイ、アカチャン、バイバイ」
  ああっ、可愛さに心を奪われた!
  なんて愛らしい子供達なんだろう。 +2209 アメリカ

■ 日本の子供たちの可愛さがヤバイ?????? +156 アメリカ

   ■ こっちの両親たちも子供に敬意と愛情の示し方を教えて欲しい。
     それが実現したら本当に素敵だよね。 +3 アメリカ

■  どの子も赤ちゃんに対して優しい。
  日本の子供たちのこの行儀の良さを見てくれよ! +167 国籍不明

■ すごく愛らしい。あの子たちに人種の壁なんてないんだね。
  偏見は後から学んでしまう物なんだって事がよく分かる。 +22 カナダ

■ ハハハハ、笑いすぎて窒息寸前だった。可愛い! +1 台湾

他多数


あるいは、こんな感じ。
Cute Japanese Babies Everywhere (Traveling Kyoto, Japan)
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これは、税関や国や警察が知らないうちに海外のクルーズ船から我が国内に外国人が上陸するという、結構危ないタイプの外人入国のシステムを使って入国した連中の投稿サイトである。

こんなやつは無数にあるが、どうやら彼ら外国人の日本旅行では、日本の子供たちが、見た目や性質の「かわいい動物」であるかのような扱いである。

まるで、どこかの島や公園にいる、うさぎやリスや犬猫、猿、鹿、あるいは、むささびのような扱いですナ。

そのうち、「俺日本人の幼児を持って帰るワ」なんていうやつがいそうですらある。

結構危ない感じがしますナ。末恐ろしい悪寒を感じる。


(え)さて、牛から始まり、今や人間の場合もこんな感じにいよいよ変わりつつある中、犬に関して言えば、一歩先を行っていた。これをメモしておこう。以下のものである。

オオカミに最も近い……世界で大人気の日本犬は?
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先祖は「マタギ犬」

秋田犬は明治時代に秋田県で誕生した犬種です。土台となったのは、東北地方のマタギ犬でした。マタギとは狩猟で暮らした人々で、猟犬はマタギ犬と呼ばれました。

 幕末から明治時代にかけて、秋田県では闘犬大会が大流行し、豪農や資産家が体格の良い犬同士を掛け合わせました。ここからマタギ犬の大型化が始まります。

 さらに、超大型犬マスティフなど洋犬の血も取り入れられたとされ、現在に通じる秋田犬が誕生しました。飼い主に忠実な性質と立ち耳・巻き尾の姿はマタギ犬のままで、体格は二回りほども大きくなったのです。地面から肩までの高さ(体高)は65センチほど、体重は50キロ近くになることもあります。

 洋犬種に劣らぬ体格と威厳を備えた秋田犬は、柴犬など日本犬6品種(かつては7品種)のうちの一つです。

 1931年には、日本犬として国の天然記念物の第1号に指定されます。背景には、明治以降の急激な西洋化に反発する社会機運がありました。犬の世界でも、明治維新後にどっと流入してきた洋犬に、日本犬は駆逐されそうになっていたのです。

 翌32年に登場したのがハチ公でした。新聞や雑誌、ラジオが取り上げ、その名声は、日本犬の地位を高めることに多大な役割を果たします。秋田県の秋田犬保存会(設立1927年)、東京都の日本犬保存会(同28年)は、ハチ公人気の後押しを受けて活動が盛んになりました。

 戦後の高度成長期が始まる前後から、秋田犬を番犬として飼う人が増えました。高値で取引されるようになり、ブリーダーが雨後の竹の子の如ごとく生まれ、秋田犬の展覧会(ドッグショー)は愛好家や見物客であふれかえりました。1960年代後半~70年代前半には空前のブームを迎えます。


小型犬人気……日本では「存亡の危機」

 ところが、現在の日本において秋田犬は、存亡の危機を迎えています。

 秋田犬保存会の犬籍(戸籍に相当)年間登録数(国内)は、ピーク時だった1972年の約4万6000頭から最近では2000頭台にまで減少しました。本場の大館市でさえ、飼育されているのは30頭に満たないほどです。

 このままでは早晩、日本から秋田犬がいなくなってしまう危機的状況になっています。

減少の背景には、核家族化と少子化が進み、大型犬の秋田犬を飼う余裕が失われたことがあります。逆に人気が上がったのが、シーズーやトイプードル、ミニチュアダックスフントなど小型の洋犬種です。


「犬とは何か」を知る手がかりに

 日本において姿を消しつつある一方、海外では繁栄しています。

 すでに年間の出産頭数はイタリア一国で日本を上回るほど。中国でも、富裕層を中心に日本では考えられない高額で売買される人気犬種となっています。

 また近年になって、科学的観点からも注目されています。2000年代に入り、人だけでなく犬でもゲノム解析研究が飛躍的に進められ、秋田犬や柴犬などの日本犬は最もオオカミに近い遺伝子を持つことが分かったのです。

 研究の最前線にいる麻布大学獣医学部の菊水健史たけふみ教授は「秋田犬をはじめ日本犬の遺伝子が犬の起源を知るための鍵となっている」と言います。

 世界には体重100キロ程にもなる超大型犬のマスティフから、手のひらにのるような極小のチワワまで、公認犬種だけでも300を超える品種の犬がいます。

 そんな中で、秋田犬は、オオカミに似た原始的な犬でありながら、明治以降に洋犬の血が入り、大きくなったという、犬種として類例のない歴史を持ちます。それゆえ、秋田犬は世界中の犬種の成り立ち、ひいては「犬とは何か?」を知るための格好の存在と言えるのです。

 「日本の宝」としての秋田犬を日本で復興させたい。そんな思いから筆者は、読売新聞秋田版の連載や全国版の記事を通じ、その魅力や新発見の事実を報じました。近著の「秋田犬」(文春新書)でも、国内外での秋田犬の現状やハチ公の知られざる真の生涯を紹介しています。

「秋田犬フォーラム」1月20日に渋谷で
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 「秋田犬年」です――。秋田県はこの年末年始、2018年の干支にあやかったキャッチフレーズで、首都圏のJRや私鉄を舞台に県の魅力をPRしています。

 秋田犬が秋田県内の小正月行事や観光名所を訪ねるポスターを掲示、東急田園都市線渋谷駅地下1階の壁面には数百枚の秋田犬のポストカードを貼り付けています。ポストカードは持ち帰り可能で、はがすと壁面に巨大な秋田犬が現れるそうです。ポスターやポストカードの画像は、秋田県観光情報サイト「あきたファンドッとコム」で公開中です。

 また、ハチ公の故郷、大館市は1月20日に「秋田犬フォーラム ハチ公、大館、世界」(読売新聞秋田支局共催)を東京都渋谷区のTKPガーデンシティ渋谷で開きます。

 ハチ公の剥製が展示されている国立科学博物館の林良博館長、前上野動物園長で日本パンダ保護協会の土居利光会長、衆議院議員で秋田犬保存会の遠藤敬たかし会長、論文「秋田犬の国際化戦略」を執筆した名越健郎けんろう・国際教養大特任教授ら、そうそうたるメンバーが秋田犬をテーマに討論します。明石康さんが「秋田犬と世界」と題して基調講演し、ニューヨーク在勤時代に飼っていた秋田犬の思い出も語ってくれます。

 2018年は、ハチ公を世に広めた造園・建築家の斎藤弘吉ひろきち氏が創設した「日本犬保存会」が設立90周年を迎えます。節目の年が、秋田犬の復興元年になることを期待しています。


とまあ、こんな記事だが、簡単にまとめれば、

(1)秋田犬は飼い主だけになつき、他人にはなつかない、やさしい犬である。
(2)秋田犬と柴犬が、世界中の犬の中でもっとも狼に近い原始的な犬である。
(3)秋田犬は和犬なのに日本国内で2000匹程度しかいないが、世界ではもっとも知名度や人気のある有名犬であり、そこら中で飼われている。
(4)秋田犬は国内で絶滅の危機に瀕している。


要するに、ここにもまた、日本と海外との大逆転現象があるわけである。

つまり、昔は日本人が忠犬ハチ=秋田犬を飼い、外人が外国犬を飼っていたが、最近では日本人が外国犬を飼い、外人が日本犬=秋田犬や柴犬を飼っている。

こういう形で、日本国内で和犬が絶滅の危機に瀕している。


(お)私の個人的印象としては、今後これと同じことが日本人そのものに対しても起こるのではないか?ということである。

つまり、昔は日本という国の中に純粋な日本人が住み、海外には外人が住んでいた。

これが、逆転し、今後は日本の中に純粋の日本人が少なくなり、海外に遺伝的に純粋な日本人が残るが、主流ではなくなる。

国内は変な英語かぶれやら、ハーフやクォーターだらけで日本人、倭人がマイノリティーになり、海外に若干日系人という形で、純血一世が残る。


動物の世界は人間の世界を先行して起こる。


もし天皇に女系天皇を認めれば、天皇家自体が外人との婚姻で、外国産天皇となり、その瞬間に、超古代のエジプトで起こった西洋系によるファラオの乗っ取りというような歴史と同じことが起きそうである。

まあ、それでも世界が平和になるのであれば結構な話には違いないが、古代インド、近代現代の南米、やアジアやアフリカで起こったことをみる限り、そうはならず、むしろ日本が乗っ取られた瞬間に世界終焉するのではなかろうか?

(か)ところで、一つだけ私がわからないのは、どうしてもっとも狼という、それも北方の狼、たとえば、エスキモーことイヌイットの使う狼のような狼犬に最も近い秋田犬が、おとなしい犬であり、一般の犬の方が危険な犬になってしまったのか?

これまた人間にも言える。どうして現存の人間の中ではもっとも古い遺伝子をもつ日本人の方がおとなしく、新しい遺伝子、最近の変異をも外人の方が危険人間なのか?

そういう優しい日本人が秋田犬を生み出したとすれば、古い人間、古い人種の方が知的で優しくより人間的であり、新人類の方が実は野蛮で危険な人間になった。

どうもうそういうふうに結論せざるを得ないわけである。

いわゆる旧人類の方がやさしい人間であり、新人類の方が荒々しく血も涙もない残酷な人間だった。

だから、そういう残酷な人間に飼われて育成された海外の犬と優しい日本人に飼われていっしょに住んできた秋田犬や柴犬とは気質が全く異なるものとなったに違いない。


どうも秋田犬、日本人の世界最古の遺伝子の研究からするとそういう結論になるわけである。

まさにダーウィンの進化論の「オーパーツ」、日本人の存在そのものがすでに大英帝国のオーパーツなのである。

だいたいロスチャイルドが金融を始める前から、我が国には貨幣経済が定着、金銀小判は我が山梨のご先祖さまである、あの武田信玄が生み出したものである。




いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-12-30 12:03 | アイラブとてつもない日本

アイラブジャパン:ファンキーvs芸術性、大阪登美丘高「バブリーダンス」の上を行く京都の同志社香里高!   

みなさん、こんにちは。

さて、今度はちょっと楽しい話。

今年一躍ブレイクした、大阪の登美丘高校の女子ダンス部の「バブリーダンス」。

これをここにメモしたのが、10月5日だった。
2017/10/05 15:22:06
アイラブジャパン:「高校生のきれがヤバい!?」鹿児島実業男子新体操部vs大阪府立登美丘女子ダンス部

2017年
日本高校ダンス部選手権・ビッグクラスで大阪府立登美丘が準優勝


2016年 関西大会優勝


それから2ヶ月、ついにNHKの紅白歌合戦に、荻野目洋子さんのバックダンサーとして共演するという。


さて、面白いのは、このバブリーダンスが「準優勝」だったことである。

さらに上がいたのだ。

はたしてその優勝校はどこか?

それが、大阪とは犬猿の仲の京都の高校だった!

日本高校ダンス部選手権・ビッグクラスで同志社香里が優勝
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冗談の街、三流漫才の大阪が「ファンキーダンス」で行くとすれば、世界超一流の伝統の京の都は「芸術性」であった。

常に大阪の一段上を行く。


それにしても、日本の高校生の協調性、共振性、共鳴性、共感性はすごいですナ。

これは一説では幼少期からの戦後の日本の教育システムの成果であるという。

海外「この行儀の良さを見てくれ!」 日本の園児と白人の赤ちゃんの交流風景に感動の声

なでなで
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20年後には、この赤ちゃんもWaaebooの1人になるのかもしれませんナ?

あるいは、日本人としか結婚しないっていうやつ。


この幼稚園から始まって小中高と進むに従って、世界が羨む「協調性」が誕生するんですナ。


特に秘訣はない。が、我が国では常識的なことがいまでは欧米先進国でも失われつつある。

そして、欧米エリートは、それを変に妬んで、我が国の教育システムを潰しにかかる。


男の恨み辛みほど醜いものはない。


いやはや、世も末ですナ。




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by kikidoblog2 | 2017-12-28 09:40 | アイラブとてつもない日本

「未解決事件、迷宮入り事件」リバイバル:「東電OL殺人事件」→原発反対派親子の悲劇だったんだヨ!?   

Era - Ameno live


Era Ameno:「ドリメ、イタリノ アダパレ ラチレ」


みなさん、こんにちは。

さて、上の「Era Ameno]という歌は、あの2011年311の東日本津波地震そしてその数日後の314の東京電力、福島第一原子力発電所の大爆発3連発の時に世界中で流行った曲である。

風雲急をつげる雰囲気が人気となった。

昨日、これまた我が国の「未解決事件」の幾つかを取り上げ、奇妙な「捏造」を行っていた、実におバカな番組があった。

その極めつけが
「東電OL殺人事件」
だった。

そのせいか、拙ブログ1で大分前にこの事件の真相を取り上げたことがあったが、その記事が拡散されて、本当の真相が再度流布される結果になったようだ。

ご愁傷様である。

結論から言うと、もし東京電力のこの渡辺親子が生きていれば、福島第一原発の爆発事故は起こらなかっただろうということである。以下のものである。

「東京電力OL殺人事件」:"殺人事件の真犯人は決して捕まらない"!? なぜか?

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ずばりこの事件の黒幕はこの3人だった!

当時渡邉泰子さんの直属の上司だった、その後の311の時には東電の社長と副社長になっていた、

勝俣と藤原
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および、大平元首相の三男でこの事件直後に大正製薬の副社長に昇格した、大平明
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の3人である。


まあ、要するに、1980年代後半から1990年代前半は、我が国全体がバブル全盛期であり、当時のアメリカ共和党のネオコン連中から、東電が原子力発電所をばんばん作らさせられた時代である。

そんな中にあって、リベラル(いまの最近のリベラルとは意味が違ってしまったが)だった、渡邊さん親子は、原子力発電懐疑派であり、お邪魔な存在だった。

お父さんが東電の重役で、裕福に育ったインテリの娘さん。それが、父親が原発反対路線を唱えた結果、左遷され、癌死した。一気に家が傾き、お金がなくなった。

金欠病

おそらくこれが売春に手を染めたとすれば、その一因だった可能性が高い。

が、おそらくこれはそうではなかっただろう。

売春婦は別人が演じたか、そういうふうな噂を流しただけで、実際には、事件にみせた目的殺人であろう。


冤罪となったゴビンダさんは、おそらく殺人犯ではないが、おそらくその一味の手下の生贄だったのだろう。

裁判で冤罪をかぶり、その後事件のほとぼりが冷めた頃釈放するというお約束ができていたに違いない。

本能寺の変の明智光秀の役である。

さもなくば、所得が日本の何十分の一以下のネパール人に7000万円もの示談金を払う理由がない。いまや豪邸に住んで、無職でも死ぬまで優雅に暮らせる。


昨日の番組には、おそらく意図的にこの問題から目をそらす、個人売春の問題に巧妙に(というより、実におバカに)誘導していたわけだ。

いまとは全くレベルの違う、天下の慶応大学出のインテリ女性が、そう簡単に売春婦をするわけがないのである。

慶応大2年の時に父親がおなくなりとなったから、卒業後に母親から実は多額の借金があったとか、そういう金銭上の問題を知らされたとか、そういうことがあったはずなのである。

あるいは、東電の裏組織のヤクザ組織に麻薬を打たれたとか、さもなくば、あそこまで普通勤務の他に売春をする理由が見当たらないわけである。


目撃証言というのは、あくまで証言にすぎないから、いくらでも俳優に嘘つかせられる。まったく信憑性はない。30年前ならいざしらず、いまやダマスゴミのメディアの証言やインタビューを信じるものはほとんどいないだろう。それほどファルスドラマ、ファルス映像、ファルスニュースが常態化したからである。

まあ、いずれにせよ、現実を知るのは、以下の2冊を読んでおくべきかもしれない。

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理化学研究所の笹井博士が、理研の研究所の二階の踊り場で、首吊り自殺(にみえる他殺)でおなくなりになったように、組織犯罪は迷宮入りするのである。

なぜなら、必ず、警察庁(官僚)、警視庁(都警察)、神奈川県警、兵庫県警や大阪府警などのような、その昔の朝鮮進駐軍の残党に乗っ取られたような組織が操作妨害を行うからである。

敵はかならず身内の中にいる、というわけですナ。


ところで、その悪の3人衆はいまごろ、常夏の島ハワイのオアフ島でのんびり余生をエンジョイしているという話である。




いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-12-28 08:58 | マスゴミ・ダマスゴミ

「異世界から来た」論文を巡って:望月新一による「ABC予想」の証明と、数学界の戦い2   

(つづき)

異世界から来た論文をめぐって
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困惑という希望

望月教授のフロベニオイドという概念により説明されたABC予想は、驚くべきと同時に好奇心をかき立てられる発明だった。だが、それ自体によって最終的な証明がどうなるのかまで説明されているわけではない。

しかしカンファレンスに集まった数学者たちは、このケドラヤによるフロベニオイド概念の講演により、望月の手法がスピロ予想の定式化にどのようにつながるかについて、初めてその真意を理解した。ただ次のステップこそが重要である。この証明を説明するために、フロベニオイドによる転換がいかに「新しく、かつ有効な手法」なのかが示されなければならない。

論文について講義を行う望月の高弟の1人、京都大学数理解析研究所講師・山下剛。
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この手法は望月教授が発表した先の「4つの論文」に記されていて、それがカンファレンスのラスト2日間の議題となった。この論文の説明を担当したのは、パデュー大学のチャン・パン・モクと、京都大学数理解析研究所の星裕一郎と山下剛だ。3人は、IUT理論の理解に集中的に取り組む数少ない数学者である。しかしだれも、彼らの話にはついていくことができなかったという。

テキサス大学オースティン校の数論学者フェリペ・ ヴォロックは、同カンファレンスに出席し、5日間にわたる様子をGoogle+に投稿している。彼はコンラッドと同様、ブレイクスルーを期待して木曜の講話を聴講したがそうはならなかった。4日目の最後の方に、彼はこう投稿している。「午後の休憩時、参加者すべてが戸惑っていました。わたしは参加者たちとたくさん質問を交わしましたが、誰も手がかりを掴めていませんでした」。専門用語の嵐だったと、コンラッドはその心情を語った。

「そうなってしまったのは、その考え方自体に困惑したからではありません。講演という短い時間に提供された情報量があまりに多過ぎたということです。この研究に関する背景知識をもたない参加者たちとも話をしましたが、みな完全に途方に暮れていましたね」

フロベニオイドがIUT理論でいかに用いられるかを説明する最後の講演が失敗に終わったことは、予測できたと考える参加者は多い。

代数方程式について参加者と議論を交わす山下と、望月の研究室から参加したもう1人の京都大学数理解析研究所講師・星裕一郎。
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「最後まで理解できるという僅かな望みもあったとは思います。ただ、あの部分は原論がより難解になっています。だから、わたしの後に担当した発表者に責任がある訳ではないのです」とケドラヤは語った。
最後の講演が失敗に終わった背景の一部には「文化の違い」もあった、とキムは考えている。説明を担当した山下と星は、2人とも日本人だ。「日本では、数学者がプレゼンテーションを行う場合、用語の定義を絶えず続ける傾向がある。文化的違いが現れたのです」とキムは言う。「忍耐力と集中力が必要とされる、内容が濃く詰まったスライドが、日本では受け入れられるのです。一方、アメリカの場合は弁証的で双方向なスタイルが好まれます」

このカンファレンスを通して、一部の人が実際に期待していたような明白な結果が得られなかった一方で、理解への一歩という点では、前進があった。ケドラヤはカンファレンスの後により多くの知識をもつ人と連携する意欲がわき、今年7月京都大学で行われる次のカンファレンスに参加する予定だという。
「この僅かな前進でも悲観してはいないんです」とケドラヤは言う。「もっと期待はしていましたが、少なくとももう一度カンファレンスを開催し、さらに先へ進むことができるかを確認する価値があると思っています」

一方で、自身の研究について望月教授に詳しく説明する責任があると考える人もいる。ファルティングスはEメールで「個人的には、望月自身がみんなが理解できる論文を書かなければ、解決しないという印象を受けました」と書いている。

キムはその必要があるとは考えていない。カンファレンスが終わりオックスフォードを離れた後、参加者が抱いた“困惑”について彼はじっくり考えた。彼によると、それはよい困惑であり何かを学んでいる最中に訪れるものだ。

「このカンファレンスに先立ち、ほとんどの参加者が論文に書かれた望月教授の試みに関して予備知識が足りなかったようです」とキムは言う。「先週のカンファレンスではみな戸惑っていましたが、望月教授がやろうとしていることの概要はつかめたと思います。どうしたらそれを完全に理解ができるのでしょうか? それはあいまいな質問かもしれません。ただ疑問は増えましたが、1つひとつがより洗練されたことは疑いようがないのです」

【2016年7月18〜27日にわたって、京都大学数理解析研究所で、IUT理論に関する国際共同研究「IUTサミット」が行われる。望月、山下、星を含む17名が講演を行う予定。詳細はこちらから。】


本文は結構長いが、私が特に興味を持ったのは、望月新一博士の指導教官であった。

エド・ウィッテン
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ではなく、モーデル予想(今はファルティングスの定理と呼ばれる)を解いた
ゲルト・ファルティングス博士
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だったことである。

また、最後のセクション「困惑という希望」の中に、望月先生のブログの中に出てくる「複雑度の爆発」という話と可朝寝ることがあるから面白い。

この手法は望月教授が発表した先の「4つの論文」に記されていて、それがカンファレンスのラスト2日間の議題となった。この論文の説明を担当したのは、パデュー大学のチャン・パン・モクと、京都大学数理解析研究所の星裕一郎と山下剛だ。3人は、IUT理論の理解に集中的に取り組む数少ない数学者である。しかしだれも、彼らの話にはついていくことができなかったという。

テキサス大学オースティン校の数論学者フェリペ・ ヴォロックは、同カンファレンスに出席し、5日間にわたる様子をGoogle+に投稿している。彼はコンラッドと同様、ブレイクスルーを期待して木曜の講話を聴講したがそうはならなかった。4日目の最後の方に、彼はこう投稿している。「午後の休憩時、参加者すべてが戸惑っていました。わたしは参加者たちとたくさん質問を交わしましたが、誰も手がかりを掴めていませんでした」。専門用語の嵐だったと、コンラッドはその心情を語った。

「そうなってしまったのは、その考え方自体に困惑したからではありません。講演という短い時間に提供された情報量があまりに多過ぎたということです。この研究に関する背景知識をもたない参加者たちとも話をしましたが、みな完全に途方に暮れていましたね

「最後まで理解できるという僅かな望みもあったとは思います。ただ、あの部分は原論がより難解になっています。だから、わたしの後に担当した発表者に責任がある訳ではないのです」とケドラヤは語った。

最後の講演が失敗に終わった背景の一部には「文化の違い」もあった、とキムは考えている。説明を担当した山下と星は、2人とも日本人だ。「日本では、数学者がプレゼンテーションを行う場合、用語の定義を絶えず続ける傾向がある。文化的違いが現れたのです」とキムは言う。「忍耐力と集中力が必要とされる、内容が濃く詰まったスライドが、日本では受け入れられるのです。一方、アメリカの場合は弁証的で双方向なスタイルが好まれます

一方で、自身の研究について望月教授に詳しく説明する責任があると考える人もいる。ファルティングスはEメールで「個人的には、望月自身がみんなが理解できる論文を書かなければ、解決しないという印象を受けました」と書いている。

「このカンファレンスに先立ち、ほとんどの参加者が論文に書かれた望月教授の試みに関して予備知識が足りなかったようです」とキムは言う。「先週のカンファレンスではみな戸惑っていましたが、望月教授がやろうとしていることの概要はつかめたと思います。どうしたらそれを完全に理解ができるのでしょうか? それはあいまいな質問かもしれません。ただ疑問は増えましたが、1つひとつがより洗練されたことは疑いようがないのです


まさに「複雑度の爆発」のせいで、いかに現代数学者が「お前はもう死んでいる」状態に晒されたかが分かるだろう。

まあ、いつもそうで、本物の新理論が現れたときはだいたいこんな感じになる。

カルノーの熱力学理論、
ガロアの理論、
リーマンの幾何学理論、
アインシュタインの相対論、
ハイゼンベルグの行列力学、などなど。

いつも新概念の目白押しで、旧世代はついていけなくなった。

今回もまったくそれと似た現象が起きているようである。

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新しい科学的真理は、反対者たちを確信させることや真理の光を垣間見させることによって勝利するのではなく、むしろ反対者たちが最終的に死に絶え、新しい真理に親しんだ新世代が育つことによって勝利するのである。ーマックス・プランク

まさにプランクの言葉通りの展開になるものなのである。

それから1年の月日が流れ、ようやく皆さんが納得したということなのだろうか?


科学者ほど保守的である。というのは、物理だけでなく数学でもどこでもそうなんですナ。



いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-12-27 11:29 | 望月新一・心の「一票」

「異世界から来た」論文を巡って:望月新一による「ABC予想」の証明と、数学界の戦い1   

みなさん、こんにちは。

いよいよ今年も終わりに近づいた。

ここ阿南では冬至も過ぎたせいか、徐々に夜明けも早くなり、旭が登るのも早くなってきたようだ。

年の移り変わりは本当に早い。

さて、そんな年末にメモし始めた「望月新一先生のブログ」の話は結構人気を得たようだ。
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私的ブログ
新一の「心の一票」
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前にもメモしたが、伝統的に我が国では人しれず未踏の地に挑戦するタイプ、あるいは、非常に難しいことに挑戦する人が尊ばれる傾向がある。

だから、自分では理解できなくても数学者の研究とかその精神が好きだという人は多い。むろん、私もその1人である。

そんなわけで、数学界の超難問といわれる「ABC予想」を“解いた”というスーパーレジェンド、それも我が日本人がやり遂げた、という(すでに)伝説はとてつもなく興味深いものと映るのである。

しかもそれをやり遂げたという人が、かのノーバート・ウィーナーとか、フォン・ノイマンのような早熟の天才であり、ローティーンで全米一のエクスター高校出身で、それを2年で卒業し、これまたアインシュタインのいた全米一のプリンストン大に入学した人物であったとか、こういう数々の伝説の上に成り立つ話だから、なお一層我々凡人の関心を引くのである。

そしてその望月新一博士は、かのポアンカレ予想を意外な方法で解いたロシア人の
グレゴリー・ペレルマン
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とも相通じる感性の持ち主である。

ペレルマンは米クレイ社の出すミレニアム賞である、一億円の賞金付きのクレイ賞を無視して、ロシアできのこ狩りをしていた。母親の年金で生活。我が国にたくさんいる、いわゆる「ニート族」と同じような生活で満足しているのである。

ペレルマンはプリンストン大から幾多の有名大学からのオファーも断った。というより、ナシのつぶて。

そんなことはどうでも良いのである。

一説では、ペレルマンは欧米には幻滅以外の何者も感じなかったらしい。

この点では、望月博士の研究分野の創始者であった
グロタンディーク
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もまた、アルプスの山小屋で欧米の悪魔と戦っていたという話だから、なんとなく似ている。

フランス人のグロタンディークもフランスのCNRS(日本の理化学研究所やドイツのマックスプランク研究所などのフランス版)の運営方針(軍産複合体形式)に激しく反対し、10000ページを超える数学論文を残し、アルプスの隠遁生活に入ったのだった。

さて、そんな望月先生のことは、すでにここでも幾つかメモしたが、
望月新一・心の「一票」

今回は、そんな望月新一博士の「ABC予想の証明論文」がどのような顛末となったか?あるいはどのような感じの扱いを受けているか?という、かなり生のリアルタイムの雰囲気を醸し出しているサイトを見つけたので、それをメモしておこう。以下のものである。

異世界から来た論文をめぐって
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2012年、数学界に激震が走った。
30年近くだれも解けなかった「ABC予想」を
京都大学教授の望月新一が証明したというのだ。
ただ、その証拠である論文は「異世界からきた」と思われるほど難解で、
誰にも理解できなかった…。それから、3年の時を経て、
数学界最大の謎に立ち向かうべくイギリスでカンファレンスが昨年開かれた。
そこで一体何が起きたのか。
2016年7月下旬から、再度京都で開かれるカンファレンスに備え、レポートを緊急掲載。
[15年12月21日のQuanta Magazine掲載の記事を翻訳・転載]


突如現われた謎

2015年12月初旬、3年間にわたって注目を集めていた「ミステリー」の新たな進展を目当てに、オックスフォード大学に数学界の目が向けられた。

京都大学の著名な数学者・望月新一教授の研究に関するカンファレンスが行われたのだ。彼は2012年8月に難解かつ重要な4本の論文を発表し、それを「宇宙際タイヒミューラー理論(IUT理論)」 と称した。それらの論文には、整数論において未だ解かれていない問題の1つである「ABC予想の証明」も含まれていた。

日本の数学者望月新一が、素数間の和や積に関する問題、ABC予想を証明した。その証明には500ページも必要とした。この日本人数学者の業績は、ABC予想を証明するだけでなく、数学の新しい部門の発展に道を開くかもしれないということだ。「もし実証されれば、望月教授の技術はほかの問題の解決の鍵となりうる」という。

これらの論文において望月教授の主張する証明は、数学界に対する前例のない独特な挑戦であった。彼は20年近くの歳月をかけ単独で研究を行い、このIUT理論を構築した。実績と緻密さで評価を得ている数学者である彼の主張の影響は大きかった。だが、彼が発表した4本の論文はほぼ理解不能な上に、500ページを超える論文は全く新しい形式で書かれており、多くの新しい用語や定義がなされていたのだ。

より問題が深刻化したのは、望月教授が日本国外での講演依頼をすべて拒絶したためである。論文を読み解こうとした数学者の大半がこの新たな理論を理解できず、あきらめてしまうことになった。

それから3年もの間、この新しい理論はずっと放置されたままだったが、ついに15年12月、オックスフォード大学クレイ数学研究所に世界中から高名な数学者たちが集まった。望月教授の理論を理解するための、これまでで最大の「試み」が行われた。オックスフォード大の数学者であるキム・ミヒョンと、このカンファレンスの3人のオーガナイザーによれば、ついに“機が熟した”のだという。

「わたしや望月も含めみな、もう待ちきれないのです。数学界の誰かしらが行動を起こす責任があるように感じています」とキムは語った。「数学界にいる誰もが責任を感じていますし、わたしは彼の友人として、個人的にもその責任を感じています」

論文を読み解こうとした数学者の大半がこの新たな理論を理解できず、あきらめてしまうことになった

カンファレンスでは、3日間の予備講義と2日間のIUT理論に関する講演が行われた。そのなかには、ABC予想証明の根拠となっているといわれる4本目の論文に関する講義も含まれていた。望月教授の主張する理論の解明を期待して参加した者はほとんどおらず、望月教授の研究がどのようなものかをまず把握することを期待した人が大半だった。多くの参加者らは、望月教授の証明に今後の更なる研究対象となる新しいアイデアが含まれているかどうかを確かめたかったのである。

カンファレンスの最初の3日間は、その希望だけが高まっていった。

前人未踏の数学概念に挑め

ABC予想は、単純な等式「a + b = c」を満たす3つの自然数a, b, cに関して、3つの数の関係を説明するものである。3つの数字が互いに素である場合、a,b,cの互いに異なる素因数すべての積を1よりも大きい値(例えば、1.001)で乗じた結果は、有限個の3つの自然数の組み合わせを除いては、cより大きくならない。また、このような例外的な組み合わせの数は、素因数の積を乗ずるときの値に依存する。

自然数同士の「和」と「積」という一見無関係な値のあいだに「予想外の関係性」が見出されることをABC予想は仮定しているため、整数論を大きく進展させる可能性がある。数が3つの場合、aとbの素因数がcの素因数を制限するという明らかな理由はないのだ。

望月教授が論文を発表する12年まで、1985年に提起されたABC予想の証明はほとんどなされてこなかった。だが、このABC予想が数学における別の大きな問題とからみ合っていることを数学者たちは早くから理解していた。例えば、ABC予想が証明されることによって、整数論によって導かれた従来の結果は大幅に改善される。

1983年、現在ドイツのボンにあるマックス・プランク数学研究所の代表を務めるゲルト・ファルティングスが特定の法則をもつ代数方程式には有限個の有理解しかないことをしめす「モーデル予想」を証明し、さらにそれを発展させ、86年に数学のノーベル賞とも呼ばれる「フィールズ賞」を受賞した。これは「ファルティングスの定理」と呼ばれている。その数年後、ハーヴァード大学のノアン・エルキーズにより、ABC予想の証明によってがそれらの方程式が解けることが示された。

「ファルティングスの定理は素晴らしい定理ですが、有限解を発見する方法は提示されていないのです。そのため、ABC予想が正しいかたちで証明されれば、ファルティングスの定理の結果が拡充されることにもなるのです」とキムは言う。

23歳でプリンストン大学でPh.Dを取得、32歳で京都大学数理解析研究所教授に就任している望月新一。日本国外での講演をかたくなに拒んでおり、英国でのカンファレンス参加時も、テレビ会議経由で質問に答えた。

23歳でプリンストン大学でPh.Dを取得、32歳で京都大学数理解析研究所教授に就任している望月新一。日本国外での講演をかたくなに拒んでおり、英国でのカンファレンス参加時も、テレビ会議経由で質問に答えた。
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ABC予想は、1980年代にフランスの数学者リュシアン・スピロが提唱した「スピロ予想」と本質的にはほぼ同じものである。ABC予想は整数の関係に内在する数学的現象を説明し、スピロ予想はその楕円曲線内の関係を説明するものである。スピロ予想では、楕円曲線が特定の代数方程式がもつすべての解の集合に幾何学的体系を与えている。

整数を楕円曲線として捉えなおすことは、数学ではよく行われる。これにより予想の証明はより抽象的かつ複雑になるが、同時に数学者はその問題に関してより多くの手法を用いることができるようになる。

アンドリュー・ワイルズが1994年に「フェルマーの最終定理」を証明したとき、彼はまさにこの戦略を取った。「2より大きい整数(n)に関して等式『 a^n+b^n = c^n 』を成立させる正の整数の解はない」という問題をただシンプルな等式のまま扱うのではなく、二度の変換を通してより抽象的な定式化を行ったのだ。一度目は楕円曲線で、二度目が楕円曲線の「ガロア表現」と呼ばれる別の数学的手法である。こうして、彼はフェルマーの定理の証明に成功した。

望月教授も同様の戦略を採っている。ABC予想を直接証明するのではなく、スピロ予想の証明にまず着手した。その証明を行うためにまず、スピロ予想の関連のあるすべての情報を「フロベニオイド」と呼ばれる自らが生み出した新たなレヴェルの数学的概念へ変換した。

IUT理論に関する研究を始める前、望月教授はABC予想の証明を目指して模索しながら、新しい変換に取り組んでいた。彼はこの一連の概念を「楕円曲線のホッジ・アラケロフ理論」と呼んだ。残念ながら、これは突き詰めるとABC予想に適用できないことが判明したが、彼はその過程でこのフロベニオイドという概念を生み出した。

フロベニオイドがどんなものか理解するため、頂点がA, B, C, Dの順に並んだ正方形を考えてみよう(右下を頂点A、右上を頂点Bとする)。この正方形はその物理的な位置はそのままの状態で、さまざまに動かすことができる。例えば、反時計回りに90度回転したり(頂点が右下からD,A,B,Cとなる)。180度、270度または360度と回転させたり、ひっくり返して対角を入れ替えたりもできる。

望月教授によると、それは『数』という世界の背後にある、より根本的な事実を模索することなのです

こうして物理的な位置が保持される性質は、正方形の「対称性」と呼ばれる。すべての正方形は、このような対称性を8つ有している。さまざまな対称性をさらに追求しようとして、数学者は正方形すべての頂点にラベル(A, B, C, D)を与えそれらを集合として捉え、さらにその集合に代数構造を付加した。

この代数構造が付加された集合は「群」と呼ばれ、群が正方形という幾何学的制約から自由になると、新たな対称性が得られる。幾何学上の正方形においてはAが常にBの隣にあるため、幾何学的制約をもつ剛体運動によっては(A, C, B, D)という順番の頂点をもつ正方形はできない。だが、その群のなかのラべルだけで考えると全部で24通りのパターンが存在しうる。

このようにラべルの対称性がもつ代数的集合は、その幾何学的制約を取り払うことで3倍の情報をもつことになる。正方形より複雑な対象であれば、数学者はそれらの追加された対称性からオリジナルの図形を用いるだけでは到達できない知見を得ることができるのだ。

望月教授が生み出したフロベニオイドは、先ほどの「群」の概念ととても似ている。ただそれは正方形ではなく、特殊な楕円曲線から抽出された代数的集合である。上記の例と同様に、フロベニオイドは元の幾何学的性質より生じる対称性よりも多くの対称性を有する。望月教授は、楕円曲線に関するスピロ予想から得られるデータの多くをフロベニオイドに転換した。ワイルズがフェルマーの最終定理から楕円曲線へ、さらにガロア表現へ手法を展開したのとまったく同じように、望月教授はABC予想からスピロ予想へ、さらにフロベニオイドへ問題を展開させることで情報量を増やし、証明を試みたのである。

「望月教授によると、それは『数』という世界の背後にある、より根本的な事実を模索することなのです」とキムは言う。抽象的概念が追加されていくことで、これまで明らかでなかった関係性が表出しているというのだ。「抽象的なレヴェルにおいては、幾何学的なレヴェルよりも多くの事物の関係性が存在しているのです」

カンファレンス3日目の最後の発表と4日目の冒頭で、カリフォルニア大学サンディエゴ校の数論学者キラン・ケドラヤが望月教授がABC予想の証明にこのフロベニオイドをどのように用いようとしているかを説明した。彼のレクチャーにより、望月教授の手法において何が中核を成しているかが明らかにされ、それまでの時点で最も意義深い進展となった。望月教授の博士論文の指導教官であったファルティングスは、ケドラヤの講演が「インスパイアされるものだった」とメールに記している。

「ケドラヤの講演は、そのカンファレンスにおける重要なポイントでした」と出席したスタンフォード大学の数論学者のブライアン・コンラッドは語る。「その日たくさんの人に連絡しました。こんなテーマがケドラヤの講演で話されたから、明日とても興味深いことがわかるだろうってね」。ただ、結局は、そううまく事は運ばなかった。


(つづく)





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by kikidoblog2 | 2017-12-27 11:03 | 望月新一・心の「一票」

南京大虐殺の真相「高麗棒子」:中国人「抗日戦争で最もひどかったのは朝鮮人だった…」   

もし生まれ変われるのであれば、朝鮮人や韓国人を根絶やしする殺ヒトモドキウィルスとしてこの地球に戻ってきたい。」
−−井口和基博士

Criminals in Japan are always the Chosunese!
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【拡散希望】「終戦直後、朝鮮人が日本人にしたこと(具体例)」:この邪悪なる民族=朝鮮族!



みなさん、こんにちは。

いや〜、やっぱり米国はクリスチャンの国家、さすがにクリスマス期に北朝鮮は攻撃しないサ。

朝鮮系の青山繁晴さんはアウト。

さて、これは実に興味深い。やはり支那人の方が朝鮮に陸続きだけあり、いまだ根深い朝鮮人についての鉄則が語れているようだ。以下のものである。

中国人「抗日戦争で最もひどかったのは朝鮮人だった…」

高麗棒子
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万宝山事件後の鮮人報復事件によつて支那の發行せる排日ポスター。旭日旗を持った朝鮮人が中国人を虐殺している様子を描いており、当時の中国人の朝鮮人観を表現している。

1.とある中国人

忘れてないぞ。
だからみんな朝鮮には心を開かないんだよ。


2.とある中国人

特定の環境下ではどの民族の人も狂った状態になるんだよ。

3.とある中国人

地球上でもっとも邪悪な国家は朝鮮だ。
彼らを滅するべきだ!


4.とある中国人

こんな歴史的事実は全く存在しないよ。
この人はネットで中韓関係の挑発を長期的にやりすぎて、歴史上日本が犯した暴行を韓国人になすりつけている。
新浪はこんなデマを流す奴を調査しろ!
処分すべきだ!

5.とある中国人

朝鮮籍の日本軍?
うーん…
抗米援朝(朝鮮戦争)の時にこんなことがあっただろうか。

6.とある中国人

高麗は古代中国の属国の時、毎年美女と娯楽を貢いでいたから恨みは深いよ。

7.とある中国人

高麗棒子は日本鬼子よりもひどかった。
これは歴史的事実だ。

奴隷が主人のうまみを知れば、主人よりも残酷になる。
人間性をなくしてしまうほどにね。

8.とある中国人

今でも棒子は同じように卑劣だろ。
スポーツの試合であれ商売であれ政治であれ。


9.とある中国人

彼らは棒子だからな。
これが棒子の称号の由来なんだ。

10.とある中国人

いまいましい韓国人。

11.とある中国人

当時の侵華日本軍にどれだけの韓国人がいたことか・・・
1割にも満たないだろうが。

12.とある中国人

これは小さい頃に老人に聞いたことがあるよ。
今の八十歳以上の老人はみんな知っているよ。
棒子を信じちゃダメだってみんな言う。


13.とある中国人

これって本当なの?
なぜ我々が知っている歴史は我々に真相を伝えてないの?

14.とある中国人

中国の歴史はとっくに中国によって埋められている。
中国人が学べるのは、ほんの一部の偏ったものだけなんだよ。

15.とある中国人

棒子の連中も日本軍に仕方なくやらされてたんだよ。
彼らは被害者だ。

16.とある中国人

>>15
日韓併合条約によれば、韓国は当時悪の手伝いをしていた。
被害国じゃないよ。


17.とある中国人

本当に残忍だな。
でもどの国家、民族も同じだよ。
戦争は人間性が失われるものなんだよ。

18.とある中国人

これは本当のことだ。
棒子は歴史上とても酷いことをしている。
調べてみれば簡単にわかるよ。


19.とある中国人

父親に朝鮮人の話を聞いたことがある。
教師も言っていた。
鬼子の朝鮮兵は「棒子」と呼ばれていた。
なぜなら戦争時に彼らは日本人のために勇敢に突進したが、日本人は彼らを信じなかった。
彼らに武器を渡さなかったのだ。
彼らに渡したのは棒きれだけだった。
それを武器として使わせたのだ。
だから庶民は親切に彼らを「棒子」と呼んだ。


20.とある中国人

棒子はいつの時代も棒子だよ。


なるほど旧日本軍は韓国人を信じていなかった。武器を渡せば後ろから撃つからだ。

それで洗濯棒を渡した。

それでもその洗濯棒で支那人を襲った。

その恨みが末代まで続く。

因果応報である。


ベトナム戦争のときには、それがライダイハンの虐殺レイプとなった。

こうしたことから、南京大虐殺の張本人が、実は当時は日本兵に含まれた朝鮮兵だった可能性が出てきたわけだ。

支那人はそれを記憶していた。

しかも絵にしていた。

その絵には
万宝山事件後の鮮人報復事件によつて支那の發行せる排日ポスター。旭日旗を持った朝鮮人が中国人を虐殺している様子を描いており、当時の中国人の朝鮮人観を表現している。
が描かれていた。

旭日旗を持った朝鮮人が中国人を虐殺したのである。

だ・か・ら

だから、韓国人が旭日旗を嫌う。旭日旗を戦犯旗だといって、

日本人のせいにする

というわけだ。

自分がやったことを日本人がやったことにする/したい。


なるほど、こうしてみると、朝鮮人の思惑が明確に見えてくる。


この朝鮮兵は、本当に後ろから味方の日本兵を撃った。


硫黄島の戦いでは、むろん映画には描かれていないが、米軍が上陸してきたら、すぐさま白旗投降して、今度は米軍の手先になって、日本兵の居場所を手引し、日本人が火炎放射器で皆殺しされる様や玉砕に出る姿を見て大喜びしたという。

ベトナム戦争では、米軍の最前線を後ろから撃って逃げ、米軍のふりをして助けを求めてきたベトナム人を襲ったのである。男子は皆殺しにし、婦女子はレイプしまくった。少女まで陵辱しまくった。

これと同じことを世界中でアダルト業者になりすまして今もやっているのだ。日本でもDMMはそういう在日が作った会社の1つにすぎない。

大東亜戦争終了時でも、今度は朝鮮人はロシア兵になりすまして、帰還を待つ日本人を虐殺、婦女子を陵辱したのである。そうやってロシア兵に近づいた朝鮮人の1人が、金日成だった。

また朝鮮人は、日本人が戦前に開梱した農業地や店や土地を暴力で奪い取った。これが南朝鮮人となった李承晩である。

そういう証拠はふんだんにあるが、すでに本にもなっている。
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これまたアメリカ人になった高麗棒子が捏造だと騒いでいるわけだ。そしてついにサンフランシスコにもあらゆる州に売春婦像を慰安婦像と騙して建てる。

カナダでもそうだ。

かつては日本人が最初に入植して、リトル東京を見事に栄えさせた場所で、日本人を後ろから撃って駆逐し、日本人になりすまし乗っ取った後は、慰安婦像を建てる。

なんとなく、白人が乗っ取った場所にオベリスクを建てるのと似ているナア。

日本人になった高麗棒子が共産党や社民党や民主党を作り、お互いに「後ろから打ち合って」「烏合の集散」を繰り返し、民進党になり、それがまた、立憲民主党なり、希望のない希望の党になり、。。。と相変わらずの高麗棒子の風を吹かせている。

フランス人になった高麗棒子は、日本フェスタに日本人ヅラして参加し、キムチわるいキムチを日本食のように振る舞う。

ロシア人になった高麗棒子は、ロシアを日本にけしかける。

モンゴル人になった高麗棒子は、日本の大相撲に侵入し、大横綱を気取り始め、いつしか大相撲を乗っ取りかかる。むろん、白鵬や日馬富士や鶴竜のことだ。

リアルタイムで、「後ろから撃つ」習性が繰り返されている。


この点さすがは支那人である。ちゃんと韓国人の歴史と習性を見事に知っているわけである。

彼らは「朝鮮人は犬のように扱え」といって諺にしている。

さもなくば、自分が後ろからやられるからだ。


はたして今の米軍や自衛隊や日本政府がどこまでこの習性や性向や性癖を知っているだろうか?


北朝鮮が米日に強行に振る舞い、優勢になれば、かならず米日韓の連合を無視して、一番強そうな方に目先を変えるのである。

だから、北朝鮮が日本を攻める時は、仲間だと思った韓国軍は一番先に北朝鮮よりもっと残酷に日本を攻めてくるはずなのだ。

この「斜め上思考」のことをもっと研究すべきでしょうナア。

安倍晋三を蹴落とすには、まずは安倍夫人を蹴落とす。こうして後ろから撃つのである。


高麗棒子とは大分前から聞き知っていたが、その意味が南京大虐殺時の朝鮮人を描いたものからきていたとは。。。


いやはや、世も末ですナ。





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by kikidoblog2 | 2017-12-26 13:00 | 支那・共産・南京捏造

「新一の『心の一票』」:「心壁論」「ノーと言える人間」の重要性2   

(つづき)

新一の「心の一票」
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(け)
さて、この部分の特に、以下の部分が面白い。

 十分に古い時代まで遡りさえすれば、英語の
 ような現代のヨーロッパの言語が日本語と
 繋がっている世界
を発掘できるかもしれない


まさにこれこそゼカリア・シッチンのシュメール文明の研究につながる。

ヨーロッパ文明の源流がシュメール文明にあり、そのシュメール文明の神々が「惑星X」こと「第10番目の惑星ニビル」の宇宙人である。

ニビルはNIBIRUというように、日本語のカタカナやローマ字の発音に近い。

書く場合は、子音のみで書いたが、いつも適当に母音を補って読むらしい。

シュメール語には、rもlの区別もなく、非常に日本語に近い発音だったことがわかっているから、それにさらに文型がSOVの日本語型だとすれば、さらに日本語に近いということになる。

高橋良典さんの古代文明の研究
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からすれば、かつてこの地球上は日本文明=アトランティス+ムーの原型の文明で覆われていたらしい。

だから、12000年前の大洪水以前では、世界語が日本語だけだった可能性が高い。

その名残が西洋世界の古代語にもちゃんと残っていたということである。

西洋文明も古代に遡れば登るほど日本人に近くなる。

実際には、ヨーロッパでは、古代ギリシャやローマだけでなく、ケルト民族やドイツ民族、更にはロシア民族には、キリスト教が普及する前に長らく続いた多神教の伝統があったのです。


古代ローマ、古代ギリシャ、古代ロシアにも多神教でかつSOVの文型の古代語があった。

ドイツにはケルト民族が先住民としてあり、キリスト教のキリストという言葉にも「キリ」=「ケル」発語が残る。

つまり、kr=kl=cr=cl=chr=chlなどから、kil=krilなどの西洋の発音が出てくるわけだが、こういう現代語の発音の語源がみなたった一つのカタカナでいえば、

カラ=クル

から出ているのである。

これを高橋先生は、「カラ族」あるいは「クル族」と呼んだ。

朝鮮の古代が「カラ=加羅」であり、支那の古代が「唐=カラ」である。

モンゴルの古代が「キリル」や、キリギスタンの「キリ」。

支那にも「呉=クレ」が後の呉(ご)となった。

欧州の地中海には「クレタ島」があり、日本同様に魚食漁業が中心であり、我が国の瀬戸内海の島々と非常に似ている。

クレタ島には「線文字A,B」があり、後からできた西洋語と同じ表音文字の線文字Bは解読されたが、古い方の線文字Aは未解読だが、一部は高橋先生が日本語の神代文字を利用して解読している。

同様に超古代エジプト文字でも西洋ギリシャ語との辞書であったロゼッタストーンで理解出来る後期エジプトのヒエログリフが解読されたが、つまり言い換えれば、西洋白人種が乗っ取った後のクレオパトラの時代の文字は解読されたが、それ以前の先住民のエジプト文字のヒエログリフは「西洋人には」解読されていないのである。

しかし、それもすでに高橋先生が一部解読したのである。
坂井洋一「超古代は日本語によるワンワールドだった!」:太陽の国日本vs悪魔の国英国の戦い!?

超古代ミステリー1:超古代エジプト王はどうして日本人に似ているのか?
超古代ミステリー2:スフィンクスの鼻を壊したものはだれか?
超古代ミステリー3:スサダミコの長い旅路とティルムン=東日本国は関東日本王国か?
超古代ミステリー4:ヒエログリフの謎「神聖文字か神代文字か?」

「やすえくにお先生のごあいさつ」:国会で次元転移、愛魂道、ハトホルの秘儀を行う日が来るか?


その極めつけが、
ツタンカーメン
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(オリジナル)
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(だれがみても日本人の顔ですナ。白人でも黒人でも支那人でもない。)
の黄金前掛けにある超古代文字が、高橋良典さんによって神代文字を使って解読されたのであった。これである。ここでは何度もメモしてきた。
ツタンカーメンの首の金の前掛けの碑文
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<頭上>
日経(ひふ)る天日(あむひ)とともに出る
トゥトアンクアムン
永遠(とわ)にあれ

<翼右下>
誓ひ トゥトアンクアムン
御身愛(おんみめ)で 死したるのち
あの世でも 朝な夕べに祈る

<翼左下>
ここに主(あるじ) 天日奉(あまひまつ)りて
絵師 イシスの宮の
日経(ひふ)る札(ふだ)つくる


つまり、クレ=カラというのは、朝鮮のカラが先祖なのではなく、真逆で日本の古代の人種がクレ族=カラ族であり、その一派が超古代の東アジアにも住んでいたにすぎないのである。

たぶん、我々日本人が終戦後に縄文時代の縄文人と呼んだ系列の人々が、かつて全世界に住んでいた。すくなくとも5万年前〜10数万年前にそういう時代があったはずなのである。

この時代には、ネアンデルター人もデニソワ人もさまざまな人種が同じ人間として生活していた。そして平和主義者の日本人の祖先は彼らとも共存共栄していた。

だから、その遺伝子に日本人が一番ネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子を残しているのである。

世界最古の遺伝子である。

ちなみに、アフリカ起源説もあるが、最初にいたアフリカ人(たぶんそんなに色黒ではなかった)と今いるアフリカ人(非常に黒い)は別人種である。今現在のアフリカ人は長頭細身長身で、かなり西洋人に近い。

それに対して、今現存では西アフリカから南アフリカにいるピグミーやブッシュマン
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やホッテントットが一番最初のアフリカ人であることがわかっている。この人種はそんなに色が黒くない。また顔も彫りが浅く日本人のような顔に近い。

実際、私の母方の祖母はだれがどうみてもブッシュマンの女性だった。髪の毛も天然に近かった。

まあそれが、いつしか西洋人がアーリア人と呼ぶ人種が現れた。

シッチン説を拡張すれば、それが邪悪なエンキとその家来のドゥムジの子孫ということになる。つまり、堕天使の子孫なのである。これがヒマラヤの北西部のコーカサス地方源流のコーカソイドの先祖ということになる。いわゆる人間としての血も涙もない連中。ユダヤ人の祖先。

あるいは、エンリルとルカクの娘の不義の子として生まれた子孫。これが欧州の白人種の源流の先祖ということになる。つまり西洋王族の先祖。

彼らは非常にニビル人に似た色の白い堀の深い人種である。

というようなわけで、望月先生の子供の頃の思いつきは非常にいい線いっていたわけである。


(こ)
そしていよいよ最後のこの部分も実に興味深い。

この文脈でいつも思い出すものの一つは、1990年頃の日米貿易摩擦の時代に、(ソニーの会長だった)盛田昭夫氏と政治家の石原慎太郎氏によって共同執筆された「ノーと言える日本」という本です。当時プリンストン大学の大学院生だった私がこの本をどこで購入したかは覚えていませんが、何とか購入して興味深く読み、自分も「ノー」と言うべきときには

      「ノーと言える人間

になりたいなと強く思ったことを覚えています。

ここのところの(=2017-10-19付けおよび2017-11-14付け)記事では、数学とは何か、あるいは数学と芸術等との関係について様々な考察を述べていますが、上記のような文脈で見ると、

   数学=人類の認識の仕組みの論理構造
   の解明
はまさに、「ノー」と言うべき
   ときに断固たる「ノー」を突き付ける
   ための、一種の究極的な技術・手段

であるように思います。残念ながら、今日の日本の文化では、

   (過去あるいは現在の)欧米の数学界
   のエリートに対して、憧れの念を極める
   =諸手を挙げて究極的な「イエス」
   発信することこそが「数学」である

かのような解説がなされることが多いような印象がありますが、私が強調したいのは、むしろ

  そのようなエリートのような相手に対して
  は、「ノー」と言うべきときに断固たる
  「ノー」を、数学を通して突き付けること
  こそが、数学の本来の精神であり、数学が
  果たすべき役割である

ということです。

また何度も繰り返しますが、様々な形態の「対欧米従属の文化」や「心の中の米軍基地」に対して、謙虚な姿勢で論理構造の解明・研究を遂行することによって「ノー」を突き付けることは、「拳を振り上げる」=「盾を突く」ような好戦的な姿勢として誤解されることもありますが、本当はそのようにすることは

   長期的には、日本のみならず、欧米を
   含めた人類全体にとって最も健全
   建設的な道

になると、(様々な経験を踏まえて)強く感じています。

最後に、ここのところ報道等でよく話題に上る北朝鮮の核兵器の問題ですが、このような報道を見るといつも(改めて!)痛感しますが、

  人類にとって最も究極的な「武器」
  やはり核兵器や化学・生物兵器等では
  なく、物事や仕組みの本質的な論理構造
  を研究し、明らかにすること、つまり、
  一種の広い意味での「数学

ではないでしょうか。私は軍事の専門家でも、朝鮮半島情勢の専門家でもありませんが、北朝鮮の核兵器の問題を見ても、一見すると「核兵器」が問題の本質のように見えても、本当は「核兵器」も、今我々が生きている時代の様々な「非本質的な技術的な要因」によって偶々浮上した一種の「小道具」に過ぎず、「小国」の北朝鮮が世界の大国を手玉に取る「外交術大国」としての地位を固めることができたのは、「偶々浮上した小道具」の「核兵器」を利用する場面があっても、本質的には(核兵器そのものとは全くの別物である!)

   世界の大国の権力構造を支えている
   論理構造を正確に解明し、その盲点を
   突く技術が非常に高度に発達している

ことにこそ、主たる要因があるのではないでしょうか。


まあ、簡単に言えば、誰に対しても明晰な数学的論理を使ってノーというときにはノーと言えということである。

それが欧米の一流と目されるユダヤ系の学者に対しても「イエス」といって迎合し足元にひれ伏すのではなく、相手が変なことをやればきちんとした理屈をこねて「ノー」ということが大事だという意味である。

御意。

まあ、西洋白人種もハザールユダヤ人もロシア人も、朝鮮人や支那人と同じく、

嘘も100遍言えば真実になる

という民族である。

寄らば大樹の陰。強いものにまかれろ。

の人種あるいは亜人種である。

だから、権威に弱い。また権威になろうとする。

ユダヤ人の場合は、逆にそういう西洋世界を生き抜いてきたから、ユダヤ人以外の権威を否定し、自分が権威になれ、という民族となった。

これがタルムード・ユダヤ人である。

そういう人間がだれであれ、ちゃんとした論理と理屈で否定すべきものはちゃんと否定する。これが人類世界の最低限の条件だというのが望月先生の考え方のようである。


しかしながら、たぶん(俺はアカデミズムの中にいないからわからないが)、それは相当に難しいのではないか?

東大や京大や名古屋の数学者がプリンストンの数学者に迎合しないで、ノーという。「お前は間違っている」という論文書く=自殺になってしまうのではなかろうか?

プリンストンやハーバードやケンブリッジの学者やノーベル賞学者に向かって

「お前はもう死んでいる」
とノーを突きつける。

ところで、北斗の拳のアニメの時代にすでに、敵の悪党の額に「666」って書いてあったんですナ。
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「666」が世紀末のナンバーであり、イルミナティーが人間につけようとしているという話は1990年代になってデービッド・アイクとか、ジョン・コールマンが広めたから、1984年作の北斗の拳の方が早い。

作者(武論尊)はいったいいつどうやって知ったのか?


誰に対しても数学者の頭脳を持って、勇気をもって「ノーと言える」世界。この本来の数学者精神の復活を望月新一先生は望んでいるわけだ。

ソクラテスは「悪法も法だ」といって毒殺を受けた。

ガリレオは「それでも地球が動く」といって悪法の裁きを受けた。

「それでもノーはノーだ」

と言えるというのは、西洋ではソクラテスやガリレオクラスにならないとまず不可能。

しかし日本人の場合は、武士がいた。武士道の精神で、自分の腹かっさばいて、潔白を主張し、ノーを突きつけたとさ。

やはり武士道の精神がないと、これは難しいのではないか?


いやはや、そんなことやあんなことをいろいろ考えさせてもらえる見事なエッセイである。

いずれにせよ、「心壁論」、ぜひ本にしてほしいものである。


それにしても、この望月新一先生、あのエド・ウィッテンの学生になったという噂もあるから、ひょっとしてフィールズ賞のウィッテンに

「お前はもう死んでいる」

っていっちゃったんだろうか?

もしそうなら実に面白い。




いやはや、世も末ですナ。



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by kikidoblog2 | 2017-12-26 11:24 | 望月新一・心の「一票」

「新一の『心の一票』」:「心壁論」「ノーと言える人間」の重要性1   

みなさん、こんにちは。

(あ)
さて、先日メモした
偉業:数学者望月新一博士のABC予想の証明ついに認知される!
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およびブログ
新一の「心の一票」
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「新一の『心の一票』」:数学者望月新一先生のブログ発見!1
の内容は実に興味深い。

(い)
特に以下の
「心壁論」と、論理構造の解明・組合せ論的整理術を「心の基軸」 とすることの本質的重要性 (9)
は何度か読み返しているが、その都度何んらかの発見があるという優れものにみえる。

望月新一博士がいったい何をいわんとしているのか?

を理解するには、それなりの深い論考が必要だろう。

海外で子供の頃から生活したという経験がないとそれを追体験できないし、理解不可能だから、本当に理解するということは不可能だろう。

しかしながら、ある程度の理解は可能だろう。

(う)
望月博士のいう
「心壁論(こころ(ある)かべろん)」
は実に興味深い。

かつて養老孟司先生が
「バカの壁」
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という本を出してベストセラーになったが、私の印象では、この「心壁論」も本にすればベストセラーになるのではなかろうか?家が建つ。

養老先生の「バカの壁」の「壁」と望月先生の「心の壁論」の「壁」とはたぶん同じようなものだろうと思う。

心の中にできる「壁」である。

しかし差もありそうだ。

前者の「バカの壁」の「壁」が無意識に生み出す「壁」だとすれば、後者の「心壁論」の「壁」は意識的に生み出す「壁」である。

まあ、養老先生の本は本屋で斜め読みしただけだからよくわからないが、そんな印象を受ける。

(え)
この「心壁論」では、以下の部分が興味深い。

・逆に十分に異質な者同士の間に適切な「壁」を設定しないと、当事者の手に負えない複雑度の爆発が発生し、当事者同士の間の認識解像度が著しく低下することによって通常の人間らしい社会が破綻してしまうような状況に追い込まれてしまいます。これは政治的な問題、あるいは語学力の問題として誤解されがちですが、問題の本質は状況全体の論理構造にあり、一種の数学の問題として理解されるべき事象です。


たぶん日常生活で目撃する物事がすべて数学の問題にみえる、感じる、聞こえるというような認識スタイルはあまり数物理に親しくない一般人には理解されないかもしれないですナ。

しかし、我々数理系の人間には実によく分かる主張の一つなのである。

政治問題は、その基本は「囚人のジレンマ」的なナッシュ均衡のゲーム理論としてみることができる。

バカの壁とか、心ある壁論とか、そういうものは、情報の「複雑度の爆発」と見ると、それは一種の数学になる。

つまり、自分の処理能力を超える情報データが一度に入った場合に起こる現象であり、それでパニックを起こして何もできなくなるのを防ぐには、それなりの壁を作って防御する。それが大事だということである。

これが数学の問題として定式化できるはずだ、ということである。

情報であれ、流れであれ、物流であれ、その経路の処理能力を超えた流れが入れば、パンクする。つまり、交通渋滞が起こる。今では、西成活裕先生の
「渋滞学」
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なるものまで出ている。

ところで、この西成先生は昔はソリトンの研究者だったが、いつの間にか渋滞学の専門家になってしまった。と同時にすっかり髪の毛がなくなった。

(お)
さて、「複雑度の爆発」というのはどのように数学的に定義すべきだろうか?

いっとき流行った「認知的不協和」というのも、この現象と関係がありそうである。

いずれにせよ、かつてから言われていたように、人の頭は自分の理解力を超えるものが来たときには、いったん拒絶するのである。

空飛ぶ円盤を見ても、あまりに複雑度の爆発があるために、それを見なかったことにするとか、あるいは、なかったことにするとか、気のせいにするとか、こういうことも「複雑度の爆発」のせいである。

あるいは、かつて保江邦夫先生が、カソリック神父のスタニスラフ神父と面談した際、あまりに複雑度が大きすぎて、その直後には何が起こったのかさっぱり覚えていなかったという話もこれに関係しているだろう。

自分の普段取り扱う世界を遥かに桁違いに超えた情報量や経験量や歴史量などあらゆるものが超越した状況は、その当人にとっては、あまりに複雑怪奇なものとなり、処理不能となる。結果、なかったことにしてしまう。

それよりは、むしろ最初に「心ある壁」を作って、そこから通してみる。

怖いものを見るときに、手でいったん目隠しし、それから指の隙間からちょっと垣間見る。

とまあ、印象としてはこんなイメージに近いのかもしれない。

(か)
望月先生のこのエッセイの中盤の言語の話は前にメモした
「新一の『心の一票』」:「心ある壁」を構築し、維持することの重要性
「新一の『心の一票』」:「心壁論」と、論理構造の解明・組合せ論的整理術を「心の基軸」 とすること2
からはしょって、後半の以下の部分もメモしておこう。

少し話しが変わりますが、自分の学生(=修士課程や博士課程の大学院生)が英語で論文を書くときの指導の様子や方針について言及したいと思います。そのような指導をするときの「定番の話題」として、定冠詞・不定冠詞が付くか付かないか、単数形にするか複数形にするか等、英文を作文する際の「お馴染み」のテーマがありますが、私がいつも強調するのは、英語の語学的な技術的な側面等、

  無数の非論理的な慣例や不具合・「歪み」
  を抱えた自然言語に過ぎない

       「英語」を忘れて、

  数学的な内容の

        論理構造
      「組合せ論的整理術」

  (=議論や解説を細かく分割してその部分
  部分を最適な順番に並び替えたりすること)

に集中することの本質的な重要性です。

これが英語論文を書くときの真髄だというわけである。

これは英語でしゃべる場合も同じで、会話では「発音が大事だ」「rとlの区別が大事」「sとthの違いが重要」とかいう話に対して、「いや実は会話で一番大事なのは話の中身だ」という意見に似ている。

いくら母国人並みの英語の発音で英語を話してもその会話の中身の半分がジョークで残りがバッドワードだったら意味がない。まさに「意味がない」=「時間の無駄」である。

それよりは、発音には不備があろうが、何を一生懸命話そうとしているか、その熱意や内容、こういったものがあれば、いくら発音が悪かろうが相手は話に引き込まれ、自ら話を理解しようとする。だから、話の内容こそ命である。そのためには、話の中身を作るためのもともとの素養や教養が大事なのである。

そしてその場合に何が一番大事かといえば、そういう話の中身を理路整然とわかりやすく上手く順番に話すという頭脳である。

とまあ、そういうことである。

英語の論文を書くときもこれと同じだということなのである。

そういう話の中身とその組合世論的な側面が見事な英語の数学論文を書く時の決めてであって、ほとんどそれが全てだという意見である。

御意。まったく賛成である。


(き)
翻って、PPAPのピコ太郎が何故受けたか?

まあ、Pやパピプペポで始まる単語は、乳幼児期からの糞尿用語の刷り込みから特に生理学的に印象に残る発音として知られているから、PPAP、PIKOのPの連結が非常に印象に残るという面がある。

英語圏の外人には、カタカナのアップルと発音してもそれはジャパニーズイングリッシュでしかなく、アッポーとカタカナで発音したほうが英語のAppleの発音に近いのである。

100数十年前のジョン万次郎の

掘った芋いじんな〜(ほったいもいじんな〜)!

と発音したほうが、

ホワット タイム イズ イット ナウ?

と発音するより、

What time is it now?

の原音に近いのである。

私がハワイで何度も実験したが、ジョン万次郎の発音は100%時間を教えてくれた。

この意味で、ピコ太郎の発音が良かったともいえる。

パイナップルというより、パイナッポーの方が原音に近いし、アッポーペンの方がApple penに近い。

アップルマッキントッシュというより、アッポーマキンタシュの方が原音に近い。

だから、もしピコ太郎が和製発音で

ペンパイナップル アップルペン

とやったらここまで流行らなかったにちがいない。

つまり、中身がない場合のみ、発音が意味を成す。が、中身があれば発音は無関係なのである

(く)
最後の後半の以下の部分は実に興味深い。

上述のような英文添削の文脈ですと、いつも思い出すことですが、英語に出てくるような定冠詞・不定冠詞は、日本では「欧米文化を代表するような事象」として見做されがちですが、古代や東欧まで視野を広げてみますと、

ラテン語には定冠詞も不定冠詞もない、
古代ギリシャ語には不定冠詞がない、
・(現代)ロシア語には定冠詞も不定冠詞もない

等、多くの日本人の感覚とだいぶ違う実態が浮かび上がってきます。また、ラテン語の場合、標準的な語順は日本語と同じ「SOV型」(=主語 (Subject) - 目的語 (Object) - 動詞(Verb))となっていて、日本語の感覚からすると強い違和感のある英語の「SVO型語順」と違います。子供の頃(=10歳前後)の私には、このような文法的特徴を持ったラテン語やギリシャ語はとても魅力的に映り、

 十分に古い時代まで遡りさえすれば、英語の
 ような現代のヨーロッパの言語が日本語と
 繋がっている世界
を発掘できるかもしれない

といったような感覚から、15~16歳の頃(=プリンストン大学の学部1年生の頃)までラテン語とギリシャ語の他に、印欧語族の中でも最も古い言語の一つであるサンスクリット語をかなり熱心に勉強しました。

なお、この定冠詞・不定冠詞の話題をするときにいつも思い出すもう一つの重要な側面は、

      一神教・多神教との関係

です。この側面は私の研究IUTeichの中でも重要な役割を果たす数学的な概念である

         基点宇宙

あるいは、より初等的な数学でよく出てくる概念である

          座標系

というものとも密接な関係にあります。その関係を一言で説明することはなかなか難しいのですが、現代の一神教の欧米の文化では、

   「たった一つの神しか存在しない」

ことになっているのに対応するように、

  「たった一つの、がっちり決まった物事
   の考え方=座標系=基点=`心の基軸’


の下で思考する文化が徹底されています。このような全体的な文化的な状況は、定冠詞・不定冠詞が付くかどうかの基準となる、

    言語空間で許容されている表現
    のイメージの、一つのがっちり
    決まった「座標系

と符合します。一方、日本のように「多神教」(=神道の「八百万の神」)系の文化的環境ですと、そのように

   許容される表現のイメージ全体に一つ
   の固定された「座標系」を敷き、表現
   のイメージ全体を通して

      同一の「座標系」=「視点」
     =「声」=「神」=「心の基軸」


   しか認めないという姿勢を徹底する
   ことにはどうしても強い違和感を覚える

ため、定冠詞・不定冠詞が付くかどうかの判断基準となるものが見当たらず、付くかどうかさっぱり分からない、判断のしようがない、という精神状態からいつまで経っても抜け出せないでいることになってしまいます。

子供の頃(=5歳~10歳=初めて米国に渡って間もない頃)の私は、上記のような「難しい言葉」では上手く表現できなくても、上記のような状況を子供なりに、「空気的」に、直観的に完全に理解していましたし、「一神教の人間ではない」、つまり学校等でよく耳にした、より素朴な表現で言うと、「お前は神を信じるのか、信じないのか」というような形で問い詰められたりして遭遇した苦しい社会的な状況もあって、言語だけでなく、

      古代ギリシャやローマ
     (「日本と同じ」)多神教

に大変強い関心を持っていました。実際には、ヨーロッパでは、古代ギリシャやローマだけでなく、ケルト民族やドイツ民族、更にはロシア民族には、キリスト教が普及する前に長らく続いた多神教の伝統があったのです。


この部分だけでも2、3章は書けるのではなかろうか?


(つづく)





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by kikidoblog2 | 2017-12-26 11:11 | 望月新一・心の「一票」

昔のブログから:「日本最初の物理学者は誰か?」→山川健次郎   

山川健次郎
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みなさん、こんにちは。

たまたま久しぶりに昔の自分の記事を見ていたら、ちょうど10年前にdoblogにメモしたものが見つかったので、それを再掲しておこう。以下のものである。


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2007/11/18 のBlog
日本最初の物理学者は誰か?

今現在生きている日本人の中でいったい何人がこの問いの答えを知っているだろうか? おそらく、だれも知らないのではないだろうか。

今日、私はネットサーフしている内に、偶然この疑問に行き当たった。今回は、この話を紹介させてもらおう。

ところで、江戸時代に鎖国状態にあった日本を開国に導いたのはだれか、知っているだろうか?

これには恐らくみんな答えられるだろう。これは、承知の通り、アメリカの”黒船”でやって来たペ リー提督(Commodore Matthew C. Perry )である。

では、そのペリーはどこの大学出身者だったか、御存じだろうか?

恐らく、これは調べない限り、知っている人はその筋の専門家以外いないだろう。実は、アメリカ東海岸にあるイェール大学である。

この当時、ぺリーの出身のイェール大学は、すでに創立200年近くになり、その記念準備の日に近付いていた。今日本の大学が創立100周年程度であること(一番古い東大でも130年)を比べると 、いかにアメリカの大学制度が先んじているか分かるだろう。

では、ペリーが日本に黒船でやって来た時、ペリーは日本語が話せたのだろうか?

これは、もちろんノーである。通訳が必要だった。

では、だれが当時の日本人とペリーの間で掛け橋の通訳となったのだろうか?

これもおそらく知る人はほとんどいないだろう。これは、サッミュエル・ウェルズ・ウィリアムズ(Samuel Wells Williams)という人である。後にイェール大学で西洋世界初の日本語、日本文化の教授と なった人である。

最初の問いに戻ると、その答えは、山川健次郎という人である。後に、第6代東京帝国大学の総長、最初の九州工業大学の総長、最初の九州帝国大学の総長、京都帝国大学総長を歴任した人物である。

山川健次郎

によれば、『1871年(明治4年) 斗南藩再興のあと、アメリカへの国費留学生に選抜され渡米。1875年(明治8年) イェール大学で物理学の学位を取得し帰国。』とある。

今では、”学位”取得と言えば、博士号やPh. D.(Doctor of Philosophy)のことであるが、当時はunder graduate(学部)の理学士(Bachelor)取得でも学位取得と呼んだようである。

山川健次郎博士は、イェール大学の”学部”で学んだ最初の日本人学生、日本人学部生第一号となり、近代科学の基礎である物理学を専攻した。当時は、すでに日本人留学生は結構いたのだが、正規の学部生となり、しっかり最後まで向こうのカリキュラムに従って学位取得して卒業できたのは、山川健次郎博士”のみ”であった。他の学生たちは、正規の学生ではなく、1、2年特定の学問を勉強して帰国したにすぎなかったという。

したがって、イェール大学で最初に学位(学士)をもらったのが、山川健次郎博士であった。

これは、現在でもアメリカ留学の大半が”遊学生”であり、あるいは”短期留学生”、”交換留学生”であり、正規の留学生が少ないことと似ていて実に興味深い話である。

山川健次郎博士は、1875年に帰国して、東京帝国大学の物理学の助手になった。そこにいたのは、ア メリカ人ピーター・ベーダー(ピーテェル・ベダル)教授であり、その下に就いたのである。

その後、そこで勤めて、1879年(明治12年) 日本人として初の物理学教授になった。博士号は、ず っと後の1888年(明治21年)であり、これが 東京大学初の理学博士号授与となった。そして、190 1年(明治34年) 48歳で東京帝国大学総長となる。

とまあ、こういうふうに、

日本人初のイェール大学の学位(物理学)取得卒業生。
日本人初の物理学教授。
東大初の理学博士号(物理学)取得者。
東大初の物理学者の総長(どうやら、この伝統が現在の東大にも生きているようですな)。

これは、山川健次郎博士であった。

ちなみに、日本では、一般には、大正時代の「千里眼事件」、超能力者御船千鶴子の事件で「明治44 年1月4日、物理学者で東京帝国大学元総長の山川健次郎が同席した透視・念写実験が、丸亀の長尾宅 で行なわれた。」というような形で有名である。

参考:
Yale and Japan History and Overview
これは非常に優れた解説である。
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ちなみに、私の奥さんによれば、この中にある、アメリカ留学中に撮影された
写真の山川健次郎博士の顔と私の若いころの顔はそっくりだという。




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by kikidoblog2 | 2017-12-25 10:31 | 昔のブログ・BBSから