禁断ミステリー:ザビエル「浄土真宗は景教=キリスト教ネストリウス派である」!?   

みなさん、こんにちは。

最近は時々普通の人では手に入れることができないような情報が人を通じてもたらされることが増えてきた。こういう場合、そういう人は俺の口を持って語って欲しいのか(つまり私のこのブログを通じて広めて欲しいのか)、あるいは単に謎の情報や裏のうんちくとして語っているのか、このあたりは定かではない。

しかしながら、そういう情報については、それまでの私自身の個人的リサーチの内容や、その後の追跡調査などで整合性を見て、それなりの時期に来た時(つまり、自分自身で一応確信を得た時)にここにメモすることにしている。

なぜなら、簡単にそういうものを信じてそのままメモするだけなら、そういう人の手下の工作員に知らず知らずのうちにされているにすぎないからである。


さて、そんな最中、実に興味深い情報が見つかった。

結論から言うと、

我が国古来の浄土真宗というものがあるが、これは実は仏教に体裁を変えた、つまり、今風の言い方をすれば、仏教に「成りすました」キリスト教。ウリスト教だという説である。つまり、
浄土真宗はキリスト教である
という説である。
築地本願寺
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ウリスト教といえば、世界一邪悪な民族として世界中に知られるようになった韓国人の手によって改悪された韓国式キリスト教の意味である。「ウリのキリスト教」というものである。

我々が「オレオレ詐欺」と呼ぶものが「ウリウリ詐欺」となるらしい。

ただし、古代のウリスト教だから、今の朝鮮人ではなく、古代支那の唐そして朝鮮半島の百済経由のウリスト教なのである。

とまあ、そういう説があるようだ。

つまり、浄土真宗の西本願寺、東本願寺。こういうものにある「本願寺」というのは「教会」の意味なのだというのである。

では何派のキリスト教か?

実は、それはローマ・カソリックではない。つまり、バチカンのキリスト教カソリックではない。

イエズス会でもない。

イエズス会はバチカンのカソリックからすれば異端の、当時としてはカルトのような新興カソリックでしかなかった。だから、布教の時代が遅く、すでにポルトガルとスペインの世界植民地計画が成功した後に出来たものである。

そこで、欧州やアフリカは手遅れ、しょうがなく、インドに布教に来た。が、インドも手遅れ。そこでアジア、インドネシアに出ていったが、そこにはすでにフィリピンにスペイン帝国太平洋艦隊の拠点が置かれていた。今の米軍の第7艦隊がハワイに居住するというようなものである。支那がいま尖閣諸島をこういうものにしようとしている最中である。

そこで、極東に向かわざるを得なかった。それが種子島から入ったイエズス会の布教ルートである。

が、実はイエズス会はカソリックに扮したマラーノ(クリスチャンになりすましたタルムートユダヤ人)だったのである。だから、ザビエル一派はバチカンから敵視された。

ところが、
フランシスコ・ザビエル
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が日本に布教しに来たのは良いが、そこにはすでに仏教が広がっていた。それが真言宗、日蓮宗、曹洞宗、浄土真宗である。

ザビエルは一応織田信長に取り入って、おそらく南蛮寺(イエズス会カソリック教会)を作ったが、その時すでに時遅し。我が国には西暦数百年代に支那の秦氏(はたし)が入植した時代に、秦氏が信じていた宗教があった。それが
景教=キリスト教ネストリウス派
というものである。これが、日本人自前の神道と融合して、さらにはインド伝来の仏教とも融合して、神仏混合の八百八幡の神社仏閣の世界を生み出していた。

この景教を空海が持ち込んだのであるという説もある。


この秦氏が八幡神社を広げたのは有名だが、同時に景教を仏教式に漢字形式、和風に変えたものが、浄土真宗だったのである。

極楽浄土とは、ヘブン=天国の意味である。

イエスの教えを守れば天国に行ける。これこそ、キリスト教の定番の考え方だが、ザビエルが来た頃にはすでに我が国には極楽、極楽という文化が根付いていた。それで、「なんてこった」とザビエルが驚いたという。ザビエルには言葉がわからないから分からなかっただけで、すべてはザビエルが来る1000年以上前に伝来していたのである。

それよりさらに前の2700年前には天皇家が神道=古代イスラエルの宗教をそっくりそのまま持ってきた。だから、ザビエルの国より我が国のほうがずっと敬虔な民度の高い民衆の住む国となっていたわけである。

BC700=2700年前:神道=古代イスラエルの多神教→神社
AC600=1400年前:浄土真宗=原始キリスト教=ネストリウス派→仏教の本願寺
             ↓
AC1600=400年前:ポルトガル・スペイン=ローマ・カソリック→南蛮寺(=カソリック教会)
フランシスコ・ザビエル→イエズス会派カソリック
AC1800=200年前:英米→プロテスタント派教会
AC1900=100年前:ユダヤ人→ユダヤ教シナゴーク
             ↓
AC1950=50年前:アラブ人→イスラム教モスク
韓国朝鮮人→韓国式ウリスト教=統一教会
在日朝鮮人→朝鮮式日蓮正宗=創価学会
AC1980=40年前:アメリカ人モルモン教→末日聖徒イエス・キリスト教会

とまあ、そういうわけで、西洋人来るの遅すぎ!というわけですナ。ましてや朝鮮人も遅すぎ。余計なお世話だよということになるわけですナ。

もっとも2万年前のはるか昔にはムー帝国が世界を支配していた。太平洋を知らなかった西洋人はこのムー帝国のことをアトランティス帝国と誤解しているわけだが、地球上には一つの超古代帝国しかなかったわけで、それは太平洋上にあったとされるムー帝国(=日のいづる帝国)のことにすぎない。ここには五色人、黒、赤、白、青および黄の民族が住んでいた。ここが世界中に原始キリスト教の元になる思想を植え付けたのである。元祖日本教といえるものである。太陽崇拝、魂不滅、八百万の神、万物崇拝を説く宗教である。

その後、その子孫が大洪水の後富士山から降り立ち、日本の関東平野以北に「東日本大国」を築いた。そこから世界中に再開発のために出向いていった。それが縄文人のご先祖さまである。

そこにどういうわけか、自分たちに一番にている白色人種に取り入って世界支配=地球支配を目論んだ宇宙人が来て、エホバと名乗り、アーリア人を作り出して、手下にしてアッシリア帝国を生み出した。そこが四方八方にアーリア人の侵入を行って、格差社会・差別社会のカースト制を敷いた。

南はインド、東は唐、西はメソポタミア、北はロシアと侵略し、民族を強姦殺害レイプして顔貌を変えていった。結果、アジア系と後に呼ばれることになった人類の根源人種であった黄色人が東へ追いやられていった。

それで、最初は天皇家の元の大和民族(ヤーウマト)が日本に逃げ延びて来て、その後に支那の秦の始皇帝の子孫が追いやられて秦氏となって景教をもたらしたにすぎない。

とまあ、そういうわけで、いわゆる白色人種がどうやって今の白色人種に作り変えられたのかというのが一番興味あるところなのである。どこの宇宙人が手を加えたのか?まあ、余計なことをしてくれたものである。銀河連邦法に反する行為だったのではなかろうか?

とまあ、後半は話を有耶無耶にするためにわざと妄想チックな話を散りばめたわけだが、浄土真宗がキリスト教であるというのは、その建築様式、儀式の種類や手順、宗教用語の対応、あらゆるものから100%正しいようですナ。

最後にそういうことをメモしていたサイトもあるから、一応、参考までにメモしておこう。以下のものである。
浄土真宗の教えがキリスト教に似てると言われる
古代日本のキリスト教徒たち ザビエルよりはるか以前の日本に、多くのキリスト教徒がいた。

景教の教典「世尊布施論」の「山上の垂訓」の箇所。「世尊」とは、シャカではなく、イエス・キリストである。
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キリスト教ネストリウス派の日本への伝播と影響について(改訂版)


日本人が、よく「仏教もキリスト教もイスラム教もその根源は同じだよね」と言うように、実は我が国に来た仏教は原始キリスト教=景教=ネストリウス派の宗教だったのである。だから、元々キリスト教の祖=むしろそっくりそのままイエス・キリストの宗派に近いものだったのである。

稲荷(INARI)信仰とは、
INRI信仰=ナザレのイエス
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にすぎないのである。

それをどこの馬鹿が「血迷ったか、稲荷神社のお稲荷さんを破壊するとか、朝鮮人というヒトモドキは本当に馬鹿種である。
「チョンさんいい加減にしてください」1:チョンさんが仏の首をチョチョンガチョン!
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歴史を歴史として正しく伝えず、常にその時々の頭の言いなりになって歴史を破壊し続けるから、最後には脳みそまで破壊されたバカ民族になるわけだ。反省しろ!

お稲荷さん=きつね信仰
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は、1600年以上前のINRI=イエス・キリスト信仰の成れの果てなのである。

この罰当たり者目が!

だから、お稲荷さんは赤い前掛けがあるのである。いなり寿司には赤い紅しょうががつく。これは磔になったイエスの血の象徴の成れの果てなのである。イエスの血とともにというような意味が古代に込められたのである。

創始者を祝して世界中の宗教家の心意気や教えをそのそれぞれに貴重なものとして保存継承する。それが日本人の特質であり、実際に世界中の教えが残されてきた。こういうことをできるのは多神教あるいは万物崇拝の民族しかできない相談であろう。

人は不完全。この世に完璧なものはない。だから、さまざまな良いものはみなこの世の一端を伺うにすぎない不完全なのものである。だから、多くのもので補い合ってこそ真実の世界が見える。こんなふうな物事の捉え方が我々にはかなり昔から備わっているのである。

一方、アーリア人系の西洋系、いまではイスラエル人であれ、一つのことだけを信じるという生き方になっている。宗教ならどれかひとつだけを信じて生きる。排他的なのである。それに対して日本人の場合は、包括的である。すべての良いとこ取りしようとするのである。

まあ、これまでは日本語の話せる人間はおろか、日本語を読み書きできる人間というものは皆無だったわけだから、まったくこういう事実は知られることはなかったが、さすがに毎年1000万人以上も訪日するようになると、会話だけ、ラーメンや村上春樹、剣道や柔道や合気道だけでは満足できず、多少は日本の古代史や日本の真実の歴史のようなものまで知りたいという人間も出てくるのだろう。

そういう日が来ることを期待していたい。

再生、復古、回帰

これが今年からのテーマ、潮流になるだろう。

もしならないとすれば、


いやはや、世も末ですナ。





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# by kikidoblog2 | 2017-01-05 11:34 | ミステリー

マーデルング・ボーム・高林の量子力学の第五の定式化:量子力学を流体力学と見る方法!   

みなさん、こんにちは。

さて、仕事始め。どんどん行こうか。とはいうもののまずは物理の個人メモだから大半の人には興味ない話だからスルーして欲しい。


昨年の暮に保江先生に論文公表祝をしていただいたあたりから、再び「量子力学の発見物語」というものに興味がわき、今現在では3つ4つの量子力学の等価な定式化が知られているのだが、そういうものをもう一度読み直してみようかという気になったのである。

ところで、量子力学の3つ4つの等価な定式化とはおおよそ以下のものである。
(1)ハイゼンベルクの定式化→行列力学
(2)シュレーディンガーの定式化→シュレーディンガー方程式(ちなみにシュレディンガーではなくシュレーディンガーが正しい表記)
(3)ファインマンの定式化→経路積分
(4)ネルソン・保江の定式化→確率量子化


実はシュレーディンガーがシュレーディンガー方程式を見つけた直後、これをそれまでの古典力学の流体力学の定式化に焼き直した人物がいたのである。

つまり、当時の若者であるパウリやハイゼンベルクやシュレーディンガーやディラックおよびボーアなどの量子力学の発見の興奮に対して、「もしもしお兄さんたち、あまり興奮しないで、冷静に」というような意見の持ち主たちもたくさんいたのである。

これはごく自然なことで、それまではニュートン・オイラー・ラグランジュの力学とマックスウェル・ヘビサイドの電磁気学とナビエ・ストークスの流体力学とレイリーの音響学およびカルノー・ヘルムホルツ・クラウジウスの熱力学およびボルツマン・ギプスの統計力学程度しかなかった時代だから、当時のエキスパートたちは最先端理論物理学と言えばこういうものを指したわけである。

そこにプランクの量子の発見、アインシュタインのブラウン運動と光電効果、そこからボーアの前期量子論とドブロイの物質波の理論来て、ついにハイゼンベルクの量子力学の発見に至り、シュレーディンガー方程式が見つかったわけだ。

だから、当然、新しいものが見つかればそれを復古回帰して、それ以前の理論との整合性やら焼き直しが行われたのである/らしい。どうやらそれをやったのが、ドイツのマーデルング(E. Madelung)博士だった。

マーデルングは、シュレーディンガー方程式の波動関数Ψの振幅と位相を分けて考えて、それぞれの方程式を作ると、それ以前の流体力学の方程式に戻るということを発見したのである。今ではこれをマーデルング方程式と呼ぶ場合もある。

しかしながら、一つだけプランク定数に比例する新しいポテンシャル項がつく。これが量子力学的ポテンシャルと呼ばれ、その後、これを隠れた変数の理論と言う形に拡張したボーム(Bohm)の名を付けてボームポテンシャルと呼ぶこともある。

我が国にはすぐにこういうものを研究したものがいたのだが、それが後に保江邦夫博士の指導教官になることになる高林武彦博士だった。博士はマーデルングとボームのアイデアを電子のスピンに拡張できることを示したのである。

これが量子力学の5番目の定式化に相当する。
(5)マーデルング・ボーム・高林の定式化→流体力学的量子力学



実際、高林武彦博士の論文を最近集めて少しずつ読んだのだが、それらは私が生まれるずっと前の終戦直後の1952年代から始まり、私が生まれた1957年。ちょうど今から60年前にほぼ完成した理論である。まさに還暦の物理学である。

これを読むと、その後1970年代後半から1980年代に渡り保江邦夫博士が精力的に研究した、ネルソン・保江の確率量子化の方法の起源が見えるのである。

イメージ的にごく簡単に言えば、水という流体の中で花粉から出た微粒子が水分子の衝突を受けて右往左往してブラウン運動するように、量子力学の確率場という流体の中で電子が量子力学の確率場のゆらぎを受けて右往左往してブラウン運動するというふうに見直したものが、ネルソン・保江の理論である。

そこで問題になるのは、
量子力学的流体の場合の土台は何か?
ということである。

流体力学の大本の土台は水である。水が流体の最も基本的な構成粒子である。無色透明の水、あるいは、気体の場合なら空気が流体力学の基本粒子ということになる。同様に量子力学を流体力学と等価に扱うとしたら、その構成粒子は何か?ということになるだろう。

エドワード・ネルソンは一応それがエーテルだと考えた。

しかしながら、エーテルはアインシュタインの相対論により追放された。だから、そのかわりに確率場とか、場とか、真空とか別の概念で置き換わったのである。真空のゆらぎとか、場のゆらぎとか、確率ゆらぎとかというふうに言い換えた。

ネルソン・保江理論では、どういうわけか、電子一個がランダム運動するのはこの宇宙に備わる確率のゆらぎのためだということにした。プランク定数をゼロにするとこのゆらぎが消える。

まあ、言い方や言い換えはともかくとして結局は、昔の人がエーテルと呼んだ存在を仮定すれば、量子力学を流体力学的に扱うことも可能なわけである。真空をある種の流体のようなもので満ち満ちていると考え、素粒子はそういう流体の中をうごめく。

こういう見方も可能なわけである。数学的にはいつも等価なのである。

問題はこのエーテルの素性である。

エーテルは電荷を持つのか?
エーテルは何種類あるのか?
はたしてそれは湯川秀樹の素領域のことと見なせるのか?
あるいはペンローズやスモーリンのいうところの極小の泡なのか?
4次元的存在なのか?高次元的存在なのか?
あるいは、中込照明博士の量子モナドのことなのか?


とまあ、こんなふうに疑問が生まれるわけですナ。


さて、高林武彦先生はスピンを二種類の流体が生み出す回転渦であるという理論を作ったのである。ちょうど地球上に高気圧と低気圧があって、その関わりあいが渦(竜巻)を生み出すように、電子のスピンは何か二つの量子流体が出会って渦を作っているようなものだという理論を構築したのである。たとえば、
T. Takabayasi, The Vector Representation of Sipinning Particle in the Quantum Theory, I., Prog. Theor, Phys. 14(4), (1954) 283.


というようなわけで、私自身の個人的印象では、こういう理論に一番似ているのは、L. ランダウの超流動二流体理論のような気がする訳である。ヘリウム原子のようなボーズ凝縮する空間の素(素領域)のようなものがあるのではないか。そこから、ヴォロヴィック(G. E. Volovik)の言うように、ほとんどすべての物理の標準理論が導かれるのではないか。

この意味ではやはりアインシュタインは間違っているのである。もっと正確に言えば、アインシュタインの相対論は間違っているのである。むしろアインシュタインはエーテルを放棄するのではなく、エーテル中のブラウン運動を考えるべきだったのだろう。そうすれば、量子力学のシュレーディンガー方程式を導けたはずなのである。





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# by kikidoblog2 | 2017-01-05 09:52 | 個人メモ

アメリカの「オギノ式」地震予知サイトの2017年1月予報:1月は穏やかか!?   

みなさん、こんにちは。

さて、今年最初の話として、まずは例のアメリカの地震予報サイトEarthquake Prediction(ここではその予測原理のやり方が「オギノ式避妊法」に似ていることから「オギノ式地震予報」とあだ名を付けたが)から、1月の地震予報が出ていたので、それをメモしておこう。幸いなことにこの予報はほとんど当たらないが、まれに当たることもある。以下のものである。
JAPAN: Earthquake Predictions for January 2017!
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2017年1月の地震予報
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これによると、今月後半に26日あたりにM6クラスの地震がありそうだということになるが、全般的には比較的安泰ということのようである。

このところカナダの地磁気モニター群にも特別に大きな地震電磁波が出ていない。比較的おとなしいようである。

しかしながら、阪神・淡路大震災は、1995年(平成7年)1月17日に起こされたし、最近の巨大地震の大半が人工的な爆弾地震であることから、メソニックな奇数日に起こされる傾向がある。

彼ら悪魔主義者にとっては、そういう日が「日がいい」「縁起がいい」のである。

というわけで、備えあれば憂い無し状態はずっと続くのである。


備えあれば憂い無し。


いやはや、世も末ですナ。



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# by kikidoblog2 | 2017-01-05 08:28 | 地震・地震予知・噴火